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第12回トーナメント:決勝①




No.6754
【スタンド名】
ティン・エンジェル
【本体】
白鷺 かふら(シラサギ カフラ)

【能力】
接触する二つのモノを徐々に癒着させる


No.1057
【スタンド名】
バタフライ・キッス
【本体】
壮周(ソウシュウ)

【能力】
とまった場所に蝶々型の穴を空ける




ティン・エンジェル vs バタフライ・キッス

【STAGE:夜の学校】◆4aIZLTQ72s





 「鷺は洗わずしてその色白く、染めずして烏は黒し」――という言葉がある。

 鷺(さぎ)の白色も、烏(からす)の黒色も、生まれつきのものだ。生まれたその瞬間から、二羽の鳥はその『色』と決められている。
 鷺と烏にとって、白や黒は単なる羽の『色』ではない。一生変えることのできない『個性』、もしくは『性』(さが)なのである。

 前述の言葉は、そうした鳥たちの宿命から転じたものだ。
 人の一生も同じ。
 人の『運命』は、生まれつき定められているのだ――――。


**

 『運命』という名の牌。
 人の一生をドミノに例えるなら、壮周の牌が倒れたのは十二歳の夏だった。
 ある日、幼き壮周は、アムール川に二人の男の死体を沈めた。その男たちは、『水龍会』と呼ばれるグループに所属する構成員だった。
 麻薬密売、人身売買、要人暗殺、売春、賭博――『水龍会』は節操もなくあらゆる行為で、あらゆる人の人生を金に換えてきた集団だった。
 壮周の住む町を恐怖で支配していた。
 
 「『水龍会』に手を出してはいけない」

 その町で暮らす者なら、誰でも知っているルールだった。壮周も当然知っていた。知った上で、その関係者を二人、手にかけた。
 抜き差しならない事情があったことにはあったのだが、それは向こうには関係がなかった。
 気がつけば、壮周は組織から選択を迫られていた。

 グループの一員として生まれ変わるか、殺した二人と同じ水を飲むか――――。

 ――壮周は前者を選んだ。彼のドミノは、始点を遥か遠くへ置き去りにして、倒れ続けていく。
 彼は『水龍会』の狂犬になり、黒竜江(ヘイロンチヤン)省一の殺し屋になり、組織の幹部に上り詰め、中国政府に牙を剥き、国を追われ――

 ――――そして現在、全世界共通の『敵』と化していた。


**

 都内某所、午後九時。
 美しい銀色のツインテールを揺らして、白鷺 かふらは、ある小学校の正門前に来ていた。
 かふらは、肩掛けのカバンから『赤い封筒』を取り出し、中の紙を広げる。

 「……ここでいいんですよね」

 ネイルアートを施した指先で、案内状に記された学校名をなぞる。そして校門の銘板に刻まれた名前と見比べて、違いがないことを確認する。
 そして、この時間普通なら施錠してあるはずの門を開き、敷地の中へと足を踏み入れた。
 校庭を横断し、玄関へ。明かりのない真っ暗な校舎に入ると、靴はそのままで、かふらは階段を上がり二階へ。
 すると、階段をのぼりきってすぐの教室から、蛍光灯の光が漏れていた。がらら、と戸を引くと、教室の中には二人の男がいた。
 かふらは、黒いスカートの裾をつまんで上げて、頭を下げた。

 「こんばんは。わたくし、白鷺 かふらと申します。よろしくお願いいたします」

 窓際の席に座る、白の唐装を着た若い男――壮周は、かふらを見ようともしなかった。
 小さなイスにどかっと腰掛け、学習机に頬杖をついて、窓の外を眺めていた。
 
 「よろしくね、白鷺さん。僕はこの試合の立会人、鷲尾だ。彼は君の対戦相手、壮周君」

 教室の後ろにいたもう一人の男が、かふらの挨拶を受けてそう言った。
 彼の名は鷲尾(わしお)。この試合の立会人である。
 パーマがかった茶髪と、真っ黒のスーツ。そして落ち着いた低い声が特徴的な男だった。

 「さて、白鷺さん。教壇の上に、『錠剤』が置いてあるね? それを取ってもらえるかな」

 壇上の机を指差して、鷲尾が言った。見ると、確かに机の上に、一錠の薬らしきものが置かれていた。
 かふらはそれを手に取り、壮周の方を見た。壮周の手元にも、同じものがあった。彼もまた、同じ錠剤を受け取っていた。

 「なんですの?」
 「即効性の『神経毒』だよ。二分で全身が麻痺して動けなくなる……三分で心臓が止まる。強力な毒だ」
 
 ぴくり、と壮周が眉を動かした。ぴりりとした緊張が走り、空気が張り詰めたようになる。
 立会人・鷲尾は、かふら、壮周、二人の表情を伺ってから、言葉を続けた。

 「関係のない壮周君には気の毒だが……白鷺さんがね、二回戦である人を殺してしまったんだ。
  で、その人のバックに潜んでた奴らがカンカンでね……僕たちに圧力をかけてきてる。『こういうルール』にしないと納得してくれないんだ」
 「……つまり、デスマッチか」

 そう呟き、壮周はふん、と鼻を鳴らした。


 「解毒剤は僕が持ってる……が、一つだけだ。君たちには、これを賭けて闘ってもらう。
  自分の命は自分で勝ち取れ。解毒剤を手に入れ、勝利を掴んだ者が、今大会の優勝者となる」

 懐から取り出した解毒剤入りの小瓶。鷲尾は、それを自身の傍らに置き、そう言った。
 壮周は、眉間にしわを寄せて思案する。

 (制限時間は三分。それ以内にこの女を殺せなければ……共倒れというわけだな)

 すると、壮周の元へかふらが近寄り、ぺこりと再び頭を下げた。

 「壮周様、申し訳ありません。わたくしのせいで」
 「……手を出しちゃいけないやつに手を出した。よくあることだ」

 壮周は、かふらに一瞥もくれずに、ただそうとだけ答えた。
 よくあること。それは本心から思っていたことだから、そう言っただけにすぎない。
 壮周自身、十二歳の頃に、かふらと同じことを経験済である。
 殺してはいけない相手を殺した――いつの世も、誰であろうとも、それは仕方のないことなのだ。

 「気にしなくていい。お前の事情は私には関係ない。解毒剤を飲むのは……私だ」
 
 会話を断ち切るように、それだけ口にして壮周は立ち上がった。
 
 「二人共、それを飲み込んだら、僕に見えるように口を開けて」

 鷲尾が毒の服用を促した。かふら、壮周の二人はそれぞれ、錠剤を口に運ぶ。
 口の中へ乱暴に放り込み、ごくんと飲み下した壮周とは対照的に、かふらは指を口に入れたまま、それを離そうとしない。
 錠剤を飲み込んでなお、指をねっとりと舐っていた。彼女の瞳は、ばっちりと壮周の横顔を捉えていた。

 (ああっ、壮周様! なんて冷たい瞳をする方なのでしょう……しかしその声からは、燃え滾るような強い意志を感じます……。
  ううっ、ダメです! ダメッ、はしたない! でも、でもっ、わたくし――)

 かふらは、溢れ出る唾液をくちゃくちゃと指で掻き回し、強烈な視線を壮周に向けていた。
 表情一つ変えず、壮周はかふらを気にも留めなかった。否、『留めないようにしていた』。
 本当のところは、背筋に寒いものを感じずにはいられなかった。それを必死に隠していたのだった。
 
 (欲しくなってしまいます……!)

 タガの外れかけた彼女のその表情を、直視できない。得体のしれない恐怖と、それを自分が感じていることを理解し、壮周はひっそり肌を粟立てた。
 そして、二人は鷲尾に向かって、あんぐりと口を大きく開いた。
 鷲尾は、それぞれの口内を覗き、毒の錠剤が残っていないことを確認して――――

 「……よし。じゃあ、はじめてください」

 ――戦闘開始を、冷ややかに告げた。


 ** 

 (毒の巡りを待つ気はない! 一分で楽にしてやる……!)

 戦闘開始の合図と共に、その場でまず仕掛けたのは、壮周だった。
 壮周の傍に、彼のスタンドである『バタフライ・キッス』が、アオザイを纏う人型の状態で出現し、その拳をかふらに向けて突き出した。
 かふらは、床を蹴って後方へ跳び、最初の拳を回避した。
 かふらの背後は、教室の廊下側である。
 拳を回避した流れで、教室を飛び出し、廊下へ逃れようとしたかふらだったが、ぐん、と伸びた『バタフライ・キッス』の右手に、胸ぐらを掴まれてしまった。

 「きゃぁ!」
 「逃げるな……!」

 かふらの身体は、ぐい、と壮周の方へ引き寄せられる。
 『バタフライ・キッス』は、空いた左手で拳を作り、それを後ろへ引いた。
 まるで、矢を放つ前の弓のようだった。放たれる拳は、矢の如く対象を貫くであろうことは確実だった。

 「くッ……『ティン・エンジェル』ッ!」
 「もらったッ!」

 拳をもらう直前、かふらは自身のスタンドである『ティン・エンジェル』を発現させたが、ぎりぎりのところで間に合わなかった。
 天使のような愛くるしいフォルムの『ティン・エンジェル』は、『バタフライ・キッス』の拳を受け止めきれず、ハエのごとく床に叩き落された。
 そしてなおも勢いの止まらない『バタフライ・キッス』の拳は、かふらの胸に突き刺さる。
 神経毒など待たん、と言わんばかりの、心臓を直に押し潰されそうなほどの拳だった。
 かはっ、と苦しげに息を漏らして、かふらの華奢な身体は吹っ飛ばされ、教室の引き戸へと叩きつけられた。
 かふらを受け止めた引き戸はレールを外れて、廊下に倒れてかふらの下敷きになった。

 「うッ……!?」

 ダメージを受けた胸を抑え、かふらがゆっくりと腰をあげようとしたときだった。
 かふらの胸から、一羽の『蝶』がひらひらと飛び立った。
 何かと胸もとに視線を落とすと、胸を抑えるその右手が、真っ赤に染まっていることに気がついた。
 それだけでなく、なにかどろどろとした生暖かい感触もあった。
 恐る恐る、かふらは胸から手を離す。するとかふらは、殴られた箇所の肉が、蝶の形に抉られていることを知った。
 蝶を象った穴が空いている。
 温泉の源泉のように、そこから多量の血液が湧き出していたのだった。
 
 「じっとしていれば、そのまま心臓ごと穿ってやる。私の『バタフライ・キッス』でな」

 壮周のスタンド『バタフライ・キッス』の周囲を、かふらから離れた一羽の蝶が舞っていた。
 その蝶は『バタフライ・キッス』のアオザイにとまり、同化するように姿を消した。
 蝶の姿を見て、かふらは理解した。あの蝶こそが、『バタフライ・キッス』の武器であると。

 (蝶が触れた箇所を、その形に抉りとる……おそらくそれが壮周様のスタンドの能力ですわ。
  そしてその蝶は、壮周様のスタンドから自由に生み出せる……)

 おそらく、その読みは外れていない。そしてそれが事実であるなら、恐ろしく残酷かつ強力な能力だ。ゆっくり考える時間はない。
 そう気づいて、かふらは頭を切り替え、すっと立ち上がった。
 そして、げほっ、と咳をして、肩掛けのカバンから、匕首(あいくち)を二本取り出した。


 「護身用か? くだらん」

 かふらの武器を鼻で笑い、壮周が歩みを進めようとしたときだった。壮周は、右足がまったく持ち上がらないことに気がついた。
 靴裏が、床とぴっちり『癒着』していたのだった。
 壮周の靴と床、二つの物体はその境目すら曖昧にして、もはや一体と化していた。
 壮周が足下を見やると、先ほど叩き落としたかふらの『ティン・エンジェル』が、床をぺたぺたと触っていた。
 これは、『ティン・エンジェル』の能力――――このスタンドが触れている物体と、それに接している別の物体とを、癒着させる。

 「足が……くっ付いて……!」
 「申し訳ございません、壮周様。そのままでお願いいたしますわ」

 口元をにやりと歪めて、かふらは持っていた匕首を、壮周の首を目掛けて投擲した。
 壮周は顔色一つ変えず冷静に、『バタフライ・キッス』の右腕を、無数の蝶に分解する。そしてその蝶の群れで、飛来する匕首を包み込んだ。
 匕首は、跡形もなく空中で消失した。『バタフライ・キッス』の能力――――蝶に触れたものに、蝶型の穴を穿つ。
 そして『バタフライ・キッス』の正体こそ、無数のその蝶の、集合体なのである。

 「! 消えた……?」

 『バタフライ・キッス』が無数の蝶を空中に発現させている間、かふらはその隙にその場から移動し、身を隠していた。
 ちっと舌打ちして、壮周は腕時計をちらと覗いた。殴り合いを始めてから、三十秒が経過していた。
 そしていつの間にか、教室にいたはずの立会人・鷲尾も姿を消している。

 (あの立会人は、神経毒は二分で全身の自由を奪うと言っていた……。
  そして、勝利条件である相手の死……。つまり、立会人のもとへ白鷺 かふらの死体を運ぶ必要があるわけだ。
  その時間も考慮すると、猶予は残り『一分』といったところか。一分以内にあの女を始末しなければ、私も女も中毒死だ)

 自分に与えられた猶予の計算を済ませると、壮周は蝶の群れを集合させて、再び人型を形成した。
 そして、完全に床と癒着した靴を脱ぎ捨てて、裸足のまま教室を出た。
 明かりがないため、廊下は真っ暗だったが、かふらを追うのに困りはしなかった。
 床に滴るかふらの血液が、生臭い鉄の臭いを発していたからだった。
 いやってほど臭うこの血の香りをたどれば、手負いの鷺をとらえるのは簡単だ。目も直に、この暗さに慣れる。
  
 カラスのような狡猾さで、壮周は確実に、かふらを追い詰めていた。

 「……ッ! これは……!」

 血の臭いをたどって歩き出したときだった。壮周は、裸足の足裏に鋭い痛みを覚えた。
 足を上げて確認すると、足裏に無数の画鋲が突き刺さっていた。
 じっくり目を凝らして廊下を見ると、意図的に撒かれた画鋲が、針を上にして獲物を待ち構えていたのがわかった。
 
 「画鋲か……チープなトラップだ。こんな小細工――」

 言いかけた、そのときだった。


「あはっ! わたくしはここです、壮周様!」

 壮周のすぐ近くで身を潜めていたかふらが飛び出し、壮周の背後にまわった。
 そして、先ほど投擲した匕首とは別の、もう一本の匕首を、壮周に向かって突き出した。
 
 「! 後ろかッ――」

 しかし壮周も、腐っても元マフィア。多くの殺意を躱し、あまたの死線をくぐり抜けてきた男である。
 咄嗟の反応速度は、超人的といってもいいほどだった。
 壮周の急所を狙ったかふらの匕首は、壮周の振り上げた右腕に刺さり、骨で止まった。
 かふらの闇に乗じた奇襲は、失敗したのである。

 「!!」
 「甘いぞ、女!」
 「……あはっ」

 ――しかし、実際はそうではなかった。
 かふらは愉しげに口元を歪めて、脱兎のごとくその場を走り去っていく。
 なぜ追撃をせず、離れたのか。その理由は、右腕に刺さった匕首を見ればすぐに判明した。
 匕首の柄の部分に、『手榴弾』が癒着してあったのだ。――当然、ピンを引き抜かれた状態で。
 状況を理解して、壮周は大きく目を見開いた。

 (しゅ、手榴弾……! な、なんなんだあの女……、なんで、こんなもの持ってる!?)

 理由は一つ。
 白鷺 かふら……彼女は、貿易業で栄えた『白鷺一族』の一人娘だからである――。

 (くそ――――)

 壮周は、手榴弾付き匕首を素早く引き抜き、宙に放った。
 が、一歩遅かった。
 手榴弾は空中で炸裂し、その爆風は壮周の全身をまんべんなく打ち付けた。
 あまりの衝撃に、懸命な踏ん張りも虚しく、壮周の身体は弾き飛ばされた。

 「ああ、壮周様……」


 **

 (……ぐッ……)

 数メートルの距離を吹き飛ばされ、廊下に倒れた壮周は、重たい瞼をゆっくりと開いた。
 幸いなことに、壮周の肉体も意識も、爆発で粉々にされはしなかった。
 いくつかの骨がへし折られたのと、両耳の鼓膜を破壊されたのと、お気に入りの唐装を焼かれた――ダメージはその程度で済んだ。
 それは、咄嗟に眼前に展開させた『バタフライ・キッス』の防御壁の功績である。無数の蝶を発現させ、それを盾にして身に受ける爆風を軽減したのだ。
 しかし、だからといってすぐに立ち上がって戦闘再開、とはやはり行かない。
 足の骨も折れているし、頭も強く打っている。ボコスカ殴り合っていい状態でないのは明らかだった。
 ――更に。
 
 (……く、身体が……痺れる……毒が、まわってきやがった……)

 壮周は、自分ではすぐに目を開いたと思っていた。が、実際はそうではなかったらしい。
 正確には手榴弾の炸裂から、約一分ほどの時間が経っていた。
 これは、壮周があらかじめ設定していた猶予を、何もせずに使い切ってしまったことを意味している。
 戦闘開始から二分が経過――――つまり、神経毒が身体を蝕み始めたのである。
 
 (ぐぅッ、くそ! くそッ! 動け、動け! 動けよッ!)

 自分に許された寿命は、残り一分。
 ここで立ち上がり、走り、スタンドを使ってかふらを殺さなければ、このまま毒に灼かれて死を迎えるのである。
 しかし、毒は筋肉の収縮と弛緩を許さない。神経の伝達を遮断して、壮周の必死の焦燥を無慈悲に握りつぶすのだ。
 仮にそうでなかったとしても、壮周が全身に負ったダメージの総量からすれば、もう闘うのは不可能である。

 (くそッ! くそぉッ! こんな、こんなとこで死ねるかッ、ふざけんな! ふざけんなぁ!)

 屈辱と、無念と、焦燥が壮周の魂を炙る。叫びたくても、声が出ない。口が動かない。
 自然と涙がこぼれ、壮周は必死になって動かない身体に対し、胸の中で叫びかける。
 だが、彼の腕や足がそれに応えることはなかった。

 そのときだった。
 壮周は、ありえないものを見た。見たくなかったものを見た。

 「ああっ、壮周様……! なんて、わたくしは……なんて酷いことを!」

 瞳を潤わせて、自分に向かって駆け寄る――白鷺 かふらの姿だった。


 (な、なぜ……なぜこいつ、なんでもないように……?)

 ありえなかった。あのとき、白鷺 かふらは確かにあの錠剤を飲み込んだ。壮周と同じタイミングで、同じ物を。
 ならば同じように、かふらも毒がまわって動けない状態であるハズなのである。
 それが、いま壮周の目の前にいるかふらは、どう見ても毒の影響を受けていない。
 ぴんぴんしているのだ。

 かふらは壮周の傍に腰を落とし、壮周の頭を抱え上げ、膝の上に抱いた。
 そして、ぽろぽろと涙をこぼす。

 「壮周様……残念ですわ。こうなってしまったらもう、助かりません……。壮周様は、わたくしを愛してくださったのに……。
  わたくしは、なんてことを……ううっ、うう……」
 (な、なんなんだ……こ、コイツは……?)

 意味のわからない悔恨を口にしながら泣くかふらが、壮周には心底理解できなかった。
 白鷺 かふらという存在は、壮周という男が生まれて初めて出会う、全く理解不能の生物だった。

 「ううっ、わたくしも愛しています……壮周様。あなた様は、わたくしの人生の伴侶にふさわしいお方です……。
  せめて、せめて最期は、わたくしの手で……」
 
 そう言って、かふらはカバンから『赤いリボン』を取り出し、それを壮周の首にまわした。
 そして、涙でぐずぐずになった顔で、かふらはリボンの両端を勢いよく引いた。
 ぎりり、とリボンが壮周の首を締め付ける。壮周は、抵抗できなかった。身体が動かないからである。
 身体は動かないくせに、モノを考えることはできた。いまのこの状況を、見て、理解することはできた。
 それが、最も恐ろしかった。

 (ぐっ……ぐっ……こ、こんな……こんなことが……)
 「壮周様……さようなら……!」

 気道が圧迫され、呼吸が停止する。意識が遠のいていくその瞬間、壮周はあるものを目撃する。
 それは、リボンを引くかふらの手の『指先』だった。右手の人差し指の爪だけ、『ネイルアートが剥がれている』のだ。
 そして、最期の最期に、壮周は理解した。

 (そう、か……だから、こいつは…………………………)



 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


      ―――――――――――――――――――――――――――――――――――


             ―――――――――――――――――――


                 ―――――――――――


                   ―――――――


                    ――――


                     ――


**



 「『水龍会』に手を出してはいけない」

 言われなくても、そんなこと、わかってたさ。でも仕方なかったろ?
 




 『蝶麗』――――好きだった……私の初恋だった、……だった。
 一つ年上だった。いつも明るくて、優しくて、そして……綺麗だった。
 黒龍江で、一番綺麗な子だった……。一緒に、北京の大学に行こうって……約束してたんだ。


 親に借金がある? だからなんだ? それが、彼女がマフィアに売られなければならない理由になるのか?
 散々レイプされて、拷問されて、臓器は全部金持ち相手に売り飛ばされて……。
 最後はそのすかすかの体の中に、クスリを詰め込まれて……容器扱いされて……。


 そんなことをした奴らを、なぜ許さなければならない?
 『水龍会』? 知ったことじゃない。この怒りの矛を誰に向ければよかった?
 教えてくれよ。


 蝶麗は……もう帰ってこない。
 もう、どこにもいない。


 蝶麗の親も、『水龍会』も、見て見ぬフリした町の奴らも……私は絶対に許さない。
 そいつらだけじゃない。
 そこまで蝶麗の家族を追い込んだ、中国も許さない。
 無関心を決め込む先進国のやつらも、自分たちだけ被害者ヅラする貧困国も、絶対に許さない。
 この世界に生きる者すべて、関係のない人間なんていない。



 誰ひとりとして、幸福を得ることは許さない。
 



 蝶麗にこんな仕打ちをした、この世界を、この運命を。
 私が破壊してやる。


 **

 立会人・鷲尾は、そのとき校庭の朝礼台に腰掛け、パックの豆乳を啜っていた。
 腕時計を確認すると、試合開始から、四分が経過していた。
 共倒れか、と胸中に呟き、飲み干した豆乳のパックを握りつぶして、放り捨てた。
 鷲尾が朝礼台から降り、帰ろうとしたときだった。

 「……おや」

 校舎のなかから出てくる、人影が見えた。鷲尾は目を凝らす。
 それは、白鷺 かふらだった。
 かふらは鷲尾に気づくと、にこりと微笑んで彼のもとに歩み寄った。

 「鷲尾様。勝負が終わりましたわ」
 「白鷺さん。君が勝ったとはね……。優勝おめでとう」
 「あら? なんだか楽しくなさそうですわね」
 「わかる? ……ま、いいんだけどね、別にどうでも」

 鷲尾は、つまらなそうにそう言って、かふらから顔を背けた。
 その態度に、かふらは少しだけムッとしたように、口の端を曲げた。

 「ところで聞きたいんだけど、白鷺さん……君、身体なんともないの?」
 「ええ。なんともございません」
 「おかしいな。結構強い毒なんだけど……ちゃんと飲んだよね?」
 「飲みましたわ。ただ、吸収されてません」

 そう言って、かふらは右手を鷲尾に差し出した。鷲尾は、かふらの手を取り、人差し指のつけ爪が剥がれていることに気がついた。
 ようやく、鷲尾はかふらが何をしたのか、理解した。

 「なるほど……」

 毒を飲み込むあのとき、かふらは指を口の中で遊ばせていた。単に壮周への性的アピールなのかと思ったが、そうではなかった。
 あの行為の真の意図は、口の中で『指からつけ爪を剥がす』ことだったのだ。

 「錠剤とネイルを『癒着』させた……。錠剤をプラスチックのネイルで包み、コーティングしたわけだ。
  お腹の中で毒がとけないように……。これなら安全だし、ルール違反にならない。飲み込んだは飲み込んだわけだしね。
  あとはうんこと一緒に出てくるのを待つだけか」
 「うんこだなんて……もう」


 頬を赤くして、かふらは恥ずかしそうにはにかむ。
 鷲尾はかふらの手を離した。

 「……で、君は何が望みかな」
 「どこか孤島を用意していただけますか? わたくしの婿にふさわしいお方たちを集めた大会を開きたいのです」
 「なんだそりゃ?」
 「皆様に、わたくしを賭けて競っていただくのです。その大会で優勝した方こそ、わたくしと白鷺家を継ぐにふさわしいお方。
  わたくしの、『運命』の相手なのです……」

 恍惚とした表情で、うっとりと離すかふら。鷲尾は、その姿を見つめながら、少しだけ曇った顔を浮かべた。

 「……ねぇ、白鷺さん。僕は思うよ。
  本当に欲しいと思ったものって、絶対に手に入らないんじゃないか、って。
  真剣に誰かを愛したことのない君には、わかんないだろうけどね」
 「はぁ?」
 「……なんでもない」

 そう言って、鷲尾はふっ、と笑った。
 二人はそれだけ話すと、共に校門を出て、宵闇に沈んだ学校を後にした――。









 

 人の『運命』は、生まれつき定められている。
 人は、自分の意思では、その生き方を変えることはできない。

 もういない誰かのために、ほかの誰かを憎む生き方も――
 己の幸福のためだけに、ほかの誰かを求める生き方も――

 それは、彼らに与えられた、一生ぬぐい去れない『個性』――『性』なのである。

★★★ 勝者 ★★★

No.6754
【スタンド名】
ティン・エンジェル
【本体】
白鷺 かふら(シラサギ カフラ)

【能力】
接触する二つのモノを徐々に癒着させる








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最終更新:2022年04月17日 14:00