第15回トーナメント:準決勝②




No.7525
【スタンド名】
ウォームハンド・コールドハート
【本体】
イェルズェラ・ムラージョ

【能力】
スタンドの右手は熱く、左手は冷たくする


No.7117
【スタンド名】
サンバ・テンペラード
【本体】
リリス・クド・カラオストロ

【能力】
人ひとり程度、ぶら下げて飛ぶことができる




ウォームハンド・コールドハート vs サンバ・テンペラード

【STAGE:廃村】◆C4zT4u8GVA





 イェルズラがほぼ「拉致」に近い形で次の会場に召集されたのは、一回戦を終えた20時間後であった。
 杉人が事前に手配していたというホテルについたのが対戦終了から30分後。すぐ近くにあったそれだ。
 彼女は無論断ったが、こちらもほぼ「拉致」に近い形で収容されたのだ。
 豪華な部屋に放り込まれて、母国語で杉人のことをひとしきり罵ってから、疲れがどっと出てすぐに眠った。
 そして、目が覚めたら霧の深い荒野に立たされていた。

 いや、荒野……?
 少しだけ建物の跡が残っているが、いずれも骨組みだけで人が住んでいるとはとても思えない。

 そして、霧が発生しているというのに地面は異様に固く乾いている。


「ここは昔、大規模な坑殺があった土地なんです」


 声がして、後ろを振り返るとそこにはパーカーを着こんだ少年が立っていた。


「……」
「そして、80年前まで村がありましたが、見ての通り今では滅んでいます」
「まあうちが定期的にこっちでの取引とか「処理」で使ってるから建物とかも手入れしてるんですけどね」


 イェルズラは身構え、押し黙るが少年は続ける。


「……ああ、聞かなくて良いですよ。僕が立会人です。そして――」
「それ以上前に進まない方がいい」


 霧が少し晴れ、そして見えてきた風景にゾッとし、坑殺という意味を理解した。
 深く、そして大きな地割れ。その眼前には平均台ほどの太さしかない足場が、5mほど先の足場に二つ、伸びていた。
 そこに立たされていたのが、イェルズラと対戦相手であった。


「なっ!!?」

 思わず声を挙げた。そして無闇に歩を進めることをしなかった軽率ではない自分に感謝した。
 そして、右側に目をやると、自分の背丈と同じくらいの大きさの裂け目で隔てられた地点に、彼女はいた。
 リリス・クド・カラオストロ。
 ヨーロッパの小さな公国の、カラオストロ公の城に住まう正真正銘の姫であるのだが、
 その姫が今は両腕の先端に包帯が巻かれ、痛々しい傷跡が残るのみ。
 服はドレスだろうか? だがあまりにみすぼらしい。
 あちこちビリビリに破れ、そういうダメージ系ファッションなのかと思うほど、ぼろぼろだ。

「それでは始めます――」
「ちょっと待てそこのお前。彼女は――」

 見て分かるくらい、明らかに再起不能であった。
 スタンドを出せるかどうかさえ分からないほど憔悴しきっているのはイェルズラにも一目でわかったし、
 自分が目を覚ますより以前にいたパーカーの少年にそれが理解できないわけがない。

「何ですか? この状況でルールを理解できないと?」
「先に向こう岸まで渡った方が勝ちですよ。スタンドを駆使して相手を落としても勝ち。シンプルでしょう」
「あそこの彼女にも説明はしたのか?」

 イェルズラのこの言葉に、少年は少し黙って、意外そうに答えた。

「何で? この勝負は始まる前からあなたの勝利って決まってるのに」


「…………」

 イェルズラはこの少年に付いて何も知らない。
 だがこの少年からは杉人とは似て非なる邪悪さがにじみ出ている。


「……始めないなら、強制的に開始させるとしようか」

 そう言って、少年は指を鳴らした。
 すると物音がほとんどしないこのひたひたとゆっくりとした足音が響く。


「!!? いやああ?!!」

 イェルズラはもちろん、リリスも反射的に後ろを振り向くが、リリスの場合はその光景に震撼した。
 全身が腐敗し、不思議な色のガスが肩から噴き出していたが、それでもその顔はまだ残っており、
 そしてリリスはその顔を知っていた。

「彼女は賀苅緋紋(ががり ひあや) 彼女の一回戦の相手ですよ」

 少年はイェルズラが聞いてもいないのに語り出した。

「賀苅さんはほぼ不慮の事故で、追いつめていた彼女によって命を落とした」
「時計塔の歯車に全身を砕かれて死んでいました。と言っても、回収しに行ってから20分生きていましたけどね」

「……罪悪感でも煽っているのか」
「おや、話に乗ってくれるんですか? まあもう勝負は決まってますからねえ」

 リリスは、やはりその顔を見て恐慌した。
 そして歩き出そうとして転び、右の足首を物言わぬ緋紋に掴まれた。

 無論、死体なのでスタンドは出ない。だが、その腐食した掌から腐食はリリスの足首に伝わってくる。


「いや いやいやいやいやあああああ」

 痛みはやはり感じない。だがハンカチをくしゃくしゃにするように筋肉も皮膚も、骨すらも萎縮していき
 そして千切れ、血さえ出なかった。


「い゙」

 叫び過ぎた。そして泣き過ぎた。最早声は出ない。
 奇しくもリリスは、緋紋が体勢を崩したように倒れ込む。
 今度は頭から。まず助からない。そう考えた。そして考えるのをやめようとした。


 そして空中に投げだされた。


「勝負ありですね。あなたにも僕の『腐食ゾンビ』は差し向けていたのに」
「まさか本当に渡らずに勝つなんて。正直驚き」

 イェルズラは少年の言葉を最後まで聞かず、『腐食ゾンビ』と化した緋紋に掛け寄り、左手を振り上げる。
 右手の出力は人体を発火させられるほど。
 つまり、左手は周囲の霧を凍結させられるほどの出力を秘めている。

「直接触れるのは不味いことくらい分かっている。だがッ」

 イェルズラは集中した。まず何に集中するかというと『ウォームハンド・コールドハート』の左手に氷の刃を纏わせること。
 そして第二に、持てる精密性全てを切開に回す。

「ムラムラムラムラムラ――」

 腐敗している緋紋の、水疱が出来ている箇所のみを切開し、血を噴き出させる。


「ムラムラムラムラムラムラムラムラムラムラムラァ!!!! そしてぇッ」

 膿交じりの血を瞬時に凍結させ、それをロープのようにつなぐ。
 そのスピードゆえに間にあってはいないが、それでも裂け目に飛び込むことに躊躇はなかった。
 左手で不揃いな血のロープを掴んで、飛び出した。


 落下中の過程であってもロープは拡大していた。周囲の霧によって少しずつ。
 落下している過程で、イェルズラがリリスに追いつくのにほんの数秒しかかからなかった。

「それにしてもこの裂け目。何mあるんだ? 谷底の間違いじゃあ」

 そんなことをイェルズラは思ったが、声には出ていない。
 と言うかすでに感覚がおかしくなって、まだ1秒すら経っていないのではないかと彼女は思えてきた。


「手を伸ばせッ スタンドを出せお前のッ!」

 ロープと化した血と霧を、イェルズラはリリスに伸ばす。
 だが、伸びきったところで血は突然爆ぜた。
 そしてリリスの顔に掛かり、そのまま落ちて行く彼女を見送った。
 能力の、左手の反動だ。
 周囲の霧を凍結させるほど強い冷気は、右手にもそれ相応の強い熱気をもたらしたのだ。
 イェルズラのスタンド、『ウォームハンド・コールドハート』の精密性はそんなに高くない。
 集中しなければさきほどの血でロープを形成するなんてこともできないから、
 だから熱が迸り、凍ったロープを溶かした。


そして自分も落ち――――――


「全く、死なれちゃあ困るんですよ。この勝負は最初から勝敗が決まってるんだから」



 少年が発現した人型スタンドは、イェルズラの眼前に突然現れ、その細い体を掴み上げ、谷の上に放り投げた。


 今わの際に見えた1回戦で見えたあの女の人の幻影は、きっと自分の罪を著したものなのだろう。
 これはきっと断罪だ。
 リリスはそれを悟っていた。
 先ほど顔にかかった血に入っていた膿には、微量だが『腐食ゾンビ』の腐食能力が宿っていた。
 顔が痛みなく腐り始めているのを、右目が「なくなる」ことで認識した。
 恐らく、頭が固い地面とキスをしても、痛みなどほとんどないのだろう。

「…………セバスチェン。ごめんなさい」


 血の花が咲き、脳漿が腐臭と共に爆ぜ、岩肌にこびりついた。





「さっきいった賀苅さんはうちの構成員なんですよ。彼女は一国の姫君だけどうちが本気を出せば潰せない事もない小国」
「うちを、ディザスターを敵に回すことの怖さを彼女の母国も身を以て知るで――」

 気が付いたら、イェルズラの右手は少年の胸を貫いていた。
 少年のスタンドは破壊力こそ高いが遠隔操作型ゆえに能力のしわ寄せはスピード面に出て来ている。
 つまり少年を護るものはいない。あまりに無防備だが、彼には絶対に攻撃などされないという自信はあった。

「……は、話聞いてました? ディザスターを敵にまわ……」


 貫いた胸は焼き潰れ、瞬時に少年の命を刈り取った。

「…………ムラディアス(さようなら)」

★★★ 勝者 ★★★

No.7525
【スタンド名】
ウォームハンド・コールドハート
【本体】
イェルズェラ・ムラージョ

【能力】
スタンドの右手は熱く、左手は冷たくする








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最終更新:2022年04月17日 15:23