QB「やぁ。君たちは、魔法少女が数多く存在していることをご存じだと思う」
QB「そんな、彼女達のお話を幾つかしているのだけれど……」
QB「今回話をするのは、魔法少女の中でも、極めて変わった彼女の事を話そうと思う」
QB「研究を進めて行く過程で、僕自身も非常に興味を持った魔法少女なのさ」
QB「どんな魔法少女だって? そうだね……」
QB「最も、破天荒な魔法少女。そうと言える存在だろうね……」
―――――
破天荒な魔法少女
序章
現実と隔離された、異質の空間。歪む景色に向かい、腕を組み直立不動で仁王立ちする少女。
視線の先に見えるのは、異型のバケモノ。ホラー映画の様な姿に、臆する様子は微塵も感じられない。
「アタシに巡り合ったのが、ツキの終わりだね……」
セーラー服とロングスカートと言う、時代錯誤の格好。凛々しい顔立ちには、茶色に染めたポニーテールと、深紅の光を見せる右耳のピアスが良く馴染んでいた。
「……早い内にお寝んねして貰おうかい!!」
口元を吊り上げ、大胆不敵な啖呵を切る。
同時に、バケモノに立ち向かうべく、少女は真っ向から殴りかかった。
化け物も黙って見ている訳が無い。鋭い触手が幾つも飛び出て、少女の体に向かい矢の様に放たれた。
だがバケモノの触手は、空を切り裂くばかりで、標的の姿を捕まえる事が出来ない。
それどころか、少女はバケモノの懐に飛び込んでいた。
「……地獄の果てまでぶっ飛びな!!」
少女は渾身の力で、化け物にボディーブローを叩き込んだ。
ズシン、と鈍い音を立て、バケモノの足元が宙に浮く。巨体が浮き上がる程の一撃だが、その攻撃は一発では止まる訳が無い。
少女は何発、何十発と、左右の拳を連射する。一発一発が重たく速い。化け物の動きは抑制され、反撃さえも許されない。バケモノは少女の攻撃を受け続けるしかなかった。
「終わりだよ!!」
最後の一撃は、高速で撃ち出した右のストレート。銃弾の如く、目標の体を貫いた。
化け物は、断末魔の悲鳴を上げ消滅していく。
同時に、異質の空間はひび割れ、崩壊を始めていた。
天を見上げると、夕焼けに染まった空が見え、風景は元の街の姿を取り戻していた。
慣れた手付きで、ポケットからタバコを取り出し、勝利の一服を味わった。
「小鳥。お疲れ様だね」
少女は紫煙を吐き出しながら、足元に現れたタヌキと猫を足して割った様な、白い生物に視線を向ける。
「別に疲れちゃいないよ、キュウべえ。あの程度の魔女なら、一服してる内に片付けられるって」
小鳥と呼ばれた少女は、キュウべえに向けて得意顔で答えた。
「……しかし、君の戦い方を見ていると、常々思うよ」
「何がだよ?」
「魔法少女と言う肩書が、これ程似合わない魔法少女は居ないって事さ。勿論、いい意味でね」
「……アンタの言い方は、誉めてんのかバカにしてんのか、解りにくいのよ」
口を尖らせながら、小鳥はそう言った。
「史上、最も破天荒な魔法少女って事さ」
「それ、本気で誉めてんの?」
舌打ちと紫煙を、同時に口から吐き出すと、タバコを携帯灰皿に捨てた。
「浄化しなくて良いのかい?」
「ああ。今日は、対して魔翌力を使って無いからね。まだ取っておく」
「そうかい。じゃ、僕はお暇するとするよ。回収が必要な時は、呼んでおくれ」
そう告げると、キュウべえはその場から去っていく。
(アタシも、帰るとするかね)
そして一人の魔法少女、
一条小鳥もその場から立ち去って行った。
これは、とある魔法少女達のちょっとした物語である。
一章
一条小鳥(いちじょうことり)。近隣の魔法少女達で、知らない奴はモグリと言われる。
魔法少女は、魔女を狩る使命を持つ唯一の存在であるが、命を落とす危険が極めて高い。その為、一年も生き残る事が出来れば、ベテランとして名前も知られてくる。
しかし、小鳥は四年間も、魔法少女として修羅場を潜り抜けてきている。もはや、ベテランや長生きを通り越して、歴戦の猛者と言っても過言では無い。
もっとも、私生活でそれが役に立つ事は全く無いので、普段はバイトで生計を立てるフリーターなのだが。
そんな訳で魔女退治の帰りに、夕飯を買い一人暮らしのアパートに帰宅してきた。
「お帰りー。飯まだ? 風呂も沸かして欲しいなー?」
誰も居ない筈の部屋に、一人の少女が居た。薄黄色いショートカットは、活発な印象を持たせる。容姿や風貌から想像するには、中学生位だと理解できる。
マイペースにふんぞり返って漫画を読んでいる様は、かなり図太い神経の持ち主だろう。
小鳥は無言で歩み寄り、脳天にゲンコツを振り落とした。ガン、と鈍い音を立てて頭がい骨と脳みそに衝撃を与えると、少女は涙目でうずくまっていた。
「いたーい……。無言で殴る事無いじゃん、小鳥ぃー」
「勝手に上り込んで、ふんぞり返ってるからだ。躾だ、コメ」
涙目で小鳥を睨むコメと呼ばれた少女、紙籤篭利(かみくじこめり)は、憮然として口を尖らした。
「そんで、どうやって忍び込んだんだよ?」
小鳥の一言で観念したのか、携帯サイズのカードケースから一枚のカードを差し出した。そのカードには、小鳥の部屋の鍵が描かれている。
「…………」
小鳥は無言で、籠利の額にデコピンを打ち付けた。
「いったーい!!」
籠利は、再び痛みに悶えた。
「コメ。没収」
「えー、そんなぁー」
「飯抜きで、外に放り出されたいのかな?」
「すいません。すぐに戻します」
小鳥の満面の笑顔に、籠利は冷や汗をかいていた。
紙籤籠利は、この地域の新米の魔法少女である。ざっくり言えば、小鳥の後輩になるのだが、師弟関係には当てはまらない。当の籠利も、師匠と言うよりも遊び仲間と言う感覚で、小鳥と接触しているのだ。
ちなみに、小鳥は17歳で、籠利は14歳。完全にタメ口だが、小鳥の方は気にしていないし、それ位の感覚の方が気楽に付き合えたりするのだ。
「家に帰らなくて良いのか?」
小鳥は、夕飯のカップ焼きそばを差し出しながら、籠利に聞いた。
「別に帰っても、親も仕事で居ないし。それに、こっちに来た方が面白いもん」
「……まぁ、そう言って貰えりゃ、仲間としても嬉しいかな」
籠利の言葉に、小鳥は照れくさそうに鼻先を掻いた。
「おっ? ツンデレのデレがきましたー!!」
「調子に乗るな!!」
籠利の脳天に、小鳥のチョップが突き刺さった。
「ゴメンチャイ……」
「素直でよろしい」
まったりしながら夕飯が終わる頃、アパートに再び来客が現れた。
「夕飯の途中だったかい? 小鳥は兎も角、籠利まで居るんだね」
顔を見せたのは、キュウべえだった。
「あー、キュウべえじゃん。私のコレクションになってくれる気になった?」
「丁重にお断りするよ。それをやられると、僕の仕事が出来なくなってしまうからね」
「ちぇ……」
唇を尖らせる籠利は放置して、小鳥は一服しながらキュウべえの方を見ていた。
「んで、今度は何の用事だよ。グリーフシードなら、まだ使って無いぞ?」
「そういう訳じゃ無くて、頼みたい事が有って、ここに来たんだ。籠利も居るなら、話も進みやすいしね」
「頼み?」
ワンテンポ置いてから、キュウべえは再び言葉を出した。
「さっき、一人の少女と契約したんだ。だから、その子の面倒を見て貰いたいんだよ」
「……お前さあ。アタシは魔法少女の道場やってる訳じゃ無いんだぞ?」
小鳥は、呆れた様に紫煙と溜息を吐き出した。
「君ほどのベテランはまず有り得ないし、君は新人にイロハを教える事が非常に上手なんだ。慣れた人間の方が、教えるのは効率的だからね」
「……ったく。面倒事ばかり押しつけやがって。コメもまだ手のかかる半人前だって言うのに」
「小鳥、さりげなく酷い……」
「気にする事は無いよ。それに、今回契約した少女は、少し事情が違うからね」
「……どういう事?」
籠利は、首を傾げて問い返した。
「明日、総合病院に行けば解るさ。詳しくは、そこで教えるよ」
「ヘイヘイ。仕方ないから、引き受けてやるよ」
「ついに、私にも弟子が出来るかー……フッフッフ」
仕方なしの小鳥とは対照的に、籠利は初めての後輩に胸をときめかせていた。
翌日の昼下がり。小鳥と籠利は、キュウべえに言われた通りに、総合病院に来ていた。
新たに契約した入院患者、
虚口小呑(うろぐちこのみ)の病室へ、わき目も振らず向かった。
「ここか……」
「じゃ、入りますか」
籠利は、あっさりと扉を開き、病室に立ち入った。
「お邪魔しまー……」
「……!?」
その瞬間に、二人は全ての言葉を失っていた。
ベットに横たわる、やせ細った幼女。白く長い髪は、無造作に伸びたのだろう。複数の管が体中に括りつけられ、虚ろな目で天井を見ていた。そして、首元に付くネックレスには、透き通る程真っ白なソウルジェムが光輝く。
虚口小呑の枕元で、キュウべえはそっと見守っていた。
「……来たかい」
「あ……ああ」
流石の小鳥も、言葉の歯切れが悪い。籠利に至っては、小呑から視線を逸らす有様だ。
「この子は、生まれて間もない頃に病気になったんだ。その影響で、言葉を失い、目の光を失い、両足は動かなくなった。それ以来、家と病院を往復する事を余儀なくされ、親の手を借りて生きるしか道は無くなったんだ。
しかし、最近になり体調が急変して、病院に入院する事になった」
「……」
「僕の姿は、魔法少女の素質の有る者にしか見えない。しかし、この子は……目が見えないにも関わらず、僕の存在を感じ取った。
恐らく、魔法少女の素質がかなり高い。そして、今より高くなる可能性があるんだ」
「……可能性?」
「そうだよ。素質が一番高くなるのは、第二次成長期を迎える時。だけど、この子はまだまだ幼いじゃないか」
「……つまり、成長するにしたがって恐ろしく強くなる。ただし……そこまで生きているかは、解らない。だからこそ、手遅れになる前に契約した……」
「流石、小鳥。色々と鋭いね」
「アタシに頼んだのは、そう言う訳だったって事ね」
「そういう事さ。それと、この子はまだ喋る事が出来ない。呼びかけるなら、テレパシーで伝えてくれ」
小鳥と籠利の首は、小さく縦に振られた。
「後は、君達に任せるよ。頼んだよ」
そして、キュウべえは、静かに姿を消していった。
≪……小呑ちゃんだね? 聞こえるかい?≫
小鳥は、小呑の頭に直接呼びかけた。
≪……お姉ちゃん……誰?≫
≪アタシは、一条小鳥。小呑ちゃんと同じ、魔法少女さ≫
≪……魔法少女? そう……夢じゃなかったんだ≫
≪ああ……夢じゃない。祈ってみなよ……目が見えるって。声が出せるってね≫
≪見えるの? 喋れるの? 私は……歩けるの?≫
小鳥は、優しい笑みを浮かべて小呑の耳に直接伝えた。
「ああ……奇跡は起こるって、信じるんだ」
小呑は、念じた。奇跡を起こせると信じて。
今まで、見る事の出来なかった光を感じた。
「これが……眩しいって事なんだ……」
そして、喉から自然に言葉が飛び出てきた。
光を取り戻した瞳からは、大粒の涙があふれ出していた。
「わたしにも……奇跡が起こせたんだ」
小呑は、涙の溢れる笑顔でそう言った。
「……ああ。小呑ちゃんが、願ったからな」
小鳥の瞳にも、光るものが溢れそうだった。
「……えぅー……よがったねぇ、ごのみぢゃん」
そして籠利は、既にガン泣きしており、表情はぐしゃぐしゃになっていた。
病室に少しの沈黙が訪れた。聞こえるのは、すすり泣く小呑の声と、むせび泣く籠利の声。
その中を、扉の開く音が割って入った。
「あ、あの……あなた達は一体?」
扉から顔を覗かせるのは、小呑の母親だった。
「え……その……」
小鳥は、突然の来訪者にテンパってしまう。しかし、入院している子供の親なので、来るのは当然である。
「……私たちは……夢で小呑ちゃんに会いました。
夢の中で、小呑ちゃんにこの白いペンダントをかけて欲しいって頼まれたんです」
籠利は、咄嗟の思い付きで、意味不明な言葉を口走る。
≪バカか!! そんな戯言、通用するかよ!!≫
小鳥は、テレパシーで思いっきり罵った。
≪仕方無いじゃん!! 思いつかなかったし!!≫
籠利も、負けじとテレパシーで言い返す。
「あ……あの、何を言ってるんですか……?」
小呑の母親は、呆然としながら二人を見つめていた。
「お姉ちゃん達の言ってる事は……本当だよ」
「……え?」
母親でさえ、今まで聞いた事が無かった愛娘の声は、はっきりとその耳に届いた。
「わたしにも、奇跡が起きたの。ずっとずっと……お母さんとお父さんに言いたくても言えなかったから……。
何時か言える様にって、ずっと願ってたの……」
小呑は、ありがとう、と。
確かにそう言った。そして、耳に届いていた。
母親は、涙を浮かべ、小呑の元に駆け寄った。
「小呑……本当に喋れるの……本当に声が出せるのね!! お母さんが、見えるのね!!」
「うん……良く見えるの。お母さんの顔が良く見えて……眩しいんだ」
抱きしめ合う親子。流す涙は、絆と愛情の深さを、言うまでも無く物語っていた。
「……ちぇ。今日は、目が潤むわ」
「びぇぇぇぇ~……」
小鳥も、籠利も。溢れだす涙を、抑える事が出来なかった。
夕焼けが、街をオレンジ色に染める。
病院から揃って帰宅する、小鳥と籠利。しかし、口数は少なく、感傷に浸っている様だった。
「……コメさ。今日、学校じゃなかったのか?」
「良いよ。少しくらいサボっても。それに……」
「……?」
「あんなに深い絆って、滅多に見れる物じゃないもん。着いて行って良かったくらいだよ」
「……ああ。そうだな」
「だからさ。今日くらいは、早めに帰ってパパとママの顔が見たいんだ……」
「そうかい。その方が良いのかもな」
「そういう訳で、先に帰るね。小鳥もたまには実家に戻って、親の顔を見てきなよ」
「……うるせぇよ。さっさと帰れ」
「じゃあね、小鳥」
そう言い残し、籠利は足早に帰路を進んで行った。
一人残った、小鳥は立ち止まって居た。一本の煙草を取り出して、口にくわえる。安物のライターで火を灯して、紫煙を大きく吸い込んだ。
(アタシも近い内に、実家に顔だしてみようかな……)
肺から紫煙を吐き出しつつ、薄暗くなった西の空を見つめていた。
二章
小呑が、契約してから二週間が過ぎた。三人の関係も至って良好であり、魔女退治の方も、ボチボチ成果が現れ始めていた。
「行っくよぉー!!」
籠利はランスを構えて、魔女の本隊に向かい、一直線に突進。
「~~♪ ~~♪」
それに加えて、小呑の歌声が、魔女と使い魔の動きを鈍らせる。この援護により、籠利の一撃必殺を易々と叩き込む事が可能になった。
ガツン、と巨大なランスが魔女の体を突き抜けると、魔女の体が消滅していく。
「……また、つまらぬ物を斬った」
籠利は、決め台詞を誇らしげに口走った。ただ、攻撃そのものは斬撃とはかなり違う。
「やったー!! 倒したよ!!」
小呑は、子供らしく両手を挙げて、万歳のポーズを取った。
「おっし。二人とも、お疲れさん」
小鳥はすぐ傍で見ているだけだったが、的確な指示を送る事によって、二人に戦いをサポートする。
この三人のチームワークが、魔女退治における、一番の鍵となっていた。
特に、小鳥と言う経験豊富な魔法少女が近くに居る点は、籠利と小呑の精神的支柱になっているのは間違いない。
小鳥の戦い方は、本来の魔法少女のそれでは無い。従って、自分流の戦い方を誰かに教える事は、危険すぎて出来ないのだ。
その代わり、近くで見守りながら、実戦経験を多く積ませる。危険な魔女や分の悪い相手なら、自分が手を貸す。そうする事で、後輩の魔法少女達を教えてきたのだ。
事実、巣立っていった後輩の魔法少女達は、未だに小鳥に頭は上がらないし、籠利は暇つぶしと言いつつ、小鳥の家に入り浸る有様。小呑も、お姉ちゃんと称して甘えてくる上に、キュウべえも新米の魔法少女の教育を頼む事が多々ある。
それらを何だかんだ言いつつ、引き受けてしまう面倒見の良さが、小鳥を慕う後輩が多い事の裏付けになっているのだろう。
これこそが、小鳥の最大の魅力なのかもしれない。
「時間も結構遅いし、帰るとするかい」
小鳥は笑みを見せて、二人に呼びかける。
「そうしよー。もう、お腹がすいちゃってさぁ」
籠利がそう言うと同時に、ぐぅ、と誰かの腹の虫が鳴った。音の先に見えたのは、お腹を押さえてモジモジとする、小呑の姿だった。
「小呑も腹減ってんだろ? 家まで送るよ」
ニコッと笑って右手を差し出すと、小呑は左手で手を握り返した。
「うん!! 小鳥お姉ちゃんも籠利お姉ちゃんも一緒に帰ろう!!」
「そうだね」
籠利も、小呑の右手を握りしめた。
虚口家。夕食の並ぶ食卓には、小呑とその両親。そして、お呼ばれになっている小鳥と籠利が、晩御飯を取り囲んでいた。
「すいません、アタシ達まで呼ばれちゃって……」
照れくさそうに陳謝する小鳥。
「ホント、ここまでもてなして貰って、申し訳ないって言うか……」
マイペースな籠利も、緊張でカチコチになってしまうのだった。
「いえいえ、お構いなく。あなた達は……私達夫婦に奇跡を届けてくれた、魔法使いだったんですよ、きっと……」
小呑の母は、感深くそう言った。言っている事は、単なる例え話なのだが、決して的外れでは無かった。
「僕ら夫婦は、子供を授かるのが遅かったんだ。そして生まれた小呑も、生まれて間もない頃に、病気にかかってしまって……。
僕達は、本当に自分の運命を呪ったよ。だけど、小呑には何も罪は無いんだ。だからこそ、運命を受け入れて……精一杯の愛情をこの子に注ぐと決めたんだ。
七年間……一度も聞ける事の無かった声を聞いた時は、本当に神に感謝したよ。この子に起きた奇跡は……紛れも無い事実なのだからね」
「……」
父親の噛み締める様な言葉に、皆黙り込んでしまった。
「おっと……湿っぽい話になってしまったね。すまないね」
「いえ……私たちは、ただ届けただけですから」
「だとしても……僕達に奇跡を起こしてくれた事には、変わりないんだ。
改めて、お礼を言わせて貰いたい。
小鳥ちゃん、籠利ちゃん。本当にありがとう」
小呑の両親が深々と頭を下げると、小鳥はくすぐったい様な気持ちを隠しきれず、顔を赤面させてしまっていた。
「さあ……冷めてしまうから、召し上がってね」
母親に促され、一同は手を合わせて、声を揃えた。
「いただきます」
久しぶりに、家族団欒の雰囲気を味わう小鳥。その温かさは、心にグッとくる物があったに違いない。
自宅に帰った小鳥は、脇目も振らず煎餅布団に寝っころがった。
(……あー……食い過ぎた)
満腹を通り超す程食べた小鳥は、目蓋が順番に重くなっている事を感じた。
(どーせ明日はバイトも休みだし……このまま寝ようかな)
天井をボーっと眺めていると、不意に小鳥の耳に声が聞こえた。
「やあ、小鳥」
「……キュウべえ? アタシの部屋に何の用だよ。魔女の反応も無いのに」
小鳥は、重たい動作で体を起こした。
「特に意味は無いさ。今夜は珍しく、魔女も使い魔も居ない静かな夜なんだ。少し話がしたいと思ってね」
「暇潰しって訳ね。珍しい……」
「魔法少女をケアする事も、僕の役割だよ。そんな短絡的な思考で、ここに来た訳じゃないさ」
そう言ってから、キュウべえは改めて言葉を出し始めた。
「僕個人の興味本位さ。
君の程長生きしている魔法少女は、貴重な存在なんだ。何よりも、君自身で解りきっている事も有るだろう?」
「ああ……。アタシ自身の魔力の容量は、他の誰よりも劣っている」
小鳥は、噛み締める様にそう言った。
「普通だったら、魔力の劣る魔法少女は弱い筈だけど、君は誰よりも強くなった。使える魔法も、極めて基礎的な魔法だけにも関わらずね」
「どれくらい死にかけたか何て数えてない。それに、魔女の犠牲になった仲間の数も数えきれない。グリーフシードを狙ってきた魔法少女だって、何人も倒してきたさ……」
小鳥は、目をジッと細めた。
「だからこそ、君は長生き出来たのさ。自分自身の立場を、客観的に分析できている。冷静さが無い魔法少女は、例外無く命を落としている。
加えて、君の経験が後輩の魔法少女達に活かされている事は、紛れもない事実さ。この地域の魔法少女は、実際に長生きしている」
「……それは、そいつらの力量さ。アタシ自身は何もしていないよ」
「一条小鳥。やはり、君は興味深いね。他の魔法少女とは違う存在だ」
そう言ったキュウべえ。小鳥には、無表情のキュウべえが、何処か笑っている様に見えていた。
「……?」
「簡単な話さ。芯が強い。それが、君自身の強さの秘訣なのだろうね」
「ふん……。誉められた所で、嬉しくもないね」
小鳥はそう呟いて、そっぽを向いていた。
翌日。小鳥は、結局昼近くまで眠っていた。
(あー……寝すぎてダルい……)
背筋を伸ばすと、体中の関節がポキポキと鳴る。
「……腹減った」
起きて一発目に感じたのは、空腹だった。まだ寝ぼけ気味の思考だったが、近くのコンビニへ向かうのだった。なお、シャワーも浴びて居ない上に、服装も昨日のままである。
そして、アパートから出た直後だった。
「……こ、小鳥さん」
道端に居たのは、隣街の魔法少女だった。しかも、体中は傷だらけで、息は荒い。何よりも、グリーフシードは相当に穢れていた。
「アンタ……隣街の? 一体……何が有ったんだ!?」
肩を掴み、倒れそうな少女の体を支える。少女の肩は、悔しさと恐怖で、酷く震えていた。
「魔女に……やられました。こっちは、何人か掛かりでやったけど……全然歯が立たなくて……」
「ちょっと待ってな……グリーフシードを持ってくる!!」
小鳥は一旦引き換えし、部屋から数個のグリーフシードを鷲掴みにしてきた。
急いで戻り、魔法少女のソウルジェムの穢れを浄化。僅かながら少女の顔は生気を取り戻していた。
「……すいません。来て早々に……」
「気にすんな。それよりも、その魔女の事を詳しく教えてくれ」
「ええ……。私達は何時も通りに、魔女退治に行ったんです。
そこに居たのは、チェスの駒みたいな魔女で……三人掛かりで戦ったんですけど、丸で通用しなかった……。
援軍も頼んだけど……誰の攻撃も当てられなかった……」
「……そいつらは無事なのか?」
「正直……解りません。全員、途中で逃げたんですけど……上手く逃げ切れたか……」
少女の目から、涙がこぼれ出していた。
「……小鳥さん!! 力を貸してください!! もう……頼れるのは小鳥さんだけなんです!!」
小鳥は、少女の目をジッと見つめた。
「ああ……。アタシも力を貸してやる。
だけどな、万が一……仲間が死んでいた時の覚悟はしておけよ」
小鳥の言葉で、少女の顔は引き締まった。そして、強く頷いた。
そして、小鳥は学校に行っている籠利に、テレパシーを送った。
≪コメ!! 聞こえるか!!≫
≪……そんな大きく呼ばなくても、聞こえるよ。どうしたのよ急に?≫
事態を把握していない籠利は、随分とのんびりとした返事だった。
≪……魔女が出た。しかも、随分と強力な奴がな≫
≪ちょっと……それマジで言ってる!?≫
≪マジだ。しかも、隣町の連中が束になっても、やられるレベルでな≫
≪それ……かなりヤバいじゃん≫
≪そういう訳だから、手を貸せ。今から……おい!! 聞いてんのか!! コメ!!≫
突如、通信が途絶えてしまった。
同時に、小鳥達の周囲が、街の景色ではなくなっていた。視界の360度全てを侵食していく異質の空間。
「こりゃ……最悪のパターンだな」
小鳥は、背中に冷たい汗を感じた。
「こ、これ……さっきの魔女の結界ですよ!!」
少女は思わず狼狽えてしまった。
「どうやら魔女の奴は、後を付けてきたようだな……」
「こ……小鳥さん……」
「大丈夫だから、少し下がってろ。こうなっちまえば、やるしかねぇだろ!!」
覚悟を決めて念じる。小鳥の意志に共鳴して、右耳に付けるピアスのソウルジェムから、深紅の光が輝きだす。
炎の如き光が小鳥の体を包み、セーラー服にロングスカートの姿を変える。両手に付けるメリケンサックと、両足に付ける安全靴は、異端の魔法少女を象徴する武器。
魔法少女、一条小鳥は、武装が完了した。
「さて……始めようかい!!」
ファインティングポーズを構え、小鳥は魔女と対峙した。
三章
破天荒と称される魔法少女と、対峙する魔女。
チェッカーフラッグの様な地面と、駒の形をした使い魔の数々。
(人間チェスの駒になった気分だな……)
正直、小鳥の気分は良い物では無い。
普通に魔女結界の中に入れば、誰だって気分は滅入るのだが、今回ばかりは勝手が違っていた。
小鳥は過去の戦いで苦戦した例を、幾つか思い浮かべた。その脳裏に過ぎる予感は、どれもこれも悪い事ばかり。
修羅場の経験から生み出される勘が、最大級の警告を発信しているのだ。
(こいつは……相当に強い。しかも……アタシとの相性は、恐らく悪ぃ……)
しかし小鳥には、立ち向かうと言う選択肢しか残されていない。
「うっしゃぁ!!」
気合を入れ直して、地面を蹴り標的を目掛けて猪突猛進。小鳥の戦い方は、接近戦のみ。戦術を取る事が、最初から出来ないのだ。
ポーンをあしらった使い魔が、小鳥の体に体当たりをけしかける。
「邪魔だよ!!」
思いっきり、ぶん殴った。使い魔は、大きく弾き飛ばされた。
「……!?」
咄嗟の判断で屈み込むと、シュパッ、と空気が切り裂かれた。剣を振るったのは、ナイトをあしらった使い魔だ。
(今度は、馬かよ……。使い魔の攻撃方法まで違うのは、厄介だわ)
舌打ちが自然に飛び出した。小鳥は、少し位チェスのルールを覚えておくべきだった、と内心で考えてしまう。
(……やべっ!!)
更に魔女の攻撃は続き、ポーンの使い魔が小鳥の体を跳ね飛ばした。
「……小鳥さん!!」
少女が悲鳴に近い声を上げると、ドン、と言う衝撃と共に体は宙を舞った。
受け身を取って、地面に叩きつけられる事は防いだ。それ程のダメージは受けて居ないものの、小鳥はかなり焦っていた。
(魔女の本体が遠すぎる……。使い魔も結構強い上に、攻撃方法が違ってる……)
小鳥自身、自分の魔法がどういう物かは理解している。
(一匹づつ倒してたら、グリーフシードが幾らあっても足りねぇ……。だったら……)
小鳥はもう一度念じた。
(……短時間で魔女本体を打っ叩く!!)
再びソウルジェムが深紅の輝きを見せ、束ねたポニーテールがふわりと揺れた。
「……奥の手で行かせて貰うよ!!」
小鳥は小さく呟いた。
そして、再度魔女に向かい特攻を仕掛けた。
初速の一歩から、そのスピードが桁違いに速かった。
再度、ポーンが体当たりをするが、既にその場には何も無い。
深紅の閃光と化した小鳥は、一瞬の間に魔女の懐に潜り込んだ。自分の間合いに距離を詰めれば、小鳥の本領を発揮できる。
「シャッラァ!!」
ドォン、と響いた打撃音は、魔女の巨体が仰け反る程の一撃だった。
「もう一丁!!」
またしても、爆発音が結界中に響いた。繰り出したミドルキックが、魔女の体に深々と突き刺さっていたのだ。
超接近戦に持ち込めば、小鳥の本領が発揮できる。力の限り拳を叩きつけ、気力の限り蹴りを撃ち込んだ。
小鳥本来の固有魔法は、身体能力の強化のみ。つまり、魔法少女として最も基本的な戦闘能力の向上手段である。
ただし小鳥の場合に限れば、その上がり幅は普通の魔法少女より、大幅に大きい。加えて魔力を上手く引き出して、肉体の強度も非常に頑丈に仕上げている。肉体の強度を上げれば、打撃と防御を同時に強化させる事が出来る。
自分の戦闘の引き出しが、極めて少ない部分は、魔力の使い方で補う。これが、小鳥流の戦闘手段なのだ。
ドン、と魔女の体に突き刺さる拳。鉄拳と言う言葉の通り、今の小鳥の拳は鉄の拳。
魔女さえもふら付く、強烈な一撃を何発も連射する。
しかし、小鳥の表情は、明らかに焦っていた。
(……早く仕留めないと時間が無い!!)
今の小鳥は、ギリギリまで肉体の強化と強度を行い、短時間で仕留めると言う戦法を使っていた。言い換えれば、長くは続かない。
ギリギリまでパワーを上げれば魔力の消費は大きいし、何よりも体の方が耐え切れなくなる。
アスリートの体でも、カーレースの車でも、全開で走り続ければ壊れてしまうのだから。
(頼むから……)
小鳥は、渾身の力を拳に溜めた。
「沈めぇ!!」
そして、全身全霊の右ストレートを、魔女の体に撃ち込んだ。
耳鳴りがする程の、鈍い打撃音が壁に跳ね返る。
同時に右拳から、パキィ、と割れる音も、小鳥の耳に飛び込んだ。
「……い……つぅ」
全開のラッシュが、突如停止した。
小鳥の体が、ついに悲鳴を上げてしまう。
(……やべぇ……動けないし……拳が……)
怯んだ瞬間に、小鳥の体は弾き飛ばされた。結界のど真ん中に、人形の様に横たわってしまうと、小鳥の体はピクリとも動かない。
「小鳥さぁーん!!」
少女は叫んだ。その一瞬は、余りにも残酷だった。
小鳥は体に意志を伝えても、細胞は丸で反応を見せてくれない。
(……クソったれ……アタシは……ここでやられちまうのか?)
視界には、無数の使い魔が、嘲笑う様にそびえ立つ。
(……すまんね……皆。アタシの力不足だったわ……)
そして、ポーン型の使い魔が飛び上がった。スローモーションの様に見える光景。
小鳥は最後の瞬間になると、直感で悟った。しかし、目だけは絶対に閉じないで、ジッと使い魔を睨み続けた。
(呆気ないんだね……死ぬ瞬間って)
一条小鳥、最後の悪足掻きだった。
パキン、と凍りついた様な、奇妙な音が小鳥に聞こえた。
そして、ヒラヒラと舞う小さなカードが、小鳥の鼻先に落ちてきた。
「間に合ったよ、小鳥!!」
鼓膜を揺らしたのは、聞きなれた籠利の声だった。
「お姉ちゃんを、イジメちゃダメなんだよ!!」
更に、小呑の幼い声も耳に届いたのだ。幻聴では無い。その声は小鳥の耳に、確かに届いたのだ。
「……コメに……小呑?」
小鳥の出した言葉は、小さくかすれた声だった。二人に届いたのかは解らないが、その姿は確かに確認できた。
カードドレス姿の魔法少女、籠利。真っ白な浴衣姿の魔法少女、小呑。
二人の後輩は、小鳥を助けるべく、魔女に宣戦布告を申し出たのだ。
「ちょっと休んでなよ!! 私達だって、負けないんだから!!」
そう言い放つ籠利は、武器では無く指に無数のカードを持っていた。
「いっけぇ!!」
多数のカードを小鳥の周囲に投げると、魔法が解除されていた。元の形に戻ったカードの正体は、多数のコンクリートブロック。身を守るための壁を、小鳥の周囲に作ったのだ。
「頼むよ、小呑!!」
「うん、任せてよ!!」
小呑は、大きく息を吸い込んだ。白い光を放つソウルジェムと共鳴するように、奇跡を得た歌声を結界の中に響かせた。
「~~♪ ~~♪」
魅了されそうな、天使の歌声。魔女と使い魔は、次第に動きを鈍らせていった。
小呑の固有魔法は伝達。自らの感情を歌声に乗せて、魔女を食い止める代物。幼い独特の歌声は、綺麗なハーモニーを生み出し、聴く者達を魅了させる。
今の小呑が出す感情は、小鳥を救いたいと言う、救済の感情。
(……わたしも……お姉ちゃんの力になりたいの!!)
祈りと願いを込めて、小呑は歌う。大好きなお姉ちゃんの為に。
魔女の動きは、大きく鈍った。
この隙を見逃すまいと、籠利はカードを模した薄黄色の、ネックレス形状のソウルジェムを輝かせた。
右手には召喚したレイピアを握りしめ。左は大きく掌を開かせて、正面に構える。
「さぁて……チェスの駒を、トランプに変えちゃいますよ!!」
籠利は、動きの鈍った使い魔達に向かっていく。
まずは、一番近くに居たポーンの使い魔に、左手で触れる。すると、使い魔は異形の姿から、薄黄色い光を放ちながら、小さなカードに変わっていった。
「皆、私のコレクションにしちゃうからね!!」
籠利はレイピアを構えて、次の使い魔に突っ込んで行く。
籠利の固有魔法は、カード化とカード化解除。手で触れた物に向けて魔力を込める事によって、その物体をカードにしたり、戻したりする事が可能。元々、物の収納の願いで得た能力だが、使い魔や魔女を封印する事が出来るため、汎用性が意外と高いのだ。
加えて、籠利の取集癖のお蔭で、あらゆる小道具を使って攻撃を加える事も出来る分、攻撃の幅が大きいのだ。
「小鳥……これ使って!!」
グリーフシードと一枚のカードを、壁の上から投げ渡して、籠利は再びレイピアを振るった。
(……なるほどね)
カードから元に戻ったブツを見て、小鳥がニヤリと笑みを作る。そして、グリーフシードを左手で掴み取った。
ゆっくりと、ソウルジェムを浄化させていく。
ついに、魔女を射程圏内に捉えた籠利。
「動きの鈍い間に、片付けさせてもらうよ!!」
恰好を付けた台詞で、二枚のカードを取り出した。描かれているのは、マッチと二十リットル入りのガソリン携行缶。
カードを魔女の体に張り付けて、レイピアを真っ直ぐに構えた。
(一発で決めないと、小呑は歌えなくなるからね)
そして、魔女を全力で突き抜いた。
ドン、と爆炎が立ち込めて、煙が立ち上った。
結界の中に、充満する炎。熱気が体中に纏わりつく。
「……やった!!」
そう確信して、籠利は振り返った。
バシン、と籠利の体が、弾き飛ばされた。キングの駒の魔女自らが、籠利の体を殴りつけた。
更に、籠利の胸倉を掴み取って、魔女は顔を何発も殴りつけた。
魔女の表情は解らないが、怒りに満ちている事は確信できた。
「……痛いって」
ジッと睨み返す籠利。足は浮いており、一発一発の痛みは大きい。このままの状態なら、なぶり殺しにされる。
「……でもね、私を捕まえててもさ……意味は無いんだよね」
それでも、口元を吊り上げて、不敵な表情を崩さない。
籠利は、ちゃんと解っていた。
充満する煙で、歌えなくなった小呑も。ダメージを回復できず、見る事した出来なかった少女も。
ちゃんと、解っていた。
ドガン、とコンクリートの壁が蹴り壊された。
立ち上る煙を背景に仁王立ちする、タバコを咥えた魔法少女。
紫煙をゆっくりと吐き出し、魔女を鋭く睨みつけた。
「……充電完了」
その視線は刀の様に研ぎ澄まされ、体から溢れる闘争本能は、火傷しそうな位に燃え滾っていた。
既に、魔力は全開で解き放っている。
小鳥は、再び立ち上がっていた。
そして、タバコをペッと吐き捨てた小鳥は、魔女に対してクイクイと左手で手招きする。
「来いよ……」
魔女は、ゆっくりと振り返った。籠利の体を投げ捨て、魔女自らが小鳥に向かい特攻を仕掛けた。
(……つっても、そこまで回復して無いしな。多分、右手は一発が限界……)
魔女の体を撃ち抜くべく、小鳥は右の拳に力を溜めた。
(この一発で、終わらせてやる……!!)
魔女の攻撃が、目前に迫りくる。
ブン、と魔女の攻撃は空を切った。
既に魔女の攻撃を見切り、小鳥は懐に潜り込んでいた。
「……地獄の果てまで……吹っ飛びな!!」
ドォン、と音が響いた瞬間に、魔女の胴体が砕けて風穴が空いていた。
魔女の出す断末魔の叫びは、泣き声の様に聞こえていた。
「……アンタは、寂しかったんだろ?」
小鳥は、消えて行く魔女に向けて、一言声をかけた。
「だからって……拗ねて下向いてても、何も変わらねぇだろ」
その言葉を聞くと、魔女の叫びは少しづつ小さくなっていく。
「次に生まれ変わった時は……下じゃ無くて前向ける様になれよ……」
そこまで言い切ると同時に、魔女の姿は綺麗に消えていた。
同時に、青空から光が差し込んだ。
「終わったか……」
結界が消えると同時に、小鳥は地面にへたり込んでしまった。
「小鳥!!」
「小鳥お姉ちゃん!!」
「小鳥さん!!」
全員が小鳥の元に駆け寄った。
「安心しろ……こう見えてしぶといんだよ……」
ニヤリと笑みを見せているが、顔は憔悴しており、ソウルジェムは赤黒く濁っていた。
「……とか言って、結構無理してるくせにさ」
憎まれ口を叩きながら、籠利はグリーフシードで、小鳥のソウルジェムを浄化した。
「お姉ちゃーん……無事で良かったよー」
小呑は、わんわん泣きながら、小鳥の体に抱き着いた。
「小鳥さん……敵を取ってくれて……ありがとうございます。本当に……小鳥さんって最高の先輩が居てくれなきゃ……」
少女は涙交じりで、礼を言った。
「寄せよ……。お前の仲間を救えた訳じゃないんだしよ」
しかし小鳥は、少しだけ表情を曇らせてしまう。
「ねぇ……ちょっと待ってよ」
思い立った様に、籠利は周囲をキョロキョロと見まわした。
「何だよ、一体?」
「そこに寝てるのって……」
一同が視線を、そちらに向けた。
「……皆、無事だったのね」
少女は、歓喜の声を張り上げた。
地面で寝ていたのは、少女の仲間である、魔法少女達だった。
「そっか……。結界の中に、閉じ込められてただけだったんだね」
籠利は安堵の息を吐き出した。
「もうちょっと遅きゃ、ヤバかったかもな……」
小鳥は、地面にゴロリと寝っころがった。
「お姉ちゃん……こんな所で寝たら、風邪引いちゃうよ?」
小呑は、心配そうに小鳥を覗き込んでいた。
「心配するなって、小呑。それと、コメ。タバコ吸わせてくれよ……右手がオシャカになっちまったんだ」
「……仕方ないなぁ」
籠利は、タバコを咥えさせて、ライターで先端に火を灯した。
小鳥は大きく一息吸って、紫煙を肺に流し込んだ。
「……一個貸しだな、二人とも」
小鳥に礼を言われ、籠利と小呑は、照れくさそうに笑みを見せてる。
吐き出した紫煙は、青い空に向かって、ゆらりと消えていった。
終幕
数日後。
小鳥はまだ腕のギプスが取れておらず、魔女退治の方は休業中だった。
しかし、助けられた隣町の魔法少女達も、今までのお礼とばかりに魔女退治に手を貸してくれているし、グリーフシードも分けてくれる。非常に楽な状態だ。
とは言う物の、久しぶりに静かな自分の部屋を見ていると、寂しい気持ちが半分で、暇なのがもう半分の気持ちだった。
ゴロゴロとふて寝していると、不意に玄関が勢い良く開かれる。
「ヤッホー、小鳥。大人しくしてるー?」
「お姉ちゃーん。お見舞いだよー」
訪れたのは、籠利と小呑だった。相変わらず元気な様子を見て、少しだけホッとする小鳥だった。
「おー。相変わらずだよ」
素っ気なく迎え入れる小鳥。
「とか言って、ホントは寂しかったんじゃないのー?」
籠利は、クスクスと笑いながら、細めた目で小鳥を見た。
「コメ……右手治ったら、覚悟しとけよ」
小鳥は毒付くが、顔は満更でも無い様だ。
「お姉ちゃんが寂しいなら、わたしも一緒に居てあげるよ」
小呑は、真っ直ぐに輝いた瞳で、小鳥を見つめた。
「ありがとうな、小呑」
そう言って、小鳥は頭を優しくなでた。
「なーんか、私の時と対応違って無い?」
「そりゃ、コメが悪いんだよ」
「二人とも、喧嘩はダメー」
急な来訪者で、部屋は急に活気付き、何時もの騒がしい安らぎが訪れた。
と、安心していたのも、つかの間。
「おっ……」
「あっ」
「あれー?」
三人のソウルジェムが、光を放つ。近くで魔女が現れたサインだ。
「仕方ねぇな……。久々に、出撃するか!!」
「小鳥は、見てるだけで良いよ。まだ、治って無いんだし」
「わたしも頑張るもん!! 魔女に何て、負けないもん!!」
そう言って立ち上がった三人は、順番に部屋を出て行くのだった。
これは、とある魔法少女達の物語。
魔法少女の数だけ、ドラマはあるのだ。
―――――
QB「……と、そういうお話さ」
QB「確かに、魔法少女を魔女にする事は、エネルギー回収の効率は高いよ」
QB「だけど、闇雲に魔女ばかり増やしても、パワーバランスは崩れる」
QB「素質の高い人間、低い人間。強い魔女、弱い魔女。それらのバランスを取る事は、僕達にとっても難しい課題だが……」
QB「少なくとも一条小鳥に関しては、そのバランスを根底からひっくり返した存在なんだ」
QB「……だからこそ破天荒な存在で、僕に興味を抱かせた。本当に、面白い逸材だよ……」
QB「さてと。そろそろ、仕事に戻るとするよ」
QB「また、話す機会がある事を願うよ」
参考
最終更新:2012年11月19日 21:35