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小野妹子(おののいもこ)とは遣隋使を行った女性ではない)。

概要

飛鳥時代官人で、推古天皇聖徳太子主君としていた。

遣隋使の2回目、日本書紀には「日が昇る国(日本)の天子(君主)から、日が没する国()の君主に書を送ります」と書かれていた。しかし当時の中国では天子に値するのは1人だけだとされていた。そのため煬帝は日本を遥かに見た返書を書き小野妹子に託した。しかし小野妹子は、それを無くしてしまい「百済に盗まれた」と弁明しているが一説では態と破棄したのではという見方もされている。その後、流刑に処されるが恩赦された。

その後も裴世清を隋に送るために、小野妹子は再び隋へ向かう。高向玄理南淵請安僧旻改革に大きな役割を果たした。

お墓は2か所あり、どちらが本物かは分かっていない。

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人物
最終更新:2026年05月16日 20:44