第13回トーナメント:準決勝②
No.5393
【スタンド名】
ホット・アクション・コップ
【本体】
鹿鳴 志弦(カナキ シズル)
【能力】
スタンドが触れた『凶器』を『押収』する
No.6597
【スタンド名】
ハレルヤ・ハリケーン
【本体】
卍山下 秋実(マンサンカ アキミ)
【能力】
触れた対象の「特性」を強化する
ホット・アクション・コップ vs ハレルヤ・ハリケーン
【STAGE:プール付きの豪邸】◆aqlrDxpX0s
――センパイ、前回のことはほんとーに教訓として身に染みました。
この遠見妃奈子、立会人の仕事をぼーっと試合の行く末ながめて報告するだけ、試験の監督官と同じような仕事だと思って……
イファイイファイ! ほっぺたつねらないでください! 反省してます、今は思ってません!
ええ、ファミレスでの立会いの時は、クールで奔放な諸センパイ方を見習って対戦者同士にルールを決めさせましたが……
え? 私は単に誘導されただけ? いや違いますよお私はエキサイチングな試合にするためあえて乗せられたフリを……
あ、やめてください! 構えないでください! ま、まあどのみちそれで失敗して怖い想い……もとい寒い想いをしたわけです。
ですから今回の試合は、自分自身の未熟さを自覚して、こっちからガチガチのルールを組んでやるってもんですよ!
フッフッフ……私が朝の9時から夕方の5時まで寝ずに考えたこのルールの中で最高の試合を演じてもらいますよ……。
あ、その節はセンパイに私の雑務をすべてやってもらって感謝してま……イファイイファイ! すんません業務サボってすんません!
とにかく! 今回、対戦者の2人には私の手のひらの上で最高のショーを演じてもらいます……クックック。
……ええ、もう手紙は送ってありますよ。
でわでわ、行ってきますセンパイ!
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拝啓
残暑の候 皆様におかれましては益々ご健勝のこととお慶び申し上げます。
この度は私どもの主催するトーナメントにご参加いただきありがとうございます。
二回戦につきまして、詳細が決定いたしましたのでご連絡いたします。
ルールは「かくれんぼ」です。
今回の試合は「会場内に足を踏み入れた時点で勝負開始」と心がけください。
立会人からの開始の合図もございません。
十分に準備を整えてから会場へ向かっていただければ幸いです。
ルールの詳細につきましては添付した別紙をご参照ください。
では、貴君の御健闘をお祈り申し上げます。
敬具
平成○○年八月吉日 トーナメント運営
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試合当日、卍山下秋実(まんさんか あきみ)はトヨタ・ランドクルーザーに乗って会場へと向かっていた。
秋実に送られてきた手紙を秋実のマネージャーである社冬子(やしろ ふゆこ)が秋実の運転する車の助手席で読んでいる。
「試合会場まではあと20km……あと30分くらいってとこかなあ」
「ねえ、秋実。一つ質問していいかしら」
冬子は視線を手紙に向けたまま言った。
「ん、何?」
「この車、どうしたのよ?」
「…………」
冬子の質問に秋実は押し黙った。
ぐぐっとハンドルに力が入り、前かがみになる。
「あなたの車はフォレスターだったじゃない」
「……冬子さんだって見たでしょ、前の試合で壊れちゃったじゃん。いや、壊れてはいないけど車検通らない車になっちゃったっていうか」
「それは知ってるけど、この車って代車じゃないでしょ。……もしかして、買ったの?」
「い、い、いや買ったっていうか……何百万ってお金はないけど、毎月4万ずつお金出して乗せてもらっているっていうか、なんていうか」
「それを世間では買ったっていうのよ、割賦とか、リース契約っていうの」
「……ごめんなさい」
しょんぼりと肩を落とす秋実を見て冬子は失笑する。
「……ふふっ、別に悪いといってるわけじゃないわ。最近あなたの仕事が増えてきたし。いくらマネージャーでも、あなたの買い物にまで口出しする義務はないもんね」
それを聞いた秋実の顔はほころんでいく。
「ありがとう冬子さん……へへっ、この車は私自身へのゴホウビなんだ。ドラマの仕事も入ったし、CMの依頼もいっぱい来てるしね」
「そうね、でも気を抜かないでね。アイドルはいつ他の誰かに立場を奪われるか、油断できないんだからね」
「はいっ!」
秋実はしゃきんと背筋を伸ばしにっこりと笑っている。
表情豊かな、愛らしい娘だと冬子は改めて思った。
(でも、自分のゴホウビになんでこんなでっかい車なのかしら。
女の子なら服とかアクセサリーとか……まあこうだからこそ彼女がアイドルとして生き残っているのかもしれないけど)
冬子は再び手紙に目を落とす。
試合の詳細が書かれた紙を手に取り、じっと眺めた。
「えー……『試合内容は【かくれんぼ】です』」
「『試合内容は【かくれんぼ】です。試合会場内で先に対戦相手の体に触れて【つかまえた】と言ったほうの勝ちです』……」
強い日差しが照りつける中、鹿鳴志弦(かなき しずる)は道を目的地に向かって歩きながら自分のもとに送られた手紙を読んでいた。
手紙は志弦の手の汗で湿っている。
「やっぱり何度読んでも腑に落ちないんだよなあ、どう思うコップ? あ、日当たってないか、大丈夫か?」
志弦は隣で志弦の差した日傘の陰を歩く少女に向かって話しかけた。
『どう思うも何も……そのまんまじゃないっスか? あと本官に日傘はいらないでスよ』
「何言ってるんだ! 真夏の紫外線は女の子の肌の天敵なんだぞ?」
『いや本官スタンドでスから。紫外線よりもマスターが本官に話しかけるときの周囲の視線のほうが痛いス!
いつンなったら、自分の姿はキホン他人には見えないってわかってくれるんスか』
志弦の「そばに立つ」のは、その姿こそ人間のようだがれっきとした志弦のスタンドである。
『だいたい日焼けして欲しくないと思うなら本官を出さなきゃいいじゃないスか』
「それは絶対に嫌だ、俺はどんなときもコップの横を歩いてたいんだ」
ホット・アクション・コップという名のスタンドは明確な自我を有しており、志弦と話すことができる。
本来念話で会話ができるはずなのだが、志弦はあえて言葉でコップと会話をしている。
コップ自身は口では嫌がりながらも、志弦が言葉で意思疎通しようとしていることは嬉しいのだったが。
「お前の愛くるしい姿が誰にも見えてないことはわかってるよ……けどな、スタンドである前に俺にとってコップは一人の女の子だと思ってるんだ。
それなのに俺が日焼け止めクリームを塗ろうとしたら嫌がるし……」
『だからスタンドだから日焼けしないスよ。あとクリーム塗ろうとするマスターの目が怖かったッス』
「何を言う! 俺はおまえのためを思って……」
『話ススめません? ルールのことでしょ?』
ああそうだった、と言うと志弦は手紙に再び目を移した。
「勝利条件は『相手の体に触れて【つかまえた】と言う』だけしか書いてない。だけど、その対戦相手については何も書かれていない。顔写真もないし、名前もない」
『ルールについて、他にはなにも書かれてないんスか?』
「あとは会場と開始時刻だけだな……あ、もうひとつ、こう書かれてるぞ」
<試合会場に入ることができるのは試合出場者のみです。ただし、試合会場の人払いは行いません>
<出場者の方には、会場にいる複数の人の中から対戦相手を見つけ出し捕まえていただきます>
<対戦相手以外の人に触れることはかまいませんが、【つかまえた】と言う相手を間違えた場合即失格負けとなります>
「『試合会場に入ることができるのは試合出場者のみ』……だって!? 俺にコップと離れ離れになれっていうのか!」
『ンなわけないでしょ、本官マスターのスタンドなんスから。スタンドは一緒にいていいでしょうよ』
「だから俺にとってコップはひとりのおんn『人払いを行わないってことは、試合会場にいるのは本官らと相手だけじゃないんスね』
コップは志弦の言葉を遮り話した。
志弦はもどかしそうに顔をしかめて手を震わせた。
しかしコップの足に日が当たっているのを見るとはっと我にかえって日傘を差しなおす。
『会場はどういうところなんスか?』
「なにやらデケェ屋敷だ。元海軍中将の邸宅で……今は国の重要文化財、一般開放していてちょっとした展示スペースもある。
対戦者以外の人ってのは入場している観光客のことだろうな」
『そういうところだとあまり目立った動きもできないスね』
「つまりは顔も名前もわからない相手を、たくさんいる人の中から探して見つけ出せってことだ。しかもお手つきなしで」
『ずいぶんと難しい戦いになりそうスね……』
コップは腕を組み首を傾げた。
その横で志弦がぼそりと呟く。
「……だからこそ、こうやって事前に書面で送ったんだろうな」
『へっ?』
「この試合……事前にしっかり作戦を立てておかないと、きっと負ける」
「たぶんこの試合、準備を怠ったほうが負ける……そんな感じがする」
ランドクルーザーを運転しながら秋実は言った。
試合会場である中将邸宅まではあと10kmをきっている。
「準備……って、どうすればいいのかしら。顔も名前もわからない相手を探すというのに」
「その方法を考えとかなきゃならないんじゃない?」
「そーねえ……スタンドってスタンド使いにしか見えないんでしょ? それならスタンドを出して、反応したらスタンド使いは見つかるんじゃないの?」
「確かに……それもひとつの手だよね。スタンドを出しても、普通の人は気づかないし。
冬子さんだってこれまで8枚のブラを不思議な力で破かれたけど、そのうち2枚は私のスタンドがやったってことに気づいてないんだもんね」
冬子の表情が固まった。
秋実はハンドルをきりながらにししと笑っている。
「……ちょっと待ってなにそれ」
「じょーだんだよお、じょーだん♪ でも、ウソかどうか冬子さんはわかんないよね。スタンド使いじゃないんだから」
「……それについては後でもう一度話し合いましょう」
「(言わなきゃ良かった)……あ、でもスタンドを見せてもスタンド使いがリアクションするとは限らないんじゃない?」
「それも……そうよね。私たちが考えているようなことは相手も考えてるし……」
「むしろスタンドを出しちゃったら、イッパツで相手にはバレちゃうよね。特に私のは近距離型だし」
「スタンドを出さずにスタンド使いを判別する方法か……」
道は下り坂に差し掛かり、秋実はギアを落として減速した。
「冬子さん、私は冬子さんが今手紙を読むよりも前に、手紙が届いたときにそれを読んでるんだよ?」
「ん?」
「いくつか作戦があるんだ。聞いてくれないかな」
「…………わかったわ。スタンド使いでない私だけど、力になれるなら」
秋実は缶コーヒーをぐいと飲むと、息を一つはいてから話し出した。
「この試合ってさ……」
「この試合ってさ……スタンド使いの……ハァ……戦い……なんだよ」
志弦は息を切らしながら話していた。
『マスター、歩き疲れたんスよね? 本官マスターのスタンドだからわかりまスけど』
「何……おまえの前でよわっちぃトコ見せられねえだろ、たいしたことねぇよ」
『日傘持って歩いてるからスよ、休憩するッスよ。ホラ日も雲に隠れてきたし。まだ開始時間まで時間あるんでしょ?』
志弦はコップに手を引かれて歩き、道の縁石に腰掛けた。
『それで、なんですって、マスター?』
志弦は水筒を取り出すと、蓋を開けてゴクゴクと喉を鳴らして水を飲んだ。
コップにも差し出したが、自分スタンドなのでいいスと突きかえされた。
「この試合はさ、スタンド使いの戦いなんだ。だから、スタンド能力を駆使して戦うっていうのが前提になるんだよ」
『というと?』
「さっきコップが話した、『コップ自身で脅かして反応を見る』って作戦だけどよ」
『ああ、逆にコッチがスタンドを見せてしまうって理由で却下したヤツッスね』
「単純に考えてよ? こっちがスタンドを見せるとなんでマズイんだ?」
『……暑さで頭おかしくなっちゃったんスかね、いや頭はもともとおかしいか』
「いやそうじゃねえって! ……いいか? スタンドを見せれば確かに俺が出場者だってバレる」
『相手がうまーくリアクションせずにスめば、こっちは骨折りゾンになりまスね』
「だが……わかったところで、相手は俺にタッチして【つかまえた】といわなきゃなんねえ」
『……あ』
「いずれ、相手もリスクを負わなければならないんだよ。潜んで背後に回れればいいが、試合会場はミュージアムみたいなもんだ。
来場者は立ち止まって展示を見ている。そこで誰かがヘンな動きをすればすぐにバレるんだ」
『なるほど』
「どっちが先に見つけたかなんて、実は大した問題じゃないのかもしれないぜ?
むしろ先に動いたほうが、戦況を有利にすることができるかもしれない」
『先に動く……ッスか』
「そう……先に動いて、『スタンド能力』で有利にする」
「『スタンド能力』……ねえ」
冬子は額に指を当てて考え込んでいる。
「冬子さんはスタンド使いじゃないからピンとこないだろうけど……スタンド能力で何か仕掛けられるかもしれないんだよね。
だから、対戦相手を『探す方法』もだけど『見つからない方法』も考えとかなきゃいけない」
車は市街地を抜けて郊外にある目的地へと向かっている。
秋実たちが中将邸宅へと向かうには、大きな国道から一度街へ入ってそこから郊外へ抜けなければならなかった。
渋滞を危惧していたが、思っていたよりも道はすいており秋実は一安心した。
「『見つからない方法』……」
「私の『ハレルヤ・ハリケーン』、あの場所でどれだけ活かせるかわからないけど……」
「ねえ秋実……」
「何?」
赤信号で車は止まり、秋実は冬子のほうを見た。
冬子はため息をついて不安げな表情をしており、秋実は一瞬ぎょっとした。
「秋実……あなたが相手と比べて圧倒的に不利な点を見つけたわ」
「えっ、何? 怖いですよなんか」
「あなた……アイドルなのよ? それも人気急上昇中の」
「えっ? い、いやあそういわれると照れますな」
能天気にはにかむ秋実に対し冬子は続けた。
「いい? ……あなたは『目立っちゃう』のよ、何もしなくても」
「いやあこれも冬子さんの普段の指導の賜物で…………」
照れくさそうに頭をかいていたが、秋実は冬子が何を言いたいかに気づき、笑顔が消えた。
「秋実、試合会場の観光客の中にはあなたを知ってる人が何人もいるでしょう」
「わ、わたしは……もしかして……」
「スタンド能力を使った仕掛けなんてできないでしょう、きっと。常に誰かに見られているのだろうから」
「……ひぇっ、人気出るってこわい……」
「それだけじゃあない……あなたのファンがいたら、ちょっとした騒ぎになって目立つかもしれない。それを対戦相手に見られていたら……」
「…………ひっ!」
「もし、対戦相手があなたのことを知っていたら……?」
「やっやめてえええええええ冬子さあああああああああん!!!」
その時、車の背後のトラックからクラクションが鳴らされた。
秋実が我に返り前を見るとすでに信号が青になっていた。
あわてて発進し、再び目的地へ向かい始めた。
「ご、ごめんね秋実」
「やめてくださあい冬子さん…………あっ、私いい方法思いつきましたよ!」
「いい方法?」
「私のファンがいたら、協力してもらうんです! 対戦者っぽいアヤシイ人を見つけたら……私のファンにお願いして一芝居うってもらうんですよ!」
「一芝居って……」
「つまりは……『アヤシイ人の肩に触れて【つかまえた】』と言ってもらうんです」
「……ええっ!?」
「それで相手がどうリアクションをとるか……面白くありません?」
「……ダメね、マネージャーとしてそれは許すことはできないわ」
「なんでー!? 冬子さん」
「場合によってはあなたのファンを危険にさらすことにもなる……。それにそもそも選ぶ相手を間違えてしまった場合のリスクが大きいわ。
もしあなたが対戦者に対してそれを『お願い』したら、あなたが出場者であることがバレる。
もし対戦者じゃない人にお願いしたとしても、肩を叩く人が対戦者じゃなかったら、対戦者がそれを見ていたら……相手にヒントを与えてしまうことになる」
「むむぅ……」
「あとは……そうね、突拍子もないけど、相手が『透明になる』能力でも持っていたら」
「『透明』……あはっ、あははははははははは!!! 冬子さんおっかしー! かわいー!!」
秋実はハンドルをバンバン叩きながら大声で笑う。
「なっ、なにがおかしいの!? 私は真剣に……」
「真剣だからおっかしーんだもーん!! だってさ、相手が『透明能力』もってたら、こんなルール私に不利すぎるじゃん! それはありえないよ」
「ハッ……そ、それもそうね……」
「そりゃあー冬子さんにとってはスタンドは全部透明人間みたいなもんだけどさー!」
「…………」
「あっ、冬子さんむくれないでよー! ……あっ、アレ見てあれ!!」
「えっ…………何?」
冬子が秋実の指差したほうを見ると、3人組のおばあさん、1人の男の子、修学旅行生らしい女子高校生のグループが歩道を同じ方向に向かって歩いていた。
近くに立て看板があり、そこには「重要文化財 元海軍中将邸宅 この先500m」と書かれていた。
志弦とコップは再び目的地に向かって歩きだしていた。
日を厚い雲が覆い、あたりに涼しい風が吹き始める。
『あえて先に動いて戦況を有利にする……なるほど、マスターにしては面白い考えッスね』
「そうだろそうだろ」
志弦は馬鹿にされてるのに気づかず満足げに頷いた。
『でも……具体的にはどうするんスか?』
「例えば……3つくらい方法を考えたんだが」
『お、スゴイッス! 3つも』
「まず1つ……『火災報知機を鳴らす』」
『火災報知機? どうしてッスか』
「ふつう、ウソでも火事の報せがあったら中にいる人は皆逃げ出す。だけどこの試合の出場者はそうはいかない。
一度中に入ってから外へ出たら失格負けになるかもしれないからな。ましてや『かくれんぼ』だし」
『おお! これはいい作戦ッスね! 火災報知機を鳴らしておいてから身を隠し、残るひとりが近づいたらタッチ! でスね!』
「作戦その2……だれかれ構わずぶん殴る」
『……えっ?』
「対戦相手以外の人に触れるのはルール違反じゃない。【つかまえた】と言わなきゃオッケーなんだ」
『そ、それで?』
「スタンド使いだったら本能で本体を守る」
『じゃなかったら、ただ殴られるだけスか……』
「作戦その3……建物を爆破する」
『…………頭いたくなってきたッス』
「同じ理由でスタンド使いだけはスタンドで本体を守ろうとする……他の人は全員死んじゃうかもしれんけどな」
『本気で言ってるんスか?』
「いやまあ……一般人を殴ってるのを対戦相手に見られたらコッチがばれるし、建物を爆破する用意はしてないからなあ」
『じゃ何で言ったんスか。無駄な見栄で評価下げましたよ』
「でも、火災報知機は使えるだろ?」
『うーん、まあそうかもしれないスね……でも、相手も同じこと考えてるかもしれないッスよ?』
「同じこと?」
『火災報知機でも何でも、2人以外の者を追い出して身を潜ませることス。そしたら、お互い隠れて見つけられないんじゃないスか?』
「そうなったらアレだよ、どちらが痺れを切らすまでの持久戦だ……あ、いやすぐに火事がウソだとバレたら人が戻ってくるな」
『じゃあ火災報知機の作戦も時間が限られてるッスね』
「いっそ開き直って、火災報知機を鳴らして人払いをしたらあえて身を隠さないのもいいかもな」
『ええっ!?』
「グーゼン火災報知機が誤作動したように装って、あえて俺に隙をつくる。相手が現れたところでこっちから叩く!」
『もはや作戦といえるんスか? なんかもう考えるのめんどくさくなっちゃったようにも見えるんスけど』
「いや、そうでもないよ……ところで俺たちが今から行く場所はどんなところだ、コップ?」
『元海軍中将の邸宅ッスよね?』
「そう、現在は重要文化財、そして展示スペースがある。戦争と、戦時下名を馳せた軍人にまつわる展示だ」
『それがどうかしたんスか?』
「ちょっと前調べしてたんだけどな……この海軍中将、死因は自殺なんだ……それも、『拳銃で自殺』」
『拳銃……自殺? …………!』
「中将が自殺したときに使った拳銃も展示スペースに飾ってある。もちろん今では骨董品みたいなモノで使えるワケがない」
『しかし……それはれっきとした「凶器」スね。しかも、実際に中将を死に至らしめた「凶器」……』
「そう、おまえの能力を介せばこの拳銃はりっぱな武器になる。しかも……コップ、おまえ自身が使うことで敵スタンドに対しては最大の効力を発揮する」
『「ホット・アクション・コップ」……
「『取り出された凶器』は、『その凶器を所持し使用している生物と同じ生物』に対して軽くかすっただけでも致命傷を負わせるようになる」
たとえば、「スタンド」と「スタンド」でも……』
「その拳銃は、俺達の先制攻撃としては最高のものになるだろうな。何せ拳銃の弾をスタンドに防御させないわけにはいかないだろうからな」
志弦とコップが歩き続けた先に大きな平屋の屋敷が見えてきた。
手前の駐車場にも幾台か車が停まっており、志弦は自分たちが目的地に着いたとわかった。
「よーし……結局、なるようにしかならないさ」
『まずは観光客を装って拳銃の回収からスね……』
「展示スペースは入場口を入って左だったな」
『ちゃんと入場料は1人分だけ払うッスよ、いつもみたいに2人分払うってゴネてると対戦者にバレまスからね』
「くう……苦渋の決断だが、仕方ない……コップは普通の人間と変わらない、一人の女の子なのに……」
『スタンドでス……っていうか本官は外に出てないほうがいいと思うんスけど』
「……嫌だ」
『どうしてもッスか、いい加減呆れまスよ』
「いや、とっさにいい作戦を思いついたんだ。コップ、中に入ったら俺の妹を装うんだ。いや装わないで本当の妹になってもいいんだが」
『装いまス、でもなんででスか?』
「いいか、コップ。お前は俺じゃなくても誰が見てもスタンドには見えない、普通の女の子にしか見えないはずだ」
『ちょっとカゲキなコスプレした女の子ッスけどね、それがどうかしたんスか?』
「悔しいことに一般人にはおまえの姿は見えない、見ることができるのはスタンド使いだけだ。
だが、スタンド使いにとってお前は『スタンドか人間か』一見してわからないんだ」
『…………!』
「コップ、おまえは中に入ったら俺の妹になって、黙ったままあたりをきょろきょろしてるといい。
そしてもし、おまえと目が合う人間がいたら……そいつが対戦相手だ」
『わかったッス。もし何度も目が合う人間がいたら、にぃちゃんの袖のスソをひっぱるッス』
「……おまえは口ではああいいながらもホント俺の胸キュンポイントをおさえてるよな」
志弦とコップは試合会場である元海軍中将邸宅の中へ3人組のおばあさんの後ろから並んで入っていった。
志弦はポケットから財布を取り出し、1人分の入場料を手に取った。
コップは志弦に言われたとおりにあたりを見回しスタンド使いを探す。
3人組のおばあさんが受付を終えて志弦が受付の前に立つ。
受付の女性は軽く礼をして入場料を置く小皿を前に差し出した。
志弦とコップは想像もしていなかった。
こんな試合会場の入り口で、
ものの1分も経っていないような時間に、
決着を迎えようとは。
「【つかまえた】」
不意に聞こえた声と、肩に置かれた手の感触。
志弦はどきりとして後ろを振り返った。
そこに立っていたのは女の子。
髪を二つに結わえた背の小さめな女の子。
女の子はにっこりと、可憐な笑顔を志弦に見せている。
志弦はこの女の子を知っていた。
先日ふと観たドラマで、主人公よりもヒロインよりも輝きを放っていた役者。
その可憐な表情と、それに反するほどの凄まじい演技に惚れて思わずファンレターを書いた役者。
その役者をネットで調べて、志弦はその女の子が『Z1プロダクション』に所属するアイドルだと知った。
その役者の、その女の子の名前は……
「卍山下…………秋実……!」
「やだ、私のこと知ってたんですか? 嬉しいなあ」
「は、はい゛っ……!」
志弦は緊張のあまり声が上ずった。
憧れのアイドルが目の前にいること、そして『肩に触れられ【つかまえた】』といわれたことの二つの理由で。
「ど、どうしてあなたが……」
「ん? それは、どういう意味でかな?」
志弦のその質問には、「どうしてアイドルの卍山下秋実がここにいるのか」と「その卍山下秋実がどうして自分の肩に触れたのか」という意味があった。
しかし、秋実にとっては『どうして自分が対戦者であるのかがわかったのか』という意味にも捉えられたかもしれない。
そして秋実はそのすべての意味の答えとなる回答を示した。
「それは、あなたがトーナメントの対戦相手だからだよ」
その言葉を聞いて、志弦はすぐにその意味を理解できなかった。
しかし間もなく志弦は理解する。
自分が敗北したことに。
「ふざけんなーーーーッッ!!!」
突如響き渡る叫び声。
その声に驚きまわりにいた一般人は皆こちらを向いた。
声を発したのは敗北が決定した志弦ではなく、彼のスタンドであるコップでもなかった。
叫んだのは、受付に立つ女性だった。
受付の女性は顔を真っ赤にして涙を流している。
「せっがく……っ、いっしょうけんめいルールかんがえだのに……準備じだのに……なんでこんな早く……う゛う゛う゛」
受付の女性に扮し試合を見届けようとしていた立会人の遠見妃奈子は体を震わせながら秋実を睨みつけた。
「あ、あなたが立会人だったワケですか」
「そう……だよ……っ」
『……つーことは、マスターマジに負けちゃったんスね』
コップは志弦の手を握り、顔を見上げた。
志弦自身、敗北を受け入れたとはいえ、なぜ秋実が自分が対戦者であることがわかったのかは理解していない様子だった。
それは当然、コップも同様だった。
「勝負は……ここに来る前からついてたんだよ。私の、頼れるマネージャーのオカゲでね……」
「ええっ……? 秋実……ちゃんの、マネージャー?」
「実はね、私は『ここに向かって歩いていく2人の姿を見ていたんだよ』、車からね」
『エエッ!!』
「でも、助手席に乗っていた冬子さんは『1人しか見ていなかった』んだ」
―――――――――――――――
――――――――――
―――――
「あははははははははは!!! 冬子さんおっかしー! かわいー!!」
「なっ、なにがおかしいの!? 私は真剣に……」
「真剣だからおっかしーんだもーん!! だってさ、相手が『透明能力』もってたら、こんなルール私に不利すぎるじゃん! それはありえないよ」
「ハッ……そ、それもそうね……」
「そりゃあー冬子さんにとってはスタンドは全部透明人間みたいなもんだけどさー!」
「…………」
「あっ、冬子さんむくれないでよー! ……あっ、アレ見てあれ!!」
「えっ…………何?」
秋実が指差した方向には、「重要文化財 元海軍中将邸宅 この先500m」の立て看板と、その方向へ向かう人たちの姿があった。
冬子は秋実が指差したのは立て看板だと思い、答えた。
「……ああ、試合会場まで、もうすぐね」
しかし、秋実が指差したのは看板ではなかった。
「ちがうよ、そっちじゃなくてほら、『あの子』! 『2人で歩いているあの子たちの』!」
冬子は秋実が指差したほうを改めて見た。
そこに歩いていたのは、3人組のおばあさん、女子高校生のグループ、そして『1人の男の子』。
「『2人』? 2人組なんていた?」
「えっ? 冬子さん見なかったの? あの『婦警コスプレっぽい女の子』! かわいいなあ、あれかなあ、隣のカレシがコスプレ好きなのかなあ。
あ、でもあんなズタ袋被ってたのだったら、なんかのゲームのコスプレなのかな? この先でなんかイベントあるのかな……」
「ちょ、ちょっと秋実。カップルなんていなかったわよ。『男の子は1人で歩いていたじゃない』」
「…………えっ?」
―――――
――――――――――
―――――――――――――――
「……そうか、そういうことなんだな。秋実ちゃん、あなたはここへ向かう俺とコップを見ていたんだ」
「うん。でも、私だけが見ていたら、私だけでここに向かっていたら私は勝てなかったんだ。
あなたを見て『その子』を見れなかった冬子さん……マネージャーがいたから、私はあなたがスタンド使いであるとわかったんだよ。
対戦者以外のスタンド使いがここに向かって歩いているなんてグーゼンもないだろうし!
そのマネージャーはルールでここへは入れないから、今は車で待ってもらってるけどね」
『マスター……』
「そういうことなら、仕方ないな。俺はどんなことがあってもコップのそばを歩きたい。それが理由で負けたんなら悔いはないよ」
『……いつもなら呆れてしまうセリフッスけど……今だけはカ、カッコいいスよ』
「…………俺はどんなことがあってもコップのそばを歩きたい。それが理由で負けたんなら悔いはないよ」
『なんでもう1回言うんスか』
「だってカッコイイって言うし」
『もうカッコよくないッスよ』
「あははっ! ほんとに可愛い兄妹みたい」
「……ほ、ほんと!? 秋実ちゃんもそう思ってくれる?」
「うん、さっきも言ったけど、私だけだったらあなたのスタンド、スタンドだと気づかなかった。人間と区別つかないもん。
もし気づかないままここで会ったら、試合のことも忘れて話しかけて、可愛がってたかも。そしたら私負けちゃってたよね」
『か、可愛いだなんてそんな……マスター以外に言われたの初めてス……』
「あのー、私のこと忘れてません?」
志弦の後ろで立会人の妃奈子が冷めた目で様子を眺めていた。
「あ、ごめんなさい立会人さん! それで、この勝負は……」
「あーハイハイ、卍山下秋実さんの勝ちです。もう、帰っていいですか? 後片付けもないし、さっさと運営に報告したいので」
妃奈子はそれだけ言うとため息をつきうなだれながら去っていった。
「立会人もいろいろいるんだね……」
「あの……秋実ちゃん、次の試合もがんばってくださいね、ケガしないように。それじゃあ俺も帰るので……」
「あ、待って!」
背を向けて帰ろうとする志弦とコップを秋実が呼び止めた。
志弦は憧れのアイドルに呼び止められたことに驚き、くるっと振り返った。
「君の名前はなんていうの?」
「鹿鳴志弦……です」
「あなたは?」
『ホット・アクション・コップ、マスターはコップと呼んでるッス』
秋実は白い歯を見せてニッカリと笑い、2人に言った。
「今度、うちのプロダクション所属のアイドルの握手会とライブがあるんだ! 良かったら来てくれないかな?
ナイショなんだけど……実はうちのアイドルってみんなスタンド使いだから、コップちゃんも楽しめると思うよ!」
「…………!」
『マスター?』
「じゃっ、また会おうねー!!」
秋実は手をぶんぶん振りながら駐車場へ向かって行った。
飛び跳ねるように走る彼女の姿を志弦はただじっと眺めていた。
『……マスター、残念でしたね』
「ああ……このトーナメントで優勝したら『コップを人間にする』って願いを叶えてもらおうとしたんだが、残念だ」
『そんな大層すぎる願いがあったんスか、さすがにそれはムリが過ぎません?』
「でも……よかった」
『え?』
「コップを……可愛いと言ってくれた人がいた。人間と区別がつかないって言ってくれた。それだけで俺はじゅうぶん幸せだ」
『マスター……』
「コップ、今度秋実ちゃんのライブに行こうか。チケットも2人分買って」
『いい加減にするッスよ、チケットはマスター1人分でいいんスよ』
「違うよ、秋実ちゃんは『コップも楽しめる』って言っただろ? そしたら、チケットは2人分買わなきゃだろ」
『…………そうか。……へへ、そースね。本官も秋実ちゃんや他のアイドルと握手したいでス』
「……あーもうっ、かわいいなコップは! 天使だな!! アイドルだな!!」
『や、やめるッスよ、恥ずかしい……』
「今日で俺は完全に秋実ちゃんのファンになったけど……それでもお前が一番のアイドルだ、コップゥゥ!!!」
立会人が去り、秋実も帰って一般人しかいなくなった場所で、
志弦は周囲の冷たい視線に晒されながらコップを愛で続けた。
それでも、志弦は以前にも増してコップがそばにいる幸せを感じていた。
★★★ 勝者 ★★★
No.6597
【スタンド名】
ハレルヤ・ハリケーン
【本体】
卍山下 秋実(マンサンカ アキミ)
【能力】
触れた対象の「特性」を強化する
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最終更新:2022年04月17日 14:29