The Greed ◆qp1M9UH9gw




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よく‐ぼう〔‐バウ〕【欲望】


不足を感じてこれを満たそうと強く望むこと。また、その心。






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目覚めてから、最初に視界に入った色は『紫』だった。
壁が、天井が、床が、あらゆる部分が紫色で彩られた部屋。
火野映司は、この異様な空間で意識を取り戻した。
この部屋の中には、映司が先ほどまで横になっていた――やはり紫一色の――ベッドと、
壁に取り付けられた大型モニター、そして透明な箱に入った、小型のリュックだけである。
箱はには鍵が付いており、どう力を入れてもピクリともしない。

当然ながら、映司はこのような場所に来た覚えも、知った覚えもなかった。
では、何故このような場所に自分はいるのだろうか。
脳内で以前の記憶を辿ってみるが、これに関する記憶は全くと言って良い程出てこない。
今起きている何もかもが、映司の理解の範疇を越えてしまっていた。

首元に手を伸ばしてみると、金属の感触が指に触れた。
どうやら、首輪を填められているらしい。
何を理由にこんな物を付けるのか、映司にはやはり理解し難かった。

――嫌な予感がする。

根拠はないが、恐るべき事態が起こる気がしてならないのだ。
多くの者が苦しみ、絶望する――あの日の内戦のような――惨劇の幕が開いてしまうのではないのか?
残酷な推測が脳裏を過るが、映司はすぐさまそれを払いのける。
こんなものはあくまで妄想の域を出ていないのだ。
それを大真面目に考えるのは馬鹿げている。
実際にそんな事が起こる確率なんて、たかが知れているのだから。



そう思った、その時だった――――前方のモニターに、映像が流れ始めたのは。


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汚れ一つない、真っ赤な壁に取り付けられたモニターには、一人の人間の姿が映し出されている。
肩に毛髪のない人形をちょこんと乗せたその男は、「真木清人」と名乗った。
感情らしいものをまるで感じさせない彼の表情は、肩の人形と何処となく似ている。
当然ながら、小野寺ユウスケは彼と接点など一つもない。
全くの無関係である筈のこの男は、どうして自分のような人間をこの部屋に拉致したのだろうか。

(まさか……大ショッカーの手先か!?)

これまで幾度となく旅の邪魔をしてきた組織である。
これにも奴らが一枚噛んでいる可能性は否定できない。
そうと分かれば話は早い――すぐさまこの部屋を脱出しなければ。
ユウスケはクウガに変身しようと試みる。
だが、どうした事だろうか……どうやってもクウガに変身する事ができない。

『念の為、今は君達の能力を使用不可能にさせてもらいました』

自身に語りかけるような真木の声が、耳に入ってきた。
クウガに変身できないのは、彼に体を弄くられたからだと言いたいのか。
ユウスケの額に脂汗が滲む。
どうやら、自分が想像している以上に面倒な事になっているようだ。
変身できない以上、今の自分にはどうする事もできない。
腑に落ちないが、黙ってこの男の話を聞くしかないようだ。

『……君達は"ラグナロク"をご存知でしょうか』

真木が聞き覚えのない単語を発した。
彼の目線は前方には向いておらず、肩に乗せられた人形へと注がれている。

『ラグナロクとは、北欧神話における"終末の日"を意味しています
 あらゆる存在があらゆる災厄に飲まれて消える日……私が理想に近いものの一つと言ってもいいでしょう』

「終末の日」を「理想の一つ」と言い切るとは。
この男は世界を滅ぼすつもりなのだろうか。
ユウスケの脳裏に浮かぶのは、「クウガの世界」で交戦した「ン・ガミオ・ゼダ」の姿。
この男が持つ理想は、グロンギの長が行った"究極の闇"と似通ったものを感じる。

『ここまで言えば、賢明な方には理解いただけるでしょうね』

ユウスケもまた、別室の映司と同様に胸騒ぎを感じていた。
いや、きっとこの二人以外にも、唾を飲んだ者が多数存在するだろう。
そして――その胸騒ぎは、不幸にも的中してしまうのだ。



『君達には"ラグナロク"の再現……つまり殺し合いをもらいたいのです』


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織斑一夏は、「真木清人」なる男の正気を疑わざるおえなかった。
彼は眉一つ動かさずに"殺し合い"という単語を発した。
何故そこまで平然とした顔でそんな残酷な台詞が吐けるのだろうか。
異常としか言いようがない。
"ラグナロク"開始の宣言を行った真木からは、言いようの無い狂気が感じられた。
そんな一夏の様子など知った事かと言わんばかりに、真木は人形に話しかける形で、殺し合いの説明を始める。
説明を掻い摘んでみると、次のようになる。

曰く、この殺し合いはチーム戦である。
曰く、チームのリーダーは「グリード」なる怪人が務める。
(ぬいぐるみの類だと信じたい。ちなみに一夏が属するチームのリーダーは、愚鈍そうな灰色の怪人だった)
曰く、参加者にはサバイバルの必需品と、何らかの道具が1~3個、そして「セルメダル」が100枚入っている。
曰く、参加者に付けられた首輪には、メダルの採集機能とチームの識別機能が付けられている。
曰く、能力の使用等には、その「セルメダル」を使わなければならない。
曰く、最終的な勝者は「コアメダル」なる物の総所有数で決まる。

『詳しいルールについては、デイパックに同梱されたルールブックを読んでください』。

それを最後に、真木は一通りの説明を終えた。
ルールは大体把握できたが、何故こんな複雑なルールで定めたのかが一夏には理解できなかった。
何にせよ、人を殺す気など微塵も起こらないが。

『……それと、あなた達に付けさせてもらった首輪についてですが、
 これには先程述べた二つの機能の他に、もう一つ機能を付けてあります』

モニターの場面が切り替わる。
そこにいたのは真木ではなく、椅子に座らされた一人の少女。
どうやら眠らされているようで、カメラの存在には全く気付いてはいない。
この光景を目の当たりにした瞬間、一夏の目の色が急変した。
あの長髪は、あの制服は、あの顔立ちは――間違いない、あの少女は。

「箒…………!?」

篠ノ之箒の姿が、何故このモニターに写っているのだ。
先程の真木の言葉から、彼女は「首輪の機能を見せ付ける」為に呼び出されたのだろう。
首輪の機能で、箒の身に何が起こるのだ。
――――まさか。

『これは反乱を未然に防止する為の機能――彼女の"犠牲"を以って証明してあげましょう』

箒の首輪から、電子音が発せられる。
この音が止んだ瞬間が彼女の最期である事は、誰にでも理解できた。

「……め……ろ…………」

彼女が何をしたと言うのだ。
こんな理不尽な形でその命を奪うつもりなのか。

「……やめ…………ろ……!」

震えた声で、懇願する。
戦えない今の一夏にはそれしか出来ない。
どうしようもない無力感に苛まれながら、声をあげる事しか出来なかった。



「――――やめろおおおおおおおおおおおおおッ!!」



たかが一人の声など、届く訳がない。


電子音が、止んだ。



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――人が死んだ。

首輪を爆破され、頭部が宙を舞った。
あんなにも簡単に、人間は命を落としてしまうのか。
そしてああも容易く、人間の命を奪えてしまうのか。
志筑仁美の体が、小刻みに震え始める。
これから自分はいつ命を奪われるか分からない状況に置かれされる――その現実を、嫌でも思い知る事となった。

『……"ラグナロク"を生き延びた者達は新たな時代の神となったと伝えられています
 そこでです、この殺し合いの勝者となったチームには、全員の願いを一つずつ叶えてあげましょう』

真木の声が嫌でも耳に入ってくる。
あの抑制のない、機械のような声が脳内で響く度に、鮮血に塗れた死骸がフラッシュバックするのだ。
モニターから流れ出る音声から逃げ出したかった。
もうルールなんていいから、早くモニターの電源を切ってほしい。

『では、箱に入ったデイパックを持って、出口から会場に向かって下さい』

何時の間にやら、ついさっきまで壁だった所にドアが出現している。
急いで仁美は箱からデイパックを取り出し、ドアノブに手をかけた。
もうこの部屋に居たくない。
モニター越しに起こった惨劇を、一刻も早く頭から引き離したかった。
それが「逃げ」であるという事を十分に理解していながらも、彼女はその選択をしたのである。



『では皆さん、良き終末を――――』



真木のその言葉を最後に、緑色の部屋から音声は消失した。

【篠ノ之箒 死亡】

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カメラの停止を確認すると、真木は首を刎ねられた亡骸を一瞥してから席を立った。
親愛する者達が絶望しながら息絶える姿を見ぬまま「終末」を迎えられたのだ。
ある意味では、ここで死んだ彼女は幸運だったのかもしれない。

「それでは、始めましょうか」

真木が振り返り、後ろの見物客達を見据える。
彼らと共に、真木はこの計画を進めてきたのだ。

「――"全ての終末"を」

そう。
この殺し合いで全てが終末を迎える。

仮面ライダーも。
英霊も。
ヒーローも。
魔法少女も。
魔人も。
エンジェロイドも。

皆死ぬ、皆終わる。
全てが無意味となり、塵と化す。
何もかもが――終末を迎える。



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しゅう‐まつ【終末】

物事が最後に行きつくところ。おわり。しまい。





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最終更新:2014年05月13日 02:42