【根守り人】
根守り人とは天蓋の森に住まう
エルフたちの総称だ。
彼らは植物と心を通わせ、動物の言葉を解し、穀物や果肉を食さず、動物の肉も口にせず、ただ清浄な湧き水と天蓋樹が出す甘く芳醇な樹液だけで生きている。
彼らにとって木々や動物たちは神であり、天蓋樹はそれらを司る主神だ。
それゆえ彼らは主神たる天蓋樹から生命の糧を受け取る代わりに、天蓋の森の安寧を守ることを使命としている。
彼らはいくつかの班に分かれ手分けして日々森の隅々までを歩き回ることで森の状態を常に把握し、調整するのだ。
しかし一口に「状態を把握し調整する」といってもそれは我々が想像するようなたやすいことではない。
例えば今にも朽ちて行きそうな林が森の中にあったとする、また例えば親を失った龍の雛が餌を求めて鳴いていたとして、彼らにとってその特異な力を発揮してそれらを救うことが「調整」だろうか。
答えは「否」である。
彼らにとって「状態の調整」とは森の百年後、数百年後を見据えたものでなければならない。
目の前の一を救うことではなく、その死生がのちに与える影響を鑑みて「調整」を行う、いわば彼らは「生態系の調停者」なのだ。
そのことが如何に難しいことかは、よかれと思った行動の先ですら破壊ばかりを繰り返してきた我々にとって想像に難くない。
だからなのか、彼らの死生観は独特だ。
彼らは「死」という事象に対し、我々のように感傷的な意味を見出していない。
彼らは死生を「巡る輪」だと捉えている。それはさながら食物連鎖の輪のように、だ。
つまり彼らにとっての死とは「森へ帰る」ことであり、次にまた森で生を受けるための準備でしかなく、そもそも感傷的になる理由が存在しないのである。
それを端的に表しているのが彼らの「昨日死んだ親は今日芽吹く葉。今日生まれた我が子は昨日落ちた枯れ葉」という格言だろう。
彼らの生活様式についても記しておこう。
彼らが住まうのは往々にして清浄な泉と地表に露出した天蓋樹の根がある場所だ。彼らはそこに生えている大樹の数本を見繕うと、それが死んでしまわないよう細心の注意を払いつつ、幹をくり抜いて住処を作る。
また彼らが纏う衣類は天蓋の森に住まう巨大な蜘蛛から採取された糸でできている。
実は蜘蛛の巣というのは放射状に張られた縦糸と同心円にも見える螺旋状に張られた横糸があり、粘着質を持つのは後者のみである。彼らはこの粘着質のない縦糸をうまく採取しそれによって非常に美しい衣服を編む。
他にも彼らが用いるあらゆる道具は天然の素材である。例を挙げるなら鏃は大蛇の鱗を削ったもの、剣は龍の鱗を亀の甲羅で研ぎ鍛えたものだったり、という具合だ。
この本は、そんな彼らと共にした短くも濃密な生活を記録した日記を、細やかな解説を交えながら再編したものである。
—リュドミラ・マニャーキナ著「流転の民」序文より抜粋—
最終更新:2017年04月08日 12:39