第12回トーナメント:予選②




No.3347
【スタンド名】
エモーション・アンド・コモーション
【本体】
マシニッサ・メイソン

【能力】
物理法則をアニメチックにする


No.4367
【スタンド名】
ムーン44
【本体】
滕翦瑜(テン・ジャンユ)

【能力】
触れたものの「状態」を「感染」させる




エモーション・アンド・コモーション vs ムーン44

【STAGE:刑務所】◆C4zT4u8GVA





 この世界には、『ディザスター』という組織がある。

 この世界と言っても、表の世界で取り沙汰されることはない所謂「裏組織」なのだが。

 裏世界だけでなく表の世界にも手を伸ばすことが少なくはない、大規模組織。その征服範疇は多岐に及ぶ。


「はいはい……ここね」


 その『ディザスター』構成員である男。『滕翦瑜(テン・ジャンユ)』は、息も切れ切れの状態で、目の前の刑務所へと目をやる。

 「男」と言ったが、この人物。右頬にハートの刺青が刻まれた顔、そして体型ともに、

 顎髯を蓄えてはいるが「女顔」と形容できるほどに中性的。

 ウエストはひょっとしたら60cmを下回っているのではないかと言うほどの細さである。


 車(自身で運転)で40分。一番近く(1.6km先)のパーキングエリアから徒歩で17分。合計ほぼ1時間

 もともと体力に自信のない翦瑜はすでに息も切れ切れであり、刑務所の入り口の仰々しい、

 SFやホラー映画に出てきそうなレベルの重たい鉄扉に座って凭れかかり、

 車から念のため持ち出していたタオルで顔の汗をぬぐう。

 するとドアが何の前触れもなく開き、背中のほぼすべてを鉄扉に委ねていた翦瑜は、

 そのままその開閉動作に身体を持って行かれて転び、後頭部をタイルの地面にぶつけた。


「実験部隊の滕さんですね」

「…………噂のジャン・ギャバンか。てめえ畜生。わざとだろ」

 この「ジャン・ギャバン」と言われた若い男は、後頭部を打ちながらも痛そうなしぐさは見せない翦瑜を無視して、

 右手に携えたリモコンのボタンを押し、刑務所へと通ずるドアをさらに開ける。

「そんじゃあルールの説明しますね。」

「おい宇宙刑事ギャバン。対戦相手いないぞ」

「いますよ」

 翦瑜の露骨なボケにも宇宙刑事は動じず、ドアを次々に開けて奥へ奥へと先導してゆく。

「おっ」

 冷たい床に体育座りで待機していた、翦瑜の対戦相手であろう男の出で立ちは、予想以上に普通であった。

 40年代の白黒フィルムノワールから飛び出してきた、ギャングと結んだ汚職警官のようなスキンヘッドの男は、

 右ひざに「掛けて」おいた帽子をかぶり直し、立ち上がる。

「滕翦瑜ですね? あたくし『マシニッサ・メイソン』と申します」

「情報早いね。どーも、翦瑜です」

 チラッ。

 立会人である宇宙刑事に、翦瑜・マシニッサ両名が目をやり、「説明はよ」と言わんばかりの真顔を向ける。

「えー、それじゃあさっさと始めるので着いて来てください」

「独房の回廊でやりますんで」


 戦闘ステージとなる「回廊」は、縦に500m以上の長さがあり、それなりに広い間隔で独房と思しきドアがずっと並んでいた。

「ゲームは簡単です。この廊下の奥の壁に手を触れて来てください」

「でもそれだけじゃあすぐに勝負は着くので――」

 宇宙刑事は翦瑜、マシニッサ目がけて何かを投げる。

 両者ともにキャッチしようとしたが、予想以上の剛速球で投げられたのと、的が小さかったことから、両者ともに取り逃した。

 落ちたのは一つのサイコロ。

「そのサイコロの位置からこの回廊にある独房は、右に25室、左に26室」

「そしてゴールである最深部の1室合わせて計52室の独房があります」

「そのサイコロを振って出た目の数だけドアからドアへと進む、言わば「すごろく」ですね」

「なお、互いに攻撃をすることはOKですが、「相手の命を奪うこと」と「出目以上進むこと」は禁じます」

「ルールはそれだけですが質問は?」

「で、サイコロは一つしかないが?」

 マシニッサの問いかけに、宇宙刑事は真顔で返す。

「何か問題でしょうか?」

 目線が語る。『さっさと始めろ』と。

 まあ、そうなるわな。とマシニッサは心の中で同意し、翦瑜の方に目をやると、

「!! やはりか」

 やはり、スデに走りだしていた。


 翦瑜本人は脚力に自信なし。なれど走りだしはこちらの方が明らかに速い。

「…んじゃま、始めるか」

 マシニッサはそう言って己の『スタンド』発現させる。スタンド名は『エモーション・アンド・コモーション』

 纏衣装着型と思しきスタンド装甲は、瞬時にマシニッサの全身を多い、スーツの内側の肌が色鮮やかな緑色に変貌した。

「……」

 サイコロまで僅か3mとなったところで翦瑜は少し振り返る。

「……『ムーン44』」

 警戒態勢を解かぬまま、翦瑜もまた『スタンド』を発現する。

 マシニッサの『エモーション・アンド・コモーション』とはまるで違う人型スタンドだが、

 その容姿はファミコンのゲームから切り抜いたような非常に異質な空間(装甲?)を背にした、宇宙人のような人型。

「…………!」

 マシニッサもここから本格的に攻勢に入る。翦瑜はここで彼が全力で突っ込んでくることを想定していた。

「…だが違うんだよな」

 マシニッサのスーツの袖から現れたのは小型の「デリンジャー銃」

「!? んん?!!」

 白状するならば、翦瑜は完全なデスクワーク派の人間であり、裏世界に身を投じながら、実は銃を見慣れていない。

「ダァンッ!」

 発砲した?! と一瞬だけ思ったが、していない。ただ声で銃声の真似をしただけだ。

 翦瑜のスタンド『ルート44』は、破壊力は申し分ない物の、スピードが不足し銃を止めることができない。

 もしここでマシニッサが発砲していれば、すごく残念なことに詰んでいた。

 だが、しなかった。 しなかったはずなのだが……

「…!!??」

 声が出ない。めまいがする。地に膝が落ち、足も止まる。そして……胸が痛い。

「ただ、「ビックリした」だけなのに……って面をしてるな」

「??!!」

「あんまりヒントはやらん。だが「カートゥーン」では「物すごくびっくりしたり」、「一目惚れしたり」すると」

「ハートが飛び出すだろう? 実際に起きたら恐いよな「ハートが飛び出す」って」

 意識の定まらぬ中で、翦瑜が後ろを振り向くと、左胸が異様に細長く隆起しており、

 そしてその終着点には「ハート」があった。


「あ゙……あ゙」

「あたくしの『エモーション・アンド・コモーション』に殺傷能力はほぼない」

「アンタの素性はある程度調べ、どんな奴かも知ってるが殺しはしないよ。ルールだしな」

 マシニッサ個人としては、ハートが前に飛び出さなかったのは少々不満だったが、これでサイコロに手が届く。

 もうすでに用無しとなった銃を地面に捨て、悠々と歩み出す。

「まあ膝こそ着いたが、倒れないのは流石だよ。流石はカタギじゃないてだけは……」

「……」

 突如として、マシニッサの足首を掴む手。『ルート44』の手だ。

「あ゙…………」

 本来ならば破壊力-Aの握力も、「ハートが飛び出し」意識が定まらない状態ではほとんど足止めにはならない。

「…………まあ、ヌルゲーだったわ。あたくしのまえ゙!!!?」

 マシニッサは最初、何が起きたのか分からなかった。

 だが、すぐに分かった。左胸が細長く隆起し、その先端にハートがある。

「が……い゙」

 解除しろ。翦瑜がそう言っていると、マシニッサは直感で分かった。

 ここでの解除は明らかにあとから足を引っ張る要因になりかねない。

 なりかねないのだが……

「……ぐっ」

 マシニッサは敢えて『エモーション・アンド・コモーション』を解除した。


 サイコロまでの位置、翦瑜2m、マシニッサ1m84cm。

 互いに胸を抑え、げほ、ごほと咳き込む二人。二人とも『スタンド』は解除されてしまった。

 だが――

「「膝を着く」前に解除したあたくしの方が速いッ!」

 そう、マシニッサは速攻で解除に踏み切った。対して翦瑜はほぼ一瞬とは言え意識を失い強制解除となった。

 つまり、倒れる直前で持ち直した翦瑜は走る態勢に入れなかったのだ。

「そしてサイコロを掴むッ! このゲームやはりヌルゲーだ! 距離さえ取れば勝負にすらならない!」

 そう、このゲームは「サイコロを独占したもの勝ち」だ。

 サイコロを先にとって距離を取れればそれで勝ち。確かにヌルゲーだ。

「だがサイコロを「振れれば」の話だろうッ!」

 翦瑜はそう言ってマシニッサが落とした「デリンジャー銃」を手に取る。

 翦瑜は握力にも自信はないが、このサイズなら外さない。

(要は殺さなければいいのだろう。死なない程度にハチの巣に)

 そんなことを思いながら引き鉄を引く。

「……?」

 カチッカチッカチッ。

 弾切れですらない。最初から弾倉に銃弾が込められてすらいない。

「弩阿呆がァーッ! このマシニッサ・メイソンが殺すためだけにある道具を好き好んで持ち歩くか!!」

「いや、だからって普通は一発くらい弾込められてると思うだろ! 寧ろ入れとけよ一発くらい!」

「やかましいッ! サイコロを手にすれば勝ちって事実は揺るがんだろうがーッ」


 ところ変わって刑務所の管制室。

 さきほど宇宙刑事と呼ばれた男と、その後ろには彼の上司と思しきシルクハットの初老男性が一人。

「で、どうだい戦況」

「はい、サイコロは結局マシニッサに渡り、現在52マス中30マス進んでいます」

「出目は?」

「8回振って5が5回。3が1回。1が2回です」

「……それで、翦瑜はまだ1マスも進んでいないと」

「我ら『ディザスター』がねじ込ませたルールだが……これは不味いな」

 このゲームには致命的な欠陥がある。

 シルクハットの男や、マシニッサが思うように、「離されたら追えない」という致命的な欠陥が。

 だからこそ、最初にサイコロを取った者が事実上の勝者。

 遠隔操作型スタンドの使い手ならば逆転の余地がないわけではないのだが、近距離パワー型スタンドの『ルート44』では「本当に追えない」

「…………」

 黙々とサイコロを振って進むマシニッサを、翦瑜は目で負うことができない。

「……んん?」

 マシニッサはその流れ作業に飽きて後ろの翦瑜に目をやるが、そこには背を向けて下がろうとする翦瑜の姿が。

「諦める。諦める。ね。まあ、いいんじゃあないのか? 今回の勝負、命の駆け引きじゃあないんだし」

「……んん?」


 一発。

 マシニッサに到底届くことはない位置から放つ全力の正拳突き。

 そこから間髪いれずに――

「ガリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャ――」

 翦瑜は、突如として唐突なタイミングで、刑務所の壁を『ルート44』の拳で以て全力で殴り始めた。


「な……なにをしているんだアイツは!? 何故に「連打(ラッシュ)」!?」

 驚くほど意味がない行為。

 八つ当たりにすらなっていない「蛮行」だ。

「気でも触れたかあい…」

 マシニッサは『ルート44』の手を見る。握られているのは

「削り取った「コンクリ片」!!」

「ガリャアアアアアアアッ」


 それを全力で放る。無論、それはマシニッサに向けられていた。

「何かと思えば、追いつけないからこんなことを! だが……」

 結論から言えば、マシニッサは投げられたコンクリ片を正面から腹に受け止めた。

「効…………」

「効か……」

 彼の身体はあり得ないほど反りかえり、その様は、さっきのハートが飛び出す動作のようであった。

 『エモーション・アンド・コモーション』の能力は物理法則をアニメ風にする能力。

 アニメ的アクションの影響によって、マシニッサの肉体に及ぼされるダメージは皆無だ。

「『ルート44』ッ!」

「!?」

 翦瑜が叫ぶと同時に、コンクリの表面からマシニッサの腹に対して伝わる新たなる衝撃。

(これは……さっきの連打(ラッシュ)のような……)

 マシニッサも実際これには驚いた。

 この滕翦瑜と言う男。何もかもが油断ならず、自身が相手でなければこの瞬間に打ち負けていただろう。

 翦瑜の『スタンド』、『ルート44』の能力は、「状態の感染」だ。

 先ほどは「自身の肉体の状態」を、今は「拳の動作状態」を「感染源」として切り出したマシニッサやコンクリ片に

「感染させた」



「だが、効かないッッッ」


「この『エモーション・アンド・コモーション』は無敵なのだよ翦瑜くんよ!」

「あたくしは切り刻まれようが、潰されようが、燃やされようが死な……」



「宇宙刑事ぃいい 今コイツ反則したぞ!!」



「はぁ?」

 翦瑜の突然の咆哮に、今度こそマシニッサは呆れた。

 反則だと? この期に及んで何を言っているのだこいつは、本当に気でも触れたのか。

 そう思った次の瞬間、ピンポンパンポンというアナウンス音とともに、さっきの宇宙刑事の声が響く。

『はい。異議申し立ては認められました。今回の勝負。滕翦瑜氏の勝利となります』






「はぁ!!!!!!?」


「何、えっ、何、何が起きた一体」

「さて、帰るか」

「おいちょっと待て滕翦瑜ぅッ 何でお前……何でお前…………」


「何でお前が勝ちなんだよおおおおお」

 初手で全てが決まる勝負が、さっきの一手で全て覆った。

 マシニッサに言わせれば不快や不明瞭を通り越してただただ「不可解」だ。


『不可解なんでしたら事情を説明致します。マシニッサ・メイソン氏』

『このゲームのルールは二つ。「相手の命を奪わない」と「出目以上進まない」』

『あなたはサイコロを振る前に「一マス進んだ」』

 正直言って、マシニッサ本人にこれ以上喰い下がるメリットはない。

 これが徹頭徹尾仕組まれた「出来レース」なのかどうかは知らないが、間違いなく運営に『ディザスター』が一枚噛んでいる。

 ここでこれ以上喰い下がれば『自身の組織』と『ディザスター』の全面戦争に発展しかねない。

 こっちは自由意志での参戦だからいい意味で「意地」もない。とくれば。

「……癪だが受け入れざるを得んだろう。命のやり取りじゃあないんだし」

「にしても翦瑜さん?この勝ち方はプライドが咎めたりとかしなかったのか?」

「さっきから黙ってるけどよ」




「…………ああ、俺ってそういう人間だから」

 ドヤ顔もキメ顔もすることなく、翦瑜は淡々とそう答えた。

★★★ 勝者 ★★★

No.4367
【スタンド名】
ムーン44
【本体】
滕翦瑜(テン・ジャンユ)

【能力】
触れたものの「状態」を「感染」させる








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最終更新:2022年04月17日 13:52