第10回トーナメント:決勝②




No.6552
【スタンド名】
エロティカル・クリティカル
【本体】
クリームヒルド・ブライトクロイツ

【能力】
自分が投擲した物を絶対に命中させる


No.3761
【スタンド名】
リトル・テンポ
【本体】
照屋 風夏(テルヤ フウカ)

【能力】
物体の魂「九十九神」を操る




エロティカル・クリティカル vs リトル・テンポ

【STAGE:廃工場】◆Zb4sdv40uw





__コンクリートの地面が濡れているかのように月の光を照り返す。
静まり返った廃工場を、スタンド使いの少女『照屋風夏』は足取り軽く歩いていた。
廃工場、とはいっても小さな町工場という規模のものではない。
工場は全部で大五棟まであり、敷地内には事務所、工員たちの宿舎に加えて素人の草野球程度ならばできるほどの大きさのグラウンドまで整備された大規模なものである。

「周りがこうも静かだと、何だか声を出しちゃいけないって気分になるよね、『リトル・テンポ』」

風夏は並んで歩く自身のスタンド、リトル・テンポに声をかける。
上半身が人、下半身が犬の姿をしたアンバランスなそのスタンドは
小さな四肢を器用に動かしながら答えた。

「そんなこと言ってる割には君は喋り通しというか、もっとこう緊張感を持って欲しいものだね
お相手さんがすぐ近くに潜んでいるかもしれないって言うのにさ」

決勝戦、立会人から送られてきたのは、決勝戦の舞台となるこの場所と、時刻だけ。
顔合わせも開始の合図もない状態であり、つまりは不意打ちにトラップ何でもありということだ。
それでも風夏たちが時間通りにやってきたのはその純朴さ故ということもあったが、彼女の持つスタンドの能力にも影響していた。
風夏の持つスタンド『リトル・テンポ』、その能力は『九十九神の使役』。
その能力の本質はただ物質を操ることではなく、物と意思疎通を図る能力であり、つまりは彼女が周囲に能力を薄く張り巡らしていれば物理的な罠であれば自らその存在を『教えて』くれる。
その罠からともすれば相手のスタンドの情報を探ることもできないかと……まあここまで深く考えたのは風夏ではなく、彼女のスタンドであるリトル・テンポだったのだが。

「でも、もしそんなことがあっても、リトル・テンポが守ってくれるでしょう?」

故に軽口のように口に出されたその言葉には、築いてきた信頼に裏打ちされた自信があった。
そんな言葉にリトル・テンポもまた、肩をすくめる。

「まあね、そこはお互い様だろ。僕たちは『一心同体』なんだから」

その純粋さ故に、やや行動が先走りしてしまいがちな『照屋風夏』と、その彼女を補うかのように冷静な判断を下す『リトル・テンポ』は、ある意味スタンドと本体との理想形だった。
と、彼女たちは向こうからやってくる人影に気付く。


「あれ、もしかして今回のお相手さんかな?」

「そうみたいだね、そうじゃなきゃ、彼女のあの異様な好奇に満ちた表情は説明できない」

風夏たちの姿を視界にとらえるやいなや、全力疾走ギリギリのスピードで早歩きをしてきた彼女、
クリームヒルド・ブライトクロイツは、風香たちが果たして攻撃していいものかと逡巡する間に
見る間に距離をつめてきて、開口一番こう言った。

「ねぇ、もしかしてだけどそのスタンド、喋れるの!?」

開口一番、そのあまりにも突拍子もない発言に、風香とリトル・テンポは自分たちが質問されていると気
付くまでにかなりの時間を要した。

「ええ、と。そうだね。お姉さんの質問の意図を汲み取るとするなら、そう、僕は自我を持ったスタンドだ」

風香より少しだけ早く正気に戻ったリトル・テンポが答える。
先刻まで保っていた警戒心と緊張感は、ここにきて一気に霧散してしまっていた。

(なんというか……敵というか、違った意味で『アブナイ』人なのかな…………)

そんな彼らの思惑は露知らず、突如現れた彼女は自分の思考に埋没していた。

「なるほどね、そういう発現の仕方もあるのか……てことは、あなたが本体さんだけど、手足を動かすようにとはいかないのかな……となると感覚のフィードバックは? 固有能力の発動権はどちらが握っていることになるんだろ……」

「あの、お姉さん…………」

「うーん、私自身、スタンドを出すこと自体が本体にとって疲労を蓄積する行為なんだけど、こうやって雑談をしているところを見ると常在型? ある程度の精神エネルギーは本体から引っ張っているとしても、燃費効率は圧倒的に上という可能性も……」

完全に自分の世界に没頭するクリームヒルドを前に、困ったように立ち尽くす風夏たち。

「ねえフゥ、多分だけど、このまま攻撃しちゃったら……」

「ダメだよ! いくらなんでもそんな勝ち方じゃ、
 今まで戦ってきた人たちに……その…………合わせる顔がないよ!」

「……確かに、こんな目の前にあるりんごをもぐような自然さであっさり勝っちゃったら、なんか今までの戦いまでバカにされた気分になるよね……ってことで、ねえ!! お姉さん!」

しばらくの作戦会議の後、酷く納得がいかないという理由で不意打ち(?)をしないことにした
風香たちは、完全に自分の世界に浸っているクリームヒルドの耳元で叫んだ。

「もしかしたら私のほうに問題があって、実は効率の悪いスタンドの発現方法を……何?」

「何じゃないよ! 私が容赦なかったらとっくに戦闘終了してたところだったんだからね!?」

「……アァッ!? そうね、そうよね。敵同士だもンね。ごめんなさい、私、つい集中しすぎちゃうタチなのよね……また悪い癖がでちゃった」

「お姉さん……よくここまで生き残れたね」

「私もそう思うわ……あ、ところで一つ質問なんだけど、あなたたちの感覚って共有されてるの? それとも各自で判断して行動を選択してる?」

「ええっと、それはね……」

無邪気に答えようとした風香を、リトル・テンポが手で制した。
そこには、先ほどのような気楽な雰囲気はなく、ただ目の前の相手に対する警戒心をみなぎらせて。

「…………あら、そこは教えてもらえないのね」

「そりゃ、これ以上あんたに情報を渡すわけにはいかないよ。
 だってあんたのその眼、『とっくに戦いのほうに集中してる』って眼だ。
 前言撤回。あんたはこの決勝の舞台にふさわしいみたいだね」

臨戦態勢に入った風夏とリトル・テンポを前に、彼女は困ったように笑う。

「あはは、ちょーっと買いかぶり過ぎかもよ…………それじゃ、改めてはじめまして。
クリームヒルド・ブライトクロイツ、ドイツ人です。
短く、クリームって読んでくれていいよ。
スタンド名は『エロティカル・クリティカル』。能力は投げたモノを必ず当てる。以上」

「うんっ! よろしくね! わたしは照屋風夏。お日様の照る屋根、に風そよぐ夏で照屋風夏! そしてこっちが……」

「相棒のリトル・テンポだ。悪いけど能力は明かさないよ?」

「ええ、もちろん。能力の件はさっきのお礼のつもり。
これでフェアとまでは言わないけど、ま、お互い気兼ねなくやろーよ」

「うん! よろしくねクリームさん!」

こうして決勝戦の幕開けは、これから戦う敵同士とは思えないフレンドリーなものとなった。


__にしても、まーた悪い癖が出ちゃったなぁ。
心の中で彼女、クリームヒルド・ブライトクロイツはひそかに嘆息した。
彼女のスタンド『エロティカル・クリティカル』は、遠距離操作系のスタンドであり、
顔を合わせて話ができるという間合いは大の苦手分野なのだ。

(少なくとも、風夏ちゃんのスタンドが近距離型じゃなくて不幸中の幸いってとこかな)

もし風夏のスタンドが近距離型のスタンドであれば殴り合い上等のこの間合いでは、
クリームのスタンド『エロティカル・クリティカル』はその能力を活かす間もなく再起不能に追いやられていただろう。

「そういえば、ルールを決めておかないとね」

だからクリームが発したこの言葉の裏には、会話を長引かせてできるだけ距離を取ろうという思惑があった。
だが、続く風夏の発言にまたもクリームは意識を奪われることとなった。

「あ、そうだね。思わず構えちゃったけど、そもそも勝敗を決めるのに戦う必要なんかないんだった」
「え、そうなの? このトーナメントっててっきり殺し合い上等の残虐ファイトだと思ってたんだけど。準決勝でも生粋の殺人鬼にぶち殺されそうになっちゃったし」
「うわぁ、クリームさんって意外と修羅場くぐってるんだ……」
「まぁお互いに了承し合ったルールに乗っ取って勝敗を決めるなら戦わなくてもいいんだよ。現に僕とフゥは第一回戦では『風船割り』のゲームで戦ったわけだし」
「『風船割り』!? なるほど意外と奥が深いんだなぁ……と、いけない」

思わず思考に没頭しそうになった頭を両頬を叩いてはっきりさせるクリーム。

(いけない、当初の目的を忘れてた……)

戦わなくてもいいという新たな情報を得たクリームだったが、自分の手の内を相手にさらしてしまった以上、これからお互いが納得するルールを決めるのは至難の技だろう。

(……まぁ、今更って感じもするし、最初のプラン通り、とりあえず距離を離させてもらお)

クリームは考えるふりをしながら風夏たちからゆっくりと距離を取っていく。

「でも、これじゃ完全に後出しじゃんけんの形だよね」
「え? どういうこと?」
「まぁ、そうだね。僕らはクリームさんの能力を知ってしまっているわけだし」
「そ、今更私が『的当て』で勝負しようっていっても納得してくれるわけないでしょ…………かといってあなた達の出した条件を鵜呑みにすればそれこそ絶対不利の戦いを強いられる可能性もある。だから、さ。ここはシンプルに行こうよ」

クリームは五メートルほど距離を取って、風夏たちに向き直る。

「どちらかが『降参する』か『再起不能』になるかしたら決着ってことにしようか」
「うん、わかった。……ダメ元で聞いてみるけど、クリームさん、降参する気はない?」

不安そうに尋ねてくる風夏。
だが、その不安は『勝てる見込みがないから』ではなくむしろ、
『どうしたら相手を傷つけずに勝てるか』といった類の不安だった。

(…………あら~、私の能力込みでこんなリアクションって)
(もしかしてこれ、俄然私が不利なのかな?)

苦笑交じりにそんなことを考えるクリーム。
だが、兎にも角にも長い長い前置きを経て、照屋風夏とクリームヒルド・ブライトクロイツが、
初めてお互いをスタンド使いとして、そして打ち倒すべき好敵手として向かい合った。


先手を取ったのはクリームである。
服の内側に隠し持ったクナイを、素早く風夏に投擲する。

(素直に食らってくれるとは思わないケド……どう出る?)

「リトル・テンポッ!」

彼女の叫びに呼応するかのように、彼女の前に現れたのは鉄でできた丸い盾のような物体。
表面にはリトル・テンポの能力によって顔のような文様が浮かんでいる。

「……マンホールっていうのはね、本来は『抑圧する』ための物だ。だからこそ本当は、溜まったストレスを解き放ちたいと願ってるんだよ!」

言うが早いか、クナイを防ぐために飛び出したマンホールがクリームに向けて放たれる。
が、クリームは持ち前の集中力を活かして横に転がって避ける。

(まずいな……あんなスピードで飛んでくる鉄の塊は流石に私の『エロティカル・クリティカル』じゃ防ぎきれない…………でも、それは相手も同じ!)

クリームは転がった不安定な体勢から、明後日の方向に向かって思い切りクナイを投げる。
そして、もう一方の手で今度はクナイを天めがけて投擲した。

(一度攻撃に使ってしまったマンホールは戻ってこない! さらに複数方向からのクナイの攻撃、流石に防ぎきれないとみた!)

「どんどん行くよっ、エロティカル・クリティカル!」

クリームはあえてがむしゃらな方向にクナイを投げ続ける。
本来なら相手に届く見込みのないその攻撃は、彼女の背後に発現した顔に大きな穴の開いた不気味な姿をした人型のスタンド『エロティカル・クリティカル』の能力によってすべてが必殺の一撃と化した。だが……。

「リトルッ」
「言われなくても!」

リトル・テンポの能力で近くにあったガードレールがめりめりと音を立てて地面から引きはがされる。
そして、とぐろを巻くような形で風夏を包み込み、全方向からのクナイを弾き返す。

「ガードレールはいつだってその身を挺して人間を守ろうとしてくれる。そして……走り出せッ!!」

リトル・テンポが目を向けた先にあったのは駐輪場。
長年風雨にさらされて錆び朽ち果てつつある放置自転車、『走る』という目的を喪失しつつあった彼らがリトル・テンポの号令で一斉に動き出し、クリームに牙をむく!

「うっわ、まずいまずいまずいまずい!」

波のように襲い掛かる放置自転車の群れを前に、クリームは服の中からフック付きロープを取り出して工場の煙突に向けて投擲し、そしてそのロープごと、工場の屋根に飛び乗った。

「すごいすごい! 飛んだ!」
「感心してる場合じゃないよフゥ」


下で待ち受ける凶暴な放置自転車の群れを眼下にクリームは嘆息しながら肩を回した。

(私の『エロティカル・クリティカル』のパワーはせいぜい見積もって人間程度だけど……)
(『目標に命中させる力』だったら人一人持ち上げるくらいの芸当はやれないことはないんだよね。ま、実際高速で動くものに捕まってるわけで、肩を痛めるからあんましやりたくないんだけど……)

暴走自転車たちは屋根の上まで追ってくる気配はなく、クリームは煙突にもたれかかって少しの間相手のスタンドの能力を探るべく頭をフル回転させる。

(うーん、さっきの戦いを見るに『物を操る』まで十中八九正答だと思うんだけど……それに加えて何らかの制限はまず掛かっていると見ていい。まず『自転車を宙に浮かべることは出来ない』。そして『飛んで来るクナイを咄嗟に操ること』も……マンホールをそのままこっちに飛ばしてきたところを見ると、『物をばらばらにすることも出来ない』し、さっきから彼女がわざわざ自分の近くの物を操って、こっちに飛ばすという攻撃方法で攻撃していることから裏を返せば『自分の近くのものしか動かせない』。うーんこれは言いすぎかな? そして重要なキーとして『操るものには生物に似たイメージが付加される』……うん、得られた情報はこのくらいかな。判断材料としては十分)

(………………あのスタンドにはまず『物の常識を超えた動き』は不可能。それに『能力の発動には若干のタイムラグが存在する』か『操る対象は目視でとらえる必要がある』これは多分両方かな。それと多分『能力射程はそれほど長くない』あるいは『近ければ近いほど能力が強く作用する』。ここまではまず決め打ちして構わないかな。とすると、あとは彼女がスタンドを動かすうえで持っている『イメージ』がなんなのか……)

ふと、彼女は集中の中で何かが倒れる音を聞いた。
その音をスイッチに、何とか彼女は没頭の中に飲み込まれそうになる自分の意識を取り戻した。

(危ない危ない、戦闘は継続中なんだ……とするとさっきの音は…………)

クリームが顔を上げると、視線の先10メートルほどにいる風夏と目があった。
思わずクリームは自分が屋根の上にいることを再確認してしまった。

「ちょっとびっくりしたけど、クリームさん。そう簡単には逃がさないよ」
「やれやれ、気付かれちゃったか。このままだったら楽だったのに」

そういって幼い笑みを浮かべている風夏と、不敵な笑みを浮かべるリトル・テンポは、
自身の能力で宙に浮かべたマンホールの上に乗って空を飛んでいた。
そして、その周りを衛星のように浮かんでいるのは、三枚のベニヤ板。

「普段、屋根に使われているベニヤ板はさ、誰よりも空に近い分、空に強い『羨望』を抱いている子も少しはいるみたいだね」

(…………アァ、そーいう使い方もありなわけね)

ため息を一つついて、クリームは風夏たちに背を向けて脱兎のごとく屋根の上を駆け出す。
フック付きロープを使ってワイヤーアクションよろしく屋根から屋根へ飛び移るクリームと、宙に浮かぶマンホールに乗り、攻防一体のベニヤ板でそれを追う風夏とリトル・テンポ。
今、屋根の上でアクション映画さながらの三次元的な追いかけっこが始まった。


____クリームは何とか距離を取ろうと逃走しながらもクナイを投擲しているのだが、無数のベニヤ板を自在に操る風夏たちにその刃は届かない。
だが、幸いにも風夏たちはこちらに攻撃することなく、むしろ防御に意識を割いてクリームの『弾切れ』を狙っているようだ。
それは一見正しい作戦のようにも見えるが、ことクリームという人間を相手にするときはそうではなかった。
それは彼女に逃走ではなく、『思索』に意識を割く時間を与えていることに他ならないからだ。

(……彼女のスタンド、リトル・テンポの能力がだんだん見えてきた。リトル・テンポがたびたび使う『物を擬人化したかのような表現』がその本質。彼女の能力は『物を擬人化して操る』ことに違いない。おそらく日本の民間信仰『付喪神』という概念を元にした能力だと考えると今までの現象にも説明がつく。そして、彼女が物に振り分けられる『意識』には限界があることも明らかだ。さっきの何かが倒れる音、あれは複数の自転車が倒れる音だった。つまり彼女は何台もの自転車を大雑把に動かすことも出来るし、ベニヤ板で向かってくるクナイを精密にはじき落とすこともできるけど『両方は出来ない』わけね……)

クリームは自分の服の内側に隠した『秘密兵器』に手を伸ばす。

(万一の為にと用意しておいて助かった……いや、ここはむしろ化学兵器の有用性に気づかせてくれた彼に感謝する場面なのかな…………)

そして、彼女は複数のクナイと共に、その秘密兵器を風夏に向かって投擲した。

____風夏はクリームに比べると戦闘に対する意識が薄かった。
それもそのはずである。一回戦、二回戦と命のやり取りをしてきたクリームとは対照的に、風夏とリトル・テンポの戦いは殺意や、悪意といった戦闘と不可分なものが欠けていたのだから。
だからこそ、風夏は現在の状況を鑑みて、自分を『追い詰める側』だと認識していた。
リトル・テンポは警戒心を怠らないようにと警告してくれるけど、今の自分の実力をもってすれば、逃走しながらクナイを投げ続けるクリームは恐れるに足らない相手だと。

(きっとクリームさんも、手持ちのクナイが尽きれば降参してくれるはず)
(そうなったら、スタンド使い同士、お友達になれるかもしれない)

生まれついてのスタンド使いであった風夏にとって、スタンド使いの認識というのはその程度だった。
だから、クリームのいう『秘密兵器』が飛んできても、なんの危機感も抱かなかったのだ。
確かにその秘密兵器は、一見なんの危険もないように見えた。
だが、クリームは知っている。時として何でもないようなものが、戦いにおいては必殺の一撃になりうるのだということを。
ちょうど風夏の目と鼻の先に置くように放られたその物体には、カタカナでこう書かれていた。
『アン○ルツヨコヨコ』。


「ふぇ?」

風夏はそれを、ベニヤ板で払い落とすこともできたはずだった。
だが、戦闘状態という緊張の中、突如目の前に現れた異分子としての日常は、彼女に一瞬判断を遅らせた。
そして、彼女ではなく『アン○ルツヨコヨコ』を狙って放たれたクナイがその容器を真っ二つに切断し、中身が風夏の顔にぶちまけられた。

「ッッッッキャアアアアアアァァァァァ!!!!」
「ワアアアアアアァァァァァァ!!!」

風夏とリトル・テンポの絶叫がこだまする。
いくら自律型であるといっても、その感覚は共有している。
目と鼻の粘膜を焼く激痛に耐えられず、風夏とリトル・テンポはマンホールのコントロールを失い、地面に叩き付けられそうになる。
だが、風夏のスタンド使いとしての本能だろうか、とっさにベニヤ板をクッションとしたことで致命傷は避けられた。
しかし、それで危機が去ったわけでもない。
屋根の上からクリームが叫ぶ。

「物を操っているのが本体である以上、その集中力さえ削げば能力を使うことは出来なくなるよね。今のあなたには私の必中のクナイを避けることは出来ない。つーことで、降参してくれるとありがたいんだけど、どうかな」

視界と嗅覚を奪われ、激痛によって思考がまとまらない彼女の耳に届いたその言葉によって彼女が理解したのは、自分が敗北するかもしれないという事実だった。

(………………助ける?)

ふと、彼女は自分の意識に話しかける声を聴いた。
それは彼女のスタンド、リトル・テンポの声ではなかったが、どこか懐かしい声色。
小さな小さな、普段では聞き逃してしまいそうになるほど細い声だったが、五感のうち二つが奪われた今、極端に鋭敏になった彼女の感覚は確かにその声を捉えた。
それは、今までは操るだけだった『付喪神』達の声。

(……助けて、君たちの力が必要なんだ)
(わかった。君を助ける)

その言葉とほぼ同時に、風夏たちが落ちたすぐそばに据え付けられた消火器が、その中身をまき散らす。
それは白い煙幕となって、風夏たちの姿をクリームの視界から隠した。

「煙幕!? まさかこの段になってもスタンドの能力が発動している!?」

クリームが驚愕の表情を浮かべる。
『アン○ルツヨコヨコ』の威力を間接的とはいえ体感したクリームにとって、この状況は完全に予想外だった。
しかし、予想外であったのはなにもクリームだけではない。
今までの物に対しての能動的な操作ではなく、双方向的な意思疎通からなる受動的なものに対してのアプローチは、いままでのリトル・テンポには不可能だったのだから。
この絶体絶命の局面で、リトル・テンポはさらなる成長を遂げた。
……そしてクリームにとってさらにまずかったのは。
風夏とリトル・テンポの闘争本能を呼び起こしたことだった。

「いける? フゥ」
「大丈夫、まだ目は見えないけれど。どこに何があるのかは『九十九神』達が教えてくれる。こうなったらもう妥協はしない。リトル。奥の手を使うよ」
「やろう、フゥ。この煙幕は、僕らの反撃の狼煙だ」

リトル・テンポは九字を唱え、印を結ぶ。

『 「臨」 「兵」 「闘」 「者」 「皆」 「陣」 「烈」 「在」 「前」 』

突如として、周りの光が強引にはぎ取られたかのように周囲が暗転する。
翁のような唸り声が地の底から、壁から、四方から響く。
物の形に抑圧された九十九神たちの産声。
生身を持った生物への歪んだ嫉妬と怨嗟の声だ。
そして、『九十九神』を失った物質たちはその形を保つことができずに崩壊していく。
クリームが立っていた工場が、自らの重みに耐えかねて崩れ落ちていた。


_____クリームは最初何が起きたかわからなかった。
風夏とリトル・テンポを何とか追いつめたまではいい。
風夏が消火器を使った煙幕で、絶対命中のクナイに対抗するまでは驚きこそすれ冷静さを保っていられた。
だが、次の瞬間。
急に世界が暗くなったかと思うと、地の底からおぞましい唸り声が響き、今まで立っていた屋根が建物ごと崩落し始めたのだ。
がれきの中から何とか身を起こしたクリームが目にしたのは、名状しがたい姿の魑魅魍魎と、それを従える風夏の姿だった。

「降参してください、クリームさん。九十九神を物質の檻から解き放った今、私は彼らを制御しきれる自信がないんです」

しかし、クリームは風夏の言葉には答えず、手に持ったがれきを風夏めがけて投げつけた。
だが、なんの造作もなくそのがれきはマンホールの盾によってはじかれる。

「…………仕方ない」

その言葉とともに、今まで動きを止めていた九十九神達が一気に襲い掛かる。
首から上が一面眼球で覆われた巨人の一撃を、クリームはとっさにがれきの陰に隠れてかわそうとする。
が、しかし巨人の一撃はがれきに一切触れることなく透過し、クリームを襲う。
その一撃をなんとか体をひねって躱そうとしたクリームだったが、わずかに間に合わず、その拳はクリームの右頬を掠めた。
傷を確認しようとクリームが右手を伸ばすと、顔の側面でかさぶたが剥がれ落ちるような感覚。
クリームの右手に鋭い痛みが走り、その手のひらから血が滴り落ちる。
その右手に握られていたのは、ガラスのように鋭利に割れた、彼女自身の耳だった。

「あっははは……どうやらマジでやばいかも…………」

あまりの出来事に、クリームの口からは乾いた笑いしか出てこない。
だが、諦めるという選択肢は自然と彼女の脳裏には浮かばなかった。
即座に体勢を立て直し、襲い掛かる九十九神の位置関係から最適の逃走ルートを見つけ出す。

「エロティカル・クリティカル!」

手近な煙突めがけてクリームは再びフック付きロープを投げた。
幸か不幸か、クリームの思考はこの状況に陥ってなお自らの意思とは関係なく打開策を探る。

(…………物質の檻から解き放つ、ね。おそらく半強制的に物質から『九十九神』を引きずり出したのかな。大きさこそでかいけど、動きをみるにそれほど俊敏には動けない。ただ問題は彼らの体が物質を透過して、攻撃目標だけに作用するってことかな。さっきからずっと顔の右半分の感覚がないから掠っただけでアウトってわけね…………でもまだ弱点はある。基本的に物を透過する九十九神は攻撃には適しているけど防御には向かない。それに、彼女の視界もまだ完全に回復しきってはいないだろう。つまり私の勝利条件は『何とか彼女の視界から隠れて』『死角から気づかれることなく彼女を再起不能にする』こと……)

彼女の思考の中には、すでに戦い以外の事柄はすべて消え去っていた。
彼女の戦士としての最大の強みは、スタンド能力などではなく、この暗い水の中に潜っていくような盲目的な集中力である。
だが、当然。時としてそれは最大の弱点ともなりうる。
彼女が自らの思索の海に潜っている間に、彼女を追い詰める『詰みの一手』は着実に進行していた。
そして、その時がやってくる。


_____横薙ぎの一閃。
体中に蓮の花を咲かせたカエルのような姿の九十九神の舌が鞭のようにしなり足元に迫るのをクリームは見た。彼女は手に持ったフック付きロープを構え、手近に投げれる建物を探す…………だが、

(…………あ、どこにも)

クリームは気付けなかった。
本能のまま追いかけていたはずの九十九神達がいつしか連携を取り始め、彼女をある場所へと追い立てていたことに。
クリームのまわりを取り囲むのは一面の砂、砂、砂。
クリームの足を九十九神の舌が撫でる。
たったそれだけのことで彼女の足は感覚を喪失し、彼女はグラウンドに倒れこんだ。
ゆっくりと、風夏とリトル・テンポがクリームへと迫る。

「……確かに、九十九神の鈍重な動きではクリームさんの三次元的な動きを捉えることは出来なかった。だけど、あなたの周りから建物を奪ってしまえば、あとは圧倒的な体積であなたを追い詰めるだけでよかったんです。それに気づいたら簡単でした。このグラウンドの場所は、九十九神達が教えてくれましたから」
「なるほど、ね。まんまと罠にかかったってわけか」

いつしかグラウンドの周りは無数の有象無象に取り囲まれていた。

「降参したほうがいーよ、お姉さん。じゃないと僕らは、物言わない人形の前で勝ち名乗りをあげなくちゃいけない」
「確かに、これは完全に八方ふさがりって感じカモ……」

クリームは思わず天を仰いだ。

(あ、満月…………)

彼女は全く動かない足と、ようやく痛み出した右頬を抱えて初めて疑問に思った。

(そーいえば、私。なんでこんなトーナメントに参加しようと思ったんだっけ)

彼女は過去を振り返る。けれど彼女の後ろに広がるのは、記憶ではなく、際限ない知識欲と目的の見えない没頭によって得られた雑多な記録。
彼女がこれほどの集中力と記憶力を持ちながら、何物でもない理由はひとえにそこにあった。
彼女には目的がないのだ。彼女の貪欲ともいえる姿勢は目標のない没頭であり、集中のための集中であり、そして、正体の見えない知識欲。いや、それはもはや欲望という生半可なものではなく、ある種の飢餓だった。
だからこそ、不可思議な招待状とトーナメントもその延長戦だと考えていた。
自らの中に巣くう飢餓が一瞬でも満たせれば、それでもう満足だと。
けれど……

「あー、悔しいなあ…………なんでだろ」

そんな言葉が、思わず口をついて出てしまった。
それを風夏は自分への質問だと思い、律儀に答えを返す。

「そりゃ、誰だって負ければ悔しいじゃん。あたりまえだよ」
「ま、確かにそうなんだけどねー……ねえ、あなたはどうしてこのトーナメントに参加しようと思ったの?」
「私? そうだね、もちろん優勝したいって気持ちもあったけど、一番はやっぱり……」

風夏は晴れやかに笑って答える。


「他のスタンド使いの人に会ってみたかったから、かな。私以外に周りには誰も、リトルのことが見える人がいなかったから」
「…………あー、確かにね。ッフフ」

その答えに思わずクリームは笑みをこらえられなかった。
その答えがあまりに突拍子もなかったからではない。
その答えが、自分が求めてやまなかった答えとあまりにぴったりだったからだ。

(……そうそう、私、この招待状をもらった時思ったんだ。『一人じゃない』って)

クリームの隣にはいつでも『エロティカル・クリティカル』がいた。
しかし、顔のないその相棒に気づく人は周りにだれもいなかった。
だから、いつしか彼女もその存在を忘れてしまっていたのだ。
空気のように、ただそこに有るものとして。
もしかしたら、と彼女は思う。
クリームの飽くなき知識欲も、もしかしたらある種の代替行為だったのかもしれない。
彼女はわからなかったのだ。存在さえ不確かなその奇妙な隣人のことをどうやって知ればいいか。
そして彼女はその存在の証明を外部に求めた。
不確かな知識をただひたすらに追っていたら、いつしかそれに届く気がして。

(それも完全に空振りに終わっちゃったわけだけど、ね)

そして、クリームはこの小さな対戦者に気付かされたのだった。
求めていたのはひどく簡単なことだった。
ただ彼女は、自分の半身である『エロティカル・クリティカル』を、認めてくれる何かを求めていたのだと。
もっとも、それは風夏のような純粋な気持ではなく、あるいは……

「……月がきれいだね」

誰にともなくそうつぶやくと、クリームは物言わぬ自身のスタンドを発現させる。

「フゥ、彼女、まだ何かやるつもりだ! 先に仕掛けるよ!」
「わかった、行くよリトル!」

控えていた九十九神達が四方から一斉に横たわったクリームへと襲い掛かる。
風夏とリトル・テンポにはもはや、彼女にはどこにも逃げ道はないように思えた。

確かに、クリームには逃げ切れる保証はなかった。
けれど初めて彼女は、自身のスタンドを信じて、その能力にかけてみようと思ったのだ

(悪いね。エロティカル・クリティカル。でも私にもようやく、確かに目指すものが見つかったんだ)
(だから、少しだけ無茶を言うよ)

「エロティカル・クリティカルッ! 私を月までブン投げろぉ!!」

クリームのスタンドには、そもそも人間並みの力しかない。
けれど、確信をもって放たれたエロティカル・クリティカルの投擲は、
彼女の体を、ものすごい勢いで夜の空へと打ち上げた。


____もちろん、スタンドの能力には射程限界がある。
彼女の体が月まで届くことなどあるはずもなく。
五十メートルほどの上空で、クリームの体はゆっくりと静止した。

(ここを落ちるまでに勝負が決さなかったら、もう私は二度と立ち上がれないだろう……)

この高さにまで登ってくることで、彼女はその精神力のほとんどを使い果たしていた。
故に、チャンスはこの一回のみ。

「エロティカル・クリティカル!」

そういうと彼女はスタンドを発現させる。
これで投擲に使える手は一気に二倍の四本になったわけだ。

「さぁて私の必殺の一撃をかわせるかな!?」

上空50メートルからがむしゃらに投げ下されたクナイは、重力の力も借りてそれぞれが必殺の一撃となり、風夏に襲い掛かる。

「せぇぇぇぇえええええりゃぁぁああああああーーーーーっ!!!!!!」
『LAAAAAAAAAASIEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEE!!!!!!!!』

そして、クナイを全部投げ終わったのち、クリームはその『必殺の一撃』を投げつける。

「これで……カンバンだッ!」


____上空はるか高くに飛び上がったクリームを見上げながら、風夏はしかし冷静だった。

(物の言葉が聞こえるようになった今、クリームさんが投げるクナイの軌道は手に取るようにわかる!)

クリームは一つ決定的な勘違いをしていたのだ。
それは、風夏に『視力が戻っている』ということ。
彼女の視力は戻ってなどいない。
彼女の新たに手に入れた『物の言葉を聞く』能力によってまるでレーダーのように周りの状態を把握しているだけである。
しかし、それは向かってくるクナイを認識する能力ははるかに視力のそれを凌駕する。

「リトル、全部叩き落とすよ!」
「わかってる、来るよ!」

彼女の近くにあるものはマンホールの蓋と、二枚のベニヤ板のみ。
追い詰めるためのグラウンドが逆に彼女の能力を制限する結果となったのだ。
だが、しかしその限られた盾で彼女ははるか上空からおそい来るクナイの群れを弾き飛ばし続けていた。
『物の言葉を聞く』レーダーと、『物を操る』ことによる盾。
戦いの中で彼女は無意識にそれを使いこなし、鉄壁の要塞として完成させた。

そして、すべてのクナイを叩き落とし、落下してくるクリームを待つだけと思った矢先。
風夏の背中に鋭い痛みが走り、彼女の意識を暗転させた。


____立会人、沫坂蓮介には彼なりの立会人としての哲学がある。
『立会人はルールを押し付けるほど厚かましくもなく。
当事者たちに戦いを任せて放っておくほど無責任でもない存在である』
だからこそ、彼は対戦者二人の視界に入らないようにしてその戦いの一部始終を把握していた。
彼がこの対戦の立会人を申し出たのには理由がある。
それは、準決勝でクリームヒルド・ブライトクロイツと戦った殺人鬼、朝比奈薫の存在が原因だ。
本来であれば、トーナメントで敗北した参加者はそれ以上このトーナメントに干渉することは許されていない。
だが、彼の持つ『殺人鬼』というアイデンティティはそのルールに抵触する恐れがあった。
つまりは、トーナメント参加者としての朝比奈薫は終わっていても、
殺人鬼としての朝比奈薫は終わっていないということだ。
そして、彼の標的となる可能性が最も高いのが、準決勝で朝比奈をくだした『クリームヒルド・ブライトクロイツ』である。
だからこそ、彼はこの戦いをつつがなく終結させるために立会人を申し出た。
そして、その戦いは風夏の背中にクリームが致命傷を与えた時点で終結したと判断した。
故に、彼は今必死に走っている。
上空50メートルから自由落下しているクリームの命を救うために。

(くそっ、二人に感づかれないようにと思い隠れていたが、位置取りがまずかったか)

クリームの体は刻一刻と地面に近づきつつある。
どれだけ速く走っても、沫坂は落下地点に間に合わないだろう。
……だが、それは。
沫坂がスタンド能力を持っていなかったらの話である。

「コズミック・ケイオス! 彼女と俺の間に巨大な渦を発生させろ!」

彼の隣にスタンドが現れ、その腕を大きく振りかぶる。
コズミック・ケイオス。その能力は触れた個所に渦を作ること。
地面に向かって垂直に落下するクリームの体は、彼のスタンドが作り出した渦に巻き込まれ、地面の手前で大きく曲がりその勢いのままに沫坂に向かう。

(さて、なんとか間に合ったはいいが……)
(問題はあの勢いで飛んで来る人間を俺が無傷で受け止められるかって話だ)

重力の力を借りて、ものすごい勢いで飛んで来る彼女の体を確認して、沫坂は噛みしめるように覚悟した。

(…………OK、無理だ)

沫坂はものすごいスピードで飛んで来る彼女を何とか受け止めると、膝から地面に崩れ落ちた。
そして、せめて立会人の矜持だろうか、掠れた声で胸に抱えたクリームに告げる。

「…………勝者…………エロティカル・クリティカル……」


____駆け付けた救急班によって担架に乗せられた風夏を心配そうに見つめながら、クリームは沫坂に尋ねた。

「あの、結構遠慮なくやっちゃったんだけど、風夏ちゃん助かるかな?」
「心配しなくていい、うちの救護班は冗談みたいに優秀だ。そういえば、君は傷は大丈夫なのか? 見たところ大きな怪我はなさそうだが」
「私? あなたに受け止めてもらったから、幸い無傷で済んだけど…………そうだ、そういや耳返してもらうの忘れてたわ」

そういうと、クリームは髪を掻き上げて耳の無い顔の側面を沫坂に見せる。
最後の最後、風夏の体を貫いたクリームの『必殺の一撃』、それはリトル・テンポの能力でガラスに帰られた彼女自身の耳だった。
クリームの思惑としては、飛来するクナイとは異なり透明な耳は風夏には捉えられないだろう、程度の物だったが、視界を奪われ『物の声』を頼りに攻撃を感知していた風夏にとって肉体の一部であった『クリームの耳』はまさに不可視の一撃となったのだった。
この勝負の命運を分けたのは急速に成長する能力に振り回される結果になった風夏と、その能力を十全に活かしたクリームとのこのわずかな差と言えるかもしれない。

「安心しろ、今じゃ義手義足なんてものに加えて義耳なんてものもあるそうだから、はたから見る分には支障はきたさないだろう」
「あー、確かに片耳じゃあ隻眼みたいにカッコつかないもんねぇ」
「まぁ、な」

そういうと、沫坂は自身の失った眼を包帯の上から撫でた。

「それはそうと、晴れて君が今大会の優勝者となったわけだが、何か欲しいものはないか? 正直な話、うちの組織はどんな突拍子もない要求にもある程度応えられるだけの規模はあるつもりだが」
「あ、それならもう考えてあるんだ」

沫坂も、立会人としての経験は人並み以上にある。
いままで優勝者の突拍子もない要求と、その要求をなんの造作もなく叶える組織を見てきた。
だから、目の前の彼女、クリームヒルド・ブライトクロイツがどのような要求をしようとまったく驚かないだけの自信はあった。
けれど、何の気なしに放たれた彼女の言葉に、彼は思わず耳を疑った。

「私を立会人にしてください」


____沫坂の驚いた顔を眺めながら、クリームは不安にさいなまれていた。

(あー、やっぱり完全スカウト制とか、一見さんお断りとか、そういう類の組織なのかな)

やがて、我に返った沫坂は重たい口を開いた。

「…………悪いが、お勧めはしない。立会人っていうのは厳しい世界だ。生半可で勤まる稼業じゃない。円滑な大会運営のために命を張ることもあるし……その過程で、自分の大切な人間を手にかけることだって…………」

唇をかみしめ、脳裏にフラッシュバックする光景に耐えるように、彼はうつむいて黙り込んだ。
けれど、クリームはそんな沫坂の思惑の斜め上をいった。

「やったぁ! 『お勧めはしない』ってことは、私にもチャンスがあるってことだね!」

そんな浮かれ調子のクリームに、今度こそ沫坂は完全に毒気を抜かれてしまった。
けれど、嬉しそうに飛び跳ねるクリームを前に、せいぜい皮肉を言うことくらいしかできなかった。

「…………忠告した、つもりだったんだがな」
「あっ、ごめんなさい。立会人さんのいうこともわかるよ。わかるけど、さ。私、ようやく自分が何がしたいかがわかった気がするの。よく言うでしょ、『スタンド使いは惹かれあう』って。それに知ってるでしょ、私、『狙った的は外さない』んだよ」

その言葉に沫坂は呆れたように肩をすくめて、諦めたように苦笑する。
そして、心の隅でこっそりと。
この能天気な彼女の行く末が、自分のように闇に飲まれることがないようにと祈ることにしたのだった。

★★★ 勝者 ★★★

No.6552
【スタンド名】
エロティカル・クリティカル
【本体】
クリームヒルド・ブライトクロイツ

【能力】
自分が投擲した物を絶対に命中させる








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最終更新:2022年04月17日 12:30