【名前】竹下 純(たけした じゅん)
【容姿】178cm Dカップ
【年齢】56(昭和39年5月5日生まれ)
【所属】前新潟監督
【利き腕】右右
【守備位置】捕、一
【背番号】25
【球歴】中越→阪急・オリックス(83-92年)→ヤクルト(93-95年)→日本ハム(96-99年)
【引退後】解説など→新潟打撃コーチ(2008-2015年)→新潟監督(2016-)
【性格】男勝り、男言葉を話す、上田信者
【その他】
あだ名は「竹下首相」、「竹下総理」、「純ちゃん」
現役時代は豪快なスイングで勝負どころで起用されていた。
プロ初本塁打を山内孝徳から放っている。
土井監督、山内コーチと喧嘩して解雇されたとこをヤクルトに拾われた。
古田の控えとして、日本一に貢献するも、上田監督が日本ハムの監督になり移籍した。
99年の上田監督退任と共に引退。
セパ複数球団からの複数回のコーチ要請を断っている。
2008年に新潟の打撃コーチ就任。
指導方針の根幹はフルスイングベースの素振りの徹底。
「強く振り抜かなければ無意味」と上田阪急の方針そのものである。
この影響もあり、超強力打線の形成に寄与した。
「お前捕手で強打者何だし、配球考えて打席に立て」が無ければ、全く違ったであろう。
2019年はその弊害の対処をすべくコーチを迎え入れた。
2020年シーズン最終戦後に退任を申し入れた。理由は五年やって優勝できなかったため。
今後については何も決まってない。
父親が転勤族で複数回、転勤している。純が小学校卒業までは単身赴任だった。
純自身は、小学校までは島根県浜田市、中学は富山県富山市と新潟県長岡市、高校三年間は新潟県長岡市に住んでいた。
監督としての特徴
+
|
... |
攻撃的な野球を標榜し、キャンプから一貫した方針を実施した。
サインはあまり出さない方だが、奇抜な作戦を時に出すことがある。
上田監督が行っていた二番簑田や小笠原と言った強打者を置く戦術に肖り、二番に関坂や佐渡を置き続けている。
投手に関しては南条と吉原の意見を参考にしている。
対戦相手別ではソフトバンクに大きく勝ち越しているが、四国に同じ分負け越すなど、特定球団だけに強い、或いは弱い所が課題とされた。
(ホークス戦については、コーチの権藤の影響が大きいと言われている)
近年は大きく勝ち越し、負け越しが無い。優勝への課題が勝ち越しを増やさねばならないだろう。
選手起用について
+
|
... |
期待して一度使うと決めた選手はよほどのことが無い限り使い続ける。
2016年では関坂や汐井、佐渡が最たる例である。
また、去年までレギュラーだった選手を平気で二軍に落とし、上げないなど、入れ替えをあまり行わない。
特に守備面で致命的欠点のある選手は使いたがらない傾向にある。
捕手は三人制を好む。
2018年、遂にCS出場を果たす。佐渡を二番で来てたが、終盤の佐渡が不振に陥ると新崎を二番にして建て直しを図った。迫るファイターズを振り切り何とか出場に漕ぎ着いた。
2019年から作戦担当が阿南に変わる。竹下野球がどう変わるのか注目である。
|
|
最終更新:2020年11月16日 20:20