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※もしもの世界の短編です。




 なんで俺はこんな所に居るのだろう。
 何をどう考えても場違いではないのか。
 同席する“二人の怪物”を交互に眺めながら、ハヤト=ミナセは思う。 

「それで――――」

 低く響くような言葉がゆっくりと奏でられる。
 老獪なる風格を伴った、嗄れた声だった。

 摩天楼の高層階。フロア一帯を埋め尽くす高級レストラン。
 上流階級が接待や会食で使う“特別個室”は、仄かに灯るシャンデリアによって照らされている。
 真っ白なクロスに覆われた正方形のテーブルを挟んで、ハヤト達三人は向かい合うように座っていた。

「君こそが“新人類の始祖”であると」
「ええ、そうよ。“人間さん”」

 ハヤトの正面は空席――左右にそれぞれ座るのは、巨躯の老黒人と中華系の淑女。
 二人はグラスに注がれたシャンパンを片手に添えながら語り合っていた。

 老黒人は漆黒のスーツを身に纏い、巌のような体躯と皺の刻まれた顔立ちも相俟って威厳を滲ませている。
 淑女は宵闇のようなドレスを着こなし、悠然と穏やかに微笑みながらも、どこか非人間的な気迫を纏っている。

 漆黒の牧師、ルーサー・キング。
 白銀の魔神、銀鈴。
 二人の怪物が顔を合わせる中、ハヤト=ミナセも同席していた。

「私はね、選ばれし者なの。この世界を導いて、人々の上に立つ存在として生まれてきた。
 人間さん達は、そんな私が愛でるべきもの。私は“人間”がとっても好きなの」

 銀鈴はキングの威厳に何ら気押されることもなく、透き通るような声で悠々と語る。
 一種の重力すら感じる程の澄んだ眼差しに、ハヤトは畏怖にも似た感情を抱いた。

「だから、ふふっ――不思議だなあって思うわ」

 くすくすと笑う銀鈴。その好奇心は、眼前の牧師へと向けられている。

「あなた、王様になりたいのね?人間さんなのに」

 それは嘲りでも煽りでもなく、ただ純粋な感情だった。
 一世紀近くを生きた旧人類の老人が、新人類を差し置いて支配者の如く振る舞っている。
 銀鈴にとってそれは、年老いた猿が人間の真似事をしているように“奇妙なこと”だった。

「……そうだな。王様になりたいのさ」

 そんな銀鈴の超然たる風格に対して、キングはあくまで平静を保ちながら言葉を紡ぐ。

「俺は君とは違う。選ばれない者だったから、世界を牛耳ることを望んだんだ。
 地の底から伸し上がる為に、仕組みの中に自分を組み込む……俺はその術を学び続けた」
「まあ。それはそれは、とっても健気なことね」

 自らの在り方を包み隠さずに語るキングに対し、銀鈴はまるで子供を褒めるような物言いで返答する。
 そんな彼女の言動に対し、やれやれ――とキングは思わず苦笑を浮かべた。

 普段の“牧師”ならば己に対する明らかな非礼を許さないだろうと、ハヤトは理解していた。
 されど今のキングは相手を“対等の存在”と見做し、わざわざ不遜を問い詰めるような真似をしなかった。
 それは欧州の裏社会を生きる者にとって、異常事態と言わざるを得なかった。

「人間さんというモノは、不完全で欠けているから足掻こうとする。
 とっても脆弱で惨めで……だからこそ面白いし、愛おしく思うの」

 この銀鈴という女は、一体何者なのか。
 ハヤトには理解が出来なかったし、理解さえも拒むような悍ましさを放っていた。
 あらゆる悪の頂点に立つキングとはまた違う――まるでヒトの形をした“闇そのもの”に見えた。

「ところで――――」

 そんな銀鈴が、唐突にハヤトへと視線を向けた。
 その異様な瞳に覗き込まれて、思わずハヤトは身構えてしまい。


「貴方、さっきからどうして黙ってるの?」
「え」


 直球で叩き込まれた問いかけに対して、ハヤトは思わず間抜けな声を漏らしてしまった。

「お喋りしましょうよ。折角の会食でしょう?」

 神々しさを感じるような微笑みと共に、銀鈴はハヤトへと語り掛けてくる。
 ――いや、お喋りって言われても。お前らと何話せばいいんだよ。
 込み上げる緊迫と同時に、ハヤトはそんなことを思っていた。

「すまないな。こいつ……ハヤト=ミナセは、いま“社会勉強”の最中だ」
「あら、そうだったの?」
「色々あって俺が面倒を見てやることになってね。小間使いみたいなモンだが、後学のために連れてきた」

 何の後学だよ、と心中でハヤトはぼやく。
 窮屈なタキシードの着心地に改めて眉を顰めつつ、怪物二人の遣り取りを眺める。

「こいつがネイ・ローマンを殺れたら“王の子供達”に取り立ててやることも考えている。その為の投資さ」
「まあ、私もネイとは遊んだことがあるわ。とってもかっこいい“人間さん”だったのよ」

 ネイ・ローマン。その名が話題に出てきて、ハヤトはぴくりと眉間を震わせる。
 胸中に宿る遺恨を噛み締めながら、僅かに俯いていたが。

「で、勝てるの?」
「え……」
「貴方は勝てるの?ネイに」

 銀鈴が再び直球の質問を投げかけてきた。
 全く遠慮のない問いかけに、ハヤトは思わず呆気に取られる。
 しかし暫しの沈黙を経て、意を決するように言葉を紡いだ。

「……アイツは兄貴の仇だ。必ずその落とし前を付けると、そう誓っている。
 それが兄貴に対する俺なりのケジメ。その為に俺は、こうしてキングの下で草鞋を脱いでいる」

 ネイ・ローマンは、兄貴分であるカズマに“制裁”を加えた張本人だった。
 奴への落とし前を付けるために、ハヤトはキングの配下に甘んじているのだ。
 覚悟は出来ている。ローマンとは必ず決着を付けると誓っていた。

「ま、弱ェんだがな」
「あらまあ」
「しかも礼儀知らず」
「処さないの?」

 そんなハヤトの決意をよそに、怪物二人は至って気楽に語り合う。
 お互いに悠々と笑い合う二人を眺めて、ハヤトは何とも言えない心境になっていた。

「小間使いとしちゃあ上等だがね。ケンカの腕前はスプリング・ローズのが遥かにマシだ」
「躾をもっと厳しくしてあげたらどうかしら?痛みを伴えばハヤトの物覚えもよくなるかもしれないわ」
「今後改善の余地が見られなければ、それも検討中だ」

 まるで飼い犬の躾について話し合うかの如く、自分の命運がさらっと語られている。
 何とも言い難い居心地の悪さに表情を僅かに顰めていたハヤトだったが、銀鈴は気にせず視線を向ける。

「そう言えばハヤト。お若いけれど恋人はいるの?」
「いきなりぶっ込むな。ハヤトが困っちまうだろう」

 ――――本当にいきなりだな、オイ。
 ハヤトの心の声などいざ知らず、怪物二人は可笑しそうに遣り取りしてる。

「セレナ・ラグルスはどうなんだ?」
「まあ、まあ!お相手がいるのね?」

 キングが急にセレナの名前を出して、銀鈴が口元に手を当てて勝手に盛り上がっていた。
 やれやれ、とハヤトは迷惑そうに頭を掻いていた。

「あいつはそう言うんじゃない、家族だよ。
 なんていうか……妹って方がしっくり来る」

 キングの下に着いて以来、ハヤトはセレナとは一緒に暮らしている。
 尤もお互いに恋愛感情の類いはないし、あくまで家族としての関係だった。

「意外だったな。恋愛に興味があるとは」
「ふふ、私だって人間さんの交配には興味があるわ」

 ふうんと相槌を打つ銀鈴に対し、キングがそう言う。
 銀鈴はうっとりした様子で微笑みつつ、言葉を続ける。

「前にも適当な男女……20組ほどだったかしら。その子達を掻き集めて、皆に生殖行為をさせてみたことがあるの。
 人間さんの情愛、性愛は如何にして芽生えるのか――それを確かめる為にね」

 その瞬間、会食の場が凍りついた。
 さらりと語られた経験談。銀鈴は何気なく語っていたが、ハヤトは絶句していた。
 否、ハヤトだけではない。キングも思わず言葉を失っていた。

「……そうか……」

 そうしてキングは真顔で呟いた。
 明らかに引き気味だったが、ハヤトは敢えて突っ込まなかった。
 流石にこの時ばかりはキングへの共感を抱いていた。

 そんな気まずい沈黙に助け舟を出すように、個室へとウェイターの男性が入ってくる。
 完璧な礼儀作法で一礼して、彼は配膳台に乗せられた前菜をテーブルに置いていく。
 フォアグラのテリーヌである。上等な食器に乗せて、添えられたバケットと共に提供される。

「“もう一人の分”は暫く待ってくれ。後から来るんでな」

 そんなキングの呼びかけを聞いて、ウェイターは「畏まりました」とお辞儀する。
 ――配膳台には4人分の食事が乗せられていた。
 そのままウェイターはキング達に会釈をしつつ、個室を後にしていく。

 ハヤトは彼らの遣り取りをしばし眺めてから、ふとした疑問を投げかけた。

「そういや……」

 ハヤトの真正面の座席。
 未だ空席になっている“そこ”を見つめながら、彼は二人に問いかける。
 会食は四人。そう聞かされていたのだが、明らかに一人足りていない。
 一向に来る気配が無いので、流石にハヤトも不思議に思った。


「もう一人来るんだろ?誰なんだよ」
「ドン・エルグランド」
「ドン・エルグランド」


 キングと銀鈴の声が重なった。
 断言するように告げられた名を前にして、ハヤトは一気に真顔になる。

「あの野郎、堂々と遅刻しやがって。やっぱり海賊に常識を期待するモンじゃねえな」
「ふふ、いいじゃない。色々な人間さんが居るのは面白いわ」

 なんてこともなしに談笑するキングと銀鈴。
 当たり前のように遅刻した悪童についてあれやこれやと言いつつも、二人は何処か可笑しそうに語らっている。

 ハヤトはどうか。草臥れた様子で、げんなりとした表情を浮かべていた。
 ただでさえ手に負えない大物共を相手している時に、もう一体増えると言い渡されたのである。
 言うなればハヤトにとって、大怪獣三匹とテーブルを並べる羽目になったようなものだった。
 そんなハヤトの心労もいざ知らず、キングと銀鈴は悠々と語らっていた。

 ――――このジジイ覚えてろよ、と。
 ハヤトは心中で毒づきながら、グイッとグラスのシャンパンを飲み干す。
 そのまま酒ごとかっ食らうように、前菜を口に運んでいた。

「ハヤト=ミナセ」
「なんだよ」
「此処は上等な席だ。食事も作法を弁えろ」
「うるせえよ」
「あら無礼ね。処せば?」
「お前もうるせえよ!」


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最終更新:2026年03月29日 15:47