どこともしれぬ暗闇の中。
こちらとあちら、別世界である事を示すように壇上に光が灯った。
そこにずらりと立ち並ぶのは、錚々たる顔ぶれだった。
個性豊かな色とりどりの衣服や背格好に統一性などまるでない。
それが果たして一つの群体であるのか、それすらも疑問に思える。
だが、一つまぎれもない共通点があるとするならば、全員がとてつもない強者であるという事だろう。
「………………ジャパン・ガーディアンズ・ヒーローズ」
どこからともつかず尊敬と畏怖が込められた呟きが漏れた。
ジャパン・ガーディアンズ・ヒーローズ。
決して悪を許さず世界を守護する正義の執行者。
一人一人が一騎当千であるトップヒーローを集めた国内、いや世界でも有数の最強のチーム。
どのような巨悪であれ彼らの前では尻尾を巻いて逃げ出すのが常である。
「全員が揃ったようだね。それでは始めさせてもらおうか」
壇上より大きくどこまでも澄み渡るような声が響いた。
カツンという足音と共に青空を想起させる紺碧の外套が翻る。
外套と同じ空色の鎧に身を包んだ騎士が仮面越しに暗闇に蠢く集団を見渡しふっと声を漏らした。
それは嘲笑か侮蔑か仮面の下の表情を窺う事はできない。
「先日の話さ、我らJGHの誇る量子コンピューター『ラプラス』がある演算を行った」
天空戦士は演説のように仰々しく説明を始める。
世界を演算して未来予知を行う『ラプラスの魔』。
世界中のスパコンを集めても追いつけないほどの超ハイスペックのJGHが誇る量子コンピュータの通称である。
これを持って彼らはより良い未来を運用するのだという触れ込みであり、事実として彼らはそうして世界の秩序を守ってきた。
「その結果、ここに集められた面々は悪、ないし将来的に悪に転ずる因子のある人間だと結論付けられた。
故に諸君らを殲滅することが決定づけられたのさ」
世界秩序の調停者が絶望の未来を告げた。
ザワ、と動揺が波のように暗闇に伝播する。
悪の因子? 殲滅? 訳が分からない。
動揺する者もいれば激昂する者もいる、様子をうかがう者もいた。
様々な反応を見せる暗闇の動揺を収めるべく一歩、御伽話の竜を模した鎧に身を包んだ男が前に踏み出た。
竜戦士の歩に合わせ翼の様なマントが揺れる。
「――――だが、それでは罰にならない」
大きいわけではないのに、周囲のざわめきの中でも不思議と聞こえる声。
誰もがその声に聞き入る様に声を失っていた。
「悪は駆逐せねばならない、罪は償われなくてはならない。諸君らの悪逆には罰が必要だ」
聖なる祝詞のように言葉が紡がれる。
それはまるで敬虔な神の使いのようでもあった。
「故に、我らが与える。贖罪の時を。これまで犯してきた罪。これから犯す罪。それら全てを償うのだ」
己が正義を疑わない声で、正義の使者が告げる。
「――――すなわち、殺し合いだ。諸君らには最後の一人となるまで殺し合いをしてもらう」
一瞬の間。
世界が静止したのではないかという静寂の後、堰を切ったように口汚くののしる怒声が響いた。
返す波のように次々と轟く罵声。
その中でも一際強い炎の様な叫びが暗闇から湧き上った。
「ジャパン・ガーディアンズ・ヒーローズ!!」
声の主に視線が向かう。
そこには紅い男が立っていた。
「殺し合いだとぅ!? こんなことが許されると思っているのか!?
竜戦士は男の存在を認め、数秒見つめた後、横合いに立っている不死鳥を模した仮面の戦士に耳打ちするように問うた。
「…………誰だ?」
「ア、ア、ア、アンシャンジャーのディ、ディメトロレッドだ、だよ」
どもりながら返された答えを聞き、ああと興味なさ気につぶやくと竜戦士はディメトロレッドを真正面から見据える。
その視線をディメトロレッドは歯を噛みしめ悔しげに見つめ返す。
「どうしてこんなことを!? 同じヒーローとして尊敬していたのに! 憧れていたのに!
キミ達のようになりたいと…………思っていたのに……! どうして…………本当に、残念だ」
ディメトロレッドは心の底からの怒りに拳を震わせ。
落胆を示すように視線を落とした。
「ざ、ざざ、残念なのは、こ、こっちだよ。ま、ま、まさか君たちが悪に転ぶような連中だったとはね」
不死鳥の戦士は相手を見据えず足元を見ながら呟く様に吐き捨てる。
竜戦士は何一つ堪えていないのか反応すら示さない。
「悪党の言い分に興味はない」
言って、竜戦士が片腕を掲げた。
何か攻撃が来るのか、とディメトロレッドが身構える。
だが、変化はディメトロレッドの内側からあった。
「なっ!? ご、ごぽ、ぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぁぱっ!?」
腹部が風船のように膨らみ、限界を迎え内側より爆発四散する。
周囲より絶叫めいた悲鳴が響く。
血と臓物が辺りへと飛び散り、暗闇を蠢く者たちの足元を汚した。
「お黙りなさい! 汚らわしい劣等種ども! これはお兄様の慈悲と知りなさい」
それを耳障りな甲高い声が切り裂いた。
唯一素顔を露わにした魔法少女が性悪な本性を隠しもせず暗闇を見下すと、竜戦士にしなだれかかる。
竜戦士は何もかもを意に介さず続ける。
「これは正義の行いであり、君らは例外なく悪である。
罪人の血に塗れて初めて咎人の罪悪は雪がれ贖罪は果たされるだろう」
言いたいことを言いきったのか、竜戦士が踵を返すと壇上の奥へと引っ込んでいった。
「ぁあん。待ってよお兄様ぁん☆」
猫なで声を上げると魔法少女は慌てた様にその背に続いた。
そして再び前に出た紺碧の戦士が後を継ぐ。
「見ての通り、君たち全員の体にはそういう仕掛けが施してある。罪人を野放しに出来る訳ないし当然だよね。
それらは我々の意思一つで簡単に発動できる、つまり僕たちは君たちをいつでも処分できるという事だ。
そうせずにいるという事は、更生の機会を与えてやっているという証左に他ならないと思わないかい?」
余りにも場にそぐわぬ涼風の様にさわやかな声に頭がどうにかなりそうだった。
こいつらは本気で、悪を断罪する事を何とも思っていない。
正義の行いだと疑いすら持っていない。
「さて改めて
ルールの説明といこうか。
これより君らを孤島に送り込む。そこで君たちは最後の一人になるまで殺し合いをするのさ。
食料や地図、あとはランダムに武器を全員に支給する。死亡者は6時間に一度、放送という形で発表するよ。
そして我らジャパン・ガーディアンズ・ヒーローズの面々も処刑人として会場にその都度投入されるんだけど、あくまで罪人が一人になれば終了となる訳だからそう気にしなくてもいいよ。よかったねぇ」
天空から蟻を嘲るような声。
仮面の下の皮肉気な笑みが透けて見えるようだ。
説明を終えた紺碧の戦士が下がる。
壇上の中央奥に黙して坐していた局長であろう男が立ち上がった。
鋭く重々しい眼光で闇に蠢く人々を射抜くと、ゆっくりと口を開く。
「禊が果たされればその罪は許されよう。全ては正義の名の下に」
『全ては正義の名の下に――――!』
壇上の全員が声をそろて復唱する。
狂った正義。
その異様な光景に、誰も口を開くことができなかった。
【杉本恭忠 死亡】
【オリロワFOREVER―――開始】
最終更新:2019年02月25日 15:01