第17回トーナメント:準決勝①
No.4082
【スタンド名】
クレセント・ロック
【本体】
藤島 六郎(フジシマ ロクロウ)
【能力】
殴った場所からロケットを生やす
No.5002
【スタンド名】
ブレイク・フリー
【本体】
相羽 道人(アイバ ミチト)
【能力】
触れたものの「束縛」を解放させる
クレセント・ロック vs ブレイク・フリー
【STAGE:商店街】◆Vsyfe2xP/6
───その少女は、とんと光沢を失った暗い瞳を彼方の夜空へ向けながら、一人商店街のアーチ横にある西洋風の街灯の下に佇んでいた。
時刻は既に深夜の12時を回っていて、ほど近くに新幹線も通っている駅があるにも関わらず、周囲に人の気配は感じられない。
だからこそ少女の存在は異質であった。
カエルの姿を模している、流血表現や頭に突き刺さるナイフの装飾など、グロテスクなデザインが印象的な縫いぐるみをか細い腕で潰れるほど強く抱き。
素人目にも高級品だと判別できる漆黒のドレスをその華奢な体に身に纏う。
背後の黒に、つい最近原因不明の火災によって焼け落ちたという通りの闇に溶け込むように。
「……星」
ふと、少女はただ暗がりの広がっている視界の端で何かが揺れたような気がした。
しかし少女は微動だにせず、ただ闇雲に夜空に浮かぶ光の粒を目で追っていく。
彼女の心が件の『揺れ』に動かされなかったので、当然体もそんなものに反応しなかったのだった。
「……月」
「あー、お嬢ちゃんがオレの対戦相手か? スタンド使いのトーナメントの。
だとしたら、俺は一回戦の時から本当にツイてねぇな……」
今度は少女の気のせいではなく、不意に響いた声によって『揺れ』はハッキリとその存在を主張してくる。
「最上級で戦いにくい性別とトシだ。
これはエミリちゃんと同じくらい嫌な組合せだなァ」
やがて向こうから、此方に歩み寄る『揺れ』の風体が現れ始めた。
声と合わせ、点在する街灯に淡く照らされて朧気に確認できる輪郭は成人した男のそれである。
「……人工衛星」
「あれ、俺の声聞こえなかったか? それとも答えたくないのかい? 」
綺麗に刈り揃えられた顎髭を擦りながら、もう目と鼻の先にまで来た『揺れ』の男は、少女が果たして自身の敵となるのかを知るために質問を投げ掛ける。
「……流れ星」
一昨日届いた二通目の招待状に案内されるがまま、トーナメントの二回戦に参加するため遠方から遥々やって来たその正体は、藤島六郎(フジシマ ロクロウ)である。
「可愛いカエルの縫いぐるみだな……ゴメン訂正する、やっぱ可愛くないわ」
六郎はいよいよ少女と対面すると少しでも彼女の気を引くつもりで、試合前の挑発も兼ねて縫いぐるみを小突いてみせた。
すると『グエッ』と口の中からやけにリアルな音が出たので、六郎は内心僅かにビビってしまった。
「……旅客機」
「どうやっても無視かよ。そういうのが一番傷付くんだぜ、俺みたいな年頃のオッサンはよ」
「……人工衛星」
「あ! そうかそうか! なんか探してんのかな、君。
もしかして……UFO? 」
「……人工衛星」
六郎が挫けずに話を続けようとするも、少女は相変わらずに一人ぶつぶつと呟いて空を見上げたまま石像のように固まっていた。
「そんな空一杯に人工衛星が見えるか?
……ったく、埒が明かねェ」
「もう試合時間になっちまうってのに」
六郎がやれやれと溜め息を吐き、一旦この場を諦めて何処かに隠れているであろう立会人の登場を待たんとした矢先。
丁度アーチの支柱にもたれ掛かって、タバコとライターをどこに仕舞ったか上着のポケットを漁っていた時である。
彼女がずっと大事そうに抱いていた例のモノ……
「ゲロゲーロ! ゲロゲーロ! 」
「ッ!?
ぬ、縫いぐるみが鳴いたぞッ! 今確かにゲロゲーロって……ゲロゲーロって!
お嬢ちゃんのッ! おいッ! 」
「……星」
「歓迎シヨウ、挑戦者ヨ!
ヨウコソ! とーなめんと二回戦ノ火蓋ハ遂ニ切ッテ落トサレル! 」
「うわ、お嬢ちゃん! コイツなんか普通に喋っちゃってるよ今度はッ!! 」
「……月」
「エエイ、サッキカラ喧シイゾあごひげ! 静粛ニシロ! オ前ハ発情期ノ牛蛙カッ!」
……カエルの縫いぐるみが騒ぎ始めた。
六郎に怒っているのか、アクリル製のドールアイを忙しく動かして、エナメル生地の舌を乱舞させている。
それ誰がどう見ても縫いぐるみの『仕様』では片付けられない異常現象だった。
動きは激しく口調は底抜けに明るくて、持ち主である少女の無感動との温度差が底知れない不気味さを醸し出している。
「あっ、あご……まあ確かに俺のチャームポイントはこの顎髭だがあんまりに安直すぎる名前だぞ……。
て言うか、お前は正しく何なんだよッ! 最近流行りの喋る縫いぐるみとかか? 」
「イイカ……三度目ハ無イゾ、黙レ! ソシテチョットバカシ静カニ話ヲ聞ケ! 」
「えっ……あぁ、スマン」
六郎は取り敢えず口を閉じ、目の前で気色の悪い挙動を繰り返す縫いぐるみの言うようにした。
すると縫いぐるみは満足そうに腕を組んで、縫い糸が解れかけている首を縦に振った。
「ゲコッ、ソレデイイ。 ……オ前ハ藤島六郎デ間違イナイナ?
ナラバ先ンジテ名乗ラセテモラオウ、我コソハ今日ノ試合ノ立会人、『カエサル・カエ=ル・ゲコリウスⅦ世』デアル!
ソシテ、初メニ言ッテオクガ、オ前ノ対戦相手ハ既ニ到着シテイルゾッ! 」
「ちょ、ちょっと待て! 」
「ナンダ! 」
「……月」
六郎はすかさず、自称ゲコリウスⅦ世が矢継ぎ早に吐き出す説明の間隙に口を挟んだ。
少女の方は未だに意図不明の呟きを不定期で止めないので少々タイミングに苦労した。
「お前が喋り出してからの展開が速すぎて状況が全く飲み込めないんだがッ! つーか俺にも質問させろっつーの!
そもそもお前はこの女の子のスタンドなのか、から話を訊きたい! 」
「ソウダ! 我ハすたんどデアルゾ! 」
「ああ、じゃあこの女の子が本体かつ立会人なんだな? 」
「チガウ! 立会人ハ我ダト言ッタダロウ!
主人ハ我ガ意識ヲ保ツタメノ『じぇねれーたー』ノヨウナ役割シカナイシ、ソレ以外ハ何モデキナイ! 」
「えーと、簡単に言うと女の子はお飾りでスタンドが立会人って……あっ、まずお前人じゃねーじゃねーか! 」
「ソンナ!? 」
「知らなかったのかッ!? 」
ゲコリウスⅦ世は突然、信じられないとばかりに素頓狂な声を上げるとガパリと大口を開けたまま震え出した。
「ソノ先ニ主人ガ居ルンダゾッ!! 」
「? 誰に話して…… 」
束の間の突っ込み役に回ってしまった六郎にはその反応の意味が分からなかった。
それから風を切る音に端を発し、六郎がもはや手遅れだと理解するまで、そう時間は掛からなかった。
「『ブレイク・フリー』ッ!! 」
「ぐがっ……」
青年のものと思しき雄叫びが後方から発せられ、それから鉛の砲丸を撃ち込まれたと錯覚する程の鈍重な痛みが襲った。
続けて、間髪入れずに六郎の無防備な背中へと押し寄せる鉄拳の嵐、嵐、嵐。
一発毎に口端から鮮血が弾け、耳障りな骨折りの旋律が弾かれるようだ。
「うぐああッ!! 」
六郎は何とか対抗するためスタンドを発現させようとするが、それすらも推定青年の拳は許さない。
「ッオラァ!」
「ぐっふ……! 」
一頻りのラッシュの後、内臓まで抉り取るような強烈無比のアッパーによって六郎の体は地球の引力に抗い宙に浮く。
「オオッラァッ!!」
そして最後の一撃と言わんばかりの渾身の正拳突きを鳩尾に食らい、 六郎は皮肉にも自身の能力であるロケット弾のように横方向へ吹き飛ばされた。
必然的に、六郎と向かい合っていた立会人の本体である少女を巻き込む形で……。
「うぐおぁああああああっ!! 」
「……人工衛ひぅ!? 」
アーチの先に積み上げられた商店街通りを分断する黒焦げの瓦礫の山。そこに六郎と少女の体が衝突し、あまりの衝撃によって爆発音にも似た空振を引き起こした。
不幸にもこの時、揺れでバランスを崩した瓦礫の一部が二人の倒れているであろう場所に降り注いだ。
「成功した……のか」
『ブレイク・フリー』、自らのスタンドの名をそのように叫んだ青年はゆっくりと瓦礫の方へ歩き出した。
傍らには常にスタンドを控えさせ、未だ能力が不明の相手に遅れを取らないよう予期せぬ反撃に備えておく。
そうして万全の状態を整えた上で、青年は二人の居所を探してみたが、瓦礫の外側からは彼等の姿を確認できない。
「もう必要は無いかもしれませんが、……俺の名前は相羽道人(アイバミチト)です。
藤島六郎さん、あなたは卑怯な真似をと思ったでしょうけど……」
「……ぅ」
「あなたが到着する前にカエルみたいな立会人さんが俺にこう言っていましたから。
今回の戦いは『バーリトゥード』……何でもありだと」
ミチトは憮然として、生きているかも定かでない相手に対し、丁寧に言い訳をした。
これは彼が罪悪感から逃れるための言葉などではなく、この奇襲が一回戦の腹いせ、つまり『八つ当たり』ではないと自分自身に言い聞かせるためだった。
本音を言えば、立会人と少女をもまとめて吹き飛ばしてしまったのはミチトのボーンヘッドであり、そこに多少の罪悪感を覚えはしたのだが。
「ちょっと……いやかなり本気で殴りすぎたかなぁ。
カエ……ゲコリウスⅦ世と女の子まで一緒に吹き飛んじゃったし、無事だとは思うんだけど」
ミチトが一人険しい顔で先程の反省をしていると、まだ直前の衝突で煤や埃が舞っている中、手前の瓦礫が俄に持ち上がった。
「……無用の心配だったみたいだ」
瓦礫の山へ突っ込んだ二人の並びからすると、脱出しようと動いているのは藤島六郎の方だろうか、とミチトは推察した。
(流石、伊達に優勝者トーナメントの初戦突破者じゃないってことか。 一筋縄ではいかないな……うん。
そうこなくっちゃ、面白くないッ! )
そんな嬉し半分、残念半分の複雑な感情を抱いた後、ミチトは頭の中を完全なる戦闘モードへ切り替える。
スタンド、『ブレイク・フリー』の拳にも主の殺気に押されるように自然と力が入っていく。
「ゲコ……チガッ」
しかし、それが正体を現すと、ミチトは思わず拍子抜けして、同時に彼の存命にホッと胸を撫で下ろした。
瓦礫の隙間からひょこりと顔を覗かせたのは、煤汚れて真っ黒に変色してしまったゲコリウスⅦ世だった。
自力で身動きの取れなくなった少女を助けるために、自慢の長い舌をロープ代わりにして彼女の腰にグルグルと巻き付け、気合いと根性で引っ張り出てきたのだ。
「……けほっ」
少女は出てきたそばから息苦しそうに咳き込んでいる。
ミチトが見た限り、彼女の体には特に目立った外傷は無く、顔や露出した腕に掠り傷が幾つか付いているだけだった。
恐らくあの時、六郎は衝突の寸前で咄嗟に体位を入れ換えて少女を抱き抱える形になって、そのまま二人分の衝撃を一身に受け止めたのだろう。
「違ウ! ……ゲロッゴホッ! 我ガ言ッタノハ 『ばーりとーど』ダ、『とーど』ッ!
『我ト主人ニ対シテ以外ハ何デモアリ』、ダ!
モウ……二度ト間違エルナッ! 」
ゲコリウスⅦ世も薄汚い色合いに変わってしまった以外は、随分と舌好調の様子である。
「あぁ……! 良かった生きてたんだ!
もし死んじゃってたら……どうしようかと思ったよ」
「フン、白々シイ。 ソモソモ最初カラ相手ヲ殺ス気デ殴ッテナイダロウ。
カトイッテ、藤島六郎ガ立チ上ガレル程手加減シタ訳デモナイヨウダガナ」
そうあんまり憎々しげに言われたので、ミチトは悪戯っぽく当たり前でしょ? と薄く笑いながら言い返した。
ゲコリウスⅦ世はそれが気に食わなかったのか、ミチトの返しを無視すると、棒立ちしている少女に対して自分を抱き直すよう指示を出した。
「フゥ……手間ノ掛カル主人ダ。
ガ、ヤハリ我ノ安ラギノ場ハ此処ダケダナ」
安寧のレギュラーポジションに戻れたことで、ゲコリウスⅦ世の機嫌も直ったようだ。
集中力と体力温存のために、ミチトは一時的にスタンドを解除する。
「ソレニシテモ、我ガ主人ニマデ危害ヲ加エルトハナ───相羽道人、話ニ聞イテイタ人物像トハ大分異ナルゾ。
オカゲデ精神的ニハ死ンデシマッテイル主人ガ、今度ハ肉体的ニモ破滅ヲ迎エルトコロダッタ」
「対戦相手を確実に倒すこと一点に集中してたから……うん。
今のやっぱ無し、頑張って考えたけど俺には君に返す言葉も無いよ」
「ホッ、返ス気デイタノガ驚キダナ」
恨み節を延々と垂れ流すゲコリウスⅦ世と申し訳なさそうに受け答えするミチトをよそに、少女はまた何事もなかったかのように夜空を眺めていた。
「いや、でも俺は本当に心配してたんだよ? 立会人はともかく、本体の女の子は怪我とか大丈夫かなって」
「オイ」
「あッ! ごめっ、口が滑った。
また余計なこと言っちゃって……」
「……」
「そ、そんなことよりも、試合の決着はもうついたんだからさ!
夜も大分更けてきたし、ジャッジを下して早く終わらせようよ」
ミチトの急かしに、ゲコリウスⅦ世は訝しげな面持ちで言う。
「ウ~~~ム。
残念ダガ、仕留メ損ナッタナ。藤島六郎ハマダ、オ前ト戦ウ気満々ノヨウダゾ? 」
「え? 」
瞬間、背筋に悪寒が走った。
ミチトは額に手を当てて初めて、自分が冷や汗を掻いていることを理解する。
「まさか……」
第六感とでも言うべきか、スタンド使い特有の精神センサーが全身全霊に『危険』だと警鐘を鳴らしているかのような感覚。
(『来る』のかッ! )
「『クレセント・ロック』ゥゥーーーッ!!」
「な─── 」
突如として辺りに響き渡った爆轟音を皮切りに、六郎が埋まっていた辺りの瓦礫群が天に爆ぜる。
否、『飛び立った』のだ。瓦礫の一片一片がミサイルポッドのようになり、無数の小型ロケットを火花を撒き散らしながら乱射したのである。
「暴レン坊メ、ヤレヤレダ」
「……星、星、星」
ゲコリウスⅦ世はこれにいち早く気付き、少女を側の路地裏に避難させていた。
「こっ、これはッ! ミサイル攻撃!? 」
動揺して初動が遅れたミチトは、回避を捨てこれを迎え撃とうとするが、あまりにもロケットの発射数が多すぎた。
瓦礫はミチトの後方や側面の商店二階部分にまで飛び散っていて、ロケットは文字通り四方八方から標的の体を貫かんとしている。
「ぶ……『ブレイク・フリー』ィッ!!
こうなったら、やるしかないッ! 」
『ブレイク・フリー』、このスタンドの腕からは千切れた鎖が垂れ下がっている。
束縛を破壊し、秘められたものを解き放つ……それを如実に現したヴィジョンの一部であるが、ミチトはそれを利用する手を思い付いた。
要するにヌンチャクの要領で鎖を振り回し全方位からのロケットを撃墜できる球状の防衛網を作り上げたのだ。
『ウォォォリヤァァーーーッ!! 』
ロケットの豪雨は身を屈ませるミチトの体に触れるギリギリで次々と爆散していく。
『ブレイク・フリー』は雄叫びを上げ、際限無しに腕を振るう速度を増していく。
そして遂に、
『ドォォリャアアアアァッ!! 』
最後に放たれた中型のロケット弾をスタンドの拳と拳で紙風船のように挟み潰した。名残の爆煙が通りを包み込む。
全弾は落とし切れずに何発か被弾してしまったが、ミチトが想定していたよりもロケットの威力は低く殆ど無傷で済んでいた。
「ゴホっ……はぁ、終わりか? ……ふぅ、意外と何とかなったな。
それじゃあ六郎さん、反撃、行きますよ! 『ブレイク・フ───」
ミチトが爆煙から逃れるためスタンドを前進させようとした、その刹那。
「油断したなァ、相羽道人ッ! 」
霞がかった頭上から、聞き覚えのある声が落ちてきた。
「なんッ!? 」
「食らえゲンコツッ!! 」
「~~~~ッ! くぅあああ~~ッ!! 」
当惑するミチトの脳天に『クレセント・ロック』の拳が打ち下ろされた。 爆煙を隠れ蓑に、六郎は残った瓦礫の山からジャンプ攻撃を仕掛けたのだ。
ミチトは視界がグニャリと歪曲するのを体感すると、次に猛烈な吐き気と痛みに思考を侵された。
堪らずに地面に突っ伏して頭を抱えるが六郎は無理矢理にミチトの胸ぐらを掴み、 起き上がらせた。
「オメーな……俺はまぁともかく、立会人の……じゃなく立会人と女の子までブッ飛ばすってーのは、漢のやることじゃねーだろうが」
「うぅ……。ワザとじゃなかったんですけど……」
六郎は鼻を鳴らして、目逸らしするミチトを睨み付ける。
「どうかなァ、オメーは俺を殴り飛ばす前からかなりイラついてただろ。
だから柄にもなく奇襲なんて手を使って、しかも細かな判断を疎かにしたんだよな」
「! 」
「その悪人面のスタンドで殴られた時に感じたんだ。 俺も素人じゃねぇし分かる、相手を生命エネルギーの塊で殴ってンだから。
スタンドの『質』ってのはな、案外気分なんて曖昧なものに左右されんだぜ? 」
「……」
「まぁどうでもいいか、そんなことは。
肝心なのは勝つか負けるか……それだけだしな」
そう言うと、六郎はおもむろにミチトの頭を指差した。
そして疲れたような鈍い手付きで胸ポケットからタバコを取り出し、火を着ける。
「頭の上に化学ロケットを取り付けた。
俺の合図でソイツが発射されりゃあ、高温高圧のガスが噴射口から射出される。
まっ、トーゼンそんなことになったら……オメーの命はタダじゃあ済まねぇよ」
ハッとして、ミチトは恐る恐る自分の頭に触れてみた。
……信じられないが、指先に鋼鉄の冷たい感触がある。
ミチトも言われる前から違和感こそ感じていたが、六郎に頭蓋を思いっきり殴られたせいだと大して気にはしていなかった。
「外れない……か」
「一応言っとくが、あんまり無理に取ろうとするなよ。
オメーの頭にぴったりと張り付いてんだから、奇跡的にロケットを外せたとしても髪の毛も一緒に抜けちまって丸ハゲるぞ?
俺ァ、美容師だから、髪についてはウルせえんだ」
「ははは……御忠告どうも」
「いやいや、どういたしまして。
そんじゃ、そろそろ……な? 」
六郎は短くなったタバコを指で弾き、ロケットにして瓦礫の山に突っ込ませた。
ぼうっと小さな爆発が起こり、二人の顔を一瞬照らしただけで忽ちに消失した。
こうなっては負けただろう、不意討ちまでして最後には負けるなんて。
(でも、不思議だ)
ミチトは、自身の心内からとある感情が欠落していることに気付いた。
(僕は勝ちたかったのか? この人に負けたくなかったのか? 本当に? )
火を見るよりも明らかな完全敗北の筈、なのにミチトは一片も悔しいと思えないのだ。
むしろ心は清々しく、肌を撫で去る一陣の夜風がとても爽やかなものに感じられた。
「降参しな、完璧に『詰み』だぜ」
これならば、一回戦で勝ちを譲られた時の方が万倍……でも何故なんだろうか。
その答えはちゃんと、俺の心の内側にあるのだろうか。
「オイ、聞いてンのか」
ミチトはふと、六郎の顔を見た。
正確には瞳を見、目を見開いた。
時間の流れが遅く、意識が遠くなる。
………………。
─── ─ ─ ─ ─
果てなく広がる白の空間。
立ち尽くすミチトを取り囲むようにして、嘗てのトーナメントで拳を交えた対戦者達が輪を作っている。
「女としては耐えられないどんな仕打ちも、行いも、この姿でなら耐えられた。
でも……貴方が居るから必要ないもの」
ヴィクトリア、彼女の束縛は血統だった。
没落したラズロ家の幻影に憑かれ、誇り高き一族の再興のため男として生きてきた彼女の仮面を破壊したのはミチトだった。
「私を苛めた奴等に復讐する『覚悟』、ううん。
そんな彼等を許してあげる『覚悟』を決める方がずっと辛くて苦しくて、だからこそ価値があるんだよね、ミチトくん」
安西歩はミチトと出会う前から、クラスメートの陰湿な苛めによって歪んだ覚悟に心を囚われていた。
そんな彼女の『思い込み』を破壊し、奥底に閉じ込めらた『本心』を解き放ったのもまた、ミチトである。
「なんだ……これ。
俺は、六郎さんと……トーナメントは……」
「ボウズ、何を迷っているんだ?
……違うな、お前は怖がっているんだな。
でもな、どれだけ金を積まれても俺にお前を守ってやることは出来ん」
バド・ワイザー。
凄腕の用心棒で、前回のトーナメント決勝でコイントスでの勝負を行い、ミチトと息詰まる熱戦を繰り広げた男。
彼は知らなかったことだが、『ブレイク・フリー』に 破壊された成長の束縛とは、『凄腕』故の過信、慢心であった。
「俺が、怖がっている?
バドさん……教えてください。
俺は何を怖がっているんですか、俺は……俺の心が何を……」
ミチトの問い掛けにバドはただ悲しげに俯くと、何処か彼方に消えていく。
彼を急いで追おうとして、周りを改めて見渡すと、ヴィクトリアと歩の二人も此処から居なくなっていた。
「実のところ、君は物心付いた時からずっと、自分を『脱け殻』のようなものだと思っていなかったか?
学校でも、家庭でも、君は常に自分の本質を見失っていると感じていなかったか? 」
今度は脚蛮醤の声だ。
背後から彼の凛としていて、しかしどこか寂しげな声がする。
「見失う、というのはあまり適切な表現じゃなかったかな。
何故なら、君は自らの本質を垣間見たことがないのだから。
藤島六郎と目が合った時、悟っただろう」
「本質……」
「そうだ。 あらゆる生物の心は成仏すれば俗世の汚れを落とすため綺麗に洗われるが、魂と本質は輪廻する。
君の魂にはこれまで何千、何万という数の前世の意志が宿っていて石碑のように刻まれているんだ。
それが、本質だ」
「なんだか、宗教臭い話ですね」
ミチトは苦笑する。
これは夢か、幻なのか。
もしかしたら、現実の相羽道人は既に死んでいて、この場所こそがあの世、天国なのだろうか。
「信じ難いだろうが、真実なんだよ。
俺だってそうさ。
君の記憶の中にあった、君が最も強い感情を抱いている男の姿を借りているだけで……俺も『本質』の一員だからな」
「えっ、それって……」
ミチトが振り返ると、直前まで話していた筈の脚蛮醤の姿は影も形もなく、そこには大理石で彫られた石碑が建っていた。
「僕は……」
ミチトは不可視の『意志』に導かれるまま、無心で歩みを進める。
「ああ……」
手を伸ばし、石碑に触れて、理解する。
「……こんな場所にあったのか」
そう呟くと、行く手から目映い光が押し寄せてきたので、ミチトは満足そうに目を閉じた─────
「ふふ……」
─── ─ ─ ─ ─
「……ん」
ミチトがやおらに目を開けると、ボヤける視線の先で六郎が腕を組み、半崩壊した瓦礫の山に腰掛けていた。
座ったままの姿勢で、状況が飲み込めずに狼狽えるミチトを見やる。
「いきなり反応がなくなったから、何か企んでるのかと思ったが、そんなんじゃなかったみたいだな。
それなら、気ィ失ってる内に殴って試合終わらせとけば良かった」
と六郎は言った。
無抵抗の人間を殴る気はさらさら無いにせよ、馬鹿正直にミチトが起きるのを待っていたのが無性に恥ずかしくなったからだ。
「……夢を、見てたみたいです」
「へぇ、ロケットで宇宙に行く夢かい? 」
六郎は腰を上げ、服に付いた煤を払い落とすと、まだ頭がぼんやりとしているミチトと真正面から向かい合った。
「あの、六郎さん。
この試合の決着をつける前に、あなたに一つだけお願いがあるんです」
「あン? 」
突然の提案に、六郎は面食らう。
悪知恵を働かせているようには思えなかったが、どこか危なげな雰囲気をミチトから感じ取った。
「心配しなくても、変なことじゃあないですよ。
他愛もない話なんですが……俺が一回戦で体験した出来事を聞いてくれませんか?
あなたにどうしても知ってほしくて、俺が気を失った訳を……」
「な、一回戦の話だって?
正気に戻ったと思ったら、お次は呑気に仲良く思い出トークでもしようってのか? 」
「……はい。駄目ですか? 」
六郎は暫く悩む素振りを見せた後、答えを黙って待っているミチトに無言で頷いた。
無下には頼みを断れない『凄み』が今のミチトには備わっていて、六郎は折れたのだ。
「ありがとうございます。
実は俺、一回戦の時点で本当は負けていたのに……勝ちを譲られたんです。
相手は脚蛮醤っていう珍しい名前の男の人だったんですが……」
「……! 」
(やはりジャンもトーナメントに参加していたのか。だが、どうして勝ちを……?
アイツは確か成し遂げなければならない目的があると言っていたのに……)
「その時、彼は俺にこう言ったんです。
『俺にとって勝利とは目的を達成することだ』と。それだけを望み、他は求めない。
ジャンさんは俺との闘いに於ける目的は果たしたから、勝ちは君に譲ると」
(ジャン……お前は……)
「あぁ、あんなに悔しいと思ったのは生まれて初めてでした。
俺は戦いの舞台だった学校の校庭で、何時間も泣き続けて……」
「あなたなら分かってくれていると思いますが、俺は勝利を譲り受けるという屈辱に泣いたんじゃあない……ですよ」
そこまで言うと、ミチトはフラフラと二、三歩後退りして『ブレイク・フリー』を静かに発現した。
其処から更に六郎から離れるように、否、助走を付けるために……そんな風に見える。
「って、何をしているッ! 勝手にスタンドを出すんじゃあないッ!
忘れたのか、試合の勝敗は既に決定しているっつーことをよ! 」
「間違っても、自分が弱いから、不甲斐ないから泣いた訳でもない……」
六郎は慌てて『クレセント・ロック』をミチト制圧のために向かわせる。
頭の化学ロケットが取り除かれていない以上、ミチトの方も迂闊には此方に手を出せないと踏んでの行動だった。
「俺がッ!! 」
時を同じくして、ミチトが吼えた。
さながら魂を吐き出しているようで、圧倒的なその様に藤島六郎やゲコリウスⅦ世ばかりか、外の世界に無関心だった少女までもが彼から目を離せなくなる。
「俺が泣いたのは、俺に何も無かったからだッ!! 目的も目標も、欲しいものさえ見付からなくて、招待状が自分宛に届いたから思考停止でトーナメントに出場したッ!! 」
一歩。
「死ぬ気で戦って優勝して、何か得られたかッ!? 何もだッ! 何にもない!
俺の心は空っぽなんだから、それは当たり前の結果だったんだッ!! 」
また一歩。
「だけどッ!! 『ブレイク・フリー』ィィッ!! 僕はやっと掴んだ、心の向こう側を閉ざしていた『錠前』をッ!
見出だしたぞッ『鎖』をッ!! 」
六郎は、戦慄する。
あろうことか、ミチトは自らを拘束しようとする『クレセント・ロック』へ、右腕を勇ましく振り上げた『ブレイク・フリー』を道連れに突進してくる。
こうなってしまったら、六郎に選択肢は残されていない。
「なんっ……でだよ、この阿呆がァーッ! 『クレセント・ロック』ッ!
ロケット点火だッ!! 」
「魂を束縛する『鎖』をッ! 僕がこれを引き千切る時が来たんだァァーーーッ!! 」
『クレセント・ロック』が解除される。
化学ロケットに内蔵された固形燃料が着火され、巻き起こる熱風と煙が六郎の顔を煽る。
「そして……」
この時。
ありったけの残存生命を振り絞り、目前に迫ったミチトの表情を、六郎は一生忘れることができないだろう。
「そして、これはあなたのお蔭なんだ……六郎さん」
それは人間では到達し得ない、生物を超越した『何か』を得る事ができた喜びに、魂から打ち震えているような『笑顔』であった。
「勝った……勝ったのか……」
ミチトの拳が、『ブレイク・フリー』 の拳が『クレセント・ロック』に届く……その瞬間が訪れることは永遠に無かった。
頭の天辺に設置されたロケットは漆黒のキャンパスに一筋の光線となり、月面を目指すが如く遥か成層圏に消え入った。
後に残ったのは、煌々とする紅の炎に包まれた相羽道人『だった』モノと、傍らで呆然と立ち尽くす藤島六郎。
それに路地裏から闘いの終わりを察知して顔を出す一人と一匹だけだった。
「オメーはどうしたかったんだ……相羽道人」
六郎はミチトの死体の横でガクりと膝を突いた。
ゲコリウスⅦ世がそこに寄り添うようにして、実際には少女が音もなく六郎の隣にしゃがみ込み事も無げに話し掛けてきた。
「ナニ、ソレハ本人ニ直接聞イタラ良イダロウ、藤島六郎」
「生きてンのか……いや死んでるだろ、どう見たって」
「フム、コレハ我ガ主人トハ真逆ノぱたーんデアルナ。
肉体的ニハ死ンデイルガ、精神的ニハ生キテイル。ダガ、幽霊トモ違ウ存在ダ」
「何だって……ゴフッ!? 」
あり得ない、六郎は刹那の内にその可能性を否定しようとした。
だが再び背中に食い込んだ拳の感触は本物で、何らかのスタンド攻撃を受けたことは紛れもない事実であった。
おまけに、この敵スタンドから伝わってくる破壊の生命エネルギーは、ここに来て嫌と言うほど味わったばかりの……。
こうなれば、現実を受け入れる他ない。
「『ブレイク・フリー』……うん。普段通り扱える」
「クッ……マジかよォ……。どういうマジックを使ったんだ……つーかオメー、なんだ……? 」
相羽道人は生きていた。
だが、彼を前にして、六郎の第一印象だった冴えない地味目な青年の面影はもはや欠片も見当たらない。
「名付けようかな……そう、『ブレイク・フリーact3』、キャスト・オフ・ブレイク・ザ・ソウル・ケージ。
……うん。ちょっと長いか、この名前は」
黄金色の輝きが精悍な男性の姿を形作り、彼の顔立ちや立ち振舞いは神話に登場する勇猛果敢な闘神のそれにすら見えてくる。
人間でもなければ幽霊でもない、六郎は彼の放つ神性に言葉を失う。
「貴方と僕の名誉のために言っておくと」
ミチトは穏やかな声色に乗せて、こうなった経緯を説明し始めた。
「僕が死んだのは決して貴方のロケットのせいじゃあない。
『ブレイク・フリー』の束縛を破壊する能力……魂を束縛している肉体を破壊した結果です」
「肉体を破壊、ってオメー……」
「さっきも言いましたが、貴方のお陰なんですよ。貴方の能力をその身に受け、目を合わせた時……なんとも奇妙な表現ですが。
ちょっとだけ互いの魂を同調できた、そんな風に僕は思った」
本質的に似ているんでしょうね、とミチトは微笑んだ。
「俺の魂に触れた、と 」
「ええ。そこで貴方のスタンド、『クレセント・ロック』って名前……」
「変な名前と思うか? 」
「そういう種類のカギがありますね……ロケットの能力とは全然関係無いですが」
「スタンドを初めて発現した時に脳裏を過った言葉だ」
それを聞いて、ミチトは一人合点する。
引かない痛みに蹲る六郎に背を向けて、駅のある方向をじっと見据えていた。
「立会人」
「ドウシタ? 」
「僕はこの試合を『棄権』する」
「……分カッタ。
我ハオ前ノ実力ヲ買ッテイタンダガ、仕方アルマイ」
六郎は、思わず耳を疑った。
同じだ。このままでは一回戦と全く同じ結末を迎えてしまうではないか。
心の片隅に凝りを残す、溜飲の下がらない幕引きとなってしまう。
「『棄権』だと……! 」
「決勝戦、頑張ってくださいね」
そう言い残して、ミチトは足早に商店街から 立ち去ろうとした。
勿論、六郎はそれに憤慨し、帰りがけの彼を呼び止める。
「俺はまだ負けてねぇぞ……! 見下してんじゃねぇッ! 」
「そんなつもりは無い、ですよ。
僕がこの姿を選べたのは、貴方のお陰だと言いましたよね。
僕が己の本質に触れられたのは、貴方という『鏡』があったからこそなんですよ」
「……だから、これはその感謝の気持ちですってか?
じゃあ俺からも、オメーにとっておきの贈り物を用意しているぜ……『クレセント・ロック』ッ!! 」
「……ゲコォ!? 」
いきなりゲコリウスⅦ世が嘔吐き出し、ミチトは不思議そうに彼の口元を注視する。
「ゲボォッ! 」
「────ッ!! 」
口内から溢れ出てきた物は、吐瀉物などではなく、先端が鋭く尖った小型ロケットであった。
六郎が少女と初めて顔を合わせた際に、ゲコリウスⅦ世を普通の縫いぐるみだと思って小突いた時に、試合中の奥の手として仕込んでおいたのだ。
ミチトとゲコリウスⅦ世の間の距離は、おおよそ4m程。
「この至近距離なら避けられねーだろ! 」
「……そう。避けられない」
発射されたロケットは一直線に飛んでいき、ミチトの胸を易々と貫通した。
「気が済みましたか? 」
が、手応えは微塵も感じられなかった。
ロケットは貫通したんじゃない、ミチトの精神体をすり抜けただけらしい 。
スタンドで本体が倒せないのなら、『ブレイク・フリー』を狙うしかないが、勝てる見込みはあまりにも薄い。
六郎は地面に手を付き項垂れると、
「どうして俺に勝ちを譲る……」
と呟いた。
「だから言ったでしょう? 貴方と僕は本質が似ていると。
僕は、貴方に勝ち取って欲しい。 空っぽの心を潤い、満たすものを。
それが何かは僕にも貴方にも分からないけど、必ずや手に入れてトーナメントを終えて欲しいんです」
「適当なことを……言うな」
「……クレセント・ロックを開錠するのは僕の役目じゃない、忘れないで。
その役目を担うのは他でもない、貴方自身の心です」
六郎は結局、悠々と離れ行くミチトの後ろ姿をただ眺めるだけしかできなかった。
───次の試合も、その次の試合も、おまえが相手の手のひらの上で踊りまくった上で相手が降参してくれたら、おまえは優勝できるかもしれねえなあ……。
「優勝して、だから何になるってんだよ……俺は、俺は……! 」
「……お月様、泣いちゃいそう」
知らない内に、美しかった夜空の明星を分厚い雨雲が余さず覆い隠している。
少女は、月と星が見えなくなったと分かるや否や、崩れ落ちた藤島六郎を尻目に、すっかり喋らなくなったカエルの縫いぐるみを連れ帰っていった。
「ゲ,ゲロ……ショウシャ,フジシマ ロクロウ」
★★★ 勝者 ★★★
No.4082
【スタンド名】
クレセント・ロック
【本体】
藤島 六郎(フジシマ ロクロウ)
【能力】
殴った場所からロケットを生やす
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最終更新:2022年04月17日 16:27