第13回トーナメント:予選④
No.6631
【スタンド名】
フィントロール
【本体】
メドメラ・メリメ
【能力】
「同じ物」を中途半端に合体させる
No.6597
【スタンド名】
ハレルヤ・ハリケーン
【本体】
卍山下 秋実(マンサンカ アキミ)
【能力】
触れた対象の「特性」を強化する
フィントロール vs ハレルヤ・ハリケーン
【STAGE:高速道路】◆pFj/lgiXE.
Z1プロダクション所属の女性アイドル・卍山下秋実(まんさんか・あきみ)は、オフの日を利用して、寮のアパートの部屋でマネージャーの社冬子(やしろ・ふゆこ)と共に、段ボール箱の中に山ほど入っているファンレターを読んでいた。
ファンレターの内容は、秋実が役者として出演した連続ドラマ「鐘田一少年の事件簿N」についてのものだった。
手紙には「秋実さんが演じた役の女の子の悲しさが、テレビ画面越しで伝わってきました」や、「ラストの秋実ちゃんの涙には、思わず感動してしまいました!」という旨の文章が書かれてあった。
「いや~、ドラマの撮影はかなり大変だったけど、ファンの皆からメッセージが届くと、ドラマに出て良かったと感じるよ~」
「そうね、ファンの人達や視聴者の方達からここまで良い評価をもらえて本当によかったわ」
冬子はファンからの手紙を読む秋実を見て、微笑みながら言った。
秋実がドラマで演じた役柄は、ドラマの記念すべき第一話である「映画館の殺人鬼」に登場する、連続殺人事件の犯人である「怪人・サジタリアス」という役だった。
当初冬子は、秋実が第一話の重要な役を演じることに対して不安を抱いていた。
秋実は後輩のアイドル達から慕われている姉御肌な性格で、その面倒見の良い性格から子供のファンも多い。
しかし、秋実が演じる犯人のサジタリアスは、映画撮影における事故を隠蔽し、さらにその事故で亡くなった俳優である自分の兄を侮辱する言葉を言ったスタッフ達に対して殺意を抱くという、所謂「復讐鬼」という役どころであった。
さらに、ドラマの主人公を演じるのはジョニーズの男性アイドルユニットのメンバーの一人である山下亮介で、サジタリアスに狙われる映画監督の役を演じるのは、2000年代前半から子役として活躍している若手俳優の神代達之介である。
はたして秋実はそんな二人のオーラに気圧されず、さらに自身の性格とかけ離れた殺人犯の役を、無事演じることができるのか?
もし無事に演じたとして、秋実のイメージが損なうことになりはしないか?
冬子はそれが心配でならなかった。
しかし、それは杞憂であった。
秋実は実の兄の死を隠蔽した映画スタッフ達に無慈悲な裁きを下す復讐鬼を見事演じ切り、山下や神代に負けず劣らずの演技を見せた。
その演技はネット上の掲示板で「怪演」と称され、さらに「メインヒロイン役の川田夏奈を完全に食っていた」「一話の犯人役ではもったいなさすぎる」「準レギュラーとして出演してほしい」と、賞賛の言葉で溢れ返った。
ドラマの放映後、事務所には秋実を応援する電話が殺到した。
冬子は秋実がファンだけでなく、ドラマの視聴者からも応援されているこの状況に喜びを感じていた。
(このドラマの出演で、今後秋実に仕事のオファーが次々と舞い込んでくるわ。そして、今度はドラマのメインヒロイン役として抜擢されるかもしれないわね…)
冬子がドラマのヒロイン役を演じている秋実の姿を妄想していると、秋実が袖を引っ張ってきた。
「冬子さん、次の手紙早く読もうよ!」
「あ、ああ、そうだったわね。次の手紙を読みましょうか」
冬子は秋実に言われて我に返ると、段ボール箱の中の封筒を取り出した。
取り出された封筒は、血のような真っ赤な色をしていた。二人は異様な色の封筒を見て不気味に感じた。
「冬子さん、なんだろう、その封筒…」
「嫌がらせの手紙かしら? とりあえず開けて中の手紙を読んでみましょう」
冬子は赤い封筒の封を切り、中に入っている手紙を読んだ。
『卍山下秋実様へ。
第13回トーナメントの開催が決定いたしました。
抽選の結果、秋実様は13回トーナメントの8名の出場者の一人に選ばれました。
このトーナメントにぜひご参加してください。
万が一トーナメントに出場しない場合、秋実様の身の周りに何らかの不幸が訪れます』
「トーナメント……」
秋実と冬子は同時に呟いた。
スタンドという特殊能力を持つ者8人を戦わせる、謎のトーナメントが不定期に行われているという。
この噂をZ1プロダクションに所属するアイドル・マネージャー・プロデューサーは、全員知っていた。
誰が開催してるのか、出場条件はなんなのか、何の目的で行われているのかは一切謎。
出場者に選ばれた者には、トーナメント戦の開催日時と集合場所が書かれた手紙の入った赤い封筒が届けられる。
そして、そのトーナメント戦を勝ち抜いて見事優勝した者には、どんな望みでも叶えられるという。
冬子はこの噂を半信半疑に信じていた。
プロダクションに所属しているアイドル達に「スタンド」という能力を持っている者がいるのは、プロデューサーから聞かされていた。
そして、秋実がそのスタンドの能力を持つ者であるということも。
しかし、何故秋実がそのようなトーナメントの出場者に選ばれたのだろうか?
冬子がそう思っていると、秋実は嬉しそうな声を出した。
「すごいな~。あたしがトーナメントの出場者か~! 優勝すればどんな望みも叶えられるんだよね~。このトーナメントに出場してみましょうよ、冬子さん!」
秋実は目を輝かせながら冬子に訊いた。冬子はそんな秋実に対し「ダメ!」と返した。
「あなたは、このトーナメントがどんなに恐ろしいものか知っているの!? 噂ではこのトーナメントに出場した結果、命を落とした人もいるといわれてるの!!
さらに、出場者の中には裏社会の人間や、平然と人を殺す人間もいるという話よ!! そんな奴らの毒牙になるかもしれないのに、あなたはこのトーナメントに出場するっていうの!? もしあなたが命を落としたら、手紙を送ってくれたファンやドラマの視聴者の人たちが悲しむわよ!!」
「う~ん…。でもでも、優勝すればなんでも願いが叶うんだよ? これはアイドルとしてぜひ参加しなくちゃ…!」
「ダメです! とにかく、こんな手紙はさっさと破り捨てるに限るわ!!」
冬子が手紙を破ろうとした時、何かがビリッと破れる音がした。冬子は顔を真っ赤にして両腕で胸を抱きしめるかのように押さえつける。
秋実は冬子の仕草から、なにが破れたのかを一瞬で予測した。
「冬子さん…、もしかしてブラが破れた?」
秋実の言葉に、冬子は黙って首を縦に振った。
手紙に書かれてある「出場しなければ、身の周りに不幸が訪れる」という言葉は本当のようだと、二人は確信した。
「で、でも、なんで私のブラが破れて…?」
「冬子さんがあたしの周りにいる人だからだよ、きっと。『トーナメントに出場しなきゃ、あんたの周りにいる大切な人に危害を加えるぞ』と運営の人達は言いたいんじゃないの?」
「そう…なの。けれど、いくらなんでもブラを破らなくてもいいじゃない…。危害というよりセクハラじゃないのよ…」
冬子は涙目でそう言った。
悔しいが、秋実をトーナメントに出場させなければ、秋実や秋実の周りの人間に、何らかの不幸が訪れるかもしれない。
自分の下着が破れるだけならまだいいが、今度は秋実の後輩・親族・ファンといった人達が、トーナメント運営側の人間に襲われる可能性もある。
出場させたくはないが、秋実自身もトーナメントに参加することを望んでいるようだし、ここは自分が折れるしかないようだ。
冬子はそう考えると、秋実に「分かったわ。このトーナメントに出場させます」と言った。
秋実は両手を上げて「わーい!」と喜んだ。
(子供のように嬉しがって、本当にもう…。でも、この子がトーナメントで命を落とさなければいいのだけれど…)
冬子がそう考えていると、秋実は冬子に「で、開催日時と集合場所は?」と訊いてきた。
「待って、今手紙を最後まで読むから」
冬子は手紙に書いてある開催日時と集合場所を読んだ。
『第一回戦開催日時:明後日の午後10時半。
F県M宮市高速道路インターチェンジ近くのヤークアオマルM宮インター店に集合してください』
「F県M宮市って確か…」
「…あたしの生まれ故郷だ」
秋実は、集合場所が自分の故郷であることに驚いた。
F県M宮市は、F県の中央部に位置し、T自動車道などの交通網も充実している、県を代表する工業都市である。
市のシンボルである木はマユミで、名物はM宮納豆。
人口は約3万と、F県の市の中では最も人口が少ないものの、県の中心にある市であることから「F県のヘソ」というあだ名で呼ばれていた。
しかし、数年前に日本を襲った未曾有の大震災のせいで、市の一部で停電が続き、高速道路の舗装のためにインターチェンジは一時封鎖され、コンビニの品物は一部の住民の買い占めのために、完売が続出。
市の各スーパーマーケットも、店内の壁や天井が落ちて営業を続行することが不可能となり、店舗の修理のため、しばらくの間休業を余儀なくされた。
さらに、T自動車道は震災の影響で県外へと避難しようとする住民の乗っている車で一時期溢れ返った。
現在は避難した住人も戻ってきており、高速道路も復旧され、今までの生活が戻ってきている。
だが、千年に一度と言われる震災の爪痕は、多くの住民達の心に深く刻み込まれている。
8月某日午後10時15分。ヤークアオマルM宮インター店・駐車場。
店の営業が終了して人がいなくなった駐車場に、緑色のカラーリングのワゴンRが駐車されている。
車の運転席のドアが空くと、運転席から露出度の高い緑色の服を着た女性が降りてきた。
緑色の服の女は周りをきょろきょろ見渡すと、「……誰もいない」と言った。
「……あの赤い封筒に書かれてあった手紙は、悪戯だったのかなぁ~~?」
女がそう言ってため息をつくと、駐車場の入口から赤いカラーリングの自動車が入ってきた。女は駐車場に入ってきた車の車種を、一目でスバル・フォレスターだと認識した。
フォレスターは女が駐車している車の付近に止まった。そして、運転席と助手席から、ツインテールの女性と、黒のスーツを着た黒い長髪の女性が降りてきた。
二人の女性は車から降りると、何やら話をし始めた。
「いや~、東京から高速道路に乗って約5時間半、ようやく我が故郷F県M宮に帰ってきたよ~!」
「あまりはしゃがないでね、一応店は営業終了になってるけれど、田舎の不良がたむろしている可能性だってあるんだから!」
「それは無人駅の話だよ、冬子さん。でも、冬子さんまで来る必要はなかったんじゃあないの?」
「いいえ。こんなトーナメントにあなたを出場させた運営側に、きちんと文句は言わないと。いくら事務所がOKを出したからと言っても、マネージャーである私は納得がいかないわ!」
「まあまあ、そんな怒らなさんなって~」
緑色の服の女は、そんな会話を続ける二人の女性に声をかけた。
「……あの~、トーナメントの出場者ですか~~?」
「ん、そうだけれど?」
「あなたはもしかして、トーナメントの運営?」
黒いスーツの女性に訊かれた女は、「そうだよ」と答えると、自分の名前を言った。
「……私の名前はメドメラ・メリメ。あなた達は?」
「あたしの名前は卍山下秋実。あなたと同じくトーナメントの出場者だよ」
「私は社冬子。この子のマネージャーを担当しています」
「……マネージャー? ということはあなたは…」
「そう! あたしは現役のアイドルだ! はじめまして!!」
秋実はメドメラに対し元気に挨拶をした。メドメラはそんな秋実に対し、首をかしげた。
「……アイドル~~? それって、AKBとかももいろクローバーZのような類のヤツ?」
「そうです。秋実はZ1プロダクションに所属する女性アイドルなのです。知りませんか? Z1プロダクションのアイドルユニット『エメラルド☆フロウジョン』を」
冬子の言葉にメドメラは「……知らない」と答えた。
「あ、そうなんですか……。現在の二大アイドルユニットが知名度が高いからとはいえ、ちょっと悲しい…」
「そっか~。知らないのか~。まぁ、どっちもテレビに多く出てるユニットだからしょうがないな、あははははっ」
秋実は心が沈んでいる冬子をよそに、笑顔でメドメラに言った。冬子はすぐに気を取り直すと、自分達の目の前にいるメドメラという女を見つめた。
このメドメラという女性、外見は十代後半の少女のように見えるが、このトーナメントの出場者である以上、スタンド使いであることは間違いない。
果たしてどのようなスタンド能力を持っているのだろうか?
冬子がそう考えていると、「どうやら出場者が揃ったようですね」という男性の声が後ろから聞こえた。
三人が振り向くと、そこには黒いカラーリングのホンダ・ステップワゴンと、その運転手と思われる黒服の青年がいた。
青年は三人に向かって挨拶をする。
「卍山下秋実様と、メドメラ・メリメ様ですね。はじめまして。僕はこのトーナメント第一回戦の立会人を務めます、『濱修治(はま・しゅうじ)』といいます」
修治がそう言うと、冬子がつかつかと詰め寄ってきた。
「貴方ですか、秋実にあんなトーナメントの招待状を送ってきたのは!? 一体何の目的で秋実を出場させたんですか!?」
「ちょっとちょっと、落ち着いて!! 貴方はトーナメントの出場者では無いみたいですが、誰なんですか!?」
修治が冬子にたじたじになっていると秋実が説明した。
「ああ、この人は社冬子さん。あたしのマネージャーを担当している人なんだ。今日トーナメントの運営側に文句を言うために、あたしと一緒にやってきたの」
「そうなんですか。秋実様は現役のアイドルと聞いていましたが、まさかマネージャーがトーナメント一緒にやってくるとは、予想外でしたね」
「『予想外でした』じゃあないでしょう! 聞くところによれば、今までのトーナメントで命を落とした人がいるそうですね!? もしこのトーナメントで秋実が命を落としたら、運営側はどう責任をとるんですか!? 秋実はこの間ドラマで出演して、放映後にネットの検索ワードランキングで自分の名前が二位にランクインされるなど、大勢の方から良い評価を受けているんです! そんなノリにノッている秋実をトーナメントに出場させるなんて、貴方達はどういう神経をしてるんですか!? まさか秋実が出演した『鐘田一少年の事件簿』の第一話を見ていないんですか!? 貴方達は……」
冬子がヘビーマシンガンを連射するように修治を問い詰めていると、秋実とメドメラが冬子の後方に駆け寄って羽交い絞めにした。
「ちょっと、秋実、メドメラさん、なにするの!?」
「冬子さん、立会人の人に文句を言ったって、仕方ないって~!」
「……感情的になって、運営側に迷惑をかけるようなことはしない方がいい。立会人も困っている」
「…お二人とも、ありがとうございます。冬子さん、貴方がマネージャーの立場から、秋実さんが今回のトーナメントに出場することになったのに不満を抱くのは分かります。けど、立会人である僕に文句をブチまけてもどうにもなりませんよ。僕だって立会人を務めるのは、今回が初めてなんですから…」
「そうだったの…、ごめんなさい。言いたい放題言ってしまって」
冬子は頭を下げて謝った。修治は「いえいえ、いいんですよ」と言うと、トーナメント第一回戦の試合内容を説明した。
「では、トーナメント第一回戦の説明を致します。試合内容は、『高速道路でのレース』です。
お二人には、この店の近くにあるM宮インターチェンジから、K山のインターチェンジ料金所まで向かってもらいます。
勝敗は、『先にK山インターチェンジ料金所を通り越した方が勝ち』とします。もちろん、スタンド能力を使った相手への妨害も良しとします」
修治の語った試合内容を聞いて、秋実は心が躍った。
「マリオカートみたいな試合だな~、わくわくしてきたよ~」
「でも、高速道路を試合の舞台にするなんて、大丈夫なんですか?」
冬子の問いに修治は「それはきちんと許可を取ってあるんで大丈夫です」と答え「最も、高速道路で普通に車を飛ばしている運転手の方々は、トーナメントの試合が行われていることを知りませんけれど…」と付け加えた。
「つまり、この試合に何も知らない運転手の方々が巻き込まれる可能性もある、ということですか…。やっぱりこのトーナメントにきちんと文句を言わなくては…」
冬子がそう言うと、メドメラは冬子に対し、「ところで、あのフォレスターは誰が運転するの~~?」と訊いてきた。
冬子はその質問に「ああ、それは秋実よ」と答えた。
「秋実は以前深夜番組で『アイドルに運転免許を取らせよう!』という企画で、他の事務所のアイドルと一緒に運転免許を取ったことがあるのよ。だから、車の運転は一通りできるわ」
「へぇ、秋実様はそういうキワモノチックな企画に出演したんですね。意外だなぁ」
修治がそう感心すると、秋実は胸を張って「でしょ! あたしはこう見えて、いっぱいがんばってるんだから!!」と言った。
そんな秋実を一瞥して、メドメラは修治に言った。
「……ねえ、早く試合始めようよ~~。早くしないと『たまたまここを通りすがったおっさんに、トーナメントを目撃される』ようなことになっちゃうよ~~?」
「そうでしたね。では、試合を始めますので、秋実様とメドメラ様は車に乗って、M宮インターチェンジ料金所に向かってください。料金所を二人の乗る車が通過したら、試合開始です。僕は試合を行っている二人を後方で見守っています。それでは二人とも、健闘を祈ります」
秋実は冬子と一緒にフォレスターに、メドメラはワゴンRに、修治はステップワゴンに乗ると、駐車場を出てM宮インターチェンジに向かった。
秋実の車とメドメラの車はM宮インターチェンジに着くと、ETC専用の料金所を通過した。
先に通過したのは、メドメラの運転するワゴンRだ。
修治は前方の二台の車が料金所を通過するのを、ステップワゴンの運転席で見ていた。
「試合序盤で優位に立ったのは、先に料金所を通過したメドメラ様だ。この状況を維持したままK山インターチェンジの料金所を通過すれば、メドメラ様の勝利となる。逆にメドメラ様を追い越し、先に料金所を通過すれば、秋実様の勝利だ。
果たして勝利の女神がほほ笑むのはどちらになる……?」
かくして、トーナメントの試合が始まった。
M宮インターチェンジからK山インターチェンジまでの距離は、長くもなく短くもない、いわば普通である。
M宮~K山間の道路にはパーキングエリアはなく、運転手はガソリンの補充無しでK山まで向かわなくてはならない。
秋実はK山のインターチェンジに向かうべく、自分の運転するフォレスターを飛ばしていた。
「高速道路を通ってF県に来たのに、まさか高速道路がトーナメントの試合になるなんて…」
冬子は助手席でため息交じりで言うと、運転している秋実を横目で見た。
車を運転する秋実は、前方を走るメドメラの車を追っていた。
M宮の料金所を先に通過したのは、メドメラの乗るワゴンRである。並ぶ順番を守らなくてはならないとはいえ、この時点で秋実はメドメラに先を越されてしまった。
トーナメント一回戦に勝つためには、メドメラよりも先にK山インターチェンジの料金所を通過しなくてはならない。
そのためには、前方を走るメドメラの運転するワゴンRを追い越す必要がある。そうしなければ、この試合に勝利することはできない。
冬子は秋実がトーナメントに出場することには今でも反対の意思を持つ。
しかし、秋実がこうしてトーナメントに出場しているし、何より秋実はこのトーナメントで優勝して叶えたい望みがあるようだ。
ならば自分がすべきことは、秋実の意志を尊重することだろう。だが、秋実が叶えたい望みはなんだろうか?
「ねぇ、秋実…」冬子は秋実に訊こうとしたが、それは秋実の一言によって阻まれた。
「冬子さん。ちょっとスタンドを使うけど、いい?」
「ス、スタンド? 別にかまわないけれど」
実は冬子は秋実のスタンドの能力について、まだ本人の口から聞いていない。それゆえ、彼女が秋実のスタンド能力を見るのは、今回が初めてだった。
秋実は冬子の許可を取ると、「よっしゃ、じゃああたしのスタンドでかっ飛ばすよ!」と笑顔で言い、自身のスタンドの名前を叫んだ。
「出ておいで、ハレルヤ・ハリケーン!!」
「……いや~~、ラッキーだったなぁ~~」
メドメラは車を飛ばしながら、自分の勝利を半ば確信していた。
M宮のETC料金所に向かう時、秋実の車よりも先に駐車場を出たのが幸運だった、とメドメラは思っていた。
しかし、それは違う。メドメラが先に駐車場を出たのは幸運ではない。
メドメラは昔から『何かがほしい』『何かをしたい』という無意識的欲求が本能的に働き、意識していなくても何らかの行動を取ってしまう癖を持っていた。
彼女が先に駐車場を出たのは、メドメラ自身が『この勝負に勝ちたい』という無意識的欲求が働いたが故のことであった。
だが、メドメラは自分の癖に気づいていないし、試合に優位な状況に立っているのはその癖が良い方向に働いたからであることにも気づいていない。
「……このまま一位をキープしていれば、一回戦の勝利は間違いないかなぁ~~」
メドメラが笑顔でそう言いながら、車のサイドミラーを見ると、後方からものすごいスピードでやってくる車が映った。秋実の乗るフォレスターである。
「そんなッ、一体どうしてッ!?」
メドメラは驚いて運転席の窓を開けて後方を見ると、フォレスターの屋根の上に、小さな茶色い人形が仁王立ちしていた。
秋実のスタンド『ハレルヤ・ハリケーン』である。
(……あれは秋実のスタンドで間違いない。しかし、秋実はどのようにスタンドを使って、自分と私の車の距離を詰めた…?)
メドメラは数秒考えて、一つの結論を立てた。
あのスタンドの能力は、『触れた物体の特性を強化する』能力。
あのスタンドが秋実の運転するフォレスターを触れたことで、フォレスターの『速く走る特性』が『強化』され、追い付くことが出来たのだろう、とメドメラは推測した。
(……まずいな~~、このままだと私が追い越されて負けちゃうよ~~)
メドメラは車の速度を上げて逃げきろうとするが、秋実の車は徐々に距離を詰めてきている。
彼女はこの試合で絶対に負けたくないと思った。
裏社会で暗殺者として活動している自分が、日本のアイドルに負けるなんて屈辱的なことだ。
ましてや、そのアイドルがスタンド使いであるなら尚更である。
闇の世界のスタンド使いが、光の世界のスタンド使いに敗北してはならない!!
メドメラはそう思いながら、サイドミラーを一瞥した。
サイドミラーには自分の運転する車に追い付こうとしている秋実のフォレスターと、その後方で走る銀色のフォレスターが映っていた。
その瞬間、メドメラの脳裏にこの窮地を脱する方法が浮かんだ。
「よっし、このままメドメラの車に追い付くぞ~ッ!!」
秋実の運転するフォレスターは、メドメラの運転するワゴンRに追い付いた。
冬子は秋実のスタンド『ハレルヤ・ハリケーン』の能力に驚愕していた。
「まさか秋実のスタンド能力が、触れた物の『特性』を強化する能力とはね…」
「そう、あたしのハレルヤ・ハリケーンの能力で、フォレスターの速く走る特性を強化したおかげで、メドメラの車にすぐに追いついちゃった!
このまま一気に追い越して、K山インターチェンジへ向かっちゃうよ!!」
秋実が運転しながら笑顔で喜ぶ姿を見ながら、冬子はこのトーナメントが始まってから思っていたことを彼女に訊こうと思った。
「ねえ、秋実。一つ質問していいかしら?」
「ん、何?」
「秋実はこのトーナメントで優勝したら、どんな望みをかなえてもらうの?」
「ああ、それはね…」
秋実が冬子の質問に答えようとした瞬間、車の後方で何かがぶつかる音がした。
「っ!?」
「一体何ッ!?」
二人が同時に後ろに目を配ると、そこには自分達の車の後ろを走っていたと思われる銀色の車の前の部分が突っ込んでいた。
しかも、その銀色の車は、まるで二つの粘土が無理やり押し合わせたかのように、秋実の車の後部座席と合体していた。
銀色の車の運転手である女性は、一体何が起こったのか分からずに混乱している。
「な、何だこれッ、後ろの車があたし達の車と『合体』しているッ!?」
「しかもかなり『中途半端』な状態でッ!! もしかしてこれって…!!」
冬子がこの奇妙な状況について言葉に出そうとした瞬間、冬子の座っている助手席の左隣の方から「うまくいったッ!!」と大きい声が聞こえた。
冬子は窓を開けて左の方向に顔を向けると、そこには秋実の車の左隣を走っているメドメラの車があった。
メドメラは運転席の窓を開けながら、ニヤニヤと笑っていた。
「私のスタンド『フィントロール』で、あんた達の乗っている車と、後ろの車を中途半端に『合体』させたッ!!
これであなた達の車の速度はガクッと落ちたッ!!」
「……!!」
秋実はメドメラの言葉に驚いた。そういえば、さっきから車の速度が落ちているような気がする。
メドメラは駐車場にいた時の間延びした口調から一変して、饒舌に語りだす。
「あなた達の車に追い付かれそうになった時はヒヤヒヤしたけれど、貴方達の車の後ろに一台車が走ってたのをサイドミラーで見て、咄嗟に思いついたわッ!!
相手の車が追い付いてきたなら、その車に何かをくっつけて重くすればいい…。
即ちッ、後ろの車をあなた達の車に無理やり『合体』させればいいってね!!」
冬子は開けた窓から後ろを除くと、そこには自分達の車と後ろの車を無理やり押し付けて合体させている、ピンク色の肥満体のスタンドがいた。
「『合体』させる…。それが貴方の能力ね!」
「その通りでございます、マネージャーさん!!」と、メドメラは冬子に高らかに言った。
「……ただし、厳密に言うなら『同じもの』を中途半端に『合体』させる能力だけどね~~。どうして中途半端にしか合体しないのか、それは私にもよく分からないんだ~~」
「成程、だからあたし達の車と後ろの車が中途半端に合体しちゃったわけだ…。出来るなら一昔のロボットアニメみたいに、カッコよく合体させてほしかったなあ~」
「こんな時に何言ってるの、秋実ッ!!」
秋実と冬子の漫才めいたやり取りを見て、メドメラはクククッと笑った。
「……とにかく、これであなたの車は速度が落ちた。私はその隙にスピードを上げて、K山インターチェンジまで行かせてもらうよ~~!!」
メドメラはフィントロールをしまうと、思い切りアクセルを踏んで車のスピードを上げた。
ワゴンRはスピードを上げて、二台のフォレスターが中途半端に合体した奇妙な車との距離を離していく。
冬子はチッと舌打ちをした。せっかく追い付いたと思ったら、相手のスタンドの能力で距離を離されてしまった。
しかも、メドメラは無関係の人を巻き込んでいる。いくらスタンドを使った妨害が許されているといっても、そんなことが許されていいのか。
冬子はメドメラに対して強い憎悪を抱いた。と、その時、後方から「すいません」という女性の声が聞こえた。
冬子が振り向くと、そこには銀色の車の運転席にいた女性がいた。おそらく、自身の乗っていた車のドアを無理やり開けて、こちらの車の後部座席にきたのだろう、と冬子は推測した。女性は冬子にこう訊いてきた。
「この車を運転しているのって、もしかしてZ1プロダクションのアイドル、卍山下秋実さんですか?」
「ええ、そうですけれど…」
「すごい、こんなところで秋実さんに会えるなんて!!わたし、F県立医科大学二年の『霧谷茉莉花(きりたに・まりか)』っていうんです!!
この前の『鐘田一少年の事件簿』の第一話を見て、秋実さんのファンになりました!! よかったら、秋実さんのサイン下さい!!」
「こ、困ります!! 秋実は今運転中で……!!」
冬子はみるくという名前の医大生を制止した。
自分の乗っている車があんな目に遭っても、秋実のことを知ったらすぐに立ち直るとは驚きだ。
しかし、これがアイドルのファンの精神力なのだろう、と冬子は思った。
どんなことがあろうとも、好きなアイドルのためならば、どんなことでも耐えられる。それが真のファンというものなのだろう。
「とりあえず秋実は今運転しているので、サインはあとで……」
冬子が霧谷をそう制止していると、秋実が突如大声で「ひらめいた!!」と叫んだ。
冬子と霧谷はビクッと身体を震わせた。
「な、なによ秋実、突然大声を上げて? この状況を打開する方法でも浮かんだの?」
「浮かんだにきまってるよ、冬子さん! このピンチを切り抜ける方法が!!」
「二つ? それはどういうことですか?」
秋実と冬子の会話に霧谷が混ざってきた。秋実は霧谷の顔を見て「この人って、後ろで走ってた車の運転手の人?」と冬子に訊いた。
「ええ、この県の医科大学の二年生女子だそうよ」
「あ、秋実さん、はじめまして!! 霧谷茉莉花といいます!!」
霧谷は秋実との対面に緊張をしながらお辞儀をした。秋実はそんな彼女を見て「いいよいいよ、そんな緊張しなくて」と笑いながら答えた。
冬子は秋実に「それで、ピンチを切り抜ける方法って何?」と訊いた。
秋実は笑顔で冬子と霧谷に、この状況を切り抜ける方法を話した。
メドメラは自分の勝利を完全に確信した。
秋実の乗る車は後方の車と中途半端に合体されたせいでスピードが落ちた。
さらに、あんな中途半端に合体した奇妙な車になってしまっては、スピードを上げたくても上げられないだろう。
これで自分の勝利は確実となった。
あとはゆっくりと運転しながら、次の試合をシミュレーションするとしようか。
メドメラはそんなことを考えながら、無意識にサイドミラーをちらっと見た。
サイドミラーには驚愕の光景が映っていた。
さっきフィントロールが合体させたあの奇妙な車が、自分の車に追い付こうとしている。
合体した車の上には、秋実のスタンド『ハレルヤ・ハリケーン』が手を組みながら堂々と立っていた。
メドメラは目を見開きながら驚いた。
「なッ、なんでッ!? あの車は確かにスピードが落ちたはずなのにッ!?」
合体した車はメドメラの車に追い付いた。メドメラが舌打ちをして運転席の窓を開けると、合体した車の助手席の窓が開いた。
助手席には冬子がニヤニヤしながらメドメラを見つめていた。
メドメラは「……これは一体どういうことッ!?」と怒鳴った。
「どうって、秋実のスタンドが私達の乗ってる車の『速く走る特性』を『強化』しただけだけれど?」
「そんなバカなッ!! さっき私はスタンドを使ってあなた達の車と、さっき後ろを走っていた車を『合体』させて、車の重量を重くしてスピードを落とした
はず!! それなのになぜまたスピードが上がっているのッ!?」
メドメラがそう訊くと、運転席にいる秋実が答えた。
「そう。あたしのスタンド『ハレルヤ・ハリケーン』が特性を強化したのは『あたし達の車』だから、後ろの車は特性を強化されなかった。故に、二台の車が合体し、従量が二台の車の重量を足した分の重さとなり、あたし達の車のスピードが格段に落ちた…。
でも、いったんスタンドをしまった後、またスタンドを出して、合体して『一台』となった車の『特性』を『強化』すれば、スピードはまた上がるよね?」
「……ッ!!」
メドメラが言葉を失っているところに、秋実はさらに話を続ける。
「そして、合体した車のエンジンは二つあるから、その分スピードは二倍になったッ!!だからあたしはあなたの車に追い付くことが出来たッ!!
あとはあなたの車を追い越して、K山インターチェンジの料金所を通過するだけだッ!!」
秋実の言葉を聞いたメドメラは、何たる失策であることかと自分を責めた。
自分のスタンド能力で秋実を不利にさせたつもりが、逆に秋実に逆転のチャンスを与えてしまった。
だが、ここで負けを認めるわけにはいかない。
闇の住人が光の住人に敗北することなど、あってはならないのだ。
メドメラは右隣の秋実の車に急接近すると、フィントロールを発現させ、
「フィントロール、相手の車に乗ってる人間達を『合体』させろ」
と、冷たい口調で命令した。
フィントロールは秋実の車の助手席のドアを無理やりこじ開け、車内に入り込んだ。
「きゃあッ!! メドメラのスタンドが入ってきた!!」
そう驚く冬子の頭をフィントロールは左手で掴み、右手で後部座席にいる霧谷の頭を掴もうとした。
その瞬間、フィントロールの背中をハレルヤ・ハリケーンが殴りつけた。
「許せないなぁ…、あたしならともかく、冬子さんや霧谷さんに手を出すなんてさぁッ!!」
秋実はハレルヤ・ハリケーンに命令する。
「ハレルヤ・ハリケーン、メドメラのスタンドをやっつけろッ!!」
ハレルヤ・ハリケーンは拳の連打をフィントロールに浴びせた。フィントロールも負けじと拳のラッシュで応戦する。
「ハレハレハレハレハレハレハレハレハレハレハレハレハレハレハレハレハレハレハレハレハレハレハレハレハレハレェ!!!!」
「メダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダァ!!!!」
両者のスタンドが殴り合いを続けていたその時、K山インターチェンジへ続く分かれ道が見えた。
「K山インターチェンジに続く道が見えたッ!!」
メドメラは「あそこを通ってインターチェンジに入れば、自分の勝利は100%決まったようなものだ」と確信し、フィントロールに向かって叫ぶ。
「フィントロール、最後の力を振り絞れええええええええッ!!!!」
フィントロールはさらに速い拳のラッシュをハレルヤ・ハリケーンに浴びせる。
秋実はスタンドが受けたダメージのフィードバックで、全身がアザだらけになっていた。しかし彼女は攻撃の意志を止めない。
「負けてたまるかあッ!! あたしには、叶えたい夢があるんだッ。それを叶えるまで絶対に負けられないッ!!!!」
ハレルヤ・ハリケーンとフィントロールは、本体達の強靭な意志を表すかのように、壮絶な戦いを続けていた。
と、その時、秋実の車のスピードがダウンする。
「い、一体何が!? スピードが落ちているッ!!」
「こ、これはガス欠だわッ!!」
霧谷と冬子のこの言葉を聞いたメドメラは、秋実の車が突如ガス欠した理由が分かった。
ハレルヤ・ハリケーンの能力で『速く走る』特性が強化された秋実の車は、もう一つの『特性』が『強化』された。
それは『ガソリンの消費の早さ』だ。
速く走れば走るほど、ガソリンの消費も早くなる。
しかも、合体した後ろの車に入っているガソリンでスピードも二倍になったということは、『ガソリンの消費の早さも二倍になった』ということだ。
よって、普通の車よりもガソリンを早く消費した秋実の車は、ガス欠を起こした。
メドメラの車にぴったり付いてきていた秋実の車は、スピードを落として、やがて停止した。
メドメラは「これはチャンスだ」と思った。
このまま秋実の車を横目に、K山インターチェンジに続く道に入って料金所を通過すれば、自分の勝利となる。
しかし『それでいいのか?』とも思った。
あれだけの死闘を繰り広げたというのに、傍から見れば『たまたま運に恵まれた』と思われるような勝ち方で、自分は納得できるのか?
それは、闇の世界で暗殺者として生きてきた自分への『侮辱』ではないか?
メドメラはそう思うと、車を車道の端に停止させ、秋実の車がある後方へ向かった。
案の定そこには、ガス欠で動かなくなった車から降りた、秋実、冬子、合体させられた車の運転手の三人がいた。
メドメラは秋実に訊いた。
「……車から降りて、自分の足でインターチェンジに向かおうとしたの?」
秋実は首を縦に振った。
「ここで試合をやめるわけにはいかないからね。立会人さんが言ったルールでは、『必ず車でインターチェンジの料金所を通過しなくちゃダメ』っていうのは無かったから、
歩いていってもルール破りにはならないと思ってさ」
秋実はさらに続けて話す。
「それに、前に出演したサスペンス・バラエティ番組で『ルールに書かれているからと開き直ってリタイア宣言して、まんまと賞金をもらってゲームから離脱した芸人さん』みたいに、
一度出ると決めたトーナメントの試合を抜け出したくないんだ、あたし」
「……あなたが出演したその番組、日本に来た時、テレビで見たよ。その芸人が安全に離脱する中、あなたは最後まであきらめずに頑張ってたっけね」
「ああ、見てくれてたんだ。あのゲームには結局勝つことができなかった…。でも、この勝負には絶対に勝ちたいッ」
秋実の前方から、ハレルヤ・ハリケーンが現れる。
「……同感。まぐれ勝ちをするよりも、正面から戦って勝利したいッ」
メドメラの前方から、フィントロールが現れる。
秋実とメドメラはゆっくりと歩きながら相手に近づいた。
(決着は、おそらく一瞬…)
(先に相手のスタンドに拳を入れた方が勝つ)
二人のスタンドはお互いの拳が当たる距離まで近づいた。
夏の夜の熱気で流れる二人の汗が、道路のコンクリートに同時に落ちた瞬間、二つのスタンドは拳を繰り出した。
「ハレェッ!!」
「メダァッ!!」
拳が相手に届いたのは、秋実のハレルヤ・ハリケーンだった。
ハレルヤ・ハリケーンの拳が、フィントロールの顔に命中した。と、同時に、メドメラの顔が歪んだ。
ハレルヤ・ハリケーンはフィントロールに拳の雨を浴びせる。
「ハレハレハレハレハレハレハレハレハレハレハレハレハレハレハレハレハレハレハレハレハレハレハレハレハレハレハレハレハレハレハレハレハレハレハレハレハレハレハレハレハレハレハレハレハレハレハレハレハレハレハレハレハレハレハレハレハレハレハレハレハレ、ハレルヤァッ!!!!」
拳の連打を食らったフィントロールは、本体であるメドメラと共に膝をついた。
「……すごいなぁ。負けたよ」
メドメラはそう言うと、自身のスタンドをしまって、その場に座り込んだ。
霧谷は秋実の勝利を確信し、その喜びのあまり、秋実に駆け寄って抱きついた。
「やったぁッ!! 秋実さんが勝ったぁッ!!!!」
「き、霧谷さん、苦しいよぉッ!!」
秋実に抱きつく霧谷を「ちょっと、喜んでくれるのはうれしいけど、秋実から離れてッ」と冬子が離そうとすると、後方から立会人の修治が乗るステップワゴンがやってきた。
修治は車を停止させると秋実達の側に近寄った。
「いやぁ、すごいことになってますね。後方から見させてもらいましたよ。まさかインターチェンジに着く前に、スタンドバトルでの決着を付けてしまうなんて…」
「あっ、立会人さん。あたし、スタンドでの真っ向勝負で勝っちゃいましたけど、試合はまだ終わりませんよね?」
秋実が修治にそう言うと、彼は「はい」と答えた。
「今回の試合はK山インターチェンジ料金所を先に通過した方が勝利というルールなので、どちらかが先に歩いてでも料金所を通過しない限り、試合は終わりません」
「そっか~。それじゃあやっぱり歩いてインターチェンジへ向かうしかないな~」
秋実がそう言って歩いて向かおうとすると「ちょっと待って」と冬子が修治に言った。
「秋実はスタンドを使った戦いで、体中がアザだらけなんですよ!? スタンドでの戦いで勝ったのだから、この場で秋実の勝利としても良いのではないですか?」
「そうは言ってもルールはルールですので。試合のルールは遵守しないと、僕、運営側から怒られてしまうので…」
「そんな……」
冬子が落胆していると、秋実は霧谷と一緒にインターチェンジへ歩き出そうとしていた。
「ちょっと秋実ッ!?本気でインターチェンジへ向かおうとしているの!?」
「そうだよ~。ちょうどファンの人もいるわけだしね。いろいろ話をしながら行くというのも乙なものだよ~」
「そうですよ! 私、一度でいいから秋実さんとお話がしてみたかったんですッ!」
秋実と霧谷がそう言って歩き出すと、冬子は深いため息をついた。
(トーナメントがここまで過酷なものとは思ってもいなかった。怪我を負った出場者を、目標地点まで歩かせようとするなんて……。
これは意地でも秋実のトーナメントの試合に関わって、運営側に文句を言わなきゃ……!
そうでなきゃ、もしZ1プロダクションのアイドルがトーナメントに出場するなんてことになった際に、怪我どころじゃすまないことが起こってしまうかもしれない……!!)
冬子がそう考えていると、メドメラが秋実に声をかけた。
「……ちょっと待って。一つだけ訊かせてほしい」
「ん、何?」
「……あなたがトーナメントで優勝して叶えたい望みって、なんなの?」
メドメラがそう訊くと、秋実は笑顔でこう答えた。
「あたしはね、トーナメントで優勝したら、自分の故郷であるM宮市で、Z1プロダクションのコンサートを開いてもらうんだ」
「……コンサート?」
「そう。あたしの故郷のM宮市には、あの時の震災で心に傷を負っている人がまだいっぱいいるんだ。
だから、Z1プロダクションのコンサートを開いて、M宮の人達が少しでも元気になってもらうんだ。それが、あたしが叶えたい望みだよ」
「秋実さんの夢……、とても素晴らしいですッ!!」
秋実の夢をメドメラと共に聞いていた霧谷は、大粒の涙を流した。
メドメラはふっ、と微笑むと、秋実に言った。
「その夢……、かならず叶えなよ」
「うんッ!!」
秋実は大きく返事をして、霧谷と一緒にインターチェンジへと向かった。
彼女の夢を共に聞いていた冬子と修治は、顔を和らげた。
「秋実様……優勝できるといいですね」
「そうね……」
冬子はマネージャーとして、秋実をトーナメントに優勝させることを心に誓った。
「……ところで、冬子…といったっけ? あなたが穿いているその黒いパンストを脱いで秋実に渡せば、K山インターチェンジに早く着いたんじゃあないの?」
「えっ?」
「……だって、秋実のハレルヤ・ハリケーンの能力って『特性』を『強化』する能力なんでしょ? だったら、パンストの『伸びる』特性を『強化』して、
思いっきりパンストを伸ばして、パチンコの要領で秋実をインターチェンジの料金所のある方角へ飛ばせば、簡単に着いたと思うんだけど?」
「ああ、その手がありましたね! 秋実さんが料金所に着いたことを確認したら、一回実験してみますか!」
「へ、変なこと言わないでッ!!」
★★★ 勝者 ★★★
No.6597
【スタンド名】
ハレルヤ・ハリケーン
【本体】
卍山下 秋実(マンサンカ アキミ)
【能力】
触れた対象の「特性」を強化する
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最終更新:2022年04月17日 14:16