「僕」の物語

───これは、とある妖精の物語。
───これは、小さくて、大きな物語。




…なんて、小綺麗な前書きみたいに言うけど、たぶん、大したことはないよ。
簡単に言えば、ただ、僕の生い立ちをつらつらと話していくだけだからね。

じゃあ、早速だけど話していくよ。
…あぁ、いや、拍手なんていらないよ。そんな、拍手するほどでもない話だし。




───どれほどの、昔だったかな。僕は生まれた。

十年前かもしれないし、もしかしたら、百年や、千年も前かもしれない。
はたまた、それよりもっと前なのかもしれない。見当もつかないよ。
気ままで、大雑把で、そして忘れっぽい。妖精なんて、そんなものだよ。
人間たちとは、感じる時間が違うんだ。たぶん。

それに、どこで、何から、どうやって生まれたかも覚えてない。
そもそも、僕らにとっては、そんなこと、どうでもいい話なんだ。
まぁ、とにかく、僕が生まれたんだ。そう考えて、聞き進めるといいよ。
細かい事は、あんまり気にしなくて大丈夫だよ。




───見ての通り、僕は、二つの力を持って生まれたんだ。見ての通り、炎と、氷と。
持ってたのは、持ってたんだ。…逆に言えば、持ってただけだよ。
仮に、熱いものと冷たいものを一緒にしたら、どうなるか、分かるよね。
まさに、それだったんだ。どっちも、上手く使うことができなくて…

もちろん、仲間なんて、ほとんどいなかったよ。いつも1人で、友達なんて本ぐらいだった。
いつも閉じこもっては、本ばかり読んでいて、余計に周りからも除け者にされて…
魔法がまともに使えないから、妖精としての価値もない、だなんてね。

僕らにとっては、その力が価値に等しかった。
いかに自然と、現象と一体になっているか。それが、僕らの全てだったんだ。
炎と氷の合わさった現象なんて、自然にそうそうないよね。
だから、どちらにしても、どれだけ珍しくても、僕の"力"は排斥されるべきものだった。

役立たずだとか、ぬるま湯妖精だとか、散々言われて…。
そんな言われが一人歩きして…。もう、気づけば、すがるものなんてそこにはなかったよ。
僕が何を言っても、聞く耳を持ってくれない。みんながみんな、僕の敵。

そして、ついに、妖精の隠れ里を追い出されることになったんだ。…みんなの、勝手で。
…その場所は、もう覚えていない。多分、永遠に、僕は育った地には帰れないんだ。




───そんな僕がやってきたのは、人間の世界だったんだ。
そこまで詳しくはないけど、人間のことは、いくらか知っていた。
だからこそ、人間の世界が、すごく怖かったんだ。
自分よりもはるかに大きなのが、たくさんいるんだ。怖くないわけがないよ。

…正直に言うと、少しは希望の心もあったよ。
もしかしたら、人間たちなら、僕のことを受け入れてくれるかもしれない。

…でも、そんな、わずかな希望も、運命は容赦なく打ち破ってきたんだ。
人間の世界は、僕の思っていたほど甘くはなかったよ。むしろ、とても厳しかった。
人間は、僕のことを捕まえようとしてきた。人間たちも、僕の敵だったよ。

またある時は、妖精の郷にいたころには、考えられないような魔物に襲われたりもしたよ。
その度に、僕は、逃げて、逃げて、逃げ続けた。逃げることしかできなかった。
あらゆる物を閉ざす人生から、あらゆる物から逃げる人生に、早変わりしたんだ。




───そんな途方に暮れていた僕に、手を差し伸べたのは、1人の人間の男だった。
彼の様子は、その時の僕の目には、まるで救世主のように映ったよ。
人間の年齢はよく分からないけど、初老ぐらいだったかなぁ…。

彼は、僕に、この辺りの事情を優しく話してくれたんだ。
この辺りには、妖精を捕まえる輩が多いとか。捕まえて、何かの材料にするだとか。
人間たちにとっては、僕らは"素材"に過ぎないものというんだ。…残酷な、話だよ。
僕以外の仲間が、犠牲になったことを思うと、今でも胸が痛むよ…。

眼鏡をかけていて、いつもニヤついていて、はっきり言って、ちょっと怪しい人だった。
虫眼鏡で、やたらと僕のことを眺めてきたり、変な道具の上に乗せられたりもした。
でも、僕に対してとても優しかったよ。僕のことを、大切にしてくれたんだ。
まるで、商人が、自分の売り物を扱っているみたいに…。

その人は、僕に、ベッドの代わりに上等そうな箱を用意してくれた。
たぶん、人間の世界に来て初めて、ぐっすりと眠れたと思う。
逆に言えば、その時までは全然眠れなくて、クマがひどかったんだ…。




───で、それから、何日かが経ったんだ。
箱の中での寝心地にも慣れてきた、ある日のことだったよ。

いつものようにぐっすりと寝てた僕は、何か奇妙な感覚に起こされたんだ。
目を覚ましてみれば、僕のことを、誰かが掴んでいたんだよ。
そこは、今までに見覚えのない、いつもとは違う場所だった。
今までとは、明らかに違う、薄汚くて煩雑とした、研究室みたいな所だった。

もちろん、どうにかしようとしたよ。でも、人間と比べれば、僕なんて非力なで…。
その時の僕は、魔法もろくに使えなかったし、そのまま、なす術はなかったんだ。

───ここで、初めて、僕は気づいた。
僕は、騙されて、売られたんだ。バカみたいな話だよ。あれだけ優しくしてもらったのに。
僕は、絶望のどん底に逆落としされた。人間は、こんなにも意地汚い生き物なんだな、と。

やがて、ボウルか何かの中に、僕は入れられたんだ。
彼からは、温かみも、慈しみも、血も涙も感じられなかった。
そして、手に握った棒を振り下ろして、僕のことを、潰そうとして───

───その時だった。

命の危険を感じたからかな。身体の中の魔力が、一気にたぎるような気がしたんだ。
それが、無意識の間に、一気に解き放たれた。本当に、まぐれだったと思うけど。
僕もよくは覚えていないけど、目の前で、とんでもないことが起こったんだ。
でも、すごい熱気と冷気が、僕の頬を撫でたことだけは、はっきりと覚えているよ。

多分、僕の様子を見て、彼は慢心していたのかな。そこは、僕も分からない。
それでも、声にならない叫び声が、轟音に混ざって聞こえたんだ。確かに。




───初めて、人を、殺してしまったのかな。そこまでは、見届けてない。怖くて。
目の前の嵐が止む前に、僕は、怖くなって逃げた。幸い、足には割と自信があったから。
十里も、百里も、千里も…。どれだけ走ったかも、分からないぐらいに。

それからの僕は、ひどい人間不信に陥っていたんだ。
ひたすら、孤独だった。誰に声をかけられても、それを全部振り切っていった。
全てのものから、僕は逃げたかった。もちろん、現実からもだよ。

でも、自分から死のうとはしなかった。僕に、そういう概念はなかったんだ。
…いや。無くてよかったかもしれないよ。うん。
もしあったとしたら、僕は、今こうやって話していないだろうから。
それほどに打たれ弱い精神を担いで、僕は逃げ続けていたんだ。

もう誰も、信じられなかった。
もう誰も、味方じゃなかった。
もう誰も、頼れなかった。

……でも、誰にも頼らずに生きるなんて、ちっぽけな僕には、とうてい無理な話だった。
いつ、どこで、力尽きたかも覚えてない。
でも、確かに、僕はどこかで意識を失ったんだ。それだけは、確かな話だよ。




───目を覚ますと、僕は、明かりの灯った天井を見ていた。
どうやら、また、人間に捕まってしまったようだ。確信と共に、僕は全てを諦めていた…。

……だけど、その時、この場の雰囲気が、今までのと違うと思ったよ。
何というか…今までにない、"暖かみ"みたいなのを、感じてね。よく分からないけど。
あの時、あの男のような作り物ではなくて、本物の優しさに、触れたような気がした。
絶望の中に、希望を見出すことができたような気がしたんだ。彼を見た、そのときに。

そんな時に、「ファイアワークス」という名前を聞いてね。
何といっても「誰かを助ける」ギルドらしいと。例え、僕みたいな、ちっぽけなものでも。
僕は、彼に、意思と、全てを打ち明けた。彼は、屈託のない顔で、うなずいてくれた。
僕の居場所は、此処以外には無いだろう。いや、此処こそが、僕の最高の居場所だろう。
そう、僕は確信して、「ファイアワークス」への入団を決意することにしたんだ───。




───僕の"話"は、これで終わりだけど、僕の"物語"は、まだ終わらない。
これからも、"物語"は続くんだ。運命の許す限りは、いつまでも、いつまでも。

こんなに長い話だけど…聞いてくれて、ありがとう。本当に。
心から、キミたちに感謝するよ………………ありがとう、ありがとう。

── Fin. ──
最終更新:2016年03月26日 22:16