第14回トーナメント:準決勝①
No.6866
【スタンド名】
Every Kinda People
【本体】
那栄 龍(ナバエ リュウ)
【能力】
名刺に書かれた人物のコピーを生み出す
No.6039
【スタンド名】
フィール・ソー・ムーン
【本体】
本結 久良來(モトイ クララ)
【能力】
本体が身につけているリボンを操る
Every Kinda People vs フィール・ソー・ムーン
【STAGE:学校】◆aqlrDxpX0s
「リーダー、もう出かけるのですか」
外出の支度を始める上司に向かい部下は半ば呆れた顔でそう言った。
そのすでに聞き飽きた質問に対し、リーダーと呼ばれた男はこう答えた。
「新米リーダーはまずお客さんに顔と名前を覚えてもらわなきゃな。もう俺の仕事は机にかじりつくようなことじゃない」
男は胸ポケットから名刺入れを取り出し、自分の名刺の枚数を確認する。
その名刺には、『経営企画室 那栄龍』と書かれている。
リュウは最初は違和感があったが、もう慣れてしまった。
「じゃあ、行ってきます!」
リュウは無理やり明るい声でそう言って部屋から出て行った。
残された4名の部下たちはリュウがエレベーターでフロアから離れるころを見計らって
いつものように彼についての話をはじめた。
「新米リーダーか、リーダーやるにしては若すぎるよな。29だっけ?」
「27だよ、俺より一回り近く若い。確かに能力はありそうなんだけどな」
「いわゆるエリートさんなんでしょ、どうせここも出世コースの通過点にすぎないのよね」
「それにしても研究部門から来るってのは聞いたことないけどなあ。まあ研究よりもコッチの仕事のほうが向いてそうではあるけど」
リュウの部下たちは新しいリーダーを歓迎していたというわけではないが、
リュウがリーダーに就任してからのわずかな時間でリュウの素質を認め始めていた。
だが、それが信頼に値するかというとそこまでではないらしかった。
「そういや、あの名刺見た?」
「名刺? ……ってあのリーダーの?」
「うん……いやリーダーがもらってきた名刺のほうさ」
「なんかあったのか?」
「いや、この間机においてたのをチラッと見たんだけど、明らかに関係のない業種の名刺もあるんだよね」
「ああ、俺も見た。うちと取引の見込みもないところとかあったな」
「それがどうしたの? 関係のないところでも名刺交換することくらいあるじゃない」
「そういえば……リーダーが会議室で1人でいた時にさ、名刺を机に並べて何か考え込んでいたんだよなあ……
サッカーのフォーメーションみたいに並べて、時々並べ替えたりしてて……」
「……エリート様の考えていることはわかりませんなあ」
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校舎を見下ろす空は灰色の雲に覆われていた。
昼間だというのにその学校には人の気配がない。
それどころか、校庭から見える正門の向こうの道路にも、そこを横切る人や車の姿は見られなかった。
校舎の壁時計が10時を示すと、2人の人物がほぼ同時に正門から現れた。
オールバックの髪型に濃いグレーのスーツを着た男『那栄龍』と、
制服を身に纏いリボンを体のいたるところに巻き、結び付けている少女『本結久良來』だ。
正門の前で面と会ったときから2人はトーナメント出場者であるというお互いの素性を察していたが、言葉に出そうとはしなかった。
目を合わせようとはせずに距離を保ちつつ並行して学校の正門へ向かっていた。
どちらかといえばクララのほうが警戒心を強めていた。
そしてほぼ同時に正門から校庭へ足を踏み入れたことで戦いへの合意がなされた。
リュウはすぐさま胸ポケットから10枚の名刺を取り出した。
しかし、それと同時にリュウの体には2本の長いリボンが巻きつき、動きを止められてしまう。
そのリボンはクララの両腕から伸びていた。
「『フィール・ソー・ムーン』!!」
「うぐっ……!」
両腕をリボンで固められたリュウの首にさらにもう一本のリボンが巻きつく。
「オジさんには悪いけど……早々に決着付けさせてもらうからね!」
リュウの首に巻きつけたリボンをいっそう強く締め上げる。
クララはリュウから3メートルほどの距離をあけて、近距離パワー型スタンドのおおよその射程に入らないようにしている。
さらに何らかのスタンド能力を発動させる前にリュウを失神させるつもりだった。
だがその前にリボンを巻きつけたリュウの姿が霧のように消えた。
「……えっ!?」
リュウが持っていた名刺の束がバラバラと地面に落ちていく。
「まさか、モクモクの……いや、それは違うか」
クララは地面に散らばった名刺を見下ろした。
乱雑に地面に伏せる名刺の中に1枚、『経営企画室 那栄龍』と書かれた名刺が落ちていた。
そのとき、クララは校舎の方向に遠くから足音がするのをかすかに聞いた。
クララが視線を下から前に向けると、先ほど自分がリボンで締め上げていたはずの男が
こちらをちらりと見ながら校舎の中へはいっていくのが見えた。
戦闘開始直前にクララに鉢合わせたリュウは、リュウのスタンド能力によって『名刺から生み出されたコピー』だったのだ。
それは、学校敷地外に隠れていた本物のリュウが対戦相手から距離をおきコピーに時間稼ぎをさせるためだった。
「あのオジさんめ……!!」
だがリュウの作戦はまだ終わってはいなかった。
むしろここから始まると言っても過言ではない。
「待てっ……きゃっ!!」
校舎の中へ入り見えなくなったリュウを追おうとしたクララだったが、
『何者かに足をつかまれ』うつぶせの状態で地面に突っ伏した。
地面に寝そべったクララが足元を見ると、クララの足を掴んでいたのは体長15センチくらいの小人だった。
それもラガーシャツを着た体格のいい『小さなおっさん』だったのだ。
しかも小人はラガーシャツだけでなく、そのほかに9人の小人がクララを囲んでいた。
いつのまにか、地面に落ちていた名刺は『経営企画室 那栄龍』のみとなっていた。
クララを囲む10人の小人がそれぞれ名乗りをあげた。
『大学時代ボクシング部に所属し五輪強化選手にも選ばれた那栄龍の会社の後輩!』
『数々の名だたる格闘家たちを輩出した空手の師範代!!』
『不祥事で角界引退を余儀なくされた元力士、居酒屋チェーンのオーナー!』
『元暴走族総長、補導回数100回超の建設会社現場代理人!!』
『総合格闘技全盛時代キックボクシングで名を馳せたジムインストラクター!』
『オリンピック出場経験もある大学柔道部コーチ!!』
『本塁打王獲得経験もある元野球選手、現スポーツメーカー営業マン!』
『暴力事件でクビになった元プロレスラーのラーメン屋店主!!』
『陸自所属経験もある、那栄龍の会社のガードマン!!』
『製薬会社のラグビーチームに所属する体重150kg超のラガーマン!!』
そして10人の小人は一斉にクララに飛びかかった。
「く……『フィール・ソー・ムーン』!」
2本のリボンが元野球選手と空手の師範代に巻きついた。
体が小さいためリボンは体すべてに巻きつく。
そしてギュッと締め上げると、元野球選手と空手の師範代はうめき声をあげて先ほどのリュウと同じく霧のように消えた。
だが、その隙に8人の小人のうち元力士と柔道部コーチと元プロレスラーとラガーマンがクララの両手両足に掴まった。
クララは寝転がった体制のまま立ち上がれなくなってしまう。
元野球選手と空手の師範代を締め上げたリボンをほどくと、くしゃくしゃになった名刺が地面に落ちた。
(……ああ成程、この人たちは名刺から生み出された人たちなんだ。きっと、その名刺の人物のコピーそのものが現れる……)
身動きが取れない状態であってもクララは冷静だった。
1回戦で体験した極限状態が彼女を成長させていた。
血溜まりのプールに比べたら、今の状況など退屈で仕方ない。
クララにとって、手足が動かないことなど大した問題ではなかった。
手足よりも自在に動くリボンさえ無事であったなら。
クララは両手首のリボンを使って、両腕につかまっている柔道部コーチと元プロレスラーを締め上げる。
「女の子1人に男の人がよってたかって……みっともないよッ!!」
クララが柔道部コーチと元プロレスラーを消すと、それを見てガードマンとジムインストラクターが飛びかかってくる。
しかし、それを迎え撃つようにクララは髪を結わいているリボンでガードマンとジムインストラクターの体を槍で突くように貫いた。
肉を突く感触がリボンを通して伝わってくる。
ガードマンとジムインストラクターがリボンに貫かれ力尽くと、その2人の姿も消えた。
このまま残る4人も倒してしまおうとしていたクララだったが、ここである違和感を抱く。
両脚の膝下を掴んでいたはずの元力士とラガーマンが、いつのまにか太ももを抱えてクララの体をおさえていたのだ。
『嬢ちゃん、やるじゃねえかあ……』
『人は見かけによらないスね』
(……うそっ!? さっきは15センチくらいだったのに……4~50センチくらいに大きくなってる?)
さらに、元力士とラガーマンは足でクララの足首のリボンの端を踏みつけて操れないようにしていた。
(この人たち……『学習』している? ただのスタンドじゃあないの?)
『そん布ッ切れをぶんぶん振り回されちゃあうっとうしいのォ』
『ところで先輩はどこ行ったんですか?自分だけ高みの見物とは気分が悪いですが……』
元暴走族とリュウの後輩のボクサーはそう言った。
(会話を聞いていると、やはりスタンドには思えない……いや、スタンドには間違いないだろうけど、あのオジさんの能力は名刺の人をほとんどそのまま複製する能力なんだ!)
『ッオラアアアアアアアア!!』
元暴走族と後輩ボクサーがクララに駆け寄る。
クララは髪のリボンと手首のリボンの4本で二人を迎え撃つ。
だが、先ほどまでは簡単に攻撃できていたが、リボンで動きを止められたのは元暴走族だけで、
後輩ボクサーにはボクシング仕込みのフットワークでかわされてしまう。
もはや単調な攻撃は通用しなくなっていたのだった。
リボンに締め付けられた元暴走族が消えると、残る元力士、ラガーマン、後輩ボクサーの体はさらに大きくなった。
すぐ目の前に後輩ボクサーが拳を振りかぶって向かってくる。
『おおおおおおおおおおおおおッッ!!』
しかし、後輩ボクサーの拳がクララに届くことはなかった。
クララの首に巻かれたリボンが後輩ボクサーの胸元を貫いた。
『……っくっ……うう…………』
後輩ボクサーはうめき声をあげるがなかなか消えなかった。
クララは髪のリボンを戻してさらに突き刺す。
そこでようやく後輩ボクサーは消えた。
残るは元力士とラガーマンの2人。
だが2人の体はすでに1メートル近くまで大きくなっており、
もはやクララは両脚を掴まれているというよりは体を両側から抱え込まれている状態になっていた。
『自分ら2人を残したのは運が悪かったスね……』
『嬢ちゃんには悪いが、これもアイツのためだからよ』
『『そうりゃあッッ!!』』
両側から元力士とラガーマンがクララの体を持ち上げる。
(……まっずいなぁ、最初は小人だと思ってナメてたけど。1体消すごとに残った人たちがどんどん大きく、力も強くなってる……耐久も増してるし)
『いっせいのっ……せいっ!』
元力士とラガーマンがクララの体を放り投げる。
体重の軽いクララならば、いかに体が小さいとはいえ重量系アスリート2人にかかれば校庭の木の幹に向かって投げることは可能だった。
フェンス際に生えた桜の木の幹に体を打ちつければ、大ダメージを受けることは避けられないが、それでもクララは冷静だった。
『フィール・ソー・ムーン!!』
クララは体を放り投げられるとほぼ同時に両足首のリボンを元力士に鞭のように振るった。
2本のリボンは元力士の体にぐるぐると巻きつき、体重の重い元力士からリボンに引っ張られてぶん投げられたクララの勢いは抑えられた。
桜の木の直前でクララは地面に立ち、髪に結わいたリボンで元力士の体を貫いた。
『ぐうう……ウウウウ……』
元力士はうめき声をあげるが、いまだ倒れず立ち続けていた。
「……くっ、しぶといッ」
クララはさらに両手首のリボンで元力士の体を突き刺した。
元力士はしばらく立ち留まったが、土俵際の粘り虚しく倒れて消えた。
(これで残り1人……だけど、おそらくあのラガーマンは……)
クララの前に『製薬会社のラグビーチームに所属する体重150kg超のラガーマン』が立ちはだかる。
その姿はもはや小人ではない。彼が名乗りあげた時と同じ体重の大男が仁王立ちしていた。
『俺を最後に残したのは間違いだったな……あとはとっ捕まえればノーサイド(試合終了)だ!』
「…………」
クララは桜の木を背に動かない。
クララのもとへリボンがもどっていく。
(このラガーマンを倒して、早く校舎へ向かわなきゃ。あのスーツのオジさん、今頃どんなワナをしかけているかわからない……)
(……あれ? でもなんでわざわざ校庭を突っ切って校舎に向かったんだろう。せっかく最初に私を出しぬけたのに、なんで姿を現して校舎に入ったの?)
(隠れたままこっそり校舎に入ればよかったのに……)
『うおおおおおおおおお!!』
ラガーマンが雄たけびをあげてクララに向かい突進しようとしてくる。
(もしわざと姿を現したのだとしたら……その意図はどこにある?)
(校門で鉢合わせたダミーのオジさん……校舎の中に入ったオジさん……私の足を掴んで倒したラガーマン……)
ラガーマンがクララに手が届くほどの距離まで迫ったとき、クララの体に結び付けられたリボンがラガーマンの体を一斉に貫いた。
両脚に1本ずつ、腹に1本、胸に2本のリボンが突き刺さり、ラガーマンの動きは止まった。
(……正直、この感触は好きじゃない……)
ラガーマンは消える直前、一言だけつぶやいた。
『君は……気づいていたのか…………』
クララのリボンは1本だけ別の場所に向かっていた。
クララの背後にある桜の木の幹を伝って、その上へ。
リボンを強く引くと、桜の木の上から『那栄龍』が足にまかれたリボンに引っ張られて落ちてきた。
「ぐおっ!!」
「やっぱり、『校舎に向かったオジさん』もフェイクだったんだ」
「いてて……よく気づいたな」
「オジさんの能力……名刺の人のコピーを、人ひとりのサイズで生み出せるのは1人が限界なんでしょ?
私がラガーマンに足を引っ張られたのは、校舎に向かったオジさんが校舎の中に入って見えなくなってからだった。
ちょっとおかしいよね? 10人の小人たちを発現させてから校舎に行けば安全だったのにね」
「…………」
「オジさんは桜の木の上に隠れて、不意打ちする機会を伺ってたんでしょ?」
「……まあ、そうだな。もし君がラガーマンさんに対しリボンをすべて使っていたらそうするつもりだった」
リュウは深くため息をつき、両手をあげる。
「降参だ、降参しよう。勝ちは君にゆずる」
「……えっ?」
リュウがあっけなく降参したことにクララはつい驚いてしまった。
クララはリュウを今一度出し抜いたとはいえ、互いに戦闘不能にはほど遠い状態だったからだ。
「機会をうかがってるうちに、名刺をもらった人たちがどんどん消えてくのがどうも耐え切れなくなってなあ……。ダメだな、俺はやさしすぎる」
「……いいの?」
「ああ……欲しいものは自分で手に入れることにするさ」
そう言ってリュウはクララに握手を求めるように手を差し出す。
クララがにこりと笑ってその握手に応えようと手をのばした。
「!」
そのとき、リュウの手のひらから一本の腕が突き出て、クララの鼻先に拳が突き付けられた。
「……っと、今もこうやって不意打ちすることはできたんだけどな」
リュウは能力を解除して名刺から飛び出させた腕を消す。
名刺にはリュウの後輩の元ボクサーの名前があった。
「だが言った通り、これ以上は俺の心が痛みそうだからな。けど、君はすぐごまかされそうだから気を付けなよ?」
「…………うう」
「けれどまあ……複数のリボンを同時に動かせる頭の柔軟さや窮地での冷静さは君の才能だと思うぜ」
リュウは最後にクララに激励を送り、戦場を去って行った。
まるで無傷、ついたのは少しの砂ぼこりだけ。
それだけを手土産にリュウは立ち去っていった。
「何を考えてるか……まるでわかんない人だったなあ」
リュウの背を見送るクララはぼそりとそう呟いた。
★★★ 勝者 ★★★
No.6039
【スタンド名】
フィール・ソー・ムーン
【本体】
本結 久良來(モトイ クララ)
【能力】
本体が身につけているリボンを操る
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最終更新:2022年04月17日 14:57