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岩倉具視(いわくらともみ)とは、幕末・明治時代初期の公家出身の政治家。

概要

公武合体(幕府と朝廷との協力関係)を進め、和宮親子内親王の降嫁を図ったので、尊王攘夷派の反感を買い、一時岩倉村に閉じこもった。

1867年、明治天皇に許されて宮中に戻り、大久保利通らと王政復古のクーデターを断行。

明治新政府では右大臣となり、1871年(明治4年)には岩倉使節団の大使としてアメリカ・ヨーロッパ諸国を視察し、帰国後は征韓派を抑えて内省の充実に努めた。

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最終更新:2026年09月06日 20:08
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