第17回トーナメント:予選④




No.4343
【スタンド名】
バッド・バード・ラグ
【本体】
煤架 耶樹(ススカ ヤギ)

【能力】
楔を打ち込んだモノを真っ二つに割る


No.4377
【スタンド名】
ニール・コドリング
【本体】
加賀 御守道(カガ ミモチ)

【能力】
インクを膨張させて造形して操作する




バッド・バード・ラグ vs ニール・コドリング

【STAGE:大聖堂】◆Zb4sdv40uw





 冷たい風が乾いた赤土を撫で、砂塵を巻き上げる。
 赤に濁った地平線の向こうから、餓えた野犬の遠吠えが寂寥感を運んでくる。
 人里離れた荒野のど真ん中、およそ似つかわしくない場所に、その大聖堂はあった。
 正面には豪華な意匠を施された扉が邪悪を拒むように聳え立ち、その両翼には天を突く様に鋭い尖塔が控える。
 その大聖堂は頭上から見ると、まるで大地に十字を切るような形をしていた。
 無論、それは西欧の大聖堂の建築様式としてはスタンダードなものではあるが、しかし。
 この大聖堂の成り立ちから邪推すれば、その十字架はあるいは異なる意味にも取れる。
 そんな秘密を暴力的とさえいえる静謐さで押し込めるように、その大聖堂は佇んでいた。

 そんな静謐さを物ともせずに、聖なる扉を足で押し開けて入ってくる人物がいた。

「お邪魔しまーす。しっかし、人の気配ひとつしないどころか、新品って言っても差し支えないくらい小奇麗な建物ね、これ」

「コレモ神ノゴ加護ッテヤツジャネェノカ?」

「あー。私の部屋を週一で掃除してくれる神様なら信仰してやってもいいわ」

「オイオイ、天使ニ小間使イヲサセルナヨ」

「つまり冥土のメイドってわけか」

「クソワロタ」


 赤土で汚れたコートを手で払いながら、加賀御守道(カガミモチ)は自身のスタンド『ニール・コドリング』と軽薄な会話を続ける。
 塵ひとつ浮かんでいなかった大聖堂の空気に赤茶けた靄が浮かぶ。

「しかし、もう一つ気になるところがあるんだよね」

 そういうと加賀はペラペラと手に持ったメモ帳をめくる。

「うちのデータベースでちょっと調べてみたけど、どうやらここ、一般には公開されてないみたいなのよね。熱心な信者のみが訪れることの出来る聖地なのかとも思ってたけど…………」

「アルイハ人ヲ立チ入ラセタクナイ『何カ』ガアルッテワケカ」

「少し調べてみましょうか、ここ。来る途中、看板にいたz……もとい情報工作もしたことだし」

「イイノカ、アレ、下手スリャ対戦相手、ココニ辿リ着ケモシネェゼ」

「その辺は抜かりないわ、ここに来るまでの道は看板のある分かれ道以外は一本道。それに車で通りすぎ
るには分からないけど、戻ってきて車から降りて看板を見れば、情報工作は一目瞭然だしね」

「ヤレヤレ、自覚ガアル分、質ガ良イノカ悪イノカ……」

「捜査協力は市民の義務よ」

「今日ハ非番ジャネーノカ」

「プライベートも警察官の自覚を忘れるべからずよ」

「警察官ガプライベートデ落書キシチャダメジャネ?」

「バレなきゃあ犯罪じゃあねえんだぜ…………」

「オイ警察官ドコ行ッタ」


 それからしばらく後、地平線の向こうから砂埃を巻き上げて黒一色のバイクがエンジン音とともにやってきた。
 大聖堂の前でブレーキをかけると、そのフルフェイスのヘルメットを被った男は少し辺りを見回して逡巡すると、扉のわきに停めてあった型落ちのセダン車の隣にバイクを停めた。

「あちゃー、やっぱもうお相手さんはご到着のようやな」

 全く悪びれる様子もなく煤架耶樹(ススカ ヤギ)はヘルメットを脱いだ。
 そしてバイクの傍らで大きく伸びをして、長時間の運転で凝り固まった体をほぐしていく。
 その動作に急ごうとする気概は微塵も感じられない。
 一通りほぐし終わると、扉の前でしばし立ち止まり、煤架は微かに顔をしかめた。

(『大聖堂』に、『トーナメント』か…………)

 煤架が思い出すのは、前回のトーナメントの第二回戦の出来事だった。
 自分が手にかけた名前も知らぬ少女と、その物悲しい瞳。
 16歳以前の記憶を喪失している煤架にとって、おそらく唯一であろう痛ましい『過去』。

(もう二度と、あんな戦いはごめんや…………)

 しかし、煤架は何の因果か、再びこうしてこの『トーナメント』に参加している。
 何故か? その理由は単純だ。
 失われた記憶を、取り戻すためである。
 煤架という青年は、これまで自らの過去に拘泥することなどしてこなかった。
 自分がどんな道を歩んできたとしても、前に進むしかない自分にとってそんなことは無意味だと割り切っていたからだ。
 だが、しかし。
 あの少女と戦ってから、自分の中に割り切れない思いがあるのを、煤架は確かに感じていた。

(俺には過去がない……今まではそう思っとった。けど、そんな人間なぞこの世にはおらへん。誰にだって拭いがたい過去があり、背負ってきた『因果』がある。俺はただそれをどっかにほったらかしてきただけや………………)

(あるいは俺にも、あの娘みたいな眼をしてたかもしらん……だからこそ、それをほったらかしのまま捨て置くわけにはいかへんやろ)

 だからこそ、煤架は再び戦うことを決意した。
 このトーナメントを勝ち抜くことが、あるいは何かの助けになると信じて。
 それは、今までただただ流され続けてきた自分に対する一つの『楔』なのかもしれないと思いながら。


「もしもぉーし、誰かおらへんかー?」

 ガランとした大聖堂の中に、およそ似つかわしくない関西弁が響き渡る。
 煤架が辺りを見回していると、上階から返事が返ってきた。

「へぇ、まさかこんな西欧の辺境で関西人に会うとは思わなかったわ」

「物珍シサデ言ヤァ、コッチモ似タヨーナモンダガナ」

 窓の開閉の為に作られたであろう上段の足場部分から顔を出したのは、草臥れたコートに身を包んだけだるそうな女性と、まるで黒子のように真っ黒な人型のスタンド。

「ドーモ、対戦相手=サン。カガ=ミモチデス」

「アイエエエ……ッテ、何言ワスンダヨ。ア、俺ハニール・コドリング。見テノトーリスタンドダゼ」

「はは、えらい賑やかなスタンドやな。俺は煤架耶樹、自己紹介は出来へんけど、こいつが俺のスタンド、バッド・バード・ラグや。よろしゅう」

 そういうと、煤架は物言わぬ自身のスタンドを傍らに発現させる。
 バッド・バード・ラグの鉄兜の奥の眼が、加賀とニール・コドリングを睨み据える。

「すまんのぉ、えらい遅くなってもーて。なんせ道中の看板に真っ黒なインクで落書きしくさった不逞の輩がおってな。それで倍ほど時間食ったちゅーわけや」

「あー、それは災難だったわね。まったく、そういう心無い悪戯は世界共通ね」

「ホント、心無イ人間ッテノハドコニデモ居ルモンダゼ」

「はは、ほんとやな。それはともかく…………」

 そういうと煤架は、スタンドに『楔』を構えさせ、不敵な笑みを浮かべる。
 その表情を見て、加賀も微かに口角を上げた。
 それは長年一線に身を置いてきた加賀の、臨戦態勢であり。
 手加減の必要ではない相手に対する『敬意』の表れでもあった。

「こうして無事に『出会えた』んや。もうとっくの昔に始まってるんやろ」

「当然」

 その声とほぼ同時に『バッド・バード・ラグ』の手から『楔』が放たれる。
 今ここに、第二回トーナメント優勝者と、第三回戦トーナメント優勝者の、戦いの火ぶたが切って落とされた。


 放たれた『楔』と同時に、煤架も加賀へと走りこむ。
 『バッド・バード・ラグ』が狙ったのは、加賀本人ではなく、その足場。
 何はともあれ、近距離型スタンドである『バッド・バード・ラグ』の間合いまで詰めるためまずは加賀を一階に引きずりおろそうという魂胆である。
 張り出した教会の床に『楔』が着弾し、スタンドの能力が発現する。
 パクリ、と勢いよく加賀の足元の床が割れ、彼女の体が宙に投げ出される。
 だが、しかし。

「『ニール・コドリング』!」

「アイ・アイ・サー!」

 加賀の掛け声と共に、傍らに控える『ニール・コドリング』の形質が変化する。
 加賀の手に握られているのは、黒々とした光沢を放つ一本のロープ。
 そのロープが自在に動き、加賀の体が一階へと落下する前に再び足場へと引き戻す。

(形質変化か! 厄介な能力やな…………形が自在に変えられるんなら、俺の『楔』じゃああのスタンドにダメージは与えられへんか……)

(飛び道具持ちの近接スタンドか……厄介ね。破壊の断面がやけに綺麗だから、それがあのスタンドの『特徴』かしら…………近距離遠距離共に器用貧乏な私の『ニール・コドリング』じゃあ中々に苦労するかも……)

 一瞬の攻防、その材料からお互いの能力を探り合う。
 しかし、悠長に思索にふける暇はない。
 煤架は次々と足場に『楔』を飛ばし続ける。

(この硬直状態……先に限界が来るのは私の方か。相手の弾切れに期待できるような状況じゃなし、足場が全て破壊される前にこちらから打って出る!)


 足元の足場が『割れた』タイミングで、加賀は自身のスタンドを『クッション』のように変質させて落下の衝撃を緩和すると、自身のスタンドを人型へと戻し、煤架へと攻撃を仕掛ける。

「ぶん殴れ! 『ニール・コドリング』!」

「ダァリャリャリャリャリャリャリャア―――――――!!!!」

 雄たけびとともに、真っ黒な人型が煤架へと飛びかかる。
 が、ここで怯むような煤架ではない。

(近接戦ならこっちの土俵や!)

「迎え撃つぜ! 『バッド・バード・ラグ』ッ!」

 そういうと、煤架は『ニール・コドリング』目がけて二発の『楔』をお見舞いした。
 が、『楔』は案の定『ニール・コドリング』の体表を抉り取るだけで『割る』能力は発動しない。

(やはり『液体』の性質を持つスタンド! こうなると近距離じゃあこっちが損するばかり……適当にいなして、本体の方をぶっ叩かせてもらおか!)

 『楔』を物ともせずに飛びかかる『ニール・コドリング』の顔面を、『バッド・バード・ラグ』の強烈な一撃が襲い『ニール・コドリング』の体はダイナマイトを飲み込んだかのように爆散する!
 が、それに驚いたのは加賀の方ではなく。

「こ、これは……!?」

「はっはぁー! まんまと策にはまったようね!」

 『ニール・コドリング』の特性は、インクと同化したその液状の体である。
 そのことは看破していた煤架だったが、しかし。
 『人型』を保ったまま飛びかかってくる『ニール・コドリング』を、真正面からぶん殴ることの危険性にまでは考えが及ばなかった。
 『液体』と化した『ニール・コドリング』が、頭上から飛びかかる勢いそのままに煤架を襲い、その形質を再び『ロープ』へと変質させ、煤架の体を締め上げていた。


「ドウスル、ヤギサンヨォー。コノママ降参スルカ、ソレトモ俺ニ絞殺サレルカ?」

 両手を背中で拘束された形になった煤架は、大聖堂の大理石の床に這いつくばる形となった。
 脅迫の言葉とともに、ロープ状になった『ニール・コドリング』が徐々に煤架の首へと伸びる。

「煤架くん、だっけ? 悪いけど、もう拘束を緩める気はないわ。どれだけ縄抜けに自信があろうと、流動するロープから逃れられるとは思わないことね」

 加賀は煤架に近づいて降参を勧告した。
 無論、これは本体から離れれば離れるほどパワーの弱まる『ニール・コドリング』の弱点を補い、拘束を強めるためである。
 そして、これだけ近づけばもう拘束が解かれる危険はないだろうと、加賀は少しだけ気を緩めた。
 が、煤架の瞳を覗き込んだ瞬間、加賀は少しでも警戒を解いたことを後悔することとなった。
 煤架の瞳に浮かぶのは、諦めでも絶望でもなく、溢れんばかりの闘争心。

「縄抜け? 違うね。俺がやるのはもっと大胆なことさ」

「ッッ!! 『ニール・コd』」

「遅いっ!!」

 『ニール・コドリング』の真っ黒なロープが煤架の首に伸びるより早く、煤架は『楔』を自分の両腕の付け根と、そして大理石の床に打ち込んだ。
 煤架の両腕が一瞬、根元から完全に割れて『ニール・コドリング』の拘束が解かれる。
 と、同時に煤架の下にパクリと、地下へと続く穴が生み出された。
 煤架の体という支えを失い、空中に投げ出された『ニール・コドリング』が重力のまま落下する煤架の体を捉えるより速く、煤架は穴の奥へと飛び込んだ。
 眼下に広がる真っ暗闇に目を落としながら、加賀は奥歯を噛み締める。

「チッ、マンマトシテヤラレタナ。アイツノ能力ハ『破壊』ジャナクテ『修復』ガ肝ダッタッテワケカ」

「ふぅー、全く、ヤレヤレだわ。こういう時、なんていったかしらね」

「相手ガ勝チ誇ッタ時、ソイツハ既ニ敗北シテイルッ」

「言いえて妙ね……でも幸いにも、こっちはまだ敗北してない」

 そういうと、加賀はコキリ、と首を鳴らして腰に手を伸ばす。
 その手に握られていたのは、黒光りする凶器。
 その引き金に手をかけて、加賀は音もなく闇の中に飛び込む。
 冷たい決意を、瞳の奥に宿らせて。


 煤架の予想に反し、床下には広い空間が広がっていた。
 本来であれば、二度と光を浴びることなど無かったであろう地下の隠し部屋である。
 やがて眼が慣れると、そこには驚愕の光景が広がっていた。

「おいおい、なんやこれは…………!?」

「十五世紀の最新技術ね。あるいは人間の残虐性の限界に挑戦したオブジェ、と言ったところかしら」

 頭上の穴から差す光に照らされて、そこに並んでいたのは所狭しと並ぶ拷問器具の数々だった。
 いや、それはもはや拷問器具とさえ呼べない。
 いかに残虐に人を生きながらえさせ、苦しめるかということに主眼を置いた処刑器具。
 それらは遥か昔に魔女と呼ばれた異教徒たちの血を啜った嘗ての輝きを、この地下室で失うことなく眠り続けていたのだ。

「一体、誰が何の目的で……」

「布教、娯楽、威圧、治安維持、あるいは狂気。うわ、すごい、あっちには紙の資料まである……『魔女狩りの負の遺産』これが無人の大聖堂の秘密ってわけね…………あーあ、この手の事件は管轄外だってのにな…………」

 加賀の愚痴にも似た独白は、しかし途中から煤架の耳には届いていなかった。
 処刑器具の群れの向こう、壁に掛けられた一枚の絵画。
 そこに描かれていた、群衆の中打ち首になる寸前の魔女の顔に、見覚えがあったからだ。
 いや、見覚えがあるなどと言った次元の話ではない。
 煤架はこの顔を知っている。
 遥かに時を隔ててなお、絵の向こうにいる誰かを睨み据える様なその瞳を。
 本来であれば、この時代の絵画で魔女が美しく描かれることなどありえない。
 だが、この絵の描き手はあくまで写実的に、その時の様子を自らの筆で後世に伝えていた。
 耳の奥で心臓がばくついている。
 拭いがたい過去。
 命を賭けた戦いの末、手にした勝利。
 だが、死してなおその戦いは、煤架を離そうとしなかったということか。
 その絵の額縁には題名が刻まれていた。

『魔女グレイシア・ハミルトンとギロチン』


「…………ちょっと、聞いてるの?」

 加賀のイライラしたかのような口調に、煤架は辛うじて自分を取り戻した。

「お、おう、すまんな。ちょっと嫌な事思い出してしもうてな」

「ホントに聞いてなかったのね。何も言わず撃てばよかったわ……」

 その段になって、ようやく煤架は加賀の手に握られた拳銃に気付いた。
 だがむしろ、そのリアルな『凶器』が、煤架の意識を鮮明にした。

「…………ほぉ、おもろいやないか。その拳銃と俺のスタンドで、速さ比べっちゅーわけかい」

「そうね。抜きな! どっちが早いか試してみようぜ。ってやつだぜ」

「あんたはもう抜いてるやないか…………あんた時々、口調が不安定になってへんか?」

「こっちの話よ。あえて言うなら、ジンクスみたいなものね」

「へっ、ジンクスかいな。俺にもあるで。『大聖堂』で『拳銃を持った女』には負けたことがないッちゅな!」

 言うが速いか。
 煤架は傍らに『バッド・バード・ラグ』を発現させ、加賀目がけて走り出す。
 煤架の頭に、不安材料がなかったわけではない。
 今まで近接戦を避けてきたかのような立ち回りをしていた加賀が、あえて自身と対峙するかのように自らの姿をさらしたこと。
 そして、あれだけお喋りだった彼女のスタンド『ニール・コドリング』が一向に姿を現さないこと。
 しかし、楽観こそできないが彼女の切り札が『拳銃』だというなら、煤架にはその銃弾を弾いて見せるだけの自信があった。
 以前の戦い、煤架にはこれとちょうど同じ間合いで放たれた弾丸を弾いた経験がある。
 『バッド・バード・ラグ』にもすでに『楔』を構えさせている。

(この勝負…………恐らく一瞬や。あの姉ちゃんが放つ弾丸が俺を貫くか、あるいは俺の『楔』が……)

 思い出したくもない過去がフラッシュバックすることを忌避し、煤架はその先を考えないようにした。
 この間合い、注意すべきは最初の一発。
 それさえ躱せば、あとは体の動きだけで銃口を避けれる間合いにまで詰められる。
 万一お互いのスタンドでの殴り合いになったとしても、本体を狙って攻撃すれば、『ニール・コドリング』の液状の体でこの『バッド・バード・ラグ』の一撃を防ぎきれるとも思えない。

(さあ、来い!)


 確かに『バッド・バード・ラグ』のスピードをもってすれば、放たれた弾丸を防ぐことは不可能ではないだろう。
 だが、しかし。
 それは彼女が持っているモノが、確かに『拳銃』だった場合だ。
 加賀が引き金を引き絞る。
 しかし銃声が響くことなく、代わりに銃口から飛び出したのは、黒い液体。

「ちょッ…………!!」

 意識の全てを『銃口から放たれる弾丸』に集中していた煤架の反応は、一瞬遅れる。
 彼女の手に握られていたのは『拳銃』などではなくただの『水鉄砲』であった。
 だが、いくら水鉄砲とはいえ最近の水鉄砲の水圧は馬鹿にならない。
 そこにスタンド自身の推進力が加われば。

「ヒャアハハハハハハハハハ!! 呼バレテナイノニジャジャジャジャァァン!!」

 高らかに叫ぶ『ニール・コドリング』は、液状の体のまま煤架に突っ込む。
 反応しきれずに煤架はその液状のスタンドをもろに顔に食らってしまう。
 尤も、完全に反応したところで、能動的に動く液状のスタンドを真正面から放たれてしまえば、避ける術など存在しないのだが。
 体内に侵入した『ニール・コドリング』は、のどを通り、気管に侵入を試みた。
 気管に液体が詰まれば、わずかな量でも人は一瞬で意識を失う。
 これが、加賀の必殺の一撃であり防御を捨てた『ニール・コドリング』の不可避の攻撃手段である。
 だが………………、

(この『水鉄砲』を使わせたあなたは確かに賞賛に値する強敵だった、けれど……)

 高らかに、勝利宣言を叫ぼうとした加賀の口が、開いたままで固定された。
 思いもしない光景が目の前には存在していた。
 確かに『ニール・コドリング』が一度体内に侵入してしまえば、取り除くのはほぼ不可能である。
 そう、『体を掻っ捌いて取り出す』以外には。
 部屋中に血液をまき散らしながら、煤架の『上半身の輪切り』が、加賀目がけて飛んできていた。


煤架は銃口から放たれた液体を見て、防ぎようがないことを確信した。
 顔に『ニール・コドリング』が取り付き、口から、鼻から体内に入ってくる様をひどくスローモーションで知覚した。
 そして本当に唐突に脳裏に浮かんだのは、ギロチンの下で煤架を睨み据える一対の瞳。
 その顔は以前会った少女と同じ顔であったが、しかし。
 彼女の顔に浮かぶ表情は、決して悲壮感に満ちたものではなかった。
 大切な誰かを守ろうとする、決意に満ちた双眸。
 悲しい瞳をした、名も知らぬ少女はこれほどまでに誰かに思われていたことを知っていたのだろうか。
 あるいは、俺にも…………

(まだや……)

 まだ脳の中に酸素は残っている。

 ____どっちが速いか勝負ってやつだぜ!

(…………速さ比べなら、負ける気せえへんなぁ!)

 煤架は『バッド・バード・ラグ』の拳を振り上げると『ニール・コドリング』が気管へ到達するより速く、自身の体に『楔』をブチ込んだ。
 首が、胸が、胴体が、離れて飛んでいくのを感じる。
 いや、感じるなどいったと生易しい話ではない。
 勢いのままゆっくりと回転する首は、確かにその鋭利な断面を『視認』していた。

(ギロチンや…………ギロチンほど鋭利な刃物で頭を落とした場合、首を落とされた人間は少しの間は意識を保ってられるそうやないか…………なら、俺の『バッド・バード・ラグ』でも変わらへんやろ!)

 『バッド・バード・ラグ』の能力は『楔を打ち込んだものを割る』能力。
 煤架の体は、血液も含め綺麗に割れるが体内に入り込んだ異物である『ニール・コドリング』はそうはいかない。
 故に、走りこんだ勢いそのままに輪切りとなった煤架の体に『ニール・コドリング』は追いつけない。
 呆けたように固まっている加賀の首元に、能力を解除して元通り一つに繋がった煤架のスタンド『バッド・バード・ラグ』が楔を突きつける。

「参りました聞くまで、俺は一切油断はせんで」

 切り傷のように首元に滲んでいる血液を撫でながら、煤架はどう猛な笑みを浮かべた。
 加賀は数瞬の間、声を発することはなかったが、それは抵抗というよりはまだショックから立ち直れていないという方が正しいのだろう。
 数回、大きく瞬きをした後、加賀は手に持った水鉄砲を落として、両手を上にあげてため息をついた。

「OK、わかった。『参りました』よ」


 その声を聞き届けると、煤架は肺の中の空気を吐き出しながら、膝から崩れ落ちた。
 いくらスタンド能力で完ぺきに繋いだとはいえ、一度はばらばらになった上に、大量の血液をばら撒いてしまったのだ。
 断面から元に戻る『バッド・バード・ラグ』では、失った血液までは取り戻せない。
 そのまま眠るように意識を失った煤架を見下ろしながら、加賀は天を仰いで嘆息した。

「あーぁ、負けた。負けちゃった。おまけに勝者は足元で眠ってるとくれば、これは笑うしかないわね」

 自嘲するように嘯いた加賀だったが、その口元には自然と笑みが浮かんでいた。
 血液の中からなんとか這い出してきた『ニール・コドリング』が加賀に尋ねた。

「アー、今ナラコッチノ勝チッテコトニシテモバレナインジャネ?」

「うん、まず間違いなくばれないだろうね」

 そういうと、彼女は倒れ伏している煤架の体を担ぎ、フラフラと頼りなく立ち上がる。

「オ、オイ……マジデ?」

「でも、そんなことしたら間違いなくヤギ君に『バラされちゃう』でしょ?」

「……ハッ、チガイネェナ」

 そんな風に、いつもの調子で軽口を続けながら、勝者を担いだ敗者は覚束ない足取りで様々な因果を孕んだ『大聖堂』を後にしたのだった。


 煤架が目を覚ましたのは、見慣れない病院のベッドの上だった。
 最初に頭に浮かんだのは、どうやら自分は負けたらしいということだったが。
 ベッドの傍らに控えていた立会人と名乗る男に一部始終を聞いた。
 対戦相手、加賀御守道は、わざわざ煤架を自分の車で病院まで運んだ上にVIP待遇で治療を受けられるように取り計らってくれたとのことである。
 現在は、あの『大聖堂』に眠っていた歴史的スキャンダルの事後処理に奔走しているそうだ。
 次の対戦の日取りは追って知らせる。
 そういって男が部屋を後にしようとする。
 が、扉の前で立ち止まり、そうそう、と煤架の隣の机を指差した。

「その新聞、今日の朝刊なんですがね。中々面白い記事が載ってますよ」

 では、と会釈をして男が去ったのち、机の上に置かれた新聞に目をやると、こんな西欧の辺境に、ご丁寧に日本語の新聞が置いてあった。
 さる高名な政治家のスキャンダル。
 年中行事の金融危機。
 ひき逃げ犯を見事逮捕した、エトセトラ。
 それらのある意味他愛無いともいえる記事に紛れて、本当に小さく、その記事が載っていた。

『キリスト教会が隠していた歴史の真実、ロンドン市警の加賀警部によって明らかに』

 普通なら見落としてしまうような小さな記事。
 だが煤架は、自分の手が震えていることに気付いた。
 曰く、魔女狩りによって長年迫害されていたある一族は、本当は小さな村を救った功労者であったこと。
 曰く、キリスト教会はその一族に正式な謝罪文を公表したこと。
 曰く、キリスト教会はその人物を聖人の列に加えることを検討していること。
 新聞の記事が涙で滲んでいるのを見て、初めて煤架は自分が涙を流していることに気付いた。

 15世紀、魔女狩りによって数多くの辺境の村を『布教』していった教会。
 彼らは魔女の存在を信じていたのかはわからないが、あるいは彼らは、時には神のもたらしたものではない不思議な力を持つ者と出会うこともあったのかもしれない。
 その力が『魔女』の手によるものか、或いは『スタンド』の能力によるものか。
 今となってそれを語ることには何の意味もないだろう。
 だか、その当時の人々が神の手によらない奇跡を目の当たりにしたとき、その奇跡が、何の変哲もない一人の少女の手によるものだったにしろ想定しうる反応は、畏怖か迫害しかないだろう。
 あるいは荒野にポツンと佇む『大聖堂』自体が『魔女』を葬る『十字架』だったのかもしれない。
 だが、何百年にも渡る『魔女』の系譜、その末裔が最期に残したのこの奇妙な因果。

 ただ、一人の少女の魂が救われ。
 一人の青年が少女の魂の為に涙を流した。
 ただそれだけのなんでもない因果は、はたして何と呼ぶべきなのだろう。

★★★ 勝者 ★★★

No.4343
【スタンド名】
バッド・バード・ラグ
【本体】
煤架 耶樹(ススカ ヤギ)

【能力】
楔を打ち込んだモノを真っ二つに割る








当wiki内に掲載されているすべての文章、画像等の無断転載、転用を禁止します。




最終更新:2022年04月17日 16:16