第15回トーナメント:予選①
No.7520
【スタンド名】
ロード・トリッピン
【本体】
デズモンド・ウォーカー
【能力】
触れた箇所を『滑走路』にする
No.6839
【スタンド名】
フライング・イン・ザ・スカイ
【本体】
黒羽根 マリー(クロバネ マリー)
【能力】
相手にプレッシャーを与え、本体は精神力を高める
ロード・トリッピン vs フライング・イン・ザ・スカイ
【STAGE:鳥取砂丘】◆aqlrDxpX0s
アメリカ海軍に所属するデズモンド・ウォーカー曹長の住む都市郊外の集合住宅に件の手紙が届いたのは、
2ヶ月にも及んだ洋上警備の任務から彼が帰ってきてからすぐ2日後のことだった。
ウォーカーは旧友たちと朝まで酒を飲み、ふらふらと千鳥足で家に帰るまでは、まだ眠っているであろう妻と幼い娘にキスをしてから自分も眠ろうと思っていた。
しかし郵便受けから新聞を引き抜いたときにコンクリートの地面に落ちた赤い手紙を見た瞬間、彼の酔いは一気に醒めた。
幼なじみで自分と同じスタンド使い、今や海軍将官となっている友人が洋上警備の任務に向かう前に自分に話したことを思い出す。
『極秘任務だと思っていた仕事で日本人の少女との勝負を強いられた』
『知る術のないことをすべて知る謎の団体』
『命を賭けた決闘』
まるで夢心地な奇妙な日々はすべてそれからはじまったと彼は言った。
それとはすなわち、ウォーカーの手に今握られている『赤い手紙』である。
家に帰ったウォーカーは寝室へ向かわず、バスルームの乾燥機の中に入ったままの軍服を取り、袖に手を通した。
少しごわついていたが、すっかり乾いている。
牛乳一パックを飲みほし、オーブンからアツアツのホットドッグを取り出すと、寝室から彼の妻が現れた。
任務明けの早朝から身支度をしている彼を見て、彼の妻はあきれた表情で言った。
「もう出かけるのかい? 待ちくたびれたワイフをほっぽって、今度は何ヶ月帰ってこないんだい」
「俺はいつでも引っ張りだこなんだよ、"カタパルト曹長"こっちを手伝ってくれないか。"カタパルト曹長"どうしても君が必要だってね」
ウォーカーはいつものように冗談を交えて、皮肉を言う妻をなだめた。
彼の胸ポケットの中の赤い手紙を妻は見ておらず、ウォーカーは見せるつもりもなかった。
「いつものことさ、すぐに帰ってくる。心配するな、きっと任務の成果をベッドで報告してやるさ」
「ふん、もう錆びついて砲身も動かなくなってるよ、"カタパルト曹長"」
「ひさしぶりに二人で映画でも観にいこう、メアリは義母さんに預けてさ」
「……わかった、今回だけよ」
ウォーカーの妻はいつものように優しく微笑んで彼を見送った。
彼がこれから向かう戦場が、これまでよりどれほど過酷で苦しいものかを妻は知らない。
赤い手紙に記されていた戦いの舞台は日本の本州西部に位置する鳥取県の海岸砂丘だった。
夜明け前、人影のない砂地には波の音だけがかすかに聴こえるのみ。
そこに立つのはアメリカ海軍曹長デズモンド・ウォーカーと、そしてゴスロリファッションの日本人の少女だ。
名前は『黒羽根マリー』だと、この勝負の立会人は言っていた。
すでに立会人は勝負内容を2人に伝え、その場を離れていた。
勝負内容は『シッポ鬼』。立会人の用意したハンカチをそれぞれ背中の腰のあたりに垂らし、相手のハンカチを取るか落とすかすれば勝ちというものだ。
もちろんハンカチはピンで留めたりしてはいけないし、半分以上ズボンの中にハンカチを入れることも禁止されている。
それ以外はなんでもありだとのことだ。
武器を使ってもいいし、ハンカチには構わず殴殺してからゆっくり一服し、それから抜き取ってもいい。
やや楽しそうな口調で立会人は言った。
ウォーカーはその立会人を冷めた目で見ながらそれを聞いていた。
彼の幼なじみが言っていたように、この立会人という者は常識的な考え方を持っているとはいえないのは確かなようだ。
一方の黒羽根マリーもウォーカー同様、表情も変えずにいた。
しかしそれはウォーカーとは違い、立会人の言葉に何の感慨も抱かず、人形のように立ち尽くしているだけだったのだ。
立会人が2人から離れてずっと、ウォーカーは黒羽根マリーを観察していた。
互いにいつ攻撃を始めても構わないはずであったが、ウォーカーも黒羽根マリーもその場から動かずにいた。
黒羽根マリーは相変わらず立会人がいたときからじっと動かないまま、ウォーカーの足元のあたりから視線を動かさなかった。
あの立会人もおよそ普通の人間ではないが、この少女はなおさら普通とは言えない雰囲気を醸し出しているとウォーカーは思った。
奇抜なファッションをしていても、彼女の不気味さはその無感動な表情、たたずまいにあった。
ウォーカーはふと立会人の話した勝負のことを思い出す。
立会人はこの勝負を『シッポ鬼』と言った。
本来ならこの子どもの遊びは1人の『オニ』と逃げ回るその他大勢に役割が分けられる。
この勝負においては双方が『オニ』といえるのかもしれない。
砂丘の向こうの空が白んできた。
一面に影を落とす砂丘の頂点から朝日が現れる。
その瞬間、黒羽根マリーはスタンドを現し、唐突に勝負は開始された。
そしてウォーカーは知った。この勝負においての『オニ』とは、あえていうならばこの少女だけなのだと。
『オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!!!!』
「……ファック、ファーーック!!」
現れた少女のスタンドにウォーカーは思わずたじろいでしまう。
そのスタンドは彼女の背の2倍ほど大きく、野性的な風貌どおりの獣のような咆哮をあげた。
それはまさしく……
「……オーガ!」
少女は生まれてからずっと、深い愛情を受けて育てられてきた。
1日に3回体を洗ってもらい、
本を幾度となく読み聞かせられ、
きれいなドレスを何百着も着せてもらい、
おいしいものをたくさん食べさせられ、
いくつもの危険から守られて、
何者からも影響を及ぼされることもなく、
大事に、大事に、大事にされ続けてきた。
少女は母親からの深い愛情を受けて育てられた。
彼女に与えられたのは愛情だけだった。
少女の知る世界は華やかに彩られた4面の壁と床と天井の中だけ。
それ以外の「汚らわしいもの」は母親によって排除された。
母親は笑みをうかべて少女の頬をなでる。
「かわいい、かわいい、わたしのマリーちゃん。ずっとわたしのそばにいてちょうだいね。
大切な大切なわたしのおにんぎょう。マリーちゃん、マリーちゃん……」
少女は幸せだった。
人形でいさえすれば、母親は笑ってくれた。
ドアの向こうの世界など、おそろしいものであふれている世界などに興味は抱かなかった。
母親だけずっとそばにいてくれるなら、少女は幸せだった。
何年も、何年も経ったいつの日か、母親は現れなくなった。
開きっぱなしのドアの向こうから、母親のものでない声がいくつも響いてくる。
この部屋とは違い、真っ暗な壁と天井の廊下の向こうから誰かが近づいているのがわかった。
たぶんちかづいてくるのはおおかみだ、わたしをさがして、たべてしまおうとしている。
ドアをしめても、いずれはみつかってしまう。
おかあさん、おかあさん。
どこへいったの、おかあさん。
少女はおおかみにみつからないように勇気を振り絞り部屋の外へ出た。
声のしないほうへ歩いて行き、もう一つのドアを見つけてそれを開けた。
その先にはいままで見たこともないようなものがあふれていた。
なによりそこは自分の知る世界よりもあまりに広すぎた。
赤い光がクルクルと回るものが乗った箱とそのまわりにいる大勢の黒い服の人たち。
黒い服の人たちは皆少女家の中へ入って行った。
みんな、おおかみがばけているんだ。わたしをさがして、たべるために。
もしかしたら、おかあさんはあのひとたちにたべられてしまったのかもしれない。
おかあさん、おかあさん。どうしよう、おかあさん。
「どうしたんだい、おじょうちゃん」
朝日を背に受け、黒羽根マリーのスタンド『フライング・イン・ザ・スカイ』は雄たけびをあげる。
すぐ前のウォーカーはそれに気圧されて身動きも取れないでいる。
――『りょうしさん』はいった。
おかあさんをたすけるほうほうがあると。わたしは『りょうしさん』につれられてここへきた。
「3かいかてば」、『りょうしさん』がおかあさんをたすけるてだすけをしてくれる。
おかあさんをたすけるために、わたしのぼうけんがはじまった!
『ウオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!!!!』
「……なんッちゅう雄たけびだ! ジム教官の怒鳴り声より怖えェモンはないと思ってたが、コイツに比べりゃネズミの鳴き声みてえなモンだぜ」
先手を取られ、精神的に圧倒され、ウォーカーは一気に窮地に追いやられた。
少女の鬼のようなそのスタンドが拳を振り下ろすぎりぎりのところでウォーカーはスタンドを発現させた。
「『ロード・トリッピン』、防御しろ!」
機械のような鉄の装甲に身を包んだウォーカーのスタンドが少女のスタンドの攻撃を防いだ。
振り下ろされた腕をロード・トリッピンは両腕を交差させて受け止めたが、そのこうげきの凄まじさをウォーカーは自分の腕のしびれから感じ取る。
(見た目どおりの馬鹿力じゃねえか……)
「ヘイヘイ、そんなベニヤも叩き割れねぇようなチョップで、この"カタパルト曹長"をヘシ折れると思ってんのか? どんどん打ってきやがれ!」
ウォーカーは苦痛を隠すように強がって、少女を挑発する。
もとより言葉は通じていないのだが、少女はウォーカーの挑発に構わず、攻撃の手を止めなかった。
『オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ッッッ!!!』
少女のスタンドは咆哮とともに、両手の拳をウォーカーに向け打ち続ける。
『フライング・イン・ザ・スカイ』の能力は、その雄叫びを聞いた者にプレッシャーを与え、本体を精神的優位に立たせるというもの。
その能力の根源は、皮肉にも少女自身の恐怖心にあった。
小さな箱の中の世界に生きていた少女にとって、外の世界は恐怖に満ちていた。
だが、少女が戦うことができるのはその恐怖ゆえに、恐怖に打ち勝とうとする意思があるからこそであった。
自分の抱く恐怖以上の恐怖を相手に与えることで、少女はこの戦いに勝とうとしていた。
ウォーカーは少女の猛攻に対し、防御することしかできないでいた。
彼の言葉とは裏腹に、フライング・イン・ザ・スカイは確実に彼に恐怖心を与えていた。
恐怖に対する耐性を軍の中に身を置くことで克服していたはずだったと思い込んでいた彼に対し、フライング・イン・ザ・スカイのスタンド能力は効果的だった。
もしこの猛攻が『フライング・イン・ザ・スカイ』によるものでなかったならば、ウォーカーはいつでも反撃を仕掛けられただろう。
単純なポテンシャルでいえばウォーカーのスタンドのスピードは少女のスタンドに上回ると確信していたのだが、
そのまさしく鬼の形相の前にウォーカーは反撃の手を出すことができなかった。
黒羽根マリーは徐々にウォーカーに詰め寄り、ウォーカーは後退していた。
砂以外なにもない場所では、このまま防御を続けていても何も状況は変わらない。
「だが……」
両腕で身を固め、『フライング・イン・ザ・スカイ』の攻撃に耐え続けるウォーカーは、両腕の奥でニヤリと笑った。
「この"カタパルト曹長"、ただ殴られてるだけのツルッパゲじゃあないぜ……」
「栄光へのロード、この砂の下に敷き続けていたぞッ!」
海のほうから一陣の風が吹いた。
砂丘の表面の砂がまきあがり、飛ばされていく。
そして砂の中、ウォーカーの後退した足跡の下から現れたのは、20メートルほどの一本の滑走路であった。
猛攻を続けていた黒羽根マリーは足元の変化に気づき、その異変による恐怖が己の胸中に湧き上がるのを感じた。
このままでは自分の恐怖が、相手の恐怖心を上回ってしまう。
少女はもう目の前の男に何もさせぬよう、『フライング・イン・ザ・スカイ』にもう一度雄叫びをあげさせようとした。
しかし、そのためにスタンドの攻撃が止んだ一瞬、ウォーカーの手が少女の体を押す。
軽く押された少女は、足を一歩後ろに下げただけだった。
だがたったそれだけで少女の体は滑走路の上を滑り、加速し、20メートル向こうの砂に叩きつけられた。
「うがうっ!!」
背中を強く打ち、息が止まる。
これでは叫ぶことはできない!
早く、あの男が来るまでに呼吸をととのえなくては……
そのように少女は思ったのだろう。
だが、決着は少女の予想よりも早く訪れた。
「『ロード・トリッピン』、"カタパルト曹長"のスタンド能力は滑走路を敷き、その上にあるものをふっ飛ばさせることだ」
ウォーカーはそう呟いた後、自らも滑走路に向かい倒れこむようにして足を踏み入れた。
体は滑走路の上をすべり、『フライング・イン・ザ・スカイ』の巨大な体に強烈なタックルを見舞わせた。
「があっ、あああああああああっ!!」
黒羽根マリーは獣のような言葉にもならぬ悲鳴をあげて倒れこんだ。
少女にすぐ前に立つ男から身を守る術はなく、あっさりと腰のハンカチを取られ勝敗は決した。
「ああう、ああああああ……」
絶望に打ちひしがれる少女を一瞥し、ウォーカーはバス停に向かい歩きだした。
(まともに言葉も発せない少女の希望を断ち、俺は勝利を手にしたというわけだ。なんとも胸糞悪ィことだ)
ウォーカーは胸ポケットから煙草を取り出し、一本加えてライターで火をつけようとしたが、ポケットにライターがなかった。
おそらくは戦いの最中に落としてしまったのだろう。
今からもどってライターを拾うことで、あの少女が泣きわめく姿をまた見たくはなかった。
くわえた煙草を捨てて、タンを吐きつけた。
「確かに奇妙だな、アルベルト・シラード。だが俺はおまえが目にすることのなかった『トーナメントの優勝』を目指してやるぜ。
家に帰るのはまたしばらく後になりそうだがな……」
★★★ 勝者 ★★★
No.7520
【スタンド名】
ロード・トリッピン
【本体】
デズモンド・ウォーカー
【能力】
触れた箇所を『滑走路』にする
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最終更新:2022年04月17日 15:19