ガン、と音が響く。
五十嵐万理はショーケースを蹴り飛ばす事で苛立ちをぶつけていた。
ここはE-5。デパートの中である。
「ふざけないでよ…!」
万理が苛立っているのは当然この殺し合いについてである。
彼女が殺し合いに巻き込まれるのはこれが初めてではない。
五十嵐万理。17歳。
颯獄高校三年生。胸は大きい。
彼女の通う颯獄高校は、表向きは高い偏差値を誇る優良進学校となっている。
万理もまたそれを信じて疑わず、将来を見据えて入学したつもりであった。
しかし実体は違った。
颯獄高校はその実、暴力が蔓延する無秩序な学校であった。
学校行事として生徒達による殺し合いが開催され、一年の内に何人の生徒が死んだか分からないという狂った世界がそこにはあった。
どういう訳かは知らないが、この事実を社会が知る事は無い。恐らく情報統制が敷かれているのであろう。
何も知らずに入学してすぐに万理は後悔した。そして恐怖した。
逆らえば殺されるのは分かっていた。逃げ出した同級生が首を刎ねられ殺される姿を見たからだ。
いつ自分もああなるか分かったものではない。だから必死に足掻いた。
幸いと言うべきか、彼女は強かった。
元より優等生であった万理のバイタリティは、皮肉にも颯獄高校に入学した事で飛躍的に開花した。
持てる知識を、体力を使って彼女は二年間あの颯獄高校で生き残ってきたのだ。
代償として、誰からも好かれるようなその性格は歪んでしまったが。
その矢先に巻き込まれたのが、今回のJGH主催の殺し合いである。
「ちさちゃん達を…私の家族まで巻き込むなんて…!」
彼女が怒っているのは自分がこの殺し合いに参加させられた事ではない。
自分はいい。あの学校に通っている以上は今更だ。
あの竜の戦士が言ったように自分も「悪」であるのかもしれない。それは認める。
だが、名簿には「
五十嵐千里」の名前がハッキリと載っていた。
千里は万理の妹である。そして彼女はあの狂った颯獄高校ではなく、一般の学生が通う布津有高校の学生だ。
万理は妹を含め家族が好きだった。辛い時、嬉しい時、悲しみや喜びを分かち合えるあの家庭が。
だから颯獄高校の事も家族には話していなかった。
それは無論、言えば自分だけでなく家族にも危害が及ぶ可能性も考慮したからであるが、それ以上に心配をかけたくなかったからという面もある。
その家族を、巻き込んだ。
自分と同じような世界に引き入れたのだ。奴らは、ジャパン・ガーディアンズ・ヒーローズは。
万理にとってそれはどうしても許せない事であった。
名簿には最初、誰も名前も載っていなかった。
だが、どういう仕組みかは分からないが、時間の経過と共に次々と名前がその紙面に浮き上がってきたのだ。
そこには自分の名前があったし、千里の名前もあった。
そして名簿にはまだまだ余白がある。
となれば、千里だけではない。父や母がこの場に呼ばれている可能性もあるのだ。
万理の脳裏には最悪のビジョンが過ぎった。
父が、母が、妹が、誰かの手にかかって死んでいく最悪の光景が。
「くっ…!」
どうあってもこの不安は消せない。
その焦燥感が苛立ちへと繋がり、再び万理は怒りをショーケースへとぶつける事にした。
「物に当たるのはやめた方がいい」
その時であった。
突然、背後から声が投げかけられる。
振り向くとそこにいたのは、どう見ても人間ではない者であった。
全身が青く輝くメタリックな装甲のロボット。その名は超兵器スティルバー。
万理はこのロボットの事を知っていた。
否、万理「も」知っていたと言い換えるべきであろう。
スティルバー…犯罪者や怪人から世界を守る謎のロボット。
彼の正体を知る者はいない。しかし彼の存在を知る者は多い。
ニュースや新聞で彼の活躍は幾度も報道されている。
万理もまたそうした情報源からスティルバーの事を知った。
「正義の味方がなんの用です?JGHの命で殺しにでも来たんですか?」
「私はJGHには属していない」
万理は悪態をつきながら、しかし謎のロボットであるはずのスティルバーがこの殺し合いの場にいる事には驚きはしなかった。
いや、初期配置が自分と同じくデパートであった事には驚いてはいるが。
先に目を通した名簿に千里だけではなくスティルバーの名も浮かび上がっていたからである。
何故彼もまたJGHに「悪」と判断されたのか。そんな事は真理の知る由もないことだし、別に知ろうとも思わなかったが。
「知ってますよ。属してるなら処刑人とやらの役を充てられてるはずですからね。
でもね、今はヒーローって役職だけで信じるに値しない存在になるんですよ。
それだけの事をあの人たちはしたんです」
「私はヒーローを名乗ったつもりはない。
そう呼ばれるのは光栄な事だが、その定義をするのは私ではなく人々だ。
だが、君も私をそう認めてくれるならそれは嬉しい。
彼らによって受けた汚名を雪げるようにするつもりだ」
「言い繕ったってあの人達もあなたと同じような人達だった事に変わりはありません。
まあ、せいぜい名誉挽回を頑張ってみて下さいね」
万理の言葉にスティルバーは動じる様子はない。
スティルバーは言葉を続ける。
「五十嵐万理さん。君の妹もこの殺し合いに参加している事は知っている筈だ。
君は一体どう動くつもりだ?」
スティルバーもまた、万理の事を知っていた。
『定食 英雄亭』でバイト活動をしている時に彼女は客として度々訪れていたからだ。
アルバイト店員として働く正体不明のロボットヒーローの姿に、万理は一体何の冗談だ、と思っていたが。
スティルバーとしてはヒーロー達との交流の為にその場を利用する意図があり、物が食えないロボットの身のため客ではなくバイトという形でしか関われなかったという事情があるのだが、今は関係のない事なので割愛させてもらおう。
「守るために他の参加者を殺して回る…って言ったらどうします?」
「止めさせてもらう。殺人者を出すわけにも死者を出すわけにもいかない」
「冗談ですよ。ヒーロー達まで敵に回ってるのに、みんな殺していくなんて非合理的すぎます」
でも、と万理は言葉を付け加える。
「妹を…家族を守りたいっていうのは本当ですよ。
他の誰かに殺させてやるなんて許しません。
…世界を守るヒーローさんは当然私の家族も守ってくれるんですよね?」
「無論だ。君の家族だけじゃない。
この殺し合いに参加させられてしまった無辜の人々を助け出す。それが私の役目だ」
「無辜?JGHに悪だと認定されたのにですか?
あの人達は政府直轄のヒーローですよ?仮にこの殺し合いを切り抜けたとして、社会全体を敵に回すことになるかもしれません」
「だとしても構わない。
人の命が失われていくのを黙ってみているつもりはない。
JGHがそれを脅かすというのであれば、私は敵になろう」
スティルバーの意思は硬かった。
目の前のロボットの表情の無い筈の顔から、万理は決意じみた感情が読み取れるような気がした。
ロボットなのに感情があるなんて、変だなとも思ったが。
「…私だって敵になってやるつもりですよ。
家族まで巻き込んで…許せないです。あいつら」
「だったら生きて帰るんだ。それこそが奴らに対する最大の反抗になる。
私も君の家族を探すのを手伝う。だから自棄を起こすのはやめてくれ」
「…ありがとうございます」
万理は素直に例を述べる。
実際、スティルバーが家族探しを手伝ってくれるならありがたい。
自分ひとりで探すより効率もいいし、何より彼の戦闘力も当てにできる。
この提案は素直に嬉しかった。
だが―
(でも、殺人者を出さないっていうのは無理な相談かもしれませんね…)
万理は家族を守るためならば、殺人も辞さない覚悟であった。
それを可能とするだけの経験は積んでいる。
妹に、父に、母に刃を向けるような者がいれば、暴力を持って排除しなければならない。
例え正義のロボットに止められようとも、彼女の決意は揺らぐことは無いだろう。
(死者を出さないっていうのも、無理かも)
そして何より、万理は自分自身の事は省みていなかった。
家族を生還させられたなら自分はどうなっても構わない。
あの学園で汚れた自分にはそれが相応しいのではないかとすら彼女は考えていた。
(…危ういな)
そんな万理を見て、スティルバーは一抹の不安を覚える。
彼女の心中が読み取れたわけではないが、あまり良い考え方をしてはいない事は見て取れた。
ともかく、開始早々に彼女と合流出来たのは幸運であったという事だろう。
この幸運を無駄にしてはならないのだ。彼女を死なせるわけにはいかない。
勿論、死なせるわけにはいかないのは彼女だけではないが、目の前にいる人さえ救えないのであれば自分のこの身はただの鉄屑と変わりなくなってしまう。
(今の俺は…いや、"私"はスティルバーなんだ。例えJGHが相手でも負けるわけにはいかない)
超兵器スティルバー、彼の正体は一体なんなのだろうか。
それを今明かそう。
彼は大導寺コンツェルンの御曹司、
大導寺翔が秘密裏に開発していたロボットである。
翔は純粋に正義を信じていた。大導寺コンツェルンが…否、『アルワーズ』が世界に安寧をもたらす存在であると。
アルワーズ…それは大導寺コンツェルンのもう一つの顔、世界を裏からコントロールしようとする巨大組織である。
兵器開発、医療研究、人材育成…様々な分野に手を出すその組織で育った翔は、それらは世界平和の為に利用されるものだと思わされていた。
それこそ、ジャパン・ガーディアンズ・ヒーローズの手助けになるような。
だが、ある時彼は知ってしまった。
アルワーズは世界平和の為の組織などではなく、むしろその逆の為にある組織なのだと。
それを知ってしまった翔に対する組織の対応は早かった。
離反の意思ありと見なされた翔は粛清され、致命傷を負ったのである。
しかし、翔もただで死ぬ訳には行かなかった。
組織にすらその存在を明かさず製作していたロボット、スティルバーへと己の人格・記憶を全て移植したのだ。
それを終えると彼は息絶えた。…否、スティルバーになった。
JGHのヒーロー達と肩を並べられるような…世界の為に戦う願いを込めた鋼鉄の身体に、自らが宿る事になった。
(この殺し合いもあなたの考えなのか…父さん)
そして彼は自らが育った組織に弓を引いた。
血を分けた父が束ねるその組織に。
翔の中でアルワーズは巨大だった。スティルバーとなった今でも常に影となって纏わりついてくる。
それはそうだ。アルワーズは彼にとって間違いなく、"家族"だったのだから。
もしや主催には我が父
大導寺昇の息がかかっているのでは…そんな疑念が拭えないでいた。
(この身を…スティルバーを殺し合いの道具にしちゃいけないんだ。
アルワーズに組していた事が罪だとしても、咎を受けるべきは自分だけだ)
翔はアルワーズの為にスティルバーを作った。
それだけではなく、持てる知識を組織の為に捧げてきた。
それがどんな恐ろしいものを産み出すのかも知らずに。
幸い最高傑作スティルバーが組織の手に渡る事は防げた。
ならば、これからもスティルバーを悪に染めてはいけない。
「行こう万理さん。ここにいたって千里さんは見つからない」
「そうですね、貴方と問答してるよりは足を動かす方がよっぽど有意義です」
そう言って、二人は歩み始める。
…と思いきや、万理は突然踵を返した。
ガン、と音が再び響いた。
万理は今度こそショーケースを蹴り飛ばしていた。
「ふー…ちょっとスッキリ」
「…」
スティルバーも流石にこれには呆れた様子であった。
―"家族"を救うために戦う女
―"家族"の業を背負って戦う男
彼らは"罪"を抱える者達なのだろうか?それとも―――
【E-5/デパート/一日目 深夜】
【五十嵐万理】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:支給品一式、不明支給品1〜3
[思考]
基本:家族を守る。その為には殺人も辞さない。
1:まずは妹を探す。
【スティルバー】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:支給品一式、不明支給品1〜3
[思考]
基本:この殺し合いを打破し、無辜の人々を生還させる。
1:万理と共に千里を探す。
2:アルワーズの動向が気にかかる。
最終更新:2019年02月03日 19:38