折れない剣 ◆QpsnHG41Mg


「なあ、アイスもっとくれよ」
「ふざけるな、もう十本やっただろ。何本食う気だ」
「そーだそーだ、私なんて一本しか貰ってないのに!」
「ケチケチすんなよ、魔法少女の情報教えてやったろ」
「ハンッ、俺だってグリードの情報をくれてやった」
「私だってXのこととか色々情報教えたじゃない!」

       ○○○

「……お前らはアイスの事しか考えてないのか」
 二人から浴びせられる物欲まみれの視線に、アンクは苛立ち半分で応えた。
 情報交換が捗るのは結構な事だが、話の主軸に添えられているのは終始アイスだ。
 やれ魔法少女の仕組みを教えてやったからアイスをよこせだの、やれネウロやXの情報を教えてやったからアイスをよこせだのと。
 そんな呑気な事を言っている場合ではない筈なのに、こいつらにはまるで緊迫感がない。
 こんなことで今後激化するであろう戦いを生き抜いていけるのか些か疑問である。
「ったく、ここもいつまで安全か分かったもんじゃないってのに」
 そう悪態を吐くのはチームの頭脳、アンク。
 二人は理解しているのか知らないが、今はそれ程余裕のある状況ではない。
 此処へ来た当初にも考えた事だが、この場所は地図にも記された施設だ。
 ということは、近くを通り掛かった参加者が此処へ立ち寄らない道理はない。
 いちおう、地上から現在地の地下フロアに至るまでに存在する基地のドアは全て内側からロックしておいたが、だからといって安全とは限らない。
 むしろ、実質的にここは袋小路でもあるのだ。
 こんな場所であの黒騎士のような強敵に攻め入られれば容易く全滅するおそれすらある。
 必要最低限の手当てと情報交換を終えたのならば、とっとと移動してしまいたいところだった。
「オイ、もうそろそろ行くぞ」
「え? 行くって、どこに?」
 突然立ち上がったアンクを引き止めたのは、弥子だった。
「見滝原だ。杏子と同じ魔法少女連中はそこに向かうだろ」
「ああ、ほむらやさやかも多分、見滝原に向かうだろうさ」
「……そういうことだ」
 くいと立てた親指で補足してくれた杏子を指差しながら弥子を見下ろすアンク。
「ちょっと待ってよ、私としてはネウロとも合流したいんだけど」
「お前の話を聞く限りじゃそのネウロって奴が大人しく探偵事務所に戻るとは思えないんだよ」
 アンクの言葉に、弥子はぐうの音も出まいと頷いた。
 ネウロは戦力としては十二分に頼りになるらしいが、滅茶苦茶な男であると聞く。
 謎を食う為とは言うが、その行動原理は弥子すらも理解出来てはいない。
 弥子が理解出来ない話を、会った事もないアンクが理解出来る訳もない。
 そんな不確定要素に頼って行動するくらいなら、戦力になる事がほぼ確定している杏子の仲間に頼った方が幾らかマシだ。
 尤も、杏子いわく素直に仲間と呼べる存在ではないらしいが。
「ま、まぁ……一箇所にあまり留まり過ぎない方がいいっていうのは分かるから、私も移動には賛成するよ」
「つっても、もう随分と長時間の休憩をとっちまってるけどな」
「お前らがもっとスムーズに情報交換してればこうはならなかったんだよ!」
 何処か呑気に備え付けのデジタル時計を眺める杏子に、アンクは吐き捨てるように怒鳴った。
 時刻を見るに、この場所での休憩は既に一時間以上に達しようとしている。
 何も急いでいる訳ではないが、どうにも時間を無駄にしすぎた感が否めない。
 どうしてこうなったと、片側に寄せた金の髪の毛を手でくしゃくしゃにしながら、アンクは面白くなさそうに舌打ちした。
「――オイ、ちょっと待て」
 そこで、不審に気付いたアンクはぴたりと動きを止めた。
 物音が聞こえる。地下に存在するこの基地からみて――上のフロアでだ。
 破壊音だろうか。轟音と共に、何かが壊される音が基地の内部へと響いていた。

「……マズイ、此処が誰かに気付かれたぞ」
「何ならあたしが様子を見に行こうか?」
 杏子の提案。
 しかし、即答は出来ない。
 戦力的にも杏子が迎撃に向かうのがもっとも適当だというのは分かる。
 だが、訪れた相手がもしもあの黒騎士のような強者だったら?
 その時は、杏子という貴重な戦力をみすみす失う事になるのだ。
 アンクとしては、それは避けたかった。
「相手があの黒騎士みたいなバケモンだったらどうすんだ」
「あんまナメんなよ、あたしだって基地から引き離すくらいは出来るさ。
 お前ら二人はその隙にとっとと逃げりゃいい、目的地は見滝原だろ?」
「……お前はどうする?」
 嫌な予感がしたアンクは、その提案を訝る。
 よもや映司や剣崎のように、自分を犠牲にするつもりではあるまいな。
 ハッキリ言って、頼んでもいないのに恩着せがましく死なれるのはこの上なく心地が悪いのでやめて欲しい。
「適当なとこで離脱するさ。そっから見滝原に向かう、それでいいだろ?」
 暫し杏子の瞳を覗き込み眇めるアンク。
 杏子の瞳に宿った強い意思の光に気付けぬアンクではない。
 映司と似た眼光の杏子はおそらく言ったところで聞かないのだろう。
「……チッ、なら六時に見滝原中学校で待ち合わせだ、いいな?」
「ああ、構わねーよ」
 それはおりしも、杏子がアンクから貰った最後のアイスキャンディーの最後の一本を食べ終わった頃だった。
 これで随分と体力も補充出来た、などと戯言を言いながら、杏子はドアへ向かって行く。
 このまま見送ろうとするアンクらへとふいに振り返った杏子は、不敵に笑って言った。
「オイオイ、そんな心配そうな顔すんなよ、まだ敵って決まった訳じゃないんだからさ。
 それに、もし敵だったとしてもあたしは負けねーよ。負けられねー理由が出来ちまったからさぁ」
「……馬鹿が、誰も心配なんてしてない」
 思わず目線を逸らし無愛想に吐き捨てるアンク。
「ああそーかよ」
 そう言うと、何がおかしいのか杏子は薄く笑った。
 状況に似合わない、何処か余裕すら感じ取れる不敵な笑み。
 それが気に入らないアンクは、何度目になるか分からない舌打ちをした。

       ○○○

 アンクと共に剣崎一真に救われたあの時から、杏子はずっと考えていた。
 剣崎の勇姿はかつての自分そのもので、そしてさやかが目指す姿でもある。
 それすなわち、どんな時でも愛と勇気が最後に勝つと信じて戦う正義の味方の姿。
 さやかと関わって、剣崎の最期を見て、杏子は最初に懐いた決意を思い出していた。
「――ったく、らしくねーよなぁ。今更いい子ちゃんぶるなんてさ」
 孤高を貫き、目的の為ならば誰であろうと蹴落としてきた自分が今や正義の味方気取り。
 都合が良すぎるとは自分でも思う。自分が見殺しにしてきた人々はもう帰って来ないのに。
 だが、暫しの休憩を経て、頭の中の整理を終えた杏子にはもう迷いはなかった。
 この休憩の間、杏子がやけに落ち着いていたのは、自分の過去を振り返っていたからだ。
 今の杏子ならば、もっと素直に戦える気がする。
 最初の志を思い出した今なら、マミと共に戦っていたあの頃のように――
 剣崎が命を賭して伝えてくれた想いが、杏子を強く突き動かす。
 もう一度、最初の願いを胸に懐き、正義の為に戦おう。
 そして、今度は自分がさやかを救ってみせる。
 今もまだ迷い続けているのだろうさやかを、今度は自分が――
「おっと、考え事はここまでか」
 そこで考え事は一時中断、脚を止める杏子。
 何層目かのドアを開け放った時、杏子の前に佇立しているのは一人の少年だった。
 少年の背後のドアは鋭利な刃で切り裂かれ、そこから無理矢理にこじ開けられている。
 手にした大剣による切れ味もさることながら、それをこじ開ける怪力も尋常ではない。
 黒髪の少年が纏ったマントは汚れ裂けている。
 それはまさしく戦闘の傷跡。不穏な空気を肌で感じる。
「……随分と派手なご登場だな、目的はあたしらを殺すことかい?」
「いや、人が居るとは思わなかったんだ、驚かせたなら謝るぜ。
 俺の名は織斑一夏ってんだ、あんたは? 殺し合いに乗ってるのか?」
「あたしの名前は佐倉杏子。殺し合いには乗ってない」
 やや気の抜けた少年――織斑一夏の言葉に、杏子の警戒心が僅かに薄れる。

 こんな身なりをしていながら、こいつは殺し合いに乗っていないのか?
 いや、奴の気配はどう考えたってまともじゃない。油断は禁物だ。
「オイ、誰も居なけりゃドアをブッ潰してもいいとでも思ってんのか?
 だとしたら、あたしが言うのも何だが育ちが悪過ぎるんじゃねーか」
「ああ、悪い悪い。ちょっとこの剣の切れ味も確かめてみたかったんだ」
 一夏はそう言って黄金と紫紺の剣を杏子に見せる。
 豪壮な造りのその剣を、杏子は知っていた。
「テメー……その剣を何処で手に入れた!?」
「ん、これか? 拾ったんだけど。この剣を使ってた奴を知ってるのか?」
「ああ、よく知ってるよ……どうしようもない馬鹿男だったからね、その剣の持ち主は」
 勝手な正義を押し付けて、命と引き換えに杏子らを救ってくれた剣崎一真。
 奴はどうしようもない馬鹿だったが、そんな剣崎を侮辱する気にはならない。
 願わくば、その剣を手にして戦う者もまた正義の為に戦っていて欲しいとすら思う。
 あの金の大剣は、愛と勇気を踏み躙る悪が持っていていい代物ではないのだから。
「なぁ、その男のこと、もっとよく教えてくれよ」
「教えることなんて何もねーよ……あいつは、剣崎のヤローは、もう死んじまったんだ」
「……そっか、剣崎っていうのか」
 一夏は軽く剣を掲げて、その刀身を眇め見る。
 それから剣と杏子を交互に見比べ、言った。
「この剣のことは何となくわかった。で、あんたはこれから何をしようとしてたんだ?」
「それはこっちの台詞だろーが、いきなりやってきたのはテメーだ」
「ははっ、それもそうか」
 一夏はさもおかしそうに笑うと、見透かしたように言った。
「大方、剣崎って奴の命と引き換えに救われたってところかな、あんた?」
「あァ? だったら何だってんだ」
「興味を持ったのさ」
「――ッ!!」
 瞬間、空気が変わった。
 戦場で慣れた杏子の肌を刺す鋭い殺気。
 反射的な行動か、杏子はすぐさま魔法少女の姿へと瞬転した。
 同時に虚空から現れた長槍を掴み取った杏子に、一夏は剣を突き付ける。
「へえ、あんたもただの人間じゃないのか、ここはやっぱり面白い奴だらけだ」
「テメー……やっぱり乗ってやがんのか、このふざけた殺し合いにッ!」
「よく誤解されるけど、俺は別に殺し合いに興味がある訳じゃないんだ。
 けど、これ程の剣を持つ男が命を賭けてまで救った人間に多少の興味はある」
 刹那、一夏の身体がひらりと舞った。
「だから、あんたの正体――なかみ――を見せてくれ」
 嬉々として叫ぶ一夏は、一気に加速し杏子に迫る。
 どうやら奴はやる気満々らしい。
 売られた喧嘩は買うのが佐倉杏子だ。
 握り締めていた長槍を振り回し分割させ、狭い通路内に蜘蛛の巣状に鎖の網を張る。
 杏子が得意とする戦法の一つだ。
 こうなっては直進はありえない。即座に着地した一夏を、刹那の内に杏子の槍が鞭のように絡め取った。
「ここじゃ狭すぎるだろ、表へ出な!」
 不敵に嘯いた杏子は、魔法の力で跳躍力を強化し地上目掛けて飛び上がった。
 一夏が破壊したドアを瞬く間に通過し、地上へ躍り出た杏子は槍で大きく弧を描き、
 絡め取った一夏の身体を基地の入口から出来る限り遠くへと放り投げた。
 あとは戦いながら奴を基地から引き離すだけだ。それでアンクらはここから脱出出来る。
 目的の一つはクリアされたも同然だった。
「さぁて。じゃ、その剣を返して貰おうかねぇ?」
「悪いけど、まだその気はないかな」
「ああそうかい……だったら奪い返してやるよ!
 覚悟しな一夏! テメーはここでブッ潰す!」
 分割したそれらを再び一本の槍へと変型させた杏子は、敵の名を叫び飛び上がった。

       ○○○

 ロストアンクの目的地は同陣営であるイカロスが飛び去って行った方向。
 彼女が向かったのは恐らく、この広大なフィールドの中心部の方角だろう。
 商店街を後にしたロストアンクは、ひとまずメダルの補充を目論んでイカロスとの合流を目指していたのだが。
「まさか、こんなところで会えるなんて」
 湧き上がる高揚を抑えられず独りごちる。
 ビルの物陰から標的に視線を送りながら、ガイアメモリのスイッチを押し込む。
 ――これから始まるのは、今の彼に考え得る最高に面白い茶番だ。
 奴が一体どんな顔をするのかが今から楽しみで、ロストアンクはにやりと口角を歪めるのだった。

       ○○○

 長槍と大剣によって繰り広げられる戦闘の最中、
 杏子は織斑一夏との最善の戦い方を模索していた。
 大剣を携えて勝負を挑んで来るのだから、一夏が得意とするのは恐らく近接戦闘。
 近~中距離の戦闘を得意とする杏子がわざわざ相手の土俵で戦いをしてやる必要はない。
 分割させた槍の舞で、身を退いたまま一夏を近付けぬように撹乱する杏子。
「……にしてもアイツ、相当なやり手だね」
 一夏の耳には届かぬ程度の声音で、杏子は呟いた。
 高速で縦横無尽に空を突っ切る杏子の刃と、黄金の剣が幾度となく打ち合う。
 鋭角的な杏子の攻撃の軌道を全て読んで打ち払っているのだから大したものだ。
 何処まで奴の防御が続くのか、攻撃を仕掛ける度にその鋭さを増す杏子の攻撃。
 徐々に一夏の動きに余裕がなくなってくる。
 このまま押せば勝てると、そう思ったが。
「ククッ」
 一夏の口元が歪んだのを、杏子は見逃さなかった。
 杏子の攻撃を的確に回避し打ち払いながら、風に舞うマントの内側から、一丁の拳銃を取り出す一夏。
 右手は大剣、左手は拳銃。異なる武器の二刀流。
 が、本物の殺し合いの最中でそんな器用な真似が出来てたまるものか。そう思い構わず攻撃の手を強める杏子。
 鞭のようにしなって急迫する槍の穂先を一夏の剣が打ち払うったその刹那、一夏の拳銃が唸りを上げた。
 一発、二発、三発、四発、五発。
 剣を振り回しながら、奴は同時に五発もの銃弾を放ったのだ。
 放たれた弾丸は、どれも的確に槍を繋ぐ鎖の合間を縫って杏子に迫る。
「チィッ……!」
 あの攻防の真っただ中で、的を絞ることなど不可能と、そう思っていたのだ。
 中途半端な照準ならば、回避するまでもなく鎖によって阻まれる計算だったのだ。
 しかし一夏の弾丸は、的確に杏子を狙って走る。
 そして杏子に回避か防御かの二択を強要する。
 考えている時間はない。一夏の発砲の瞬間に、杏子もまた槍の軌道を変えた。
 弾丸が着弾するまでの一秒にも満たない間に、防御の姿勢を作った鎖が弾丸を弾いた。
 杏子を守るようにうねる鎖の舞が、五発の弾丸全てを打ち落とす。
 が、しかし。それら全てが、奴の思い通りだった。
「この時を待ってたんだ」
 攻撃の姿勢を崩した鎖の合間を縫って、今度は一夏が飛び込んでくる。
 今から攻撃に転じる? 駄目だ、もう間に合わない。
 一夏はもう杏子の間合いに飛び込み、大剣を振り上げている。
「だったら――!」
 出来れば近接戦はしたくなかったが、今はそんなことも言ってられまい。
 鞭のように宙をしなっていたそれらを即座に一本の長槍に変形させ、大剣目掛けて振り上げる。
 杏子の長槍と、一夏の大剣が激突して。
“――駄目だ、押し負けるッ!”
 そう判断するや否や、杏子の槍が容易く弾かれた。
 肩に感じる痺れ。跳ね上げられた杏子の槍に、大剣からの追撃が迫る。
 クロスレンジにおける身体の痺れは、どう考えたって致命的だ。
 杏子に反応の隙を許すことなく、大剣は槍をただの棒きれの如く切り裂いた。
 槍の穂先がくるくると宙を舞って、杏子の遥か後方の地面に突き刺さる。
「これで終わりだ」
 一夏からの死刑宣告。
 されど、魔法少女はこの程度で終わらない。
 あの"感覚"はもう戻って来ている。今なら使える確信がある。
 無意識のうちに封じていた、杏子の祈りの具現――幻惑魔法を!
 敵の刃が杏子を断とうとしたその瞬間、杏子はそれを発動させた。
“ロッソ・ファンタズマ――ってなッ”
 相変わらずダサい名前だと思う。
 それはかつて巴マミとの修行の末に編み出した杏子の幻影魔法だった。
 黄金の大剣に裂かれる寸前、杏子の身体が二つに分かれて左右へ跳び上がる。
「分身……!? へぇ、そんな事も出来るのかッ!!」
 嬉々として叫ぶ一夏だが、これ以上遊んでやるつもりもない。
 瞬時に再生成した槍を構え、左右から一夏を挟撃する。
「さっきまで出来なかったさ。けどな、アンタらが思い出させてくれたんだぜ」
 杏子は此処へ来た当初、一切の幻惑魔法を失っていた。
 それを、最初の想いを思い出させてくれたのは、悔しいがこいつら悪だ。
 魔力を帯びた二方向からの刺突攻撃を、後方へ跳び退る事で回避する一夏。
 ――しかし、それで回避出来たと思っているなら甘い。
 この技を見せたからには、ここで確実にコイツの息の根を止めてみせる心算だ。
「分身が二人だって誰が決めたッ!」
「なっ……!?」
 一夏が飛び退った後方の方角から、三人目、四人目の杏子が躍り出た。
 二人の杏子が一夏の着地点を仕留めようと槍を鞭のようにしならせる。

 空中で華麗に舞い、杏子の二連の槍攻撃を回避した一夏は、その大剣で襲い来る槍の穂先を弾くが。
「そんなんで追い付けると思うなよ!」
 先程の二人の杏子が。更に左右から、五人目、六人目の杏子が飛び出した。
 上空で槍を大きく旋回させながら、眼下の一夏へと急迫する杏子。
 これには流石の一夏の顔にも焦りの色が見えた。
「終わらせてやるよ、これで!」
 分身の数を増やせば増やす程、首輪内のセルメダルが減少してゆくのが分かる。
 長期戦には向かない。短期決戦で決める必要があった。
 次の瞬間、一夏に殺到したのは総勢六人の杏子による一斉攻撃。
 ある者は鞭さながらの槍の舞いを披露し、ある者は両手で携えた槍で突撃する。
“避けれるモンなら避けてみろ!”
 杏子には絶対の自信があったのだが――しかし、一夏も只者ではない。
 縦横無尽に駆け巡るいくつもの槍を大剣で打ち払い、回避を繰り返し、
 同時に懐から一丁の短機関銃を取り出して、先程まで持っていた銃と持ち換えた。
 左から迫る杏子に機関銃を、右から迫る杏子に大剣をそれぞれ構え、一夏の反撃が始まった。
 キャレコ短機関銃に込められた九ミリのパラベラム弾が一斉に火を放って、両手で槍を構えていた一人目の杏子を蜂の巣にする。
 それとほぼ同時、右から迫った杏子の槍と大剣とを打ち合わせながら、一夏は確実な剣裁きで一瞬のうちに杏子の攻撃をいなし、その身を斬り伏せた。
 一夏に仕留められた杏子の幻影が二つ、霧となって消える。
「……マジかよアイツっ!」
 これには流石に驚いた。
 多重の影分身を同時に全て制御しようとすれば、当然一人一人の戦闘精度は落ちる。
 しかし、だからといって二方向からの挟撃を同時に潰されるとは思っていなかった。
 小さく毒吐く杏子だったが、構わず次の分身体を精製。
 手を休めることなく、一夏へと波状攻撃を仕掛けるのだった。

       ○○○

「ここまで来れば、もう大丈夫よね」
 ZECT基地から少しばかり北へと進んだところで、弥子が胸を撫で下ろしながら呟いた。
 一緒に歩くアンクは変わらず無愛想でやや気まずいが、危機は脱した筈だ。
 杏子は今もきっと、ZECT基地から少し離れた市街地で「イチカ」と戦っているのだろう。
 その人物に心当たりはないが、杏子の叫び声はZECT基地の内部へも響いていた。
 杏子はぶっきらぼうだが、悪い人間ではないと思う。
 その杏子が敵と見なし戦いを挑んだのだから、イチカという人物が敵であることに間違いはないのだろう。
 立ち止まり考えを巡らす弥子を後目に、アンクは名簿を眺め、こいつか、と一言呟いた。
 アンクの細い指がなぞる参加者の名は――織斑一夏。
 イチカ、という名前でヒットする参加者はそいつしか考えられまい。
「織斑一夏……要注意人物だね」
「ああ、最後にいい情報を教えてくれたな、アイツ」
「ちょっと! 最後だなんて縁起でもないこと言わないでよね!」
 思わず怒鳴りつける弥子だった。
 あの自信に満ち溢れた尊大な魔法少女が、そう簡単にやられる訳がない。
 それこそあの怪物強盗XIのような強者が相手ならばわからないが、あれ程のバケモノがうじゃうじゃ居るわけもあるまいに。
 相手が普通の人間ならば、魔法少女としての戦闘能力を持った杏子に負けはない。
 希望的観測でしかないが、それでも弥子はそう強く信じていた。
「杏子さんは必ず勝つって、私信じてるから」
「ハンッ……そうだといいがな」
 無愛想に息を吐いて、アンクは名簿を再びデイパックに突っ込んだ。
 弥子は、何を考えているのかイマイチ掴めないアンクが些か苦手だった。
 良い人なのだろうという事は何となくわかるのだが……。
 そんな取り留めもない事を考えていると、アンクの脚がぴたりと止まった。
「わぶっ……」
 後方を歩いていた弥子が、アンクの背中に顔面を強かに打ち付ける。
「ちょっと、いきなり止まんないでよ!」
「黙ってろ!」
 アンクの怒声に、弥子の身体がびくりと強張る。
 元々無愛想な奴ではあったが、これ程鬼気迫る怒声を聞いたのは初めてだ。
 一体何がアンクをそうさせたのか――その答えは、前方から歩を進める一人の青年にあった。

「よぉ、アンク」
「……映司ィッ!」
 映司と呼ばれた青年は、きっとした眼差しでアンクを睨んでいた。
 弥子も話には聞いていた。確か、仮面ライダーオーズに変身するという若者だったか。
 どういう訳か火野映司については詳しく教えてくれず、有耶無耶にされていたのだが――
 その火野映司が、腰に巻いたベルトに紫色のメダルを挿入しながら言った。
「悪いけど、お前はここで砕かせて貰う」
「いちおう聞くが……お前、本気か?」
「ああ。お前も分かってただろ」
「……そうだな」
 そう言って、くつくつと笑うアンク。
 その感情を窺わせない笑みが、弥子にとってはひどく不気味に感じられた。
 映司が腰から取り出した円盤で、ベルトのバックルを勢いよくなぞった。
 ――プテラ! トリケラ! ティラノ!――
 ベルトから飛び出した紫色の紋章が、そのまま映司の身体に重なった。
 瞬く間に映司の身体が変化し、ネウロのそれとはまた違った異形へと変貌する。
 ――プットッティラッノザーウルース!――
 白いスーツに紫の外骨格。恐竜の姿をそのまま人にしたような異形。
 その姿を見た瞬間、背筋が凍りつくような思いに駈られた。
 言わば、本能的な恐怖とでも言うべきか。
 多くの犯罪者に感じる恐怖とは違う、もっと根本的なもの。
 こいつとは戦ってはいけない、弥子の第六感がそう叫んでいる。
「ねぇ、逃げようアンク! なんか分かんないけど、あいつ危ないよ!」
「逃げれるモンならなぁ?」
 そう言って、アンクはデイパックから取り出した銃をオーズへ突き付けた。
「オイ映司ィ……! お前オレのコアメダル持ってんだろ、気配で分かんだよ!」
「ああ、持ってるよ。けどお前には渡さない。グリードのお前には」
「チッ……お前にオーズを渡したのは間違いだったな」
 憎々しげにそう吐き捨てるアンク。
 対するオーズは紫色の翼を羽ばたかせ、アンクへと迫る――。


【一日目-夕方】
【D-3/市街地(中心部より少し北)】

【アンク@仮面ライダーOOO】
【所属】赤
【状態】健康、迷い、焦り
【首輪】125枚(増加中):0枚
【コア】タカ:1、コンドル:1、カマキリ:1
【装備】シュラウドマグナム+ボムメモリ@仮面ライダーW
【道具】基本支給品一式、ケータッチ@仮面ライダーディケイド、大量のアイスキャンディー
【思考・状況】
基本:アンク(ロスト)を排除する。その後は……?
 0.映司……――――。
 1.出来るなら赤のコアメダルを取り返して離脱してしまいたい。
 2.アンク(ロスト)を排除するためにも今は戦力を集めることに集中する。
 3.アイス以外の交渉材料を探す。
 4.織斑一夏は危険人物。
【備考】
カザリ消滅後~映司との決闘からの参戦

桂木弥子@魔人探偵脳噛ネウロ】
【所属】青
【状態】健康、精神的疲労(中)、迷い、焦り
【首輪】100枚(増加中):0枚
【装備】桂木弥子の携帯電話(あかねちゃん付き)@魔人探偵脳噛ネウロ
【道具】基本支給品一式、魔界の瘴気の詰った瓶@魔人探偵脳噛ネウロ、衛宮切嗣の試薬@Fate/Zero
【思考・状況】
基本:殺し合いには乗らない。
 1.プトティラが怖い。逃げたい。
 2.ネウロに会いたい。
 3.杏子が心配。
 4.織斑一夏は危険人物。
【備考】
※第47話 神【かみ】終了直後からの参戦です



 ロストアンクの知り得る限り、今のアンクには碌な戦闘手段はない。
 それ故、今の奴を仕留めるのに、ガイアメモリを使う必要など何処にもない。
 しかし、悪行への愉悦に目覚めつつある彼にとっては、ただ倒すだけではつまらない。
 プトティラの姿をコピーしての襲撃は、彼なりの余裕故の茶番劇のつもりだった。
 ずっと一緒に戦って来たオーズによって仕留められるのは、一体どんな気持ちだろう。
 そんな事を考えるだけで、ロストアンクの気持ちは昂ってゆく。
 ――が、その興奮によって、ロストアンクは大切な事を失念していた。
 このゲームでは、「強大な力」にはそれだけの代償が伴うのだ。
 例えダミーとは言え、今の彼が使う力はあの恐るべきプトティラコンボ。
 オーズの最強コンボの維持に必要なメダルは、今まで変身して来たどの姿にも勝る。
 ダミードーパントへの変身、能力を発動してのプトティラへの多重変身、さらにその力を用いての戦闘。
 おまけに先の戦闘で負ったダメージも残っているときている。
 状況は「圧倒的にロストアンクが有利である」とは言い切れないのであった。
 それらのファクターが一体どれほどロストアンクのメダルと体力を消費するのか――
 悦楽の為に戦う今の彼の脳内を、その懸念がどれ程占めているのかは誰にもわからない。


【アンク(ロスト)@仮面ライダーOOO】
【所属】赤・リーダー
【状態】ダミープトティラに変身中、ダメージ(中)、悪行に対する愉悦への目覚め(?)
【首輪】45枚(増加・消費中):0枚
【コア】タカ:1、クジャク:2、コンドル:1/コンドル:1(一定時間使用不能)
【装備】なし
【道具】基本支給品一式、ダミーメモリ@仮面ライダーW、T2ゾーンメモリ@仮面ライダーW、不明支給品1~3(確認済み)
【思考・状況】
基本:赤陣営の勝利。“欠けたボク”を取り戻す。
 1.欠けたボクを追い込んで楽しみ最終的には吸収する。
 2.イカロスを追いかけ、一先ずメダルを回復させる。
 3.暗躍を続けるために、正体(人間態)をバラさないよう気をつける。
 4.赤陣営が有利になるような展開に運んでいくのも忘れない。
 5.イカロスの活躍に期待。
【備考】
※アンク吸収直前からの参戦。
※ダミーの“偽装”による再現には、限界があります。
 また自分、及びその場にいない人物の記憶から再現する事はできません。
※ガイアメモリを複数使用しました。どのような後遺症があるかは、後の書き手にお任せします。



「こいつはちっと……洒落になんねーなぁ……」
 自らの長槍を杖代わりに地面に突き立て、畏怖の声を漏らす杏子。
 今し方、最後の分身が一夏が振り払った大剣によって霧散したところだ。
 あの男は、杏子のロッソ・ファンタズマを前に粘り勝ちを獲得してみせたのだ。
 まさしく、生半可な力も、戦略すらも通用しないバケモノ。
 明らかに人知を越えている織斑一夏に杏子は問う。
「なぁ、一つ教えてくれよ」
「なにかな?」
「あんたホントに人間か?」
「さぁ? 俺にも分からないんだ」
「ああ、そうかい」
 今の問答に実りがあっただろうか――答えは否だ。
 むしろ、それは奴と戦う前に問うておくべき質問だった。
 戦闘前、完全に油断をし切っていたのは杏子の方だ。
 よもやあの優男が、これ程のバケモノであるなどと誰が想像出来ようか。
 気持ちだけで、誰にでも勝てるような気になっていた。
“それがあんなバケモノとはねぇ……”
 まず恐るべきはその怪力と、それを活かした戦闘能力。
 そしてそれにも勝る脅威は、奴のその不死性だ。
 杏子の攻撃は、幾度か奴の身体を裂き抉った筈だった。
 されど、並外れた回復力故か、奴はまるで動きを止めはしない。
「並の人間じゃ――いや、例え魔法少女並の人外だったとしても、だ。
 動ける訳がねぇんだよ。あれだけの攻撃を受けりゃ普通は死ぬ」
「だろうね、俺もただで済んでる訳じゃない。メダルはかなり消費してるっぽいよ」
「メダルで回復だァ? チッ……あたしらと似たような身体してやがんのか」
「さぁ、それはどうかな。さっきも言ったけど、俺には俺の身体がわからないんだ。
 人間か魔人か、それともあんたと同じような人種なのか、それすらわからない。
 だからヒントを探してるんだ、俺のルーツに辿り着くための、ね」
「悪ぃ、あたしじゃ力になれねーや。なる気もねーけどさァ」
 精一杯の胆力で軽口を叩いてみせるが――既に自覚している。
 戦いに負けたのは、紛れもなく杏子の方だ。
 まだこの身体は動くが、もうこれ以上の戦いに使えるメダルはない。
 今から逃げようにも、あのバケモノが素直に逃がしてくれるとも思えない。
 ――杏子は戦い方を誤ったのだ。
 杏子はあの優男の見てくれに騙されて、最初から全力で潰しに掛かる事をしなかった。
 一目見た瞬間から、本気で殺し切る心算で仕掛けていたなら、或いは結果は違っていただろう。
“まぁ、今更言っても遅ぇよな”
 だが、それをうじうじと悔やむような殊勝な性格を佐倉杏子はしていない。
 今の結果に繋がる要因を作ったのは自分で、何もかもが自業自得。
 過去を悔やんでいる暇があるなら、今出来る事をやり切るのみ。
 最後の魔力を刃に宿し、赤く燃える槍を一夏へと突き付け嘯く。
「んじゃぁ、そろそろ決着といくかい、一夏?」
「そうしてくれると助かるよ、実は俺ももうそんなに余裕がないんだ」
「ハンッ、そんじゃ決まりだねぇ――!」
 真っ直ぐに杏子目掛けて、一夏が跳ぶ。
 せめてあのバケモノに一太刀を浴びせてやろう。
 これは杏子の、最後に残ったちっぽけなプライドを賭けた戦いだ。
“悪いな、剣崎。せっかく救って貰った命を、こんな事に使っちまって”
 謝罪の念を胸中に懐く。
 あの時救われた命をこんな事に使うと知れば、剣崎はどう思うだろう。
 杏子は剣崎一真という人間を知らないが、それでも彼が熱い正義感を秘め、
 誰かの為に命を賭けるような馬鹿男だったということは苦しいほどに理解している。
 その形見の大剣を奪い返すこともなく、救われた命を無駄に散らす杏子に彼はきっと苦い顔をするとだろうということも、何となく想像は出来る。
“けどね、これがあたしなんだ!”
 否定も言い訳もする気はない。
 そんな生きざまを貫くことしか出来ないのが、佐倉杏子という人間なのだ。
 剣崎一真がそうであったように、佐倉杏子も最期まで自分で在り続けよう。
 願わくば、この一撃が、後に続く正義の味方の助けにならん事を。

「ッらぁぁあぁぁあああああああッ!!!」
 残る力の全てを振り絞って、槍を分割させ、振り下ろす。
 精一杯の魔力を滾らせた杏子の槍が、鞭のようにしなって迫り来る一夏を迎え討つ。
 対する一夏は――まるで杏子の攻撃を読んでいたかのように減速、そして得物を投擲。
 尋常ならざる怪力で投げ出された黄金の大剣が、杏子目掛けて風切り音を立てながら加速する。
「だったらッ!!」
 構うことはない。
 あの大剣を叩き落し、その隙に一瞬で一夏へと肉薄し強烈な一撃を叩き込んでやるのみ。
 正義の為に使われるべき剣を、悪しき呪縛から解放するためにも。
“頼む、力を貸してくれ、剣崎――!”
 乾坤一擲。
 こんな時こそ、信じ貫くは愛と勇気が必ず勝つストーリー。
 杏子の渾身の魔力を得た槍は剣崎の大剣を打ち払わんと迫り、
 そして――大剣の刀身に触れると同時に、 消 失 し た 。

 ――メダル切れだ。

 それを理解する間に、飛来した黄金の刃は杏子の顔面を突き刺し頭部を貫通。
 キングラウザーに頭を貫かれた杏子が最期に見たのは、
「剣、ざ……っ」
 正義を為すべき黄金の刃が、自分の視野のど真ん中に突き立っている光景。
 他に何を見ることもなく、感じることもなく。
 骨が脳が、頭そのものが一瞬のうちに破壊されるその感覚を、最早痛覚として認識することすらなかったのは僥倖か。
 二本の足は地に着いたまま、頭だけが大剣の重量によって後方へと大きく傾く。
 キングラウザーの重量は、杏子の体重よりもずっと重たい。
 大きく身体を仰け反らせたまま頭から地へと落ちた杏子は、キングラウザーの刃先がアスファルトに突き刺さる音を聞かずにすんだ。
 既に杏子に意識はなかったのだ。

       ○○○

 怪物強盗XIは、仰臥する杏子の頭部からキングラウザーを引き抜いた。
 明らかに致死量を越えた血糊でべっとりと汚れた大剣を眺めて、
 いちおう後で洗っておこうかな、などと取り留めもない感想を懐く。
 Xにとって、最早この黄金の大剣にそれ程の興味はなかった。
 キングラウザーの持ち主に何か共感出来るものがあったなら話はまた違ったろう。
 しかしXは、これの持ち主である剣崎一真という人間に対して何の共感も感じはしない。
 これに強い想いが宿っていることは何となく分かっていたが、杏子の証言から、
 それが何の益体もない甘っちょろい妄信である事も理解出来てしまったのだから。
 つまり、この剣は、Xの正体を探る上では何のヒントにもなり得ないのだ。
 尤も、それでも十分過ぎる程に強力無比なこの剣を手放す気はないが。
「それより俺が興味あるのは」
 佐倉杏子の遺体――否。遺体と呼ぶにはまだ早い、その身体の方だ。
 頭部は「完全に」破壊されているというのに、彼女はまだ生きている。
 彼女の心臓が鳴らす有り得る筈のない鼓動が、Xの鼓動をも高鳴らせる。
 この少女はネウロのような魔人ではないのだろうが、しかし人間でもない。
 こんな未知の存在にこそ、Xのルーツに辿り着くヒントはあるのではないか。
 先の戦いに於いても、途中からはこの少女の中身を見る事で頭が一杯だった。
 此処へ来て、ようやく特殊な人種の身体の中身を観察する機会を得たのだ。
「あれ、服が変わってる」
 しかし、身体をバラす前に異変に気付くX。
 今の杏子が纏う服は、先程まで身に纏っていた赤いワンピース状のドレスではない。
 それは、何処にでもいる中学生のそれと何ら代わりのないカジュアルな服装。
 暫し考え、次に自分のみすぼらしい外見とそれとを見比べたXは、
「とりあえず脱がそう」
 杏子の服を、更にはその下着を脱がしにかかった。

 無抵抗な杏子の身体はすぐに一糸纏わぬ裸体を晒すが、Xは特別な感慨を懐きはしない。
 ただ、どうして着替えてもいない服が変わったのかを見極めたかっただけだ。
 しかしいざ脱がして持ち物を確認しても、杏子の衣類には何のからくりもない。
 変わったことといえば、ポケットに赤く輝く宝石が入っているだけだ。
 何らかの魔法の宝石、だろうか?
 少なくとも、見た事もない美しさである事に間違いはないのだが。
「ま、いいか」
 結局その謎は不明のままだが、しかしどうせ「代わる」のだからこれはこれで構わない。
 杏子の身体を観察しその姿を奪ったあとで、この服は自分が身に纏おう。
 次に杏子の身体に手を捻じ込んだXは、その内臓を漁るが――これも特に変わった点はない。
 不可解な点といえば、身体は明らかに死んでいる筈なのに内臓が生き続けている、ということくらいか。
 そのまま杏子の身体を原形を留めぬ程に分解してみるが、やはりその身体は普通の人と同じだった。
 悄然としながらも、Xは杏子の身体を「箱」に詰めた。

       ○○○

 程無くして、そこに立っているのはまさしく佐倉杏子その人だった。
 赤い長髪をポニーテールに結って、中学生相応のカジュアルな服装に身を包んでいる。
 その上から、戦いで薄汚れたマント一枚を羽織って、佐倉杏子はぶつぶつと呟いていた。
「……んー、ま、口調はこんな感じかねぇ。一夏の時よりはよっぽどやり易いぜ」
 佐倉杏子は――否、佐倉杏子の姿と服を借りた怪盗Xは、それらしく喋ってみせる。
 ついさっきまで戦っていた佐倉杏子は確かこんな喋り方をしていた筈だ。
 口調のほかに知り得た情報は、佐倉杏子というその名と、魔法少女という単語。
 おそらくは、杏子のような力を持った者を魔法少女というのだろう。
 彼女の「あたしら」という発言からも、複数存在することが窺える。
 あとは、此処で剣崎一真に救われたという過去くらいか。
 ここまで知れれば、何の情報もなかった一夏よりはよっぽど楽だ。
「あの姿もそろそろ限界があるし、まぁここらが潮時だったってこったね」
 一夏の姿は、既に何人もの参加者に見られている。
 流石にそろそろ動き辛くなってくる頃合いだろう。
 それに、此処へ来てからというもの些か殺し過ぎたかなという気もする。
 何も殺し合いに興味がある訳ではないのに、これではまるで優勝狙いではないか。
 思いもよらぬ強敵との戦いでメダルも無駄に消費し過ぎた今、あまり無策に暴れ過ぎるのも賢いとは思えない。
 ここらでそろそろ本来の目的を念頭に置いて行動すべきだろうか。
 そう思い地図を取り出し眺めたXは、
「……おっ、鴻上生体研究所ってとこに行きゃあ何かわかるかも」
 それらしい施設を発見し、何の迷いもなく次の目的地を定めた。
 まずは元の目的に立ち返り、自分の正体に繋がるヒントを探しに行こう。
 もしもその過程でヒントになり得そうな参加者が現れた場合は例外だが――。
 新しい姿を得て気分を一転したXは、杏子の箱をその場に置き去りにして立ち去っていった。


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最終更新:2013年05月09日 21:15