第18回トーナメント:予選③




No.5394
【スタンド名】
Make Some
Noizeeeeeeeeeeeeeee!!!!
【本体】
仰木 健聡(オオキ ケンソウ)

【能力】
体液に衝撃を込める


No.6552
【スタンド名】
エロティカル・クリティカル
【本体】
クリームヒルド・ブライトクロイツ

【能力】
自分が投擲した物を絶対に命中させる




Make Some Noizeee…e!!!! vs エロティカル・クリティカル

【STAGE:お寺】◆aqlrDxpX0s





状況は膠着状態に陥っていた。

夜露に濡れた落ち葉の積もった地面に腹這いになり、息を殺してゆるい勾配の下方に意識を集中させている。
月の明かりだけが照らす林の中で、静かな時間だけが流れている。

この空間の中に、自分を含むトーナメント出場者の2人をおいて他にはだれも存在しない。


だが私、そして相手でさえも一切の音をたてないでいる。
それも当然のことといえる。

なぜならば、寺の鐘が鳴って3時間が経っても2人は遭遇すらしていなかったからである。




試合場所は山村のはずれに建つ古いお寺で、本堂と離れのほかに数百ほどの数のお墓の並ぶ墓地と
それを取り囲む広大なカラマツの樹林までが試合のステージに含まれている。
敷地の広さで言えばかなりのものだった。


集合場所に指定された境内には立会人の姿しかなく、私を見つけるなりこう言った。

「これはこれはクリームヒルド・ブライトクロイツ殿、時間通りのご到着とはさすがでございます」

かしこまってお辞儀をするその黒スーツ姿の男に面識はない。
だが当然、彼も私がトーナメント運営に身を置く身分であることは知っているだろう。


彼は続けて試合のルール説明を行った。
特別なルールはなく、敷地内で双方が決着をつけるのみ。

ただし、2人は離れた状態で試合が開始される。
もう1人の対戦相手は墓地の戦禍慰霊碑の前で別の立会人の説明を聞いているという。


説明が終わり立会人は姿を消す。

ここに到着した頃、すでに日は傾いていたが
今ではすっかり夜になっていた。


低く重い鐘の音が響き渡る。

開始の合図とともに私は境内から西側の林の中に入っていった。


私のスタンド「エロティカル・クリティカル」の能力は「投擲したものを対象に『必ず』命中させる」ことである。
スタンドそのもののパワーやスピードは人並み程度であり、接近戦での戦闘はなるべく避けている。
特に各トーナメントの優勝者が集うこの大会では、「不意打ち」でしか私の勝つ見込みはないといっていいだろう。


だから私は「ただ待つ」という戦法を取ることに決めた。


ここの林は無造作に木々の生い茂る天然林ではなく、すべての木にまんべんなく日光があたるように整理された間伐林だった。
木と木の距離が等間隔にあけられており、夜で視界が悪い中でもなにかものが動けばわかる程には視認することができる。

私は普段の白衣ではなく、黒のレインコートを着用していた。
舞台が夜のお寺ということだったので、真っ白な白衣を着て歩き回るのでは目立ちすぎる。
ゴム製のレインコートは着ていて重く、通気性が悪くて気分の良いものではなかったが、
遭遇した後で脱ぎ捨てれば良いだけだ。

長い髪を巻いて束ね、フードをかぶって湿った地面に身を伏せた。
体勢は林のゆるい斜面に平行になるようにしているが、視線は傾斜の下のあぜ道に向けている。

すぐに敵があぜ道を歩いて現れるとは限らない。
だが、「待つ」のは慣れている。

私はもう1年以上、この機会を待ったのだから。


私が以前出場したトーナメントで、私の人生は大きく変わったと言っていい。
よい変化とは決して言い難いが。

トーナメント、立会人、美術館、殺人鬼、廃工場……

それまで出会ったもののないものとの出会いと別れ。

私はトーナメントをきっかけに彼と出会い、別れた。


沫坂蓮介、トーナメントで出会った立会人である。
トーナメントで優勝した時、私は彼にこう望んだ。

「私を立会人にしてください」


優勝して終えたトーナメントに再び自ら足を踏み入れようと思ったのは、単なる好奇心からだけではない。
普通とは違う日常に、強く惹かれたからである。
トーナメントに優勝した者の望みは必ず叶えなければならない。
ましてや立会人になりたいという望みをトーナメント運営が受け入れないわけにはいかない。

沫坂立会人はしぶしぶ私の望みを受け入れた。


私が林に身を潜んでから1時間は経っただろうか。
グジグジに湿った葉の積もる地面は柔らかくて腹這いになることに苦痛はなかったが、ゆっくりと時間をかけて体温が奪われていくのはわかった。

未だ周囲に変化はない。たまに吹く風に木々が揺られ葉の擦れる音の他には一切の音がない。
それでも私に焦りはない。「集中する」能力は私のスタンドに次ぐ2つめの特性だった。

いや、「集中する」というよりは「没頭する」というほうが正しいのだろうが、それでは私の欠点みたいで嫌な感じがする。

だが、彼もよくそう言っていた。



立会人になってからの私の初仕事はしばらく訪れなかった。
しばらくは沫坂立会人から仕事は教わることになっていたが、彼と一緒にいたのはほとんど彼の車と、行きつけの喫茶店のみだった。

喫茶店では毎回同じものを注文して、二人して本を読みふけっていた。
いつも本を読み終えるのは彼が先だった。
私が外が暗くなっているのに気づいて本を閉じると、彼は窓の外の景色をぼんやり眺めている。
彼の右目には眼帯がつけられている。その目で彼が見ているのはなにか別のモノのような気がしていた。

彼が私の視線に気づくと「本の虫め」と笑うのだったが、
その前にふと見せた物憂げな表情が何のためか、私は知っていた。


私がトーナメント二回戦で戦った男、朝比奈薫は殺人鬼だった。
沫坂は同じ立会人だった親友がいて、その親友は恋人を朝比奈に殺されていた。

沫坂の親友は立会人である立場を利用し朝比奈への報復を企てた。

だが、それを阻止したのは同じ立会人である沫坂だった。
親友の気持ちを知りながら、沫坂は彼を粛清した。

そして沫坂は親友の想いを背負い、朝比奈が敗者となった2回戦後に朝比奈の打倒を試みた。


だが、ハッピーエンドは訪れなかった。
朝比奈は逃走し、沫坂は負傷して右目を失った。
私が沫坂と出会ったのはその後のことだった。


腕時計を確認すると、試合開始から2時間が経っていた。

上半身にはじっとりとした感触がまとわりつき、寒さも感じ始めている。
あたりは相変わらず静寂に包まれており、月明かりがぼんやりと林の中に差し込んでいる。
時計のガラスに光が反射するのではないかと思い、念のため時計を外してコートのポケットに突っ込んだ。

これまでのトーナメントで試合時間がこれほど長く、ましてや双方が遭遇すらしていないなんてことがあっただろうか。
さすがに対戦相手もこちらが身を潜めていると勘付いているだろう。
いや、むしろ相手の方もどこかで待ち伏せし、同じことを考えているのかもしれない。
どちらにせよ、私にこちらから出向くという選択肢は無い。
ただじっくりと機会を待っていた。


沫坂蓮介と朝比奈薫の試合が、私にとって初めての立会いとなった。
トーナメントではないが、沫坂の朝比奈に対する報復をかけた戦いだった。

私はトーナメントで朝比奈に打ち勝っていたはずなのだが、このときの朝比奈は以前とはまるで別人のようだった。
殺人鬼である自分を受け入れ、スタンド能力もさらに覚醒されたようだった。
悪魔にも成長というものがあるのかと内心思っていたが、不思議と沫坂が負けるとは思わなかった。

喫茶店で私と向かい合っていた時の彼は朝比奈を倒すことだけが生きがいの男であったし、それをずっと見ていた私からは、彼が敗北するイメージが全くわかなかった。


そして沫坂は朝比奈に打ち勝った。
彼の親友の、そして彼自身にとっての報復を果たし、私はそれに立ち会った。


そして彼はいなくなった。

休日の昼過ぎに彼の車に乗り、いつもの喫茶店でアイスティーと絶品のシュトゥルーゲルを堪能しながら一緒に本を読む時間もなくなった。

それが彼の幸せが実現した形なのだと、私ははじめ素直に喜んでいた。
黄昏時に見せた彼の物悲しそうな目に、私までもが胸をつまらせていた。
沫坂蓮介はもう、解放されたのだ。

だが私はそれからも、その喫茶店でひとり本を読みながら過ごしている。
向かいに座っていた彼の記憶の残像はすでに消え去っても、もう日が暮れたと気づかせてくれる彼の声をひそかに待つようになってしまった。

彼がもういないのは知っている。
1年が経ってもまだ私は待っていた。


そして訪れたのは、彼ではなく機会であった。

トーナメント優勝者の集まる、新たな戦いの報せだった。


3時間が経っても、状況はいっこうに変わる気配はなかった。
西の空から厚い雲が流れて月を覆う。
林の中はかすかな光さえも失い、闇と化した。


私は作戦の失敗を痛感した。

『エロティカル・クリティカル」の必中投擲は、相手が視認できてこそ効果を発揮する。

そもそも、隠れて狙撃なんて、私の性分じゃあない。
ずんずん進んでって、相手を翻弄して、精神的にも相手の優位に立つ……そういう戦い方が好きだったんじゃないか私は。

「ええい、やめだやめ!」

黒のレインコートを脱ぎ捨てて立ち上がる。
私は厚手のタンクトップにダボめのズボンを履き、腰には細いクナイがたくさん入ったホルスター付きのベルトを巻いていた。

ホルスターのクナイのうち数本を手にとり、私は林からゆっくりと出て境内へ向かった。


しかしそれにしても、私と同じく対戦相手はこれまで何をしていたのだろうか。
もし仮に私と同じように対戦相手が来るのをじっくりと待ち構えていたのだったとしたら、それは私以上に集中力のある人間だといえる。

いや、私の集中力はいわば悪癖のようなものだから、「神経が図太い」というべきなのだろうが。

とにかく、敵は3時間もの間ずっと歩き回っていたということは考えられない。

決して狭くはないがすべて歩き回るのに30分とかからないこの舞台で、隠れている私を探すためにずっと歩き回るような愚は犯さないだろう。
つまり3時間もじっと動かず待ち続けていた私も同じ過ちを犯していたことということではある。

確かに、私は待ちすぎていた。自ら歩き出すこともせずに。


再び寺の本堂のある境内に入った。
常に敵が襲いかかってくることを想定して慎重に進んでいたが、敵の痕跡すら見つけられない。
本堂の中に入りくまなく歩き回っても、何も見つからなかった。

まさか、実は私の敵前逃亡と見なされてとっくに勝負はついており、誰も彼もが撤収してしまったんじゃないかとすら思った。
だが離れの障子をあけたとき、ついに私は敵と遭遇することとなった。

しかし、その形は私が想像だにしていないものだった。



「………………」

板の床の離れの壁に男がもたれかかって座っていた。
腕を組み、頭をだらりとさげて動かない。

寝息をたてているのに気づいたのはすぐのことだった。

「このっ……!」

無防備に眠りこけている男に向け、私はクナイを構えて一歩足を踏み入れる。


だがその時、私の腕を止める声が背後から聞こえてきた。

「こっちだよ、おねーさん」
「っ!? 『エロティカル・クリティカル』!!」

背後に振り返りスタンドの拳を突き出す。
だがエロティカル・クリティカルのパンチは空を切り、背後に誰も立っていないことに気づく。

再び離れの中の方に体を向けると、壁にもたれかかっていた男の姿がなかった。


「『Make Some Noizeeeeeeeeeeeeeee!!!!』」

声が聞こえたのは、ほとんど私の懐だった。
私が後ろを振り返った隙に男は低い姿勢のまま私との距離を詰め、攻撃を仕掛けてきた。

体の至るところに牙の見える口が付いたグロテスクな人型のヴィジョンが、丸太ほどもあろうかという腕を突き上げてくる。

「くっ……!」

敵の攻撃のモーションが大きいためか、かろうじてガードが間に合ったが、受けた腕にビリビリと衝撃が走る。

私は離れから境内まで後退した。


「……惜しかったなあ」

男がにやりと笑いながら呟く。
よく見れば、男の見かけはそこそこ若く見える。
高校生の下級生くらいではあるだろうが、醸し出す風格は大人に引けをとらない。

細身の体に灰色のシャツ、黒のズボンを履き、髪型は右サイドを刈り上げ、左の前髪に白のメッシュが入っている。

「今、背後から声がしたと思ったのだけれど」
「音……声だって空気を震わす『衝撃』だよ」
「……?」
「まあ、わからなくたって問題ないさ、そういうもんだろ? 真剣勝負ってのは……『クリームヒルド』さん」
「なっ……!」

私はこの男に名乗った覚えはない。
それにもかかわらず私の名前を知っていたのはどういうことなのか。


私の驚く様子を見てか、男は間髪入れず話し出す。

「ああいや、立会人から名前は聞いてたからさ。おねーさんもそうでしょ?」
「……いや、私はあなたの名前なんて聞かなかったけど」
「そう? それじゃあ自己紹介させてもらうよ。僕は仰木健聡(オオキ ケンソウ)、よろしくね」

不意打ちを仕掛けておきながら、今更よろしくも何も無いと思うが。
しかし、この男はこれまで3時間も互いに遭遇せずにいながら、疲れた様子を見せていない。
こちらにペースを渡さずに振舞う彼の言動にはちっとも好意は感じない。

かなりやっかいな敵であることは明白だ。



「ねえおねーさん……この勝負、勝ちたい?」
「何を言ってるの?」
「いやーなんていうか、僕に勝ち譲ってくれないかなーって」
「YESというと思った?」
「そうかな? その割にしばらく姿を表してこなかったじゃない」
「……それはあなたも同じでしょ」

私の言葉を聞いた男は、クックッと笑みをこぼす。
その顔には悪意しか感じられなかった。

「でも、それでも先に出てきたのはおねーさんのほうだ。勝算があって隠れていたのならば、『あなたはずっと隠れているべきだった』。違うかい?」
「……問題ないわ、私は今からあなたをぶん殴って勝ってみせるから」
「ぶん殴って……かぁ」

またも不敵な表情を見せるこの男から私は思わず顔を背ける。まるで心を見透かされているような気がして不気味で仕方ないからだ。

だが、それこそが私の隙だと気づいたのはすぐのことだった。

「……!!」

離れの扉近くに立っていた仰木が、砂利の敷かれた境内に立つ私に向かって飛びかかるように攻撃を仕掛けてきた。
仰木の背後から現れたスタンドが私の脳天めがけ拳を振り下ろす。

「でも……遅いッ!」

再び不意をつかれたものの、スタンドの攻撃は目で追える程度のものに見えた。

仰木のスタンドの拳は境内の砂利の地面に突き立てられ、石や砂埃が巻き上がった。


拳を持ち上げたスタンド、そして仰木の手から血が吹き出ている。
仰木がスタンドの手を見ると、握った拳にクナイが突き刺さっていた。

「……ッ」

私は仰木のスタンドの攻撃を交わすと同時に、1本のクナイを向かってくる拳に向かって投げつけていた。
ただし、クナイが拳の深くまで突き刺さったのは拳を地面に突き立てた彼自身の攻撃によるものである。

「調子に乗ってんじゃないよ……不意を突こうがお前の動きは鈍……ッッ!」

だが、仰木は手の深い傷にかまわず攻撃を止めなかった。


仰木のスタンドのフックパンチが迫る。
私はそれを体を屈めて躱して、そのまま仰木を横切り後方へ距離を取る。
仰木がこちらを振り返る前に後頭部めがけてクナイを投げる。

だが、仰木はこちらの攻撃を読んでいたのか、振り返ると同時にスタンドの右手でクナイを掴んだ。
先ほどクナイの刺さった手で掴んだため、痛みを感じてか仰木の顔が歪む。

仰木は血の滲んだクナイをこちらに投げ返してきた。
風を切る音と共に急速にこちらへ向かってくる。


もちろん、それくらいの想定はしていた。
私は再びクナイを握り、前方へ投げる。
狙いは仰木ではなく、向かってくるクナイである。

クナイは火花を激しい金属音とともにあげて衝突し、境内の石畳の上に落ちた。


「よほど……クナイのコントロールに自信を持ってるんだなあ。でも、それは作戦ミスだ。僕に再びクナイを2つも持たせようなんてなあ!!」

仰木は落ちたクナイに向かって駆け出した。
確かに、相手に武器を持たせるのは得策ではない。
単純にあのパワーのあるスタンドに刃物を持たせたらガードが不能になってしまう。


私はクナイを回収するべく、落ちた2つのクナイに向かっていった。
幸い、こちらのほうが断然距離が近い。

私は仰木がたどり着くよりも早く、落ちたクナイを拾い上げた。

だが仰木は立ち止まり、不敵な笑みを浮かべた。

「バカだね、おねーさん」


突然、右手に握ったクナイが爆発した。
正確には、クナイとクナイを握った手の間で無数の破裂が生じたといえる。
手のひらの皮が焼けただれ、血まみれになっている。

よく見れば、破裂したクナイは仰木のスタンドの右手に刺さって血まみれになったクナイだった。

「『Make Some Noizeeeeeeeeeeeee!!!!』のスタンド能力は……『体液に衝撃を込める』能力だ。
 おねーさんの右手に大怪我を負わせたのは、クナイに纏わりついた僕の血液。ついでにいうと、
 その衝撃はおねーさんが僕の投げたクナイにクナイをぶつけさせた時のものだ」

「くそっ……」

「ふふふ……作戦ミス、だよね。ただ避けていれば僕のスタンド能力だって発揮できなかったのに」

笑みを隠せない様子のまま、仰木が近づいてくる。
片膝をついて屈んでいた私に向かい、仰木のスタンドが拳を振るう。


『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!』

今の体勢で回避はできない。
かろうじて私は『エロティカル・クリティカル』の両腕で仰木の攻撃をガードするが、パワーがあまりにも強く、私の体は後方へふっ飛ばされてしまう。


境内の奥の茂みに突っ込み、幹の太いカラマツの木に背中を打ちつける。

仰木は間髪入れずに私に向かって駆け出して来ていた。
さらなる追撃を与えるために。

「うわっ、うわああああああああああああ!!」

私はすでに右手を使えなくなっていたので、左手でクナイをとり仰木に投げつけた。
だが、利き手でない左手では速度も遅くクナイもブレている。

仰木はそれを簡単にスタンドで弾いて落とす。

私はズボンのポケットの中にあるものを手に取り、それを仰木に投げつけた。


私はずっと、仰木に対し『刷り込み』を続けていた。
私が仰木に投げつけていたものは、これまでクナイのみだった。

それは、軽量かつ投擲に適している武器としての理由ではなく、仰木に対し私が「クナイしか投げてこない」という刷り込みをすることだった。


私がたった今投げたものはクナイではない。

私の投げた「それ」はクルクルと回転しながら仰木へ向かっていく。
仰木は無意識のうちに、それが何であるか確かめるために「それ」を手に掴んでしまう。

仰木はスタンドの手を開いて、そのものを確かめる。

「これは……栄養ドリンクの小瓶?」


私は仰木が小瓶を手に取るよりも先に、痛みに耐えながら利き手の右手でクナイを投擲する。

狙いは先に仰木に向けて投げた小瓶だ。

小瓶の中には液体が入っている。もちろん、栄養ドリンクではない。
移し替えた中身は、「車のバッテリー液」だ。


「エロティカル・クリティカル」の必中投擲によって、クナイは必ず小瓶に命中する。
仰木がそれに気づいた時にはすでに小瓶は砕けて、中の液体が飛散していた。

「ぐああああああああああああああああッッ!!!」

液体は仰木の右手を焼き溶かす。まして先ほどクナイの突き刺さった右手の傷口に直接液体が降りかかっている。


「……私は試合開始直後、境内の隅に駐めてある古い車からバッテリー液を転がっていた栄養ドリンクの瓶に移し替えた。バッテリー液……すなわち『硫酸』!」
「クソックソックソッ!! 痛え、痛えええェェッッ! このヤロオオオ!!」
「……あなたの作戦ミス、よ。瓶を掴まなかったら、硫酸がかかることもなかったのに」


仰木に大ダメージを与えたとはいえ、自分の体も万全ではなかった。
私が受けた攻撃は予想以上に重く、肋骨や腕にはおそらくヒビが入っている。

すぐさま、勝負を決しなければならない。


私は立ち上がり、両手にクナイを数本ずつ手に取った。
右手全体に無数の針が刺さっているような痛みを感じるが、歯を食いしばって手を振りかぶる。

仰木がこちらを向き、私がしようとしていることに気づく。
仰木の右手も空気に触れているだけで激痛が走るはずだ。
その証拠に、彼はこちらに近づこうとしているが歩く程度にしか移動できていない。

「……さあ、来なさい。クナイの嵐に向かって歩き続けることができるのならね」

私は右手に取ったクナイを仰木に向かって投げつけた。
そして、左手のクナイも。

さらにすでに右手にとっていたクナイを再び投げて、左手のクナイもそれに続く。

「『『Make Some Noizeeeeeeeeeeeee!!!!』』ッッッ!!」

続けざまに投げつけられるクナイに対し仰木はスタンドで腕を振り回しながらクナイを弾き返し歩き続けている。
仰木は歯を食いしばるあまり、口から血が流れ出ている。

歩みは遅いものの、クナイが仰木に致命傷を与えることなく、彼は私に近づいてきていた。


だが私は、もうひとつ彼に「刷り込み」を続けていた。
すでに彼は私のスタンド能力が「投げたものを対象に必ず命中させる」能力であると感づいているだろう。
ただし、それはあくまで予測であり、確信ではない。

ならば彼は、私の必中投擲が「直線的なものに限らない」ということを知る由が無いだろう。
これまで私は彼に対し、「ほぼ最短距離の軌道」でしか投擲を行っていない。


今、彼は自分に向かってくるクナイを弾くことに集中している。
「狙いの外れた」クナイは認識の外なのだ。

その証拠に、今私があさっての方向に投げたクナイには目もくれなかった。
それが、勝負を決する一手であると気づかずに。


私と仰木の距離はかなり近づきつつあった。
あと5歩も歩けば仰木のスタンドの射程距離内に到達する。
私の用意していたクナイもそろそろ無くなりそうだ。

だが、勝負を決めるそのクナイは、仰木の後方の空中から軌道をかえつつある。
刃先が仰木の背中を向き、再び速度を増していく。
射程距離にあと一歩と近づいたところ、クナイも仰木の背後に届きつつあった。


「……!!」

しかしその直後、仰木は急に振り返り、背後から向かって来るクナイをスタンドの片手で弾いた。
まるでクナイが向かってくるのがわかっていたかのように。


再びこちらを振り返った仰木は笑っていた。


私が呆然とする間もなく、仰木のスタンドは拳を振りかぶり、私の胸元に向かって突き上げた。
回避する間もなく、私は砲弾のようなその拳を両腕で受け止めた。

その衝撃は私の防御だけでは収まらず、私の体を浮かせ再び後方へ吹き飛ばす。
茂みの奥は下に向いた坂になっていた。
体を地面に打ち付けても私の体は止まらず、坂を転がり落ちていく。


坂の下に流れていた小川のほとりで私の体はようやく止まった。
全身に痛みを感じる。おそらく拳を受け止めた両腕は骨が折れている。
腕が体にくっついているだけでも幸いだっただろう。

だが、そう思ったのはたった一瞬だけだった。
仰木もまた、私を追って坂を駆け下りていた。

悪鬼のような笑みを浮かべながら、彼は私に近づいてくる。

「『思い込み』というのは実に恐ろしいものだよね、おねーさん。僕がおねーさんのスタンド能力のすべてを知らない、とおねーさんは勝手に思い込んでいたんでしょ?」

唐突に告げられた彼の言葉を咀嚼する余裕が私にはなかった。
彼の笑みは悪意に満ちていた。

「おねーさんの能力は、すでに『立会人』から聞いていたんだよ。
 そして試合開始からおねーさんが動かなかった3時間もあれば、対策は十分に考える時間もあった。
 さらにいえばちょっと眠って休む時間もね」

私は思わず自分の耳を疑った。確かに、立会人の中にはあらかじめ対戦相手のスタンド能力を伝える者もいる。
だが、私は立会人から仰木のスタンド能力について一切聞かされていない。訊いたところで、教えてくれるような様子も感じられなかった。

だが、仰木の前に現れた「別の立会人」は、私のスタンド能力を仰木に教えていたということなのか。


「おねーさんが僕に最短の軌道でクナイを投げてきたのは、さっきの攻撃のような遠回りの軌道での攻撃を予測させないためなんでしょ?
 じゃあ僕は、おねーさんが勝負を決めたいチャンスにそう『投げさせる』だけでいいんだよ」



一歩一歩、仰木が倒れ込む私に近づいてくる。
すでにスタンドを発現させていて、その拳を振り下ろそうとしているのだと彼の顔を見て理解する。

私の負けだ、と叫びたかったが、胸を打っていたためにうまく声が出てこない。
私はふと思い出していた。今と同じ恐怖を以前私は感じたことがある。

トーナメント2回戦、私が落としたシャンデリアの下敷きにして倒したと思った相手が立ち上がり、豹変して私に向かってきた時のことだ。

仰木健聡の悪意に満ちた奇怪な笑み、それはあの時見た朝比奈薫の表情によく似ていた。


「『『Make Some Noizeeeeeeeeeeeee!!!!』』」


今日これまでに見たものよりも一層大きく感じたそのスタンドの拳は、地面に落ちた柿の実のようにべしゃりと私の頭を叩き潰してしまうのだと感じた。

視界が一瞬で暗くなり、鼻先に何か触れたと感じた後には一切の感覚は無かった。

即死、絶命とはこのようなものなのだろう。
痛みを感じずに死ねるのなら、かえってこれほど幸運なことはない。




いや、私は死んでいなかった。
拳の当たる感覚がなかったのは、拳が当たっていなかったからだ。
視界が暗かったのは、視界を覆う大きな何かがあったからだ。

仰木の攻撃を止めたのが、私の目の前を遮ったもののためだと気づくのには時間がかかった。

状況を理解したのは、仰木の言葉を聞いてからだった。

「……なんのつもり?『沫坂立会人』」


状況に、私の理解がたどり着かない。

「勝負に介入するなんて、立会人のすることじゃあない。そこをどいてください」

沫坂立会人と呼ばれた「それ」は私の前で立ち上がり、仰木に言った。

「この場所は試合場所に定められた範囲の外……つまり、そこから先に外へ出たクリームヒルドの失格負けだ、すでに勝負はついている」

男は淡々と、何の感情も差し入れずにそう話した。



私がようやく状況を理解し自分の前に立つ男の足元から顔を見上げた時、私はそれがずっと会いたかった人物であるとわかった。
彼のトレードマークだった学ランに、見覚えのある横顔。確かに沫坂蓮介の姿だった。

恋愛とも、友情とも言えない。だがそれよりも強いつながりを私はこのひとから感じていた。

だが、沫坂は私に対し一瞥もくれないまま仰木と対峙していた。


「勝敗は決まっていたとしても、わざわざ攻撃を防ぐ理由がわからない。仮にここが試合場所の範囲内だとしたら、アンタは俺の攻撃を止めなかったのかい?」

沫坂は答えない。
一切の感情を表に出さず、私の前に立っている。

「それにしても奇妙だ、沫坂立会人……アンタ、『クリームヒルドを負かせろ』と僕に言ってスタンド能力を教えてくれるまでしただろ?
 なのに今こうやってその人をかばってる。アンタら、一体どういう関係なんだ?」
「ど……どういう……こ……と……?」

沫坂立会人が、私のスタンド能力を仰木に伝えていた。そして『負かせろ』と言っていた。
その理由が私にもわからず詰問しようとするも、まだ呼吸が苦しくそれ以上声が出なかった。


「沫坂さん……この人は、クリームヒルドさんは、まさかトーナメント初戦で負けさせてでも守りたかった大事な人……だったりするんじゃねーだろうな?」

沫坂は答えない。
私を見向きもしない。

ただ、仰木と私の間に立ちふさがって動かない。



仰木はスタンドを消して戦闘態勢を解く。
狩人が獲物を仕留めるのを諦めたかのようだった。

「ハイハイ……沫坂さん、アンタに手を出しちゃあソレで反則負けになるかもしれないからな。言うとおりにするよ」

その言葉に、おもわず私は安堵してしまう。
そのことに気づいた時、私は本当に勝負に負けたのだと実感する。


「でも、このまま帰るんじゃ面白くないし、モチベーションも上がらない。だから僕は決めたよ。
 このトーナメントで優勝したら、アンタは俺と戦ってもらう。絶対にね。おねーさん、アンタにもそこに立ち会ってもらう」

その言葉を沫坂が聞いた時、鉄仮面のようだったかれの表情が少し歪んだのが見えた。

「……いいだろう、トーナメント立会人としてその条件を了承しないわけにはいかない」

「フフフ……楽しみにしてるよ。僕の攻撃を止めた時にわかったよ、アンタがどれだけ強いヤツか……」

そう言い残し、仰木健聡は立ち去っていった。



深夜の小川のほとりに残ったのは私と沫坂だけだった。

「……待って!」

私に何も告げないまま立ち去ろうとする沫坂を私は呼び止めた。
体は動かない、試合には負けた。だが、私がこのトーナメントで求めていたモノは目の前にいた。放っておく訳にはいかない。


一度足を止めた沫坂は、初めて私に視線を向ける。
その表情からは沫坂の感情は読み取れなかった。

そして、何の言葉もないまま沫坂は歩き去っていった。



冷たい砂利の上に倒れて空を見上げた。
西の空から流れていた雲が夜空一面を覆っている。

雲の間からふと月が顔を見せて、私を見下ろした後また消えてしまった。

約1年ぶりに見た彼は、姿を消したあのときと何も変わらないように見えた。
だが、再びトーナメントの地に戻ってきた沫坂蓮介のその心の内を、私は計り知ることはできなかった。

★★★ 勝者 ★★★

No.5394
【スタンド名】
Make Some
Noizeeeeeeeeeeeeeee!!!!
【本体】
仰木 健聡(オオキ ケンソウ)

【能力】
体液に衝撃を込める








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最終更新:2022年04月17日 16:52