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第10回トーナメント:準決勝①




No.6552
【スタンド名】
エロティカル・クリティカル
【本体】
クリームヒルド・ブライトクロイツ

【能力】
自分が投擲した物を絶対に命中させる


No.6136
【スタンド名】
ディプレッション&ラジィ
【本体】
朝比奈 薫(アサヒナ カオル)

【能力】
怠惰・憂鬱状態にさせるガスを発生させる




エロティカル・クリティカル vs ディプレッション&ラジィ

【STAGE:美術館】◆aqlrDxpX0s





クリームヒルドが美術館の敷地内へ入る門の前に立つと、そこから美術館の建物へはずいぶんと距離があることがわかった。
ずっと上り坂を歩いてきて、門のところでやっと着いたと思っていたクリームヒルドは、ひとつため息をついて遠くに見える美術館の建物へ向かって再び歩き出した。

高原の中に建つ美術館は敷地内の庭も一面に芝生が広がっており、その中に一本だけ舗装された歩道が通じている。
クリームヒルドが歩くたびに揺れる長い髪は名の通りアーモンドクリームのような美しい色をしており、身に纏う真っ白なコートの裾が風で少しだけ翻る。

コートの裾からは鈍い光沢を放つ鉄製の武器がチラリと顔をのぞかせる。
クリームヒルドはコートの中に自らの得物である「クナイ」を忍ばせていた。


美術館の正面入り口が近づいてくると、そこに1人の男が立っているのが見えた。
真っ黒なスーツを着ているが、フォーマルな出立ちとはいえなかった。
ズボンは腰骨あたりまで下げてダボダボにし、ジャケットの下にはパーカーを着てフードをかぶっている。
あげくの果てにはフードの中にキャップまでかぶっていた。

そのわけのわからない装いの男はクリームヒルドに気がつくと、ニタニタしながら近寄ってきた。
歩きづらそうだなとクリームヒルドは思った。

「コンチャっす! おねーさん、クリームヒルド?」
「うん、そーだけど。あなたは何? 対戦相手? だったらあと3秒で決着つけたいところなんだけど」

クリームヒルドはそう言ってコートの中のクナイをすばやく手に取ると、ダボダボスーツの男は慌てて制した。

「まっ、まっ、ちょ待ーっ! 立会人! 立会人だって、この試合の!」
「はあ。立会人ですか、そーいう人たちもいるんですね」
「コ、コホン! じゃあ改めて……」

「オイラはこの試合の立会人! 上路遊助(ウエジ ユウスケ)、です!」

男は右手で敬礼のポーズを取って、左右に小刻みに揺れてそう言った。
可愛らしさアピールなのかもしれないが、お世辞にも20代にすら見えないその男の態度に、見てるこっちが恥ずかしくなるとクリームヒルドは思った。

「『ユウちゃん』って呼んでもらっても構わないよっ!」
「はあ。それでユウちゃん、あなたが立会人なら、私の対戦相手はどこにいるの? まだ着いてないのかな?」
「うん、対戦相手はもう着いてて中にいるんだけどさ」
「ええっ!? それじゃあ私、待ち伏せられることになるんじゃあ……ないの?」
「いややっ、それよりさ、クリームちゃんにお願いがあるんだけど」
「なによ、クリームちゃんって」

「お願いだから、降参してくれない?」

立会人は顔の前で手を合わせ、懇願した。
チャラけた態度だが、冗談を言っているわけではなかった。

「ヤバいんだって! 朝比奈ってヤツ、連続殺人鬼なんだ。マトモに戦って勝てる相手じゃないし、立ち会いしてるオイラまで死んじゃうかもしれないんだって!」
「対戦相手は、連続殺人鬼なの?」
「あう……思わず言っちゃった」
「あなた、出場者である私に降参することを要求するなんて、立会人としてどうなのよ」
「いや、そーなんだけど! 命が一番大事でしょ!? クリームちゃんのためにも言ってんのよーっ! ホントはオイラが立ち会うはずじゃなかったし……」
「ん?」
「あ……いやこっちの話。とにかく……オイラのためにも降参して、ねえっ!?」
「ムリ言わないでちょうだい、こんな面白い企画……ここで帰ったら、メインディッシュが来る前にスープ飲んだだけで会計するようなモンじゃないの」

クリームヒルドは困惑する立会人を尻目に美術館の扉に手をかけ、ゆっくりと押し開けて中へ入った。

「んー……じゃあオイラは外で待ってるからねぇー。クリームちゃんが無事に出てくるのを祈ってるよぉ……」

それだけ聞こえた後、美術館の扉は閉まった。


美術館のエントランスホールで最初にクリームヒルドを迎えたのは、大きな大理石の石像。
中央にそびえ立つ女性の体を模した石像の艶かしい美しさと、とても高い天井から下がっている豪華なシャンデリアの輝きを見ただけで、
この美術館がどれほどすばらしいものを収めているかを知ることができた。

1回戦で舞台となった美術館も隅々まで掃除が行き届き、意欲的な作品に満ちたすばらしいミュージアムであったが、
大きさは明らかにこちらの美術館のほうが大きかった。

クリームヒルドは目の前の女性の石像に鼻がつくほど顔を近づけた。
ここの展示品をすべて眺めていたらいったいどれくらいかかるんだろう……とクリームヒルドが観賞をはじめようとしたところで、彼女は本来の目的を思い出した。

(いけないいけない、また『悪癖』が出てしまうところだった)

外ならまだしも、ここでまた展示品に集中しはじめていたら敵に何をされるかわかったものじゃない。
もしかしたらわかる前に死んでしまうかもしれない。

(死んでしまう――かもしれない)

そういえば、そう立会人は言っていた。
ここへ入ってからまだ一度も姿を見ていない、『連続殺人鬼』……それが対戦相手だ。

「…………」

だが、単なる好奇心でこのトーナメントに臨んだことをいまさら後悔してもいられない。否、後悔などしていない。
とにかくは身をもって知ることだ。そのために私はここへ来たのだから。まだ、前菜しかいただいていない。
そうクリームヒルドは思って対戦相手を探しはじめた。


1階の広い展示スペースには企画の展示品が並んでいる。
同じ時代の作家が制作した絵画や彫刻品が展示されており、どれも目をひくものばかりだが、
それを眺める客はひとりもいない。

クリームヒルドは展示品に目移りしながらも、手にクナイを持ったまま周囲を警戒する。

(相手が先に入った割には、その痕跡がどこにもないなあ……私なら対戦相手がくるまで、そこかしこにトラップを仕掛けるけど)

ざっと1階のフロアを見渡したあと、中央階段から2階へ上がった。
2階は開放的だった1階とはずいぶん様子が変わり、質素な床板と壁紙の廊下に沿って、学校の教室ほどの大きさほどの部屋が並んでいた。
廊下と部屋の間の窓から中を覗くと、ここでもいくつかの展示品が並べられていた。
おそらくここは個展用の貸しスペースなのだろうとクリームヒルドは思った。
他の部屋の中にはいくつか空き部屋もあった。

こんな街から離れた高原の美術館に誰が個展など見に来てくれるのだろうかと考えながら廊下を歩いていくと、
クリームヒルドは廊下の奥の部屋の異変に気がついた。

窓から中の様子を見ても、何も見ることができない。
というのも、部屋中に真っ黒な煙が充満しており、締め切られた空間の中でもくもくと広がっている。

クリームヒルドは改めて周囲を見回すが、この部屋以外におかしな点は見られない。
背後にある部屋は空き部屋になっており、隠れられるスペースもない。
空き部屋の天井を見ると中央には煙探知機がついており、小さなランプが点灯している。

(この煙が充満している部屋にも同じ煙探知機がついているのなら、煙が部屋じゅうに広がる前に火災報知機が館内で鳴り響いているはずだよね……
 っつーことは、この煙はホンモノの煙ではない……スタンド能力と考えてもよさそうかな)

部屋の煙を見つめながらクリームヒルドは考え込んだ。

(スタンド能力だとしたら、この煙の中へ入ったり、吸い込んだりしてもいいことはなさそうだね)

どうするべきか?
クナイを投げて調べてみるか?
いや、目で見ている以上の情報は得られないだろう。
まだ見てもいない相手に能力を発動することなどできない。

そんなことを考えながらクナイを手でクルクル回していると……

「はあ……もう待つのめんどくせえ」
「ッ!?」

突然、クリームヒルドの「真上」から男の声が聞こえた。
クナイを振りかぶり声のするほうへ投げようとする前に、
天井裏から廊下へ上半身だけを逆さに出した学生服の男――朝比奈薫(アサヒナ カオル)は『ディプレッション&ラジィ』のガスをクリームヒルドに吹きつけた。


 ―――――――――――――――

 ――――――――――

 ―――――


連続殺人鬼という裏の顔を持つ男子高校生の朝比奈薫は決してトーナメントに出たかったわけではなかった。
彼は表面上はごく普通の学生生活を送っていたので、手紙が彼の住むアパートの部屋へ届くこと自体に何もおかしいことは無かった。
たとえそれが不気味な赤い封筒であっても。

しかし、玄関ポストの封筒を手に取り中を確認すると彼の表情は凍りついた。
そこにあった「スタンド」という文字。
彼がスタンドを使うのは、人知れず残虐な行為を行っているときだけだった。
「スタンド使い」としての朝比奈に手紙が届くということは、このトーナメント運営の団体は彼の本性を知っているということに他ならなかった。

もし自分がこの手紙を無視したらどうなるだろうか?
自分以外に自分の本性を知っている者が存在することに変わりはない。
少なくともこの手紙を開いた時点で自分にとっての平穏な日常は崩れてしまった。

朝比奈にとってこの招待状は脅迫状にしか見えなかった。
救いがあるとすれば、この手紙の最後の一行だけ。


〝このトーナメントで貴方が優勝した暁には――〟


 ―――――

 ――――――――――

 ―――――――――――――――


「がほっ! ごほっ!」

『ディプレッション&ラジィ』のガスを吸い込んだクリームヒルドは激しくむせこんでしまい、クナイを投げることができなかった。
その隙に朝比奈は天井裏から2階の廊下へ降りた。

「……部屋の煙はスタンドとは関係ない。ただの煙。煙探知機が作動しなかったのは、単に俺が壊しただけ」
「…………ごほっ、ごほっ!」
「ガス吹きつけずに殴っても良かったんすけどね……あんたがなんかの能力で避けても面倒だから、先に『吸って』もらった」

(っ! なんだか……急にけだるくなってっ……?)
「動きを封じるためにね…… 『ディプレッション&ラジィ』!」

真っ黒な甲冑騎士のような朝比奈のスタンドは拳をクリームヒルドめがけ振り下ろす。
クリームヒルドはそれを間一髪でかわし、朝比奈に背を向けて走り出した。

「あれ……ガスの量が少なかったかな」

朝比奈もすぐに走り出し、クリームヒルドのあとを追った。
朝比奈とクリームヒルドとでは当然朝比奈のほうが体力は優っている。
さらにクリームヒルドは腰ほどまであるコートを羽織っており、見るからに走りづらい格好をしている。
追いつくのは時間の問題である……そう朝比奈は思っていた。

「ええい……『エロティカル・クリティカル』!」

そう叫ぶと同時に、クリームヒルドは前を向いたまま1つのクナイを投げた。
それを見ていた朝比奈はその行動を不可解に思えたが、すぐに意味を理解した。
クナイは物理法則を無視し、きゅるんと向きを変えて朝比奈のほうへ向かっていった。

「な……防御しろ、ディプレッション&ラジィ!」

向かってくる2つのクナイを朝比奈のスタンドは両手で弾いた。
鉄製のクナイを弾いて朝比奈の手がビリビリと痺れる。

(この感触は……スタンドのそれじゃあない、ホンモノの鉄だ。とすると……ああ、考えるのメンドクサイ)

朝比奈はクリームヒルドのスタンド能力を朧げに把握しつつも、深く考えるのをやめた。
考えるのが、いやそれだけでなく何かとめんどくさい。
そんな感情は、クリームヒルドにも襲い掛かっていた。

(あー、なんだかさっきより体がだるい気が……やっぱガスのせい? あー走るのもうヤダけど……つかまったらそれで終わりな気もするし……
 なんでこんなめんどくさくなってきてるんだろう私)


クリームヒルドはクナイで牽制しつつ朝比奈から逃げ続けていた。
クナイを投げるたびコートは軽くなっているが、それよりもクナイを持つ手の感触がだんだんと重くなっている気さえしている。
投げ続けなければ追いつかれてしまうのはわかっているが、投げるたびにクナイを持つことすら億劫になってしまっていた。
そして、朝比奈との距離は確実に縮まってきている。そして、体のけだるさも脚まで襲いつつあった。

(ああーくそっ……もう仕方ない、集中せえー集中ッ!)

クリームヒルドはすうっと大きく息を吸う。

「あーっ……ガスによって身の倦怠感、憂鬱状態が引き起こされる外的要因として考えられるのは亜酸化窒素、セボフルランに代表される吸入麻酔薬、映画やマンガでよく見られるのはクロロホルムではあるが、本来では吸入した時点で眠りにつくわけではなく、眠りにつくまでには時間のかかるものであり、今身に起こっている事態もそれによるものと考えられ、吸入麻酔薬について笑気やエーテルは浸した綿花を患者の鼻や口においたり、大きな袋の中に入れて吸入させたりして使用されてきて今日なおその作用機序については不明な点があるものの吸入麻酔薬はスムーズな導入と速い覚醒を得ることができるようになっており、かのスタンド能力もそれに類似したものと仮定すればこのままでは知覚麻痺と意識消失に至ると予測され筋弛緩も引き起こしつつある現状を鑑みれば極めて回避できぬ自体であることは否定できず吸入麻酔薬分子が細胞脂質膜に溶け込むことにより疎水性膜の拡張がおこり麻酔が起き……」

「…………!?」

突然クリームヒルドは早口に一本調子で演説を始めた。
日々図書館で身につけた知識を、それっぽく説得力がありそうにただべらべらと繋げ、語り続けていた。
朝比奈から逃げながら、クナイをときどき投げながら。

クリームヒルドは自らの『悪癖』……「集中しだすと周りが見えなくなる」ことを逆に利用した。
『ディプレッション&ラジィ』の引き起こす怠惰状態に対抗するために。

当然、朝比奈にとってすれば意味不明な行動である。
しかし先ほど少し近づきはしたものの、クリームヒルドが論じ始めてからは距離をそれ以上詰めることができなかった。

「外的要因以外にこの精神状態に類似した症状といえば所謂鬱状態があり、現代の医学によれば精神療法に限らず投与薬によっても解消することが証明されている。ただし投与薬の副作用として倦怠感やだるさが引き起こされる場合があり、その原因としてはセロトニン、ノルアドレナリン、アセチルコリンの体内での分泌量に変化が生じホメオスタシスが崩れることにある。薬による副作用を薬で抑えるのは堂々巡りといえるため確実ではなく自己治癒力によって乗り切るほかは無い。この倦怠感、憂鬱状態が気づく限り私の敗北は濃厚になる故に早急に対策を練らねばならず、このような不測の事態に陥った場合の対処法を示す論文は存在せず、もっとも原始的な、それでいて確実な、言い換えれば強引な対処法をこの場で自身に施さねばならない……」

とはいえ、クリームヒルドは逃げ続けるだけでは勝ち目が無いのは明らかだった。
もちろんそれをクリームヒルド自身も理解している。
彼女は逃げながらある場所へ向かっていた。

「ここは……エントランスホールか」

クリームヒルドが向かっていたのは美術館のエントランスホールだった。
そこにはクリームヒルドが入ってきたときに見たものと同じ大きな大理石の女性の像と、豪華なシャンデリア、そして……受付のカウンター。
クリームヒルドはそのカウンターの中へ入り、身をかがめた。

「何のつもりですかね、そこに隠された逃げ道でもあるんすか」
「私が1階を物色しているとき、カウンターの中にある『モノ』があることを今思い出し……ええと、しゃべるのもめんどくさい」

クリームヒルドがカウンターの中から立ち上がると、手にはある『モノ』が握られていた。


「『救急箱』…………この中に、私が求めていたモノがあった。鎮痛剤という名の化学兵器……」
「…………はァ」

「『アン○ルツヨコヨコ』がね」

容器の注意書きには『1.次の部位は使用しないこと (1)目の周囲、粘膜など』と記されている。
クリームヒルドはその『アン○ルツヨコヨコ』をよく振って、フタを開けた。
ツンとした刺激臭が漂う。

「ただ黙って倦怠感が抜けるのを待っていたら負けてしまう……私が必要としていたのは気つけ薬だったのよ」

そういうとクリームヒルドはその『アン○ルツヨコヨコ』を鼻の下に塗った。


「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛」

エントランスホールに響き渡る断末魔の響き。
鼻から吸った刺激臭は脳を刺して耳から抜けていくように感じる。

「痛゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛」


朝比奈はただ立ち止まっていた。
クリームヒルドに逃げ道はないし、そんなもので自分の能力を打ち消されるとは思っていなかったからだ。
しかし、朝比奈にとって予想外のことが起こる。

「ン゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ッ゛…………」
「…………」
「はあ、スッキリしたわ」
「……マジかよ」

クリームヒルドはシャッキリと背筋をのばし、目をぱっちりと開けている。
果たして本当に薬品の痛みが効いたのか、はたまたプラシーボ効果だったのか、それとも単に能力の効果時間が切れただけなのかはわからない。
しかし確実にいえることは、『ディプレッション&ラジィ』のガスの効果はクリームヒルドに残っていないということである。

「まあ……いいや。フツーに叩きのめすことにします」
「フン、ずいぶん自分のスタンドに自信がおありのようでございますが、考えが甘いのではなくて?」
「…………何すか」
「あなたごときのスタンドで、私のスタンドに勝てると思ってるの?」
「まだアンタのスタンド見てないんすけどね」
「そんなに見たいの?」
「……別に。もう行きますよ?」

「フフ…………後ろよ、う・し・ろッ」

「!!」

朝比奈はぐるりと振り返り後ろを見る。
いつのまに回っていた相手のスタンドの攻撃に対処するために。
今まで姿を現さなかったのは、遠隔操作型だったからか。
しまった、もう少し考えながら追えばよかった。
そう朝比奈は思ったが、背後にスタンドらしき姿は無い。

「うわあ、ホントにひっかかりやがった」
「…………『ディプレッション&ラジィ』!!」
「なーんつってな、本当は上だよ上」
「聞くかッ、アイツをぶん殴」

そこまで言いかけた時、朝比奈の頭上から何か巨大なものがのしかかる。
朝比奈はその重さに耐えかねて、床の間に押し潰された。
白い床の上に倒れた朝比奈の周囲に、キラキラとしたものが降り落ちている。
それらの中に金色の鎖や装飾のガラスが飛び散っているのを見たが、そこで朝比奈の意識は途絶えてしまった。


「私のスタンドは遠隔操作型……接近戦なら勝ち目はない。ただしここなら……あなたに勝ちうる手段があった」

朝比奈の背中にのしかかっているのは、エントランスホールの高い天井から吊り下げられていたシャンデリアだった。
クリームヒルドはエントランスホールに入って、カウンターの中へ向かっているときから
彼女のスタンド『エロティカル・クリティカル』をシャンデリアの根元へ向かわせていた。

スタンドがシャンデリアの支えを壊すのに時間はかかったが、
朝比奈はうまくいきすぎなくらいに、シャンデリアの真下に位置どっていた。

「これで、私の勝ちということでいいんだろうか。あの立会人、外にいやがるからなあ」


そのとき、床とシャンデリアの間でうつ伏せで倒れている朝比奈のポケットから何かがコロコロと転がっていった。
クリームヒルドのいる位置からは反対側の、美術館の2階へ上がる階段のあるほうへと向かっていた。
クリームヒルドはそれに近づき、手にとって確かめた。


「これは…………ヨーヨー?」

そのときだった。
ヨーヨーを手にとって見ていたクリームヒルドの背後で大きな破壊音がした。
それはシャンデリアが朝比奈の上に落ちたときの音に似ていたが、それよりもさらに大きく激しい音だった。

何が起きたのか。またシャンデリアが落ちたのか。いや、エントランスホールに巨大なシャンデリアはひとつしかなかった。
だが、今聞こえた音は確かにシャンデリアのものだった。

クリームヒルドはちらりと後ろを見た。


するとそこには、ついさっきまでシャンデリアの下で寝ていたはずの朝比奈が立っていた。
朝比奈の後ろの正面入り口の扉にはシャンデリアが打ちつけられ、粉々になって破片が扉に刺さっている。

「うしゅるるるるるるルルルルるるるるルルルルるるるるルルルルるるるるルルルルるるるる」

目を見開かせ、言葉にならぬ声を出し続けている。
朝比奈の顔や服からは血のしたたりがポタポタと落ちている。

クリームヒルドは、美術館に入る前の立会人の言葉を思い出した。

(連続殺人鬼なんだ)

それを聞いて直に朝比奈を見たとき、クリームヒルドにはとてもそうは見えなかった。
だが、えてしてそうは見えないのが普通なのだろうと思っていた。

しかし、クリームヒルドは確信する。今の朝比奈が、連続殺人鬼としての顔なのだと。

「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛あああああああああああアアアーーーーーーー!!」


まるで産声をあげるかのように殺人鬼の朝比奈は吼えた。
そして視線をクリームヒルドへ向けた。

「ま、まずいって!!」

クリームヒルドは恐怖を感じ、踵を返して駆け出した。
美術館から出るというより、とにかく朝比奈から離れるために。

(まーそりゃ『何があっても不思議じゃない』とは聞いてたけどなっ、こんなスリリングさは求めてないんだってば!)

「ひゃあーーーーーーーァはははははハハハハはははぁハハハハ!!!」


さっきとは逆に、1階から2階へ、そして3階へと階段を登りながらクリームヒルドは逃げていった。
今度はクリームヒルドは『ディプレッション&ラジィ』のガスは吸ってはいないものの、狂人と化した朝比奈に追いつかれるのは時間の問題だった。

階段は3階で終わっていた。
クリームヒルドは朝比奈と対面する前に3階には上っていなかった。
したがって、3階がどのようになっているのかクリームヒルドにはわからなかった。

「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す
 殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す
 殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す
 殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す
 殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺ろろろろろろろろろろろろろろろろろろろすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすす」


とにかく、朝比奈から離れなくてはならない。捕まってしまったら、遠隔操作型の自分のスタンドでは確実に力負けしてしまうのだ。
クリームヒルドは廊下のガラス戸を開けた。

ガラス戸の外は屋上テラスだった。
高原の上に立つ美術館なので、フェンスの向こうには木か雲に覆われた真っ白な空しか見えない。
クリームヒルドが屋上テラスに出ると、続いて朝比奈も飛び出してくる。

屋上テラスには、今出てきたガラス戸以外に出入り口のようなものはなかった。


「くぅうううう~~~~~~~~ッッ!」

クリームヒルドがうなり声をあげる。
朝比奈もクリームヒルドに逃げ道がないことを理解するが、今度は余裕ぶって待つことをしない。
勢いを止めないままクリームヒルドに掴みかかろうとする。

クリームヒルドはフェンス際まで追い詰められた。
胸ほどの高さがあるフェンスの向こうは当然なにもない。
見下ろせば庭の芝生が広がっているだろう。


だがクリームヒルドは止まらなかった。
フェンスに飛び乗り、そのまま向こう側へ落下した。


「はああああああああああああああああ!!!!??」

朝比奈は当然、クリームヒルドがそこで止まるものと考えていた。
だが彼女は止まらずにフェンスから外へ落ちていった。
狂ってるとはいえ、さすがに自分も落ちていくようなマネはしない。
クリームヒルドの姿を確認しようと朝比奈はフェンスから上半身を乗り出して下を覗き込んだ。


クリームヒルドの姿はそこにあった。
それは真下に落ちている最中でも、あるいは地面の血だまりの上で横たわっているのでもなく、
ほんとうに『そこ』にいた。

「ヘーイ、グーテンターク」

クリームヒルドは下から上に浮き上がっていたのだ。
右手の『ヨーヨー』に引っ張りあげられて。

「なあッ!!?」

離れようとしたときにはすでに遅かった。
クリームヒルドのヨーヨーは糸が朝比奈の首にぐるぐると巻きつき、
クリームヒルドの体重が首にのしかかった。

「ぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐゥゥゥゥ…………!」
「『エロティカル・クリティカル』、能力は投げたものを『必ず』命中させること。
 それが対象とは逆方向に投げられたクナイであっても、それが落下中に屋上へいる対象へ投げられたヨーヨーであっても。
 私の『エロティカル・クリティカル』は否が応でも命中させる」

ヨーヨーの麻糸が朝比奈の首を締めつける。
力を込めて真っ赤になっていた朝比奈の顔面は、首が絞められていることにより徐々に青くなっていく。
一方のクリームヒルドも無事ではない。
ヨーヨーをつける指のわっかを広げ、手首に巻いたとしても手首がちぎれそうになるほど痛く、
また血が止められてどんどん痺れて感覚が無くなっていく。

(早く~~~~~~早く~~~~~~)

だが、どちらが辛いかは明白である。
朝比奈はついに耐え切れず、クリームヒルドの体重に引っ張られてフェンスの外側へずり落ちていった。

「!!」

それを見たクリームヒルドは密かにコートに忍ばせていた『かぎ縄』を出して屋上テラスのほうへ投げ込んだ。
かぎ縄はフェンスにひっかかり、クリームヒルドはかぎ縄にしがみついた。

朝比奈がフェンスから落ちてくる前にヨーヨーの輪っかを手から離して、フェンスから屋上テラスへよじ登った。
入れ替わりに朝比奈は屋上テラスから真下へ落ちていく。
どこまでも響く叫び声をあげながら。

「ウウウウウウアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァ!!!!」


 ―――――――――――――――

 ――――――――――

 ―――――


〝このトーナメントで貴方が優勝した暁には、貴方の願いをひとつ叶えて差し上げます〟

朝比奈の受け取った招待状の最後にはそう書かれていた。

トーナメント運営は、自分の本性を知った上で招待状を送り、なおかつ『願いを叶える』と手紙に書いたのだ。
朝比奈はそう思ったが、その真意まではわからなかった。
あるいは、ただの酔狂か。

どのみち、朝比奈にとって選択肢などなかった。
本当の自分の姿を知る存在をほうっておくことなどはできなかった。

かくして朝比奈はスタンド使いの集まるトーナメントに参加することを決意した。

手紙の最後の一行に望みを託して――


 ―――――

 ――――――――――

 ―――――――――――――――


「!」

美術館の庭の芝生の上で仰向けに倒れていた朝比奈は目を覚ました。
全身に激しい痛みを感じる。だが、立てないほどではなかった。
朝比奈はゆっくりと立ち上がり、『ディプレッション&ラジィ』のガスを吸って心を落ち着かせた。


「立つんかい……」

美術館の屋上から下を見下ろしていたクリームヒルドは呟いた。
3階とはいえ、1階のエントランスホールを含めた天井の高さを考えれば、屋上から地面まではビル5階分ほどの高さはあった。

(……ここで倒れるわけにはいかない、俺の望みを叶えるために)

朝比奈は全身の痛みに耐え、苦悶の表情を浮かべている。

(俺は……俺は、自分の狂気を捨て、普通の生活をしたい……!)

「俺は、勝たなくてはならないんだッ!!!」

朝比奈の持つ狂気は、敢えていうならば彼にとっての正気だった。
普段はそれを自身のスタンド能力で抑えているに過ぎない。
だが、『正気の沙汰』の一方で、自らの狂気に苛まれる想いもわずかに存在していた。
これまでの十数年間の狂気と殺戮に満ちた日々の中で、彼を癒すものは何一つ無かった。
癒えることなどありえないと思っていた。普通では不可能であると、彼自身は思っていた。

だが、そんな彼のもとに此度の招待状が届いた。
死人以外に知られるはずのなかった本当の朝比奈薫に向けた招待状が。
だからこそ朝比奈は希望を感じたのだ、招待状の最後の一行に。

蝕み蝕まれた自らの人生をやり直すために、彼は立ち上がった。

「『ディプレッション&ラジィ』ーーーッッ!!」


美術館の屋上のクリームヒルドは、朝比奈に戦う意思が残っているとわかると、
コートの中から手にもてるだけのクナイを取り出した。

「まだ、やるというのなら……テッテーテキにやってやろうじゃないの」

クリームヒルドは片手に4本ずつ、指の間にクナイを持って両手を振りかぶった。

「私の能力は『投げたものを必ず命中』させること……私の真下にいるあなたに、このクナイを投げ下ろしたら、どうなると思う?
 ……クナイは落下で速度を増して、そのままあなたに襲い掛かる!」

クリームヒルドは両手を同時に振り下ろし、8本のクナイを真下にいる朝比奈に向けて投げた。
通常なら、朝比奈に当たりそうなクナイは1本か2本だろう。
だが、8本のクナイはなだらかな弧をえがくように、すべて朝比奈へ猛スピードで向かっていた。

「殴り落とせェーーーーッ!」

『ディプレッション&ラジィ』は真上へ向けてラッシュを放った。
向かい来るクナイを防御するために。
いくら速く、いくら多いクナイでも、それに対抗しうるほどのパワーとスピードを自身のスタンドは持っていると朝比奈は確信していた。

一方のクリームヒルドも8本のクナイだけでは終わらない。
投げた後すぐさまコートに手を入れ、新たにクナイを取り出して再び投げ下ろし続けた。
狙いなど定めなくとも、投げたクナイはすべて朝比奈に向かっていた。

「せぇぇぇぇえええええりゃぁぁああああああーーーーーっ!!!!!!」
『LAAAAAAAAAASIEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEE!!!!!!!!』


(いったい……いくつのクナイを隠し持っているんだ? すでに100は超えているのに……)

(女は常に何かを隠しているというでしょう?)


だが、それでも無限ではなかった。
クリームヒルドがコートの内側に入れた手にクナイの感触が少なくなってくると
自然と手数は少なくなっていった。

ついにコートの中のクナイが数個になると、攻撃の手は完全に止まってしまった。

「ハァ……ハァ……」

だが、それでも朝比奈は立っていた。
息を切らし、手は血だらけアザだらけになっている。
しかし朝比奈は競り勝った。

「…………」

「……もう、終わりか?」

朝比奈は上を見上げてつぶやいた。
もちろん、屋上のクリームヒルドには聞こえないのだが。

「これで……カンバンだッ!」

クリームヒルドは最後に残った5個のクナイを思いっきり投げ下ろした。


「今更こんな残りカスが通用するかッ、『ディプレッション&ラジィ』!」

迫り来る5本のクナイ。
それを朝比奈の『ディプレッション&ラジィ』は次々と弾き飛ばしていった。
1本、2本、3本、4本……何の問題もなかった。
そして、最後の5本目……

「!!」

『ディプレッション&ラジィ』は5本目のクナイを弾き飛ばす。
それ自体に何の問題はなかった。

だが、弾き飛ばした5本のクナイ……そのあとにもうひとつ、クリームヒルドが投げていたものに朝比奈は気づいた。
それは空に広がる雲の色にまぎれた、真っ白な容器。
朝比奈は見えていた5本のクナイを弾き飛ばしたところで、完全に手を止めていた。
しかし、気づいたところでそれを弾き飛ばすのはもはや遅かった。

容器が朝比奈の顔に当たり、パシャンと中の液体が降りかかった。


「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛! ! ! ! ! !」

その液体は目に染みて激痛を走らせ、きつい臭いが鼻を通って脳を刺激した。
朝比奈は顔を手でおさえて悶絶する。
地面に落ちた容器には「アン○ルツヨコヨコ」と書かれていた。
注意書きには『1.次の部位は使用しないこと (1)目の周囲、粘膜など』と記されている。


「あなたが何を望んでこのトーナメントに参加したのかは知らない。
 けれど殺人者であるあなたが、他人の望みを断ってきたあなたが、いまさら何の望みをかなえられるというの?
 そんな都合のいいことが、あなたにあると思っているの?」

「ウ゛ウ゛ッ……ア゛ア゛ア゛……」

朝比奈はよろめきながら美術館の建物から離れようとする。

「今度こそ、きっちり決着つけるわよ」

そういうとクリームヒルドは自身のスタンド『エロティカル・クリティカル』に自分の体を抱えさせた。


「コレがホントの『落とし前』」

『エロティカル・クリティカル』はクリームヒルドをそのままフェンスの向こう側へ投げ落とした。
垂直に落ちていくクリームヒルド。
だが地面スレスレで、狩をするツバメのごとく地をすべるように水平に飛んでいき、朝比奈の後頭部へ膝蹴りを喰らわせた。

朝比奈はめまいと共に頭が真っ白になり、地面に突っ伏した。


「おおっ、クリームちゃん無事だったんだね!」

美術館の敷地へ入る門に立っていた立会人は、近づいてくるクリームヒルドに向けて手を振った。

「外にもいないと思ったら、こんなとこまで避難してたんだなアンタは」
「ヘヘッ、万が一クリームちゃんのクナイが飛んできたらあぶないからね!」
「へ? 何、観てたのあなた」
「オイラたち立会人はね、どこにいても戦いの内容はすべてお見通しなんだよっ!
 ちゃんと観てたよ! クリームちゃんが朝比奈を3回もノックダウンさせたとこ!」
「ふ~ん……まあちゃんとジャッジしてくれてんならそれでいいや。……私は帰るわよ」
「じゃあオイラは後処理があるから! じゃーねクリームちゃん!」

立会人は坂道をおりていくクリームヒルドに向けて両手を振った。

クリームヒルドは振り返らぬまま、空を見上げた。


「……雨が降ってきたわね」

★★★ 勝者 ★★★

No.6552
【スタンド名】
エロティカル・クリティカル
【本体】
クリームヒルド・ブライトクロイツ

【能力】
自分が投擲した物を絶対に命中させる








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最終更新:2022年04月17日 12:22