第17回トーナメント:準決勝②




No.6130
【スタンド名】
クリスタル・ピース
【本体】
新房 硝子(シンボウ ショウコ)

【能力】
微細なガラスを操作する


No.4343
【スタンド名】
バッド・バード・ラグ
【本体】
煤架 耶樹(ススカ ヤギ)

【能力】
楔を打ち込んだモノを真っ二つに割る




クリスタル・ピース vs バッド・バード・ラグ

【STAGE:商店街】◆iL739YR/jk





「……明るい」

まぶしい日の光を右手で遮り、彼女”新房硝子(シンボウショウコ)”は空を仰いだ。

降り注ぐ日差しの下、彼女は辺りの様子を眺める。
普段は人で賑わうのであろう商店街も、今は生活感の欠片もない空虚な器となっていた。

「夜中だろうと、昼間だろうと、人がいないことに変わりはないか……」

前回のトーナメントと打って変わり、この優勝者トーナメントで、硝子は明るい日の下で闘いをすることとなった。
しかし、物理的に明るかろうが、暗かろうが、変わらないものもある。
硝子は己れの左手を改めて見つめた。

「私は負けられない……強くならないと……」


「ここやな、今回の会場は……」

商店街の入り口に停められた一台のバイク。
ヘルメットをハンドルにかけ、座席から降りた青年”煤架耶樹(ススカヤギ)”

「しかし、まぁ、トーナメントの運営ちゅーのも人払いするのが好きな連中やな……」

人気のない通りを歩きながら、耶樹は呟く。

「ま、おかげで分かりやすいけどな!」

その視線の先には眼鏡をかけた少女が佇んでいた。

「待たせたな。お嬢ちゃんが今回の対戦相手ってことでいいか?」

「ええ、新房硝子です。よろしくおねがいします」

「これまたえらく行儀のいいお嬢ちゃんで。ワイは耶樹……煤架耶樹や。よろしく」

ペコリと頭を下げた硝子に戸惑いながらも耶樹も自己紹介を済ませる。

「じゃあ、早速ですが……」

硝子の体から抜け出るように、煌めくスタンドヴィジョンが浮かび上がる。


「クリスタル・ピース!!」

「……バッド・バード・ラグ!」

静かに、自然に、それでいて力強く、互いの掛け声とともに勝負は幕を開けた。
両者、近距離型と思しきスタンドを携え、走りながら距離を詰める。

「(まずは確認や……)」

互いのスタンドの間合いに入るよりも先に、 耶樹が動く。
勢いよく放たれた楔が一つ、クリスタルピースの煌めく足元へと向かう。
バッド・バード・ラグの能力は『楔を打ち込んだものを真っ二つに割る』こと。
まともに喰らえばそれだけで致命傷の一撃。

……だが、

「……無駄です」

楔はクリスタル・ピースの脚をすり抜け、硝子の背後の魚屋の看板に突き刺さる。

「私のスタンドに刃物の類は通じません」

「またかいな……こんな相手ばっかりでやんなるわ……」

クリスタル・ピースの体を構成するのはガラスの粒子。
まとまった一つの塊でない以上、楔で寸断することもできない。

「お気の毒ですが、勝負は勝負です」

クリスタル・ピースの左拳が、バッド・バード・ラグへと迫る。

「(キラキラ光る、楔の通じへん身体……恐らくガラスかなんかの不定形……相性悪すぎやろ……)」
耶樹は無駄と分かりつつも、クリスタル・ピースを迎え撃つように、楔を握り締めたスタンドの拳を繰り出す。

バッド・バード・ラグの楔がクリスタル・ピースの拳を割る……わけでない。
硝子自らの意志でクリスタル・ピースの拳はその形を崩し、無数の煌めく刃となって、バッド・バード・ラグの左拳を包み込み、そして……切り刻む。

「ぐ……」
ダメージフィードバックで左手から血を流し、痛みに顔を歪ませる耶樹。
一瞬ひるんだその隙に、耶樹の視界から硝子の姿が消え失せる。

「な……消えたってことはアカン。これは最高にまずいやつや!」

一つ、また一つ、耶樹の身体に煌めく刃が傷を刻み込む。


1回戦で硝子が披露した光の屈折を利用した透明化。
そこから繰り出される不可避の斬撃。

「貴方のスタンドの能力は、あの看板のように『ものを真っ二つに割る』能力ですよね? それでは私のスタンドは倒せません」

硝子の宣言とともに、止むことのない斬撃の嵐。
耶樹の身体のいたるところに傷を与えていく。

「ですから、これ以上傷を増やす前に降参を……」

「嬢ちゃん……冗談はたいがいにしときや……」

耶樹の身体は既にボロボロ、しかし、目はまだその輝きを失っていない。
まだ闘う意志を消してはいない……

「ワイはなぁ……負けるわけにはいかんのや!」


優勝者トーナメント1回戦を終え、病院のベッドの中で耶樹は思った。
前回のトーナメントの闘いの中、自らの手で殺めた少女。
それ以来、彼の心の中に残されたのは、自らの楔を持ってしても割り切れない、そんな思い。
少女の魂の救済……それは心のどこかで感じた。
しかし、それはあくまでもあの少女の過去。
自分の過去とは別の話だ。
無視して、割り切って進めるわけではない。

「楔はなぁ、割りきれんもんを割るためだけやない……流されへんように繋ぎ止めるために打ち込むもんや……」

耶樹は楔をしっかりと握り締め、思いを固める。

「ワイは負けん……絶対に……」


「もう何にも流されへん。捨てもせん……しっかりとこの手に掴めるように……だから……」

耶樹は決意を込めて、楔を握る。

「絶対に負けん!」

そして、己れの胴体を真っ二つに切断する!

おそらくは心臓ごと裂かれた身体……
鮮血が勢いよく辺りへと飛び散る。
そして、耶樹は即座に能力解除……再び身体を繋ぎ止める。

「大量出血にはもう慣れたで……おかげで……」

耶樹の目の前には呆然とする少女。
そして、血塗られたガラスの破片。

「念願のご対面や!」

「そんな無茶苦茶な……自分の血でガラスを赤く塗りつぶして光の屈折を消すなんて……」

「これしか思いつかなかったからな。さて、これで逃げも隠れもできへんで……」

大量の血潮でクリスタル・ピースを構成する部品は全てマーキングされた。
もう不可避の一撃を喰らうことはない。
 
「(あとは、この弱った身体でなんとか間合いを縮め、嬢ちゃんに直接叩き込めば……)」

「……動かないでください」

耶樹の思考を遮る硝子の一声。
彼女は己れの左腕をまっすぐと伸ばし、耶樹へと向ける。

「これが最後の警告です。降参してください。貴方の負けです。今なら貴方の命までは奪わないで済みます……」

「何の冗談や……? 流石にもうこれだけ目立つ真っ赤な刃を浴びるほど、ワイは愚鈍やないで?」

「そうじゃありません……」

硝子の左手は手のひらを大きく広げ、耶樹をまっすぐと見定める。
そして、その手のひらの中心から、太く、黒い銃口が顔を出す……!

「言ってませんでしたが、私の左腕は義手なんです」

硝子の手のひらの中心に彼女のスタンドの煌めきよりも、さらに眩い光が収束していく。

「エネルギーの充填は完了しました。何でも戦艦大和?も一撃で沈める威力だそうです。降参しないと……分かりますよね?」

「ハハハ、大阪育ちのワイを笑かそうとするとはえらい度胸やな……確かになかなかオモロい冗談や」

「私は本気です……!」

硝子は眼鏡の奥の視線を逸らすことなく、耶樹をまっすぐと見つめる。


「ススカさん……私も負けるわけにはいかないんです……だから……」

「(アカン、これマジな目や……)」

「降参してください……お願いします」

新房硝子もまた、引くことはできない。
『強くなりたい』
その思いでトーナメントへと参加した。
確かに以前よりも強くはなれた。
しかし、割り切れない血塗られた過去と引換に……

「(一度は断ったこの左腕……でも、私は忘れちゃいけないんだ。あの日々を。割りきっちゃいけないんだ。彼の死を……)」

『割りきれ…闘いとはそういうものだ……』
2回戦の対戦相手……G・Tの声が蘇る。

「違う! 私は割り切らない……逃げない。ちゃんと向き合って強くなる。だから……負けない!」

「(なるほどなぁ……自分も訳ありかいな……)」

耶樹は思う。
目の前の少女も抱えている。捨てきれない思いを、割り切れない過去を……
確かに感じる。強い意志を。

だが……

「悪いな、嬢ちゃん。ワイも引くわけにはいかん。やるならやれや……」

「なんで……」
硝子の眼鏡の奥、そのガラスにも、左手の銃口にも負けない輝きを秘めた瞳に涙が溢れるのを耶樹は見逃していなかった。

「ワイもなぁ、抱える思いは一緒や……だから……堪忍な」

「……荷電粒子砲、発射」

硝子の手からこの試合の一番の輝きを秘めた光流が放たれた。

「ハハハ、こりゃたまげた……」

迫りくるビーム。
こんなSFじみたものが現実に存在するとは。

「(ま、スタンドもたいがいか……)」


バッド・バード・ラグは『楔を打ち込んだものを割る』能力。
ニール・コドリングや、クリスタル・ピースのような不定形、そして目の前の光線のような『形ないもの』には無力である。

硝子の目からは止めどなく涙が溢れる。
そして、その光線が耶樹の身体を飲み込む……

「……ってアホかぁ!!」

光線は耶樹の身体には当たらない……彼の身体を裂け、二股に別れ、耶樹の背後のクリーニング屋と電気屋を吹き飛ばす!

「え……?」

戸惑う硝子。
彼女の目に飛び込んできたのは、楔を握った精神の分身を携え、未だ健在の耶樹の姿。

「昔なぁ、誰かが言ったそうや。スタンドっちゅうのは精神の才能。出来て当然と思うことが肝心やと。形ないものは割れない……? 誰が決めたんや、そんなこと……」

耶樹は自身の能力の鍵……楔を改めて見つめる。

「……ワイやないか!?」

そう、彼はこの一瞬で決意を固め、成長した。
今の彼ならば、なんでも割れる。
たとえ形ないビームであろうと、真っ二つに。

「たどり着いたで! ワイのスタンドの成長……新たな形……」

「クリスタル・ピース!!」
真っ赤なガラスの欠片が再集合し、硝子の傍らで徐々に人型となっていく。

「遅い!」
それよりも先に、彼女に楔を突きつける。
そのために、一気に間合いを詰めようと駆け込む耶樹。

「く……!」
ガチャリと機械音が鳴り、硝子の左腕が耶樹へと向かって飛んでいく。

「おっと、させへんで!」
向かいくるロケットパンチをスタンドの拳で殴り落とし、耶樹は硝子へと一目散へ走る。

「今のが奥の手かいな? いろんな意味で……」


「いや……ススカさん」

駆ける耶樹の首筋にヒヤリとした……まるでガラスの塊を押し付けられたような感触が襲う。

「これが本当の”奥の手”です」
硝子が右手で指差したのは、耶樹の足元。
そこには”文字通り”、人間の”左腕”が落ちていた。

「これは……まさか…、嘘やろ?」

「いえ、正真正銘、私の”左腕”です。今回の勝負、初めから私の懐に忍ばせてありました」

荷電粒子砲を撃ったとき、硝子は心のどこかで感じていた。
耶樹の諦めを知らない強い思いがまだ生きていることを。直感的に。
だから、懐から取り出した自分の『本物の左腕』を、転がしておいた。
その上には左腕に対応する分のガラス片が覆い被さり、耶樹には悟られないようにその姿を隠した。

「そして、貴方が近づいた一瞬、その腕のヴィジョンで貴方の首を掴んだ……今度こそチェックメイトです」

ガラスの左腕が耶樹の首をギリギリと締め上げる。

「動けば首の動脈を切りますし、動かなくても……」

「グ……」
耶樹が気を失うと同時、バッド・バード・ラグのヴィジョンも消え失せる。

「気を失ってもらいます……これで私の勝ちです」

……パチパチパチ

「おめでとうございます。新房硝子様。立会人として、貴方の勝利を認めます」

商店街の物陰から、スーツを着込んだ青年が拍手をしながら現れる。

「ありがとうございます」
硝子は2つの左腕を拾い、気を失っている耶樹へと近づく。

「ススカさん。貴方を殺さずに済んで本当に良かった。貴方の分も強くなります……絶対に……私は負けません」


「ゲロ……楔(バッド・バード・ラグ)デモ割リ切レナイ、死ヘノ思イガ、勝利トイウ名ノパズルノ欠片(クリスタル・ピース)……」

商店街のとある店の中。
漆黒のドレスを身に纏う少女はカエルの姿を模しているグロテスクなデザインの縫いぐるみを抱いていた。
その縫いぐるみは言葉を続ける。

「三日月錠(クレセント・ロック)ヲ解キ放ツ(ブレイク・フリー)コトハデキルノカ……ゲロ……」

時は正午……クレセント・ロック vs ブレイク・フリーが始まる半日ほど前のことであった。

★★★ 勝者 ★★★

No.6130
【スタンド名】
クリスタル・ピース
【本体】
新房 硝子(シンボウ ショウコ)

【能力】
微細なガラスを操作する








当wiki内に掲載されているすべての文章、画像等の無断転載、転用を禁止します。




最終更新:2022年04月17日 16:29