※もしもの世界の短編です。
◆
「映画鑑賞会をしましょう」
「いや、急に何ですか?」
もはや友人の得意げな笑みにも、すっかり慣れていた。
彼女が突飛な提案をすることも、いつもの出来事だった。
◆
ファルネーゼ家はイタリア有数の資産家である。
自宅は広大な敷地を備えた大豪邸であり、休養のための別荘地も幾つか所有している。
――ナポリの“アマルフィ海岸”を見下ろせる丘上に建てられたこの邸宅もまた、その一つである。
ここはファルネーゼ家当主が愛する家族のために用意した、穏やかなオアシスである。
「お父様にねだったら、映写機をプレゼントして貰えました」
そんな別荘の邸宅――その一室にて、ルクレツィアはアンティーク調のソファに腰掛けていた。
ふふんと口の端を上げて、友人に対して得意げに語る。
「前々から思ってたんですけれど、貴女のお父上って娘に対してかなり甘くないですか?」
そんな彼女をジトッとした目で見つめて、やれやれとボヤくソフィア・チェリー・ブロッサム。
幼い頃から本質的に孤独だったルクレツィアにとって、唯一と言っていい親友である。
彼女もルクレツィアの隣でソファに腰掛けている。
「ええ。お父様ったら、私に真っ当な友達が出来たことが余程嬉しいみたいです」
「……まぁそもそも、貴女にちゃんとした友達が出来ること自体が奇跡ですからね」
やれやれと言わんばかりのソフィアに対して、心外そうにわざとらしく膨れるルクレツィア。
「失礼な、私にも友人くらい居ましたよ。ニケとか」
「小鳥遊 仁花なんかやめなさい。あれは悪い付き合いそのものでしょうが。
というか彼女、だいぶ前に逮捕されてますし」
「惜しい女性を亡くしました」
淑女ルクレツィア、悪い付き合いには事欠かない。
とはいえ互いに肩を力を抜いて、真っ当に腹を割って話せるような親友は、やはりソフィアが初めてだった。
ルクレツィアにソフィアという“初めての真っ当な親友”が出来て、父であるファルネーゼ公はいたく喜んだという。
その喜びが高じてか、以後娘への接し方が明らかに甘くなったのである。
友人と遊びたいから、友人と会いたいから――そんな前置きを付ければ、彼女の父は大抵のことは許してくれた。モラルに反しない限り。
そうしてルクレツィアが“最新機器を使って親友と映画鑑賞会がしたい”とおねだりした結果、最新式の高級デジタル映写機がプレゼントされた。
ついでに“別荘も友達と一緒に使わせてほしい”とねだったら、快く承諾してくれたという。
「言っておきますけど『ローマの休日』だったら見ませんからね」
「ふふ、安心して下さいなソフィ。近年の映画ですよ。
いつまでも古典ばかり見ているのも芸が無いでしょう?」
「というか毎度オードリーがどうとか横からうるさいんですよ。貴女は」
ソフィアは釘を刺すように先んじて言うが、対するルクレツィアは飄々としている。
相変わらず腹立つ態度だなとちょっと思いつつも、ソフィアはそんな感情をとりあえず棚上げした。
「で、タイトルは」
「2045年公開の映画『カプリの熱夜にて』」
「ポルノまがいの作品じゃないですっけ?それ」
ルクレツィアが告げた映画のタイトル。
それを耳にして、ソフィアは一気に訝しむような顔になった。
――そう、噂にしか聞いたことがないが。たぶん“結構やらしいヤツ”である。
「私も初見ですが、主演女優が可愛らしいんですよ」
「あなた何事においても女優ばかり見てますよね、ルクレツィア」
「女はフィルムに愛されるから、殊更に美しいのです」
そんなソフィアの様子もどこ吹く風と言わんばかりに、ルクレツィアは語る。
――ルクレツィアはバイセクシャルだが、どちらかと言えば同性の気が強い節がある。
ソフィアも何度か戯れに手を出されそうになったことがあったが、なんやかんやで全て拒んでいる。
「ソフィ。ポルノまがいだなんて、見る前から偏見はいけませんよ」
「なんか貴女が真っ当な感じに諭してくるの癪ですわね」
「見てからのお楽しみという奴です」
部屋の明かりが消え、映写機による光が灯る。
うきうきしながら待ち侘びるルクレツィアを、ソフィアは呆れ気味に流し見ていたが。
その矢先に、ファルネーゼ家に雇われた使用人(メイド)がすっと姿を現した。
使用人は当然の如く全身包帯だらけ、顔には大きなアザ。両腕は切断されたのか、義肢と化している。
――――ソフィアは早速げんなりした。
そんなソフィアの様子を全く気にせず、使用人はソファの前のテーブルに何かを置く。
そのまま使用人は謙るように一礼をして、何事もなかったように部屋を後にした。
「ソフィ」
「…………何ですか」
「食べますかこれ」
「準備万端すぎません?」
使用人が用意したもの――。
それは豪勢な器に盛られたポップコーンだった。
ルクレツィアはソフィアに対して問い掛けながら、早々にポップコーンへと手を出していた。
小さな一口で淑やかに咀嚼するルクレツィア。
そんな彼女を呆れ気味に見つめてから、結局ソフィアもポップコーンを食べていた。
◆
「…………」
「…………」
――熱に揺らぐ男女の瞳。
――宵闇に零れる二人の吐息。
――ムーディな場面である。
「…………」
「…………」
――カプリの夜は、ひどく熱い。
――海辺の愛は、ひどく麗しい。
――演出が、無駄に爛れている。
◆
「…………」
「…………」
――三角関係。愛が揺さぶられる。
――滾る情欲が交錯する。
――間男ならぬ、間女の出現。
「…………」
「…………」
――女同士の不倫愛。
――包み隠さず言えば、ラブシーン。
――カメラワークが落ち着かない。
◆
「…………」
「…………」
――主演女優は可愛らしい。
――ボーイッシュで凛として、可憐だ。
――なのにソフィアは何故か腹が立つ。
「…………」
「…………」
――またラブシーンなのか。
――このカメラワークは何なんだ。
――BGMがやかましい。黙ってくれ。
◆
「…………」
「……zzz……」
――ルクレツィアが寝落ちした。
――ソフィアだけが目を開けている。
――この映画の上映時間は175分だ。
「…………」
「……zzz……」
――私はいったい何をしている。
――どんな任務でも味わったことのない困惑。
――ソフィアの心は、まさに疑念の渦中に立たされていた。
◆
「…………」
「……zzz……」
――ルクレツィア曰く、主演女優が可愛らしい。
――ああ、確かにそうだ。認めざるを得ない。
――それに関しては間違いなく価値があると、ソフィアは思う。
「…………」
「……zzz……」
――なのに、その女優が可憐に笑うたびに。
――何故か、妙にむかついてくる。
――その麗しさに、謎めいた引っ掛かりを抱く。
「…………」
「……zzz……」
――というかルクレツィア。
――いいから起きろ。
――なんで中盤以降ずっと寝てるんだ。
◆
「――――ふふ、映画はどうでしたか?」
「完全に寝落ちを開き直ってますわね」
映画終了から数分後、ルクレツィアが目覚めた。
その第一声がこれである。堂々としすぎている。
「仕方がないでしょう。退屈だったので」
「わたくしは最後まで見る羽目になりましたよ」
「ふふ、立派な心がけです」
「立派もクソもありませんわよ」
貴女が選んだ映画でしょうに、とソフィアは内心毒づきつつ。
「で、どうだったんですか?映画」
「はぁ」
「どうだったんです。聞かせてください。感想」
「はいはい分かりましたよお嬢さま」
堂々と開き直るルクレツィアに溜め息を吐きつつ、ソフィアは先程まで見ていた内容を嫌々に振り返る。
寝落ちしたくせにグイグイ食いついてくるのが腹立つ。
「たまに良い感じの場面が出てきます」
「ほうほう」
「役者も美男美女で綺麗です」
「へぇ。それで?」
「でもラブシーンが多すぎてうんざりしてきます」
「ふむふむ」
「カメラワークもいちいち変だし、演出も騒々しくて段々腹が立ってきました」
「なるほど」
「あと……色々ねっとりし過ぎてて……嫌になるんですよね」
「ふふっ」
――なんでわたくしが説明しなければならないのか、とソフィアは呆れつつ。
悪びれもせずに相槌を打つルクレツィアを、何とも言えぬ眼差しで見つめる。
「でも主演女優は可愛らしかったでしょう?」
「ええ……まあ」
前のめりに言うルクレツィアに、ソフィアはバツが悪そうに答える。
主演女優の話になると、彼女は妙にいきいきとしている。
ソフィアにとっては妙に腹が立つというか、むず痒い女優だったのだが――何がそんなに琴線に触れたのか。
「あの女優。好きなんですか?」
「ええ。気に入ってます」
だからソフィアは、その疑問を聞いてみることにする。
ルクレツィアは悪食に見えて、案外選り好みをする。
なのでただ“可愛いから”というだけで女優を気に入ったりはしないと思うが――。
「どうしてですか?」
「あの女優はですね」
そして、ルクレツィアが一呼吸置き。
仄かに顔を赤らめて、飄々と笑う。
「ソフィに似てるんですよ。凛とした笑顔とか、顔を赤らめてる時の可愛らしさとか」
――――その一言を聞いて。
ソフィアは反射的に、ルクレツィアの脇腹をどついた。
気恥ずかしさのような、むかつきのような。
何とも言えぬ感情に駆られて、気が付けば右手が出ていた。
「ぐえ」
「もう二度と彼女の映画は見ません」
「ふふ……いきなり大胆ですわね、ソフィ。
お好きにぶちなさいな。私達は友達ですから」
「ルクレツィア。お黙りなさい」
「んああ」
恍惚とするルクレツィアを、ソフィアは暫くどついていた。
◆
最終更新:2025年12月10日 18:56