椛島和奏はあることを放棄している、
それは決して本人が望んだことではなく、周囲による変化であった。
和奏は小学生の頃から野球が好きで、毎日のように球を投げ続けていたと言う話だ、「左腕」で。
左で投げている姿を旭川にいた今のプロ野球女子も見ている、
しかしこれを公に本人が語ることはない。
和奏は語る「しらないったら、しらないもん」
今のようになったのは和奏が小学生の頃の出来事が原因
当時の彼女は人に気持ちを伝えることが苦手で、内気で、弱気で、臆病だった。
だから言われるがままにしていた、
そうすれば誰にも虐められないし、誰を傷つけることもないだろうと思っていたから。
それなのに彼女は自分の預かり知らぬところで恨みを買っていた、自分が試合に出れないのは和奏のせいだと考えたある少年に、ちょくちょくちょっかいを出されていた。
和奏は言い返すことなく、顔を下にするばかり、だがそれも少年にしては面白くない。
それが続いたある日のランニング中だった、
その少年も「ちょっとした」仕返しのつもりだったのだろう。
ランニングをしている和奏に体当たりをしたのだ。
それだけならいつも通りなのだが、
そこは不幸にも不安定な山道だった。
「そこからの記憶はあいまいです」
和奏は山道を転げながら激しく左肩を打ち付けた。
野球チームの監督が「バキギッ」と言う音を聴き、慌てて山道を降りるとそこには左腕があらぬ方向に曲がったのを呆然と見つめる和奏がいた。
和奏は痛いと叫べば相手が心配すると思ったから、黙っていた。
「大丈夫か、すぐに救急車を呼ぶからな!」
そして半場興奮状態の監督に和奏はこう尋ねた
「私が悪いんですか、私があの子に嫌われるようなことしました?」
すると監督から帰った答えは
「あいつはわざとじゃないと言っている、責めてやるな」
そんなはずはないのに、監督は突き落とした選手を庇った、
いつも喧嘩を売ってくるのを見ていたのに。
薄れ行く意識の中、
椛島の心は確かに砂のように崩れ落ちていった。
左腕が治っても、心は癒えなかった。そのチームには戻れる気もしなかった。
「ボールも握りたくなかった、なにもしたくなかった」
目からは光が消え、退院もままならない。
「でも、そんな私に光をくれた人はいました」
それは、竹下選手だった。
野球少女が怪我から立ち直れないと聞いてか、行方不明のはずなのにふらっと現れたのだ。
「確か「アタシは詳しいことは知らないがな、見返さなくていいのか?このまま野球人生終えてしまうのか?野球、嫌いなままでか?どうせなら好きになって終わろうじゃんか」って言ってくれたんです」
男勝りな竹下らしい激励を受け、更に
「ちょうど10の頃か、日本ハムがこっち来て、新庄さんが優勝させて…」野球の楽しさを思い出した和奏は復活した。
だかしかし、和奏はそれ以降、今に至るまで野球以外の事にはほとんど興味をなくしたマシーンのような存在となってしまった、
その為天然のような発言が出るが、実のところ会話することが面倒なのだ。
「幸之助と会うまでは、家族以外あんまり話したことないなあ、これはもう私の人生の中で変えられない物のひとつ」
…もうこれ以上俺はこの話を聞いてられなかった、和奏は気にするなと言ってくれるが、涙が止まらなくてしょうがない。
「なんでお前は俺にそんなことを隠してた…」
和奏は静かに、涙を流す俺の手を取った。
「幸之助にしられたくなかったんだもん、
んで、しってもらってもワタシは変わんないもん」
このとき俺は、和奏の心の中には固い鍵がかかっていることを知ってしまった。
今の和奏はそれを隠す和奏なんだと。
今までの笑顔も何もかも、作られた、本人に自覚がなくとも作っている椛島和奏なのだと。
「?」
ああ悲しい、俺のもっとも愛する人は、誰にも心を開けない人であった。
だが…
「今日は、痛いの無しで寝よう」
「ホント!やったぁ!」
それでも俺は和奏がいつか本当の和奏を見せてくれると信じて、愛する。
それが死ぬ間際になろうとも
最終更新:2016年12月28日 02:12