第15回トーナメント:決勝②




No.7520
【スタンド名】
ロード・トリッピン
【本体】
デズモンド・ウォーカー

【能力】
触れた箇所を『滑走路』にする


No.7525
【スタンド名】
ウォームハンド・コールドハート
【本体】
イェルズェラ・ムラージョ

【能力】
スタンドの右手は熱く、左手は冷たくする




ロード・トリッピン vs ウォームハンド・コールドハート

【STAGE:冷凍倉庫】◆aqlrDxpX0s





墨の池のような暗闇に向かって、身を乗り出して手を伸ばす。
その先には、ぼろのドレスを着た女の子が呆然とした表情のままわたしを見つめ、落ちている。
手はちっとも届かなくて、女の子は闇の奥に沈んでいく。
それでもその眼はまだしっかりとわたしを見ていて、悔しいよりも、恐ろしかった。

いのちを賭けた戦いという意味を初めて理解したからか。
女の子の姿が、明日のわたしの姿かもしれないと思ったからか。
どちらでもあるかもしれないし、どちらでもないかもしれない。

ただ、その瞳の色は周囲の暗闇よりも黒く、深かった。

あの日から毎晩、ずっと同じ夢を見ている。


わたしはホテルのスイートルームのカーペットの上で目を覚ました。
キングサイズのベッドではよく寝付けなくて、ベッドのそばの床に身を縮こませて眠っていた。

少なくとも、この戦いが終わるまでは同じ夢を見続けるのだろう。
わたしは改めて覚悟しなければならない。
女の子をひとり見殺しにし、ひとりを自らの手で殺してしまった。
おそらくわたしは勝たなければ、幸せになれないどころか……
まあ、これまでの人生も同じようなものだったじゃないか。
わたしの選んだのはそういう道なのだ。

とことんまで、やらなくっちゃあならない。


――――――――――――――――――――

――――――――――

―――――


港町の冷凍倉庫の中に3人の人間が顔を合わせていた。

白髪だが少年にも思える若い顔立ちの黒スーツの男、
迷彩柄の軍服に身を包んだ黒人の男「デズモンド・ウォーカー」、
そして薄手の白いジャケットを羽織った黒人少女「イェルズェラ・ムラージョ」。

この勝負の立会人らしき黒スーツの男は不気味にも思えるほどニコニコと笑っている。

「やあやあお二方、ようこそお越しくださいました。今宵、本トーナメントの優勝者がとうとう決まります」


ウォーカーは腕を組み、毅然とした表情でイェルズェラを見下ろしていた。
イェルズェラは気圧されぬようにとウォーカーを睨み返すが、この冷凍倉庫は彼女にとってあまりに寒く、身の震えを止めることができない。

3人の立っている倉庫中央の広いスペースの周囲には、積み上げられた木箱や滑車のついた棚、
奥には天井のレールから巨大な魚が吊り下げられている。
天井には等間隔でダクトの通気孔があり、空調の鈍い音を倉庫じゅうに響かせている。

まだ幼い彼女では勝負においてもともと大の大人相手に有利な条件などありはしないが、
この冷凍倉庫という環境は彼女にとってあまりに不利に過ぎた。


「勝負内容は『デスマッチ』でございます。どちらか一方が死ぬまで勝負は終わりません。
ギブアップも認めませんよお、どうしても負けたいのなら、倉庫のクレーンで首を吊ったり、氷を切るノコギリで首を落としたり、お好きにどうぞお」

黒スーツの男は明らかにイェルズェラに向かって言った。

「この寒さのなかですから、凍死してしまうのが一番ラクかもしれませんが、ねえ?」

(……そうか、そういうことなのか)

「ふふっ、うふふふふふふふっ」

イェルズェラは黒スーツの男の言葉とその不適な笑みに、自身への敵意があることを悟った。

過酷なデスマッチを装ってはいるが、これはただの処刑なのだ。
2回戦、「もう勝負は決まったもの」とあの下衆が言った試合のように、
今度はわたしが死ぬことに決まっている勝負なのだ。
あの男を、立会人を殺した報復として。

だが、イェルズェラは状況を嘆いたりはしなかった。
かといって、あきらめたわけでもない。
これしき、想定の範囲内だった。イェルズェラが固めた覚悟の範疇である。

「……とことんまで、やってやる」

空調の音に紛れるほど小さな声でイェルズェラはつぶやいた。


「それでは、勝負開始ですッ!!」

黒スーツの男が高らかに宣言した直後、イェルズェラはウォーカーに背を向け駆け出した。

「…………!」

ウォーカーは一度足を踏み出しかけたが、イェルズェラを追わずその小さな背中が遠ざかって木箱の陰に消えるまでじっと立ち止まっていた。

「どうしたんだい、デズモンド・ウォーカー。君の能力なら彼女の背にすぐさま追い付き、脊髄に蹴りの一撃を食らわすくらい簡単なことだったのじゃないか?」

黒スーツの男はニヤニヤ笑いながらウォーカーの背後から問いかける。
ウォーカーは男の問いに答えず、さらに質問で返した。

「確認だがよ、この勝負はどちらかが死ぬまでここから出られないということなんだな?」
「そうだよ、僕がどちらかの命が絶えるのを見届けて、はじめて勝負が終わるのさ」
「…………」
「僕としては手っ取り早く彼女を木っ端微塵にして欲しいところだけどさ。そういうの君得意だろ、『カタパルト曹長』?」
「……まあな」


ウォーカーから離れ、木箱の陰に身を隠したイェルズェラは自らのスタンドを発現させた。
『ウォームハンド・コールドハート』の右手は熱を持ち、イェルズェラの体を暖める。

イェルズェラのスタンド、『ウォームハンド・コールドハート』の能力は超高温もしくは超低温を瞬時に発生させるものであるが、
それに要する高エネルギーのために、持続力を持っていなかった。
だが、外気温と差の小さい程度の温度であれば、精神力を消耗することなく能力を持続させられる。

今の場合、マイナス10~20℃ほどの温度であるために、『冷気をもたせる』左手が順応し『熱をもたせる』右手はある程度の高温を維持することができた。

(わたしは……『長期戦』を選ぶ。能力のおかげでわたしは凍え死ぬことはない。このままわたしは逃げ続け、あの軍人が消耗するのを待つ。
 ……あの軍人が同じような能力を持っていればどうしようもないけれど)

背後からブーツが乾いた床を鳴らす音がゆっくりと近づいてくる。
イェルズェラはすぐに走りだした。


「…………いねえか」

ぬっと木箱の陰から顔を覗かせたウォーカーが視界にイェルズェラの姿がないのを見てそうつぶやくと、その後ろから白髪で黒スーツの男が出てきた。

「なあ『カタパルト曹長』よォ、そんな慎重にやってないで、ドンドン追ってっちゃどうですかあ」
「うざってェなあおまえは、俺をその名でよぶんじゃねえ、仲間でも友達でもねえのによ」

怪訝そうな目で一瞥し、再び前を向く。
黒スーツの男の指摘通り、ウォーカーは慎重になっていた。

一番はじめにイェルズェラと対面したとき、まさか子どもが決勝の相手とは――と驚いていた。
それを表情に出すことはしなかったが、冷凍倉庫の寒さに身を震わせていた彼女に同情の念さえあったのは確かだった。

もし彼女に戦う意思があるのなら――いや、デスマッチというルールのため、そうならざるを得ないのだが、
試合開始直後、彼女はまっすぐ自分に攻撃を仕掛けてくるものと思っていた。

だが、彼女は自分に背を向けて一目散に逃げて行った。
呆気にとられて気づくと彼女の姿は目の前にはなかったが、攻撃を仕掛けられたわけではないにせよ先手を取られてしまったと思った。

(この冷凍倉庫の中、あの子にとって勝負を長引かせることは得策ではねえはずだ……おそらく、寒さに耐えうる手段を持っているということだ)
(だが俺にはそれがない。黙ってても凍死しちまいそうな状況下ではなんとかして俺があの子を見つけなければならない)
(汗をかかないよう、雪中行軍の時のようにゆっくりと進まなくてはならない。汗をかいたところから気化して熱を奪われ凍ってしまう)


ウォーカーは周囲を警戒しながらイェルズェラの姿を探す。
積み上げられた木箱の間、天井高くまであるキャスター付きの棚の陰、吊るされた大量の冷凍マグロ……
冷凍倉庫はかなりの量の荷物が収容されており、整理されてはいたが見通しは悪く迷路のようになっていた。

「まったく情けないですねえ曹長さん、この勝負はあなたが勝ったも同然の勝負だったのに」
「いい加減黙れよてめえ、ずっと俺の後ろにびったりつきやがって」
「イェルズェラ・ムラージョはですねえ、2回戦で立会人を殺っちゃったんですよ」

黒スーツの男は無邪気にも思える口調でそう言った。

「まあその立会人も勝負に私情をはさんでいなかったわけではなかったですが……コドモだからといって看過するわけにはいかないですよねえ。
 我々に危害を加えておとがめなしじゃ秩序がみだれちゃうでしょう?」
「『制裁』だとでも? この試合が?」
「そそ、そんなハッキリ言われちゃあ困りますよ。もちろん彼女が勝てば優勝ということで認めさせていただきますよ」
「ですが……マァ、仲間を殺したヒトに優勝されること考えたら、嫌が応にも肩入れしちゃいますよねえ……曹長?」


一向にイェルズェラの姿は見つからない。
自らの体力に自信のあったウォーカーでさえも、寒さに次第に耐えられなくなり、眠気が襲ってくる。

「…………」
「足取りが鈍くなっていますよ? もう20分は経ったでしょうからねえ、仕方ありませんか」
「黙ってろてめえ……相手するのも……疲れる」

視界がぼやけ、一歩一歩踏み込んでいくのがやっとのウォーカーの後ろを黒スーツの男は平気な顔をしてついていく。

「それじゃあ……曹長にヒントを差し上げましょう。彼女のスタンド能力の半分を教えて差し上げます」
「いらねえ……黙ってろ」

黒スーツの男はウォーカーに構わず話し続けた。

「何故あなたよりも軽装で、子どもの彼女がこの冷凍倉庫に居続けられるんでしょうね? それは彼女が『熱』を発生させるスタンドを持っているからです」
「そんなことは……予想がついている」
「そうですか……ところで、あれ何でしょうね?」

そう言って黒スーツの男が指さした先には、積み上げられた荷物の向こう側から白い煙のようなものが立ちこめているのが見えた。

「なんだあれは? ……空調の故障か?」
「あの煙は霧ですよ」
「……霧?」
「霧の発生条件って知ってます? 水蒸気を含んだ空気が冷やされると、それが凝結して水粒になるんです。冬に外で息を吐くと白い息が出るのと同じです」
「あのあたりには確か、氷の塊が積まれていたはずです。もしその氷が『何らかの理由で溶けていて、それが急激に冷やされたら』……?」
「…………」
「もう、おわかりですよねえ?」

ウォーカーは冷気を急に吸い込まないように静かに息を整えて、霧の発生している荷物の積まれた角に移動した。
黒スーツの男もウォーカーのあとについていく。

「さあ、しっかりと殺しちゃってくださあい。ここまで御膳たてしたんですから、ねえ?」

ウォーカーは残る体力を振り絞り、荷物の陰から飛び出た。


「…………!?」
「あれえ?」

しかし、霧の立ちこめている場所にイェルズェラの姿はない。
霧の発生源となっていたはずの氷も、少しも融けてはいなかった。


――あの立会人が、軍人にわたしのスタンド能力を教えるのはわかっていた。

  これは、わたしを『制裁』する試合なのだから。

  だからわたしはスタンド能力がバレてはじめて理解するトラップを仕掛けた。

  霧の発生源は氷ではなく、壁の通気口。

  冷凍倉庫を冷やす空調を、『外気を取り入れるように』換気するようにした。

  海からの湿った空気が冷やされ、霧が発生した。

  ヤツは、そこにわたしがいるだろうと推測する。

  ここが最大のチャンスなんだ!


ウォーカーは背後から殺気を感じ取り、振り返る。

するとすでに小さな女の子がスタンドを繰り出して今にも殴りかかろうと向かってきていた。

「……!?」
「『ロード・トリッピン』!!」

少女の突進はもはや止められなかった。

だから、ウォーカーはその突進をさらに加速させた。
足下に『滑走路』を設置して。

「……足下がッ!?」

イェルズェラはウォーカーと黒スーツの男の間を勢いよく通り過ぎて、体勢を崩し転びながら冷凍倉庫の壁に激突した。

「う……ぐっ」

「きみの頭の上にある通気口……そこからあたたかい空気が流れ込んでいる。霧の発生源はそれだったのか」

ウォーカーは滑走路の上をゆっくりと歩きイェルズェラに近づく。


「俺がお前に背を向けたとき、わずかに殺気を感じ取った」
「知らなかった……そういうものって本当に感じ取れるものなの?」
「戦場に身を置いてるとな、イヤでも感じるようになるもんなんだよ。特に、『針に刺されるような鋭い殺気』は特にな」
「……え」

イェルズェラはウォーカーの顔を見上げた。
だがその表情には敵意などなく、むしろ友好的にさえ感じられた。
鋭い殺気を向けられたと言った割には、あまりにも不自然な微笑みだった。


「殺せッ! デズモンド・ウォーカー! その娘をッ!!」

黒スーツの男がウォーカーの背後から叫ぶ。

「勝利条件を忘れたわけじゃあないだろお!? おまえにゃ手慣れたもんじゃねえか!」
「…………」
「そいつはトーナメントの秩序を乱した不届き者なんだッ!! 殺せ、殺せ殺せェェ!!」

ウォーカーはイェルズェラを見下ろしたまま、立ち尽くしている。
イェルズェラはウォーカーの顔を見上げたまま、ウォーカーの表情が変わるのを見ていた。
先ほどまでの微笑みが憤りに変わっていく。
だが、イェルズェラは不思議と恐怖を感じなかった。


その憤りが自分に向けられたものではないような気がしたから。


「とっととぶっ殺せェェーーーーーーッ!! はははははははははははははは!!!」

「『ロード・トリッピン』!!」


ウォーカーは身を翻らせ、滑走路の上に倒れこむ。
カタパルトはウォーカーの体を射出し、高笑いする黒スーツの男に突撃させた。


「…………なっ!?」

ウォーカーは突進したまま、黒スーツの男をイェルズェラと反対側の壁に叩きつけた。
冷凍倉庫全体を震わすほどの衝撃を与え、黒スーツの男はそのまま壁にもたれ掛り倒れた。

「何を……しているッ…………俺に、立会人に手を出して……どうなるかわかってんのか……」

黒スーツの男はウォーカーを睨みつけるが、立ち上がることができない。

「あなた……何をしているの?」

イェルズェラはウォーカーに駆け寄って言った。
ウォーカーはゆっくりと立ち上がり答えた。

「お前と同じことを考えただけだ」
「……!!」

ウォーカーは黒スーツの男を見下ろし、唾をはきかけた。

「『制裁』だと? この小さな女の子が、てめえらになにをしたか知らねえが俺にその片棒を担がせようっていうのが気に入らねえ。
 俺は時として人殺しの道具さ、だが道具をふるうのには理由がなきゃならねえ。てめえに俺を動かす資格なんかねえんだよ」

「ふふ、ふざけるなッデズモンド・ウォーカー、貴様はし、失格負けだ! 立会人に手を出して……いや、失格負けどころじゃねえ。
 貴様もイェルズェラと同じだ、これから毎晩ゆっくり寝られるとおおおお、思うなよ! 地位も家庭もなにもかも、すべて壊してやる!!」

黒スーツの男は寒さからか痛みからか怒りからか、声を震わせながらウォーカーに言った。
だがウォーカーはたじろぐこともなく、堂々と言い返す。

「そりゃ運営の意思か? それともてめえの私情か? どちらにせよアメリカ軍を相手にして、簡単にいくと思うなよ?
 高官ならまだしも……現場の意見が最優先の下っ端曹長を政治力でどうにかできると思ってんのか? それに、俺のカミさんは俺より強ええぜ」

「ちく……しょうが……」

黒スーツの男はカクリと頭を下げて気を失った。


「どうして……」

イェルズェラはうなだれてぼそりとつぶやく。

「どうして、あなたがこんなことをするの?」


「お前の殺意は、この立会人に向けられたものなんだろう? あの立会人から事情はきいていた」
「…………」
「お前がこの勝負、生きて終えるにはふたつの道があった。『俺を殺し、勝負に勝つこと』と『立会人を殺し、勝負をなくすこと』。
 ここに来るまで勝負内容はわからなかったから、お前は否が応にもこの二択を迫られた」

イェルズェラはこの戦いの前、ひとつの覚悟を決めていた。
犯罪組織が絡んでいたとはいえ、運営の人間を手にかけてしまった。
おそらくは見過ごされることではないだろう。

決勝の勝負内容次第では、イェルズェラは運営に立ち向かう決意をしていた。

「お前が選んだのは『立会人を殺す』ことだった」
「……そう、あの立会人の性格からして、勝った私をそのままほうっておく保証はなかったから」
「まだガキなのに、大人としゃべってるみてェだぜ。冷てェ口調だし」
「…………だって、子どもはどういう話し方したらいいのかわからないから」
「でもお前は優しいよな」
「え……」

イェルズェラは思わずウォーカーの顔を見上げる。
ウォーカーはニヤリと微笑んでいた。

「あのままお前が姿を現さなければ、俺はそのまま凍っておっ死んじまってただろう。立会人を殺すよりも、おまえは『俺を殺し、勝負に勝つ』ことを選ぶほうがずっとラクだったのに」
「だから、あの立会人の性格からして……」
「どのみち、おまえのあの立会人への殺意は、俺を生かすものとなった」
「…………」


「いいか、俺はもう勝負には負けていたんだよ。お前を見失った時点でな」

ウォーカーはその言葉の内容とは裏腹に、清々しく笑ってそう言った。


ウォーカーは気絶した立会人を抱えて、冷凍倉庫の外へ出た。
冷凍倉庫の外は中とはうってかわって蒸し暑く、全身に汗が噴き出てきた。
イェルズェラは額をぬぐってウォーカーに訊ねた。

「そいつ、生かすつもりなの?」
「当たり前ェだろ、こいつが死んじまったら俺たちホントに運営にマークされちまう。
 こいつが生きて帰って『出場者にぶん殴られて気を失って、気づくと冷凍倉庫の外に運ばれてました』って上に報告してくんねェと」
「……マヌケね」
「マヌケだろ?」


微笑みながらイェルズェラは思った。
この男も、「とことんまでやる」人なのだろう。
何にも捉われず、自分を貫き通して……。

でも、それができるのはこの人に家族や仲間がいるから。
もしものとき、誰かが助けてくれるからできる。
わたしが今日生きて出られたのは、この人が助けてくれたからだ。

でももう、これからの私には……


「さて、イェルズェラ……って言ったか。これからはうちの家に住め」
「……ええ?」
「この立会人を生きて帰しても、俺たちがこれから狙われない保証はない。お前は特にだ」
「い、いや……ちょっといきなりすぎて」
「あ、もしかしてすでに身寄りがいるのか?」

イェルズェラはふと頭に杉戸森杉人のことが浮かんだが、すぐに消えた。


「そういうわけではないけど……だってあなたにも家族がいるわけだし」

「何不倫女みたいなこと言ってんだ。いいか、俺の家にはカミさんのほかに子どもが
 メアリ、リチャード、エレナ、ロジャー、フランチェスカ、マリオ、ファビオ、マルゲリータ、アレキサンドラ、ミケーレ、ディーノ、
 双子のロベルトとピエトロ、アントニオにパウロ、あとダミアーノ、アルベルト、そしてカミさんのお腹にはもう1人。今更1人増えてもたいしたことないぜ」

「どんだけいるのよ」
「中には拾った子どもや預かったまま親が引き取りに来ないのもいる。おまえだけ特別じゃねェ」
「でも、わたしは……」

ウォーカーは手でイェルズェラの頭をわしわしと掻きなでた。

「言ったじゃねェか、お前は俺を結果的に助けたんだって。その恩に報いさせてくれよ」
「……助けた?」


――そうか、わたしはこの男に助けられたと思っていたが、この男にとってはわたしが助けたということにもなるのか。

  なんだか、不思議なものだ。こんなこと昨日の夜覚悟を決めた時には考えもしなかったことなのに。


「人は……助け合いながら生きていくのね」
「ああそうさ、助け合わなきゃ生きていけねェ。いざとなったら、軍の仲間も、シラードも巻き込んで立ち向かおうじゃねえか」



……純子さん、あなたが教えてくれたとおり、とことんまでやったら、とんでもないものが手に入りました。
 
 これから、夢とか希望とかも見つけられるのかな。

 2回戦で助けられなかったあのひとのことも、忘れません。

 忘れてしまったら、あの人の死はなんでもなくなってしまうだろうから。

 わたしの胸に刻みつけて、生きていきます。


「イェルズェラ、家に帰ったら歓迎パーティーだ。好きなもんがあれば好きなだけ食わせてやるぞ」
「えっと……」
「遠慮はいらねえ、遠慮してたらお前兄弟のメシの取り合いに負けちまうぞ」
「……赤鯛のポワレ、伊勢海老のヴァプールとか」
「んな高尚なモンうちにあるわけねえだろ、常識で考えろよ」
「…………」


……杉人、アナタのことは忘れることにするわ。

※デズモンド・ウォーカー失格負け

★★★ 勝者 ★★★

No.7525
【スタンド名】
ウォームハンド・コールドハート
【本体】
イェルズェラ・ムラージョ

【能力】
スタンドの右手は熱く、左手は冷たくする








当wiki内に掲載されているすべての文章、画像等の無断転載、転用を禁止します。




最終更新:2022年04月17日 15:28