第15回トーナメント:予選④




No.4214
【スタンド名】
ザ・ヴァーヴ
【本体】
緋紋(ヒアヤ)

【能力】
「指紋」に300度近い温度を付加する


No.7117
【スタンド名】
サンバ・テンペラード
【本体】
リリス・クド・カラオストロ

【能力】
人ひとり程度、ぶら下げて飛ぶことができる




ザ・ヴァーヴ vs サンバ・テンペラード

【STAGE:湖畔に立つ古い時計塔】◆UbkAjk7MJU





はじめは四歳の時、お城から抜け出そうとしてお庭の途中で捕まった。セバスチェンに叱られて二階のお部屋に連れてかれた。
つぎは六歳の時、夜みんなが寝てる頃に抜け出して門のところで捕まった。またセバスチェンに叱られて三階のお部屋に連れてかれた。
こんどは八歳の時、ついに町まで抜け出した。でも怖い人達に捕まって、暗い部屋に閉じ込められた。
その時のことはうまく思い出せない……けど、目を覚ましたらボロボロになったセバスチェンがいて、また目一杯叱られた。
それからわたくしはこの、お城で一番高い塔の、一番てっぺんの部屋で暮らしている。

「リリスお嬢様、お食事の用意が整いました」

ドアの向こうからセバスチェンの声が聞こえた。今度捕まったらどれだけ叱られるんだろう。
それを思うとちょっぴり怖かったけれど、もう行かなきゃ。

今日は十四歳の誕生日。


湖の真ん中にポツリと浮かぶ、レンガ造りの時計塔。
中は円柱状の壁に沿って螺旋状に延びる階段が頂上の機械室まで続いているだけで、非常にシンプルなつくり。
昨年、落雷により頂上の一部が崩壊し、老朽化も伴って現在は立ち入り禁止となっているが、時計の針は奇跡的に未だ狂うことなく時を刻み続けている。

鉄製の重厚なドアを身体を預けるようにして開けると、埃やカビの混じった何とも言えない臭いが鼻をついた。
長い間人の立ち入りがなかったせいか床には塵が薄く積もっており、それを掻き分けるようにしてまだ真新しい足跡がクッキリと残っていた。

「もう来てるのね」

何段あるかなんて数える事さえ憚られる階段を、その足跡に沿って登っていく。
頂上に近づいてくるにつれて、機械の動く音と自分の吐く息の音が大きくなってくるのがわかる。
やがて階段を登りきると、テニスコート半面ほどの空間に、大袈裟な歯車が規則正しくひしめき合っていた。
この場所こそが、この時計塔の核となる場所であることは一目瞭然だった。

息を整えつつ再び足元に目をやると、ここまで続いていた足跡がちょうど部屋の中心を最後になくなっていることに気づく。
あわてて辺りを見回すも、足跡の主はどこにも見当たらない。
考えられるとすれば、足跡をそのまま後ろ向きにたどって戻っていった可能性。
しかしこれまでの長い階段をすべて後ろ向きに戻ったとは考えにくい。
であれば、もうひとつ考えられるのは、この最後の足跡のすぐ隣にある歯車にしがみついて移動した可能性。
その歯車を伝った先は、外。時計の針。

罠であることはほぼ間違いない。
とはいえ他に手がかりもない状況で、相手の出方をいつまでも待っていても仕方がない。
外に繋がっている歯車のすぐ横には、華奢な女性や子供であればなんとか潜り抜けられそうな小窓がひとつあった。

彼女は最大限の警戒を払いながら、その小窓から頭を覗かせた。


窓の外は一面の赤だった。

ちょうど地平線に太陽が沈みかけており、空全体を赤く染めていた。
それを映す鏡のような湖の水面もまた赤く、正面に据える立派な城までも赤く照らしていた。

「こんな素敵な景色も、今までのわたくしは知らなかった」

急に後ろから声がしたかと思うと、同時にやや強い圧迫感が背中にかかる。

「わたくしの名前は『リリス・クド・カラオストロ』。目の前にあるカラオストロ城の王女です。怪我をしたくなかったら降参してください!」



「……育ちがいいのね、不意打ちしながら名乗ってくれるなんて。じゃあ私のことは『緋紋(ひあや)』と呼んでください。
それで、私をここから突き落とすおつもりですか?」

緋紋の上半身はほぼ窓から乗り出してしまっているため、リリスの姿は確認できないが、おそらく対戦相手はまだ小さい少女であると想像した。
力いっぱい背中を押され体勢のせいもあり身動きをとるのは容易ではないが、抵抗しようと思えばいくらでも出来そうな、その程度の力。
緋紋は先ほどまでの警戒心を解いて、この少女が何をしようとしているのかに興味を持った。

「いいえ、わたくしにそんな力がないことは重々承知してますので……『サンバ・テンぺラード』!回しなさい!」

リリスがそう言うと、緋紋の視界で変化が起こった。
先程まで自分の真下、5時18分を指していた時計の長針が、明らかに早く回りはじめた。
後ろからは微かにモーターのような音が聞こえ、それが何を"回し"ているのかは、容易に想像がついた。

「なるほどね、このまま長針が一周回って私のところに来たら、確かに怪我しちゃうかも」

リリスは精一杯の力を込めて緋紋を押さえ付けていたが、不意に背後から気配を感じた。
後ろを振り向くとそこには、リリスの体よりも遥かに大きい人型の何かが、腕を振り上げ今まさに襲いかかろうとしていた。


「ご紹介が遅れましたお姫様、こちらは『ザ・ヴァーヴ』、私のスタンドです」

間一髪で避けたリリスの足元には、『ザ・ヴァーヴ』が叩きつけた大きな手の指紋が煌々と輝きを放っていた。

「お姫ちゃんのスタンドは飛行機の形をしてるのね。それでプロペラを噛ませて歯車を回したり、足跡を残さなかったりできたわけか」

緋紋はフムフムと一人納得しながら、腰を抜かして立てずにいるリリスに顔を近づける。

「それで、他には何ができるの?」

声こそまるで天使のような優しい声色だったが、その表情、とくに眼の奥から感じられるどす黒い好奇心は、悪魔そのもの。
リリスは考えた。もし、今もいつも通りお城で過ごしていたのなら、今日は自分の誕生日。きっと大好きなチョコのケーキにかこまれて、幸せを噛みしめていただろう。
もし、お城を抜け出してもすぐに帰ったのなら、またセバスチェンに叱られたかもしれないけれど、やっぱり最後には大好きなパンケーキを作ってくれて、今よりうんと楽しい時間をすごせただろう。
でも自分は今、ここにいる。約束された幸せを捨てて、ここにきた。

「わたくしは……何も出来ません!」



言葉こそ頼りなかったが、リリスの目に精気が戻った。

「一人では何も出来ないから、私は『覚悟』を決めたのです」





「じゃあ私を殺してみて?」

「……え」

あまりに唐突なその言葉に、リリスは戸惑った。
そして緋紋は、リリスの両手を握り締め、諭すように言った。

「覚悟を決めたらね、迷っている暇なんてないの」

瞬間、リリスの両手が焼き切れた。


塔中に響き渡る悲鳴。
今まで経験したことのない痛みに、思考することすら出来ない。

――半年前、彼女の元に現れたのは、一台の小さな飛行機だった。
自分にしか見る事の出来ない飛行機。自分にしか触れることの出来ない飛行機。
これが意味することはなんだろう?導き出された答えは、城を出て、世界を知ること。
小さい頃から無意識に、外の世界に興味を持っていたから、だから現れたんだ。
10分。10分間この飛行機にぶら下がれるようになれたら、お城から出よう。

夢と希望、そして覚悟を抱いて羽ばたいたリリスは、絶望の淵に立たされていた。

腕のダメージが『サンバ・テンぺラード』にフィードバックし、両翼が欠けて飛べそうにない。
飛ぶことの出来ない飛行機に、他に何が出来るのだろうか。
考えることを放棄した少女は、とにかく目の前の『敵』に向かって猛獣のごとく突っ込んだ。

タガが外れた少女の体当たりは想定外の威力で、緋紋の体を突き飛ばした。

「なっ……」

体勢を立て直そうとした緋紋だったが、そのまま背中から倒れこんでしまった。
それは運命か、リリスの覚悟の結果か。
倒れこんだ先は、歯車の中だった。



緋紋の両腕がゴリゴリと巻き込まれていく。

「『ザ・ヴァーヴ』ッ!歯車を焼き切れ!早く!私の腕でもいい!早くしろォ!!」

しかしスタンドの腕は既に押しつぶされて形を成していなかった。

「足だ!指紋は足にもあるだろ!はやっ……」





その後もしばらく、リリスの朦朧とした意識の中に、耳に残る嫌な音がなり続けた。
手の痛みはいつの間にか感じなくなっていた。
たぶん、頭がおかしくなったんだろう。そう解釈した。



「セバスチェン……ごめんね……わたくしは……わたくしはッ……」

★★★ 勝者 ★★★

No.7117
【スタンド名】
サンバ・テンペラード
【本体】
リリス・クド・カラオストロ

【能力】
人ひとり程度、ぶら下げて飛ぶことができる








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最終更新:2022年04月17日 15:17