第15回トーナメント:決勝①




No.7520
【スタンド名】
ロード・トリッピン
【本体】
デズモンド・ウォーカー

【能力】
触れた箇所を『滑走路』にする


No.7525
【スタンド名】
ウォームハンド・コールドハート
【本体】
イェルズェラ・ムラージョ

【能力】
スタンドの右手は熱く、左手は冷たくする




ロード・トリッピン vs ウォームハンド・コールドハート

【STAGE:電車内】◆cbBPt179lY





駅を通り過ぎそうな猛スピードで電車がホームに入ってきた。

風が切れるような鋭い音がして、イェルズェラは思わず目を閉じる。

この時間帯は平日であるためか地下鉄の構内も電車内もがらんとしていた。
イェルズェラの乗り込んだ車両も、男がもう1人乗った以外に誰も居なかったが
彼女は座席には座らずドア付近に立ったままでいた。



≪ドアが閉まりますー…≫

≪駆け込み乗車はー…お止め下さいー…≫



スッと風が通り抜けたような静けさの後、ドアが閉じる音だけがホームに響き
ほんの少しだけ間を置いて電車はゴトンと動き出した。



イェルズェラが誰も居ないホームに目を向けると、正面の階段をスーツ姿の女が勢いよく駆け下りてきた。
よほど走ってきたのかタイトスカートが膝上まで上がってしまっている。

肩で息をしながら電車を見送る彼女を、電車はスピードを増しながら遠くへと押しやっていった。




「アロ、ム ビェネ ディディエ ウー?」

ふと、イェルズェラの口からそう言葉が漏れた。


イェルズェラの母国の言語で「ねぇ、私を連れて行ってくれない?」という意味だが
都会では娼婦達が使う「私を買ってくれ」の意味であり、スラム街では「助けてくれ」の意味でもあった。

「ムラデューメ(助けて)」という言葉が存在しているのに、スラム街にはそれが無かったのだ。


一方、ウォーカーもイェルズェラと同じ駅からこの電車に乗った。

指定された駅で一緒に乗ったのが小さな少女だった事に少なからず動揺していたが…


「…ムラディアス。(さようなら)」


と、イェルズェラに聞こえるように言った。


ウォーカーは遠征でイェルズェラの国に行った事がある。
その時に「この国では決して女を買うな」と言われ、教えられたのがこの言葉だった。



―――!!?

イェルズェラはウォーカーに振り替えると、反射的にドアから離れて身構えた。


「お譲ちゃんは、一緒に乗った俺が相手だと思わなかったのかい?…随分と不用心だな。」

ウォーカーはイェルズェラから視線を外さないようにゆっくりと後ずさりながら間合いをとった。



「私はあの駅で電車に乗る事しか指示されていないです。」


「まぁ、いいさ。じゃあ………『ロード・トリッピン』!!!!」

「『ウォームハンド・コールドハート』!!!!」

2人は車両ドアの間隔ほどの間合いで、同時にスタンドを出した。





…が、次の瞬間

電車に急ブレーキがかかり、止まる間も無く逆走しはじめた。
突然の事に2人は戦いを忘れて手すりに掴まる。


「う、うわっ!!」

「なんだ!?どうなってるッ!?」


ウォーカーの問いに答える事もなく
電車はあっという間にイェルズェラが乗った駅まで戻ってくると、スピードを緩めて停車した。


ドアが開くと、先ほど乗り遅れたスーツ姿の女が乗り込んできた。


「遅れてゴメンなさい、アタシが決勝戦の立会人よ。」

彼女は2人を遮るように間に立つと、軽く一礼した。
イェルズェラは“立会人”という言葉に、寒い風が背中を抜けるような気分がした。




「電車を戻したのはアンタか…。全く…。」

ウォーカーは一度ついた火に水を差されたような気分だった。


「ビックリさせちゃったかしらね。
 この決勝戦は少し特殊なルールだから私が説明する必要があるのよ。まぁ、よろしく。」

ドアが閉まり、再び電車は走り出した。



「特殊なルール……。」

イェルズェラは前の試合の嫌な感覚が蘇ってきた。
立会人はイェルズェラのその表情を横目で見ながらドアの前に2人を招く。




「では、ルールを説明するわね?」

ドアの上にある液晶パネルには路線図と、乗っている電車の現在位置がリアルタイム更新で映されている。



「この電車は自動運転システムで走っているんだけど
 ここから終点の駅まで、他の駅には停車せずにノンストップで走るように設定を変えてあるわ。

 だからこの電車が終点の駅に着くまでに決着をつけて頂戴ね?
 決着がつかなかったら………そうねぇ、ジャンケンでもしてもらおうかしら。」

立会人は少し茶化した言い方をしたが、本当にジャンケンをさせそうな凄味があった。



「この自動運転システムには緊急用のブレーキがあるんだけど、今回はそれで勝敗を決めるわ。

 つまりこの電車が終点に着く前に緊急ブレーキをかけて電車を止めた方が勝ちよ。
 緊急ブレーキはさっき体験したでしょう?…あんな感じよ。」


「緊急ブレーキ…。どうやって?」


「先頭の車両と最後尾の車両の2箇所、車掌室側の壁にB5サイズの黒い機械が取り付けてあるの。
 正式名称は“緊急用ブレーキ受信プレート”だったかな?

 そのプレートに、貴方達が左手につけたブレスレットをかざすと緊急ブレーキがかかるわ。」


「……左手につけたブレスレット?」

ウォーカーとイェルズェラは自分の左手の手首を見た。
いつの間にか腕時計のようなものが手首にしっかり巻かれている。


―――!!?


「“いつの間につけた”…別にそれは重要ではないわよ?重要なのはルール。」

立会人は2人の動揺を無視して続けた。



「プレートはブレスレットをかざすと点灯しているランプが青から赤に変わるわ。

 プレート自体は早い者勝ちだけど先頭と最後尾のプレートは別に同期していないから
 片方で緊急ブレーキをかけた後でも、もう片方で緊急ブレーキをかける事が出来るわ。」



「…ん?すまないがちょっと待ってくれ。

 もし俺が先頭のプレートでブレーキをかけた後
 停車するまでの間にこのお譲ちゃんが最後尾のプレートでブレーキをかけた場合は…?」


「“緊急ブレーキをかけて電車を停車させた方が勝者”だから、お譲ちゃんの勝ちよ。」


逆を想定していたイェルズェラは「えっ?」と口の中で小さく驚いた。


「ちなみに電車内には我々しかいないからルールさえ分かってればあとは好きにやっていいけど
 違う方法で電車を止めても駄目よ?

 とあるマンモス校の使うシステムの実地テストも兼ねてるのよ、これ。」



「このブレスレットは壊れたりしないのか?」

ウォーカーは左手のブレスレットを触りながら訊いた。
ただの腕時計と同じようにベルトで付けられている。簡単に外せそうだ。


「煮てよし、焼いてよし、電気を流してよし。
 でも借り物だって事は少し意識しておいて欲しいわね。」

そう言いながら立会人はドアの上にある液晶パネルをちらりと見た。


「ルール説明は以上よ。
 タイムリミットがあるから、質問がなければ試合を始めようと思うのだけどいかがかしら?」


「俺は構わない。」

「私も準備できてる。」


2人はドア付近からゆっくりと離れると、数分前を再現するように間合いをとった。




「よろしい。では、決勝戦を始めましょう!」


ウォーカーとイェルズェラは向き合うと、立会人が手を振り下ろした。


2人は同時にスタンドを出すと、互いに相手の動きをうかがうようなピンと張り詰めた緊張が狭い車内を支配した。



―――実に嫌なルールだ。

ウォーカーは素直にそう思った。

5両編成のこの地下鉄の電車は、車両自体は通常のそれより若干長いものの全長はさほど長くはない。
車両間にはドアが無いので、2人が居る3両目からは先頭でも最後尾でもどちらにでもすぐ行けるだろう。

この場から『能力』のカタパルトで最後尾に移動してブレーキをかけるのは若干賭けになってしまう。
相手の方が2両目に近い位置に居るのだ。



―――ブレーキをかける競争をしたらダメだ。

イェルズェラはウォーカーよりやや2両目に近い位置に居たが、それを有利とは考えなかった。

そもそもこの一本道な車内で、相手より先にブレーキをかける事を優先しようとすれば相手に背中を見せなければならない。

だが、2人が先頭と最後尾とで別々にブレーキをかけようものなら
先にかけた方が負けるのだから、チキンレースのような事になりかねない。





「『ウォームハンド・コールドハート』!!」

先に動いたのはイェルズェラだ。
イェルズェラのスタンドの右手が何かを帯び始めた。



―――何か……あのスタンドの右手はヤバい。



ジリ…ジリ…と間合いを詰めてくるイェルズェラの迫力にウォーカーは思わず後ずさった。
思わず汗が出てくる。



「逃げるの?」



「…な、なにっ!?」



イェルズェラは挑発する意味で言ったわけではなかったが、ウォーカーはそれを挑発ととってしまった。



「い、いけ!!『ロード・トリッピン』!!!」


ドォッゴーーーーーーーーーーーーーー!!!!!



飛びつける程の距離を一気に縮めて2人のスタンドは一瞬だけ拳を当てた。
しかし、すぐにウォーカーは弾かれたように離れる。


「うぉあああぁぁぁぁーーーー!!!!」


一瞬当たっただけの右手の拳が火傷したかのように皮がめくれあがっていた。




―――なんだあの右手は!?高熱を帯びているのか!!?



「とことんやれッ!!『ウォームハンド・コールドハート』!!」

たじろいだウォーカーにイェルズェラはさらに右手を先行させて飛びかかる。



「うぉぉ、『ロード・トリッピン』、距離を取れぇぇ―――!!!」

ウォーカーは『ロード・トリッピン』の設置したカタパルトに転がり込むようして後方に数m移動した。




―――…しまったッ!!



反射的にとはいえ、『能力』を見せてしまった事をウォーカーは後悔した。

このルールでは絶対的に有利な“移動できる能力”である事を。




イェルズェラもそれを一瞬で理解した。



―――あの能力で逃げられたら絶対に追い付けない!!……ならッ!!



イェルズェラはウォーカーに背を向けると、先頭車両に向かって走り出した。


「クソッ、俺が有利だったって事がバレちまったようだ…。」

しかしここから最後尾までカタパルトで移動するのは得策ではなかった。
前途の通り、チキンレースのような事になってしまう。


イェルズェラが先頭車両に向かった今、もはや道は一つしかないのだ。




「『ロード・トリッピン』、ここからだ! ここから行くぞーー!!!」

ウォーカーの『ロード・トリッピン』が電車の床を殴りつけ、先頭車両までの長い滑走路を設置した。

ウォーカーはそれに乗ると、『ロード・トリッピン』を先行させて身構える。
カタパルトに乗って滑走路を走るウォーカーは、あっという間にイェルズェラに追い付きそうだ。



イェルズェラは1両目の入り口に差し掛かるところで振り返ると、滑走路の進入を遮るように立ちはだかる。


「『ウォームハンド・コールドハート』!!!」

イェルズェラの周囲の空気が揺らぎはじめ、構えているスタンドの右手が燃えるように発光している。

さっきとは比べ物にならない程の力が見える。触れただけでもタダでは済まないだろう。



「うぉぉぉぉーーー『ロード・トリッピン』!!突き破れぇぇーーー!!!」

両者がまさにぶつかり合いそうになった瞬間、

真っ直ぐに突き進んでいた筈のウォーカーの体は突然スピンして、勢いのついたまま車両間の横窓に叩きつけられた。



「…ぐぁはっ!!…な、なんだ!!?」



滑走路の設置された地面が透明に光っている。


―――あれは…氷?…氷が張られているのか!?一体何故だ!?


イェルズェラはウォーカーに勝ち誇った風にスタンドの両手をチラッと見せると、1両目に入って行った。



「…なんてこった!
 熱くする能力だけかと思っていたが凍らせる事も出来るのか。
 
 ここまで巧妙に隠していたとは………してやられたな。」


イェルズェラは1両目に駆け込むと、一直線に車掌室側の壁まで突っ込んだ。

ブレーキパネルは手の届く場所に設置されている。
イェルズェラは後の車両を振り返る事すらせずに、反射的にブレスレットをブレーキパネルにかざした。

青いランプが赤へと変わり、何かに押さえつけられたような衝撃が電車全体を襲う。

急ブレーキがかかったのだ。



「…や、やった!」


勝ったのだ!優勝だ!

イェルズェラは力が抜けたようにその場にペタンと座り込んだ。

さっきまでのスピードが嘘のように、電車はあっという間に停止――





――する寸前ッ!

ガコンッと奇妙な音を立てて、逆方向に動き始めた!!


「…えっ!!?」


イェルズェラはよろけそうになり、手すりに掴まって立ち上がった。

ゴリゴリと鉄が擦れるような音を立てていた電車が、ふと軌道に乗ったかのように線路の上を走り出した。
少しずつスピードが増してきている。



「どうして……どうして止まらない!!!?」

ブレスレットを何度もパネルにかざすが、ランプが赤く点灯したパネルは何も反応しない。




ハッとしたように2両目の方を振り返ると、チラリとこちらを見たウォーカーと目があった。


「『ロード・トリッピン』!!最後の力を振り絞れェェーーーーー!!!!」


ウォーカーはそう叫ぶと、最後尾の車両へ向かって走り出した。




―――な、何をしたんだ!?…何を!!?

理由は分からなかったが、イェルズェラも弾かれたようにそれを追いかける。

2両目に入った時、近くのドアが抉じ開けられているのが一瞬視界に入った。





「あっ!!!

 ああぁぁぁーーーーーー!!!!!!」



ウォーカーは電車が止まる寸前に電車外に出て、線路にカタパルトを設置し逆方向に向かって射出したのだ!

電車はまだ、線路を滑走路にしたカタパルトに乗って“走っている”





…油断してしまった。勝ち誇って両手なんか見せずに追撃するべきだったのだ。

『やるなら、とことんまで』と、そう学んでいたのに、目先の優勝に冷静さを失っていた。




「うわあぁぁぁぁぁぁーーーーー!!!!!!」

イェルズェラは悲鳴のような声をあげながらウォーカーを追いかけた。

どんどん離れていくウォーカーの背中が涙で歪んで見える。




もう勝てない事くらい分かっていた。

イェルズェラはウォーカーを追いかけているのではなかった。
立ち止まっていたら色々なものに追いつかれてしまうから、必死で…ただ必死で走っていた。


決着がついた後、電車は2人が乗った駅まで再び戻ってきた。


「何回この駅に来ればいいのやら。
 まぁ、アンタが遅刻したおかげで俺はアレを思いついたわけだがな。」

ウォーカーは少し皮肉を交えながら電車を降りた。


「そうか。良いヒントを与えちゃったのね。
 とりあえず、おめでとうございます。細かな手続き等は運営の方から連絡があるわ。」

イェルズェラは座席に深く座ったまま、2人の話すら聞こえないくらい呆然としていた。
現実に追いついかれたという絶望と、その現実が闇に引き込もうとしている恐怖に打ち拉がれていた。




「アロ…ム……ビェネ…ディディエ……ウー…?」

と、イェルズェラの口から言葉が漏れた。“どの意味”で使ったのか分からなかった。


ウォーカーはイェルズェラの事を理解しているわけではない。
だが、大体の事を想像する事は出来たかもしれない。それでも…


「ムラディアス。(さようなら)」

ハッキリとそう言うと、そのまま去って行った。

立会人はそれを見送ると、イェルズェラ座る座席の正面にゆっくりと移動した。
イェルズェラはうつろなまま立会人を見上げた。もうその目に光は無い。





「準決勝で、運営の立会人を殺したわよね?」


イェルズェラは闇に引き込まれたのだと実感した。
もう、逃げられない。

立会人は内ポケットから取り出したナイフのようなモノを、流れるような手つきでイェルズェラに投げた。

風が切れるような鋭い音がして、イェルズェラは思わず目を閉じる。





「…別にそれは重要ではないわよ?」

目を開けると、イェルズェラの顔をギリギリ避けてカードのようなものが突き刺さっている。



「重要なのは“1人殺された事で立会人の椅子が1つ空いている”という事。
 運営にしてみれば、殺される方が悪いという事にしかならないからね。

 …では、ムラディアス。(さよなら)」



刺さっていたのは、トーナメント運営の名刺だった。

★★★ 勝者 ★★★

No.7520
【スタンド名】
ロード・トリッピン
【本体】
デズモンド・ウォーカー

【能力】
触れた箇所を『滑走路』にする








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最終更新:2022年04月17日 15:26