【邂逅】
汚らしい子供だ。
「寄るな……ッ!」
見たところ十歳にも満たない少女。
ぼろ雑巾のほうがいくらかマシとさえ思えるような布切れを身に纏っている。
垢や泥にまみれて酷い匂いを放つその布地から覗く肌はがさついていて水気がなく、老婆のようだ。
力なく地面に座り込んでいるというのに、今にも飛び掛かってきそうなほどにギラつく黄金の瞳は僕の喉笛を見据えている。
彼女の背後で木に寄りかかるようにしているのは彼女の母だろうか。いや僕にとってソレが彼女の母であるかどうかは甚だどうでもいいことだが、周囲に立ち込めて森の獣どもを引き寄せている腐臭からしてソレがすでにこと切れているのは明らかだった。
僕を呼ぶ『ナニカ』に応えてきてみれば、ただの残留思念だったわけだ。
——実に下らないな。
未だに睨みつけてくる少女を一瞥し踵を返そうとした瞬間、ぼろ雑巾のような布地から覗く手足の『興味深さ』が僕の動きを止めた。
「ほう?」
獣とは違う、龍やシャドーといった魔物の類とも違う。それは見るからに硬質で骨のように白い、外骨格のようだった。
「見せろ」
手にしていた魔術儀礼用の身の丈ほどもある大型の杖で彼女の身体を支える手を払う。
身体の支えを失った少女は案の定地面に転がって、先ほどまで外套のように身を包んでいた布地に隠されていた手足をさらけ出した。
「面白い」
鎧かと見まごうほどの素晴らしい『外骨格』がそこにはあった。
滾る炎のような赤い文様の浮かび上がったそれは、彼女の手足の肘や膝をすぎたあたりから『生えて』おり、それが彼女が身に着ける防具などではなく本来の手足なのだと主張している。
腰に巻いた布切れの下からは、太い獣の尾の骨にも似た長い尻尾がのぞく。
「ッ……!!!」
震える手で支えながらやっとのこと上半身を起こした少女が『殺してやる』と言わんばかりの形相で睨んでくるが、僕はすっとしゃがんでお構いなしにその手首を握って自分の顔の前へと運ぶ。
僅かに暖かくたしかに血の通っているそれは、まぎれもなく、生身だった。
「殺す……ッ!! 殺してやるッ!!」
凄むにはか細すぎる叫び声をあげて彼女が僕の手に噛みつこうとするのをもう片手に握った杖で打ち据えて制す。
「無理だな」
手を離してやると少女は打たれた肩を抱くようにして地面に這いつくばった。
「それに、僕は一応君の『母』に呼ばれてきた身でね」
言いながら顎で遺体を指す。
「……母……さん……っ」
「このままならその母親だけでなく、君も死ぬ。……生きろ、と言われたのではないのかね?」
「ッ……!!」
「睨むのも、断るのも君の勝手だが、僕は君に興味がわいた。ここで死なせるには惜しい」
言いながら右手を掲げる。すると僕の背後の空間に無数の亀裂が入る『音』がして、そこからぬっと漆黒の毛並みの大きな龍が顔をのぞかせた。
少女の瞳に初めて怯えの色が宿るのを、見逃しはしない。
「僕の興味を満たしてくれるなら、これと同じ力を君に与えよう。そうでないなら、僕はこれ以上君に干渉すまい」
よく知っている。こんな時、こんな境遇の人間がどうするかなんてことは、よく知っている。
「……母さんは」
「弔ってやろう。墓も作ってやる」
「……わかった」
「交渉成立だ」
まず彼女の母の遺体を、崩れてしまわないように龍の背に乗せる。
続いて彼女を抱き上げようとするがその手はピシャリと払われた。
「自分で、立てる」
重い手足を引きずるようにして立ち上がりながら彼女ははっきりと言う。
「お前の手は借りない」
その言葉に僕は確信する。
この少女はあの日の『僕』だ。こんな偶然があるのだろうか。
期待のような、悲しみのような、喜びのような、怒りのような、悔恨のような。胸に渦巻き始めてそんな感情とともに一瞥した『母』の腐りかけた顔は『してやったり』と笑っているように見えた。
最終更新:2017年06月13日 20:08