第11回トーナメント:予選④
No.5297
【スタンド名】
ギア・エクスペリエンス
【本体】
時任 八千代(トキトウ ヤチヨ)
【能力】
殴ったものに歯車を発生させる
No.6692
【スタンド名】
スロウ・ダウン
【本体】
逢ヶ浜 縁(オウガハマ ユクリ)
【能力】
周りの空間に水中並の浮力を与える
ギア・エクスペリエンス vs スロウ・ダウン
【STAGE:豪華客船】◆UbkAjk7MJU
「我輩はお二人の立会人である。名前は真田内。」
出航を待っていた二人の後ろから声がして、お互い同時に振り返った。
そこには片腕に小洒落たステッキをぶら下げ、ピンとしたタキシードを身に纏い、
そして、まるで猫の耳が生えたようなシルクハットを被った男が立っていた。
「この度は当船ご乗船いただき、誠にありがたい限りである。
まずはお食事をご用意させて頂いたのである。ささ、どうぞこちらへ。」
帽子で目元が隠れていて表情は読み取りにくかったが、
笑みの含まれているような優しい声の印象から、二人の警戒はすぐに解けた。
それどころか、まもなく戦いが始まると思っていた二人にとって
「食事」というワードに、少し呆気を取られて立ち尽くしてしまっていた。
「折角のこの舞台である、少しくらいは楽しまないと勿体無いであろう?」
立会人は二人の様子を見て、帽子の奥に隠れていた細い目を「ニッ」と覗かせ、
ステッキを小気味よく振りながら船の内部へ進んでいった。
案内された部屋は少し広めのダイニングルームで、その真ん中に小さなテーブルが一つ。
そのテーブルを挟んで、向かい合ったイスが二つあった。
促されるようにして席についた二人は、早速運ばれてきたオードブルに目を落とした。
「綺麗……」
一つの芸術であるかのように見えるその盛り付けに、女は思わず声が漏れた。
「まるで、最後の晩餐のようだね。」
男は冗談交じりにそう言うと、女の表情が少し不安げなものになった。
「いやすまない。冗談だよ。
年をとるとね、ギャグとか冗談が不意に口から出てしまうものなんだ。」
そう言いながら、男はフォークを口に運んで「おお、これは」と感嘆の声をあげ、
その後も次々と運ばれてくる、普段食べることのないような料理の数々に
舌鼓を鳴らしていた。
最後のデザートが運ばれてくるのを待っている頃、
二人の会話にも少しずつ花が咲いてきて、男はふと、ある事を忘れている事に気づいた。
「そういえば……まだお嬢さんの名前を伺ってなかったね。今更だが。」
男は頬をかきながら、苦笑いを浮かべて言った。
それに対して女も「あっ」と申し訳なさそうにして
「なんか、妙に居心地がよくなってしまってて、気づきませんでした。
私が単にぼーっとしていただけかも知れませんが。
私は、逢ヶ浜 縁(おうがはま ゆくり)って言います。
縁の下の"エン"と書いて、"ゆかり"じゃなくて"ゆくり"です。」
最後に「よく間違えられるんです」と言って、軽い自己紹介を済ませた。
縁は少し恥ずかしそうにして、ちょうど運ばれてきたデザートを頬に含ませた。
「すまないね、僕も忘れていて。確かに、まるで家族と食事を楽しんでいるみたいで
まったく違和感を感じなかったよ。
僕は、時任 八千代(ときとう やちよ)って言うんだ。
おかしいだろう?男なのに八千代って。この年になってようやく馴染んできたけどね。」
八千代はデザートの最後の一口を、惜しむように喉に流し込み
ふぅ、と満足気なため息を漏らした。
「さて、お食事は以上であるが、ご満足いただけたであろうか。
これから先当船は、お二方の決着がつくまで港には戻らないつもりである。
勝負の方法、勝敗についてはそちらで自由に決めて頂きたいのである。
それでは失礼する。」
それだけ言い残してどこかへ消えてしまった立会人を後に
またも呆気に取られた様子の二人であったが、
急に現実が戻ってきた感覚に、二人はなかなか動けずにいた。
「はは、なんだかもう腰が重くなってしまったね。」
八千代が困った顔でそう言うと、縁も同じ表情を浮かべて返す。
「とりあえず、もう少し戦いやすそうな場所に移動しますか。」
カチャン。とコーヒーの入っていたカップを置くと同時に席を立つと
二人は展望デッキの方へと向かった。
外に出ると、肌に触れる風が結構冷たかった。
縁が「やっぱり中でやるべきだったかな」と思っていると、
八千代は縁の袖口に光るものを見つけた。
「おや、その腕時計……」
八千代が、縁が腕にはめている時計を見て思わず声を漏らす。
年頃の女の子がつけるにしては飾り気がなく、無骨な印象を抱く時計だった。
「あ、これですか。はい、もう壊れてて動かないんです。」
時計としての役割を果たしていないそれは
ファッションと呼ぶには、あまりに違和感のあるものだった。
「これ、お父さんから貰った物なんです。
私がいつもぼーっとしてるから、せめて時間に遅れることはないようにって
持たせてもらったんですけど、古いからよく止まっちゃって。」
なるほど、大切にしているんだなぁ。と八千代は少し嬉しそうに目を細めた。
「お父さん機械いじりが好きで、時計もいつも直してもらってたんですけど……」
縁はそこで、一息おいた。
「突然、いなくなっちゃったんです。本当に、突然。
だから私、お父さんを探すために、これに参加することを決めたんです。」
風がいっそう冷たく感じた。
八千代は思った。こんな、何が起きるか見当もつかない危険な場所に
どこにでもいるような普通の女の子がひょっこり来るわけがない。
彼女は、相応の「覚悟」を持って、この場に来ていた。
自分と同じように。
「す、すみません。余計なことまで話してしまいました……」
恥ずかしがっている様な少し潤んだ瞳で、縁は俯きながらに言った。
八千代は「いや、いいんだ。」と、手を前に出し、大きく息を吸って話し始めた。
「恐らくお互い、抵抗を持っていたと思うんだ。これから戦うということに。
しかしお嬢さんは、お父さんを探す手がかりを得るために覚悟を持って戦いに来た。
だからこの場から逃げることはできない、そういう葛藤を持っていただろう。」
こくり。と小さく、しかし力強く頷いた縁に対して、八千代は続けた。
「ここはお互い、全力で、精一杯、本気で戦おう。
そうでないと、もしどちらかが負けたとき、全てを失ってしまうかもしれない。」
縁はまだ、不安げな目をして八千代を見ている。
そして最後に八千代は言った。
「僕も持っているんだ、君と同じように。この戦いにおいて負けることのできない理由を。」
そう言うと、八千代は真っ直ぐに縁の目を見据えた。
縁の表情の奥には既に迷いが消えていた。
それを確認すると、また大きく息を吸って船中に響き渡る声で叫んだ。
「『 ギア・エクスペリエンス 』ッッ!!!!!」
いつからだろう、自分の中の歯車が狂い始めたのは。
最愛の妻を亡くしてしまった時だろうか。
お腹の中の娘が育っていたら、今ちょうどあのお嬢さんくらいだろうな。
もしかしたら、それよりもずっと前から歯車は狂っていたのかもしれない。
あの時自分が行った行動は、本当に正しかったのか。
自分は、狂ってしまった自分の歯車を正すためにここに来た。
「自問自答は、もう疲れたんだ……」
無意識に口から出た八千代のその言葉が、
ギア・エクスペリエンスの一撃とともに縁の耳に入ってきた。
その一撃を反射的に腕でガードしながら避け、縁も八千代に続いた。
「八千代さん……にも、負けられない理由があると思います。
でも私は、私のために全力で、精一杯、本気で戦いますッ!!
『 スロウ・ダウン 』ッッ!!!
この船一帯を、あなたの能力で包み込んで!!!」
そう力を込めて言うと、八千代の体が急に空気に絡み付かれたように重くなった。
「これは……水の中か?息はできるが……」
誰でも経験のあるこの感覚。八千代はこれに水中に居るかのような感覚を覚えた。
「私の能力は至ってシンプルです。隠すことはできません。
ただ、私の能力からは逃れることもできません。
八千代さんは、この中で私と戦うことを強いられます。」
思うように動くことのできなくなった八千代を尻目に、
スタンドにつかまって船の上をスイスイと泳ぎ回る縁は、空を泳ぐ魚のようだった。
水の中では、いくら人並み以上のポテンシャルを持つスタンドであっても、
その抵抗のせいでパワーもスピードも、がくんと落ちてしまう。
もはや八千代は、縁に決定打を与えることができなくなっていた。
「なるほど……これでその機動力の違いを見せられては、
これはなかなか不利になってしまったようだ。はは。」
八千代は困ったような顔で、しかし笑いながらそう言った。
その姿を縁は注意深く、まだ船の上を泳ぎながら警戒を解かずに見ていた。
縁が懸念しているのは、八千代の能力だ。
未知のそれをまだ見ていないため、うかつに近づくことはできないでいた。
しかしいつまでも攻撃せずには何も進まない。縁は意を決して八千代に突進した。
正面から突っ込んでくるように見えて、しっかりとフェイントを入れ、
八千代の死角に回り込んだところで蹴りの一閃。
ドゴオオォッ!!
自分のできることを知り尽くしているかのような、全く無駄のない動きで
八千代に一発で膝をつかせる程のダメージを与えて、また離れていった。
「ぐああっ!……ハァーッ、痛てて、痛てェー……」
その一発によって、さらに力の差を見せ付けられたようだった。
自分の動きについてくることのできない今がチャンス。
そう思った縁は、一気に猛攻を仕掛けることにした。
八千代の元に近づいては、隙を見て一発。また一発と、確実にダメージを蓄積させた。
もはや八千代は痛々しいほどに、そこかしこに痣を作っていた。
「運動不足のこの体が恨めしいね。女の子の蹴りでも結構体に堪えるものがあるよ。」
そうやって強がってはいたが、限界はもうすぐそこにあった。
(次で最後にする……!)
と、縁もさすがに心が痛くなってきたため、止めの一発を入れることを決意した。
縁は小さく深呼吸をして、八千代に向かって再び突進をはじめた。
「そろそろ、届いた頃かな」
向かってくる縁には到底聞こえない程度の大きさの声で、一人つぶやく。
「ごめんなお嬢さん、ちょっと……いや大分痛いが、我慢してくれよ!」
バキイイィイッ!!
その音は、縁が八千代に突進して、あと2メートルというところで鳴り響いた。
気づいた頃には、縁は右わき腹を抱えてうずくまっていた。
あまりの痛みに、スロウ・ダウンの能力も解除されてしまっていた。
「それじゃあもう一発いくけど、そこから動かないでね」
八千代は、ギア・エクスペリエンスの最後の一撃を、縁に叩き込んだ。
縁が目を覚ますと、いつの間にかベッドの上に寝かせられていた。
どうやらまだ船の中の一室のようで、
辺りを見回すと八千代が窓際のイスの上でうたた寝をしていた。
縁は反射的に右わき腹を触ってみたが、不思議なことに傷一つ、痛み一つなかった。
「ん、おや。目が覚めたみたいだね。」
布団の衣擦れの音に気づいて、八千代も目を覚ます。
「私……負けた?でも傷が……」
混乱している様子の縁に、八千代はなだめる様に口を開いた。
「いや、明確にはまだ勝負はついてないよ。
一応説明すると、僕は一度お嬢さんのわき腹を抉ったんだ。
当然ものすごく痛かったと思う。本当に申し訳ない。」
やっぱりあれは夢でも幻でもない、現実。
じゃあ今何故それがなかったことになっているのか、そこが一番の疑問点だった。
「ただその後すぐに応急処置というか、僕の能力で治させてもらったよ。
いや正しくは、ダメージを受ける前の状態に戻させてもらった。かな。」
八千代の能力は、殴ったものに歯車を発生させる能力。
これによる効果は様々あり、今回は歯車を逆回転させることによって、
縁の体の一部を過去の状態に戻したのであった。
「じゃあ時間が経てば、もしかしてまた……」
不安そうに縁が言うと、八千代は慌てて首を振った。
「いやいやいや、大丈夫だよ。
仮に歯車を入れっぱなしにしておけば、そうなるかもしれないが
歯車を抜いてしまえば、お嬢さんの体はもういつも通りだ。」
その言葉に縁は、ほっ、と肩を撫で下ろした。
「それでどうだい?まだ戦う気があれば、僕ももう少し頑張ってみるが
ただ今度はお嬢さんが能力を発動するよりも早く、
スタンドのパンチをお見舞いすることになるかもしれないけどね
水中でなければ結構自信があるんだ。早さにはね。」
まだ勝敗が決まっていなかったため、八千代は一応確認を取ってみた。
それに対して縁は「いいえ、完敗です」と両手を挙げて降参のポーズをとった。
船が港に向かう途中、縁はもう一つ疑問が残っていることに気づいた。
「そういえば、私が最後に突進をしたとき、あの時は何をしたんですか?
なぜか八千代さんまで後数メートルのところで、攻撃を受けたのは。」
「ああ」と、八千代も説明を忘れていたことを思い出す。
「お嬢さんは、時計の仕組みを知っているかい?」
そんな突然の質問に、縁は首をかしげる。
「わかりやすく言うとだね、動力源であるぜんまいを巻いてやると
そこから力が伝わって、歯車を回転させる。その歯車も次の歯車を回転させて……
最終的に時計の針を回すんだ。
で、僕が言いたいのは、それは人間も同じってことでね。
動かすための指令を出す脳から伝わってー……って、いかんいかん
年をとるとどうもウンチクくさく喋りだしてしまって。」
楽しそうに話し始めた八千代を前に、縁は優しく笑っていた。
「えーとつまり最初の一撃の時、お嬢さんの腕から小さな歯車を差し込んだんだが、
それが脳の近くまでたどり着くには時間がかかりすぎた。おかげで僕もボロボロだったよ。
で、その小さな歯車が何をしたかって言うと、お嬢さんの目から受け取った情報を
0.5秒だけ、脳に届くまでの時間をずらしてやったんだ。」
要約すると、縁はギア・エクスペリエンスの能力によって、
0.5秒前の映像を見させられていたという仕組みだった。
だから、ギア・エクスペリエンスの右わき腹への一撃を認識することもできず、
しかも自分の突進を緩めることもなかったために、
お互いのスピードが重なり合って大きなダメージとなったのだ。
「なんか、使うのに頭を使いそうなスタンドですね……私にはちょっと。」
「はは。慣れればたいしたことはないさ。」
父親の手がかりをもう得ることができないかもしれない。
そう考えると縁は、少しさびしい気持ちになった。
「ところでお嬢さん、この後……というかいつでもいいんだが、僕の店へ来ないかい。」
突然のお誘いにキョトンとする縁であったが、八千代は続けて言った。
「その時計だが……結構な年代物に見えるからね。
もしかしたらうちで調べれば何か手がかりがつかめるかも知れない、と思って。」
縁は思った。
ああ、覚悟してここに来てよかった。と。
もしかしたらまた、父親に会えるかもしれない。
港に光る小さな灯台の光が見えたとき、
縁の中にも一筋の小さな希望の光が灯った。
★★★ 勝者 ★★★
No.5297
【スタンド名】
ギア・エクスペリエンス
【本体】
時任 八千代(トキトウ ヤチヨ)
【能力】
殴ったものに歯車を発生させる
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最終更新:2022年04月17日 12:40