第16回トーナメント:決勝①




No.5405
【スタンド名】
フローレンス・アンド・ザマシーン
【本体】
奏 璃乃(カナデ リノ)

【能力】
様々な「香り」を生み出す


No.5858
【スタンド名】
アイス・エイジ・4
【本体】
阿須名 彗(アズナ ケイ)

【能力】
対象の物体を一定時間無敵にした後、消滅させる




フローレンス・アンド・ザマシーン vs アイス・エイジ・4

【STAGE:レジャー施設】◆pFj/lgiXE.





トーナメント二回戦の敗退者、ネプティス・アヌヴィッシュが目を覚ましたことを奏璃乃が知ったのは、二回戦に勝利してから一週間後のことだった。
璃乃は電話相手である遠見妃奈子という運営側の人間に対し、「それは本当なのですか?」と訊いた。
妃奈子は「……私も上層部から聞いたので、正確には分からないのですが」と言って話した。

「実は、あの試合から数日後、二回戦の立会人である宇喜田が目を離しているうちに、トーナメント運営の新人がネプティスさんの寝ている部屋に入り込み、あろうことかネプティスさんを起こしてしまったらしいのです」
「その新人は二回戦の試合内容を上層部から聞いていなかったのか、それとも聞くのを忘れていたのか、はたまた聞いていたけど忘れてしまっていたのか、私にはわかりません。しかし、その新人はネプティスさんが試合を放棄して居眠りをしていると勘違いし、彼女を物理的に叩き起こしてしまったそうなのです」
「悪夢の迷宮から強制的に脱出させられたネプティスさんは、夢から覚めても自分がまだ迷宮の中にいると思い込み、その新人に襲いかかったようなのです」
「宇喜田が部屋に入った時には、その新人がネプティスさんに襲われていたらしく、宇喜田は新人を助けるためにネプティスさんを止めようとしたのですが、宇喜田は彼女にコテンパンにされてしまったそうです」
「その後、ネプティスさんは部屋から抜け出して、施設にいたトーナメント運営の人間達を襲い、結果、死者は悪夢の迷宮を作り出したスタンド使いを含めた五人、重軽傷者は宇喜田と新人を含めた十六人。合計二十一名の死傷者を運営側は出してしまったのです」
「私は上層部からこの話を聞いて、そして、同じ運営側の人間であり、かつ、今回のトーナメント決勝進出者である貴方に一刻も早く話そうと思い、連絡しました」

妃奈子の話を聞いた璃乃は「それで、ネプティスさんは今どこにいるの?」と訊いた。

「はい。施設から抜け出した今のネプティスさんは現在、各地の施設を手当たり次第に破壊し、多数の死傷者を出しています。おそらく彼女は夢と現実の区別が付いていない。『自分は今、外の世界のように見せかけたダンジョンの中にいる』と勘違いしているはずです。だから、向かってくる相手のことを『ダンジョンに潜むモンスター』としか認識していない」
「そして、自分を捕まえようとする人達を、彼女が倒せば倒すほど、彼女のスタンドも進化する。おそらく、ネプティスさんのスタンドの現在のヴィジョンは、おぞましいものへと変化しているでしょう」
「このままネプティスさんを放っておいては、多数の犠牲者が増え続け、トーナメントの今後の運営にも支障が出てしまいます。最悪、トーナメント自体が無期限休止になることも考えられます」

「そして、下手をすれば、ネプティスさんが決勝戦に乱入してくる可能性もある、かしら?」と璃乃は訊いた。
妃奈子は「はい」と答えた。

「ですから、私達は過去のトーナメントに出場したスタンド使いやその関係者を集め、『ネプティス・アヌヴィッシュ討伐部隊』を作り、現在ネプティスさんを追跡しています。けど、もしかしたらネプティスさんが決勝戦の行われる場所にやって来るかもしれないので、その際は私が今言う電話番号をかけて下さい」

璃乃は「わかったわ」と返事をして、妃奈子が言う電話番号をメモ帳に記した。妃奈子は「では、よろしくお願いします」と言い、電話を切った。

璃乃はため息をついた。

「困ったことになったわね。まさかネプティスさんが悪夢の迷宮から、強制的にとはいえ脱出しただなんて…。決勝戦に彼女が現れなければいいんだけれど…」


阿須名慧は後悔していた。
二回戦の際に自身がスタンドの能力で消滅させた五体の異形は、ネット上で噂になっている、『迷宮電器店に潜んでいた幽霊達』だったことを、運営側の人間である緑柱石という男性から電話で聞いた。
幽霊達は『迷宮電器店をなんとしてでも守りたい』という願いを持っていた。その願いを自分の対戦相手である少女に叶えてもらおうとしていたのだという。
慧はそんな幽霊達を魂ごと消滅させ、さらに対戦相手の少女を見殺しにしてしまった。
柱石は『絶対に貴方と春奈さんを許すもんか』と言って、電話を切った。

彼の言う通りだ、と慧は思った。
あの時、自分が異形の幽霊達と戦わずに立会人である春奈・モーティマーの下へ向かっていれば、幽霊達が消滅することはなかった。
あの時、自分が階段に駆け足で向かい、彼女の腕を握っていれば、彼女は命を落とすことはなかった。
彼女と幽霊達を殺したのは、紛れもない自分だ。

「そう、あの人達を殺したのは、間違いなく私だ」

慧は、自分の部屋の机に突っ伏していた。

「そして、慧ちゃんが殺した一人である私は、幽霊となってここにいる」

幽霊の少女・蘇亜橋真座利が背後でそう言うと、慧は深いため息をついた。

「……まさか、背後霊となって私に付いてくるなんて、思いもしなかった」
「成仏したと思った? 残念! 私は背後霊になってました!」

真座利は笑いながら言った。


トーナメント二回戦で死亡した蘇亜橋真座利は、試合後、慧に付きまとう『背後霊』となっていた。
慧は近くの神社に行ってお祓いしてもらおうとも考えたが、それはあまりにもかわいそうすぎると思い、真座利をしばらく自分の側にいさせるようにした。
それ以降、慧と真座利は同居する関係となった。
だが、幽霊と生活するということは、他の幽霊とも出会う可能性があるということであり、慧は外へ行くたびに幽霊達の姿が見えることに悩んでいた。
今まで幽霊が見えなかった慧であったが、あの試合の後、背後霊となった真座利の影響を受けたためか、幽霊の姿がはっきりと見えるようになった。

「……まさか、幽霊がこんなにたくさんいるとは思わなかった。しかも、人の姿をしている霊もいれば、色々な動物や植物と合体したような異形の姿になってる霊もいるとは…。完全に戦隊シリーズや仮面ライダーシリーズに登場する怪人のそれじゃあないか。三日前に外で見た幽霊なんて、ゴセイジャーや仮面ライダーオーズで見たことあるぞ」
「それは多分、この世に未練があったり、憎しみや悲しみに囚われているからだと思うよ。そういう怪物みたいな姿になっちゃうのも、仕方が無いって」

真座利のこの言葉を聞いて、慧は自分が消した五体の異形の幽霊達のことを思い出した。

ツチノコと合体したような異形・無来檻。
ハリセンボンと合体したような異形・無理条変太。
豹やライオンなどの肉食動物と合体したような異形・増暮儀式。
ゾウと合体したような異形・報道院帝都。
二匹のタコと合体したような異形・刈出部算任。

悪気はなかったとはいえ、慧はあの時、真座利と絆を結んでいた迷宮電器店の幽霊達を、二回戦の立会人である春奈・モーティマーと共に(お互いのスタンド能力が、悪い意味で相乗効果を発揮してしまったことが原因で)消滅させてしまった。
慧は「あの時のこと…まだ恨んでる?」と真座利に訊いた。
真座利は「うん」と頷いた。

「立会人の春奈っちとあの時の慧ちゃんに悪いは無かったことは分かっている。でも、目の前で大切な人が消滅するのを見て、恨まないわけがないよ」
「だから、真座利はそんな姿になっているというわけか」

慧はそう真座利に言った。
幽霊となった真座利の今の姿は、パンダの半獣人という異形であった。
もし霊感の強い人間が今の真座利を見たなら、露出の多いコスプレをした変質者のように思うかもしれない。
完全なパンダの獣人に変身していないのは、自分と春奈に悪気はなかったことを真座利自身が分かっているからなのだろう、と慧は思った。
「それにね」と、真座利は話を続ける。

「お父さんやお母さん、農円先生や迷宮電器店を守ってるギャングの人達のことも心配で、成仏したくても出来ないよ」
「そうか……。というか、真座利は幽霊だけでなく、反社会的組織の連中とも友達になっているのか?」
「うん。一回戦で知り合いになってね。その時に迷宮電器店の幽霊達と仲良くなったんだ」

真座利の話を聞いて慧は、トーナメント一回戦で一体何があったんだろうと思いながら、真座利に対して唐突な質問をした。


「……ところで話は変わるけど、真座利。君は私に『友人の霊達を消された』という恨みの念を、無意識にぶつけてはいないか?」

慧の突然の質問に真座利は首を傾げた。

「…? 一体なんで」
「いや、君が私の背後霊になってから、私とアイス・エイジ・4に何やら変化が現れているんだよ」

慧はそう言うと、自身のスタンド「アイス・エイジ・4」を発現させ、さらに、自分の着ている服を脱いで、灰色のフロントホックブラとショーツの下着姿になった。
アイス・エイジ・4の皮膚は、まるで脱皮寸前のヤモリのようにシワシワとなり、背中には裂け目が出来ている。そして、慧の身体にも変化が訪れていた。

「御覧の通り、アイス・エイジ・4の肌がシワシワになっていて、さらに背中には裂け目がある。今までこんなことは一度も無かったのに、君と同居してから徐々にこうなっていった」
「私の身体も徐々に変化してきている。胸の先端辺りがムズムズし始めて、しばらく掻きむしっていたら、両胸に小さなしこりが出来て、そのあとに胸が少しづつ大きくなってきた。ウエストもだんだんとくびれて、髪も肩甲骨のあたりまで伸びてきた」
「最近はお尻も丸みを帯びてきて、ショーツのサイズが合わなくなってきている。見ろ。私が今穿いているショーツ、お尻を完全に包み切っていないんだぞ!」

慧は真座利に自分の後ろ姿を見せた。真座利はどれどれと言わんばかりに、慧の臀部を見た。確かに、灰色のショーツは装着者である慧の臀部を包み切れていない。

「これは真座利、君が自分の恨みや憎しみを無意識に私にぶつけているために、私や私のスタンドに変化を与えているような気がするんだが? もしくはスタンドの能力を使ってるのではないか?」
「……いやいやいや。私はスタンド能力を使ってないし。おそらく、これはただの二次性徴だと思うよ」
「二次性徴で私のスタンドも一緒に成長するのか!? 私のスタンドの成長性はCだぞ!? Aでもないのに成長することがあるのか!?」
「多分、本体に何らかの成長が見られれば、スタンドも成長することもあるんだと思う。実際、慧ちゃんは私と一緒に生活するようになってから、見えなかった幽霊が見えるようになったじゃない」
「う、うむ…。それはそうだけど……」
「だから、そんなに気にすることも無いと思うよ。実際私が慧ちゃんに恨みや憎しみをぶつけてるんだったら、今ごろ慧ちゃんは身体じゅうの穴という穴から血を噴き出して死んでるよ」
「……さらりと恐ろしいことを言うのは止めてくれ」
「あ~ごめんごめん」

慧は真座利と会話をした後、下着姿のまま再び机に突っ伏した。

(本当に、私のスタンドが成長してるのかな……?)

慧はそう思いながら真座利に訊いた。

「そういえば、トーナメント運営側から、決勝戦の試合の内容を伝える手紙はまだ来てないのか?」
「あ~、そういえば今日の朝、郵便ポストに入ってたな。それを渡すのを忘れてた」
「そういう大事なことは、ちゃんと私に言ってくれ。この間も私宛てに届いた手紙をポストから出して、勝手に読んだだろ」
「ごめんね。以後気を付ける」
「まったく。……で、手紙に決勝戦の場所はどこだと書いてあるんだい?」

真座利は手紙を取り出し、手紙に書いてある決勝戦の場所を読んだ。

「えっと~。決勝戦の試合の場所は、『F県F島市・四季の町公園』だって」


F県F島市・四季の町公園は、A妻小富士の麓にあるレジャー施設で、食とF県の伝統文化が融合したアミューズメントパークである。
園内には古き良き時代の日本の情緒漂う水車小屋や、爽やかな香りがあふれるハーブ園、こけしやガラス細工などの工房を備えた工芸館等の施設があり、
毎年季節ごとに大きなイベントが催されている。

時刻は午後22:00。
開館時間はもうとっくに過ぎている。が、園内に一人の少女と一人の幽霊がいた。
阿須名慧と蘇亜橋真座利である。

「決勝戦の舞台が、まさかレジャー施設だとはね」
「いや~、流石はF県最大のレジャー施設だね~。設備もかなり充実しているよ~」
「かなりはしゃいでいるな、真座利」
「だって、生きている時に一度言ってみたかったんだもん。自然とはしゃいじゃうよ~!」

真座利は笑顔でそう言った後、「本当はあの迷宮電器店を、ここの園内を凝縮したようなアミューズメントパークにしたかったんだけどね」と、暗い表情で言った。
慧はその言葉を聞いて胸が痛くなった。
以前真座利が言っていた話によれば、もし自分が二回戦で敗北したら、迷宮電器店を自分の代わりに買い取ると、一回戦の出場者であり、かつ、対戦相手であったショスコム・ウィステリアという名のギャングのリーダーが約束してくれたという。
真座利はもし自分が負けた時の保険をかけておいたのだ。
しかし、そのギャングのリーダーが真座利とかわした約束をきちんと守るだろうか?
真座利が二回戦で敗北したことをまだ知らないのかもしれないし、仮に約束を守っていたとしても、K山市の市長が外国のギャングの要求を呑まないかもしれない。
現に今は、各都道府県で暴力団排除条例が施行されている、良くも悪くも潔癖すぎるご時世である。
もしかしたら命の危険を感じたK山市の市長が警察に連絡し、ショスコムを逮捕してしまった可能性も考えられる。そして、買い取り主も悪霊も消えた迷宮電器店は、近いうちに解体されてしまうだろう。
そうなった場合、真座利はどうするのだろうか。
慧がそう考えていると、向こうから対戦相手がやってきた。


奏璃乃は向こう側にいる対戦相手の背後に、パンダの半獣人の異形である少女が浮かんでいることに気づいた。
あれはいったい何なのだろう、あれが彼女のスタンドなのだろうか? それにしては妙に表情が豊かだ。もしかしたらあの少女にとり憑いている怨霊なのだろうか?
璃乃は歩を進め対戦相手の近くに行き、自己紹介をした。

「初めまして。奏璃乃と言います。あなたは?」
「私は阿須名慧だ」
「そうですか。ところで貴方の背後にいるその人はなんなのですか? それがあなたのスタンドですか?」
「いや。彼女は背後霊の蘇亜橋真座利だ。二回戦の対戦相手で、今は命を落として私の背後霊となっている」
「どもども。蘇亜橋真座利で~す」

真座利は先ほどの暗い表情から一変して、明るい笑顔を璃乃に向けた。
璃乃は幽霊の存在を信じてはいなかった。テレビなどで時々やっている心霊写真や心霊画像のほとんどが合成であることに気づいていたからだ。
しかし、目の前にその幽霊がいることに璃乃は衝撃を受けた。
真座利は璃乃の顔を見て「おやおや~」という声を出した。

「璃乃さん、もしかして『こいつ、本当に幽霊なの? もしかして自我を持ったスタンドなんじゃないの?』って言いたそうな顔をしていますね~? でも残念、幽霊って本当にいるんですよ~! 心霊スポットやお墓やお寺や神社、国会議事堂にいっぱいいるんですから!!」
「そ、そうなの……」

心霊スポット・墓場・寺・神社はともかく、国会議事堂にいてはダメだろう。その幽霊達は国会にいる政治家達に対して何か怨恨とかあるのか、と璃乃は心の中で思った。
その時、決勝戦の立会人が現れた。
立会人は、水色のショートボブの髪型をした、見た目小学校五年生くらいの少女であった。


「え、えっと、か、奏璃乃さんと阿須名慧さんですね。け、決勝戦進出、お、おめでとうございます。け、慧さんの背後に、へ、変なのがいますけど、た、多分、だ、大丈夫ですよね。わ、わたしは決勝戦の立会人を、つ、務めさせて、い、頂きます、ア、『アイリーン・A・G・ノートン』と、も、申します」

アイリーンと名乗る少女は二人の少女と一人の幽霊を見た。三人は今までの立会人とは違う格好をしているため「こんな女の子が決勝戦の立会人を務めるのか」と思っていた。
三人の視線にアイリーンは涙目になった。

「う、ううう…。そ、そうですよね。こ、こんな、あ、明らかに、へ、変な喋り方してますから…、う、生まれつきの、き、き、吃音症だから…、い、い、言ってることが、き、き、き、聞き取りづらいですよ、ね……。う、うぐぅ……。で、で、でも、わ、私は私なりに、が、頑張ったてるんですよぉ……。そ、そ、そ、そんな目をし、しなくでも、いいじゃあないですかぁ……。うわああああああん!!」

アイリーンはその場で泣き出してしまった。三人は涙を流すアイリーンをなだめた。

「ああ、泣かないでくださいよ! 別に私達は変質者だと思ってないですから!!」
「私達はあなたみたいな小さな女の子が、決勝戦の立会人を務めるのかと思っただけだ!」
「そうそう、それに吃音症だからって落ち込むことは無いよ!」
「……ひっぐ、ひぐ、も、申し訳ございません……。こんな、と、豆腐メンタルな立会人で……」

アイリーンは涙を拭いて気を取り直すと、璃乃と慧に試合内容を説明した、

「で、では試合内容を、せ、説明します。ル、ルールは『相手を倒した方が勝ち』という、か、簡単なものです。で、でも、なるべく早くケリをつけて下さい。な、長引いたら警察の人達が来てしまうかもしれないし、そ、それに、ち、近頃、と、通り魔事件が、お、起こってますから…」

「通り魔事件って、ここ最近起こってる無差別連続通り魔事件のことか?」と慧は訊いた。

「そ、そう! それです!! う、噂によれば通り魔はF県にも出没したとのことで、わ、私達トーナメント運営側も、け、決勝戦にその通り魔が、ら、乱入してくることを考えて、と、通り魔対策を立てましたから」
「あ~、例の通り魔事件ね。私も幽霊ネットワークで聞いてるわ」
「ネットワークって、そんなのが幽霊の世界にあるのか…?」
「うん。私も幽霊になってしばらくしてから初めて知った」

慧と真座利が会話をしてる中、璃乃は(その通り魔の正体はネプティスさんだ)と思った。

(多分、ネプティスさんは自分に立ちはだかる人間や、自分を捕まえようとする人間を次々と倒しながら旅を続け、F県にやって来たんだ。だとすれば、あの遠見という立会人が言っていたように、決勝戦に乱入してくる可能性も十分にありうる。それなら私は……)

璃乃がそう考えていると、アイリーンが「そ、そろそろ準備はよろしいですか?」と訊いてきた。

「え? ああ、はい。準備はいつでもOKです」
「こちらも準備は出来ている」
「私はトーナメントに敗退した身だから、邪魔にならない程度に見ているよ~」
「わ、わかりました。で、では、トーナメント決勝戦、か、開始です!」

かくして、トーナメント決勝戦が開始された。


ネプティス・アヌヴィッシュは、長く続く道路をふらふらと歩いていた。
ここは一体どこだろうか? ダンジョンを攻略すればするほど、新しいダンジョンと新しい敵が現れる。
室内のダンジョンを彷徨っていたら、今度は白い施設のようなダンジョンが突然現れ、そこには『人間のようなモンスター』がいた。
ネプティスはそのモンスターを全員倒し、ダンジョンの扉を開けて外へ出た。すると今度は『外のように見せかけたダンジョン』が現れた。
違う。ここも出口ではない。本当の出口へと続く扉は別の場所にある。ならば、それを探さなければならない。
彼女は本当の出口を探すために色々なダンジョンを周った。だが、出口へと続く扉はまだ見つかっていない。
それどころか、今度は人間に似たモンスターや、スタンド使いまで現れた。
この前は警察官の服を着たモンスターが大勢現れ、昨日は『来栖真輝斗』と『ビーヴィオ・ベルトット』というスタンド使い二人が、そして今日は『信田信夫』『多田光太郎』『二義誠』というスタンド使い三人が襲ってきたが、全員返り討ちにした。
ネプティスのスタンド『ネクスト・アルカディア』は、五体のスタンドと対峙したことで進化をした。彼女は自分のスタンドが更なる進化を遂げたことで、自分も強くなったと感じた。

「そう……、わたしはこのしあいにかって、もっともっとつよくなる。たちふさがるてきをたおして、でぐちをみつけて、すべてをのりこえるちからをてにいれる……」

ネプティスはそう呟きながら、歩を進めていた。
だが、彼女は気づいていない。
自分自身が二回戦でとっくに敗退しており、悪夢の迷宮からとっくに脱出していて、現実の世界に戻ってきていることに。
その事実に気づかないままフラフラと歩いていると、ネプティスの目に堅く閉じられた門が映った。
ここが出口の扉だろうかとネプティスは思うと、ネクスト・アルカディアに門をこじ開けさせた。
ネクスト・アルカディアのヴィジョンは、五人のスタンド使いを倒して進化したことにより、本来の姿とは似ても似つかないほどの異形と化していた。


試合が始まると、璃乃は踵を返して後方へと走った。
「あっ、逃げた!!」と真座利が声を上げると、慧は「いや。逃げたんじゃないよ」と返した。

「おそらく、逃げるふりをして私を自分の方へおびき寄せるつもりなんだよ」
「と、いうことは、璃乃さんは何かを仕掛けているの?」
「そういうことになる。こういう時は『追いかけない』というのが正解だけれど、ここはあえて彼女を追うことにしよう」

慧はそう言って璃乃が走っていった方へと向かった。真座利も「あ、待ってよ~」と言って、慧の後を追った。アイリーンも「わ、私も~」と三人を追いかけた。


璃乃は、園内の広場『元気っ子広場』に着くと、自身のスタンド『フローレンス・アンド・ザ・マシーン』を発現させると、地面に転がっている小石を数個集め、自分の背後に立つスタンドに手渡した。

「フローレンス・アンド・ザ・マシーン。この小石に『入眠作用のある香り』を付けなさい」

フローレンス・アンド・ザ・マシーンは主の言う通り、手渡された小石数個に、入眠作用のある香りを付けた。

(この香りは一回戦の際に勝負の決め手となった、ラベンダーとカモミールをベースにした香り。この香りを嗅いだ相手は、たちまち眠りに付いてしまう。慧さんがこの広場ににやってきたら、すぐにこの小石一個を投げ付ける。石が自分の方へ向かってくるのを知った慧さんは、受け止めるか回避するかを選ぶ。もし慧さんが受け止めれば小石に着いた入眠作用の香りを嗅いで眠りにつく。回避したなら、もう一個の小石を投げ付ければいい。回避されても予備の小石を投げればいい。やがて慧さんの周りには入眠作用の香りを放つ小石が転がって、眠気に耐えられなくなった慧さんはその場で眠ってしまう……)

璃乃はそう思考しながらスカートのポケットに手を入れると、ポケットの中に入れた折りたたみナイフを撫でた。

(あとは慧さんの動脈を斬るなり、腹部を裂くなりすればいい。まさかあの背後霊が試合の邪魔をするなんてことはしないでしょうし、もし邪魔をしてきても、私の、いいえ、志保の願いの邪魔は絶対にさせるモノですか……)

璃乃は既に、道徳・倫理を踏み越える覚悟をしていた。
自分は友人である菊谷志保の願いを、彼女の代わりに叶えるためにトーナメントに代理出場すると決めた。
志保の願いを叶えるためなら、どんな業も背負っていく。たとえそれが、人として許されないことであっても。

「私はこのトーナメントで優勝する。そして、志保の願いを叶える」

璃乃がそう呟いた時、慧・真座利・アイリーンの三人が広場にやってきた。


璃乃と慧との距離は、数メートル離れている。璃乃は「さあ、私に向かってらっしゃい」と慧を挑発するかのような表情で立っている。
そんな彼女を見つめる慧に、真座利が小声で訊いた。

「ねえねえ。璃乃さんを見つけたのはいいけどさ。私が見たところ、璃乃さんは絶対何かを仕掛けているよ。これはやばいんじゃあないの?」
「ああ。私もそんなことを考えていた。私達がやってきたというのに、堂々と自分のスタンドを出して立っているということは、何かを仕掛けてくるのは間違いない」
「じゃあ、このまま璃乃さんが痺れを切らしてこっちに向かってくるのを待つ?」
「それではこっちもあっちも相手が来るのを待ち続けて、気が付いたら朝になって、立会人のアイリーン共々警備員に捕まるという、つまらないギャグのような結末になる。それは私も璃乃さんも避けたい」
「それじゃあどうするの?」
「なあに。簡単なことさ」

慧は真座利に小声で耳打ちすると、「なるほど。それはいい考えね」と真座利は笑顔で言った。
「だろ」と慧は微笑むと「それじゃあ行こうか」と言い、璃乃の下へ歩を進めた。


計算通りだ、と璃乃は思った。璃乃は自分のスタンドに命令する。

「フローレンス・アンド・ザ・マシーン! 小石を一個慧さんに投げつけなさい!!」

フローレンス・アンド・ザ・マシーンは小石を一個右手に持つと、それを慧に目掛けて投げた。
小石からは、入眠作用のある香りが漂っていた。
さあ、どう来る? 受け止めるのか、回避するのか? と、璃乃は思った。
慧は自身のスタンド『アイス・エイジ・4』で投げられた小石を受けとめた。
やった! と、璃乃は心の中で喜んだ。これで慧は眠りに着くと思っていた。だが、慧は小石から漂う香りを嗅ぎながら璃乃に言った。

「……小石から妙な香りが漂っているな。あなたのスタンドはモノに変な香りを付けるね。おそらく貴方のスタンド能力は『精製した香りを物体に付着させる』能力。 そして、この香りは嗅いだ人間を眠らせる効果を持つ。あたりでしょ?」

当たりだった。だが、璃乃は自分の計算が狂ったわけではないと思っていた。なぜなら、慧のスタンドは小石を受け止めているからだ。あと数十秒すれば、慧はその場で眠りにつく…はずだった。
慧がため息をつきながら「残念だけど」と言うと、アイス・エイジ・4の手の中にあった小石は、跡形も無く消滅した。

「私のスタンド能力は『触れた非生物を数十秒後に消滅させる』能力なんだ。こんな小石では私を仕留めることは出来ないよ」

慧は再び璃乃の下へ歩を進める。璃乃は「まだです!」と叫んだ。
フローレンス・アンド・ザ・マシーンは小石をまた一つ右手で握ると、それを慧に投げつけた。
璃乃はまさか慧のスタンドが「触れたモノを消し去る能力」だとは思っていなかった。しかし、だからといって彼女の計算が完全に狂ったわけではない。
肝心なのは「慧を眠らせること」である。それさえ出来れば、自分に勝利の女神が微笑むのだ。
璃乃はフローレンス・アンド・ザ・マシーンに命令する。

「フローレンス・アンド・ザ・マシーン!! 小石を全部慧さんに投げつけなさい!!」

フローレンス・アンド・ザ・マシーンは、主の命令通り、小石を全て慧に投げつけた。

「いくら触れたモノを消滅させる能力でも、これだけの数の小石をすべて消し去ることは出来ないでしょう!!」

慧のスタンドは投げた小石を受けとめようとした。
だが、璃乃が言ったように、全てを受け止めることは出来なかった。
フローレンス・アンド・ザ・マシーンが投げつけた小石のうち、アイス・エイジ・4が消したのは最初に消したのを含めて3個で、地面に落ちたのは4個であった。
「よし!」と璃乃は思った。これで慧は地面に落ちた小石の香りを嗅いで眠りにつき、硫黄臭のする池で倒れる。そう確信した。しかし…。


「『地面に落ちた小石から漂う香りで慧は眠り、自分は慧にトドメを刺すだけ』と、そう思ったよな。でも、それも私には通じない」

慧は慧は真座利にアイコンタクトをとった。真座利は「了解!」と返事をすると、慧の左肩に噛みついた。慧は悲鳴を上げるのをぐっとこらえた。
璃乃は驚愕した。自分の相方である背後霊に、自分を噛ませるだなんて、信じられない。
璃乃が目を見開いて驚いている中、慧は璃乃に言う。

「私は背後霊である真座利にさっきこう言ったんだ。『私が璃乃に何か投げつけてきたら、容赦なく私の肩を噛みつけ』ってね」
「そ、それって、協力者に頼んだってことじゃない! 一対一の戦いに第三者を割り込ませてくるのは、ルール違反にならないの!?」

璃乃は慧にそう言うが、それに答えたのは立会人であるアイリーンであった。

「け、慧さんはルール違反をしていませんよ。た、戦いに、ちょ、直接介入したのは、ま、真座利さんですし、そ、それに、ま、真座利さんが、お、お二人を倒そうとしていたわけではありませんから」
「そ、そんなのアリッ!?」
「立会人がそう言ってるなら、そうなんだろう。そもそも真座利は私に恨みを抱いている亡霊。心のどこかで私を痛めつけてやりたいと思っているはずだ。だから、これで少しは真座利の気が晴れるってもんだろう!」

真座利は慧の左肩の肉を少し引き千切ると、それをもぐもぐと咀嚼して飲みこんだ。

「う~ん。人間の肉は美味しくないね。毒にも薬にもなりゃあしない」
「るろうに剣心の志々雄真実のようなことを言うなよ。これで私に対しての恨みも少しは晴れただろう?」
「まぁ少しはね」

「そうか」と慧は言うと、歩を進めながら璃乃に言った。

「これで私の身体はしばらく痛覚神経が支配する。故に、香りを使った攻撃は通じない。そして、私はあなたのすぐ近くまでやってきた。あなたが取るべき行動はただ一つ……」

璃乃は乾いた笑いをして慧に言った。

「殴り合いで貴方を倒すしかない……ということでしょ?」
「正解」

慧はそう答えた。
フローレンス・アンド・ザ・マシーンはアイス・エイジ・4を見ながら構えを取る。アイス・エイジ・4も拳を握った。

「まさか、幽霊で計算が狂うとは思ってもいなかったわ…。でも、ここで負けるわけにはいかない! このトーナメントで優勝するのは私よ!」
「いいや、それは私だ。私にだって叶えたい夢がある」
「いいぞいいぞ~! どっちもがんばれ~!!」

真座利が応援する中、二人のスタンドが殴り合いを始めようとしたその時、入り口の門が外側から破壊された。


ネクスト・アルカディアで門を破壊したネプティスは、園内を見まわした。
なんだ、ここも出口ではなかったのか。だが、ここは色々な建物がある。
もしかしたらこのダンジョンにある建物の中に、出口へつながる扉があるのかもしれない。一体どこにあるのだろうか。
ネプティスはそう考えながら、入り口の前方にいる二人のスタンド使いと、パンダの半獣人を見つけた。
今度はあの二人のスタンド使いと、宙に浮いているパンダの半獣人が相手か。
しかし、二人のスタンド使いのうちの一人はどこかで見たことがある。
ああ、思い出した。あの迷宮の中にある闘技場で、自分が殺した奏璃乃だ。
なんで璃乃がまだ生きていて、このダンジョンにいるのだろうか。
ネプティスは数秒思考し、一つの結論に至った。
ああそうか。璃乃はあの闘技場で死んだあと、ゾンビとなって甦ったのだ。
だとすれば、どうしてあそこに璃乃がいるのかも説明が付く。
ならば、あのスタンド使いとパンダの半獣人と一緒に、璃乃のゾンビを倒すだけだ。
そうすれば、自分はもっと強くなる。なにもかも乗り越える力を手に入れることができる。
ネプティスはそう思いながら、三人のいる方へ向かっていった。


「あ、あああああ、あれは、ネ、ネネネネネネネプティ、ティ、ティティティティティティティティティス・アアアアヌヴィッシュだああああああッ!!!!」

アイリーンは自分達の方へ向かってくる恐怖に身体を震わせながら、その場にへたりと座り込んだ。

「ああ、ネプティスさんがここへやってくるなんて!!」

璃乃がそう言うと、慧が訊いてきた。

「ここへやってくる? 璃乃さん、あなたはあの乱入者のことについて何か知っているのか?」
「は、はい。話せば長くなるのですが……」

璃乃は二回戦でのことと、試合前に遠見が電話で語っていたことを慧と真座利に詳しく話した。

「成程。そういう試合内容だったのか。その宇喜田という立会人は非常にタチが悪いな。まぁ、宇喜田は新人と共に重傷を負ったから、既に罰を受けているが」
「となると、幽霊ネットワークとかで噂になっていた通り魔の正体は、ネプティスさんと言うことになるわね」
「はい。運営側はネプティスさんを捕まえるための部隊を作ったとのことですが、私の予想では既に何人かが倒されているでしょう」
「だろうな」

璃乃達がそう会話をしている中、アイリーンは慌てながらスマートフォンで電話をかけていた。

「も、ももももしもし、ア、アイリーンですけど、大変です!! ネネネーネ・ネーネネ、ネプティス・アヌヴィッシュが、け、決勝戦の試合会場へ侵入してきました!! ははは、早く討伐部隊を、ここここ、こちらによこしてください!!」
「立会人はすっかりパニック状態に陥ってるな…」

慌てふためきながら電話をしているアイリーンを横目に、慧は璃乃に言った。

「どうだろうか。ここは一時休戦して、三人でネプティスを捕まえようじゃあないか。どうせあいつを倒さなきゃ、試合の続きは出来ないわけだし」

慧に続いて真座利も言った。

「そうそう。ここはみんなで力を合わせて、ネプティスさんの暴走を止めようよ」
「…………」

璃乃は数秒考えると、慧に「お断りするわ」と返した。
慧と真座利は「えっ?」と声を漏らした。

「そもそも、ネプティスさんがあの悪夢の迷宮でしばらく彷徨う羽目になったのは、私が彼女を見放したから。先にネプティスさんを無理やりにでも脱出させていれば、彼女が壊れることはなかった。だから、ネプティスさんの暴走を止めるのは私の役目。自分が蒔いた種は、自分で何とかしなければならない。この件に関わりのないあなた達を巻き込むわけにはいかないの」
「…………」
「申し訳ないけれど、ここは私一人でやらせてもらうわ」

璃乃はネプティスの方へ向かおうとした。しかし、慧と真座利がそれを制止した。

「悪いけど、一人でやらせるわけにはいかない」
「『この件に関わりのない』って、私達は璃乃さんとネプティスさんのことについてもう聞いちゃってるんだから、関わりのない人間じゃあないよ」
「で、でも……」

璃乃が何かを言おうとすると、慧が微笑んだ。

「大丈夫。ネプティスのスタンド能力が何なのかが分かれば、対策を考えることもできる」
「…………」
「だから、教えてくれ璃乃さん。彼女のスタンド能力はなんなんだ?」

慧の問いに対して「…ネプティスさんの能力は」と璃乃が答えようとすると、ネプティスが奇声を上げて三人に飛びかかってきた。


「キシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
「まずい、璃乃さん、真座利! 離れて!!」

慧は二人を突き飛ばすと、ネプティスの蹴りを両腕で防いだ。
ネプティスの蹴りの衝撃が慧の両腕に響く。慧は「ぐっ!!」と呻いた。
ネプティスは自分の蹴りが防がれると、今度はネクスト・アルカディアで慧に拳の連打を食らわせようとした。

「キシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャアッ!!!!」

ネクスト・アルカディアのヴィジョンは、悪夢の迷宮のミノタウロス、警官隊、ネプティス討伐隊として選ばれた五人のスタンド使いと戦って進化したことにより、身体中に無数の目が付いた怪物と化していた。
慧はネクスト・アルカディアの攻撃をアイス・エイジ・4で相殺しようと、蹴りの連打を繰り出した。

「シュララララララララララララララララララララララララララララララララララララァッ!!!!」

二体のスタンドの拳と蹴りがぶつかり合う。慧はネプティスと戦っている最中、アイス・エイジ・4の皮膚が徐々に剥がれていくのを感じた。

(これは一体何だ? まさか、私のスタンドが…?)

慧がそう思った瞬間、ネクスト・アルカディアの拳がアイス・エイジ・4の額を捉えた。慧の額から赤い血が流れる。

「慧さん!!」「慧ちゃん!!」

璃乃と真座利は慧の名を叫んだ。
二人の声を聞かずに、ネクスト・アルカディアはそのままアイス・エイジ・4の腹部に強い蹴りを入れた。
アイス・エイジ・4と慧はそのまま遠方へと吹っ飛び、そのまま動かなくなった。
慧が倒されたのを見て、ネプティスは「阿覇覇覇覇覇覇覇覇覇覇覇覇覇覇覇覇覇!!!!」と笑った。

「壺れ出、壺れ出私ハモット強ク鳴る!! 私ハ全てを乗リ越L力を手に入レル!! 阿覇覇覇覇覇覇覇覇覇覇!!!!」


ネプティスが高らかに笑う様を見て、真座利は怒りの頂点に達した。
慧とは絆を結んだ幽霊達を消滅させられた恨みと、見殺しにされた憎しみがあった。でも、背後霊として暮らすうちに、少しずつ慧との絆が生まれてきた。
その絆をネプティスがたった今踏みつけた。『全てを乗り越える力を手に入れる』という、わけのわからない理由で平然と踏みにじった。真座利の心の中に、ネプティスへの殺意が生まれた。

「許せない…。慧ちゃんを傷つけたお前だけは、絶対に許せない!!うあああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!」

真座利が叫び声を上げると、彼女の獣毛の生えていない部分に、白と黒の毛が生えてきた。顔も徐々にパンダの顔へと変わっていく。
真座利は慧を傷つけられたという怒りで、パンダの獣人へと変身した。
璃乃は真座利の変身を見て身体を震わせた。もし自分が慧を眠らせて、スカートのポケットにしまっていたナイフを突き立てていたら、自分はパンダの獣人と化した真座利に殺されていたかもしれない。さっきの自分の計算は、狂うことになって正解だった。

「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」

真座利はネプティスに向かって突進をした。ネプティスはニヤリと笑う。

「噴ッ! パンダ乃半獣人が本物乃獣人と化舌カ! 陀蛾、弧乃私ニ勝ツ事ハ出来ナイ!!」

ネプティスはネクスト・アルカディアで突進してくる真座利の顔面を殴りつけた。その瞬間、真座利は自分のスタンド『プラスチック・スマイル』を発現させた。
プラスチック・スマイルは、ネプティスに息を吹きかけ、ネプティスの身体を膨らませようとした。だが……。

「宝、お前藻幽波紋使いカ!! 歯科死、所詮獣ハ獣!! 人間デアル私ニ勝ツ軟手、無理無理無理無理ィ!!」

ネクスト・アルカディアはプラスチック・スマイルの中央の顔に拳を強くめり込ませた。
パンダの顔面と化した真座利の鼻が、ゴキリと折れた。
さらにネクスト・アルカディアは、真座利の身体を連続で殴りつけ、最後にかかと落としでノックダウンさせた。
真座利はネプティスの足下でうつぶせになって倒れた。真座利の身体はパンダの獣人の姿から半獣人の姿へ戻った。
ネプティスは二度の勝利の快感に酔いしれた。


その瞬間、ネクスト・アルカディアの姿はゴキゴキと音を立てて変化をし始めた。
身体中に無数の目が付いた異形の姿のスタンドは突然四つん這いになり、銀色の皮膚が紫色に染まり、背中から大きな瘤のようなものが生えた。
右肩を中心に生えていた機械のような羽は全て千切れ、頭部だった部分はイソギンチャクのような形に変わり、身体も大きくなっていく。
スタンドの変化と同時に、ネプティスの身体も変化した。
短かった髪が瞬時に肩甲骨まで伸び、胸が大きくなり、お尻もズボンの中でパンパンに膨らんだ。
さらに背丈もぐんぐんと伸び、ネプティスは大人の女性へと変身した。
璃乃はネプティスの身体が急成長したことに驚いた。

「そんな、スタンドと共に本体まで成長するなんて……!!」
「分刈ル、分刈ル輪、私ガ丼丼強苦ナッテ入ル乃を…」

ネプティスは成長した自分の姿に喜ぶと、璃乃の方に目を向けた。

「殺阿、次ハオ前ダ。ゾンビの璃乃算」

璃乃は自分を襲おうとしているネプティスに向かって言った。

「…いいわ。かかってきなさい。私があなたの暴走を止めてあげる」

ネプティスはニヤリと笑い、奇声を上げて璃乃に襲いかかった。


その時、ネプティスの左肩に何かが刺さった。ネプティスが自分の左肩を見ると、数本のナイフが刺さっていた。
ネプティスはナイフが空から投げられたと直感で判断して空を見ると、そこには、白鳥の羽を背中に生やした異形の女性に乗った、両手がハエトリ草になった異形の男性がいた。
ハエトリ草の異形の男は白鳥の異形の女に言った。

「おい、ちゃんと飛べよお姫さまよぉッ! 『マイシクル・ティアーズ』の投げたナイフの照準がずれちまったじゃあねえか!!」
「そんな~。私はちゃんと飛んでますよ~幻十郎さ~ん」
「お、お前ラハ一体誰陀!!」

ネプティスがそう怒鳴ると、白鳥の異形は地面に着地し、ハエトリ草の異形を下ろして、自己紹介をした。

「初めまして。私はあなたを捕まえるためにトーナメント運営から派遣された『リリス・クド・カラオストロ』といいます」
「俺は桐木幻十郎。このお姫様と同じく、お前を捕まえるためにやってきた。わけあって今はこんな異形になっちまっているがな」

璃乃は空から下りてきた二つの異形を見て、この二人は真座利と同じ幽霊の類だと理解した。
おそらく、この二人はこの世に未練があって、その結果、あんな姿に変貌してしまったのだろう。
璃乃がそう思っていると、ネプティスは幻十郎に言った。

「私を…捕魔L…陀斗?」
「その通り。お前が倒した来栖、ビーヴィオ、信田、多田、二義の五人も、お前を捕まえるために派遣されたスタンド使いだ」
「そして、貴方を捕まえるためにやってきたスタンド使いは、私達だけではありません」

リリスがそう言うと、璃乃、倒れている真座利、ネプティスの周りには、いつの間にか多くのスタンド使いが取り囲んでいた。

『バロック・ホウダウン』のスタンド使い、五百旗頭実はネプティスに向かって言った。

「貴様がネプティス・アヌヴィッシュだな! この国を守る多くの警官達を傷つけた罪は到底許されるものではないッ!! よって貴様をここで拘束するッ!! 神妙にお縄につけェイッ!!」

璃乃は自分達の周りにいるスタンド使い達を見て「まさか、こんなに集まるなんて信じられない」と思った。
アイリーンは涙を流しながら「や、やった! と、討伐部隊が来てくれた!」と喜んだ。
ネプティス討伐隊を率いる若い女性、遠見妃奈子はメガホン越しにネプティスに言った。

「ネプティスさん、もうあなたは二回戦で敗退したんです!! あなたがどんなにダンジョンの出口を見つけようと頑張っても無理ですよ! ここは現実の世界、悪夢の迷宮じゃあないんです!!」
「敗退舌陀斗…? 出口を見津蹴ルノハ無理陀斗…? 壺壺ハ現実乃世界陀斗…?」

妃奈子の言葉を聞いたネプティスは激怒した。

「嘘ヲ言う名!! 私ハマダ負ケていナイ!! 私ハモット強苦ナル!! 強クナッテ、全てを乗り子L力を手にいレル!! 壺壺で負ケルわけニハ行かないン陀!!」
「どうやら、説得するのは無理みたいだね~」

と、『エリミネーター』のスタンド使い、八坂巡子は言った。妃奈子は「仕方ないですね」と言い、スタンド使い達に命令した。

「こうなれば力づくで捕まえるだけです。皆さん、一斉にかかってください!!」

スタンド使い達はネプティスに一斉に襲いかかった。
ネプティスは異形の怪物と化したネクスト・アルカディアを使い、迎撃した。


スタンド使い達とネプティスの激戦が繰り広げられている中、璃乃は真座利をフローレンス・アンド・ザ・マシーンで引きずりながら、広場から離れた。

「ここまでくれば、もう大丈夫でしょう。真座利さんが巻き添えを食らうのは、慧さんに悪いですからね」

璃乃がその場で座って一息をつくと、禿頭の筋骨隆々の大男と、派手なスーツを着た男性と、バニースーツを着た銀色の髪の少女と、胸が豊満のポニーテールの少女がやってきた。
璃乃は四人を見て、真座利の知り合いだろうかと思った。
筋骨隆々の男が璃乃に訊いた。

「すまないが、貴方が連れてきたそのパンダの半獣人は、蘇亜橋真座利と言う名前か?」
「は、はい。そうですが」
「そうか。俺は真座利の担任である安倍農円と言います」

農円に続いて、他の三人も自己紹介をした。

「俺はウィンディバンク。北欧のギャング組織『ガルガ・ファルムル』の構成員だ」
「そして僕はそのガルガ・ファルムルのリーダー、ショスコム・ウィステリア。本当は男性だけど、わけがあって今はこんな女の子の姿をしているんだ」
「私は春奈・モーティマー・降星学園6年女子で、真座利さんの試合の立会人をしました」
「我々はネプティス・アヌヴィッシュ討伐部隊のメンバーに選ばれ、ここにやってきました。もしかしたら、真座利が決勝戦の試合が行われる場所にいるのではないかと思って…」
「そうですか…」

璃乃が農円の言葉にそう答えると、真座利が目を覚ました。

「う~ん…、あ、璃乃さん! それと…、あ、先生、ショスコムさんにウィンディバンクさん! それと、春奈っち!!」
「おお、目が覚めたか真座利!」
「久しぶり、農円先生! 風邪は治ったんだね!」
「久しぶりだね、真座利ちゃん!」
「ショスコムさん、お久しぶり! まだその姿なんだね!」
「うん。とても気に入ってるんだ~」
「二回戦で命を落としたと柱石の旦那から聞いた時はショックだったぜ、真座利の嬢ちゃん!」
「ウィンディバンクさん、心配してくれてありがとう! イザドラさんとステイプルトンさんは元気?」
「まぁ元気だよ。嬢ちゃんの死を聞いた時は『嬢ちゃんと幽霊の連中の仇を討つ!』と言っていたよ」
「うわ~、ちょっとだけ顔見せに行けばよかったな~」

農円、ショスコム、ウィンディバンクが真座利との再会に喜ぶ中、春奈だけは真座利に声をかけようかかけまいかと迷っていた。そんな春奈を見て真座利が言った。

「春奈っち、久しぶりだね~」
「そ、そうですね、お久しぶりです……」

春奈はそう言って礼をした。
かつて春奈には霊感が無かった。しかし、二回戦においてカサブランカの能力を使ったことにより、二回戦以降、春奈にも幽霊の姿が見えるようになった。
故に、真座利の姿と声を認識していた。
真座利はそんな春奈を見て「へ~幽霊が見えるようになったんだ!」と喜んだが、春奈は浮かない表情をした。

「ん~、どうしたの? もしかして二回戦でのこと、まだ気にしてる?」
「は、はい。私がカサブランカを発現させなければ、貴方の友人である幽霊達が消えることも無かったし、貴方が命を落とすことも無かった…。私はとんでもない悪党です」
「いやいやいやいや、悪党ってそんな。別に春奈っちも慧ちゃんもわざとやったわけじゃあないんだから……」

真座利が慧の名前を出すと、春奈は「そうだ!」と声を上げた。

「慧さんは!? 慧さんは一体どこにいるんです!?」
「そうだ! 慧ちゃん大丈夫かな!? さっきネプティスさんにやられて、あっちの方へ吹っ飛ばされたんだ!」

真座利はそう言って慧が飛んでいった方向へ顔を向けると、そこには、服がビリビリに破れた慧が立っていた。慧の額からは赤い血が流れている。


「慧ちゃん!」「慧さん!」と真座利と春奈は叫んで、慧の側へ寄った。

「大丈夫慧ちゃん!? 額から血が出ているよ!?」
「大丈夫だ。心配ない」
「お久しぶりです慧さん! あの後真座利さんとはどうだったんですか!?」
「ああ、今では真座利が家に居候しているよ」

二人の問いに慧は答えると「ところで、あの三人は?」と璃乃に訊いた。

「ああ。あの三人は真座利さんの知り合いだそうで」
「どうも慧さん、安倍農円だ」
「ショスコム・ウィステリアだよ」
「ウィンディバンクだ」

璃乃の時と違い、三人は慧を睨みつけるような目で見つめた。やはり自分は恨まれているかと慧は思い、「私は二回戦で勝利した阿須名慧といいます」と言うと、三人に頭を下げた。

「迷宮電器店の幽霊達を消滅させ、さらに、真座利を見殺しにしてしまって、すいませんでした」
「…………」
「…………」
「…………」
「言い訳をするつもりはありません。許してほしいと言うつもりもありません。ただ……」

慧が言っているところへ、三人が口を開いた。

「わざとではないのは俺達も分かっている。」
「悪気があってやったわけじゃあないんだよね。それは分かるよ」
「ただ、消滅させた幽霊達は戻ってこないぞ。それについてはどう責任を取るつもりだ?」

ウィンディバンクがそう言うと、真座利は一瞬悲痛な顔をした。そんな真座利を見て慧は「責任を取る方法はあります」と言った。
「えっ?」と真座利が反応すると、「へぇ。それはどんな?」とショスコムが訊いた。
「それは後で分かります」と慧は言うと、「ところで、あのネプティスはどうなった?」と璃乃に訊いた。

「ネプティスさんは今、討伐部隊と戦っています」

璃乃がそう言ってネプティスと討伐部隊の方に顔を向けると、討伐部隊はネプティスの猛攻に苦戦していた。


「くそっ、なんなんだよあいつはッ!? 大勢でかかってるのに全然倒れねぇッ!!」

幻十郎は息を切らしていた。まさかあの女がここまで強いとは思ってもいなかった。
彼の周りには、ネクスト・アルカディアの攻撃をくらい、三名のスタンド使い達が気絶していた。

『エンヴィー』のスタンド使い、茜。

『テンポラリー・プレジャー』のスタンド使い、マルコ。

『イエスタデイ・エンパイア』のスタンド使い、畔上藍。

この三人はネプティスのスタンドに強い打撃を与えたのに、当の本人は全くダメージを受けていない。
この女は本物の化け物かと、幽霊の身でありながら幻十郎が思っていると、「まだまだぁッ!」と本結久良來は、リボンのスタンド『フィール・ソー・ムーン』で、ネプティスの右腕を縛る。

「この人は私が降星学園へ転入させるんです!! この可愛いスタンドを持っている人と、私は友達になるんですッ!!」

「いや、可愛いかあれ」と、幻十郎は心の中で突っ込んだ。
ネプティスは自分の右腕に巻き付いたリボンを左手で引っ張ると、そのまま久良來ごとリボンを振り回し、久良來を地面へ叩きつけた。久良來は血を吐いて気絶した。

久良來に続いてネプティスを襲ったのは、『フェイセズ・イン・ザ・クラウド』のスタンド使い、寿=ガブリエラ=コジョカルだ。
寿はネプティスの背後から接触し、ネプティスの体内の水分を自身のスタンドで吸い取り、ネプティスを干からびさせようとした。
この作戦は寿が考えたモノではない。遠見妃奈子が寿に教えたモノだ。

「あはは~。このひとをつかまえたら、きなこおねえさんにケーキをごちそうしてもらうのだ~♪」

寿は妃奈子にケーキをたくさんご馳走してもらうことを想像していた。しかし、その想像が現実となることはなかった。
背後に敵が近付いていることに気づいたネプティスは、瞬時に寿の右腕を両手で掴み、力一杯入れてへし折った。
右腕が折れた痛みに寿は絶叫する。

「うああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!」
「私の後ろヲ取ろ鵜など斗ハ、考え蛾甘井ゾ、餓鬼ガ!!」

ネプティスはそのまま寿の身体を片手で地面に叩きつけ、そのまま寿の細い身体を何度も踏みつける。
何度も、何度も、何度も、何度も。

「いやだ、いやだ、いやだぁッ!! いたい、いたい、いたい、いたいよぉッ!!」

寿は大粒の涙を流しながら悲鳴を上げるが、ネプティスは踏みつけることを止めない。

「幼い少女になんてことをッ!!」

『アストロ・ブライト』のスタンド使い、西獅子星司郎は小石を地面に置き、星座の形に並べた。小石で書いた星座は『ヘラクレス座』。ギリシャ神話に伝わる戦士・ヘラクレスを描いた星座だ。
ヘラクレスは真っ先にネプティスの下へ向かい、彼女の頭部に棍棒を振り下ろそうとした。が、棍棒の打撃はネクスト・アルカディアによって防がれた。
ネクスト・アルカディアはヘラクレスから棍棒を奪うと、その棍棒を星司郎へと投げつけた。棍棒は星司郎の身体に当たり、星司郎は気絶した。と、同時にヘラクレスも消滅した。
あれほど泣き叫んでいた寿も、気を失っていた。


討伐部隊として集められたスタンド使い達は決して弱くは無い。だが、悪夢の迷宮で睡眠学習し、自身のスタンドが成長したネプティスには敵わなかった。
幻、実、巡子、リリス、そして、他のスタンド使い達は、疲労困憊の状態となっていた。

「阿覇覇覇覇覇覇覇覇覇覇覇覇覇覇覇覇覇、阿ーーー覇覇覇覇覇覇覇覇覇覇覇覇覇覇覇覇覇覇覇覇覇覇!!!!」

高らかに笑うネプティスを見て、運営側の人間であるアイリーンと妃奈子、トカゲの異形で、かつ『オホス・デ・ブルッホ』のスタンド使い、ロロ・ロサーノは恐怖に震えた。

「こ、これだけのスタンド使いがいるのに……」
「全く歯が立たないなんて……」
「も、もうダメだ…。あんな奴に勝てっこないよ…。あいつは『邪神』だ。ボク達はあの邪悪な神に服従するしかないんだ……」


慧がネプティスに苦戦するスタンド使い達を見て、「成程。彼女のスタンドは進化そのものってことか」と言うと、璃乃は「はい」と答えた。

「ネプティスさんのスタンド、ネクスト・アルカディアの能力は『敵の能力に合わせて進化する』能力なんです。ですが、彼女もスタンドも姿が変貌するなんて。敵の能力に合わせて進化してるとは思えない……」
「おそらく、悪夢の迷宮で成長し続けた結果、スタンドの能力が『敵を倒すたびに進化する』能力へと変化したんだろう」

二人がそう会話していると、真座利も話に入ってきた。

「でも、あれって進化とか成長とかって言えるのかな? どう考えても突然変異にしか思えないんだけど」

「変異であっても進化は進化だよ」と慧は言った。

「でも、彼女を見て倒す方法は思いついた」
「えっ、それ本当!?」
「一体どうやって!?」

真座利と璃乃が訊くと、慧は、

「それに答える前に、真座利の友人である迷宮電器店の亡霊達…。それを消滅させた責任を取って『幽霊達を復元させる』」

と言った。
真座利、農円、ショスコム、ウィンディバンク、春奈の五人は驚いた。

「ふ、復元させる!?」
「そんな馬鹿な!?」
「消滅したモノを元に戻すだなんて、出来っこないよ!」
「そんなことが出来たら、それこそ奇跡だ!」
「本当に…できるんですか?」
「そのためのスタンドだろう」

慧はそう言うと、『アイス・エイジ・4』を発現させた。
アイス・エイジ・4は以前の姿とは違う、水色のレオタードを着た、グラマラスな女性の姿へと変わっていた。
「綺麗…」と真座利は声を漏らした。

「私のスタンド『アイス・エイジ・4』もネプティスのスタンドと一戦交えたことによって、身体の皮膚が全て剥けて成長した。そして、ここにいるスタンド使い達がネプティスの方に目を向けている間、成長した自分のスタンドの能力を試した。すると、一回戦で消滅させた『水』と、二回戦で消滅させた『スマホ』が復元された」
「じゃあ、慧さんのスタンドも、成長したことで変化した…?」
「そう。私のスタンド『アイス・エイジ・4・ミッシングリンク(堂々とまかり通るご都合主義)』の能力は、『一回消滅させたものを復元する能力』だ」

慧がそう言うと、アイス・エイジ・4・ミッシングリンクは両手を前にかざした。

「アイス・エイジ・4・ミッシングリンク。二回戦で消滅させた五体の幽霊達を復元しろ」

アイス・エイジ・4・ミッシングリンクの両手から、まばゆい光が放たれる。その数秒後、五体の異形の幽霊達が光の中から現れた。

ツチノコの異形・無来檻。
ハリセンボンの異形・無理条変太。
豹やライオンなどの肉食動物の異形・増暮儀式。
ゾウの異形・報道院帝都。
タコの異形・刈出部算任。

真座利は一筋の涙を流した。あの時消滅した五体の幽霊達が、再びこの世に甦ったのだ。


「あ、あれ?」
「俺達は一体何を…?」
「ていうか、ここ何処?」
「高層ビル出ないことは確かだゾ」
「ここはあの世なのか? 我々は成仏したというのか?」

五体の幽霊達が困惑していると、真座利が泣きながら駆け寄ってきた。

「みんな~~!!」
「ま、真座利ちゃん!?」
「な、なんで泣いてるんだよ!?」
「というよりも、なんでパンダみたいな姿になってるわけ?」
「もしかして真座利。お前も…」
「命を落とし、幽霊になったと言うのか!?」
「うん。でも、嬉しい! こうやってみんなとまた会えるなんて、奇跡だよ!!」

真座利は涙を流しながら、迷宮電器店の幽霊達との再会を喜んだ。幽霊達は未だに状況が呑みこめないでいる。が、真座利の笑顔を見て、何故だか嬉しく感じた。
農円、ショスコム、ウィンディバンクの三人は、真座利と五体の幽霊達を見て、顔をほころばせた。

「良かったな、真座利」
「良かった。本当によかったよ」
「奇跡って、本当に起こるものなんだな」

刈出部は泣きじゃくる真座利の頭を撫でていると、対戦相手であるはずの慧と、立会人であるはずの春奈を見つけた。

「お、お前は真座利との対戦相手と立会人の…」
「阿須名慧といいます。こちらは元立会人の春奈・モーティマーです」
「ど、どうも。春奈・モーティマーです」
「こちらこそ。そんなことより、これは一体どういうことだ。二回戦は一体どうなったんだ?」
「その話はあとです。今は私に協力してください」

慧はそう言うと、ネプティスとネクスト・アルカディアのいる方へ指差した。

「私と共に、あのスタンド使いを倒してほしいのです。このままでは大勢の被害者が出てしまいます。…お願いします」

慧の真剣なまなざしを見て、刈出部は「わかった」と答えた。


ネプティスは自分が強くなっていることに実感を感じていた。
自分のスタンドは進化している。それと同時に、自分の身体も成長している。
全てを乗り越える力に、確実に近づいている。
ここにいるスタンド使い達を倒せば、自分はさらに強くなる。
そして、きっと出口へと繋がる扉が現れる。
その時こそ、自分が決勝戦へ進出し、このトーナメントを優勝することになるのだ。
ネプティスはヤドクガエルの異形の幽霊であり、かつ『ザ・ヴァ―ヴ』のスタンド使い、賀苅緋紋に近づいた。

「次ハお前陀、覚悟白」

緋紋は恐怖で身動き一つ取れないでいた。
ダメだ、こんな怪物に勝てるわけがない。
今の自分はさながら、蛇に睨まれたカエル。死の覚悟を準備する間も与えられずに、蛇に捕食される運命にある哀れなカエルだ。
自分もそんなカエルと同じように、こいつに蹂躙されるのだ。
ネクスト・アルカディアのイソギンチャクのような頭部の触手が、緋紋の身体に絡みつこうとしている。

「いやよ、いやああああああああああああッ!!!!」

緋紋が悲鳴を上げたその時、耳をつんざくような音が響いた。
ネプティスは悲鳴を上げて耳をふさぎ、ネクスト・アルカディアの触手が緩んだ。緋紋はその瞬間を逃さず、触手から抜け出した。

「な、なに、今の音!?」
「さっきの音はどこで鳴ったんだ!?」
「一体誰が鳴らしたんだよ!?」

スタンド使い達は口々に叫ぶと、向こうから慧、璃乃、真座利、農円、ウィンディバンク、ショスコム、そして、五体の異形の幽霊達がやってきた。

「け、慧さんに璃乃さん!? なんで来てるんです!! ここは危ないですから安全な場所へ避難しててください!!」
「と、というより、そ、その幽霊達は、な、なんなんです!?」

妃奈子とアイリーンがそう言うと、慧と璃乃は二人に言った。

「すいません。でも、ネプティスを倒す方法を思いついたんです。この五体の幽霊達は、私がかつてスタンドの能力で消滅させた幽霊です。さっき、成長した私のスタンドで復元させました」
「慧さんは復元させた五体の幽霊やスタンド使いの皆さんと協力して、ネプティスさんを討伐したいと言ったんです。お願いします、私達にもお手伝いをさせて下さい!」
「お願いします!!」

慧と璃乃は二人に頭を下げた。妃奈子とアイリーンが「う~ん」と唸りながら考えていると、『ディメンション・トリッパー』のスタンド使い、三船重兵衛が口を開いた。

「いいんじゃあないんですか? その慧という人が、ネプティスを倒す方法があると言うなら、俺達はそれに従うまでだ」

他のスタンド使いもうなづいた。妃奈子はため息をついて「仕方ないですね。わかりました」と言った。

「で、そのネプティスさんを倒す方法はなんですか? 教えて下さいよ」
「ふふっ、簡単です。ネプティス・アヌヴィッシュを倒す方法は……」

慧はネプティスの方へ向かうと、アイス・エイジ・4を発現させ、ネクスト・アルカディアの背中に生えている巨大な瘤を思い切り殴った。

「ただひたすらに、戦って戦って戦う! それだけだッ!!!!」

アイス・エイジ・4はそのまま拳の連打をネクスト・アルカディアに浴びせた。

「シュララララララララララララララララララララララララララララララララララララァッ!!!!」

アイス・エイジ・4がネクスト・アルカディアに攻撃する様を見て、妃奈子は頭を抱えた。

「ええええええええええええ~ッ!? そんな無謀な方法がありますか!! どんなに攻撃しても倒れなかったのに、さらに攻撃をしまくるなんて、無理ですよ~~!!」
「でも、それ以外に奴を倒す方法が無いというなら!!」
「とことんやるしかないでしょ!!」

泣き言を言う妃奈子を余所に、重兵衛や他のスタンド使い達はネクスト・アルカディアへと向かった。


重兵衛のスタンド『ディメンション・トリッパー』と、イェルズェラ・ムラージョのスタンド『ウォームハンド・コールドハート』が、ネクスト・アルカディアに拳の雨をお見舞いする。

「ディララララララララララララララララララララララララララララララァ!!!!」
「ムラムラムラムラムラムラムラムラムラムラムラムラムラムラムラムラムラムラムラァ!!!!」

続いて、藤島六郎のスタンド『クレセント・ロック』が地面を殴り、そこから数本のロケットを生やす。

「クレセント・ロック、ロケット点火だ!!」

クレセント・ロックはロケットを点火した。点火された数本のロケットは、ネクスト・アルカディアへと向かって行った。ロケットはネクスト・アルカディアに命中した瞬間、爆発した。
「やったか!?」と六郎は声を漏らすが、ネクスト・アルカディアはまだ倒れてはいなかった。

「ドウ舌!? ソレ出御仕舞カ!?」

ネクスト・アルカディアの巨大な腕が、慧、重兵衛、イェルズェラ、六郎の身体を薙ぎ払った。四人が遠方へ吹っ飛ばされると、五百旗頭実が上着を脱いだ。実の腹部には、彼のスタンド『バロック・ホウダウン』が潜んでいた。
バロック・ホウダウンは実の「やれッ」の命令を聞いて腹部から飛び出すと、ネプティスの動きを止めようと強烈な光を浴びせようとした。
が、ネプティスはバロック・ホウダウンの光をかわして実に瞬時に近づくと、実の身体に飛び蹴りを喰らわせた。実の身体は、上半身と下半身に分かれ、地面に倒れた。

「ぐぅ…、無念だ…」
「軍人ヲ気取ってイテも、所詮こ乃程度カ!!」

ネプティスが実を見下しながらそう言うと、『クリスタル・ピース』のスタンド使い、新房硝子が「まだ終わってません!!」と叫び、左腕をネクスト・アルカディアに向けた。
ネプティスは硝子の左腕から何かが発射されると直感で見抜き、実を倒した時と同じように硝子に瞬時に近づいた。硝子はすぐさまクリスタル・ピースを発現させようとしたが、手遅れだった。
硝子の左腕の義手はネプティスの手によってもぎ取られ、硝子はネプティスに顔面を殴られた。脳を揺さぶられた硝子は、その場に崩れ落ちた。

「四人ともいくぞ、一斉攻撃だ!!」
「「「「おう!!!!」」」」

刈出部達五体の異形の幽霊は、同時にネプティスに攻撃を仕掛けた。
檻と無理条は右方向から超音波と毒針を同時に発射し、儀式と報道院と刈出部は左方向から近づいて、ネプティスを攻撃しようとした。

「誰陀お前羅ハぁ!!」

ネプティスはそう言うと、左方向から近づく刈出部達三人を蹴りつけて倒し、右方向から長距離攻撃を仕掛けようとする檻と無理条を、ネクスト・アルカディアで捕まえた。
ネクスト・アルカディアの巨大な手で掴まれた檻と無理条は身動きが取れない。ネクスト・アルカディアはそのまま檻と無理条を地面に叩きつけた。

「よくも皆を!!」

真座利はパンダの獣人に変化し、再びネプティスに襲いかかるが、ネクスト・アルカディアは左手で真座利の身体を叩き潰した。
真座利と刈出部達は幽霊だから死なないものの、再生には少々時間がかかった。

ネプティスとネクスト・アルカディアの、『快進撃』ならぬ『怪進撃』は止まらなかった。

『マイシクル・ティアーズ』のスタンド使い、桐木幻十郎。
『サンバ・テンぺラード』のスタンド使い、リリス・クド・カラオストロ。
『エリミネーター』のスタンド使い、八坂巡子。
『ザ・ヴァ―ヴ』のスタンド使い、賀苅緋紋。
『オホス・デ・ブルッホ』のスタンド使い、ロロ・ロサーノ。

彼らも懸命に攻撃したが、全員ネプティスによって倒されてしまった。
残るのは『フローレンス・アンド・ザ・マシーン』のスタンド使い、奏璃乃。『ヴァルハラ・ダンスホール』のスタンド使い、ショスコム・ウィステリア。
『カサブランカ』のスタンド使い、春奈・モーティマー。運営側の人間である遠見妃奈子とアイリーン・A・G・ノートン。
そして、普通の人間である安倍農円とウィンディバンクの七人であった。
ネプティスは璃乃達を見ると、クククと笑った。


「これ出残るハ七人…。コイツラヲ倒せ場、私はモットモット強くナル…、阿覇覇覇覇覇覇覇!!」

璃乃はそんなネプティスに向かってフッと鼻で笑った。

「それはどうかしらね?」
「…? 同言ウこと陀?」
「まだ貴方に倒されてない人がいるわよ」

璃乃はネプティスの後ろを指差した。ネプティスが振り向くと、そこには服がぼろぼろになった慧と半獣人の形態に戻った真座利、そして、迷宮電器店の亡霊達がいた。
「…魔だ生キテ板のカ」というネプティスに向かって慧は言った。

「ああ、生きているよ。それにしても、どうやらお前はこれだけの攻撃を受けながら、多くのスタンド使い達や幽霊達を倒したようだな」
「ソウだ!! 私ハこれ出さらに強い力ヲ手にいレルことが出来ル!! 何も加茂ヲ乗り越L力に又一歩近づクことがデキタンダ!! 次ハお前達を倒シテ、モットモット強くナルン陀!!」

そう言うネプティスに慧は「そうか」と言うと、「じゃあお前はもう終わりだ」と言い放った。

「オワリ陀斗!? 馬鹿メ!! ミロ!! 私乃スタンドが進化スル様ヲ!!」

ネプティスは自身のスタンドを指差した。慧達が目を向けると、異形の怪物の姿であるネクスト・アルカディアが、さらなる変化を始めた。

背中に生えた瘤が巨大な胴体へと変化し、そこにグロテスクな頭部と無数の腕と触手が生え、腹部には男女の顔が六つ現れた。
身体に付いていた眼球はさらに増え、元々の腕と脚はさらに太くなった。
皮膚の色もどす黒くなり、元のヴィジョンの面影は、全く見当たらなくなった。

真座利はさらなる異形へと進化したネクスト・アルカディアを見て「うわぁッ!! まるでファイティング戦士アベルの最終形態みたい!!」と言った。
そんな真座利に対し慧は「そのネタ知ってる人あんまりいないだろ」とツッコミを入れた。
農円やショスコム、幽霊達も「う~ん」と頭を悩ませた。
そんな慧達を余所に、ネプティスは高らかに笑い声を上げる。

「阿覇覇覇覇覇覇覇覇!! タマゲタカァ~!? これ出私はサラナル成長ヲ遂げルこと蛾出来る!! 阿覇覇覇覇覇覇覇覇覇覇覇覇覇覇覇覇!!」

ネプティスの身体がゴキゴキと音を立てて、変化をし始めた。アイリーンは恐怖した。もしかしたらネプティスもあのような化け物へと変化するのではないか?
そうなればここにいる人間は、皆殺しにされてしまうのではないか?

「い、いやあッ!! ま、まだ死にたくないぃッ!!」

アイリーンはそう叫んで頭を抱えてうずくまった。そんなアイリーンの頭を、慧は優しくなでた。

「安心しろ。あいつはもう『終わった』」
「お、終わった…?」
「ああ、見ろ」

慧はネプティスの方を指差した。


ネプティスは目・鼻・耳から血を流していた。

「なっ…!? コ、これは一体…!?」

ネプティスは突然の事態に戸惑うが、さらなる異変が彼女を襲う。
彼女の両腕と両足が、強い音を立てて折れたのだ。

「ぐ、ぐあああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!?」

ネプティスはその場で崩れ落ちた。

「えっ? こ、これは、どういうことなんですか?」

妃奈子がそう言うと、慧は黙って倒れているネプティスの方へ向かった。
ネプティスの身体は痙攣を起こしていた。

「なっ…、腕と…足が、折れて…。な、なんで…?」

自分の身体の異変に何が何だか分からないでいるネプティスに、慧は倒れている彼女を見下ろしながら言った。

「簡単なことだよ。君のスタンドが相手を倒して『進化』した分、君の身体も成長した。そして、あのスタンドが更なる進化を遂げた瞬間、君の身体は成長に耐えきれず、『限界を迎えた』んだよ」
「げ…限界?」
「そうさ。君のスタンド『ネクスト・アルカディア』は、夢の迷宮で進化し続けたことで『敵を倒せば倒すほど進化する』能力へと変わっていた。おそらく、その分本体の身体も成長する特殊な能力に変化したんだろうね。きっと、夢の中では君と君のスタンドは無限に成長して、見るに堪えない姿になっていたんだろう。でも、現実の世界ではそうはいかない。夢の中では無限に進化し成長を続けることができても、現実の世界では必ずその進化に限界が来る。君は夢と現実の区別が付かないまま、スタンドを使い続けて進化させていった結果、身体が成長に追い付けなくなり、自滅したというわけさ」

慧がため息をつくと、璃乃が話の交代をした。

「真座利さんがさっき言っていた、『ファイティング戦士アベル』の話と似てますね。あの話の主人公であるアベルは、次から次へと現れる強大な敵との戦いに備えるため、過酷な修行を重ねた結果、人間の面影も見当たらない異形の怪物となってしまった。あなたは『全てを乗り越える力』を手に入れるためにスタンドを戦わせて進化させていった結果、自らの破滅を招いた。でも、あなたはアベルのような怪物にならずに済んだ。もうあなたの戦いはこれで『終わった』のよ」

この璃乃の言葉をネプティスは受け入れることができなかった。

「『終わった』ですって…? まだ、まだよ!! まだ私は終わってなんかない…!!」

ネプティスは倒れた身体を何とか起き上がらせようとするが、身体の中で胃と腸に激痛が走った。

「あああああああああああああああああああああッ!!!!」

ネプティスは更なる悲鳴を上げた。慧はそんなネプティスの胸倉を掴むと、

「いい加減にしろ。お前はただの『負け犬』だ。夢と現実の区別が付かないまま、『自分はまだ負けていない』と見苦しく喚き散らす、弱くて哀れな『負け犬』だ」

と言い放ち、掴んでいた胸倉を離した。
ネプティスはその場に崩折れると、自分はトーナメントで敗退したこと、自分はもう全てを乗り越える力を手にすることができないこと、そして、自分はみずぼらしい『負け犬』であることを悟り、

「……うああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!! ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!!! あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!! ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!」

涙を流して、泣いた。


「ねえ? あんなこと言っちゃって大丈夫なの?」と真座利は慧に訊いた。
「いいんだよ。夢と現実の区別が付いてなくて、かつ、自分はまだ負けてないと言い張る人間には、これくらい言わなきゃわからない」

慧は冷たく放つと、妃奈子に目を向けて言った。

「あなたは確か、討伐部隊のリーダーでしたね」
「は、はい!」
「もうネプティスさんは再起不能だ。どこか病院へ連れて行った方がいい。両手両足の骨が折れていて、多分内臓もダメージを受けていると思うから」
「わ、わかりました!!」

妃奈子はまだ動けるスタンド使い達と共に、ネプティスを担いで公園の外へ連れ出した。
その際、動けるようになった幻十郎は「オラッ! キリキリ歩けッ!」と言って、ネプティスのお尻を蹴飛ばし、ロロは「や~い! ざま~見ろ~!」と舌を出してネプティスを馬鹿にした。
それを遠目から見ていた檻と農円は、「……嫌な人達」「さっきは怯えてたくせに、調子のいい幽霊共だ」と、呆れた顔で言った。
慧は長いため息をつくと、璃乃の目を見た。

「それじゃあ、さっきの戦いの続きを始めようか」
「…………」

慧の言葉を聞いた真座利達は「えっ!?」と驚いた。

「いやいやいやいや! 慧ちゃんはまだ身体にダメージが残ってるんだよ!? まだ戦いを続けるつもり!?」
「ああ。ネプティスさんの件は解決したが、私と璃乃さんの戦いはまだ終わってない」
「…………」

璃乃は黙っていた。慧は璃乃を見て話を続ける。

「あなたのフローレンス・アンド・ザ・マシーンは、香りを作り出す能力。最初のように入眠作用のある香りを私に嗅がせれば、貴方の勝利となる。だけど、私の今の身体はネプティスさんの攻撃を受けて、あちこちがズキズキと痛んでいるんだ。生物の身体に張り巡らされている神経で、脳が素早く感応するのは痛覚神経。身体中に痛みが走っていれば、当然脳は痛みを素早く感知し、他の感覚は鈍く感知してしまう。私は現在そんな状況だから、嗅覚は全く通じない」
「…………」

璃乃は何も言わずに、フローレンス・アンド・ザ・マシーンを発現させた。慧もアイス・エイジ・4・ミッシングリンクを発現させる。

「そうなると、貴方は最初の時と同じように、スタンド同士での殴り合いで勝負しなければならないが、成長した私のスタンドに、貴方のスタンドが到底勝てるとは思えない」
「…………」
「さらに、アイス・エイジ・4・ミッシングリンクは、貴方が投げた入眠作用のある香りを放つ小石を復元することもできる。もしそれを復元し、あなたにそれを嗅がせれば、貴方は眠りについて再起不能となるだろう。つまり、今のあなたに勝機は『一つも無い』んだ」
「…………」
「この勝負、私の勝ちだ」


アイス・エイジ・4・ミッシングリンクがフローレンス・アンド・ザ・マシーンに向かって拳を振り上げた瞬間、慧はその場に座り込んだ。アイス・エイジ・4・ミッシングリンクも姿を消した。
璃乃と真座利は慧が座り込んだことに、目を丸くした。

「……と、言いたいところだけど。残念ながら私はネプティスさんのスタンドに受けたダメージで、もう喋れることしかできない。さっきまではなんとか身体を動かすことができたけど、もう限界みたいだ」
「げ、限界って…、じゃあ」
「そうさ真座利。私はこの試合を放棄する」
「え~~!! 慧ちゃんはそれでいいの!? もう少しで夢が叶うんだよ!?」
「よしんば身体をまだ動かせて、璃乃さんを倒せたとしても、後々後遺症が残ったら、夢が叶っても嬉しくないよ。現に、真座利に噛まれた際の肩の傷、まだ痛むんだよ」
「あ~、それはごめん。勢いでつい噛む力を入れすぎちゃった…」
「いいさいいさ。優勝できないのは残念だけど、真座利と違って私はまだ生きている。自分の夢はゆっくりと叶えるさ」

そういう慧に璃乃は「ふざけないでください」と言った。

「私は先の二回戦で『リスクを負う覚悟』をして勝ち進んだんです。私はさっき貴方に重傷を負わされることを覚悟して、何とか勝機を作ろうとしていた。なのに貴方はそんな私の覚悟を無碍にした! 試合放棄をして、貴方は本当に納得してるんですか!? 私は到底納得できない」

璃乃の言葉に慧は微笑みながら答えた。

「納得できなくてもいいじゃあないか」
「えっ?」
「リスクを負う覚悟をしなくても、勝負に勝つことだって稀にあるってことさ」
「そんな…。そんな、棚から牡丹餅が落ちてきたみたいな勝ち方なんて…」
「そういうものさ。人生ってのは」

慧は璃乃に言うと、立会人であるアイリーンの方を向いて「そういうことでいいかい、アイリーンさん」と言った。
アイリーンはあたふたしながら、

「は、はい! こ、今回の決勝戦は、あ、阿須名慧さんの試合放棄により、か、奏璃乃さんの勝利とします!」

と高らかに言った。


深夜0時35分。
璃乃達は四季の町公園の近くにある総合病院にいた。
総合病院には、ネプティス・アヌヴィッシュや、重傷を負った討伐隊のメンバーも担ぎ込まれた。
そして、傷を負っていない者や、幽霊達もやって来たため、病院の中はまるで宴会のようなにぎやかさであった。
璃乃は慧、真座利、農円、ショスコム、ウィンディバンク、春奈、そして、迷宮電器店の幽霊達と共に広い病室の中で語り合っていた。
刈出部はため息をついて肩を落とした。

「そうか。真座利は二回戦で命を落とし、我々も慧さんに一度消滅させられたのか……」
「あの時は本当にすいませんでした」
「私達はてっきり貴方達のことを幽霊だなんて思ってなくて……」

慧と春奈は幽霊達に頭を下げた。
檻は二人に「まあまあ、そんなに気にしないで」と言った。

「私達だって二回戦の記憶は途中から消えちゃってるし」
「そうそう。気づいたら四季の町公園にいたからなぁ」
「私達は何が何やら、分からなかったわよ」
「ここで詳しい説明を聞いて、状況は呑みこめたがな……」
「しかし、これで我々の望みも叶わぬことに……」

幽霊達は深いため息をついた。真座利は幽霊達を見て悲しくなった。そんな時ショスコムが口を開いた。

「大丈夫だって! 迷宮電器店は僕が大金払って買い取ったからさ」
「買い取った…、ああ、確かショスコムさん、一回戦が終わった後、私とそういう約束したっけね」

真座利が思い出すと、慧が訊いた。

「でも、ちゃんと買い取ることができたんですか? ただでさえ、蒼き清浄なる世界のために、暴力団やマフィアをこの世界から排除しようと声高に叫ぶ潔癖症な連中が多いご時世なのに」
「大丈夫大丈夫。K山市の市長をはじめとしたお偉いさん方とは、きちんと話をつけてきたから」
「話って、まさか拳銃を突きつけて……」
「違う違う。僕の組織に所属している女の子達をバニーガールにして、大人の接待をしてあげたんだよ。もちろん、僕もこの姿で接待したんだよ」
「大人の接待…」

慧、真座利、農円、檻、儀式、報道院、刈出部は顔を真っ赤にした。
璃乃もショスコムの話を聞いて、顔を赤らめた。
なんということだ。世の大人達というのは、女の色香で陥落してしまうほどのダメ人間の集まりなのか。
もしや、衆議院や参議院選挙前の票集めも、裏でこんな酒池肉林が繰り広げられているのではあるまいな。
璃乃がそう考えていると、刈出部が咳払いをしてショスコムに言った。

「ということは、迷宮電器店は安泰なのだな?」
「うん。来年からアミューズメントパークに改装するための工事を行う予定だよ」
「やったー!! これで迷宮電器店は安泰だーー!!」
「「「いやっほーーーー!!」」」

真座利、檻、無理条、儀式は飛び上がって喜んだ。その際、天井を突き抜けて上の病室へ入ってしまったため、そこにいた入院患者が悲鳴を上げた。

「おい、そんなにはしゃぐな!! 他の患者に迷惑になるだろ!!」
「嬉しいのは分かるが、他の患者も入院してることを忘れるな!」
「もっと静かに喜べないのか!」
「周りに迷惑をかけてはならんと、いつも言っていたろう!」

農円、ウィンディバンク、報道院、刈出部が注意をした。真座利達は「す、すいませ~ん」と、四人と上の病室の入院患者に謝った。

「とはいえ、俺も真座利が慧さんの家で幽霊生活を送っていることがわかったし、今日は討伐部隊としてここに来て良かった」
「僕達は真座利さんの安否と、慧さんがどういう人なのかを調べるために参加したんだよね」
「幽霊の旦那達を消滅させた奴がどんな奴なのかを一度拝見して、もしどうしようもないクズだったら、イザドラとステイプルトンに代わってブチ殺そうかと思っていたが、礼儀正しい奴で良かったよ」
「皆さん、すいません。私が自分のスタンドを使ったことで、あんなことに…」
「いやいや、もう過ぎたことだ」
「過去のことは水に洗って、これから先のことを見据えながら、今日はゆっくりと語り合おうではないか」
「は、はい!!」

春奈は涙を流しながら笑顔で言った。

病室が笑い声で包まれていると、璃乃は病室の扉を開けた。
「どこへ行くんだい?」と慧が訊くと、「ネプティスさんのいる病室です」と答え、病室の外へ出た。
璃乃は病院の廊下を歩きながら、四季の町公園で立会人のアイリーンに、自分の、否、志保の叶えようとした願いを言ったことを思い出した。


「と、『トーナメントを終わらせたい』…ですか?」
「はい。これが私の、いえ、私の友人、菊谷志保の叶えたい願いです」

璃乃はアイリーンにそう言った。

「私は、このトーナメントが何のために行われているのか、何を最終目的としているのか、上層部でないから分かりません」
「でも、このトーナメントは明らかにおかしい」
「これまで数多くの死者を出しているのに、運営は平然としてトーナメントを続行させ、そして、一部の敗退者を『処理』している」
「さらに、これまでの出場者の中には、犯罪者や裏組織の構成員や幹部である人間もいた」
「志保は、こんな歪な企画を打ち立てている運営側に、一矢を報いようとしていたんです。『トーナメントに出場し、優勝して、このトーナメントを完全に終わらせたい』と、志保は私に語っていました」
「でも、その願いを運営上層部に知られてしまったのか、志保は粛清されてしまいました。私は志保の死を聞いて、大声で泣きました。そして、その後決意したんです」
「本来出場する予定だった志保の代わりに私がこの血を血で洗うトーナメントに出場し、優勝しよう。志保の『トーナメントを完全に終わらせる』という願いを実現させようって」
「だからお願いです! 今すぐ『トーナメントは二度と行わない。トーナメントは無期限休止にする』と、約束して下さい!!」

志保の言葉を聞いたアイリーンは「う~ん」と呻った。

「そ、そんなこと言われても、わ、私はどうすれば……」

アイリーンが悩んでいると、「みなさ~ん、お疲れさまでした~」と言いながら、妃奈子がやって来た。
アイリーンは先輩である妃奈子が戻って来たことに安堵して、「せ、先輩~」と近寄った。

「ど、どうしたの、アイリーン?」
「じ、実は、か、かくかくしかじかでして…」

アイリーンは右手に将棋の角の駒を、左手にシカのぬいぐるみを持って説明した。

「成程…、『トーナメントを終わらせる』ことが、璃乃さん、いや、璃乃さんの友人であった志保さんの願いだったというわけですか…」
「そ、そうなんです~。ど、どうしましょ~?」
「さあ、叶えるんですか、それともしらばっくれて叶えないのですか? はっきりして下さい」

璃乃がそう言うと、妃奈子はこう答えた。


「あなたがその願いをアイリーンに言わなくても、トーナメントは無期限休止になることが、既に上層部の会議で決定しました」

「えっ」

妃奈子の答えに璃乃は驚いた。

「無期限休止が既に決定したって…どういうことですか!?」
「いやですね。ネプティスさんが『自分はまだダンジョンの中にいる』と勘違いして、各地で大暴れしたせいで、多くの一般人や警察官が被害に遭ったんですよ。んで、ネプティスさんが指名手配されたと同時に、警視庁のお偉いさん方がネプティスさんのことを調べていくうちに、トーナメントの存在を嗅ぎつけてしまって、これ以上トーナメントを続ければ、警察もしくは政治家、はたまた自衛隊と全面戦争になる可能性が高くなったのです。運営側から犠牲者が出るのも嫌だし、トーナメント運営の存在が表沙汰になって、テレビや新聞で連日報道されるような大事件になるのを避けるために、運営上層部はトーナメントを無期限休止することを決めたのです。まあ、後一回くらいやる予定みたいですけれど」
「そ、そんな…。じゃあ私が決勝戦で勝っても負けても……」
「はい。志保さんの願いは無事叶えられたのです」

妃奈子ははっきりと言った。

「まあ、その願いが叶うきっかけとなったのは、運営側のヘボ新人とネプティスさんだったというのは、皮肉でありますけどね」
「それじゃあ私は一体何のために…、何のために…」

璃乃がその場に座り込むと、慧が璃乃の肩に手を置いた。

「いいじゃあないか。その願いは違った道のりだったけど無事叶ったんだし。志保さんもきっと喜んでいるはずだよ」
「…そりゃあ、願いが叶ったのは嬉しいです。でも、こんなことってないよ……」

璃乃は両目から涙をぽろぽろと流した。


その後、璃乃達は捕まったネプティスや重傷者達と共に、運営側が用意した車に乗り、近くの総合病院へと向かった。
璃乃は廊下を歩きながら思う。
確かに、自分の、否、志保の願いは違った形で叶えられた。でも、それは自分の力で叶えられたものではない。
様々な偶然が重なった結果、たまたま叶っただけにすぎない。自分は最後の最後で、きまぐれな偶然の女神に助けられたのだ。
『運も実力のうち』という言葉がある。しかし、璃乃はその言葉を否定する。

(あの戦いの本当の勝者は、自身の引き際を見極めることのできた慧さんだ。私はただ、自分の力を使わずに、偶然の女神におんぶに抱っこしてもらって、形だけの勝利を手に入れた、『敗者』だ。そんな敗者が出来ること。それは……)

璃乃が廊下を歩いていると、車椅子に乗った実が彼女に訊いてきた。

「そこの娘よ、ひとつ訊きたいことがある。迷宮電器店の幽霊達は今どこにいるか知っているか?」
「え? それを私に聞いてどうするんですか?」
「いやな。五年前、赤毛連盟というネット右翼の集団が狼藉を働いたことを、日本男児として謝罪したいのだ」

赤毛連盟が引き起こした事件は、璃乃も知っていた。

「そうですか…。それなら、その幽霊達は慧さんの病室にいますよ」
「そうか。教えてくれて、感謝する!」

実はそう言って、車椅子を高速で動かし、慧の病室へと向かって行った。実を目で見送った璃乃は、目的地へと向かう。果たして、そこに着いた。


璃乃が向かっていた場所は、ネプティスがいる病室だった。その病室の扉の前に、眼鏡をかけた女性が立っている。新房硝子である。

「すいません、あなたはたしか…」
「ああ、さっきはどうも。新房硝子です」
「こちらこそどうも。あなたもネプティスさんに用があって来たんですか?」

璃乃の問いに硝子は「はい」と答えた。

「私、ネプティスさんと話がしたいんです。私は彼女の『全てを乗り越える力を手に入れたい』という気持ち、良く分かるんです。私も『強くなりたい』と思ってましたから……」
「そうですか。でも、ここは私と彼女二人だけにしてくれませんか? 私、今回のトーナメント二回戦で、彼女と会ったんですよ」
「えっ、そうだったんですか?」
「ええ。だから、今夜は彼女と色々話がしたいんです。落ち込んでいる敗者を慰められるのは、あの試合の本当の勝者である慧さんではなく、本当の敗者である私ですから」
「そうですか…。なら、私はお邪魔ですね。いいですよ、先に入っても」
「ありがとうございます」

硝子に礼を言うと、璃乃は病室の扉を開けた。病室には、ベッドの上でネプティスがまだ泣いていた。

「うああああああああああ……あああああああああああああッ!!!!」

璃乃はそんなネプティスの頭を撫でた。

「ほら。もう泣かないでください」
「うああっ、あ、あなたは……」
「また会いましたね。奏璃乃です」

璃乃の顔を見ながら、ネプティスは涙と鼻水を垂れ流す。

「璃、璃乃さん…、わ、わたし、私は……!!」
「いいの。もういいのよ」

璃乃はネプティスの涙と鼻水を拭きながら、彼女の身体を抱き寄せた。

「今日は飽きるまでいっぱい話をしましょう。あなたの話を、私に聞かせてちょうだい」

★★★ 勝者 ★★★

No.5405
【スタンド名】
フローレンス・アンド・ザマシーン
【本体】
奏 璃乃(カナデ リノ)

【能力】
様々な「香り」を生み出す








当wiki内に掲載されているすべての文章、画像等の無断転載、転用を禁止します。




最終更新:2022年04月17日 15:59