第18回トーナメント:予選②




No.6579
【スタンド名】
アルファベティカル26
【本体】
八重神 宝(ヤエガミ ホウ)

【能力】
アルファベットが繋がって『単語』になったものに変化する


No.5405
【スタンド名】
フローレンス・アンド・ザマシーン
【本体】
奏 璃乃(カナデ リノ)

【能力】
様々な「香り」を生み出す




アルファベティカル26 vs フローレンス・アンド・ザマシーン

【STAGE:美術館】◆pFj/lgiXE.





「ねえ、お二人は『人間椅子』をご存じですか?」

二月某日・深夜零時。
優勝者トーナメント一回戦の立会人・浮橋夢乃は、F県立美術館の玄関前で、八重神宝と奏璃乃にそう訊いた。

「『人間椅子』って確か、江戸川乱歩の有名な短編小説でしたよね」

宝の言葉に夢乃は「その通りです」と言った。

「人間椅子は、少年探偵団シリーズで有名な江戸川乱歩が1925年に発表した小説で、とある女性作家に奇妙な手紙が届くところからこの話は始まるのです」
「その手紙の内容は、手紙の差出人である椅子職人が、自分が作成した椅子の中に入り、その椅子に座った女性の肌の温もりや肌の柔らかさを堪能していたというおぞましきもので、さらにその椅子職人の入っている椅子は、その手紙を読んでいる女性作家が座っている椅子だったというものなのです」
「今の言葉で言えばその椅子職人は『変態と言う名の紳士』と呼ばれてもおかしくありませんし、私も出来ることならお会いしたくない相手なのですが、乱歩先生の鮮やかで華麗なる文体は、その椅子職人の怖気の走るような行いを、一つの純愛的行動に錯覚させてしまうのです」
「『自分は貴方に釣り合わない人間です。だから、せめて椅子として側に置いてほしい』 これはまさに椅子職人の悲痛な愛の告白ともいえましょう!」

頬を紅潮させながら夢乃がそう語っていると、璃乃は冷静な口調でこう言った。

「……でも、確かその人間椅子の話のオチは、その手紙は『女性作家のファンが送った小説』だったという結末じゃあありませんでしたか?」

夢乃はその言葉に反応すると、頬を赤らめた顔から、むっとしたような表情に変わった。

「…ええ、そうですよ。人間椅子の話の結末は、貴方の言う通り、椅子職人の作家への愛の告白は全て夢幻。手紙の正体はファンが作家に対して送った創作批評のお願いの手紙だったという、夢オチよりも酷い脱力系オチの話なんです。乱歩先生はなんであの素晴らしい話をあのような結末にしてしまったのか、私にはわかりません」

夢乃が深いため息をつくのを見ながら、璃乃は彼女の気持ちが少しだけ理解できると思った。

人間椅子の話が評価されているのは、椅子職人が作家に対しての愛を歪んだ形で発現させてしまったところにあると思う。しかし、その告白自体を「これはフィクションでした」というオチに持っていってしまうのは、あまりにも読者に対して失礼な行為だ。
人間椅子と言う作品の結末について、後世のクリエイター達は思うところがあったのか、漫画やドラマでは大幅なストーリー変更や解釈などがされている。
山口譲司の「江戸川乱歩異人館」では読者も大方納得のいく結末に変更されているし、随分の前に放送されていたドラマ「乱歩R」では椅子職人が職人見習いの少女達を椅子の中に閉じ込めて自分のコレクションにしてしまう変態的嗜好の持ち主と解釈された。
たしか、あのドラマで椅子職人を演じたのは、金八先生でおなじみの武田鉄矢だったか。

璃乃がそう考えていると、夢乃は気を取り直してこう言った。

「確かにあの話での人間椅子はただの『フィクション』でした。でも、人間椅子が『実在する』としたら、どう思います?」
「人間椅子が…」
「実在する?」
「はい。今回の優勝者トーナメント一回戦の試合内容は、『F県立美術館に展示されている人間椅子を私の下へ持ってくる』というものです」

夢乃は笑顔でそう言うと、話を続けた。


「F県立美術館は現在、4月~5月まで行われる展覧会『現代アートの世界』で、プロ・アマ問わず、現代アートと称するにふさわしい美術品110点を展示するために、一時休館しているんですよ」
「その展覧会に展示される110点の美術品の中に、人間椅子が混じっているのです」
「人間椅子はもともと私の所有物でした。しかし、私の上司であるギボンズ卿が『気味が悪い』という理由で、私に相談しないでこの美術館に勝手に寄贈してしまったんです」
「私はとても悲しかった。だから、人間椅子を取り戻すために美術館へ乗り込みました。しかし、美術館の警備員達に何度も捕まり、失敗の連続…」
「私の人間椅子をなんとしてでも取り戻さなくてはならない。人間椅子をこの美術館の展示品にしてなるものですか! そんな時、私はひらめいたのです。優勝者トーナメント一回戦の試合を『人間椅子を私の下へ持ってくる』というものにすれば、私は何のリスクも冒さずに人間椅子を取り戻すことができる! 愛しい人間椅子にもう一度座ることができる!」
「そう考えた私は、優勝者トーナメント一回戦の立会人となり、この試合内容にしたというわけです」

夢乃の話を聞いた璃乃は、

「……成程。要は『自分が警備員に捕まりたくないから、トーナメントと私達を利用して、人間椅子を取り戻そう』というわけですか。他人を自分の利益のためだけに利用するなんて、吐き気を催しますね」

と、苛立ちを抑えながら言った。夢乃は笑顔で「そうですよ」と答えた。

「私は自分の目的のためなら手段は選ばないんです。利用できるものはなんでも利用する。それが私のやり方なんです。それに、立会人である私に危害を加えたらどうなるか、貴方なら良く知ってるんじゃあないんですか?」
「くっ…」

夢乃のこの言葉を聞いて、璃乃は彼女に手を出すことを止めた。しかし、目の前にいるバニーガール姿の幼女に対する苛立ちはおさまらない。
一方の宝は「それが今回の試合なんですね。わかりました」と夢乃に言った。

「立会人さんがどうして人間椅子を取り戻したがっているのか、私にはわかりません。でも、それが立会人さんにとって一番大切なものだということはわかりました。私はあなたの大切なモノを取り戻し、この試合に必ず勝ってみせます! そして、自分の望む願いをかならず叶えます!」

そう言う宝を横目で見て璃乃も「仕方ないわね」と言う。

「私だって叶えたい願いがある。試合内容の経緯が気に入らないからといって、試合を放棄するなんてことはしない。私はこのトーナメントに優勝してみせる!」

二人の意気込みを聞いた夢乃は「わかりました」と答えると、美術館の玄関の鍵を開けた。玄関の鍵はあらかじめ違法ルートでスペアを作っておいた。
数秒経って、玄関の鍵が開く音がした。

「それでは、優勝者トーナメント一回戦の始まりです。美術館のどこかにある人間椅子を私の下へ連れ戻してきて下さい」

夢乃の言葉を聞いて、宝は美術館の中に入った。続けて璃乃も中へ入った。

「それではお二人とも、お気を付けて。くれぐれも、館内にいる警備員という名の『化け物』共には、ご注意を」

夢乃がそう言った時には、二人は館内のどこかへと進んでいて、彼女の言葉を聞きとることができなかった。


館内・東エリア。

璃乃は館内を歩きながら、立会人である夢乃が取り戻したがっている『人間椅子』を探していた。
夜の館内は照明が付いていないと璃乃は思っていたが、意外にも館内は照明の光で照らされていた。
館内に展示されている美術品を見ながら璃乃は思う。
そういえば、あの立会人は人間椅子の特徴について何も語っていなかった。
自分の愛用している椅子を取り戻したがっているのに、利用しようとしている相手に人間椅子の特徴を教えないとは、あまりにも間抜けすぎる。
いや、あの立会人が本当の間抜けだったら、そもそも優勝者トーナメント一回戦の試合を、職権乱用的なものにしないだろう。
立会人が人間椅子の特徴を教えなかったのは、その椅子の特徴が『そのまま』だからなのではないか。
つまり、人間と椅子が合体したような外観なのではないか。だとすれば、それはどんなものなのか…。
彼女がそう考えていると、後方から「誰ですか!」という声が聞こえた。
璃乃が後ろを振り向くと、そこには、前髪を垂らして目を隠したボブカットの若い女性警備員がいた。
さらに、璃乃の前方には三人の警備員がいた。

一人は、身長は2m以上ある大男。
もう一人は、豊満な胸をした金髪の女性。
そして、もう一人は、腕が四本ある異形の男だった。

四本腕の男が璃乃に言う。

「こんな夜更けに美術館に侵入しやがって…。お前、あのバニーガールの仲間か?」
「いいえ。でも、用があってここに侵入しました」

璃乃は四本腕の男に言った。

「ほほう。俺の姿にビビらなかった『人間』は、お前が初めてだぜ」

四本腕の男はそう言って「だがな」と続けた。

「これでもまだビビらずにいられるか? 青堂!」

四本腕の男が声を上げると、大男が「おう!」と声を上げ、異形の姿へと変身した。
2m以上もあるその身体はさらに膨張し、警備員の制服はビリビリと音を立てて破け、肌は青黒く変色した。
大男は璃乃に言った。

「この『塗り壁の青堂真仁(せいどう・まさひと)』が相手だ!」
「…塗り壁?」

璃乃は青堂という男の言葉を聞いて、あることを思い出した。


16回トーナメント決勝戦において知り合いとなった対戦相手の阿須名慧。そして、慧の友人である幽霊の少女、蘇亜橋真座利のことだ。
慧と真座利は優勝者トーナメント開催の前日、一回戦の試合場所がF県立美術館であることを璃乃から教えてもらった際、こんなことを言ってきた。

「F県立美術館か…。あの美術館には妙な噂がある」
「そうそう。私も幽霊ネットワークで他の幽霊の人達からあの美術館のことについて教えてもらってるんだよね~」
「あの美術館は六年前、泥棒が入ったことがあるんだよ。その泥棒は展示品を盗んで海外へ売りさばこうと考え、館内へ侵入した」
「でも、その泥棒は警備員に見つかって拘束。そのまま警察へ御用となったのでした~」
「しかし、話はそこで終わらない。その泥棒は警察に取り調べを受けている際、奇妙なことを話した」
「『あの美術館の警備員は全員化け物だ! 『塗り壁』に『一つ目女』、『雷獣』に『四本腕の怪人』、さらに得体のしれない怪物がうじゃうじゃいやがる!! あの美術館は怪物の根城なんだ!!』ってね」
「以来、あの美術館は怪物が住まう城『幻影城(げんえいじょう)』と呼ばれるようになったそうだ。ネット上でも『深夜のF県立美術館は幻影の城に変わる』と噂されている」
「塗り壁に一つ目女や雷獣に四本腕の怪人、その他妖怪変化がたくさんいるなんて、本当、夢のような場所…!」
「いや、夢のような場所じゃなくて『悪夢のような場所』だろ」

璃乃は二人の話を思い出して「成程」と呟いた。

「あの立会人が人間椅子の奪還に失敗して、かつ、私達を利用したのは、『館内の警備員が妖怪だったから』というわけね」

璃乃はそう言うと、青堂を睨みつけながらこう言った。

「確かに、泥棒や幼女では、あなた達には勝てないでしょう」

青堂は「さっきから何言ってんだお前はぁッ!!」と言いながら、璃乃に覆いかぶさるかのように襲いかかって来た。
その瞬間、璃乃の背後に守護霊のようなものが現れた。
璃乃のスタンド「フローレンス・アンド・ザ・マシーン」である。

「でも、私のスタンドはあなた達に勝つことができる」

瞬間、フローレンス・アンド・ザ・マシーンの掌から、香気が放射された。青堂はその香気を吸うと、強烈な睡魔に襲われ、璃乃の右横で倒れ、そのまま眠りに着いた。
前髪で目を隠した女性が「青堂さん!」と叫ぶと、金髪の巨乳の女性は怒りに満ちた表情で璃乃を睨みつけた。


「てめえ、青堂に何をしやがったァッ!! グアアアアアアアアアッ!!」

金髪の女性がそう叫ぶと、女性の身体から電撃が放出され、その電撃で着ていた制服が一気に破けた。制服が無くなった金髪の女性の肌の要所要所からは金色の獣毛が生えている。

「この『雷獣の電磁影夢(でんじ・えいむ)』がお前を丸焦げにしてやる!!」

影夢は右拳に電撃を纏わせ、その拳で璃乃を殴ろうとした。しかし、その拳の速さより、璃乃のスタンドであるフローレンス・アンド・ザ・マシーンの放った香気が影夢の鼻をかすめるのが速かった。

「グワアアアアアアアアッ!! なんだこの臭いは!? 目が腐る、鼻が曲がるゥッ!! グオワアアアアアア!!」

影夢は自分の鼻をかすめた刺激臭によって、たまらずその場でのたうち回った。

「そ、そんな。影夢さんまで……」

前髪を垂らした女性はその場で尻もちをついた。璃乃はその女性を見ると、女性の方へずんずんと近づいた。
女性は「やめて、こないで!」と懇願するも、璃乃は女性の前髪を両手で掻きわけ、女性のその大きな瞳を見た。
前髪で隠された彼女の目は、大きな一つの目しかなかった。
前髪を垂らした女性こと『一つ目女の目羅不思議(めら・ふしぎ)』は「ひっ」と小声を上げた。
璃乃は彼女の一つ目を見ると、冷静な顔で「ふーん、四本腕の男や塗り壁や雷獣と比べると、貴方は一つ目という以外、何の特徴も無いわね」と言い放った。
璃乃の言葉に不思議はショックを受けた。

「そ、そんなぁ……。この一つ目で美術館にやって来た泥棒を驚かせたことがあるのに、酷すぎるうぅぅぅぅぅ!!」

不思議はその場で泣き出した。
璃乃はそんな不思議を放っておきながら、四本腕の男に目を向ける。

「さあ、残るは貴方だけです。貴方は一体どんな妖怪なんですか? 貴方の力を私に見せてみなさい!!」


四本腕の男は璃乃に倒された三人を見て、「はぁぁぁ」とため息をついた。

「……俺の力を見せて見ろっつったって、俺の仲間がコテンパンに倒されたのを見て、勝ち目があると思わねえだろ」
「……え?」
「負けだ負けだ。俺達の負け。それでいいだろ」

璃乃は四本腕の男の態度を見て拍子抜けした。
何なんだ、この男は。
侵入者が自分の同僚を倒したというのに、この男は同僚達に変わって侵入者を捕まえようとは思わないのか?
侵入者を拘束しなければ、美術館の展示品が盗まれるかもしれないと言うのに。
璃乃がそう思っていると、四本腕の男は一人ごとを語った。

「ちなみに言っておくと、俺の名前は『真面目な幻獣の明智昭五郎(あけち・しょうごろう)』っていうんだ。昔は名前なんて無かったのに、今は亡き水木しげる御大が、『真面目な幻獣』なんていう変な名前を俺につけたせいで、それで定着してしまった。本当に恨むぜ、水木御大よぉ…。死ぬなら死ぬで俺の名前を改名してからあの世へ行けよ……」
「話変わって、連日、バニーガール姿の幼女が美術館に侵入してきたと思ったら、今度は守護霊のようでそうじゃないッぽい奴引き連れた女が現れたときたもんだ。6年前の泥棒侵入以来の大活躍かと思いきや、いきなり大ピンチかよ。あ~やだやだ。こんなことからF県立図書館の警備員として働きたかったよ」

この一人ごとを聞いていて、璃乃がうんざりしていると、昭五郎は璃乃に目を向けた。

「で、お前はこの美術館にどうして侵入してきたんだ?」
「……え?」
「だから、どうしてこの美術館に侵入してきたんだって訊いてるんだよ。しょうも無い理由だったらぶっ飛ばすぞ!」

昭五郎の問いに璃乃は数秒悩んだが、「わかりました。私がここへ来た理由を話します」と答えると、自分がここに来た経緯や、トーナメントのことについて事細かに説明した。

「……ふーん。なるほど。スタンド使いと呼ばれる者のトーナメントね。で、お前はそのトーナメントを終わらせるために、この美術館に展示される予定の人間椅子を持っていこうとしたわけだ」
「はい。その人間椅子はもともと、トーナメント一回戦の立会人の所有物だったのですが、立会人の上司が勝手にここへ人間椅子を寄贈してしまったそうで…」
「だから、その立会人はトーナメントとあんたともう一人の出場者を利用して、人間椅子を取り戻そうとしているわけだ」
「はい。本当は私はこの試合に不満を持っているのですが、『この愚かなトーナメントを終わらせる』ため、私はこのトーナメントを勝ち抜かなくてはならないんです」

璃乃の言葉を聞いた昭五郎は「けどよ」と言った。

「お前がトーナメントで優勝しなくても、そのトーナメント自体がそれ自体、このトーナメント戦をやっておしまいなわけだろ? だったら、それでいいじゃねえか」
「…………なんですって?」
「どうせトーナメントの運営は、前のトーナメント戦での大ポカやらかしたせいで、警視庁の連中から睨まれているわけじゃあねえか。なら運営はもうトーナメントを二度と行おうとは思わねえよ。運営の連中だってブタ箱行きになりたいわけじゃあないだろうよ」
「…………それはそうですが」

それは璃乃も分かっていた。
16回トーナメント戦において、ネプティス・アヌヴィッシュが犯した大惨事は、警視庁の上層部にも知られるところとなり、運営側は公権力を敵に回してしまった。
今回は優勝者トーナメント戦という形で開催されたが、今後トーナメントを継続しようとすれば、政治家や自衛隊と戦争となることは明白だ。
これからトーナメント戦が行われることはないかもしれない。
しかし、万が一、億が一、トーナメント戦が再び開催されるかもしれない。
そうなったら、自分の友人である菊谷志保の想いが浮かばれない。
自分はどうすればいいのか…………。
璃乃がそう考えていると、昭五郎は彼女に対してこんな言葉を言った。

「それに、人間椅子はこの東エリアには展示されちゃあいねえ」
「…………え?」
「人間椅子が展示されているのは、西エリアだ。今ごろもう一人の出場者が、人間椅子を運び出していると思うぜ」

この昭五郎の言葉は当たっていた。


八重神宝は人間椅子をカートに乗せながら、夢乃のいる玄関へと向かっていた。

「いや~。西エリアの警備員さん達と館長さん達、話の分かる人達で良かったな~。いやいや、妖怪だから、話の分かる妖怪さん達か~」

宝は西エリアにいた妖怪警備員達と館長の顔を思い出していた。

西エリアで人間椅子を守っていたのは、器物が魂を持った存在である『九十九神』と呼ばれる妖怪達と、F県立美術館の館長だった。
美術館を警備する妖怪達を見た宝は、むやみに妖怪達を刺激せず、話し合いで解決する方法に持ち込んだ。
彼女は妖怪達にトーナメントの詳細を説明した後、人間椅子のことについて話した。

「実は、この美術館に寄贈された人間椅子は、今行われているトーナメント一回戦の立会人さんのモノなんですよ。それがその立会人の上司さんが勝手にここへ寄贈してしまったそうなんです」

「なるほど。そうだったんですか」と、美術館の女性館長であり、かつ、妖怪である「青行燈の人見寛美(ひとみ・ひろみ)」は言った。
宝はさらに話を続ける。

「それで、出来れば人間椅子を立会人さんに返してほしいんです。もちろん、人間椅子は私が玄関まで持って行きます。どうか、お願いします」

宝は館長をはじめとした妖怪達に頭を下げた。
館長はそんな宝に対してこう言った。

「分かりました。人間椅子は持って行っていいですよ」
「本当ですか!? ありがとうございます!!」

宝は笑顔で喜んだが、館長は「ただし」と付け加えた。

「ここの美術館は今年の4月~5月まで、現代アートをメインにしたイベントを開催する予定なんです。そこで、人間椅子に代わる新しいアートを用意していただけませんか? これが、人間椅子を持って行く際の条件です」

館長のこの言葉に対して「わかりました」と答え「なら、私の友達に相談して、とびっきりのアートを用意します」と言った。

「とびっきりのアートですか?」
「はい! それはですね……」


「いや~。館長さん達も妖怪警備員さん達も、良い妖怪さん達だったなぁ~!」

宝は顔をほころばせながら、【C・A・R・T】に変化させたアルファベティカル26に人間椅子を乗せながら、玄関先へと向かっていた。
彼女は館長や九十九神の妖怪達に「友達と一緒にアートを描いて、美術館に持ってくる」という提案をし、館長達はそれを承諾した。
東エリアで昭五郎達と退治した璃乃と違い、宝は妖怪達と戦わずして、人間椅子を持って行くことができたのである。

「あとはこの人間椅子を立会人さんに持って行くだけだ!」

宝は玄関先へと前進した。


「遅いなぁ…何やってるんでしょうかね…」

夢乃は、玄関先で宝と璃乃のどちらかが人間椅子を持ってくるのを待っていた。
2月の深夜の気温は、バニーガール姿の幼女にはとても厳しかった。
しかし、自分の望みのためならば、その寒さを耐えることができる。
夢乃はかわいらしいくしゃみをしながら、出場者の片方を待ち続けた。

そう、全ては人間椅子となったテン・ジャンユを取り戻すためだ、と夢乃は心の中でつぶやいた。
夢乃はかつてのトーナメント戦で最愛の人であるジャンユを白鷺かふらに殺され、さらに壮周と結託したかふらによって、半永久的にバニーガールの姿でいることを余儀なくされた。
その後、ロザリンド・ルーシー・ステイルに大笑いされ、ラッセル・ケマダに馬鹿にされながらも、夢乃はソファーと一体化したジャンユの亡骸を完全に防腐処理をして、一つの人間椅子を作った。
しかし、彼女の上司であるヘクター・ギボンズが「気味が悪い」という理由で、勝手にF県立美術館に寄贈してしまった。
このことにショックを受けた夢乃は、最愛の人であるジャンユを取り戻すため、美術館へ何度も侵入した。
しかし、美術館に潜む妖怪達に何度も妨害され、ジャンユを救出することはできなかった。
だが、今回はジャンユを救いだすことに成功する。この優勝者トーナメントを利用することによって。
夢乃はジャンユが自分の下へ戻って来ることを期待していた。
そして、その期待は叶えられた。


八重神宝が、人間椅子を持って玄関へと戻って来た。

「立会人さ~ん! 人間椅子を持ってきたよ~♪」
「本当ですか!」
「本当だよ! 見て見て!!」

宝は【C・A・R・T】に変化させたアルファベティカル26に乗せたジャンユこと人間椅子を夢乃に見せた。

「ああ、ああああ、ジャンユ!!」

夢乃は感激のあまり、人間椅子に座った。

「ジャンユ! ジャンユジャンユジャンユジャンユ……!! もう二度と放さないからね!!」

人間椅子に座りながら喜ぶ夢乃を見て、宝は「本当に良かったね、立会人さん」と言い、うんうんと首を縦に振った。

「…………全然よくなーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーいッ!!!!」

奏璃乃は息を切らしながら、玄関へとたどり着いた。だが、もうすでに遅かった。
人間椅子は宝によって運び出され、夢乃に引き渡されていた。
璃乃はショックのあまり、その場にへたりと座り込んだ。

「そんな…そんなことって……。私は結局、志保の願いを叶えられずに、ここで終わるの……?」

そんな璃乃の肩に、ポンと手を置く者がいた。F県県立美術館の女館長、青行燈の人見寛美である。

「そういうこともあるものですよ」
「……ッ!?」
「使命感を持った人間が、トーナメントの試合をいつも勝ち進められるとは限らないのです。使命感を持った者が報われると言うのなら、誰も苦労はしないのです」

館長は璃乃の肩に置いた手を強く握り締めた。館長の手の指の爪が、璃乃の肩の肉にめり込む。
満面の笑みで館長は璃乃に言う。

「これから貴方には、私の可愛い警備員三人に危害を加えたことについて、朝までじっくり聴かせてもらいますからね……?」

璃乃は館長の笑顔を見て確信した。自分は、今日は朝まで寝られないということを。


後日談。

夢乃は他人任せで取り戻したジャンユこと人間椅子を、再び自分の部屋に設置した。
またジャンユと幸せな日々を送ることができると思いながら、夢乃はかふらに対する復讐計画を考えるのだった。

璃乃はトーナメント一回戦敗退後、F県県立美術館館長と妖怪警備員達に、朝までこっぴどく説教を受ける羽目になった。
そのことを慧と真座利に話すと、真座利は「私もその美術館に行く! もちろん迷宮電器店の皆と一緒に!!」と嬉しがり、慧はやれやれという表情をした。
しかし、璃乃は志保の「トーナメントを終わらせる」という願いを叶えられなかったことに、一人むせび泣いた。

宝は二回戦進出が決まった後、館長との約束通り、自分の友人である卍山下秋実と共に描いたアートを持ってきた。
タイトルは『着替える美女』 秋実のマネージャーである社冬子が仕事を終えた後に更衣室でスーツを脱いで、黒いパンストを脱ぎかけている1シーンを描いた作品である。
この絵を見た館長と妖怪警備員達は、「素晴らしい!」と褒めたが、絵のモチーフとなった冬子は複雑な思いを抱いたという。

★★★ 勝者 ★★★

No.6579
【スタンド名】
アルファベティカル26
【本体】
八重神 宝(ヤエガミ ホウ)

【能力】
アルファベットが繋がって『単語』になったものに変化する








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最終更新:2022年04月17日 16:41