村上陽一郎「あらためて教養とは」(2004)
評価
★★★☆
ひとこと
口述筆記で書いた本とのことで、堅い内容ながら非常に読みやすい。
日常に追われている我々にはちょっと高尚な気がしなくもないが、やっぱり土台となる教養は必要だと感じた。
最後の「してはならない百箇条」はいかにも蛇足でとても残念。
分類
目次
序章 教養の原点はモラルにあり
- いま武士論を読み直す意味
- やせがまんの効用
- 教養の原点はモラルだ
第一章 教養教育の誕生
- 教育は家庭で行うもの
- 大学の誕生と二重言語社会
- 知識人へのパスポート リンガ・フランカ
- 三つの必須科目 文法・論理・修辞学
- 「自由」な科目?
第二章 知の世界への扉 古典語との出会い
- ギリシア・ローマの「古典」はイスラム世界から
- ラテン語が必須
- イスラム世界を介して古典世界と出会う
- イスラム世界に透けて見えるギリシア世界
- ギリシア語をラテン語へ翻訳
- 数学的思考はぎアラビア語起源
- 自国語による学問の誕生
- 「古典」としてのギリシア語と漢語
- 「古典」は一握りの人のための学問
- 私の教養観 知識をどう活用するか
第三章 日本の教養のゆくえ
- 教養教育の辿った道
- 教養教育の継承者、アイヴィ・リーグ
- 知的成熟を身につけるシステムの不在
- 教養教育を見直す機運
- 文化としての言葉 教養教育のゆくえ(1)
- 「国語」よさらば
- 思想や感情をふくみ持つ
- 飛び跳ねる言葉
- 理科を変えよう 教養教育のyふくえ(2)
- 自然を読み解くためのわざ
- 無関係ではいられない科学
- ふるいにかけるカリキュラム
- 「なぜ?」を身近に引き寄せよう
第四章 大正教養人の時代 知的教養主義の伝統と継承
- 「栄華の巷」を低く見て 父の世代
- 大正教養主義の時代
- ドイツ語がかっこよかった時代
- インテリの読書
- ドイツ人への敬意
- 独特の偏り感
- 解放そして変革の時代
- 堅いドイツ、柔らかいフランス
- ドイツ・リートが身近だった
- 懐かしむだけでは通用しない
- 旧制高校を出て
- 知的教養主義の継承 私の世代
- 世代の断絶
- 友人という財産から得られたこと
- 自分を広げる
- 恥ずかしくないようにしておく心意気
- 教養は虚学か、実学か?
- 教養は虚学か、実学か?
- 何を材料に自分を造り上げるか
- 文学は何のためにあるのか
- 何度も読みたくなるのが古典
- 選択肢をいっぱい広げて進んでいく
第五章 価値の大転換 戦後民主主義教育で失われたもの
- 平等をめぐる奇妙な事態
- 「身の丈に合う」とは「小さくまとまる」こと?
- 「自分は自分」は恥を忘れ、放恣になること?
- 他人の目はあったほうがいい
- 民主主義への大きな誤解
- 悪いほうへ流されがち
第六章 いま、ふたたび教養論 規矩について
- 受け身で間に合う状況
- 価値観の逆転
- 家族の話に耳を傾ける
- みっともないふるまい
- 漱石自身の人間像
- 物分かりが悪いと言われても
- 諦念の世代
- 教養は枠づくりを助ける
終章 私を「造った」書物たい
- 戦前の子供がわくわくした冒険譚
- カガク小学生の誕生
- はじめての韻文とミステリ 中学時代
- 山本周五郎と藤沢周平を読みふける 大学時代
- 池波正太郎さんへの共感
- 現代屈指の作家たち
- 「純文学」と「エンターテイメント」との区別
- 「シラノ・ド・ベルジュラック」の影響力
- あえて向き合った本
- 古典と漢籍のリズム感
- 漱石と出会う 私にとっての古典(1)
- 賢治と出会う 私にとっての古典(2)
教養のためにしてはならない百箇条
メモ
- 規矩(きく)
- ディーセント
- ディグロシア:二重言語社会
- リベラツ・アーツ
参考文献
- アルツィバーシェフ「サアニン」
- ドストエフスキー「虐げられし人々」
- プラトン「パイドロス」
- ドストエフスキー「メモワール」
- ヴィクトル・ユーゴー「ノートルダム・ド・パリ」
- 倉田百三「愛と認識との出発」
- 阿部次郎「三太郎の日記」
- カント「第一批判」
- ニーチェ「ツァラトゥストラ」
- ロマン・ロラン「魅せられたる魂」
- ロマン・ロラン「ジャン・クリストフ」
- 丸山正男「日本の思想」
- サルトル「自由への道」
- エーリッヒ・フロム「自由からの逃走」
- 福澤諭吉「学問のすゝめ」
- ダンテ「神曲」
- エドモン・ロスタン「シラノ・ド・ベルジュラック」
- ジュール・ロマン「プシケ」
- トーマス・マン「選ばれし人」
- ローレンス「虹」
最終更新:2011年02月23日 00:05