スモーキーピンク髪が風に棚引く。
何もない夜の空を一人の青年が『飛行』していた。

正確には、それは跳躍である。
木々の頂点から頂点に飛び移るムササビの如き身のこなし。
余りに華麗な連続跳躍は、一繋ぎの飛行のようにすら見えるだろう。

天空を支配する青年の名はジヴ。
砂の惑星を切り開く探索者の一人。
もちろんただの探索者ではない。
探索者の中でも最高位にまで上り詰めた者にのみ与えられる二つ名を二つ与えられた前代未聞の大天才。
『自由』なる『天空』のジヴ
砂の惑星で、彼はそう呼ばれていた。

ご自慢の飛行装置がなくとも彼が行くは空の道だ。
障害物の回避。視野の確保。
探索において制空権を取るアドヴァンテージは計り知れない。
警戒すべきは狙撃と言った不意打ちだが。人間にとって真上というのは死角であり、夜に紛れれば発見される危険性も少ない。

誰よりも早く砂の惑星を飛び回ったジヴにすら見覚えのない場所だった。
砂の惑星に置いて緑化指定都市でもない場所に、これほど木々が生い茂っているのは異常である
一刻も早く自分のまきこまれた事態を正確に把握する必要がある。

まずは状況の把握。
次に状況への対策。
最期に状況への勝利。
いつどこであろうと変わらない彼の行動方針である。

「ん?」

森の切れ間に、泣いている幼子の姿を捉えた。
ジヴは冷徹な男ではあるが、こんな危険な場所に子供を放置するほど情がない男でもない。
跳ぶ勢いを緩め、木々の頂点から音もなく着地すると、先ほど見かけた幼子がいた場所まで徒歩で引き返していった。

「嗚呼…………何という事でしょう」

少女は蹲るような体勢で顔を覆い大量の涙で頬を濡らしていた。
年の頃は10にも満たないように見える。
身に纏っているのは年に見合わぬ見るからに高級そうな着物なのだが、ジヴにとっては見慣れない衣服である。
どこぞの辺境集落の民族衣装か何かだろうという程度の認識だが、高級感というものは伝わっているのか、その集落の貴族か何かかもしれないなどと考えていた。

「お嬢ちゃん大丈夫かい?」

装着していたゴーグルを額に上げて出来る限り警戒させないよう声をかける。
その声に少女がゆっくりと顔を上げた。

「失礼いたしました。お見苦しい所をお見せしてしまったようで。どうかお忘れ下さい」

涙を拭い、照れたように身を起こす少女。
その妙に落ち着いた丁寧な物腰は、少女の外見には見合わわない。
ジヴはそのギャップに僅かに戸惑った。

「あ、ああ。大丈夫そうならいいんだが。
 まさか君の様な子供まで巻き込まれているとはな、全くあのJGHとやらも何を考えているのか」

呆れた様に漏らすジヴの言葉を少女がきょとんとした顔で見つめ返す。
その表情がこれまで以上に幼く見えた。

「私(わたくし)これでも子供もいる、30を超えたおばさんですのよ」
「……マジか」

信じ難い言葉ではあるのだが、女の纏う雰囲気と言うべきか。
完成された女を感じさせる仕草に妙に納得させるものがある。

「それは失礼をしたマダム」
「いえ、よく間違われますので。慣れていますわ」

着物の裾で口元を隠し上品に笑う。
童女そのものの外見でありながらその所作は貴婦人その物である。
敵意には敵意を、礼には礼をがジヴの主義である。
相手が貴婦人であるのならこちらも紳士としての礼を尽くすまでだ。

「それでマダム。いかがなされました。忘れろとおっしゃられた所で先ほどの涙見て見ぬふりなどできません。
 この物騒な催しに不安を覚えているのでしたらこの私が、」
「いえ…………いえ違うのです」

ジヴの言葉が遮られる。
再び、少女の――――否。女の頬を滴が伝った。

「――――我が子を、想っていたのです」
「お子様、ですか…………?」

先ほど子がいると言っていた。
最悪の展開がジヴの頭をよぎる。

「まさか、お子様も巻き込まれている、と?」

だが、その問いに女は頭を振った。
最悪の予測が否定されて、安堵の息を漏らす。
だが、事実は最悪の予測を下回っていた。

「この殺し合いを始めたJGHの聖竜騎士クロスワイバーンと聖少女トゥインクル☆ゆかりは我が最愛の子、師朗とゆかりにございます」

壇上にて殺し合いを示唆した怪物。
それが彼女の子供だと言う。

「つまり、あんたは…………」
「はい。私こそ島原の母。はるかにございます。見紛うはずもありません、あれは我が子にございます」

偽物などであるはずがない
例え10年の差異があろうとも、変身した状態であろうとも、腹を痛めた母が我が子を見紛うはずもなかった。
彼女の家族愛全てに賭けて断言してもいい。
あれは間違いなく島原師朗、島原ゆかりである。

「…………それは」

流石のジヴもかける言葉が見当たらなかった。
身内がとち狂ったともなれば苦悩するのも仕方ない話である。
だが、最悪の下にはまだ下がある事を知る。

「あんなに立派になって。その姿が見られただけで母は嬉しく思います」
「な」

瞬間、女の手元が煌めいた。
月光を反射するそれは銀の刃だった。
振り抜かれる銀光を、咄嗟にジウは後方に跳躍して回避した。

「己が正義を貫く我が子たちの力にならずして何が母でしょう」
「なるほど、そういう輩か」

女が流していたのは慟哭の涙などではなく、随喜の涙であった。
狂った子供たちに振り回される不幸な母などではない。
むしろ元凶。
この女がそう育てた。
こいつらは一族郎党とち狂ってる。

「愛すべき我が子が望むのであれば喜んで贄を捧げましょう。最後にはこの命すら捧げる事も惜しくありません」

刃を手にした鬼母が迫る。
赤い鮮血が夜空に散った。

「なっ………………え?」
「――――生憎だが『俺』は『俺』の敵に対して容赦はしない」

ムーンサルト。
縦回転したジヴの足先の刃がはるかの胸元を深く切り裂いた。
紳士然とした皮を剥げばその下にいるのは獰猛な獣である。

何が起こるか予測不能な未開の地を切り開く砂の星の探索者たち。
一つの判断ミスが死へとつながる世界で生き抜き、最高位まで上り詰めた探索者に油断などあるはずもなかった。
必要があれば殺すし、外見が幼子であろうとも容赦などしない。

「げっ…………ごぷっ」

傷口は肺にまで到達しているのか、血の塊を吐いた。
喉に血を詰まらせながらそれでも女は言葉を口にした。

「……愛す、べき………………我が子……たち、よ。思う………………が侭の……正、義……を」

コマのように回って、鋭い鞭のような斬撃で喉を切り裂く。
命を奪う事に躊躇いなど無いが、あまり苦しませるのは趣味ではない。

「いつか悪になる者たちか。ここにいるのはこんなんばっかなのかね」

銀のナイフ拾い上げながらぼやく。
あの言葉はあながち嘘ではないのかもしれない。
そう少しだけ考えた。
だが、その場合、自分はどうなるのか。
自分も果たして悪なのか。

「ま、そう言う事もあるだろう」

ジヴ正義が他者の悪という事も往々にしてある。
だが、それはジヴの正義を否定するものではない事も理解している。

これはJGHと正義とジヴの正義が相容れないだけの話だ。
そうであるのならJGHを叩き潰す。
JGHにとってジヴが悪であるように、ジヴにとってJGHは悪なのだから。

【島原はるか 死亡】

【G-3/森/一日目 深夜】
【『自由』なる『天空』のジヴ】
[状態]:健康
[装備]:仕込みシューズ
[道具]:支給品一式、不明支給品0~2、銀のナイフ
[思考]
基本:JGHを潰す
1:状況の把握
2:状況への対策
3:状況への勝利

008.禁断の合体 投下順で読む
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GAME START 島原はるか GAME OVER
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最終更新:2019年02月23日 20:29