第12回トーナメント:予選③
No.1057
【スタンド名】
バタフライ・キッス
【本体】
壮周(ソウシュウ)
【能力】
とまった場所に蝶々型の穴を空ける
No.5562
【スタンド名】
サム・スカンク・ファンク
【本体】
岩切 稀典(イワキリ マレスケ)
【能力】
固定されているものを「ズラす」
バタフライ・キッス vs サム・スカンク・ファンク
【STAGE:屋内プール】◆dMoz/OKkYY
AM 1:00
暗く静まった、都会の中にある屋内プール。
ゆらゆらと揺れる水が外から差し込む電光を乱反射し、広い空間を幻想的に照らしていた。
昼間は多くの老若男女が水と戯れるプールも、深夜ともなれば湖畔のように静まりかえる。
張られた真水は、明日もやってくる人間を待っている。
水は眠らない。
エントランスの方向から男の声が響いてくる。
明朗な彼の声は、湿ったプールの空気を僅かに震わせるように伝わった。
―――うーっす、ココでいいんだよね?
いやー、遅れてゴメン! こんな夜中にやるとは思ってなくてさ、オレこんな夜中まで起きれないタチなんだよね!
そうそう、ちょっと寝ちまってた!
水の上の巨大な空間を、一匹の蝶が飛んでいた。
この世のものとは思えない、藍色に輝く美しい蝶だった。
音もなく、フワフワと空間を漂う姿は、プールの空気と完全に一体化していた。
水が反射する光に照らされ、サファイアのように輝きながら踊っている。
―――あ、やっぱりもう来てる?
オレが入ったら即試合開始? りょーかい了解!!
エントランスにいる立会人から説明を受けた後、対戦者の男の足音がプールに接近する。
更衣室を抜け、広大なプールまで躊躇なく歩いてきた。
蝶は、いまだ自由に空間を漂っている。
天井でのバチンという音が、プールの静寂を断ち切った。
立会人が、プールの照明のスイッチを入れたのだ。
……試合開始の合図。
プールの出入口には、場違いなスーツ姿の男が一人立っていた。
「あら、水張ってあんのか。濡れたらどうしよ……まーいっか!」
独り言を呟き、男はその場にブランドもののスーツを脱ぎ捨てた。
「さーて、対戦相手はどこかなぁーっと」
ネクタイを弛めながら、彼は屋内を見回した。
宙に舞っていた藍色の蝶は、既にどこかに消え去っていた。
男は周囲に警戒を払いつつプールサイドを歩く。
男の名は【岩切稀典(イワキリ マレスケ)】。
興味本位でこのトーナメントに参加した。
目的は無く、優勝時の望みもまだ決めていない。
ただ「面白そうだから」参加した。それだけ自由人な男だ。
プール内に他の人間の気配は無かった。
しかし立会人によると、既に対戦相手は到着しており、先にここで待っているらしい。
罠を張って待ち伏せている可能性も十分に考えられる。
稀典は飛び込み台が並ぶ端に立ち、広い空間を一望した。
「やれやれ……かくれんぼはしたくないんだけどな。」
むわっとした空気に早くも汗ばんできた稀典は、相変わらず独りで悪態をつく。
ガラス張りの壁から外の夜景を見た後、再び屋内へと目を移した。
「…お?」
稀典が発見したのは、水の上を舞う一匹の蒼い蝶。
先ほどと同じ、藍色の蝶だった。
しかし、照明が点いている今は、先ほどのような美しさはあまり感じられない。
むしろ、「屋内プールの中に蝶がいる」という、異様な光景があるにすぎないようだった。
「なにあれ!蝶ビックリ!……なんちゃって!」
稀典はニカッとした笑顔でオヤジギャグをかました。
だがやはり聞いてくれる人がいないと虚しいのか、すぐ真顔に戻り蝶を見つめる。
どう考えても怪しい。
(あれが相手のスタンドか…)
稀典は蝶を注視しながら、さらに入り口の反対側の方へ歩いて周る。
(姿を見せてきた以上、いつ何をしてくるか分かんねーからな……)
それまでどこか剽軽な中年だった稀典は、既にスタンド使いとしての臨戦態勢に入っていた。
(あの蝶がスタンドだとすると、相手は遠隔操作型か?隠れながら攻撃するつもりだろうな…。オレのスタンドならギリギリ届きそうな距離だが……)
稀典の腕から、硬質な人型スタンドの腕が浮かび上がった。
稀典のスタンドは他の人型スタンドに比べてパワーは劣るが、比較的遠くまで移動させられるのが強みだ。
今すぐにあの蝶を打ち落とすべきか……稀典は悩んだ。
その時。
「ウッ!!」
稀典の脇腹に、強烈な寒気のような感覚が走った。
稀典は咄嗟にその箇所を触る。
「な……!」
―――無い。
脇腹に小さく「穴」が開いている。
「なんだこりゃあッ!?」
見ると、自分の脇腹にはワイシャツを貫通し、小さな蝶の形をした穴が開いていた。
どこまで深くえぐれているのかは分からないが、今まで見たこともない自分の「中身」が今にも見えそうだった。
自分に開いた穴を見て、遅れて激しい痛みがやってくる。
「グゥゥッ、コイツはヤベェッ!!【サム・スカンク・ファンク】!!」
稀典のスタンドが全身を現す。
顔の部分は骸骨のようで、足にはキャスターのような車輪がついていた。
「この穴を……『ずらせ』ェッ!」
【サム・スカンク・ファンク】は蝶型の穴に指を突っ込むと、一気に下まで押し進めた。
すると、穴はグイグイと下までずれていき、腰、脚を通り、そのまま地面に到達した。
すっかり穴はプールの床に移り、稀典の体の穴はどこにも無くなった。
多少出血していたが、命に関わるほどではない。
「あの蝶、ガッポリと穴を開ける能力があるのか。クソッ、見た目以上にエグい能力じゃあねーか……」
稀典はそう言って正面を見た。
(…って、そんなこと言ってる場合でもねーみたいだ……)
無数の藍色の蝶が、稀典に向かって飛来していた。
「マズいッ!」
稀典はプールサイドを駈け出した。
(あんなのに攻撃されたら……穴だらけになって死ぬぞッ!)
しかし、ここは閉鎖的な屋内プールの中。
長く逃げられるはずがない。
しかも、相手は無数の蝶のスタンドだ。
「クソォ!本体はどこなんだァッ!」
音もなく一斉に迫る蝶の恐怖と、本体が見つからない焦りが同時に押し寄せる。
(排水口の中か……?)
プールの床の至る所にある排水口。
その中に潜んでいる可能性は充分にある。
「畜生!そこかッ!」
目の前にあった排水口の蓋をを勢いよく開ける。
そこには人が一人入れそうな、真っ暗な空間が広がっていた。
「クソッ!来るんじゃあねー!」
稀典はその中に入り、蝶の群れから逃れるために蓋を閉めた。
姿勢を低くし、所々から灯りが見えるだけの排水口の中を急いで進む。
(意地でも見つけてやるぜ畜生!)
その時、後ろでボコボコと穴が開く音がした。
(そうだった……アイツらは穴を開けられるんだった…!)
チラリと後ろを見ると、上から差し込む光と共に、何匹かの蝶が排水口に降りてきていた。
(ヤバい……思った以上にヤバい!こんなことになるんなら遅刻するんじゃあなかったぜ……)
自らの過ちを後悔するが、今は稀典は蝶から逃れなくてはならない。
(考えなければ……相手が一番潜んでそうな場所を…)
稀典は思いを巡らせた。
はじめ、蝶は水の上を漂っていた。
仮にあれが、敵の場所を察知するためだったとしたら……
(“水の中”……!)
ありうる。
考えてもいなかったが、相手が水中に潜める手段を持っているのであれば……
「!」
正面から、不穏な蒼い光が近づいてくる。
蝶だ。
別の場所から、もう1グループの蝶が接近してきたのだ。
後ろからも同じ、数匹の蝶が迫ってくる。
(挟み撃ちにするつもりか……!しかし…)
「【サム・スカンク・ファンク】!!」
稀典のスタンドが、離れた場所にあった排水口を“ズラし”、本体の頭上まで持ってきていた。
「うりゃッ!」
勢いよく上へ飛び出すと、そこは水際の縁の部分だった。
(チャンスだ!)
水の中なら、蝶も追ってこれまい。
ワイシャツ姿のまま、不格好にプールの中へ飛び込んだ。
(覚悟しやがれ……!)
無数の泡に包まれながら、稀典は水中で目を開けた。
水は透き通り、スタンドの視力と併せて遠くまで見ることができた。
「馬鹿な奴だな。」
「!」
稀典は、ハッキリと男の声を聞いた。
水中ではない。プールサイドからだった。
「お前がプールに飛び込むのを待っていた。」
稀典は水面から顔を出した。
そこに立っていたのは、唐装に鼻掛け眼鏡の若い男だった。
彼の全身からは、無数の蝶が飛び立っているところだった。
「我が【バタフライ・キッス】は群体のスタンド。私のもとに集まり偏光させることで擬態していた。この【壮周(ソウシュウ)】は最初からここに立っていた。」
壮周と名乗った男の体から飛び立った蝶は、一斉に稀典の方へ向かってくる。
「お前は終わりだ。我が蝶は水の中だろうが構わず襲う。三百六十度無防備な状況の中で、この攻撃は防げない。」
稀典の背中に、1つ穴が開く。
排水口から出てきた蝶たちが稀典のもとに到達したのだ。
「とまった場所に穴を開ける。お前の“ずらす”能力も、流動物しかない水の中では無意味だろう。」
「……オッケー」
「?」
水の中でボコボコと音を立て、稀典の体に少しづつ穴が増えていった。
それなのに、彼には余裕があった。
「OK OK、蝶OK。アンタが出てきてくれたのは幸運だった」
「死ね。」
稀典の言葉を無視して、壮周は全ての蝶を稀典にけしかけた。
「!!」
その瞬間、異変を察知した壮周が目を見開いた。
「戻れ、【バタフライ・キッス】!」
壮周がそう叫んだ時、壮周の足元がグラつきはじめた。
身の危険を感じた壮周は、後方に飛び退いた。
ボンッという音を立てて、プールサイドに巨大な何かが突き出してきた。
電信柱だった。
「実はね、ココに来るまで集めてたんだよ」
プールの中の稀典がそう言っている間、プールサイドの床の下から次々に巨大な物体が飛び出し、壮周を襲った。
郵便ポスト、街灯、看板、街路樹など。
壮周はそれを歴戦の勘でかわしていく。
「街のいろんなトコからさ、このプールのすぐ外まで【ずらして】持ってきてたんだ。まあ、遅れたのはそのせいもあってさ」
壮周はせり出す物体の直撃こそ逃れているが、体には大量の痣ができるほどぶつかっていた。
稀典の攻撃が終了すると、プールサイドには街ができていた。
「どうした?その蝶々で自分の身を守ったらどうだ?」
大量のオブジェに囲まれて見えなくなった壮周に、稀典は声を掛けた。
ガオン、という大きな音が鳴り、ネオンのついた看板に巨大な蝶型の穴が開いた。
その向こう側には、口から血を流した壮周が立っていた。
彼の目は激しく殺気立ち、ヒビの入った鼻掛け眼鏡が眼光を際立たせていた。
壮周の隣には、アオザイを着た人型のスタンドが立つ。
「そいつが本気モードのスタンドか……オレの武器とやるかい?」
周囲のオブジェがグラグラと動き出す。
これらに押し潰されれば、ひとたまりもないだろう。
「勝ち誇って、いるのか?」
壮周が尋ねた。
あくまで冷静な声だった。
「…お前、まだ何か隠してんのか?」
「勝ち誇った人間に裁きをくだすのが我が役目。貴様のような人間こそが排除対象だ。」
壮周が一歩踏み出した。
「お前……しばらく寝てろッ!」
【サム・スカンク・ファンク】が全てのオブジェを鈍器のように振りかざした。
そして壮周を押しつぶすように、一斉に「ずれて」いった。
「!!」
稀典には信じられないことが起こった。
壮周が潰れない。
それどころか、壮周を取り囲むようにして「ずらしていった」にも関わらず、彼の姿は稀典からハッキリと見えていた。
その理由は【穴】だった。
看板に開いていた巨大な蝶型の【穴】の中に壮周がいた。
【穴】はまるで本物の蝶のように羽ばたくような動きをして、迫り来るオブジェに隙間を作り、壮周を守っていた。
「【穴】が舞い、【穴】が攻撃をする…すなわち【バタフライ・キッス】の新たなる段階。」
(マジか……『成長』したのか?スタンドが?)
水の中の稀典は、無意識に後ろに泳いでいた。
身の危険を明確に感じていた。
壮周は【穴】に守られながら歩みを進め、水際に接近してきていた。
もはや彼の動きを止める術は無い。
「お前!」
稀典は壮周をまっすぐ見つめ、プール中に反響するほど大きな声で叫んだ。
「飛び込むのか?お前は既にオレのスタンドの射程内にいる。お前が飛び込んだ瞬間、【サム・スカンク・ファンク】が本気でお前を攻撃する」
「……。」
あと一歩で水に入るという場所で、壮周は立ち止まった。
「どこから来るか、分かんないんだぜ?その上、お前のスタンドで防御しようにも間に合わないくらいの速さでな」
「……。」
「着水した瞬間だ」
「……。」
二人はしばらく睨み合った。
水は呑気なほど穏やかに揺らめいていた。
スッと、壮周が片足を出した。
稀典の目が見開かれる。
壮周はゆっくり足を下げる。
そして、彼の爪先に波紋が広がった。
「!」
「!!」
正面。
壮周の正面の空間から、【サム・スカンク・ファンク】のパンチが顔面めがけて飛んできた。
【バタフライ・キッス】はそれと同時に、クロスカウンターの如くストレートを繰り出した。
人が車に撥ねられたような音がプールに響いた。
吹き飛ばされたのは壮周だった。
真後ろにではなく、横に飛ばされていた。
「【サム・スカンク・ファンク】。光を『ずらして』ビジョンの場所を撹乱させた」
水際で伸びている壮周に対し、稀典は呟くように言った。
「世の中頭だぜ、兄ちゃん。オレはそうやって生きてきた。感情だけじゃなかなか稼げねーし、女もできねーぜ」
「頭か。大事な臓器がなくてそんなことが言えるのか。」
壮周はそう言った。
まだ気絶していなかったようだ。
稀典には言っている意味が分からなかった。
稀典の周りの水が、赤く染まり始めていた。
「なん…だと…?」
稀典と【サム・スカンク・ファンク】の身体には、大きな蝶の【穴】が開いていた。
「蝶展開じゃねーか……」
そう言うと、稀典は血を吐き、水の中に沈んていった。
稀典が完全に沈むと、その場所から無数の蝶が飛び出た。
蝶達は、辛うじて意識が残っている本体のもとへ戻っていく。
壮周は、稀典が自分の爪先にだけ注目していたことを利用していた。
足を水に着ける時、壮周は自分の身体にスタンドの【穴】を開けていたのだ。
攻撃された瞬間、その【穴】を相手のスタンドに移した。
壮周の目はハッキリと、恐ろしいほど鮮明に見開かれていた。
立会人がプールに入ってくるまで、彼の意識は保たれていた。
★★★ 勝者 ★★★
No.1057
【スタンド名】
バタフライ・キッス
【本体】
壮周(ソウシュウ)
【能力】
とまった場所に蝶々型の穴を空ける
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最終更新:2022年04月17日 13:53