第18回トーナメント:予選④




No.1057
【スタンド名】
バタフライ・キッス
【本体】
壮周(ソウシュウ)

【能力】
とまった場所に蝶々型の穴を空ける


No.7520
【スタンド名】
ロード・トリッピン
【本体】
デズモンド・ウォーカー

【能力】
触れた箇所を『滑走路』にする




バタフライ・キッス vs ロード・トリッピン

【STAGE:廃工場】◆4AA1FCGO3Q





■ C国:スラム街:AM2:30 ■


『仕事』を終え、深夜、自分のヤサに戻ってきたその男……『壮周』は己の部屋ドアノブに手を掛けた刹那、奇妙な気配に気づく。

「……」

気配……いや、匂いだ。

うらぶれた路地には不似合いな香水の匂いが微かに鼻をつく。
ローズやリリーも僅かに感じるが、続くムスクからヴァニラの香りが甘ったるい。

記憶に残るこの香りの組み合わせは壮周の脳裏に一人の女を思い起こさせた。

苦虫を噛み潰したような顔をしてドアを開く。
真っ暗な部屋の中、エントランスに敷かれたマットを避け、その脇の床の上で三つ指をつく女と目が合った。

「チッ……」
「……ご無沙汰しております」

壮周が思わず漏らした舌打ちは、その女……『白鷺かふら』の声と、額を床に付けるかの如く深々と頭を下げた彼女の合手礼にかき消される。

「……どうやってここを突き止めた?」
誰も知らないはずのヤサがあっさりと割れたことに漏れそうな溜息を堪えつつ、頭を下げたままのかふらの白いうなじに声をかける。

「思いの強さがあれば叶わぬことなど御座いませんわ……お帰りをお待ち申し上げておりました、壮周さま」
にっこりと笑いながら顔を上げるかふらの言葉に堪えきれず溜め息が漏れた。

「ふぅ……この暗い部屋の中でか?明かりくらいつけたらどうだ」

パチンとドア横のスイッチを押す。
急に明るくなった周囲にかふらが目を細める。

「で、私になんの用だ」

なにもない部屋。

ベッド替りのソファー、小さな机の上にはラジオとノートパソコンが一つづつ。
調理用具どころかおおよそ生活用品と呼べるものは見当たらない。

「ああ……壮周さま……殿方お一人でご不自由なさっておられるのですね」
ゆっくりと周囲を見回したかふらが悲しげに眉を顰める。

「お声がけ頂ければ、わたくし何時でも壮周さまの端女としてお側の御用をさせて頂きに参りますのに……」

「勘弁してくれ」

「わたくしがお気に召さないのであれば、家の者でも遣わせますが」

「……『なんの用だ』と聞いたはずだが」

言いながら三つ指をついたままのかふらの脇を抜け部屋の奥のソファーに腰を下ろす。
「ああ……よくぞ聞いて下さいました」

座ったまま脇に滑らした両腕で僅かに腰を浮かし、くるり、と向き直る。
そして、腰を落としたまま壮周の座るソファーの前までにじり寄る。

日本の古い作法には詳しくないが、一連の所作の美しさには感心せざるを得ない……と、
「わたくしの所に……このようなものが参りましたの……壮周さま宛でございます」

胸元に手を入れたかふらが取り出したのは『赤い封筒』。
跪いたまま恭しくそれを両手で差し出す。


かふらの体温が残るそれを受け取り、開く。
肌から移ったのであろう先ほどと同じ香水の匂いが紙から広がり、再び壮周の鼻腔を突いた。

++++++++++

「ほう……『トーナメント優勝者によるトーナメント』……か」

出ることに異論はない。
自分のようなものを秘密裏に集め殺し合いをさせる力を持つ、このトーナメントの『運営組織』には強い興味があった。

むろん『気に喰わない』のである。
可能であれば叩き潰してやりたいとさえ思う。

しかし、
「……なぜ私宛の招待状がお前のところに?」

「それは……わたくし如きには図りかねますわ」
そう言ってかふらは目を伏せる。

「わたくしは『運営』から仰せつかった通り……非力な女の身では、これを壮周さまにお届けする以外の選択肢はございませんでした」
「壮周さまにはご無礼の程、どうかご容赦くださいませ……どのような罰でもお与えください」

かふらはそう言うと再び三つ指をつき、深々と頭を下げる。

「フン……私兵団すら抱える名家の令嬢が『運営』の使い走りとはな」
跪くかふらを鼻を鳴らして一瞥する。

「まあいい……要件は承った。お前の仕事は終わりだ……帰れ」

そう言われたかふらがゆっくりと顔を上げる。
「ああ……壮周さま……お叱りの言葉も、罰も頂けませんの?」

「……『帰れ』と言ったが」

「……失礼を致しました。仰る通りにいたします」
正座のまま少し後ずさりすると、しゃなり、と流れるような所作で立ち上がる。

「でも壮周さま……わたくし『運営』に感謝もしておりますの」
ドアの方へと退きながら、ヴァニラのような甘ったるい笑みを壮周に向ける。

「こうしてまた、壮周さまのお目にかかれる機会を得られたのは『運営』のお陰ですもの」
そして深々と頭を下げた。

「お邪魔致しました。またお会い出来る日を楽しみにしておりますわ」

ドアが閉まる音を殆どたてることなく、かふらは部屋を出て行った。


「フン……薄気味の悪い女だ……しかし」
香水の匂いだけが微かに残る部屋でひとりごちる壮周。

(……金のための『仕事』ばかりで飽き飽きしていたところだ……こういう『お楽しみ』もなければな)
(やってやるさ『トーナメント』も『運営』も)

その口元には薄く笑みが浮かんでいた。

++++++++++


■ B国:米軍海兵隊基地:PM5:00 ■


「ご苦労さま、曹長。素晴らしいレクチャーでした」
新任士官らの拍手に送られ講義室を後にしたデズモンド・ウォーカーは遥かに年下であろうブロンドの女性中尉から声を掛けられた。

「あーそのー……ありがとうございます、Ma'am……って、あんなもんで良かったんスかね?」

「もちろんです。現場での経験が長い曹長のお話はあの連中にはとても良い勉強になったと思いますわ」

「はぁ……だといいんですけどね」

どうにも決まりが悪い。
いや、決まりが悪いというか腑に落ちない。

「何か不満が?」

「いや、不満って訳じゃないんスけど……わざわざ俺を地球の裏側から呼びつけてやらせる程じゃ……あっ」
言いかけて、妙な言い方になってることに気づく。

「あ、いやー、そのー……この俺様をこんな遠くまで呼びつけやがって!とか、そういう訳じゃないんスよ!」
「ただ、なんというか……あの程度の内容ならどの基地にだって語れるやつが何人もいるでしょーし」
「とゆーか、OSCに入校して三日以内には教わってる内容だと思うんスけどね」

クスリ、と鼻をならした中尉が笑顔で応える。

「基本的な事こそ尊敬出来る相手から言われなければ素直に受け入れられないし、耳に残らないものですよ」
「そういう意味で、曹長は十分に適任者だったと思います。HQMC直々にコーチとして推薦されてきただけのことはありますね」

「うーん……」

それも彼が分からないことの1つだった。
実際のところ、部隊の同僚、あるいは作戦上関り合いになった他の部隊のスタッフ、その辺までの連中になら『自分は信頼されている』という自負はある。
我ながら腕もなかなかのもんだと思っているし、志願して軍人になって以来、ずっと仕事は真面目にやってきたつもりだ。

だが、そこまでだろう。

司令部直々に評価されたり名前を覚えられたりする何ががあったとはとても思えない。
(なんだって俺みたいな平凡な下士官が……)

「ところで曹長、この後ですけど」
ウォーカーの困惑は中尉の声に遮られた。

「もしご予定が無いのでしたら、二人でディナーに行きませんか?」

「ふぇ!?」

「せっかくこんな遠くまで来られたんです。この国で一番美味しいお店に」

「ノ、ノー!Ma'am!そいつぁいくらご命令でも承服致しかねます!」

「あら!……残念。なぜかしら?」
断られた中尉は青い目をくりんと丸くし、口をへの字にし、下唇を突き出してておどけてみせる。

「い、いや、中尉のようなお若い美人と二人でメシ食った日にゃ、俺ぁかみさんに銃殺刑ですよ!」

泡食った様子のウォーカーに、中尉は口元を抑えて『ぷっ』と吹き出した。

++++++++++


結局、用意されたホテル近くのレストランで軽く一人の夕飯を済ませた。
帰り道のストアで缶ビールを二本とツマミになりそうなナッツを一袋買い、ホテルに戻る。

明日の任務内容は明朝までに連絡して知らせるとのことだった。
眠りに落ちるまでに来るかは解らないが、とりあえず一杯やりながら部屋に引かれているCATVの映画でも見て連絡を待つ算段である。

軍が手配してくれたにしてはずいぶん高級なホテルだ。
明朝(もしホテルで朝食をとれるなら、だが)食堂に着ていく服が心配になる程度には立派である。

(新婚旅行ん時にこんくらいのホテルに泊まれてりゃなぁ……あん時は今以上に貧乏だったからしょーがねーけど)
フロントでカギを受け取り、自分の部屋があるフロアに行くためのエレベータに乗る。

(しかし……妙な出張だよな)
階数のランプが順に上階へと点滅するのをぼんやりと眺めながら思う。

自分のような下士官が民間機、それもビジネスクラスでの移動。
基地の宿舎ではなく、星がいっぱいついてそうなホテルへの宿泊。

その癖、今日求められた任務は二十年前に退役した爺さんでも出来るような簡単なレクチャー。
その補助に基地一番の美人(と思われる)中尉がつく。

(なんつーか……死刑囚の最後の食事は豪華らしい、とかそーゆーの思い出しちまうよなぁ)
(……明日になったら帰還率の低い任務でもやらされんのかね……嫌な予感しかしねぇ……)


チン。


エレベータは十三階に到着した。
ふかふかの絨毯が敷かれた廊下を歩き、自分の部屋のドアノブに手をかける。

「ん……?」
微かな違和感。

息を殺し、ドアノブを鳴らさないようにそっと手を離す。

(部屋の中に……誰かいる……?)

理由なくそう確信した。

(……強盗……は、こんな立派なホテルじゃなさそうだ……軍の関係者か?ならいいんだが)
(最悪なのは、実は俺がやべえ任務に投入されてて、そいつに関係ある『敵』がいる場合だ)

ドアと床の隙間に目をやる。
中からの光は漏れてない……部屋の電気は消えたままだ。

静かに扉に耳をつけ、部屋の中の音を聞く。
物音はしない。

(明かりもつけず、音も立てずに待ち構えてるってこったあ、中にいる奴は少なくとも『素人』じゃねえ……するてえと……)
と、その瞬間!

スパァ!
「なっ!?」

ウォーカーが耳をつけていた扉が『シャッターを開くように』上に跳ね上がる。


「うおおおぁ!っ!」
頭を扉に預けていたせいでつんのめり、そのまま部屋の中に倒れこむウォーカー。
反射的に体を起こそうとして、まず顔を上げると目に入ったのは男の足。

高そうなスウェードのローファー。
目を下から上へと滑らす。

ネイビーブルーのチノパン。
ライトブルーのワイシャツの上にグレーのコットンジャケットを羽織る。

(……おいおい、こいつぁ……)

そして顔には丸いサングラス、頭の上にはツイードのハンチング。

(俺の良ーーーーく知ってる……!)

ガバっとい跳ね起きたウォーカーは背筋を伸ばし踵を合わせ、直立不動。
右手を『>』の形に折り曲げ指先をこめかみに当てる。

(シラード少将殿じゃねーか!)

そこに後ろ手を組んで立っていたのは、ウォーカーの幼なじみにして親友……アメリカ合衆国海兵隊少将『アルベルト・シラード』である。

敬礼のポーズで固まったウォーカーに、姿勢を崩さず抑揚のない声でシラードが話しかける。
「ふむ……油断したな。たるんでるぞ、曹長」

「Sir!申し訳ございません、Sir!」


と、


「「ぷっ……」」

少将と曹長は同時に目を合わせて吹き出す。


「ハァ~~~っはは!よぉ!アル!驚かせんなよ!なんでこんな所に?」

「デズ、あんたも元気そうで何より」

親しげに言葉をかわし、まずはお互いの肩を抱いて背をポンポンと叩いた。

++++++++++

「……にしてもアル」
部屋の中へと招き入れたシラードのファッションをしげしげと眺めるウォーカーが微妙な顔でウォーカーが尋ねる。

「なんだその格好?軍服じゃねーお前を見るのは何年ぶりって感じだが……親戚の結婚式の帰りか?」

「一応格式のあるホテルだぞ?あんたこそ、そんなTシャツにジーンズでよくドアマンが中に入れてくれたな」

「ま、まあそうだが……でもよ、軍の出張でこんな高そうなホテルに泊めて貰えるなんて思わねーだろ……普段着しか持ってこねえよ」

「黙っていたのは悪かったが……今回あんたに出されたのは我軍の最高司令官殿から直々に発令された『任務』だ」

「はぁぁ!?」
意外な名前が出た。

「だ、大統領!?マジ!?」

「ああそうだ。だからそれなりに格ってもんがあるんだよ。あんたの泊まるホテル、というか投入される経費にな」

「ちょ、ちょっと待て。いま『あんたに出された任務』と言ったが……大統領閣下がこの俺を指名したのか?」

「ああ、最高司令官殿は……いや、厳密に言えばこれは軍の任務ではない。つまり合衆国大統領として極秘の『任務』をあんたに頼んでるって訳だ」

「はああああ……???」


話が飛躍しすぎている。
剃りあげた頭を撫でながら、高そうなソファーにどっかと腰を降ろすウォーカー。

「あ……あのよ、買ってきたビール、飲んでいいか?」

「構わんよ」

「お前の分もあるが」

「私は要らん」
そう言いながらシラードもウォーカーの横に腰を降ろす。

「形式上軍の任務で出張するようにしたのは、そうすりゃ軍からも手当がつくからさ」

「は、はぁ……そりゃどうも」

プルタブを開けながら応える。
プシュと僅かに音がした。

「そうすりゃ、あんたのかみさんも納得するだろ?……もちろん大統領からもギャラは出るだろうが、そっちは表に出せる金じゃない」
「銀行に今あるあんたの口座に振り込みって訳にはいかんのさ。とりあえずはあんたのへそくりだな」

「お、おう」
缶を傾け、ゴクリ、と一口ビールを飲む。

味がしない。
「……で、その『任務』ってなんだ?ってか、大統領閣下がなんで俺みたいな……」

「まあ聞いてくれデズ」
顔つきを引き締めたシラードが、ウォーカーの目を覗きこむ。

「9日前の事だ。大統領閣下が朝、公邸の寝室で目を覚ますと……枕元に『これ』があった」
そう言いながらシラードは上着の内ポケットに手を入れ、ウォーカーへとそれを差し出す。

「『赤い封筒』……」

「あんたも、そして私も見覚えのある『トーナメントの招待状』だ」

「中を見ていいか?」

「構わんよ。というか読んでくれ」
恐る恐る中身を取り出し、目を通すウォーカーであった。

++++++++++


「はーん……『トーナメントの優勝者を集めたトーナメント』ね……正直、命がいくつあっても足りねーよーなのはもう出たくねーが」
中身を封筒に戻しつつ、シラードに尋ねる。

「よーするに、俺にこれへ出ろってのが『任務』か?」

「まあ、基本的にはそういう事だ」

「はあ……少将殿のご命令なら仕方ありませんが……優勝は保障しかねるぜ。前回も紙一重の勝ちばっかだったしよ」

「いや、この『任務』で重要なのは勝つことじゃないんだ」

「ん?『出場することに意義がある』的なスポーツマンみたいなアレか?」

「いや……」
シラードの眉間にグッと皺が寄る。

「デズ、この『招待状』がここに来るまでの経緯、おかしいとは思わんか?」

「……まあ、俺宛の『招待状』なんだからわざわざ大統領やお前の手を煩わせず、直接俺によこせや、とは思うが」
シラードの表情に、ウォーカーもつい緊張してしまう。

「そう、そこだ」

「まーな!スヤスヤ寝てる大統領の枕元にこんなお手紙届けるたぁ、とんだ悪趣味サンタクロースだよな!」
戯けてみせたウォーカーだが、シラードの険しい表情は崩れない。

「もちろん、あんたを『トーナメント』に出場させるというのが最大の目的ではあるのだろうが……これは『トーナメント運営組織』から合衆国への脅迫だ」

「へ!?そりゃ、大袈裟……」

「なあアル、考えてみろ……ホワイトハウスの寝室に忍び込み、眠る大統領の枕元に置き手紙出来るやつがこの世の中にいるか?」

「……あ」
ウォーカーはゴクリ、と唾を飲み、シラードは奥歯をギリッ、っと鳴した。

「よく訓練されたISの工作員?ロシアや中国の特殊機関?……無理だな。サンタクロースでも無理だ」
「『連中』は……間違いなく世界最高のセキュリティをすり抜けてみせたのだよ。つまり……『連中』がその気になれば……」

「わ、わかった!事態の深刻さはわかった!……で、俺はどうすりゃいいんだ?」
思わず、大声を上げてしまった。

「し、しかしよ、俺に『運営組織』を壊滅させろ!とか言われても、そりゃ無理だぜ!」
「俺はチャック・ノリスでも!セガールでもねえ!しがない整備兵だぜ?ランボーやれって言われても……」

まくし立てるウォーカーの様子に、シラードは少し表情を崩す。
「ああ……悪かった。そういう話じゃない」

そう言ってソファーの背もたれに体を預け、キャビネットの上、ウォーカーが置いた空けてない缶ビールを指差す。
「……やっぱりそれ貰っていいか?」

「あ、ああ」
プシュ。

ウォーカーはプルタブを開けたビールの缶をシラードに手渡す。
それを受け取り、ぐびりぐびり、と飲むシラード。

「ふぅ……まあ……この置き手紙の件で『運営組織』は合衆国の脅威となりうる力を持つことは証明されたが、しかし…」
そう言って、また一口ビールを飲む。

「実際の所『運営』が合衆国に対してどういうスタンスを取ろうとしているのかわからない……いや、それ以前にどういう『組織』なのか、まるで情報がないのだよ」

「うーん……軍の情報部やCIAでもか?」

「ああ……大統領閣下はもちろん存在を認識してはいる。私が『トーナメント』に出場してそれを報告するまでは半信半疑だったようだがね」
「で、今回の事があったからな。あんたの『トーナメント』再出場を基点に、何かしら情報収集、可能なら『組織』とのコネクションを作れれば、とお考えだ……つまり」
そこで一拍置き、とん、と机に空になった缶を置く。

そして続く言葉を吐き出した。
「それがデズ、あんたの『任務』って訳さ」


「えーと……俺は『トーナメント』であったこと報告して、出来れば『運営』の人間から電話番号でも聞いてこいってことかね?」

「そういう事だな。大雑把ですまんが『運営』に関することならどんな些細なことでも構わんよ」
「もし合衆国にとって有益な関係を彼らとの間に築けるのであれば、それに越したことはない……それが大統領閣下のお考えだ」

それを聞いてウォーカーは大きく、ふぅ、と息をつく。

「俺はお前みたいに頭良くねーからどこまで出来るか……まあ、やってみるさ。大統領が『運営』とコンタクト取りたがってるってのもチャンスがあれば伝えてみるよ」

「よろしく頼む。それが出来るアメリカ人は今あんただけだ」
そう言って、シラードは席を立つ。

「話は以上さ。邪魔したな、デズ」

「おい、もう帰るのか?もうちょっとゆっくり……」

「そうしたいが明日にはアナポリスで会議でね……あんたの五倍は給料貰ってるからな、その分忙しいんだよ」

「はぁ!?お前そんな貰ってんのか!?はぁ~俺も少将になっとくんだったぜ」
そう言いながら、部屋のエントランスに向かい歩き始めたシラードを見送ろうと、ウォーカーも腰を浮かせた。

**********

「……この『任務』……成功の最低条件はあんたの生還だ。幸運と健闘を祈ってるよ」

「ありがとよ。なんとかするさ」
出入り口のドア前、握手をする少将と軍曹。

「それじゃあな……ああ、そうだ」
ドアノブに手を掛けたシラードが振り返る。

「『優勝者によるトーナメント』ということであれば……おそらく出場していると思うんだが」

「へ?」

「もし『ホウ・ヤエガミ』という日本人……いや、見た目は全く日本人らしくないのだが……の少女に会ったら『シラードがよろしく言っていた』と伝えてくれ」

「ん?知り合いか?」

「私が出場した時に負かされた相手さ。結局ホウはその大会で優勝したと聞いている」

「へー、お前に勝ったってのは興味湧くな。どんな子だい?能力は?」

「ま、ユニークでチャーミングな子だが……能力は教えられんな。あんたと当たるかもしれん」

「は?俺が『任務』を達成するためにはライバルの情報を……」
と、言いかけたウォーカーにシラードはニヤリと笑い、くるりと身を翻して背を見せる。

「ふっ……また会おう、曹長」

そういって立ち去るシラードの背中をぽかんと見送るウォーカーだった。

++++++++++


■ B国:廃工場:AM1:00 ■


ずいぶん前に閉鎖された工場に見えるが、最低限の電源は生きているようだ。
漆黒の闇の中、ところどころ非常灯が点っている。

その灯りに導かれるように『壮周』は指定の場所へと歩みを進め、オレンジ色の灯火の下にあるドアにたどり着いた。
本来はセキュリティカードが必要であるように見えるが、今はロックが外れているのだろう……扉は僅かに開いている。

(……『相手』はもう中か)

ギィ……と微かな音をさせて扉を更に開く、と、

「ん?来たか?俺の対戦相手か?それとも『運営』の人?」
闇の中から大きな声がした。

「……私は出場者だ」
そう返す壮周の方へと歩み寄る足音が広い工場棟内によく響く。

暗闇に目が慣れてくると、ずいぶん広く……そして様々な機械や資材、燃料や薬品の入ったドラム缶やボンベが置かれているのが見て取れた。

「なるほど、あんた対戦相手か」
間近まで迫った大柄な男が自分に右手を差し出した。

「俺はウォーカーってんだ。アメリカで軍人やってる、よろしくな」

「……よろしく」
ウォーカーの出した手を無視して答える。

「あ、えーと……」
決まり悪そうに差し出した右手の指をワキワキと動かすウォーカー。

「……西洋の習慣を押し付けるのは関心せんな」

「そ、そうか……えーと、あんたの名前は?」
困惑した顔でウォーカーは差し出した手を引っ込める。

「名乗る必要あるのか?」

「ま、まあ、そーだけどよ……」

(ふん……アメリカの軍人か……悪くない)
『トーナメント運営』が決して表に出ない強力な組織だとすれば、アメリカ軍は世界に認知されている中で間違いなく『世界最強』の実行組織だろう。

つまり、壮周にとっては頗る『気に喰わない』相手だ。
(この男を手始めにアメリカ軍をやっちまうってのもいい……『お楽しみ』が増えたな)

「ま、まあ、それはともかく!」
掻き消すようなウォーカーの声。

「あんた何か『運営』から聞いてるか?『試合』どうすりゃいいんだよ。ルールの類は『招待状』には書いてなかったし……指定された場所に来ても『立会人』もいねーし」

「いや、私も場所と開始時刻以外は聞いていないが」
大袈裟に両手のひらを上に向けてみせるウォーカーに、淡々と壮周が答える。

「……ルールや勝敗判定の説明はなく、しかし、試合開始時刻は……」
壮周はちらりと腕時計を見る。

「あと七秒か……『そういう事』じゃないかね?あと五秒」

「へ?『そういう事』?」

「あと二秒」

「おいおい、あんた何言って……」

「……ゼロ」
そう壮周が呟いた瞬間、

ビーーーーーーーーーーーッ!【試合開始です】
広い廃工場内に警報音が鳴り響き、どこかのスピーカーから【試合開始】が宣言される。


「はぁあああ!?」

(甘いっ!)
警報音が鳴ると同時に、壮周のスタンド『バタフライ・キッス』は困惑の声を漏らすウォーカーの顔面に向け突きを繰り出していた。

++++++++++

「つぁ!」
いきなり【試合開始】とは面食らった。

『ロード・トリッピン』がすんでのところで『バタフライ・キッス』の突きを打ち払う。

「こンの……おりゃあ!」
ドスン!

体勢を崩した『バタフライ』の腹部に向け、足刀を叩き込む……と……
微かに青い光を放ちながら『バタフライ・キッス』がバラバラになっていく。

「……なに?」
今、打撃を打ち込んだはずの人型スタンドはたちまちのうちに消え、青く煌めく『蝶』の群れが現れた。

追撃に行きかけた『トリッピン』と共に、後ろに飛び退くウォーカー。
「なんだこれ……」

と、前を見ると対戦相手の男は消えている。

「……ウォーカー、君のスタンドはなかなか素早いな。パンチ一発で終わるかと思ったが」

彼の声だけが聞こえてくる。
奇襲を行いながら、自分は身を隠したようだ。

「おい!試合開始なのは分かったが、ルールが説明されてないだろ!」
ウォーカーの叫びは暗闇に吸い込まれた。

「フン……アメリカ軍人はみんな君のように頭が悪いのか?察しろ」

「お、おい!言っとくが、俺ぁ軍でもかなり頭悪い方だからな!みんながこうじゃねえ!」

「『存在しない』ものは誰にも説明出来んだろう……『試合』である以上、勝敗は決める必要があるがな」
『蝶』の群れがふわりと広がる。

ふらりふらりと風に吹かれる木の葉のように、そしてウォーカーを包むように迫ってくる。
(動きは本物の蝶みてーだな……スピードも……俺の『トリッピン』ならこの程度払いのけられる、が……)

くるりと踵を返して逃げる!
(知ってるぜ!絶対これ触ったらやべぇやつだろ!まずは体勢立て直しだ!)

ウォーカーもまた、放置されているボンベの林の中へと身を隠した。

++++++++++

(フフ……流石は『優勝者』……そう簡単には行かないか……まあ多少は楽しませて貰わなくてはな)
暗闇の中、壮周は誰に見せるでもない笑みを作る……が、すぐにその表情は元に戻る。

(……ウォーカーの能力はなんだろうか。撃ちあった一瞬に感じたスピードとパワー……近距離型なのは間違いなさそうだが)
ちらりと顔を出し、ウォーカーが逃げ込んだ先の暗闇を見る。

気配はない。

僅かな非常灯の光を頼りに改めて工場内を見直すと、化学プラントだったのか、という印象を受けた。
天井や壁面にはパイプが這っており、燃料や薬品の大きなタンクのようなものがゴロゴロと並んでいる。

(ふむ……少し粉を撒いてみるか)

群れから数匹の『蝶』が離れ、ふらりふらりと飛んで行く。

++++++++++


『蝶』が自分を追ってこないのを確認したウォーカーは、ふう、と小さく息をついた。

(やれやれ……厄介そうなスタンドだな……)
あの東洋人も『トーナメントの優勝者』だ……能力が『分裂する』だけという事はないだろう。

それにしても、
(『運営』の人間が試合の場に顔を出さねえとはな……俺の『任務』に気づかれたか?)

自分が勝とうが負けようが『運営』の者、あるいは試合の『立会人』……そのあたりの人間に大統領の意を伝えたかったのだが。
(まあ、勝てば『次の試合』もチャンスはあるか……今は勝つ事を、生き残ることを考えなきゃな……ん?)

ウォーカーの頭上、暗闇の中、微かに青い燐光が見えた。

(やつの『蝶』だ……一匹……か?)

天井に這うパイプラインのあたりを薄っすらと照らしながら飛び、そして物陰に隠れたのか光は見えなくなった。

(考えようによっちゃ……へへ、この暗闇は俺に有利かもな。あいつの光る『蝶』の動きは目立ちやすい……と!)

別の『蝶』だろうか。
またフラフラと頭上を舞っているのに気づく。

(俺を探してるのか……?どうする気だ)

しかしまた、光る蝶は天井のパイプの影に見えなくなる。
その後も三匹目……四匹目……と、天井のあたりに蝶が集まっては消えていく。

(……なんかやべぇな、これ)
ウォーカーは静かに『ロード・トリッピン』を発現させ、身構えた。

++++++++++

(……こんなところで……とりあえず仕掛けてみるか)

合計で十匹程の『蝶』をウォーカーが隠れていると思しき区画の上空に待機させた壮周は、くい、と片眉を動かした。
この『蝶』たち……ウォーカーの頭上に飛ばした十匹程は、わざわざのんびりと、そしてキラキラと大袈裟に振る舞ってみせた。
むろん、ウォーカーの注目を引くためである。

同時に『バタフライ・キッス』を構成する『蝶』の残り大半を周辺空域に満遍なく展開させていたのだ。
もちろん、こちらは気づかれぬように、静かに、迅速に……だ。

(ウォーカー……この『包囲』から抜け出せるか否か……まずは見せてもらおう。失望させてくれるなよ)

++++++++++

じっと天井を見上げるウォーカーは微かだった青い光が強くなってきたことに気づいていた。
(来るか……ん……?)

ガオン!
 ガオン! ガオン!
   ガオン!

(この音は……)
上から奇妙な音が立て続けに聞こえる……と!

ブシュウウウウウウゥ!

切断され、気体を吹き散らして暴れるパイプがウォーカーの頭上へと垂れ落ちて来た!


「なっ……うぉおおおっ!」
反射的に身を翻しながら『ロード・トリッピン』でパイプを弾くが

「ぶわっ!」
吹き出すガスをモロに顔から浴びてしまい、心臓が止まりそうに……と、暴れるパイプに『Ar(Argon)』の文字を認める。
アルゴンなら毒性はない……特別な匂いもしないことから表記を信じても良さそうだ。

(あ……危ねえ!モノによっちゃ今ので死んでたぜ……あの『蝶』が天井のパイプを破壊したのか?)

天井を見上げる。
既に『蝶』の姿も、光も見えない……と、

カツン!

突如響いた靴音に思わずそちらを見てしまう。

暗い中でも十数メートル先にその姿が確認出来る。
通路の先に立っているのは……対戦相手の東洋人だった。

++++++++++

カツン、カツン、カツン

ウォーカーのスタンドの間合いが解らない以上、迂闊に近寄るつもりはない。
慎重に、しかし、プレッシャーを掛けるべく少しづつ間合いを詰め、10m程の距離まで近づいて歩みを止める。
そして壮周は暗闇の中、フレームをキラリ、と光らせて鼻眼鏡を直した。

「やれやれ……失望したよ。ウォーカー」
半分は挑発のための演技だが、半分は本気だ。

「この程度で動揺して声を上げるとは……なんの為に身を隠した?アメリカ軍人の水準とはそんなものなのか?」

「……い、言ったろ!俺は軍の中でも出来が悪ぃ……」

言いかけたウォーカーを無視して続ける。
「そして私がこうして姿を見せ、声を掛ければ……ホイホイと釣られてこちらに注目する……今の間にすっかり君を『包囲』させてもらった」
「フフ……戦いの最中、もっと冷静に周囲に気を配るべきではないのかね」

「なっ……!]
そう言われて周囲を見回したウォーカーの顔色が一瞬で青くなったのが見て取れた。

既に『蝶』……それも大群……百匹近くいるだろうか……に囲まれている!

「これからこの大量の『蝶』でお前に飽和攻撃を掛ける……フフ……『全て撃ち落とせる』か?」

++++++++++

(くっそ……)
ウォーカーの額を冷たい汗が伝う。

(『戦いの最中は目の前の事だけに気を取られてはならない。冷静に周囲に気を配るべき』……)
(昨日の講義で俺が偉そうにルーキー士官達へ講釈垂れたセリフじゃねーか!)

自分を包囲する『蝶』を見回す。
(……『トリッピン』のスピードなら、出来る!……と信じるしかねぇ!……一匹残らず撃ち落と……ん……?)

ちょっと待てよ、と。

「フフ……いくぞ」
対戦相手の東洋人が笑みを浮かべると、周りの蝶がぼうっと青い光を放ち、そして一斉にウォーカーに向け、ひらりひらりと羽ばたき始める。

(……ん……?)
もう一度、ちょっと待てよ、と。

ふわりふわりと『蝶』達が迫る。

(あいつの口車に乗って『全て撃ち落とす』気になっていたが……その必要あるか?こんなスピードもパワーもなさそうな『蝶』だ)
(正面の邪魔な『蝶』だ叩き潰して、最短距離であいつまで間合いを詰めてぶちのめす!……ん?)

いやいやいやいや、今一度、ちょっと待てよ、と。

手を伸ばせば触れる空域まで『蝶』達は侵入している。


(……と思うじゃん?……でも俺、最初に『蝶』を見た時に『あれは触れたらやべぇ』そう思ったよな?)
(『目の前の事だけに気を取られてはならない』ぞ、曹長!この『蝶』は、ほんの数匹で天井のパイプを切断したんだ!つまり!)

タン!
とその場に伏せるウォーカー。

(最初に感じた勘が正しい!触るのは危険だッ!床すれすれの超低空飛行で『蝶』を躱して!)
『ロード・トリッピン』が床面に『滑走路』を設置!そのまま床を蹴り『滑走路』に飛び込むウォーカーと『トリッピン』。

(そのままあいつの懐に飛び込んで!)
「ぶちのめす!」

+*+*+*+*+*+

「むっ?」

『蝶』に包囲されたウォーカーが突然しゃがみこんだように見えた壮周は、その行動に意表を突かれた……が、

(……愚策だな)

腰を落としたり、伏せたりしたまま自由に動ける人間はいない。
軍人であるウォーカーが匍匐前進の十分な訓練を受けていたとしても、それはどうやっても『蝶』の飛行速度を上回るものではない。

(フン……このまま終わりか)

そう思って『蝶』達をウォーカーの身体に舞い降りさせようとしたその時である。

「うおおおおぉおおおおおおおおぉおおぉぉぉ!」

「なっ!?」
ウォーカーが伏せたまま顔をこちらに向け床面を滑走し、弾丸の様な速度で自分の方へと飛び出したのである。

見れば、床の上にはレール?いや……『滑走路』のようなものが壮周の足元に向け、一直線に伸びている!
(これがウォーカーの能力!)

突撃を躱すべく、射線から身を逸らそうとするが、
「おりゃぁッ!」

「くぅっ!」

ドスン!
ウォーカーの肩からのタックルが壮周の膝下に食い込んでいた。
体勢を崩されて転倒する。

咄嗟の事に受け身を取るのが精一杯だった壮周に対して、軍隊格闘術を叩きこまれているウォーカーだ。
巨体に似合わぬ素早さでグラウンドのまま壮周の両足を自分の足でホールドし、裸絞め……バックチョークを極めてみせた。

「ぐぅ……」
ウォーカーの太い右腕が壮周の首に食い込む。

「……あんた、降伏しろっても大人しくする降伏するタマじゃねーだろ?悪いがこのまま気絶してもらうぜ」

「ぐっ!……くっ!」
必死で頸動脈と気道をずらそうとする壮周。

「や、このままチョークで落とそうってんじゃねーぜ……モタモタしてっと『蝶』に追いつかれちまうだろ?」

ちらり、とウォーカーがさっきまで己を包囲していた『蝶』の群れを見る。
ふわりふわりと組み合う壮周とウォーカー目掛けて群れは近づいて来ている。

「その前に……」

(ぐぐ……はっ!)
気付けば、目の前で『ロード・トリッピン』が拳を振り上げている。

「スタンドで思いっきりブン殴って意識飛ばしてな」


ブン!
と、その拳が振り下ろされた瞬間、

「……甘い、ぞ、ウォーカー……!」

ガシィ!
「なっ!」

その『ロード・トリッピン』の腕を、受け止める腕があった。


+*+*+*+*+*+

相手のテンプルを狙って繰り出した『トリッピン』のパンチが阻止されたこと。
その瞬間、自分の右脇に一匹の青く光る『蝶』が舞い込んだこと。
そして、

ガォン!

先ほど、天井のパイプが切断された時にも聞いた奇妙な音が自分の脇腹でしたこと。

(どーなって……んだ!?)

少し遅れて混乱するウォーカーが感じたのは鋭い痛み。


「くあっ!!」


(やられた……のか?)
(今『トリッピン』のパンチを受け止めたのは……あいつのスタンドの腕……か?)

(……奴のスタンドはバラバラの『蝶』状態で後ろにいるはずじゃ……)


(ともかく、離れ……っ!)

ドスッ!
「うぐっ!」

右脇腹に膝蹴りを入れつつ、チョークを解いて相手から離れる。
が、逃げた先に襲いかかってきたのは、スタンドの『腕』。

(『腕』?だけだと!?くそっ!)
宙に浮かんでいるのは、紛れもなくあいつのスタンドの『腕』……だけだ。

ウォーカーの顔面目掛けて振り下ろされた『腕』を『ロード・トリッピン』が蹴り飛ばす。

「ハァ……ハァ……フフ……やるじゃないか、ウォーカー……だが」
この一瞬で素早く間合いを開けた東洋人が、絞められていた首、そして蹴られた右脇腹をを擦りながら語りかけてくる。

「『追いつかれちまう』というのは、君の勘違いだ……最初から自衛の為に『バタフライ・キッス』の『腕』一本分は私と共にいた。君が勝手に私のスタンドの間合いに飛び込んできたんだよ」

「つぅ……なるほどね……つか『バタフライ・キッス』ってのがあんたのスタンドの名前か?」

ウォーカーの言葉は無視された。
「そして『腕』一本分の『蝶』がいれば……君を穴だらけにするのは簡単だな」

宙に浮かぶ『腕』が青く煌めきながらほぐれ、十数匹の『蝶』へと変化する。
「その脇腹のようにな」

言われて初めて痛む脇腹を見る。

「うぉぉ!」
『蝶』の形にぽっかりと穴が開き、血がとぷりとぷりと溢れている。

(腹の中身は大丈夫なんだろうなこれ!?つーか……痛ぇえええ……し、止血を!)
……掌で押さえる圧迫止血を行う以外、今は出来ないが。

「……その『蝶』が止まったところは『蝶』の形にくり貫かれるって訳か」

またもやウォーカーの言葉は無視される。
「……そしてウォーカー、もう一度言うが君は『甘い』」

「……」

「気づいているか?こうして話をしている間に、君はまた『蝶』に包囲された。フフ……先程よりも厳重にな」


「!……」

後方の『蝶』群はすぐそこまで、そしてウォーカーを包むように迫っていた。
もちろん先ほどくぐり抜けた超低空にも抜かり無く配置されている。
そして前方には『腕』から変化した十数匹。

(やべぇ……)

+*+*+*+*+*+

固まったウォーカーを眺めつつ、壮周は淡々と言葉を続ける。
「さて、どうする?……不利になったアメリカ軍人は降伏するのか?……ま、私は降伏を受け入れるつもりはないがね」

「……おい兄ちゃん。あんたまさかもう勝った気でいるのか?」
まだウォーカーの目が死んでいないことを感じる。

「いや……まだ君が楽しませてくれる事を期待しているのだがな」

「まあ、だいぶキツいのは事実だがね。俺の僅かな勝ち目があんたの背後にあんだよ」

「ほう」

「あんたは興味ねーかもしれねーけど……俺ぁ仕事柄、化学物質なんかには目敏いんだ……で、あんたの背後にあるタンクの文字もさっき目に入ったんだな」

「ほう」

「『N2H4』……『ヒドラジン』って知ってるか?」

「聞いたことはある……ジェット燃料に使う薬品だったか」

「おう、良く知ってるな。まあ、人体には有害よ。猛毒ってもいい」

「で?」

「それがあんたのすぐ背後にあるタンクに入ってるんだぜ……察しろよ」

「ほう……」
壮周の片眉がヒクリ、と動いた。

しかし、振り返ってウォーカーの言う『タンク』の『文字』を確認することはない。

この話がプラフか真実かはどうでもいい。
この場合、相手から目を離さないほうが遥かに重要だ。

「フン……だが、意味はないな。『蝶』に『包囲』された君はもう私に近づけんし、私も君にこれ以上近づくつもりはない」

「違うな。俺ぁあんたに近づく必要がないのさ。とゆーより近づきたくねえ。危険だ……あんたっつーより、あんたの後ろのタンクがね」

「ふう……この期に及んでベラベラと喋れる胆力は評価するが……これ以上時間稼ぎに付き合うのもな。仕掛けるぞ」
壮周がそう言うと、ウォーカーを取り囲む『蝶』群はさざ波が走るように煌めいた。

それを気にする様子もなく、ウォーカーは穴の空いた脇腹を押さえていた手を壮周に向けて開く。

「まあ、これを見ろよ」
その掌の上には、ステンレスのボタンがある。

「……抜け目ないな。傷口を止血していると思い込んで見過ごしていたよ。自分の服のボタンを引きちぎっていたのか」

「へへ……そして、さっき俺の能力は見たよな?……そう『滑走路』だ」

「……」
壮周はウォーカーの広げた掌の上に小さな『滑走路』が展開されている事に気づく。

「こいつをスタンドの指で『滑走路』沿いに撃ち出せば、まあ、拳銃弾に近い威力にはなるんじゃね」


「で……たった一発でどうするつもりだ?」

「これを今からあんたの眉間に向けて発射する」
そう言ってウォーカーは、ニッ、と白い歯を見せて笑った。

「狙う場所が明らかであれば……私に躱すのは容易いが」

「躱せば後ろのタンクに穴が開くぜ。その穴から吹き出すヒドラジンを頭から被りたくなきゃなんとかするんだな」

「ふむ……では『蝶』で阻止させてもらおう」

「そいつぁありがたいね。少なくとも一匹の『蝶』がこのボタン阻止のために割かれる訳だ」

ふぅ、と壮周は溜息をつく。
「……『包囲』から一匹減った位でなんとかなると?」

「さぁ?でも何もしねーよりはマシだろ?……つーか、そんなフラフラ飛ぶ『蝶』で拳銃弾並のスピードで飛んでくる物体を阻止出来るのか?」

「まあいい……やってみろ……フフ……良く狙えよ」
壮周は、ツィ、と中指で鼻眼鏡の位置を直し、そのまま己の眉間を指差す。

++++++++++

(くっそ……この兄ちゃん、ハッタリ並べてもあんまビビってくんねーな……)
掌上の『滑走路』からの射線をピタリと相手の鼻眼鏡の上に合わせたウォーカーはゴクリと唾を飲んだ。

ヒドラジン云々は作り話だ。

いや、相手の背後に化学薬品のタンクらしきものがあるのは事実だが……しかし、この暗い工場の明かりではそこに書かれている文字、薬品名は読めなかった。
相手の態度からは、その作り話を信じたか信じてないのかは読み取れない。

しかし……『この一発』を撃たせる猶予を作らせることは出来た、と思う。

(ワンチャン活かすしかねえ……)
止血のために当てていた手を離した傷口から血が滲むのを感じる。

(落ち着け……落ち着けよ曹長……かみさんの顔を思い出せ……娘の顔を思い出せ……OK、それが出来りゃー後は簡単だ)

「おいウォーカー……まだか?」
東洋人は苛ついた口調で言った。

「よーく狙ってんだ!ちょっと待て」

「フン……嫌だね。いくぞ」
周囲の『蝶』群れが一斉に羽ばたき、そして包囲の輪を狭める!

(来た!)
『蝶』達が自分に向けて移動を始めたのを確認する。

「喰らえッ!」
そう叫んだウォーカーに呼応して『ロード・トリッピン』の指がボタンを打ち出す。

その瞬間!
相手の眉間に合わされていたはずの『滑走路』の照準は、相手の頭上……天井に這うパイプに切り替り変えられた!

ブシュン!
ボタン弾は狙い違わずパイプを貫き、ガスが吹き出る。

++++++++++

ブシュウゥウウウウゥウウゥウゥ!

「なっ!」
己の真上のパイプが弾け、吹出した気体を頭から浴びてしまった壮周は咄嗟に目を閉じて飛び退く。

(しまっ……ガス……吸い込ん……毒性……っ……目……皮膚……!)
(いや!大丈夫だ!匂いはしない……刺激もない……とりあえずは問題ない……!訳がない!)
(ウォーカーから目を離してしまった!……奴は……!?)


ビスッ!

「うっ!」
目でウォーカーを探そうとした壮周の左肩に鋭い痛みが走る。

ビスッ!
  チュイン!

続いて左太腿。
反射的に『蝶』と己の両腕で頭を庇う。

    ビスッ!

右太腿。

      チュイン!

(う……くぅ……さっきのボタン射出……弾は一発じゃなかったのか……くぅ…)

両足を撃ち抜かれ崩れ落ちながらも、激情に駆られた壮周が叫ぶ!
「ウォォカァァ……!……エ……?」

……はずだった。
「ナ……声ガ……」

暗い工場内に響いたその声は、先程までの壮周の声よりも一オクターブ半高いドナルドダックの様な声。
呆気に取られた壮周の右頬に

ドグシャァ!
「グブァ!」

『ロード・トリッピン』の左フックが突き刺さった。

「……上着のボタン全部無くしちまったが、即席で考えた割にゃーこの掌上『滑走路』射撃、けっこう便利だな」
そのままウォーカーが襟首を掴んで引き摺り起こし、ガン!と壮周の頭をタンクに押し付ける。

「さて兄ちゃん……この『試合』、俺の勝ちでいいよな?ご自慢の『蝶』の『包囲』も破られて、両足と肩を撃ち抜かれてんだ……勝負あったろ」

「グ……ウォーカー……ダマシタナ……」
と、漏らす壮周の声の甲高さに『ぷっ』と吹き出すウォーカー。

「ぷぷ……さっきのパイプの中身……あんたが吸い込んだのはヘリウムか……ぷぷぷ……あひるちゃんかな?イケメン台無し……ぷくっ」

「ク……」


完璧な『包囲』を敷いていたはずだった。
今頃はこの男の穴だらけになった死体を見下ろしているはずだった。

慢心か……いや、完璧に追い込んだつもりで、その完璧さを信じ切ることが出来なかった己の弱さか。
有無を言わさず勝負を決めれば良かったものを、下らない会話で己の優位性を確認しようとしてこの男にチャンスを与えてしまった。

(く……確かに……)

天井のパイプラインを破壊し、中のガスを吹きかけて相手の動揺を誘う……自分が最初にやった方法だ。
見事にパクられ、そして自分より有効な場面で使われた。

(あんたは大した戦士だよ。見くびっていたな……『甘い』のは私の方だった)

狼狽し、戦っている最中の相手から目を離し、その隙を突かれて両足にダメージを与えられ、この距離まで接近を許してしまった。
そして今、襟首を締めあげられ『敗北』を認めろと迫られている。

「……君モ……ワカッテイルダロウ、ワタシハ決シテ降伏ナド……」

「ぷっ……ぶふっ!」
絞り出した壮周の言葉は、ウォーカーが堪えきれずに吹き出した笑いに掻き消される。

「い、いや……ぷぷ!あひるちゃんボイスで強がられても、なあ……くっ……くぷぷっ!いやスマン!ぷぷぷ」


目の前の男が本気で笑いを堪らえようとしているのが解る。
耐え難い屈辱。

(こ……)

(殺してやる……)

『プロ』になってから久しく忘れていた感情が壮周の舌の根に蘇る。

(殺してやる……)

(殺してやる……)
(殺してやる……)

金や『お楽しみ』の為に殺すのではない。
純粋な殺意。

己の屈辱や憎悪を晴らすため。
あるいは、己の生存の為に。

この男が生きていると、自分は生きていけない。


不倶戴天。


何もかも引き換えにしてでも、この男を殺さねばならない。

(殺してやる……)
受けた動揺やダメージで散らばった『蝶』を自分を締め上げるウォーカーの背後に集めていく。


++++++++++

「!……やめとけ……」

男を締め上げ目を睨みつけたまま、表情を堅くしたウォーカーは低い声で凄んでみせた。
が、その言葉がこの男に届くことはないだろう、とは思っていた。

男を押し付けているタンクの面に青い光……『蝶』の燐光だろう……が映り込んでいる。
自分に向けて再び『蝶』が集まりつつある!

まだ反撃しようする闘志には感嘆するが、こっちもこれ以上痛い目に合うのはゴメンだ。

もうお互い言葉遊びする余裕はないだろう。
背後の光が強くなる。

このまま決めるしかない。

「『ロード・トリッピン!』ッッッ!!」

ウォーカーのスタンドが相手の顔面にむけ、最速のパンチを繰り出す!

瞬間、


反射的に首をすくめた相手の頭の後ろ、タンクの面に書いてある文字が目に入った。
強くなった背後の青い光に照らされて読み取れる。

『Very toxic』『Highly flammable』『Corrosive』『Irritant』
各種のハザードシンボルがベタベタと貼り付けられ

そして大きな文字で


『HYDRAZINE(ヒドラジン)』


「へっ!?」

(マジ!?ハッタリでデマカセ言ったはずが、こいつの中身マジでヒドラジン?)
(こ、このままだと兄ちゃんの顔面ぶん殴った勢いでタンクぶち抜い……)

「やっべ!うおおぉおおお!」


勢いのついた『トリッピン』のベクトルを無理矢理ずらす!
そのパンチは空を切った。

自分は男から手を離してそのまま倒れこみ、転がって避ける!


しかし


ガオン!
「……え?」

『トリッピン』の一撃は空振ったはず……そう思ったウォーカーの耳に、金属製のタンクが穿たれる奇妙な音が届いた。


+*+*+*+*+*+


その2秒前……

壮周はウォーカーのスタンドが自分に向けパンチを放とうとしているのを理解した。
(いいだろう……突いてこい)

ウォーカーの背後に集めた『蝶』は寄り集まり、人型になっていた。
(ウォーカー……君は『蝶』の速度を理解したつもりで……『蝶』が自分に到達するより速く、私にパンチを入れられると思っているのだろうが)
(人型になった時のスピードを忘れているのではないかね……)

人型に集まった『バタフライ・キッス』もまた、ウォーカーの後頭部に向けてパンチを繰りだす!

(パンチが当たるのは君のスタンドが先かもしれんが……)

(君のパンチを受けて私が気絶するまでのほんのコンマ一秒、いやゼロゼロコンマ一秒……それだけあれば)

(『バタフライ・キッス』の右腕は君の後頭部に届き、大きな『蝶』型の穴をあけることが出来る……)

(脳みそぶちまけて死ね、ウォーカー!)


その時である。

「ナ!?」
自分の襟首を掴んでいたはずのウォーカーと、自分の顔面に向けてパンチを繰り出していたはずの彼のスタンドが視界から消えた!


ガオン!
ウォーカーの後頭部を穿つはずだった『バタフライ・キッス』の右腕は、そのまま壮周の顔の真横……金属製のタンクにぽっかりと『蝶』型の穴をあけた。

(……!?ウォーカーはどこへ……くぁっ!?)
アンモニアに似た鋭い臭気が鼻腔を突き刺す。

それを嗅ぎながらも、掴み上げられていたウォーカーの腕から開放された壮周は、再びその場に崩れ落ちる。
(この匂い……刺激……これは……ダメなやつ……)

ドプッ

タンクに開いた『蝶』の穴から溢れ出した液体が、倒れ伏した荘周の身体の上にぶちまけられた!

ジュウウゥウウウウゥウウウゥ!
「ギニャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァアアアァァァアァ!!!!!!!!!!」

液体を浴び、白煙を上げながらのたうち回る壮周。
ヘリウムのせい高音になった悲鳴はで車に轢かれた猫の叫びを思い起こさせた。

++++++++++


「おい!兄ちゃん!……っ!」

立ち込める白煙と強烈な匂いに慌てて鼻と口を袖で覆う。
(こりゃ……マジもんのヒドラジンじゃねーか……)

(なんてこった……)
素早く立ち上がり、床上でのたうつ対戦相手を見ながら思う。

(はっ!?『運営』は?何してる!?すぐ処置しねーとマジで死んじまうぞコレ!)

『立会人』がいないとはいえ、二人が揃ったところで【試合開始】のアナウンスがあった。
間違いなく、ここの状況を監視・把握しているはずなのだ。

「おい!『運営』!見てるんだろ!『試合』は終わりだ!すぐ手当を!」
泡を食って虚空に叫ぶウォーカーだが、その声は暗闇に吸い込まれていく。

激しくのたうっていた男の動きが徐々に鈍っていく。
そしてピクリと小さく震え……止まった。


「ちょ!兄ちゃん!……Goddamn!」
誰に届くでもない悪態をつくウォーカーだが……

「え……」

ズルリ……
再び目の前で倒れている男が動き始めた。

「お、おい……」

グググ……
必死で腕を付き、顔を上げ上体を持ち上げようとする。

端正だった顔は薬液を浴びて焼けただれ、見るからに痛々しい。

「グッ……ガハッ……」

「お、おい、あんたは寝てろ。なんとかすぐ医者に……」

「コ……ロシ、テ……ヤル」

「は!?」

「グウ……コロシテヤル……グ……カハッ」
傷ついた両足に力を込め、なんとか腰を持ち上げようとする。

「……わ、わかった!あんたの勝ちでいいよ!俺ぁ降伏だ降伏!わかったから大人しく……!」

「ウ……グ……グ……」
ドシャッ!

意識を失ったのか、東洋人は糸の切れた人形の様にそのまま地べたに倒れ伏した。


「ちくしょう……」
痛々しげに眉を潜めたウォーカー。

(と、とりあえず出来ることは?水でもあれば!洗浄だけでも!)
と、工場内で応急処置に使えそうなものを探そうとしたその時、


ビーーーーーーーーーーーッ!【試合終了です】
広い廃工場内に警報音が鳴り響き、どこかのスピーカーから【試合終了】が宣言される。


【対戦者:壮周様の戦闘能力喪失を確認いたしました。対戦者:ウォーカー様の『勝利』です】


「おい!それはいいからよ!はやく医者を」

【試合は終了いたしました。ウォーカー様は速やかに試合会場からのご退出をお願いします】


「は?この兄ちゃんどうすんだよ!」

【繰り返します。ウォーカー様は速やかに試合会場からのご退出をお願いします】


「ちゃ、ちゃんと処置してくれるんだよな?」

【繰り返します。ウォーカー様は速やかに試合会場からのご退出をお願いします】


「おい」

【繰り返します。ウォーカー様は速やかに試合会場からのご退出をお願いします】


「……」

自分がここから出るまでこれを繰り返すつもりなら、自分はとっとと退出したほうがいいのかもしれない。
運営が適切な治療を施してくれることを祈るしかない。

【繰り返します。ウォーカー様は速やかに試合会場からのご退出をお願いします】

「だああああ!わーったよ!出るよ!兄ちゃんの手当しっかり頼むぜ!」

チラリと倒れている男の方を見る。
「兄ちゃん……あ……さっき名前流れてたが、あんた『壮周』ってのか……すまねえ」

くるり、と踵を返し、振り向かずにつぶやく。
「無事を祈る」


ウォーカーはそのまま廃工場を後にした。

帰りの道すがら考える。
(結局……今回は『運営』の人間とは接触出来なかったな……次に期待したいが、しかし)

シラードの言葉を思い出す。
『もし合衆国にとって有益な関係を彼らとの間に築けるのであれば、それに越したことはない……それが大統領閣下のお考えだ』

(……あんな連中との間に築ける『有益な関係』って言うほど有益なんかね……けっ)

++++++++++


(う……)

非常灯も全て消え、真っ暗になった誰もいない工場内で壮周は再び意識を取り戻す。


「グ……ガハッ……」

息を吸おうとして鼻、喉、気管、肺の焼けるような痛みに気づく。
まともに呼吸をすることが出来ない。

目を開こうとしても、空気が爛れた目の粘膜を刺し、まともにものを見ることが出来ない。

全身の皮膚も激痛がする。
全く手足が動かない。

吹き出した薬液をまともに浴びてしまったのは覚えている。
(死ぬ、のか……私は……無様、なものだな)

と、その時

コツ、コツ、コツ
唯一無傷に近い彼の聴覚が、何者かの足音がこちらに近づくのを感じた。


(……『運営』……の……人間、か?)

コツ、コツ………タッタッタッタッタ
小走りになり、こちらに駆け寄ってくる。

(フ……止め……を、刺してくれると……くっ……ありがたい、のだがな)

足音は自分のすぐ横にまで来て、そして、しゃがみ込む。

(……ん……?)
壮周の爛れた鼻腔にも感じる甘い香り。

「ああ……壮周さま……なんとおいたわしいお姿に……」

ヒシッ!
頭を抱きかかえられる。

「イッ!」
(痛っう!こ……こいつは!)

「この白鷺かふら……わたくしの命と、我が家の誇りををかけて……必ず壮周さまを元通りに治療してみせますわ!」

悲壮な声を上げて、全力で壮周をハグするかふら。
ぎゅうううううう!
(ぎっ……痛ぃいいいいいいいぃいぃいい!)

「イ……イタ……ヤメロ…………」
思わず漏らした壮周の甲高いヘリウム声に、抱きしめるかふらの力が弱まる。

「あら……ふふ……壮周さま、なんて愛らしいお声に……以前も素敵でしたけど、今のお声も素敵ですわ」

そして、再び……今度は優しく、傷ついた荘周を抱きしめる。

「ご安心下さい壮周さま……必ずかふらが元の美しい壮周さまに戻して差し上げます……」
「でも……一つだけかふらの願いを聞いていただけるのなら……今のその愛らしいお声、それだけは今のままでもよろしいですか?……ふふ」

そういいながら、やさしく背を擦るかふら。

(……もう……どうでも……いい)
甘ったるい香水の匂いに包まれて、再び壮周の意識は闇に溶けて消えた。

★★★ 勝者 ★★★

No.7520
【スタンド名】
ロード・トリッピン
【本体】
デズモンド・ウォーカー

【能力】
触れた箇所を『滑走路』にする








当wiki内に掲載されているすべての文章、画像等の無断転載、転用を禁止します。




最終更新:2022年04月17日 16:48