八守時緒@鍋の国様からのご依頼品



/*手放さずにいたいもの*/

 得た物は多い。
 かつては、それを、失う事への怖さを得ると考えた。
 いまでも、そう間違っていたとは思わない。
 ほしいが手に余るものもあるし、
 手に入れることで失うことが怖くなる事もあるだろう。
 むしろその思いは強くなった。

 ただ。
 それで自分が弱くなったということはなく。

 得た物は多く、失う怖さは増して、
 さて。それで何が変わったかというと――。

/*/

 八守時緒がインターホンを押すと、すぐに創一朗が姿を現した。穏やかな表情。着崩した普段着は少ししわが寄っている。背は高くないのに、玄関の奥から少しだけ腰を曲げてのぞき込むように顔を向けてくる。時緒はそれを、同じように少し腰を曲げて視線を合わせた。ほとんど同じ位置で顔が向かい合う。
 彼は朗らかに笑って、口角が持ち上がるのを押さえきれない時緒に言った。
「うっかり抱きしめるところだった
 すると時緒も安心したように笑った。
「何か久しぶりな気がするね」
 言い終えるやいなや、そっと腕を伸ばして、創一朗に抱きついた。創一朗は引き寄せるようにして時緒を室内に招きながら、そのまま彼女を抱きしめた。柔らかく、暖かい感触。
「いよいよやばそうだな」
「うん……。ごめんね。行きたかった?」
 創一朗は時緒の顔を見なかったが、声の様子から、きっと涙目になっているなと思った。
「いや」
 ついしばらく前に考えていたことを放置して、創一朗は彼女から半歩離れる。背中に手を回しながら、部屋に招きいれて、もう一度抱きしめる。ただし、力は込めない。どんな形であれ、彼女に乱暴をする気は無かった。
「顔見たら気が変った。この時間は」
 その言葉をどうとらえたか、時緒は力を込めて抱きついてきた。肩の辺りに彼女の頭が乗る。回した腕は逃がすまいとばかりに背中に回されているが、そこから、かすかに震えが伝わってくる。
 安心させようと思って、創一朗は笑った。
「無理しなくてもいいんだぞ」
「駄目だ。私最近弱気だから。……そっちこそ無理しなくてもいいよ」
「何が弱気なんだ?」
「最近、前より戦争とか怖いの。前はそうでもなかったんだけど。私もI=D乗ってるから」
「……俺も戦うさ」
 創一朗がわずかに身じろぎする。ほとんど体に密着していた時緒は、彼の視線に気付いて、少し笑った。創一朗がソファに座ると、その膝に上に腰掛ける。重くないかな、と心配になったが、考えないことにした。
 そしてもう一度、二人はお互いに抱きしめあう。
 それをやめたら消えてしまうのではないかという怖さ。
 あるいは、そうしていたいと望む声か。
 一呼吸が永遠にも感じられるほどにゆっくりとした時間。互いの体の温かさが服越しに交換される。呼吸する度に、体がふくらみ、縮み、それを繰り返す感触にくすぐったさを憶える。
「創一朗がいなくなるのが怖い。だから戦争は嫌い」
 一緒にいればその怖さも減るかと思ったが、思いはむしろ、強まるばかり。
 もっともそれは、彼女だけというわけではなく。
「戦争を好きな奴もなかなかいないだろうが」創一朗は冗談めかして言った後、「まあ、お前と別れるのは嫌というか、怖いな。確かに」そう告げた。

/*/

 別段弱くなったとは思わないが、
 強くなったというわけでもない。
 得た物は、一時の、緩やかな安堵。
 そして、その続きを望む声。

 得た物は多く、失う怖さは増して、
 さて。それで何が変わったかというと――

 たぶん、その一時が、悪くない、と思えるようになったことだ。

 では次の一歩へ。またここに戻るのは決まっている。次の一時を迎えるまで、今しばらくの間を置くことを。





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最終更新:2008年05月31日 14:43