緋色喜一は完璧な人間であった。
容姿端麗、頭脳明晰、文武両道。
綺麗に三拍子そろっている上に、学校では生徒会長を務め、
さらに実家はあのジャパン・ガーディアン・ヒーローズの出資社に名を連ねる緋色財閥という、
生まれまでパーフェクトである完璧超人であった。
もはや彼を知る誰もが、緋色財閥の次期当主は喜一をおいてほかにないと、心から思っていた。
「まさか、ここに来て梯子を外されるとはね…」
病室で喜一はそうつぶやいた。
次期当主と目されていた喜一は、当然その出資先であるジャパン・ガーディアン・ヒーローズの面々と顔を合わせることも多々あった。
それなりに良い友好関係を築けていたと思っていたのだが、まさか殺し合いに参加させられてしまうとは夢にも思わなかった。
(いや、俺の目的を知っていたら、そうでもないかな)
喜一はそう思考する。
確かに喜一は完璧な人間であった。
次期当主にふさわしい人間になるべく、現状に満足せず、努力し続けてきた。
だがそれは決して彼自身が善良な人間であることを示さない。
むしろ彼自身は人の嘆きにこそ悦を見出す悪であった
次期当主にふさわしい人間になろうとしたのも、当主となった後で財閥面々の見る眼のなさを指摘してやりたいがためにすぎない。
そうして自分たちの愚かさ、財閥の終焉を嘆く姿が見たいがために頑張ってきたというのに。
「ついてねえなぁ…伊達にヒーローを名乗ってないってことかねぇ」
はぁ、とため息を吐きながら、喜一はどう行動するのがこの場における最善か思考する。
喜一自身に戦闘能力はない。
そりゃ一般人レベルで考えるならば、そこそこやれるほうだろうという自負はある。
だがヒーローはここに集っているのは「悪」とされるものだと言っていた。
ヒーローの視点で言う「悪」とはすなわち「怪人」や「怪物」総じてヴィランと呼ばれる者らだ。
つまりこの会場にはそういった「悪」がいることが容易に想像できるわけで、それと比べると喜一など相手にならないわけだ。
(まぁ俺が巻き込まれていることを考えると「悪」の基準も割とあいまいなようだが)
ともあれ、戦闘能力がない以上、喜一は他者との接触には慎重にならねばならない。
考えなしに接触して、命を落としてしまうのでは洒落にならないからだ。
理想は信用できる相手を見つけて、協力してもらう展開に持っていければベストだ。
「…まずはともあれ、誰かしらと接触しなきゃならないわけで、つまりベッドで寝ている暇はない
………ないんだけどなぁ」
この結論には実は殺し合いが始まった時点からたどり着いていた。
いたのだが、すでに殺し合いが始まって1時間。彼は未だに一番初めに配置された場所にいた。
それは以下の要因が絡み合ってしまったがためであった。
ひとつ。彼の生き甲斐がなくなってしまったこと。
主催者がJGHである以上、当然出資社である財閥も喜一が殺し合いに参加する事に気づいている筈である。
つまり彼は次期当主としての資格を剥奪されてしまったのだ。
例え自分が死んでも財閥の面々は嘆かないだろうし、人々もむしろせいせいしたと思う事だろう。
彼が命を賭してもかまわないと思っていた事柄が全てなくなってしまったのだ。
結果現在の彼は割と何に対してもやる気がおきない状態であった。
ふたつ。
彼の開始位置はベッドの備え付けられた病室であった。
そして殺し合いの開始時刻は深夜0時である。
ここまで言えばわかるであろう。
「ふぁ…もう無理……頭回んないわ…明日起きてから考えよう」
結論から述べる。
彼は精神的に無気力なうえ普通に眠たいので、ベッドから出たくないというだけの話であった。
彼は深い眠りへとついていった。
×××
「…眠い」
海老原愛が会場に連れてこられて最初に発言した内容である。
時間は深夜0時すぎ。
健全な中学生ならばすでに眠っていておかしくない時間帯である。
事態が事態でなければ、正常な思考である。
だが、現状が殺し合いの最中ということを考えると、この思考は狂っている。
すでに一人見せしめで死んでいるというのに、この思考回路は何かが壊れているとしか思えない。
事実
海老原愛はすでに人間としてはすでに壊されつくされている。
そもそも海老原という名前は偽名だ。
偽名を名乗る前は普通のどこにでもいるモブ中学生だったのだ。
それをある日、悪の組織(名称は知らない、覚えていない)に拉致され、
身体を弄りまわされ、彼女はおおよそ人間というジャンルには当てはまらない存在になった。
そしてその状態から元に戻すことは、どのような組織をもってしてもかなわなかった。
「エビ」を「人間」にすることができないのと同じことだ。
すでに人間という枠からはみ出てしまった彼女を人間に戻すことは誰にもできなかった。
当然そんな状態の彼女を一般社会に放り出すなど、危険すぎる事だろう。
異常な再生能力のみを有しているだけだが、それでも使いようによってはなんだってできる代物だ。
通常ならば、殺処分か封印処理が妥当なところを、お情けで生かしてもらっているようなものなのだ。
(だからヒーローが「悪」として私を連れてきたなら、それはそれで構わない)
海老原自身は別にここで殺されようとも文句はない。
別にヒーローたちの言うことを全肯定するつもりはない。
だが世間が自分の扱いに困っていたことは事実だ。
ならここで人知れず死ぬというのもありではないかと考えていた。
(ま、でもそれはそれとして今凄く眠い)
路上で寝る事も考えたが、流石にそれは女の子的に憚られる。
幸い近くに病院があるようなので、そこで寝ることにしよう。
×××
「…なんでこの人寝てるの?」
病院を見つけてすぐに入った病室。
気持ちよさそうにベッドで寝ている喜一を見つけて、
さっきまで寝ようとしていた海老原は、自分を棚にあげてそうつぶやいた。
【G-2/病院/一日目 深夜】
【
緋色喜一】
[状態]:健康、無気力、睡眠中
[装備]:なし
[道具]:支給品一式、不明支給品1〜3
[思考]
基本:協力できる者を探す
1:とりあえず眠いので寝る。後の事は起きてから考える。
【
海老原愛】
[状態]:健康、眠い
[装備]:なし
[道具]:支給品一式、不明支給品1〜3
[思考]
基本:別に殺しまわるつもりもないけど、脱出する気もない
1:…すでに寝ている人がいるとは…どうしよう。
2:眠い。
最終更新:2019年02月07日 13:46