第17回トーナメント:予選①




No.4971
【スタンド名】
ニュー・ファウンド・グローリー
【本体】
エミリアナ・セブロ・メサ

【能力】
スタンドが描いたものを具現化する


No.4082
【スタンド名】
クレセント・ロック
【本体】
藤島 六郎(フジシマ ロクロウ)

【能力】
殴った場所からロケットを生やす




ニュー・ファウンド・グローリー vs クレセント・ロック

【STAGE:船上】◆aqlrDxpX0s





藤島六郎(フジシマ ロクロウ)は優勝者の集まるトーナメントと聞いたときから、高揚感と共に一抹の不安が常に心の隅にあった。

六郎はこのトーナメントに出場するであろう者を何人か知っていた。
脚蛮醤、加賀御守道……彼らと戦う覚悟は六郎にはあった。

しかしただ1人、絶対に戦いたくない者がいた。
その者は、たった今同じ大型客船に、同じ甲板に、同じ優勝者として、出場者として、
対戦者として目の前に立っていた。


「藤島さん……」

エミリアナ・セブロ・メサ。

彼女は六郎が営む美容室の常連客だった。
六郎はエミリがスタンド使いであることも知っていたし、
エミリが自分が出場したのと同じトーナメントで優勝したことも、彼女が話していたので知っていた。

エミリも六郎がスタンド使いであることは知っていた。
その縁で一度六郎がエミリの想い人への告白を手伝ったこともあった。
(もっとも、その告白は未遂のまま失敗したのだが)

しかし、エミリは六郎が自分と同じトーナメント優勝者であるということは知らなかった。

六郎が話そうか考えているうちに機を失してしまったのだ。
そのことを六郎は今になって後悔していた。

今、相対したエミリの表情は、いつも六郎に見せる無邪気な笑顔ではなかったからだ。

「…………」

表情を曇らせたエミリは六郎と目を合わせないようにしている。

六郎もエミリに声をかけられないでいた。
予想はできていたはずなのに、不安の一方で決して対戦することは無いだろうとたかを括っていた。
こうして今になって、何も言葉は出てこない。
これから戦わねばならないということすら信じられないでいた。


しかし、すでに勝負の開始時間は過ぎていた。
この船が港を出たときから勝負は始まっている。
だが2人が甲板に立ってからもう港も見えなくなった今でも、2人はじっと動かないままだった。

六郎はつい先週の出来事を思い出す。


 ―――――――――――――――

 ――――――――――

 ―――――


六郎が営む美容室は駅前の裏路地にある。
小さな美容室の大きなガラス窓の向こうに軽い足取りでこちらへ向かう少女が見える。
少女がドアを開くと、可愛らしい鈴の音が鳴った。
それを聞いて、六郎は少女に笑いかけて迎え入れる。

「いらっしゃい、エミリちゃん」

「へへ、こんにちわ! 藤島さん」

「ん? なんだかいつもより余計に機嫌よさそうじゃない、どしたの?」

「んふっ、ちょっとイイマンガを発掘したんですよ! それでほら、大人買い!」

「おおっ! エミリちゃんが見つけるマンガはどれも面白いからなぁ……俺にも読ませてよ」

「ダメです! 私が読んでから!」

「あーっ、そう」

「それにこれは、ひとりでじーっくり読むようなマンガなんですよ! ここでは読みません!」

「へえ、どんなマンガなの?」

「それはですねぇ……」


少女はそのマンガを抱えるようにして持ち、はにかんでこう言った。


「恋人が不運にも敵同士になり、戦いを強いられるおはなしです」


 ―――――

 ――――――――――

 ―――――――――――――――


海面は不思議なほど穏やかだった。

甲板の上をウミネコがニャアニャア鳴いて飛び去っていく。

西の空には灰色の雲が広がっている。陸では雨が降っているのかもしれない。


六郎は正面を向いた。

エミリは下を向いて立ったままだった。

しかし、その傍らには『ニュー・ファウンド・グローリー』が漂っていた。


「ヨゥ優男ォ、ソノマンマジィーット立ッテルツモリカ!?」

ニュー・ファウンド・グローリーはいつものような明るい声で六郎に語りかける。

「ソンナンジャイズレ船酔イシチマウゼ! ソレトモ、モウ気持チ悪クナッテンノカ!?」

右手にはペンを持ち、空間に点を打つ。
そしてそのまま真横に線を引き、浮かび上がって直角の線を上に引いた。

さらに横へ、下へ。

ニュー・ファウンド・グローリーはエミリと六郎の間に4メートル四方の正方形を描いた。

六郎はエミリのスタンド能力を知っていた。
即ち、「描いたものを具現化する能力」。

「描かれた」正方形は端から徐々に具現化していく。

半透明になる正方形の向こうでエミリは顔を上げて六郎を見た。

エミリは笑っていた。
いつものような屈託のない笑顔とは少し違う、意地悪そうな笑顔。

しかしそれは、完全に具現化した正方形の向こうに消える。


具現化したそれは4メートル四方の大きな木の板。
厚さも10センチほどある木の板は真下にドスンと落ちて、六郎のほうへ倒れかかっていった。


――六郎は知っていた。
ニュー・ファウンド・グローリーは自我を持つスタンド。
しかし本人の意思に背いた行動をとることはまずない。
うつむいた彼女の傍らに現れたスタンドの行動はつまりは彼女の意思の表れ。

描いた巨大な木の板、倒れかかってくるそれは即ち、彼女の戦う意思だった。


「『クレセント・ロック』!!」

のしかかってくる木の板に対し六郎はすぐさまスタンドを発現させ、殴り続けた。
白銀に輝くボディのクレセント・ロックは体内エンジンをフル稼働させて拳を厚い木の板に打ち続ける。
倒れかかる勢いはおさまったものの、木の板が破られる様子は一切見られなかった。
六郎はスタンドのパワフルな見た目とは裏腹にパワーには自信を持っていなかった。

それでもなお打ち続けていたのは、破壊が狙いではなかったからだ。

「フッ飛ばせっ!」

木の板にはクレセント・ロックの能力により「エンジン噴出口」が取り付けられていた。
スタンドが打ち続けたエネルギーがそのまま推進力となり木の板は浮き上がった。
バランスを崩して弧を描くように飛んだものの、六郎は厚い木の板をはねのけることには成功した。


しかし、その先にエミリの姿はすでになかった。
六郎があたりを見回すと、船内へ入る扉が開いていた。

相手のスタンド能力を知っているのは六郎だけではない、エミリも同様だ。
六郎は、今のエミリの攻撃は単に時間を稼ぐためのものだったのだろうと推察した。
自分より先に、船内へ入るために。

六郎は後を追い船内へと向かった。


―― 主人公の2人はそれぞれ別の傭兵団に属する兵隊なんです。戦場で仲間として出会い、2人は惹かれあいました ――


―― 傭兵稼業では他の傭兵団へ移ることは簡単には許されません。2人は密かに会って傭兵仲間に悟られないようにしていたんです ――


―― それは2人にとって、戦争の苦しみの中でただひとつ心安らぐひとときでした ――


―― いつしか2人は、傭兵稼業をやめて共に将来を過ごすことを約束します。しかし、戦争はいっそう激しくなっていきました ――


―― 戦局は泥沼化し、多くの傭兵団で敵方への寝返りが横行しました ――


―― そして、2人は再び戦場で相見えることとなったのです ――



「敵として……ってねぇ」

六郎は船内の廊下に足を踏み入れた。

船内はホテルの宿泊フロアのように、長い廊下に等間隔にドアが並んでいた。
1本の直線の廊下とその両側に部屋が連なっている構造となっている。
廊下の端はこじんまりとしたロビーになっており、六郎の立っているもう一端は行き止まりで甲板への扉があるだけだった。

六郎の視線の先に、エミリが立っていた。
ロビーへの入り口の前で仁王立ちしている。


「藤島さんっ! 戦わなきゃ終わらないなら、私は戦いますよ!」

そう言ったエミリの表情には先ほどまでの陰りは見られなかった。
それは真の闘志なのか、それとも開き直りか、虚勢なのか六郎にはわからない。

「あれこれぐじぐじ考えるより先に行動っ! それは恋も戦いもいっしょ、です!」

ニュー・ファウンド・グローリーはまたも空中にペンを走らせる。
描いたのはプリンのような形の台形。ただし、その表面にさらに「4t」と書き込んでいた。
描かれたそれはしだいに黒く鈍い光沢をもった金属の塊に変化し、完全に具現化した直後に落下した。


「~~~っ!!?」

ドズンと鈍く大きな音とともに船が大きく揺れた。
六郎にはにわかに信じがたいことだが、「4t」と書いて本当に4トンの鉄の塊を生み出したのだ。

エミリはあらかじめ廊下の手すりにつかまっていたが、六郎は船の揺れでバランスを崩し廊下に尻もちをついた。

「ここからですよ!即席の、必殺コンボです!」

エミリは4tブロックを消し、ニュー・ファウンド・グローリーに新たな絵を描かせる。
手を腱鞘炎になりそうなほど高速でグルグル回し、小さな粒の球を生み出していく。

今度生み出したのは無数のパチンコ玉。
大きく揺れる船が元に戻る前にパチンコ玉は廊下をすべっていき、立ち上がろうとする六郎の足元へ向かっていく。

それはちょうど、足を持ち上げたスキマに転がっていった。

「うぉおあああっ!!」

六郎はパチンコ玉を踏み、すべって豪快に転んでしまう。
頭を強く打って視界がパチパチ瞬く。


「ふっふっふ……『ホームアローン』を参考に編み出した即興の技はどうですかー?」

(く……エミリちゃん……キミは、本気で……)

「さあー藤島さん! かかってこいってなもんですよー!!」


「本気でこんな戦い方をしてるってーのかっ!?」


六郎は船の揺れが小さくなったスキに起き上がると、
それと同時に床に転がるパチンコ玉を手に取った。

(こんな狭い場所では……コレくらいがちょーどイイッ!)

六郎はパチンコ玉を宙に放り投げると、前方へ向けてラッシュを放つ。
そこへ落ちてきたパチンコ玉はクレセント・ロックの拳を受けてまっすぐ前方へ飛ばされる。

すると、殴られたパチンコ玉は形を変えていき、ダーツの矢のようなロケットに変化した。
エミリの生み出したパチンコ玉は六郎のダーツのマシンガンとなってエミリのもとへ向かっていった。

「甘~いッ! 甘すぎるよ藤島さんっ! 私が去年のバレンタインで作った分量ミスのフォンダンショコラよりも甘いよ!!」

「知るかッ!」


ダーツ型ロケットはエミリのいる場所で次々と爆発していった。
ひとつひとつの爆発は大した威力ではないが、エミリが生み出したパチンコ玉の数だけロケットは生みだされ、次々とエミリに向かっていく。

「……やっちまったか?」

爆発で起きた煙が次第に散っていく。

「藤島さん……甘いと言ったでしょ」


煙の晴れた先には、エミリの姿は見られず、巨大な『盾』があった。

「その盾ひとつで受けきったっつーのか……?」

「ふっふっふ……『千年の盾』、守備力3000! 『滅びのバーストストリーム』だって耐え切る高い守備力!」

「な、何言ってんだ?」

「あーっ! 藤島さんもしかしてこないだ貸した『遊☆戯☆王』読んでないでしょ!」

「…………」

「おおっと……いけないいけない。戦いの緊張感が失われてしまう……」

エミリは構えていた盾を消し、立ち上がった。
エミリには傷どころか煤ひとつついていない。

「仕切りなおしだっ、ついてきな藤島さん!」

エミリは振り返り、ロビーへと向かった。
見失わぬよう六郎も後を追う。


廊下を走っていた六郎は、廊下の中央で分かれ道があるのに気づく。
しかし、そこを横切るとそれは分かれ道ではなく、掃除用具などを置くためのスペースだとわかった。

船内の廊下は1本の直線でなく、トの字のようになっているのだと六郎は理解した。

ロビーの方向から扉の開く音が聞こえる。
すぐにロビーへ向かうとエミリはロビーの扉から再び外へと出ていた。

「…………エミリちゃん」


ロビーから外へ出たエミリは、すぐにもといた甲板のほうへ向かっていた。
船の外側の通路を走って、六郎に追いつかれる前に甲板へ着きたかった。

エミリは、先週美容室で六郎に話した物語のつづきを思い出す。



―― 戦場で邂逅した2人……先に行動したのは女のほうでした ――


―― それはいつも密会するときの表情ではなく、戦場での顔 ――


―― 女は自分の恋人に対し、まるで他の敵と変わらないかのように攻撃を仕掛けたのです ――


―― 男は困惑しますが、かろうじて女の攻撃をかわします ――


―― 「なぜだ、自分のことを忘れてしまったのか」男は思いました ――


―― 男の想いとは裏腹に女は攻撃を次々と繰り出していきます ――


―― 男は、反撃をすることができませんでした ――



グラリ、と船が大きく傾いた。
エミリはバランスを崩すが、船の手すりにつかまって倒れずにすんだ。

船の手すりから海面を眺めた。
海面は穏やかで、これからまた船が大きく揺れる心配はなさそうだとエミリは思った。

エミリは再び甲板へ向かって走り出した。


―― 長く、長く女の攻撃は続きました ――


―― しだいに男はあることに気づき始めます ――


―― 女は、男が避けられるような攻撃しかしてこなかったのです ――


―― その狙いはすぐにわかりました ――


―― 「自分が男と戦い続けている間は、お互い決して死ぬことはない」 ――



「……『それが愛でなくてなんだ(ドヤァ』って言ってたっけ……あれ? そのあとどうなったんだっけ」

ロビーから外に出た六郎はエミリと同じ通路を通り甲板に再び戻ってきた。
しかしそこにはエミリの姿はなく、また最初と同じように船内への扉が開いていた。


「何が狙いなんだろうなあエミリちゃん……時間ばっかかけて、これじゃ勝負つく前に船が港についちまうんじゃ……」

六郎の足がピタリと止まる。
それはひとつの予感が頭をよぎったからだった。

「…………いや、まさかな」

六郎はエミリの思惑通り、船内へと戻っていった。


先ほどと同じ扉から六郎は船内へ入った。
何も変わった様子はひとつを除いては見られない。

変わっていたのは今度はエミリの姿がなかったことだ。
まっすぐ正面にはロビーの壁が見えた。

おそらくエミリは今度はどこかに潜んでいるのだろうと六郎は思った。
しかし、六郎は船内に並んだ部屋は調べようとはしなかった。
エミリが中でどんな罠を仕掛けているか予想は困難だし、対処はできないだろうと思ったからだ。

六郎はゆっくりと廊下をすすんでいく。


不安がいまだに心の中に残っている。

一番戦いたくなかった相手との試合。

先に動いたのはエミリだった。

エミリの攻撃は本気のものだったのか……

しかし、いずれは戦いを終わらせなくてはならない。



六郎は廊下の中央まで歩いてきた。
ちょうど分かれ道の分岐だった。

六郎は先ほど見た掃除用具などのおいてある行き止まりの通路のほうを見る。
掃除用具の立てかけてある先にはいくつかのロッカーやダンボールの山、そして一番奥に大きな木箱が置いてあった。

先ほど見たときとたったひとつだけ違っていたのは、木箱の存在だった。
しっかりと見たわけではないが、その1メートル四方の木箱は一目見れば気づいていたはずだ。

とにかく、これがエミリによって置かれたものであることは間違いない。

六郎は木箱のほうへ体を向ける。
周囲の音に気を払いながらゆっくりと、ゆっくりと歩みを進めていく。

そして、木箱に『クレセント・ロック』の手が届きそうになった瞬間、木箱の蓋が勢いよく開いた。

「バアッ、バアアアアアアアア~~~!!」

出てきたのはエミリのスタンドの『ニュー・ファウンド・グローリー』だった。

「そんなんで驚いてたまるかいッ! 『クレセント・ロック』、捕まえろ!!」

しかし、六郎はニュー・ファウンド・グローリーの先に、エミリがいないことに気づく。


「捕まるのは藤島さんだよ~~~っと!!」


突如、エミリの声が後方から聞こえてくる。
しかし振り返る前に六郎の体は背中から「棒のようなもの」で強く押されてうつぶせに倒されてしまった。

「よっしゃ、容疑者確保!」

エミリは両手で「さすまた」を持ち、六郎の体を押さえつけていた。

「な……エミリちゃん、あんたどこに潜んでたんだ?」

「残念でした~~この通路は『トの字』じゃなくて『十字』だったんだよ、はじめからね。
 最初にここへ入ったときに、十字の一方に『壁』を描いて隠してたんだよ。藤島さんは分かれ道はこの1本しかないと勘違いしてたんでしょ~?」

「それが……エミリちゃんの奥の手か」

「そうだよー、さてこれで勝負はついたかなぁ……?」

「…………」


六郎のモヤモヤとした気はいまだ晴れずにいた。
確かに今の状況はエミリの罠にまんまとはまってしまった様なものだった。

(だが、決着はまだついていない……しかし、どうする……俺は…………)


「……ねぇ、藤島さん」

エミリが六郎に語りかける。
いつもの活発なエミリらしい声ではなく、少し落ち着いた声。
それは、先週エミリが六郎の美容室で「物語」のあらすじを話しているときの声と同じだった。


「あの戦場の2人のお話ね……まだ続きがあるんだ」

「…………」



「――戦い続ければお互い死なずに済む……そう思っていたのはちょっとの間だけだったんだ」

「男のほうの傭兵仲間が、男を助けに来たんだ。そう、『敵対する女の傭兵を倒す』ためにね」

「男の仲間は2人の事情など知るはずがなかった。戦場では仲間を助けることなど当然の行為だった」

「女も、それに気づいた。しかしそれは男の仲間がすぐ目の前に来てからだった」

「振り下ろされる剣…………でも、斬られたのは男のほうだった」

「傭兵仲間の攻撃をかばって……恋人を守ったんだよ」

「男が最後に選んだのは、傭兵としての自分の命ではなく愛を守ることだったんです」



「……エミリちゃん」

「へへ、六郎さんとはトーナメントでは会いたくなかったなあ」


六郎は、エミリの狙いがなんとなくわかった気がした。

おそらくは自分を傷つけまいとして、戦い方を選んだのだ。

自分もエミリとは戦いたくないというのは察していたに違いない。

それでも、行動したのは彼女のほうだった。

相手を傷つけないように、決着をつけようとしたのだ。

(だが……俺は…………)


しかし次にエミリが目に涙を浮かべながら言った言葉は、六郎が予想だにしないものだった。



「藤島さん、私……『棄権』します」


「……え?」

「へへへっ、流れから藤島さんに降参してもらおーって腹づもりだと思ってたでしょー?
 残念ながら、藤島さんは私にとって恋人でもなんでもありませんかーらねーっ」

エミリはさすまたを手放して床に落とした。
六郎はその場で起き上がってエミリを見る。

笑ってはいたが、目からは涙がこぼれていた。


「ほんとは、最初から勝つ気なんてなかったんです。でも、ただすぐに降参するのもしたくなかった」

「…………どうしてなんだ?」

「藤島さんはこのトーナメントで何を得ようと考えているんですか?」

「俺が、得ようとしているもの……?」

「私も前のトーナメントのとき、ずーっと考えてました。何が欲しいのかなーって」

「…………」

「で、私はただここで出会った人と仲良くなりたいなーって思ってたんです」

「……エミリちゃんらしいな」

「もちろん、藤島さんとももーっと仲良くなりたいって思ったんですよ。あ、恋人としてじゃなくてですよっ」

「うるせえなあ」

「へへっ! ……実は、私にはもう欲しいものなんてないんですよ。優勝して、それで私の好きな人と結ばれるようになっても嬉しくないし。
 この世のマンガすべてもらっても、他の出場者に申し訳ないし、家に置くとこもないし」

「…………」

「だから私は藤島さんを激励するんです。藤島さんが、自分が欲しいものを見つけられるように」



「…………かなわねえなあ、エミリちゃんには」



 ―――――――――――――――

 ――――――――――

 ―――――


船が港につき、六郎とエミリは船から下りた。
迎えの車に先にエミリが乗り、走り去っていった。

エミリは窓から顔を出してぶんぶん手を振っていた。
六郎の視界から見えなくなるまで、ずっと。



「勝利の味はどうだ、藤島六郎?」

突然、背後から話しかけられて六郎はぎょっとして振り返る。
そこには全身黒ずくめのスーツに身を包んだ老いた男が立っていた。

「お互い傷つかずに決着がついてよかったじゃねえか」

「……いい気分、とは言えねえよ」


それを聞いて男はニヤリと笑う。

「戦いはすべて『見て』いたぜ」

「……それでも、俺が勝者だと認めてくれるのか」

「ああ、いくらおまえがあの子の意のままに動かされていたとしても、降参したのはあの子だ、それに……」

「…………」

「『王手』をかけたのはおまえも同じだったんだからな」

「……はあ、ホントに全部見てたんだな」

「あの子がはじめにロビーから出た後、おまえはロビーの壁にスタンドで『ロケット』を仕掛けていた。
 『おまえが船内の廊下で、もし身動きが取れなくなっても攻撃できるように』な。
 殴ったときのあのパワーの様子じゃけっこう大きなモノだったんだろう。船も大きく揺れたしな」

「…………」

「あの子も船の揺れにはもちろん気づいたが、それがおまえのやったことだとまでは思わなかったんだろうな。
 おまえが船内で押さえ込まれたとき、もしあの子が降参しなかったらどうなってたか……俺は楽しみだったがな」

「……俺はなにがあってもロケットを撃つ気はなかったよ」

「おいおい、ウソつくなよ。それじゃあロケットを仕込んだ意味もねえだろ? いずれおまえは撃つ気だったろうさ。
 ……まあ、もう結論は出てんだ。あの子が降参したわけだし、おまえが『詰んだ』状況ともいえなくもない。……あの子は気づいてないだろうがな。
 ま、おまえの勝ちを認めてやるさ」

「……そうかい」

「次の試合も、その次の試合も、おまえが相手の手のひらの上で踊りまくった上で相手が降参してくれたら、
 おまえは優勝できるかもしれねえなあ……ヒヒ、幸運を祈ってるぜ」


気味の悪い笑い声を残し、男は去っていった。


港にひとり残った六郎が思い浮かべたのはこれまで出会ったトーナメント出場者のことだった。

あのコロシヤさんなら、平和な日常でも望んだのだろうか、あの『物語』のように。
あの本好きヤロウだったら一日中本を読みふける生活でもしようと考えたのだろうか。
あの少女は、更なる成長を望んだのか。
脚蛮醤も目的があるとか言ってたっけ。
加賀御守道はどうしても自分の手で捕まえたいヤツがいるのだったか。


「オレの欲しいものか……」


藤島六郎は自分のガラじゃないと思いつつも、海へ沈む夕日をしばらく眺め続けていた。

★★★ 勝者 ★★★

No.4082
【スタンド名】
クレセント・ロック
【本体】
藤島 六郎(フジシマ ロクロウ)

【能力】
殴った場所からロケットを生やす








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最終更新:2022年04月17日 16:21