島原あかりはハッピーエンドを望んでいる。
それは漫画や小説といった創作物に対してだけではない。
自分自身の人生にも幸せな結末が訪れる事を夢見ている。
従兄妹である婚約者と結婚し、家庭を築き、天寿を真っ当する…そんな未来を望んでいる。
その為に彼女は婚約者に初めてを捧げた。
幸せの為だ。
幸せな結末の為には彼女は何も惜しまない。

島原師朗はヒーローである。
地獄から現世へと攻めてくる悪魔『デモンビースト』と戦う聖竜騎士『クロスワイバーン』が彼のもう一つの顔であり、また正義の執行者ジャパン・ガーディアン・ヒーローズに数えられる一人でもある。
そして彼は島原あかりの従兄妹であった。
即ち、彼女の愛を一身に受けるその人であるという事だ。
彼は正義の為に戦う。
その正義とは彼自身のものであるのか、それとも彼の属するJGHのものであるのか。
どちらにせよ、彼は悪を許さない。

その正義の執行者達が開いた殺し合いの場にあかりは呼ばれた。
この場に呼ばれた者達は悪だと判断された。だから殺しあえ。そう婚約者は告げた。
師朗は一体何を考えているのだろうか?婚約者であるあかりも悪と断じる事に疑問を持たなかったのであろうか?
その真意は師朗自身にしか分からない事である。
しかし、この状況下に置かれてもあかりの考えは変わる事は無い。
島原あかりは変わらずハッピーエンドを望んでいる。
この異常な状況下において、ハッピーエンドとは果たしてなんなのだろうか?



彼女にとってそれは、考えるまでもない事であった。


(JGH…一体何を考えているんだ…?)

地図に記載されたエリアでいえばE-2。町。
青年・芹沢真はこのバトル・ロワイアルの主催者について考えていた。
ジャパン・ガーディアン・ヒーローズ、通称JGH。
誰もが知る正義の組織による、殺し合いの開催という倫理に外れた行い。
恐らくこの場に呼ばれた者達は皆大なり小なりの動揺を覚えている事だろう。
真自身驚いていないと言えば嘘になる。

(量子コンピューターによる演算と言っていたが、それに馬鹿正直に従う程頭の固い組織だったのか)

だが、元より真はJGHに対して絶対の信頼を寄せていたわけではない。
真の身体にはある問題が内在する。
その"問題"が元で真はJGHに声をかけられたことがある。
世界を救う英雄達の仲間になってみないか、と。

真は悪いと思いながらも断りを入れさせてもらった。
自分の身体の"問題"は人に見せびらかすものでは断じてないと真は考えている。。
確かに今、人の生命の尊厳を踏み躙る、そんな者達の集団に仇してるのは確かだ。
だとしても人々の希望の象徴になるには自分の姿はあまりにも醜い。
ディメンションナイトやシャイニングフェニックスと肩を並べる気にはなれなかった。
それよりもJGHの誇る技術力で自分の身体の"問題"を解決してくれないか、と頼んでみた。
解答は「不可能」であった。
無論、それはJGHの技術でも解決出来る水位には達していないという旨での回答ではあった。
真は些かの失望を覚えた。だが、その時はそれも仕方のない事かと納得はしていた。

(…今となっては怪しいものだがな)

もしかすると自分の身体の"問題"を惜しんだ為に敢えて解決策を取らなかったのではないか。
そんな疑念も浮かぶ。
ともかく、かつて芽生えた僅かばかりの不信感は現在確たるものとなってしまった。
JGHの考えがどのようなものであったとしても、殺し合いになど応じてやるつもりはない。

(…誰かいる!二人か!)

その時であった。彼の"触角"が何かを告げたのは。


「死になさいよ!」
「あ…あが…っ」

それは異様な光景であった。
花の形の髪飾りを付けたショートカットの女子高生が裸の女子中学生に馬乗りになり、目を血走らせながら首を絞めている。
気道を塞がれたその女子中学生の顔は真っ赤に染まっており、このままいけば窒息死するのは間違いないだろう。
その裸の女子中学生の名は原崎あぽろ。裸族の女の子である。

「死ねっ!死ねっ…!」

そして今、あぽろの首を絞めているのは幸せな結末を誰より望んでいる女。
そう―――



島原あかりである。





「何をしているんだ!やめろ!」

芹沢真はなんとか間に合った。
あかりが何をしているのか、それは彼女を視界に入れた瞬間にすぐ分かった。
急いで二人の元に駆け寄ると力任せにあかりを引き剥がす。

「きゃっ!」

強引に離されたあかりは尻餅をついた。
だが真にそちらを気にかけている余裕はない。

「おい!君!大丈夫か!しっかり!」

あかりの腕から解放されたあぽろは、真の声に応えるかのようにひゅーっ、ひゅーっ、と音を上げながら呼吸をする。
窒息死は免れたようだ。真は一瞬安堵しかけたが、すぐに加害者の女の方へと向き直る。
その女はデイパックの中から何かを取り出そうとしている最中であった。

「待て!」
「邪魔するんじゃないわよ!」

真の静止も間に合わず、デイパックから飛び出した何かがあかりの身体へと装着される。
それは本来妖魔と呼ばれる化外の者と戦う為に開発されたパワードスーツであった。
装着が終わるや否やあかりは真とあぽろ目掛け右腕を向ける。

「レーザービーム…これね!」
「まずい!」

あかりが何をしようとしているのか、それを察した真はあぽろを抱えて駆けだした。

「消えなさい!」

あぽろを抱えて走る真の背中目掛け殺人光線が飛ぶ。
しかしそれは狙いが甘かったのか、真の脇横の空間を通過するだけに終わった。

「逃がさないわよ!」

だが発射されるレーザーは一発だけではない。
逃げる真を追いかけながら、その背に向けて何発もレーザーを撃つ。
その殆どは真の体から外れた何も無い空間へと空しく飛んでいくだけであったが、中には肩や腰を掠め、真の身体を焼くものもあった。

「ぐぅ…!」

激痛が走る。
それでも真は裸の少女を抱えたまま走る。
やがて建造物が見えてきた。
真はその物陰へと隠れるように駆け込む。
そして少女を優しく降ろし、仰向けの状態で寝かせた。

(やるしかない!)

真は一人、物陰から飛び出しあかりの前へとその姿を晒す。

「俺はこっちだ!」
「いい度胸!」

あかりは再び右腕を真へと向ける。
もう逃げる気のない者が相手であれば、狙いをつけるのに慣れないレーザーでも命中精度は上がるはずだ。あかりはそう踏んだ。

「ヴァアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァッ!!!!!!!!!!!!」

突然、真が雄叫びを上げた。
と同時に彼の身体に変化が起き始める。
身に着けていた衣服が弾け飛び、皮膚は光沢のある黒いものへと変わっていく。
頭には体内に隠されていた触角が生え、目は1対の複眼となり、口には昆虫のようなアゴが出来ていた。

「ゴキブリ…」

あかりは思わず動きを止める。
真の今の姿はまさしくゴキブリを模した怪人といって差し支えのないものであった。
コードネーム「ファイターG」…それが彼に与えられた名。
この姿への変身こそが彼の身体の抱える"問題"だった。

「あなたデモンビーストだったのね!やっぱり師朗は正しいんじゃない!死ね化け物!」
「…」

その言葉は事実と異なるが、しかしそれに対して返す言葉はない。
ファイターGとなった真の身体には発声器官はなく、人の言葉を話す事は出来なくなるからだ。
レーザービームの発射口を依然向け続けるあかり目掛けてファイターGは走り出した。

「くたばれ!」

発射されたレーザービームは今度は寸分違わずファイターGの胸部へと命中した。
硬い皮膚が溶け、穴が開く。これで倒れる筈だとあかりは確信していた。だが…

「嘘…死なない…!?」

レーザービームによって付けられた傷はすぐに塞がっていった。
これこそがゴキブリの怪人、ファイターGの持つ再生能力である。
彼はまさしくゴキブリのような生命力を持っているのだ。並大抵の事で殺すことは叶わない。

「…!」

あかりへと肉薄したファイターGはその拳をパワードスーツへと叩き込む。
瞬間、巨大なハンマーを叩きつけられたかのような衝撃があかりを襲う。
厚い装甲の上からの衝撃ではあったが、その威力を殺しきることは出来なかったようだ。

「…!!」

今度は強烈な蹴りが叩き込まれた。
パワードスーツを装着していなければ、あかりの内臓は破裂していたかもしれない。

「調子に…乗るな!」

あかりは左肩部に備え付けられたブレードを引き抜き、その勢いのままファイターGを斬り付ける。
右肩から左の脇腹にかけて切り傷が出来上がり、緑色の体液が噴き出した。
その傷は再生能力ですぐに塞がっていくが、あかりは手を休めることなく斬撃を続ける。

「死ね!死ね死ね!」

あかりの剣道三段の腕前はいかんなく発揮された。
ファイターGはその逞しい両腕で斬撃をガードするが、確実にダメージは積み重なっていく。

「そこ!」

咄嗟の突きがガードを避け、ファイターGの腹部へ突き刺さった。
やった、とあかりは確信を得た。流石にこれなら再生も追いつくまい。
後は上に上げて身体を引き裂いてやる。そう思って柄に力を入れた。

「う…動かない!?」

ファイターGの身体に突き刺さった刃は、ゴキブリ特有の強靭な筋肉により挟み込まれピクリとも動かすことが出来なくなっていた。

「…!」

更に間髪入れずファイターGはアゴを刃の中央へと近づけた。
鋏のようなそのアゴで刃を挟み、力を咥えていく。
元より人間の5倍の咬合力を持つゴキブリ。それが人間サイズにまで拡大されたならその力は計り知れない。
ましてや超科学の結晶で産みだされたゴキブリ人間ファイターGなら尚の事だ。
挟まれた刃にヒビが入り―――――そして砕けた。

「ブレードがっ!」
「!」

柄を握っていたあかりは反動で後ろに仰け反る。
すかさずファイターGの強烈な回し蹴りがあかりに叩き込まれた。

「あぐぅ…!」

あかりは後方に大きく跳ね飛ばされる。
なんとか立ち上がると腹部に刺さった刃を抜き取ったファイターGが迫ってくるのが見えた。

「チ…ッ!」

戦況は不利、そう判断したあかりはパワードスーツの背部ブースターをオンにした。
彼女の身体は浮き上がり、宙に舞う。

「…!!」

逃がすわけにはいかない。
ファイターGも背中の半透明の羽根を広げて飛び上がった。

「来るんじゃないわよ!」
「!!」

ファイターGが空飛ぶあかりに迫ったところで、彼女は右肩のブレードを引き抜き、振り下ろした。
その一撃はファイターGの身体ではなく、右の羽根を切り裂く。
如何に強靭な身体を持つゴキブリ人間といえど、皮の薄い羽根は弱い。
片羽根を斬られた事でファイターGは虚しく墜落していった。

「今度会ったら殺す…!」

呪詛の言葉を残し、あかりはそのまま彼方へと飛び去り、視界から消えていった。


「…」

空飛ぶ少女を見送るしかなかった真は、これからの事について考えていた。
早速この殺し合いに乗る人間と出会ってしまった。
もっと理性的な者達が集まっていると思っていたのだが、そう甘くはなかったようだ。
ともかく、見過ごすわけにもいかないであろう。留意せねばと真は思った。

「……」

そして次に問題となるのは、こんなに早く"変身"してしまったことだ。
人を怖がらせる外見も問題だが、なにしろこの姿では言葉が離せない。
他参加者とのコミュニケーションを取るのにも一苦労する羽目になるだろう。
最悪、あの装甲服の少女が言ったように化け物としか見られない可能性だって高い。
悪い事に、この姿になると一時間は人間の姿に戻れないのだ。
衣服も失ってしまったし、先行きは怪しいぞと真は頭を抱える。

「あの…」

と、突然声をかけられた。
振り向けばそこには先程物陰へと置いてきた少女がいた。

「す、姿が変わるところは見てました…た、助けてくれてありがとうございます…私、原崎あぽろって言います…」

その少女は、相変わらず裸だった。

【E-2/町/一日目 深夜】
【芹沢真】
[状態]:ファイターGに変身中、右羽根切断、全身ダメージ(小)、全裸
[装備]:なし
[道具]:支給品一式、不明支給品1~3
[思考]
基本:この殺し合いを打破する。
1:逃げた装甲服の少女をなんとかしたい。
2:この裸の少女はどうするべきか…。

【原崎あぽろ】
[状態]:絞首によるダメージ(中)、全裸
[装備]なし
[道具]:支給品一式、不明支給品1~3
[思考]
基本:???
1:助けてくれた真に感謝。


ファイターGを完全に引き離した事を確認したあかりは地上へと降り立った。
早まったな、とあかり思う。
最初からこのパワードスーツを使っていれば確実にあの裸の女の方は殺せていた。
しかしながら開始早々に無防備な参加者を見つけてしまった以上、殺そうとせずにはいられなかった。
だから焦って絞首という不確実な手段を選択してしまったのだ。
落ち着いて支給品を確認してから事に及べばよかった。その事に気付いたのはあのゴキブリデモンビーストに引き剥がされてからであった。
自分の熱しやすい性格をあかりは反省した。
また、まだ使い方に慣れていないパワードスーツでゴキブリデモンビーストと戦ったのも失策であった。
このスーツの機能をフルに使えていれば結果は違ったかもしれない。レーザービームを何度も外してしまった事からもそれは明らかだ。
次は間違えない。必ず殺す。

「辿り着くんだ…幸せな結末に」

それにしても彼女は何故このような凶行に及んだのだろうか?
答えは一つ。
ハッピーエンドに到達するためである。
この殺し合いにおける彼女にとってのハッピーエンドとはなんなのか。




決まっている。優勝する事だ。





愛する師朗の開催するこの殺し合いに呼ばれた事をあかりは喜んでいた。
これは島原師朗が島端あかりに与えた試練なのだ。
JGHでヒーローとして戦う自分に並び立てる事のできる女になれ、という。
その為だけに自分とそれ以外の有象無象を集めてこの殺し合いは開かれたのだと、彼女は確信していた。
師朗の言う事に間違いがあるはずはない。
この場に集められた者達は間違いなく「悪」なのだろう。
ならば殺しても何の罪にも問われない。
いや、それどころかむしろ殺さない事の方が罪であろう。
全ての悪を殺し、このバトルロワイアルを征する事が出来た時、自分は島原師朗だけではなく、聖竜騎士クロスワイバーンとっても相応しい女となるであろう。
師朗がただの女以上の存在である事を求めてくれた。その事があかりにとっては何よりも嬉しかった。
なら優勝するしかない。いや優勝する事を師朗だって求めている。
この事はあかりの中では最早事実となっていた。

…師朗が告げた「悪」の中にはあかりも含まれているはずなのだが、その事についてはあかりは公平性を期すための師朗のヒーローらしい言葉選びだと受け取っていた。

「待っててね師朗!私、みんな殺すから!それで、あなたの元に帰るから!」



彼女は狂っていた。

【E-1/町/一日目 深夜】
【島原あかり】
[状態]:全身ダメージ(中)
[装備]:パワードスーツType78(エネルギー残量60%、左ブレードロスト、装甲ダメージ(中))
[道具]:支給品一式、不明支給品1~2
[思考]
基本:参加者を皆殺しにして優勝し、師朗の元へと帰る。
1:ゴキブリデモンビーストと裸の女は次に会ったら殺す。
2:パワードスーツの使い方に慣れなくては!

【パワードスーツType78】
島原あかりに支給。
三東唄乃の属する組織が開発したパワードスーツ。
レーザービームやミサイル、ブレード等を装備しており、ブースターで飛行も可能。
装着自体は誰にでも可能だが、完全に使いこなすには習熟が必要。
000.OP 投下順で読む 002.黒い弾丸
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GAME START 島原あかり
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最終更新:2019年01月28日 13:36