第18回トーナメント:準決勝①
No.7156
【スタンド名】
ディメンション・トリッパー
【本体】
三船 重兵衛(ミフネ ジュウベエ)
【能力】
触れたものを急加速させる
No.6579
【スタンド名】
アルファベティカル26
【本体】
八重神 宝(ヤエガミ ホウ)
【能力】
アルファベットが繋がって『単語』になったものに変化する
ディメンション・トリッパー vs アルファベティカル26
【STAGE:冷凍倉庫】◆iL739YR/jk
「ごめんなさい…………ごめんなさい………………」
少女の亡骸に対して、八重神宝は謝罪の言葉を繰り返す。
泥の中を這いずるようにして、宝はその亡骸の元へと向かった。
握った手の平から伝わる冷たさを実感した宝は胸の奥からこみ上げてくるものをすべて泥の中に吐き出した。
ふと気付くと、すぐそばの泥の上に、見覚えのある封筒が浮かんでいることに気付いた。
震える手でその封筒を開くと…………
ジリリリリリリリ!
けたたましい目覚まし時計の音に八重神宝は目を覚ます。
「またこの夢か……」
そう呟くと、宝は汗ばむ自らの手のひらを見つめ、その温かさに現実を感じていた。
「さむっ!?」
重く堅い金属製の扉を開けると、とたんに冷気が全身を包み込む。
三船重兵衛は思わずその寒さを口に出す。
恐る恐る足を踏み入れると、背後の扉が大きな音を立てて勝手に閉まった。
「終わるまで出るな……ってことかな?」
重兵衛は大きなリュックを一旦その場に降ろし、目の前の机に置かれていたもはや見慣れた赤い封筒を手に取る。
そしてその封筒を開き、その中身に目をやる。
『三船重兵衛様へ。
優勝者トーナメント、2回戦への進出おめでとうございます。
それではこの試合の内容を説明させていただきます。
舞台はこの冷凍倉庫全域、勝利条件は相手を戦闘不能にすること。
途中棄権は認められず、制限時間終了までに決着がつかなければ引き分けとします。
それ以外に特にルールはなく、また勝敗が決するまで立会人が干渉することはございません。
尚、制限時間は…………』
重兵衛がそこまで手紙を読んだとき、机の隣に並ぶ冷凍庫の扉が静かに開いた。
「……グレッグさん!?」
重兵衛は手紙を落とし、慌てて冷凍庫から倒れ込んだ男性へと駆け寄る。
冷たい床に落ちた手紙。その文章の末尾はこう締めくくられていた。
『尚、制限時間は冷凍庫に眠る方の命が尽きるまで。
それではどうぞ最後まで、凄惨な死闘をお楽しみください』
「まだ脈はある…けど…弱弱しい。体温も下がり切ってる……」
重兵衛は閉ざされた倉庫の扉に向かって拳を振りかざす。
「『砲弾(キャノン)』っ!!」
「ディメンション・トリッパー」の能力により加速された拳を、何度も、何度も、皮が裂け、グローブの内側で血が滲もうとも叩き込み続ける。
「開けろよ! 俺の負けでいい!! 早くここを開けないと、グレッグさんが!!」
しかし、堅く閉ざされた扉は微動だにしない。
「(立会人のスタンド能力か……? 何があっても棄権はさせないつもりか……!)」
そのとき、重兵衛に向かい、猛烈な勢いで近づいてくる巨大な影。
「……対戦相手か!?」
額に『WALRUS』(セイウチ)と印されたその巨体が、与えられた命令そのままに突進してきた。
もう一人の対戦者、八重神宝は倉庫の隅に乱雑に積まれた荷物の影で息を潜めていた。
これまで、宝はトーナメントの多くを変則的なルールの試合で勝ちぬけてきた。しかし、いずれも強敵たち。真正面からのスタンドのぶつかり合いでは勝ちの目は薄かっただろうと分析していた。
(私の『アルファベティカル26』は、応用力だけはたいしたものだと自負してるんだけどね……やっぱり近間での戦いとなるとどうしてもスタンド自体の脆さと、思考時間込みの遅さがネックになる……!)
アルファベティカル26は、確かに可能性こそ無限大ではあるものの、問題は『組みあがるまではなんの力も持たない』ということ。
発現し即攻撃、あるいは防御に移れる他のスタンドとは異なり、発現から単語として組みあがる行程を経て初めて有用な形を成す自身のスタンドでは、近距離での殴りあいは圧倒的に不利である。
(だからこそ、私はアルファベティカル26のもう一つの強みを活かす!)
それは『戦闘をある程度アルファベティカル26に委任する』というものである。
アルファベティカル26により発現した生物は、基本的には本体の言うことに従う。
逆に言えば、それらの知性はあくまで『高度に調教された生物』というレベルであるということだ。
他のスタンドのように自分の手足のように動かすことは出来ないものの、それゆえにある程度自身で判断し、攻撃、防御が可能となる。
(幸い、私のスタンドの射程距離は10メートルや20メートルじゃあない! 本当は熊さんやライオンさんにやってもらうところだけど……ここは冷凍倉庫。寒さに強い動物の出番!
『対戦相手を死なない程度に戦闘不能にする』って言っておいたセイウチさん
に任せて物陰から一方的に攻撃を仕掛けることだって出来る!)
アルファベティカル26の群生型としての本体へのダメージのフィードバックが少ないという特性と、生物を生み出したときのみ適応される自立行動型のような特性、そしてこの身を隠す場所が多いうえに冷気で相手の自由を奪える冷凍倉庫という環境が噛み合い、宝のこの戦法を可能としていた。
「それで…どういうつもりですか…『血塵の(レッドミスト)モイスチャー』……?」
冷凍倉庫から遠く離れた高層ビルの屋上。
風を受け、一人で佇む紳士『血塵の(レッドミスト)モイスチャー』に向かい、ある男が話しかけた。
「来ていましたか。『沫坂』さん……」
「この試合はすぐに中止にすべきです。貴方もご存じの通り、我々は既に目をつけられている。事実、第2試合の会場には敵勢力が現れたとの報告が……」
「関係ありません」
レッドミストモイスチャーはそう断言すると、沫坂へ強い視線を向ける。
「このトーナメントは何があっても完結させなければなりません…それが…『あのお方』の意思です。貴方もご存じでしょう?」
「……」
黙ってしまった沫坂へと畳みかけるように言葉を続ける。
「貴方も『あのお方』の意思によって、この世界へ帰ってくることができたのでしょう? 邪魔をすべきではない。今なら1回戦の身贔屓は不問としましょう……」
「……断る!!」
沫坂は自らのスタンドを発現し、勢いよく飛びかかる。そして、その拳はレッドミストモイスチャーの顔面へと叩き込まれる。
「それが貴方の答えですか……」
レッドミストモイスチャーがそう呟くと、沫坂は既にその場から消えていた。
殴られたはずの顔面にも一切傷はなく、まるで初めからその場にはレッドミストモイスチャー一人しかいなかったかのような静寂が訪れていた。
「残念です……沫坂さん……」
「(時間がない……こうなったら全力疾走で突っ走るのみ!!)」
決意を固めた重兵衛は、腰を低く構え、自らに迫りくるセイウチの巨体に相対する。
「『砲弾(キャノン)』っ!!」
セイウチの顎先を狙い、アッパーカット気味に下から拳を叩き込む。
その勢いに思わずセイウチも仰け反る。
「『連射(マシンガン)』っ!!」
そして曝け出された腹部へめがけ、拳いっぱいに握りしめたベアリング弾を投げ込む!
無論、そのすべてが「ディメンション・トリッパー」の能力により急加速されている!!
「『砲弾(キャノン)』、『砲弾(キャノン)』、『砲弾(キャノン)』っ!!」
ダメ押しとばかりに拳の連打を腹部へたたき込むと、セイウチの姿は消え、W・A・L・R・U・Sの文字列へと戻った。
「セイウチさんがやられたか……」
距離を取り、隠れていた宝がスタンドへのダメージを感知し、そう呟く。
敵の正体は掴めないが、恐らく『W・A・L・R・U・S』(セイウチ)が倒されたとなると、似たような特性を持つ冷気に強い獰猛な動物を呼び出したところで結果は変わらないだろう。
「(となると……)」
宝は即座に次の単語を思い浮かべる。
『W・A・L・R・U・S』をベースに、違う角度からの攻撃手段……
「……『V・I・R・U・S』(ウィルス)か」
ウィルスならば確実に対戦相手を戦闘不能に持ち込める。
その毒性によっては一瞬で死に至らしめることさえ容易だ。
「(これなら勝てる!)」
そう宝が思ったとき、その脳裏に浮かぶのはまた別のヴィジョン。
月明かりの下。泥にまみれた二人の少女。
「(いやだ…………死にたくない………………)」
宝は許しを請い、助けを求めようとするも、口から漏れるのは苦しい呼気のみ。
口の端から泡を吹きながら、宝は必死で這いずりながら後ろへ逃げようとするも、もう一人の少女はそんな宝の腹に容赦ない蹴りを受ける。
そして、その少女は宝へと向かうと、その首を両手で掴んで持ち上げた。
しかし、宝を持ち上げる少女の体の泥を雨が洗い流す。その無数の雨粒には『RAINS』の刻印が浮かび上がっていた。
宝は力なくすすり泣いている。
『RAINS』の文字列は『SARIN』へと変化し、少女の体を蝕み、そして、少女は毒に侵されて事切れていた。
「嫌だ!…嫌なんだぁ!!」
最早見慣れた、それでもなお忘れたい、いや、こんな事実は存在していない、ただの、そう、ただの悪夢。
その悪夢のヴィジョンがフラッシュバックし、宝は思わず大声で叫ぶ。
その声が消えたとほぼ同時、一つの小さな、小さな白球(BB弾)が彼女の額に炸裂し、宝は静かに目を閉じた。
「……『狙撃・改』(ニュー・オーダー・ライフル)……」
スコープを覗き、ボルトアクションライフル型のエアソフトガンを構えながら、重兵衛はそっと囁いた。
「結論から申し上げますと、リチャード・モイスチャーは『正規の』立会人ではありません」
コンクリートの壁に一人分の声が響く。
壁と、机と、黒電話と、幽かなノイズを発する蛍光灯しかない無機質な部屋である。
立会人の間で通称『電話室』と呼ばれるビルの一室であり、緊急の際に『運営』と連絡を取ることの出来る数少ない手段の一つでもある。
「今試合の立会人、リチャード・モイスチャー。試合では主に単純な武力による決着を好み、特に互いに死力を尽くしての死闘を好むため通称『血塵の(レッドミスト)モイスチャー』などと呼ばれている人物です。ただ…………」
電話口から顔を離し、不安に脈打つ動悸を悟られないように一つ深呼吸をする。
「我々沫坂班が、秘密裏に調査していたところ、トーナメント運営記録に改ざんの痕跡が発見されました……極めて巧妙に隠蔽されていましたが」
一切のレスポンスが帰ってこない電話口に向かって、努めて平静を装い淡々と報告を続ける『正規の』立会人____濱修治(はま・しゅうじ)____はその袖口で静かに額を拭った。
脇の下に嫌な汗をかいているのを感じながら、修治は心の中で舌打ちをする。
(……しまった、『極めて巧妙に隠蔽されていましたが』なんて付け加えるとは、まるでガキの言い訳じゃあないか)
稚拙な報告に嫌味さえ帰ってこない無言の電話が、逆に修治の焦燥を煽る。
「…………えー、それによると改ざんは外部ではなく内部から行われており、15時間前に首謀者と思われる人物『リチャード・モイスチャー』が発覚しました。我らが班長『沫坂』氏がすぐに現場へ向かいましたが……」
修治は一息つけ、言葉を続ける。
「我々、実働部隊が現地に到着したときには既に勝敗は決しており、回収できたのは極度の体温低下によって瀕死の重体となっていたグレゴリー・ヘイスティングス氏と、頭頂部へ強い衝撃を受けて気絶していた八重神 宝氏のお二人。
勝者である三船重兵衛氏から聞き取り調査を行うも、現場には立会人リチャード・モイスチャー、沫坂班長ともに姿を見せておらず、現在行方を捜索中でございます」
冷や汗が頬を伝う。
この場所を教えてくれた先輩立会人の言によると、何かレスポンスが返って来るまで決して電話を切ってはいけないという。
電話を切るとどうなる? などと聞ける雰囲気ではなかったが、今それが分かった気がした。
電話を切ろうにも、あまりの緊張に受話器と手がまるで一体化したように、それを掴んで放せない。
それからどれだけ経ったのだろう。
老人のような、少年のような、奇妙な声色で電話越しにその相手は一つだけ尋ねてきた。
「…………『沫坂』とは誰のことだ?」
「はっ……? 我々の班のリーダーの……」
「君が『濱班』のリーダー、『濱修治』だろう?」
「……!? ……はい……」
「………………報告、ご苦労」
その言葉を聴き、ほとんど反射的に叩きつけるように受話器を置いた。
痺れ始めた手足だけが、時間経過を物語っていた。
何かに追われるようにそのビルを後にし、妙に興奮した感情を抑えようと街をそぞろ歩く。
「(忘れろ…深入りすべきじゃない。どうせ後1試合で、この企画も終わりだ……)」
そう自分を言い聞かそうとするも、なお、胸の騒めきが収まることはなかった。
★★★ 勝者 ★★★
No.7156
【スタンド名】
ディメンション・トリッパー
【本体】
三船 重兵衛(ミフネ ジュウベエ)
【能力】
触れたものを急加速させる
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最終更新:2022年04月17日 17:03