第11回トーナメント:予選①




No.5377
【スタンド名】
コールド・チューブ
【本体】
藍澤 蒼真(アイザワ ソウマ)

【能力】
超低温の体そのもの


No.6741
【スタンド名】
オネスト・ウィズ・ミー
【本体】
秘森 セレナ(ヒモリ セレナ)

【能力】
本体の予言が当たるたびに強くなる




コールド・チューブ vs オネスト・ウィズ・ミー

【STAGE:ファミリーレストラン】◆Zb4sdv40uw





____ここのアイスクリームは美味しいですね。どうですか? おごりますよ?
あ、二つも。いえいえ、構いませんとも。 
申し遅れました。私が今日の対戦の立会人です。まだまだ新米ですけどね。
実は、これが立会人の初仕事なんです!
ちょっと緊張もしてますけど、まあ裏方仕事なんでそんな大したことはしないんですけどね。
監督と報告、実際立会人の仕事なんてそんなもんです。
えー、コホン。それでは。
さて、今回お二人に対戦していただくのはこの営業中のファミリーレストランになるわけです。
まあ、お二人といっても、もう一人の方はまだ見えていないんですけどね。
そんな目でにらまないで下さいよ。対戦場所を決定したのは私じゃないんです。
……そうですね。ハイ。その点は大丈夫です。
ここでどんな流血沙汰、天変地異が起ころうとも『運営』がきれいさっぱりもみ消してくれます。
…………でもまあ、そうですね。そうですよね。
確かに一般の方がいる場所でスタンド使い同士が決闘なんてそんなに推奨されることでもありませんね。
え? なんですかその紙。ずいぶん用意がいいんですね。
ああ、確かに、弱いスタンド使いに臆病さは必須スキルですが……。
どれ、拝見します。
……………………………………ふむ。
なるほど、こういうことでしたら私としても歓迎です。
血は流れないし、一般の人にはわからない。
なによりスマート、いいですね。
それではこれを私が…………え?
まあ、別に何でもいいですけれど…………


「おいおいマジかよ……」
コンビニ店内、氷菓子が乱雑に並べられた業務用冷蔵庫の前で天を仰ぐ青年がいた。
派手なトレーナーに下はジーンズと若者らしい格好だが、その服装にはあまりにも不釣り合いな巨大なアタッシュケースを下げた奇妙な青年である。
彼の口元には愉悦の表情、体は興奮で細かく震えている。
「俺のフェイバリットアイス、ハーゲンダッツの季節限定商品が出るっていうのは知ってた。そのためにわざわざ俺はコンビニに立ち寄ったんだ。だがよぉ~、こんな『奇跡』が起こるもんなんだなぁ、オイ。知らなかったぜ…………まさかハーゲンダッツに、『地域限定』商品があるなんてことはよぉ!」
当然、その歓喜の声は他の客にも届いている。
他の客は怪訝な表情で蒼真を見つめ、店員に助けを求めるまなざしを向ける。
それを受け、店員も渋々ながらこの大騒ぎをしている奇妙な客に恐る恐る声をかけた。
「…………あ、あの」
「お、店員さんか、すまねぇな騒がしくて。常日頃俺も冷蔵庫のようにクールであろうとしているんだが、ことアイスクリームに関しちゃあダメだ。悪い、すぐ出ていくよ」
店員は存外目の前の男が話が通じるようで、内心胸をなでおろした。
(なんだ、一見おかしな男に見えるが、案外好青年じゃないか)
だが、彼は手に持った巨大なアタッシュケースを開く。
その中身から、店員は自らの予想が全くの的外れだということを思い知った。
アタッシュケースだと思われた巨大なカバンの中にはアイスクリームの山。
「それじゃあ、店員さん。この棚のハーゲンダッツ、全部もらおうか!」
常に巨大なクーラーボックスを携帯しているこの青年、藍澤蒼真は紛れもない『おかしな』男である。


「ううむ、やっぱり間違ってねぇよなぁ……」
しばし後、蒼真はファミリーレストランの看板を見上げていた。なんの変哲もない看板である。
しかし、ただのファミリーレストランであるからこそ、蒼真の胸には違和感が湧き上がる。
「おい、いつまで突っ立ってるつもりだ」
「あ、ああ、すまない……」
「ちっ、ボケッとしてんじゃねーよ」
悪態をつきながら、ごく自然にファミリーレストランの店内に入っていく男の背中を眺めながら、蒼真はひとりごちる。
「やーっぱり、どうみても『営業中』なんだよなぁ……」
蒼真の元に届いた『スタンド使い同士が争いあうトーナメント』への招待状。
その第一試合の会場は、あろうことか営業中のファミリーレストランの店内であった。
「まぁ、少し既定の時間も過ぎてることだし、入ってから考えるか……」
そういって彼は手に持ったハーゲンダッツを一口食べて、しばし至福の時間を味わう。
(ああ……これこそ、俺が命を懸けるに値する忘我の境地…………)
彼がこのトーナメントに参加した目的は、まさにそれである。
『ありとあらゆるアイスクリームが入っている冷蔵庫を手に入れる』
「あらゆる望みが叶うなんて謳ってるんだ……できねえとは言わせないぜ」
蒼真は未来に広がる素晴らしい夢に向かって、確かな第一歩を踏み出した。


「おーい、こっちですよー」
兎にも角にも店内へと入り、招待状を掲げながら辺りを見回していると、店の奥の方から蒼真を呼ぶ声。
見ると黒いタートルネックのセーターに黒のスカートという黒ずくめの格好をした女性が年甲斐もなく手をぶんぶんと振っている。
「参加者の方ですよねー。遅刻ですよ、待ってましたよ。こちらへどうぞ」
「あの、わかった。わかったからとりあえず落ち着いてくれ」
ある程度の年齢の女性のそういった姿というのはある意味暴力的なものであり、その勢いに気おされて蒼真はとりあえずその女性の対面へと腰を下ろす。
「ーーーーーッッ!」
だが、その瞬間尻に思いもよらぬ鋭い痛みが走った。
(スタンド攻撃!? 油断したか!? まずい、一体どこから!)
素早く立ち上がり、攻撃を受けたと思しき個所の傷の程度を確認し、攻撃方法を確認しようと座席を確認して、蒼真はようやく攻撃の正体をつかんだ。
誰もが一度は見たことのあるそれ。
「うぷぷー、ただのいたずらですよー」
蒼真が椅子の上からつまみ上げたのは、なんの変哲もない画びょうだった。
そして、座席の下にもう一つ、紙切れのようなものが落ちているのを見つけた蒼真は、それを拾い上げる。
【注意を怠る愚かな戦士は、鋭い痛みを持ってその対価を支払うことになるだろう】
「っっふざけるな!!!」
おちょくるような文体で書かれたその一文を床にたたきつけて、蒼真は思わず叫んだ。
「落ち着いてくださいー。ただの警告ですよ」
なおも鼻息荒い蒼真に、対面の女性はマイペースに告げた。
「警告だと!? こんな人を馬鹿にしたような……」
「だって、ねぇ? 集合時間に遅刻してくるような馬鹿は、どんな致命的な罠が仕掛けられていても文句なんて言えないでしょう?」


にこやかに、しかし冷たく、彼女は蒼真に問いかける。
その問いを受けて、熱くなった彼も本来の冷静さを取り戻しつつあった。
「どうやらふざけてるのは俺の方だったみたいだな。すまねぇ。なにしろここに来る途中によってきたコンビニの店員がアイスクリームを頼んだっていうのにガリガリ君まで俺に売ろうとしてくるもんでな……まったく、売ってるのが『アイスクリーム』なのか『ラクトアイス』なのか、はたまたただの『氷菓』なのか、それすら知らねぇ馬鹿がアイスクリームを売ってるのかと思うと…………と、わりぃな」
自分が口にしているのがなんの意味もない言い訳だということにようやく気付いて、蒼真は口をつぐむ。
そして、手に持ったクーラーボックスから最中アイスを取り出すと、思い切りかぶりついた。
「えーと、それは?」
「ん? あんたも欲しいのかい?」
「そうじゃなくて、タイミングがよくわからなくて……」
「ああ、悪い。俺はすぐ頭に血がのぼるたちでよ。熱くなるとこうやってアイスを食って頭を冷やすことにしてんだ……オーケー、もう大丈夫。いつも通りクールになれた」
彼女と会話しながら、あっという間に最中アイス一つを食べきると、蒼真は椅子に座った。
「それはなにより、私、秘森セレナと言います。秘密の森のカタカナでセレナです」
「おう、俺は藍澤蒼真。藍色に難しい方の澤、難しい方の色の蒼に真と書く。それで? あんたが対戦相手なのかい?」
「あー、それなんですが……」
そういうと、彼女は懐から手紙を取り出し、蒼真の方に差し出した。
「これは?」
「今回の対戦者からの提案です。こんな一般人が大勢いるところでスタンド同士殴りあうのもスマートではないでしょう。と、いうことで少々変則的に勝敗を決したい、ということで」
手紙を開くと、先ほど拾った紙切れと同じ文体で、奇妙なことが書かれていた。
【この試合のルール】
【・制限時間は対戦者が揃ってから一時間である】
【・対戦者は『子』と『鬼』に分かれる】
【・対戦者と立会人はこのファミリーレストランから出ることは出来ない】
【・『鬼』は三度までYes/Noで答えられる質問をすることができる】
【・『鬼』はその三度の質問ののち、店内に隠れた『子』を指名する】
【・指名された『子』が正しければ『鬼』の勝ち、間違っていれば『子』の勝ちである】
【・制限時間を過ぎて『鬼』が『子』を指名できなければ、『子』の勝ちである】
【盲目な『鬼』は、隠された真実を暴くことなどできない】

「…………なるほど、そういうことか。最後の一文が少々気に障るがな」
「ええ、今回の対戦形式はズバリ『かくれんぼ』です」


「オーケー、大体把握できた。つまり話は単純だ。俺は三度の質問で、対戦者であるスタンド使いを立会人、つまりあんたの前に引っ張ってきて、こいつが『子』だと言えばいい。そういうことだな。あ、このメニューのアイスクリームを全部くれ」
「理解が早くて助かります。あ、ホットコーヒーを一つ。」
「なるほどねぇ……すると、もうとっくに試合は始まってるわけだ」
「ええ、残り時間はあと50分46秒です。急がれてはどうですか?」
「ああ、そうしてる?」
「というと?」
「俺のスタンド『コールド・チューブ』はもうとっくに動き出してるってこった。俺がルールを読み終わった直後にな」
蒼真のスタンド『コールド・チューブ』。
その最も特異な点は明確な『ビジョン』が存在しないことである。
『冷えた空気そのもの』であるスタンド『コールド・チューブ』は、スタンド使いと一般人を見分けるさいに一番効果的な『相手にスタンドが見えるかどうか確かめる』という方法は使えないものの。
しかし、こと『かくれんぼ』というゲームに関しては無類の強さを誇る。
(俺のスタンド『コールド・チューブ』。目もない耳もないスタンドだが、周りの温度に対する感度は最高と言っていい。店中を薄く張り巡らせれば『人間の体温』を感知して、この店に今何人いるか、果ては性別の区別から大まかな年齢さえ、探ることなんざ朝飯前なんだよ)
「ふむ、厨房に男性が四人。裏の店員用の休憩室に男性が一人、事務所らしき部屋に一人、接客係が女性三人と男性一人、それとトイレに男性が一人。あとは客が男性9人に女性16人だが、俺が店内に入ってから新しく入ってきた男性客二人は除外か……そうだな。ここで一つ目の質問だ。『子』は店内に入ってからスタンド能力を使ったか?」
「……Noですね。間違いありません」
「ふむ、となると二人連れ以上の客も除外していいだろう。スタンド能力ならともかく、対戦者が二人連れで来ているとは考えにくい。俺のスタンド能力が把握できてない以上まさか体温が外に漏れないようボディースーツを着込んで隠れてるってわけでもない。んん~、これは……」
「どうかしましたか?」
「どうやらこの勝負、案外早く決着がつきそうだぜ。男性が一人入っていたトイレに、新たに一人女性が入っていった! なるほどなるほど、この男に詳しく話を聞く必要があるみたいだなぁ……収束しろ!コールド・チューブ!!」


____女子トイレの個室の中で息をひそめていた男は、異変に気付いた。
異様に寒いのだ。
空調の調子がおかしいなどといったちゃちな代物ではない。
まるで冷凍庫に頭から突っ込まれたかのような、暴力的な寒さ。
だが、男には出るわけにはいかない理由があった。

(ふむ……結構耐えるんだな。いいだろう。外から冷えても我慢できるが、果たして中から冷えたらどうだい?)
注文したアイスクリームが来ないので、先ほど買ったハーゲンダッツを食べながら、蒼真は笑う。

(…………!?)
身を縮めて、己の体温で何とか暖を取ろうとうずくまっていた男。
しかし、暴力的なまでの寒さは瞬く間に呼気から体内に滑り込んできた。
(いや、そんな理屈じゃ説明がつかない! まるで、内側から『凍っていく』ような……!?)
彼の推測は正しい。『コールド・チューブ』は気体の状態では非常に緩慢な動きしかできないが、空気に混じることで少しずつ体内に蓄積することができる。
超低温で内側から内臓を凍りつかせる攻撃には、誰も抗うことは出来ない。
(おかしい! このままだと俺はファミリーレストランの女子トイレで凍死するなんて奇妙な死にざまを晒すことになっちまう! 冗談じゃねえぜ、やってられるか!)
男はには確かに出るわけにはいかない理由があったが、しかしそれは命を賭せるほどの物ではなく。
結局女子トイレの個室から、男は這う這うの体で転げだすこととなったのだった。


「よぉ、変態野郎、俺から逃げおおせれるとでも思ってたのか?」
男が命からがら逃げだしてきたトイレの前には蒼真が待ち構えていた。
「まあちょっーと俺に付き合ってくれよ。さもないとてめぇの変態行為をチクっちまうぜ?」
歯の根もあわず、返答すらできない状態の男を半場引きずるように、蒼真は元の机に戻ってくる。
「さて、解答の時間だ。こいつが『かくれんぼ』の……」
自信満々で答えを言う前に、蒼真はクーラーボックスの中からハーゲンダッツを取り出し、その冷たさを舌に乗せてゆっくりと考える。
(どうもこのゲーム、あまりにも上手くいきすぎてやしねぇか?)
(確かに俺のスタンドの能力がなけりゃあ『女子トイレの個室』なんて所を簡単に調べられるわけはねぇ、だが、このゲームに万全を期すとして倫理的にはハードルが高いが『女子トイレの個室』を調べないわけがねぇ)
(まして、このゲームを提案したのが『相手』だってことを考えると、この男、仕込って可能性が高い。幸い質問権がまだ二つも残ってる以上、ここは牽制球を投げるべき時だ、そうだろう、蒼真)
ハーゲンダッツ一つ分、彼が自問自答するには十分すぎる時間だった。
そして、蒼真はある種の確信をもって問いかけた。
「それじゃ、二つ目の質問だ。『子』は男か?」
その質問に、彼女はにやりと笑って答える
「なるほど…………答えは、Noです」


「おう、さっきは悪かったな……つってもなんのことかわからねぇか。ほら、アイスクリームでも食って落ち着きな」
「あなたは鬼ですか……どうぞ」
先ほどまで寒さで震えていた相手にアイスクリームを薦める蒼真を見かねてか、秘森が自分のホットコーヒーを差し出すと、男はひったくるようにそれを受け取り、両手で抱えてゆっくりと、しかし間断なく飲み干した。
「ふぅー、生き返ったぜ。まったく、トイレの空調が暴力的にぶっ壊れててな。危うく女子トイレで凍死するところだった」
「逆にそれだけ悪びれないのもすげえな、あんた。それで? あんたは一体あんなところで何をしていたんだ? さもないと警察に突き出すことになるかもしれないぜ?」
苦々しい顔でしばらくうつむいていた男だったが、やがてゆっくりと話し出す。
「…………ついさっき女に頼まれたんだよ。ある女に復讐したいから、お前は女子トイレの個室にこもってろってな。なんでも料理に下剤を入れて困らせたいそうだった。まったく女ってのは陰湿な生き物だね……とと、あんたに言ったんじゃねえぜ、別嬪さん」
そのお世辞に、一切表情を動かさず、秘森は肩をすくめて続きを促した。
「それで、前金で十万、成功報酬で閉店まで閉じこもってりゃあ後金でもう十万だったかな? そんな大金ぶら下げられちゃあ、受けない手はないだろう?」
(なるほどねぇ。お相手さん、えらく用意周到なこって)「それで? その女の顔は覚えてるか?」
「いや、マスクと帽子で顔を隠してたから顔はわからねえ。そういえば、何か奇妙なことを言ってたな……」
「何? その女はなんて言っていた」
「なんでも【あなたは尋常ならざる力でその場を追われることになるだろう。だがそれはあなたの落ち度ではない。全ては通過点に過ぎないのだから】とか……もういいかい?」
「ああ、行ってくれ」


(やれやれ、まんまと貴重な質問権を使わされた形か……。だが、少なくとも半分に絞れた)
(しかし、なんなんだろうな。この『相手の引いたレールを走らされている』ような感覚、この状況、打開するには骨が折れそうだぜ…………さて、現在の時点で俺が店に入ってから現在まで店内に残っている女性は、従業員を除けば4人……いっそ従業員かどうかに質問を使うか? いや待て、最後の質問権だ。答えを急ぎすぎるなってかこのアイス旨ぇ!」
蒼真がファミリーレストランのアイスクリームのクオリティの高さに雄たけびを上げた。
「なんっだこれ、なんなんだよおい!? 一口食べれば香り高いバニラが鼻に抜け、舌で溶けていく時はまるで重厚なオペラのように深い味わいが口の中を満たす。名残惜しさととも飲み込めば口の中に残るのは、儚げな、それでいてしっかりと存在感を残した後味だよ! それが後を引くわけでもなく自然と二口目を誘いやがる! おいおいおい、ここは天国ですか! それなら君は天使なのかな!?」
「な、なな、何か御用でひょうか!?」
あまりの興奮にウエイトレスに襲い掛からんばかりの勢いで声をかける蒼真を、流石にセレナが制止する。
「ちょっと!? 蒼真君抑えてください! ウエイトレスが怯えてるじゃないですか。すみません、彼はアイスクリームを目の前にすると頭がおかしくなってしまうんです」
「は、はひ、御用の際はこのボタンでおよびください……」
と、深々とお辞儀をして逃げるように去っていくウエイトレス。
「ふぅ、あまりのことに少し気が動転してしまった」
「いや動転したのはこちらの方ですからねー。まったくはた迷惑にもほどがありますよ」
「悪いな。常日頃クールであろうとしているんだが……」
「まぁ、いいですよ。それより、あと30分。『子』の目算はついてるんですか?」
「それなんだが……全く」
「まあ、あと質問は一つきりですから、時間いっぱい考えてくださいね」
と、蒼真とセレナがくだらない会話をしているうちに、どうやら残った女性客の一人が帰ったようだ。
(これで女性客はあと三人、となると残った『子』の可能性がある人間はウェイトレス三人を含めて六人というわけか、これを一つの質問で絞り込めるか? いや、時間ぎりぎりまで粘れば女性客がもう何人か変える可能性も……)
(待てよ?)
蒼真は瀬戸際で思い出した。
顔面蒼白になりながら逃げるように店内から出て行った、あの男の姿を。
そして、思いついた。
この局面を打開する最終手段を。


「…………よし、質問は決まった。確率は二分の一、いや、もっと多いな」
「へぇ、ずいぶんな自信じゃないですか。それで、質問は?」
「ああ…………『子』は、このファミリーレストランの店員か?」
「なるほど、答えはNoです」
「オーケー、たった今確率が100パーセントに変わったぜ。この勝負、俺の勝ちだ」
そして、蒼真は自らのスタンドを収束させる。
超低温の空気の集合体に、蒼真は必勝の命令を下した。
「…………『コールド・チューブ』。あの三人の女性客の周りの空気を徐々に冷却させろ!」

「……この『かくれんぼ』のゲームには決定的に『子』が不利になるルールが一つある。それは【・対戦者と立会人はこのファミリーレストランから出ることは出来ない】このルールだ。通常のかくれんぼと異なり、隠れることをしなくてもいいこのゲームでは、一見自然体でいれば他の客と見分けがつかないと思い込みがちだ。だが『子』はどうしても普通の客にはなりえない要素を抱えてしまっている。だから、こうして俺がアイスクリームに舌つづみを打っているだけで、『子』はその馬脚を現すことになるのさ」
蒼真がアイスクリームを堪能している店内にヒステリックな叫び声が響き渡る。
三人のうち一人はとうに店を出ており、残っているのは冷却された空気の中でなんどもホットコーヒーを注文している小柄な女性と、レジの前で金切り声をあげる壮年の女性のみ。
「そして、その女性もそろそろ店を飛び出す、と。そういうわけですね」
「ふざけんじゃないわよ! あんな馬鹿みたいに空調をかけてその上しらばっくれるなんて、こんな店二度と来ないんだから!」
壮年の女性は捨て台詞を吐くと、平謝りのウエイトレスを置き去りにして店内を出ていく。
「…………さて、これで最後の一人になったわけだけれど。髪の毛に霜が降りるまで冷却された空気の中で、それでも文句ひとつ言わずに店内に残り続けるだけの理由を聞きたいかな。いや、その必要はないか。それじゃあ高らかに宣言しよう。このゲームの『子』は、この小柄な女性だ」
劇的に、高らかに、蒼真は自らの導き出した答えを告げる。
その言葉を受けて、立会人はかすれた声でこのゲームの勝敗を告げた。
青ざめた唇を震わせ、泣き出しそうな声色で。
蒼真が『子』だと宣言した小柄な女性は、立会人の役目を果たすべく。
「しょ、勝者……オネスト・ウィズ・ミー……で、です」


____時は一時間半前にさかのぼる。
「それでは、これを私が……え?」
ルールの書かれた手紙を受け取ろうとして、手を伸ばした『立会人』遠見妃奈子はきょとんとした目で集合時間より三十分も早く到着した『対戦者』秘森セレナを見た。
「ああいや、その必要はないですよ。このルールは私が、蒼真さんに渡しますから」
「まあ、別に何でもいいですけれど…………でもそれだと一発で『鬼』に看破されちゃいませんか?」
「いえ、ご心配なく。なんとか煙に巻きますよ……それより、立会人さん。一つ質問良いですか?」
「なんです?」
「例えば、このゲームが始まってからの話なんですけど……立会人さんは間違いなく中立な存在なんですよね?」
「ええ、もちろん。何か不安な点でも?」
「ああ、いや。立会人さんはこのゲームの『子』。つまり私のことを知っているわけでしょう? だからゲームの途中にポロッと、ねぇ。私の正体についての情報を対戦者の方に教えてしまうかもしれないわけじゃないですか」
「えー、そこはプロですから、もう少し信頼してくれないかなーって……」
「まあ、そうできたらいいんですけれど。何分臆病な性格ですので…………そうだ、一つ約束してくれませんか。ゲーム中にあなたは一切喋らないって。そうすれば、そもそも言葉の端から情報が漏れるなんてこと、ないでしょう?」
「なるほど、まあ、それくらいでしたら」
「うぷぷ、ありがとうございます。お礼に一つ無料で予言して差し上げますよ。そうですね……」

【この勝負の勝敗は沈黙によって決する】


蒼真は、完全に思考が停止していた。
積み上げてきたロジックの、その全てに不具合はなく、完ぺきだった。
ただ一点、『盲目的』に信じ込んでいた致命的な勘違いを除けば。
「ルール上どうしても店内から出ることの出来ない人間は、対戦者のほかにもう一人いるんですよ。このゲームの中で一見まっとうに見えて、実は最も異質な存在『立会人』の存在がね。私は対戦者が誰であろうと最後には『子』に対して絶対の不利を強いるこのルールの抜け道、ショートカットに目をつけると確信した。だからこそ、私はあえて『立会人』の皮をかぶってあなたの前に現れたわけです」
「…………最初から、計算ずくだったってわけか」
「ええ、唯一懸念していたのは質問権を使い切る前にこの最終手段に出るほど短絡的な人間が対戦者であること。極論すればこの『かくれんぼ』、火事でも起こして全員を追い出してしまえばその時点で『かくれんぼ』としての意味を失ってしまうゲームですからね。でも、あなたは違った。どこまでも真っ当にこのゲームに取り組んで、そして、限りなく正解に近づいた」
「考えすぎ…………それが敗因か。だが、俺は一つだけ気に入らねえことがある」
そういうと、蒼真は真の立会人、遠見妃奈子に向き直る。
「この立会人はよぉ、なんだって俺に迫られたときに『自分は立会人です』の一言が言えなかったんだよ、それはつまり一方の対戦者に不当に肩入れしてたことにならねえのかよ、あぁ!?」
「そ、そ、それは、彼女の言葉に乗せられて…………」
「へえ、いうに事欠いて人のせいかよ、あんた。これが公正を謳ってるトーナメントの立会人とは聞いてあきれるぜ! 確かに勝負には負けたがな、俺はこのペテン師に乗せられたあんたを許すわけにはいかねぇ!?」
怒りに身を任せて立会人を恫喝する蒼真を前に、妃奈子はなすすべなく縮こまっていた。
(あわわわわわわ…………私はただ、試合を安全なところで監督して結果を『運営』に報告するだけの立会人なのに、どうしてこんな八方ふさがりに………………この男の人は私をいじめようとしているし、言い訳って言ったってホントのことなのに………………うう、助けてくださいセンパイ……助けてください、誰かぁ…………)
だが、その祈りが届いたか届かなかったのか。
怒りの冷めやらない蒼真を制止するためにセレナが声を上げた。
もっとも、それは妃奈子のためなどではなく。
「おい、まて坊主」
「アァ!? あんたは関係ねえだろ! 俺は今この女と話をしてるんだよ!」
そうやって振り返ってようやく、蒼真は事態の異常さに気付いた。
今までどんなことをあっても柔らかな表情を崩さなかったセレナの表情が明らかに変わっている。
いや、変わっているなんて生易しいものではない。
「今、私のことを『ペテン師』って言いましたね?」
秘森セレナの表情は見る影もなく豹変し、明らかに、ブチ切れていた。


さっぱり流行らない占い師、秘森セレナ。本名桧森怜奈には彼女なりの矜持があった。
それは、どんなことになろうが決して嘘をつかないこと。
占い師という職業柄、彼女の言葉を信じる人、信じない人様々だ。
だからこそ、彼女は自分の言葉を偽らないことを心掛けている。
それを、彼女は自身の占いの師匠から教わった
「いいか、言葉の力とはつまりどれだけ自分の言葉に『自信』が持てるかどうか。つまり決して偽らないことが言葉の『強度』につながるんだ。確かに占い師はあやふやな言葉を用いて人を導く。だからこそ、ほかでもない占い師という職業だけは、決して嘘をつくような真似はしてはいけない」
だが、その師匠は世間にペテン師と罵られ、失意のうちに病でこの世を去った。
彼女は知っていた。師匠は最期まで真実を語っていたのだと。
本当の詐欺師は、あまりにも的中する占いに恐れをなした、正体の見えない権力者たちなのだと。
彼女がトーナメントで求めるのは、その権力者たちの罪を暴くことである。
だからこそ、彼女は人を煙に巻くために真実を隠すことこそあれ、決して嘘をつくことはしなかった。
それが、占いの才能などさっぱり持たない彼女が唯一、師匠から受け継いだものだと信じて。


「私はね、職業柄いろいろな人から罵倒を受けますよ。予言の成功率もそんなに高くはないですからね。でもね、予言が外れたわけでもないのに人を無根拠にペテン師と罵る人間だけはどうしても許せないんですよねぇ!」
「へえ、許せなきゃなんだってんだ? てめえの自慢のペテンでこの俺を言い負かしてみるか?」
「…………はい、はいはい、わかりました。上等だよガキ。てめえみてえにスタンドの力を借りて強い気になってる馬鹿は一回ぶん殴ってやらねえとわかんねえみてぇですねぇ! 立会人!!」
「は、はひ、何でございましょうか!?」
「さっきの『かくれんぼ』、あの勝敗はチャラにしましょう。これから私が蒼真君を血反吐くまでぶん殴るので、それを持って勝利とすることにします」
「おお、上等だよ。それでこそ気持ちのいい勝利ってもんだ。それと、さっきの俺のスタンドを見てどうやら勘違いしてるようだから言っとくが、俺のスタンドは一風変わっててよぉ、さっきみたいに遠距離操作型みてえに操ることもできれば……」
そういうと、蒼真のそばにゆっくりとスタンドのビジョンが浮かび上がる。
だが、そのスタンドのビジョンにはどこか違和感のある。
やけに輪郭がはっきりしているような、そんな違和感が。
「えっ、えっ、なんですかその化け物…………キャアアアアアアッッ!」
ウエイトレスがそのスタンドを視認して悲鳴を上げた。
その悲鳴と喧騒が店内に波及し、ファミリーレストランにいる人間全員が蒼真のそのスタンドのビジョンをはっきりと『視認』する。
悲鳴と悲鳴が反響し、人々がみななりふり構わず逃げ惑う。
「ふぅー。こんな風に周囲の水蒸気を固めて『近距離型のスタンド人形』を作ることもできるんだが、まあ殴り合いにはうってつけだが、あんまりに騒がれるんで使いたくはなかったんだけどねぇ。それで、なんだっけセレナさん。これでもまだ、あんたに殴り合いで勝てる目算でもあるのかい」
おどけたようにセレナに問いかける蒼真。


彼の心の中では負けた勝負を帳消しにされたという後ろめたさと、今だ冷めやらぬ怒りとが同居し、それがこのような態度へとつながったのだが、そのスタンドを見てもセレナは小首をかしげただけだった。
「ふぅん……あなた程度の人間は、それごときのスタンドでそこまで自信満々になれるものなんですねぇ、普段はお金を取るんですけど、私の占い師としての能力に疑問があるようですから、まあ一つ無料で予言をしてあげましょうか。【人形遊びを勝負と謳う愚者は、私に指一本触れることなく敗北するだろう】」
「へぇ、言うねぇ…………それじゃあ俺からも一つ予言だ。あんたごとき、指一本で再起不能にしてやるよ。さあ、早く出せよ…………あんたの『スタンド』をよ」
内心怒りに震えながら口に出した蒼真の言葉は、しかしあながち虚勢でもなかった。
超低温の空気そのものである『コールド・チューブ』は、空気の状態では殺傷能力は高いが操作性、パワー、スピードに欠ける部分がある。しかし、その能力で近距離型のスタンドの『氷人形』を作り出すことで、それらすべてを補うことが可能となる。その上、再び気体の状態になるスピードは速く、少しでも相手の呼吸器官に触れることができれば、一瞬で相手の体内に入り込み、内臓を凍結して致命傷を与えることが可能である。
その上、『氷人形』は本来のスタンドではないために本体へのフィードバックはなく、スタンド同士の殴り合いになっても相手に一方的にダメージを蓄積することができるという利点もあった。
そのため、蒼真は近距離、遠距離共に隙のない自身のスタンドに絶対の自信を持っていた。
(なんていうか、俺がごねて再試合になってみてえで悪いがよ。俺が言い出したわけじゃあねえんだ。相手からこっちの土俵に上がってくれるってんなら俺が負ける道理はねぇ!)
「こないならこっちから行くぜ! 『コールド・チューブ』」
雄たけびをあげて迫る蒼真、しかし、セレナは軽い調子でつぶやいただけだった。
そして、彼女にはそれだけで十分だった。


「お願いね『オネスト・ウィズ・ミー』」
『ウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラァァ!!!!!』
勝利への自信をみなぎらせた蒼真は、しかし人間の認識能力をはるかに超えた『オネスト・ウィズ・ミー』の渾身のラッシュを、防ぐなんて考えが頭の中によぎる間もなく全身に強烈な打撃を受けて、きりもみ回転してファミリーレストランの壁に突っ込み、彼の意識は痛みなど感じる間もなく闇の彼方へと吹っ飛んだ。
「占い通りでしょ?」
ファミリーレストランの壁に盛大にめり込んだ蒼真にセレナが告げる。
「もう意識もないようだけど、一応言っておくわ。『オネスト・ウィズ・ミー』私のスタンドは私の予言が当たるたびに強くなる。一回で人並み、二回でアスリート並み、三回で人外並み、そして四回も予言が成就すれば、あなたはスタンドの姿を見ることさえ叶わない。しばらくそこで反省してなさい」
彼女のそばで異様に手の長いスタンド『オネスト・ウィズ・ミー』はヘラヘラと笑う。
まるでこの勝利を祝うかのように、そして敗者をあざ笑うかのように。


____あ、センパイ。来てくれたんですね。
もう、今日は死んじゃうかと思いました。
大勢の一般人にスタンドを見られちゃうし、店の壁には穴空いてるし、私は対戦者に思いっきり騙されるし、良いように利用されるし、揚句殺されそうにもなったんですよ!
え? そりゃそうだ。
…………まじですか。それじゃあ立会人っていっつもこんな波乱万丈なことしてるんですか!?
うわぁ、そうなんですかぁ。まいったなぁ。
てっきりぼーっと監督して、薄い報告書書くだけの楽な仕事だと思ったのに……。
え゛、いやいやセンパイのことをそんな楽な仕事してるだけの人だーなんて思ってないですよ。
ホントにホントですよ?
いやあ、それにしても。
今回のことで身に染みましたよ。ええ本当に。
立会人もまた、第三者なんかじゃなくて、トーナメントの当事者なんですねぇ。
気を引き締めとかないとあっという間に飲み込まれてしまう。
このトーナメントという名の、混沌にね!
あ、センパイ違いますよ、別にカッコつけてなんか……
イファイイファイ! もー何でほっぺた引っ張るんですかー!
さて、それじゃあそろそろ私は『運営』に報告してきますね。
でわでわっ!

★★★ 勝者 ★★★

No.6741
【スタンド名】
オネスト・ウィズ・ミー
【本体】
秘森 セレナ(ヒモリ セレナ)

【能力】
本体の予言が当たるたびに強くなる








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最終更新:2022年04月17日 12:47