第14回トーナメント:決勝①
No.6039
【スタンド名】
フィール・ソー・ムーン
【本体】
本結 久良來(モトイ クララ)
【能力】
本体が身につけているリボンを操る
No.7156
【スタンド名】
ディメンション・トリッパー
【本体】
三船 重兵衛(ミフネ ジュウベエ)
【能力】
触れたものを急加速させる
フィール・ソー・ムーン vs ディメンション・トリッパー
【STAGE:植物園】◆pFj/lgiXE.
男の幸せは「我欲す」 女の幸せは「彼欲す」ということである
――フリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェ
「決勝の舞台は、ここ『K県K市植物園』です」
時は夕方午後4時半。
トーナメント決勝戦にまで上り詰めた二人のスタンド使い「三船重兵衛(みふね・じゅうべえ)」と「本結久良來(もとい・くらら)」は、
立会人である若い男性「奴隷場猪九郎(どれいば・いのくろう)」に、決勝戦の内容を聞いていた。
三人がいる植物園は、まるで一昔前の特撮ドラマに登場するような怪物が荒らしていったかのように破壊されていた。
「で、決勝戦の内容は何かといいますと、ずばり『化け物退治』です」
「化け物退治だって?」
「それは一体どういうことですか?」
二人は奴隷場に訊いた。
「文字通りの意味です。この植物園の中に隠れている化け物を『退治する』なり『捕獲する』なりした方が、今回のトーナメントの優勝者となります。
…で、どうして決勝戦が『モンスターハンターシリーズ』みたいな内容になったのかと言いますと、深い事情があるんですよ」
奴隷場は二人にそう答えてため息をつくと、何らかの力によって破壊されている植物園の扉を抜けて、園内へ二人を案内しながら、決勝戦の内容の経緯について語った。
「僕の友人である過度賀江須人(かどが・えすと)は、K県Y浜市理工科研究所で働いている研究員なのですが、一週間前にその江須人から手紙が来たんです。内容は『化け物となった教授を捕まえてほしい』というものでした。江須人は手紙で経緯をこう説明してくれました」
『K県Y浜市理工科研究所には、三星律子(みほし・りつこ)という女教授がいて、三星教授は、研究に次ぐ研究の人生を送っていた。マスコミがネタにするようなスキャンダルは一切なく、夫には先立たれ、未亡人として暮らしていた』
『そんなある時、三星教授は同僚の教授である露色藤(ろいろとう)教授の息子に一目ぼれしてしまった。息子の露色藤準也(ろいろとう・じゅんや)は非の打ち所のない文武両道の青年だから、三星教授が舞い上がってしまうのも無理はなかった。三星教授は、『準也君と正式なお付き合いがしたい』と繰り返し言っていた』
『当然、両教授の親族が交際に賛成するはずが無かった。その理由は、やはり『年齢の差』だ。三星教授は50代後半の女性。かたや準也は22歳の大学生。客観的に見ても不釣り合いだ。僕や露色藤教授をはじめとした他の研究員も、準也と交際するのはあきらめろと言いました』
『この頃から三星教授は、深夜に自分の研究室に閉じこもってしまい、研究員達と会話をしなくなった。ある研究員が『深夜何の研究をしてるんです?』と訊いても、教授は何の返事もしなかった。研究員達は教授が昔の教授ではなくなったという印象を持った。昔は研究員達の問いにはきちんと答えるような優しい人だったのに』
『僕は心配になって、ある夜、教授が閉じこもっている研究室へと入った。研究室のドアを二回叩いても返事が無かったので、そっとドアを開けると、そこには、不気味な笑みを浮かべながら、ピンク色の液体が入ったフラスコを持った三星教授がいた』
『教授は室内を覗いている僕を見つけると、ドアを開けて、僕を研究室の中へ引き入れた。教授は笑顔で僕にこう話した。『やっと若返りの薬が完成した』と』
『若返りの薬ですって!? どういうことですかッ!?』
『そのままの意味よ! これさえ飲めば私は20代まで若返って、準也君とお付き合いすることが出来るわッ!』
『若返るって…、教授はそのために深夜研究室に閉じこもっていたのですかッ!?』
『ふふふ、その通り。私は親や露色藤教授の親族の方達から年齢の差と言う理由で交際を反対された時、どうすれば準也君と付き合うことが出来るかを考えた。そして私は一つの結論に至った。『年齢の差で付き合えないなら、自分が若返ればいい』ってね。私はそのために若返りの薬の研究をした。薬の開発をする過程で、失敗に次ぐ失敗を重ね、そしてついに今日若返りの薬が完成させたのよッ!!』
『そんなことのために…、そもそもその若返りの薬は本当に効果があるんですかッ!? もし飲んで命を落としたらどうするんですッ!!』
『私の研究は完璧よッ!! 江須人君、見ていなさい。私が若返るその瞬間をッ!!』
『教授はそう言って、フラスコの中に入っていたピンク色の液体を一気に飲み干した。瞬間、教授の身体はみるみる若返り、20代前半の女性になった。教授は若返った自分の手を見て、狂ったような笑い声を上げた。』
『やった! やった! 若返ることが出来たッ!! これで誰からも邪魔されずに、準也君と付き合うことが出来るわッ!!』
『教授がそう言いながら喜んでいたその時、また教授の身体に異変が起こった。教授の身体に黒い毛が生え、肉や骨が軋む音が上がると、教授の身体は大きく膨れ上がった。』
『ど、どういうことッ!? 私の身体の細胞が暴れだし始めていルッ!? 一体、ドウイウコトナノオォォォォォォォォッ!?』
『僕は恐怖のあまり、変貌する教授を見捨てて逃げ出した。そして、逃げながらある一つの結論に至った。おそらく教授の飲んだ薬は若返りの薬ではなく『先祖返り』の薬。あの薬は飲んだ者を古代に生息していたと思われる生物に変身させる薬だったのだ。教授がどのような配合で作ったのかはわからないが、とにかくそれを完成させ、その薬を若返りの薬と勘違いをしたのだ』
『若返りを求めた教授が、古代生物に変貌してしまったことに、僕は哀れみを感じた』
『翌日、僕が研究所へ行くと、研究所の中は荒れていた。おそらく古代生物となった教授が暴れまわったのだろうと僕は推測した。でも、教授が古代生物に変貌してしまったことは言えなかった。当たり前だ。教授が自ら生み出した先祖返りの薬を若返りの薬と勘違いしてそれを飲み、怪物になり果てたなんて、誰がそのような古典ホラーのような話を信じるだろうか?』
『やがて僕は、K県K倉市で正体不明の生物が目撃されていて、しかもその生物がK市植物園を寝床にしているという情報を耳にした。調べてみるとその情報源は植物園の職員で、その職員の話によれば「数日前、見たことも無い巨大生物が植物園に現れ、園内で暴れまわった」らしく、園の職員は全員逃げ出したそうだ』
『僕はその植物園を見に行ったが、確かに外観だけ見ても、巨大生物が暴れたと感じることが出来る。僕は間違いなく巨大生物の正体が、古代生物になった教授だと確信した』
『もし教授に理性が残っているなら、教授を元の姿へ戻してあげたい。しかし、植物園の外観を見る限りだと、理性が残っている可能性は限りなく低いし、仮に植物園に住みついた巨大生物を退治してほしいと役所に頼んでも、事の経緯を信じてくれるとは思えない』
『そこで、非公認のトーナメントの立会人をしていると僕に語ってくれた君なら、僕の頼みを引き受けてくれると思い、この手紙を書いた』
『どうか、植物園に住んでいる教授を捕まえてほしい。そして、もし教授に理性が残っていなかった場合は…楽に死なせてほしい』
『不思議な能力を持つ人たちと面識のある君だから、この話を信じてくれると僕は思っている』
『この頼みを引き受けてくれないだろうか?』
「僕は江須人の手紙を読み、運営側に頼んでこの一件をトーナメントの決勝戦にすることはできないかと頼みました。結果は見事に承諾。ただし、『決勝戦の選手両名が死亡した場合のことを考え、運営側が選んだ助っ人を派遣しろ』という条件付きで」
「私事をトーナメントの決勝にしてしまい、貴方達に対しても、運営側に対しても悪いと感じてはいますが、あえて承知で言います。どうか友人の上司で、かつ、ケダモノになり果てた三星律子教授を捕獲するか、殺害してくれないでしょうか?」
奴隷場の話を聞き終わった頃には、二人は植物園の圃場に辿り着いていた。
圃場の中は特性ごとに収集された植物や樹木が植えられているのが普通であるのだが、現在のK市植物園の圃場は、樹木の一部が根本から倒され、
ありとあらゆる植物が力任せに引っこ抜かれていた。
久良來は話し終えた奴隷場に訊いた。
「つまり、今回の決勝戦の内容の発端となったのは、その三星教授の恋心だった、というわけですか?」
「ええ、そうなります。古代生物となり果てた女教授を倒せだなんて…、江須人君も無理難題を言ってきますよね」
奴隷場がそう言って苦笑すると、重兵衛が「ちょっと待て」と言ってきた。
「奴隷場さん。今のあなたの話には、少し気になる部分がある」
「気になる部分とは?」
「まず、あなたの友人である過度賀江須人という人が、あなたに手紙を送ってきたという部分だが、友人にそのことを伝えるなら、手紙じゃなくても電話やメールで伝えることだってできたはずだ。
なのに、なんで手紙なんていう、下手をすれば数週間経ってから送り主に届くような手段で伝えたんだ?」
「僕もそう思い、江須人に電話をかけたのですが、全く繋がらず、メールを送信しても、返信は一つも来ませんでした。おかしいと思いながらも、友人の頼みを断るわけにはいかなかったのです」
おかしいと思うのなら、尚更友人の動向について細かく調べるべきなのではないか、と重兵衛は思った。
「…気になる部分はもう一つある。その過度賀という人は、教授が化け物へと変貌していく様を見て、『教授が若返りの薬として飲んだのは、実は先祖返りの薬だったと逃げながら結論付けた』と手紙で書いていた。
人間が得体のしれない生物に変身していく様を見たのなら、普通は『教授が飲んだのは、細胞を劇的に変化させる薬だったのではないか』と発想するはずだ。
なのに、なんでその過度賀という人はなんで『教授が飲んだのは先祖の姿へと変化する薬』と結論付けたんだ? どう考えても発想が飛躍しすぎているだろう」
「確かにそうですね」と、久良來は言った。
奴隷場は重兵衛の目を見ながら「それは僕にもわかりません」と答えた。
「江須人の手紙にはそう書かれていたので、僕もその記述に関しては飛躍しすぎではないかと感じたのですが、江須人がそう結論付けたのならそうなのだろうと思い、考えるのを止めました」
「……どうもあなたの友人が送ってきた手紙はおかしな部分が多いが、これ以上あなたを問い詰めても埒が明かない。その過度賀さんの依頼改め決勝戦、受けましょう」
「……ありがとうございます」
奴隷場は重兵衛に一礼すると、久良來の方を見て、「久良來様もこの決勝戦、受けてくれますよね?」と訊いた。
久良來は重兵衛と奴隷場のいる方とは違う方向を向いていた。
「…? どうしました、久良來様?」
奴隷場がそう訊くと、久良來は細い指を左の方へと向けて「あ、あれ、あれ」と小声で言った。
「…あれ?」
重兵衛と奴隷場が久良來の指さす方へ視線を向けると、そこにはどんな図鑑にも載っていない黒い獣がいた。
黒い獣はマウンテンゴリラのような体格を持ち、頭には鋭い二本の角を生やし、体中はヤマアラシのトゲにも似た剛毛が生えていた。
獣は三人の存在に気づかずに近くの木にするすると上ると、木の枝を折りむしゃむしゃと食べた。
「…あれが三星教授のなれの果てか?」
「そうです。あの獣が三星教授です」
「あの獣を殺害するか捕獲すればトーナメントの優勝者となる、で間違いないんだよな?」
「そうなります」
「あれは本当に古代生物なのか? 古代生物の図鑑にあんなものは載っていなかったぞ」
「古代に生きていた生物が全て化石になるというわけではないでしょう。それに、あの姿と俊敏性はどう見ても古代生物です。間違いありません」
「その確信はどこから来るんだよ」
重兵衛と奴隷場がそう小声で会話していると、側にいた久良來は「…可愛い」と呟いた。
「ええッ!?」と二人は驚いた。
「ちょっと待て。あれ…可愛いのか? どう考えても『モンスターハンターシリーズ』に登場するモンスターだぞ、あれ」
「どう考えても『可愛い』というレベルの生物ではありませんよ。むしろ『ジュラシックパーク』にどさくさにまぎれて登場していてもおかしくないレベルですよ」
「え? だって、あのふさふさとした黒い毛に、木の枝を食べている姿、可愛いじゃありませんかッ!」
「君の美的センス、どこかおかしいぞ…」
重兵衛はため息をつくと、「とにかく」と言って、
「植物園の現状を見ても、あの獣を放っておいてはまずい。さっさとあの獣を『退治』しなくちゃならないな」
と、ポケットから小石を取り出し、手の中で握りしめると、その小石を黒い獣へ投げつけた。
小石は目にも見えぬ速さで、獣の腹部に命中する。獣は呻き声を上げて、地面に落下した。
「よし! この隙にあの獣を退治するぞッ!!」
重兵衛は腹部を押さえて呻いている獣に向かって走り出した。が、右足を何かに絡めとられ、前のめりに倒れた。
重兵衛は起き上がりながら自分の右足を絡め取ったモノの正体を見た。それは、赤いリボンだった。
「『退治』なんてダメですッ!! あの可愛い生き物は、私が『捕まえて』飼うんですッ!!」
久良來は重兵衛に大声で叫んだ。
重兵衛は右足を縛りつけたリボンを見て、久良來のスタンドを理解した。
「…なるほど、自分が身につけているリボンと同化したスタンドか…」
「そうです。あなたには悪いですが、あの生き物は退治なんてさせません。私が捕まえて、ペットとして飼います!!」
久良來はそう言うと「フィール・ソー・ムーン!」と叫んだ。すると、彼女の両方の二の腕に付けられたリボンが手を使われずに切り離され、
そのまま獣の両手両足を縛りあげた。黒い獣は身動きが取れなくなると、大声を上げて転げ回った。
奴隷場は「すごいッ!」と声を上げた。
「こんな短時間で獣の動きを封じるなんて、信じられないッ!!」
出遅れた重兵衛も、久良來のスタンドを扱う技術に驚嘆した。
(…おそらく彼女のスタンドは対象物を縛りあげるだけでなく、リボンで貫く攻撃も可能なのだろう。だが、彼女は気づいているのだろうか?
僕が立ちあがって、園内に落ちている小枝を拾い、その先端を獣の身体に向けているということにッ!)
久良來は獣の動きを封じたことに気を取られ、重兵衛が行おうとしていることに気がつかなかった。
瞬間、重兵衛の身体は目にも見えぬ速さで獣に向かって突進した。
重兵衛の持っていた小枝は、獣の脇腹に突き刺さった。獣は悲鳴を上げて、もがきながら苦しむ。
「獣さんッ!」久良來は悲痛な声を上げると、苦しむ獣の側から離れた重兵衛の肩に、両方の胸の付け根に付いているリボンを突き刺した。
「ぐっ!」と重兵衛は呻いた。
「一体何をッ!?」
「あなた、酷いじゃあないですかッ!! あの獣は私が飼うと決めたんですッ!! 私のペットを傷つけないでくださいッ!!」
「いやいやいや、ペットとして飼うのは不可能だろッ!? 現にあの獣は研究所を破壊したり、この施設を自分の寝床として、多くの人達に迷惑をかけているんだぞッ!!
そんな危険生物を飼うことなんて、あまりにも無謀すぎるッ!!」
「無謀かどうかなんて、まだ分からないじゃあないですかッ!! 私はあの可愛い獣さんを絶対に飼うんです!!」
二人がそう口論していると、黒い獣は自分の両手両足を封じているリボンを、力を入れて千切ろうとしていた。
黒い獣は、重兵衛と久良來を『自分に攻撃しようとしている敵』と認識した。自分に危害を加えようとしている敵は『排除』しなくてはならないと思った。
リボンを千切ろうともがきながら、獣は二人の側にいる黒い服を着た男に視線を向けた。
敵である二人と違い、あれだけは『どこかで見た』ことがある。
しかし、どこで見たのか、あれが自分にとっての何なのかがさっぱり思い出せない。
思い出せないのなら、あれも自分の敵なのだろう。
獣がトーナメントの立会人も自分の敵と認識した瞬間、両手両足を縛っていたリボンは、ビリビリと音を立てて千切れた。と、同時に久良來が吐血した。
「ごほっ!!」
「…吐血ッ!? まさかあの獣がリボンを引きちぎって!?」
「あわわわッ!! 獣が拘束を自力で解いた!!」
慌てる奴隷場をよそに、獣は自分を拘束した久良來を右の拳で吹っ飛ばした。
久良來は向こうにそびえ立つ樹木にぶつかり、そのまま気を失った。
さらに獣は重兵衛に目を向けると、彼に拳の雨をお見舞いしようとした。
重兵衛は自身のスタンドである「ディメンション・トリッパー」で、振りかかろうとする獣の右拳の軌道を反らした。
獣の右拳は勢いが増したものの、重兵衛の左側に反れ、そのまま横転した。
「触れたモノを急加速させる…、それが僕のスタンド『ディメンション・トリッパー』の能力。…といったところで、知性の一欠片さえ失った貴方には、分からないだろうけどねッ!!」
重兵衛は獣との距離を詰め、ディメンション・トリッパーで獣の顔を連続で殴りつけた。
「ディラララララララララララララララララララララララララララララララララララァッ!!!!」
獣はディメンション・トリッパーの殴打のラッシュを顔に受けて、十数メートル吹っ飛ぶ。
「やったか?」と重兵衛が口から漏らすと、吹っ飛んだ先で獣はゆっくりと立ち上がった。
「ッ!? あれだけの連打を受けたのに、まだ立ちあがってくるなんてッ!!」
奴隷場がそう言いながら
驚くと、獣は地面の中に手を突っ込んだ。
「な、何をする気なんだッ!?」
「あれはおそらく…」
重兵衛が言うと、獣は地中から巨大な木の根を無理やり引き出し、その根を折り、重兵衛と奴隷場のいる方向へ投げつけた。
「ディメンション・トリッパー、向かってくる木の根を殴れ!!」
ディメンション・トリッパーは木の根を殴りつけた。木の根はあさっての方向へ飛んでいき、窓ガラスに当たった。窓ガラスが割れる音が園内に響く。
獣の攻撃は止まらない。今度はその剛腕で重兵衛に殴りかかった。重兵衛は再びディメンション・トリッパーで獣の攻撃を逸らそうとした。
が、獣はさっきの攻撃で学習したのか、今度は両方の拳での連続ラッシュを浴びせた。
今度は流石のディメンション・トリッパーでも、先制攻撃を繰り出すことが出来ない。
「ディメンション・トリッパー、僕を守れ!!」
ディメンション・トリッパーは重兵衛の前に立ち、防御態勢を取った。
獣は連続パンチをマシンガンのように繰り出す。ディメンション・トリッパーは完全に防戦一方だ。
この獣はこのまま攻撃を素早く繰り返して、自分にいかなる手段も取らせないつもりなのだと、重兵衛は理解した。
(このままでは、精神力を使いきって、スタンドが消えてしまう…、どうすればいい…ッ!?)
「じゅ、重兵衛さん……!!」
奴隷場は重兵衛が徐々に不利に追い込まれていることを悟った。
このままでは重兵衛だけでなく、向こうで気絶している久良來もあの獣に殺されてしまう。
(二人には悪いが、こうなったら運営側が選んだ助っ人を呼び出すしかないッ)
奴隷場はポケットの中からスマートフォンを取り出し、助っ人に連絡をした。
「もしもし、助っ人の方ですか? 現在、トーナメント決勝中なのですが…」
奴隷場が助っ人に連絡しているのを、獣は重兵衛を攻撃しながら耳で聞いた。
あの黒服の男、一体何をしているんだ?
それに、あの黒服はどこかで見たことがある。もっとじっくり見れば、思い出せるかもしれない。
獣は重兵衛への攻撃を止めると、すぐに奴隷場の下へ素早く向かった。
そして、奴隷場の身体を両腕で力強く掴んだ。
奴隷場は獣の握力のあまり、手にしていたスマートフォンを落としてしまった。
「奴隷場さんッ!!」と重兵衛は叫んだ。
「うわあああッ!! 僕に一体何をするつもりですか、教授ッ!!」
と、奴隷場が声を上げるも、獣は自分の記憶を思い出すために、奴隷場の顔をじっと睨みつけていた。
しかし、やはり思い出せない。
こいつがさっき言った「教授」という言葉もどこかで聞いたような気がするが、思い出すことが出来ない。
どんなに思い出そうとしても、思い出せないものは思い出せない。
やはり自分の気のせいだったか。
なら、こいつも自分を痛めつけようとしている敵なのだろう。敵は即刻排除しなくてはならない!!
獣は奴隷場の身体を強く締めあげた。
「ぐわあああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!」
奴隷場は声が枯れるくらいに悲鳴を上げた。
「くっそぉ!! 奴隷場さんを離せ!!!!」
重兵衛が奴隷場を助けるべく、獣に近づこうとしたその時である。
獣の身体が突如、後方へと引っ張られた。
獣は、自分の身に起こった状況が理解できずに混乱する。
両腕で締め上げていた奴隷場も、手放してしまった。
重兵衛はどういうことだと思い、獣の身体を目を凝らしてみた。すると、獣の腹部に赤いリボンが何重にも巻かれている。
重兵衛は獣にリボンを巻いた相手を瞬時に理解した。
何重にも巻かれたリボンは、久良來の右手に握られていた。彼女の身体に付けられていたリボンは、全て解かれている。
重兵衛は久良來を見て、彼女が何をしたのかをも理解した。
(彼女は、僕が獣と戦っている最中に気絶から覚めて、自分が体に付けていたリボンの端を結び付けて紐状にしたんだ。
それであんな長さのリボンになったというわけか…)
彼がそう思っていると、久良來は獣に対してゆっくりとした口調で言った。
「ダメじゃあないですか…、他の人を傷つけちゃあ…。これはきっちりとしたお仕置きが必要ね…」
久良來の持っていたリボンは獣の身体をさらにきつく締めあげた。
獣は先ほどの奴隷場と同じような悲鳴を上げた。
久良來の顔は口元が笑っているが、目が全然笑っていない。
「悪い子には……、リボンをきつく……、きつく……、きつくきつくきつくきつくきつくきつくきつくきつくきつくきつくきつくきつくきつくきつくきつくきつくきつくきつくきつくきつくきつくきつくきつくきつくきつくきつくきつくきつくきつくきつくきつくきつくきつくきつくきつくきつくきつくきつくきつくきつくきつくきつくきつくきつくきつくきつくきつくきつくきつくきつくきつくきつくきつくきつくきつくきつくきつくきつくきつくきつくきつくきつくきつくきつくきつくきつくきつくきつくきつくきつく……!!!!!!!!」
獣は口から泡を吹き、その場で気絶した。久良來が獣を倒したことに、重兵衛も奴隷場も呆然として見ていた。
久良來は奴隷場に言った。
「立会人さん、あの獣は私が『捕まえた』ので、私がトーナメントの優勝者…ということで間違いないですよね?」
「は、はい。今回のトーナメントの優勝者は、本詰久良來様です!!」
かくして、第14回トーナメントの優勝者が決定した。
「……で、久良來さん、といったかな? 君はこの獣を本当にペットとして飼うつもりなのかい?」
トーナメント終了後、重兵衛は久良來にそう訊いた。
久良來は重兵衛に「はい!」とはっきり答えた。
「こんな可愛い生き物を、飼わないわけがないじゃあないですかッ!」
久良來は奴隷場の方を向くと、「奴隷場さん。トーナメントで優勝したら、どんな願いでも叶えられるんですよね?」と訊いた。
「はい、そうですけれど?」
「じゃあ、『この獣を学園で飼えるように申請して』もらえませんか? それが、私が叶えたい望みです!」
「ええッ!?」と奴隷場と重兵衛は驚いた。
久良來はさらに話を続ける。
「私は今寮に住んでいて、こんなに大きな獣さんを自分の部屋で飼うことは出来ません。ですから、私が今通っている学園で飼えるようにすれば、私も世話をすることが出来るし、
他の生徒の人達も獣さんと遊ぶことが出来るんじゃないかと思うんです」
「で、でも…、もし教授に理性が残っていたらと思うと…」
奴隷場が久良來に言うと、重兵衛が彼にこう言った。
「いつまで教授に未練を残してるんだ? 奴隷場…、いや、過度賀江須人さん」
奴隷場は重兵衛の言葉を聞いて驚愕する。
「な、何を言ってるんですか!? 江須人は僕の友人で…!!」
奴隷場がそう言った時、「いい加減、嘘をつくのはやめたらどうなんだ?」と三人の後方から声が聞こえた。
三人が同時に振り向くと、そこにはウェーブのかかった金髪を緩く七三分けにした男性と、上下ジャージを着た少女が立っていた。
重兵衛はこの二人の顔を知っている。
「グレゴリーさん、それに、巡子ちゃん!?」
「重兄ぃ、トーナメント2回戦以来だねー!」
「三船君、久しぶりだな」
「あ、貴方達がどうしてここにッ!?」
「いやな。運営側が『もしも決勝トーナメントの出場者が獣に殺されかけた場合のこと』を考えて、助っ人として我々を用意していたのだ」
「でも、この状況をみると、もう決勝戦は終わっちゃったみたいだねー」
久良來は状況がよく飲みこめないでいる。
「あの、この方達は?」
「トーナメント運営側が万が一という時のために用意した助っ人の方達です。どういう方達なのかは運営側から聞いていましたが…」
奴隷場は自分のしたことを悔やむような表情をした。
グレゴリーは奴隷場の目を見ながら語った。
「江須人君。君は我々が自分の正体に気づいていないと思っていたようだが、残念だったね。運営側からこの依頼を受けた際、決勝戦の内容の経緯を聞いて、どうにも引っ掛かる部分があったので、君の経歴に付いて調べさせてもらったよ」
「………」
「過度賀江須人。K県Y浜市理工科研究所の研究員として働いていたが、三星律子教授の突然の失踪と同時に研究所から姿を消した。おそらく、三星教授が獣に変貌して研究所から抜けだした事件後に、このトーナメントのことを風の噂で聞きつけ、トーナメントの立会人として入ったのだろうね。全ては獣と化した三星教授を殺害する、もしくは捕獲して元に戻すために」
「………」
奴隷場こと過度賀に対して語るグレゴリーに、重兵衛が口を開いた。
「やはり、グレゴリーさんも彼のことに付いて怪しいと睨んでましたか」
「ああ。立会人にあてたという手紙を、運営側が確認を取れていない点や、その手紙の内容におかしな部分があるということが気になってな。巡子と共に決勝戦の立会人の情報に付いて調べ上げておいたのだ」
「そして、その立会人から救援の電話が入ったから、私達はここへやってきたというわけなのだよー」
巡子は重兵衛に笑顔で語った。
「なるほど。で、二人が調べた結果、過度賀が語った内容通り、三星教授は自分が偶然に作った先祖返りの薬を若返りの薬と思いこみ、それを飲んだ結果、化石になっていない古代生物に変貌してしまったと……」
重兵衛の言葉に巡子は「違うよ」と答えた。
「違うッ?」
「うん。その先祖返りの薬を作ったのは三星教授じゃなくて、そこにいる過度賀江須人なんだよ」
「………!!」
巡子の言葉に過度賀は強く反応する。
久良來は巡子に「どういうことなのですか?」と訊いた。
「簡単なことだよー。三星教授は一目惚れしちゃった露色藤教授の息子さんと結ばれたいと願った。でも自分と息子さんには年齢の差がある。
自分で若返りの薬を作ろうとしたけど、そんなことをすれば研究員の間で『三星教授が変な薬を開発している』と噂になって、自分の地位が危うくなってしまう。
そこで、自分の弟子である過度賀に、若返りの薬を開発してくれと頼んだ、ということなんだよ」
巡子に続いてグレゴリーが語る。
「過度賀は自分が学んだ技術を結集させ、ついにその秘薬を完成させた。しかし、その薬は古代生物へと変身する先祖返りの薬だった、というわけだ。
一応、三星教授の研究室の床に散らばってあった液体を採取して調べた結果、その液体には尾長サルや水牛の血液などが混ざっていた。
おそらく、薬の成分として使われたのだろう。そうだな、過度賀江須人?」
過度賀は今まで硬く閉ざしていた口を開いた。
「……こんなことになるなんて、思っていなかった」
「僕は三星教授のことを本気で愛していた…。いつか教授と共に人生を歩みたい、そう思っていた」
「でも、教授が愛していたのは僕ではなくて、露色藤教授の息子である準也だったッ!! 僕はいつも教授のことを見ていたのに、彼女の目は準也の姿しか写さない!!」
「僕の想いに早く気付いてほしい…、いつもそう願いながら日々を過ごしていた…」
「そんな時、教授が僕に『若返りの薬を作ってくれないか?』と依頼してきた。僕はこれをチャンスだと思った。若返りの薬を作って教授を若返らせた後、心に秘めていた想いを遂げようと、僕はそう決意した」
「そのために、今まで教授から学んだ技術をすべて使って、ついに薬を完成させた。これを教授に飲ませれば、僕は想いを遂げることが出来ると思ったのに……」
過度賀は泣きながらその場に膝をついた。
「だから、僕達に獣となり果てた教授を捕まえさせて、自分の過ちを隠蔽しようとしたわけか」
「あわよくば、三星教授を元に戻そうと考えていたわけですね」
重兵衛と久良來の言葉に過度賀は「……ああ、そうさ」と答えた。
「教授を獣にしたことがばれたら、僕はマスコミから袋叩きにされ、研究所を追われるだろう。その前にその事実を隠すことが出来ないかと考えていた。」
「そんな時、風の噂でこのトーナメントのことを聞きつけた。僕はトーナメントを利用して、獣となった教授を殺害するか、捕獲して元に戻そうと思ったんだ…」
そう言う過度賀に対し、グレゴリーはため息をついた。
「……今回の原因は、叶わない恋をした過度賀にあるが、一番の原因は、弟子の恋心に気づかず、他の若い男に心を奪われた三星教授にある。
己の恋心を叶えるためには、若い娘になるしかないと考えたのだろうが、それがそもそもの間違いだったのだ。
自分を愛する人間は、すぐ近くにいたというのに」
重兵衛はグレゴリーの言葉を聞いて複雑な思いを抱いた。
(…この事件は二人の心のすれ違いが生んだ悲劇だった。三星と過度賀がもう少し心を通わせていれば、結ばれていただろうに)
重兵衛がそう考えていると、巡子が話しかけてきた。
「ところで、トーナメント決勝戦はどうなったの?」
「ああ、三星教授のなれの果てである獣を捕まえたのは、俺の対戦相手である、本詰久良來っていう女の子だ」
「そっかー、重兄ぃ負けちゃったんだー。しょうがないねー」
巡子はあっけらかんと言うと、久良來にこう訊いた。
「それで久良來ちゃんは、どうやって捕まえたの?」
「あ、それはですね、私のスタンドの能力で捕まえたんです、これを見て下さい!」
久良來はそう言って、リボンに縛られた獣の方を見た。獣は既に目を覚まし、身動きが取れない状態にあった。
獣は久良來を見て、恐怖感を感じた。
久良來が近付くと、獣が体を震わせ、身体を縛られたまま暴れだす。
「おい、また暴れだしてるぞッ! またリボンを引きちぎって襲いかかって来るんじゃあないのかッ!?」
重兵衛がそう言うと、巡子の目が爬虫類のように鋭くなった。
「それはまずいねー、一応戦闘態勢に入る? グレッグおじさん」
巡子の着ていたジャージが彼女の身体にぴったり張り付くと、緑色のレオタードに変化する。
「そうだな。殺しはしないが、しばらく気を失ってもらうとしよう」
グレゴリーがそう言うと、彼の背後に三つ目の人型スタンドが現れた。
「巡子ちゃん、僕も混ぜてくれないか? あの獣には随分と苦戦させられたから、そのリベンジがしたい」
重兵衛の隣に、彼のスタンド『ディメンション・トリッパー』が出現する。
三人が戦闘態勢を取ると、過度賀が三人と獣の間に入った。
「待って下さい、教授をこれ以上傷つけないでください!!」
「過度賀江須人、もうこれは教授ではない。猿だ。生物の本能のみに従う、ただの哀れなけだものだ」
グレゴリーは制止する過度賀に冷たく言い放つ。
「他社に迷惑をかける者は、力づくでも止めなければならない。それが我々『アンカー』の使命だ」
「で、でも、人間であった頃の記憶がかすかに残っているかもしれないッ! これからトーナメント運営へ連れて行き、教授を元に戻す薬を開発すれば…!!」
そう主張する過度賀に重兵衛は言った。
「その元に戻す薬は、ちゃんと完成するのか?」
「……ッ!!」
「あんたは若返りの秘薬を作ったつもりが、先祖返りの薬を作ってしまった。つまり、あんたは薬品を作る技術が不足しているんだ。
いくら元に戻す薬を作ろうとしても、今度は『飲んだ生物を強制的に進化させる薬』を開発してしまうかもしれない。
もしそうなったら、あんたはどうするつもりだ?」
「………!!」
過度賀は言葉がでなかった。
「元に戻る薬が完成してもしなくても、どうせあんたは『教授に危険な薬を飲ませた罪を問われる』ことになる。今あんたがすべきことは、自分のした過ちを償うことなんじゃないのか?」
「で、でも……」
「『元に戻す薬が完成するかもしれない』ってか? 仮に完成したとしても、もう教授は元には戻らないだろうな」
「あれを見ろ」と、重兵衛は獣のいる方を指差した。
過度賀が獣のいる方へ視線を向けると、そこには、黒い獣の腹部をなでる久良來の姿があった。
「ほ~ら、いい子いい子~♪」
獣は自分の腹部を彼女に見せていた。
グレゴリー、巡子、重兵衛は自身のスタンドを解除した。
「フム、どうやら我々が出なくても良かったようだな」
「あ、あれは…一体…?」
呆然とする過度賀に巡子が答えた。
「まだ分からないのー? あの獣がしているのはね『降伏』の証なんだよー。動物ってのは自分より強い相手にコテンパンにされちゃうと、自分のお腹を見せて『自分はあなたに敵いません。どうか攻撃しないでください』とアピールするんだ。
もしあの生き物が『人間としての記憶』が残っているとしたら、あんなポーズはしないよねー?」
「あ…あああ……」
巡子に続いて重兵衛が過度賀に言う。
「あの獣が研究所や植物園を壊して暴れたのは動物の『気まぐれ』、何かを壊すことはあの生き物にとっての喜びだったんだろう。
だが、自分より強いあの子に、あの獣は屈服した。あの獣の行く道は、『彼女のペット』ということで間違いないだろう」
そして、とどめとばかりに重兵衛は過度賀に、こう言い放った。
「グレゴリーさんがあんたに言ったことを、もう一度言うよ。あそこにいるのは教授じゃあない、ただの『猿』だ」
「う……ううっ……うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!」
過度賀はその場に崩折れて、泣いた。
その後、久良來の願いによって、黒い獣は降星学園で飼われることとなった。
久良來は獣に「エディス」という名前を付けられ、学園には獣を飼育するための檻が作られた。
獣は他の生徒を襲うようなことは一切しなかった。久良來のしつけによるものである。
重兵衛は巡子にアンカーに入らないかと再び誘いを受けるも、それを拒否。
自分の生きる道を切り開くため、現在邁進中であり、時折、グレゴリーや巡子と共に、公園の清掃をしている。
過度賀江須人はK県Y浜市理工科研究所からも、トーナメント運営からも姿を消した。
海外へと移り住み、久良來のペットとなった三星律子を元に戻す薬を開発しているのか、
それとも精神が崩壊し、あてもなくどこかを彷徨っているのか、それは誰も知らない。
「本当の根源は」ホームズは言った。
「もちろん、あの年齢をわきまえない情事にある。
これが衝動的な教授に、望みをかなえるには自分自身を青年に変えることしかないという考えをもたらした。
もし人間が自然の上を行こうとすれば、その下に落ちることは避けられない。
人間が宿命の真っ直ぐな道を外れれば、最も高度な知能を持った男でも動物に戻ってしまいかねない」
――アーサー・コナン・ドイル『這う男‐シャーロック・ホームズの事件簿より‐』
★★★ 勝者 ★★★
No.6039
【スタンド名】
フィール・ソー・ムーン
【本体】
本結 久良來(モトイ クララ)
【能力】
本体が身につけているリボンを操る
当wiki内に掲載されているすべての文章、画像等の無断転載、転用を禁止します。
最終更新:2022年04月17日 14:59