寒々とした冬の空の下、ようやく陽が昇り始めたばかり。
三岸甲太郎(みつぎし・こうたろう)は、霜をまとった車が散在する早朝の駐車場に、その巨体を震わせながら踏み出した。
「まったく、こんな時間に……ハタ迷惑な指示だぜ。
まあ、こんな場所を『使おう』って思ったら、早朝か深夜ってことになるんだろうけどよォ」
ここは巨大な郊外型のショッピングモール。その広々とした、屋上駐車場。
下層の1階から3階が店舗スペースで、4階と屋上が駐車場、という構成だ。
道路からは、建物の周囲をグルリと巡るスロープを通って出入りする構造になっている。
甲太郎が出てきたのは、その建物の中心に位置する、エレベーターホールだった。
客が押し寄せる前、開店前の大型店の駐車場。
位置的にも周囲から見られる心配はほとんど無く、障害物といったらなぜか数台取り残されている車のみ。
なるほど、荒っぽいことをするには丁度いい状況設定かもしれない。
「この寒さ、この時間……朝練やってた頃を思い出すなァ。
んで、肝心の『お相手』は、っと……」
甲太郎は周囲を見回す。
……いた。駐車場の真ん中に、コート姿の男性が1人。
相手も甲太郎の気配に気づいたのか、静かに振り返る。
シルクハットを被りステッキを携えた、明らかに西洋人風の顔立ちをした、紳士だった。
彼は甲太郎の存在を認めると、人懐っこい笑みを浮かべ、ゆっくりと歩み寄ってきた。
「やあ、はじめまして。場所はここでいいのかな」
「え、あ、始めまして。
ええ、いいと思うッスよ。まだ時間には余裕あると思いますけど」
「そうか、それは良かった。
いやね、かなり余裕をもってホテルを出たはずなんだが、少し迷ってしまってね。
私もつい先ほどココに着いたんだが、この場で正しいのかどうか不安だったのだよ。
しかし凄い建物だねコレは。日本では良くある方式なのかな?
日本語の勉強はしたが、私はトウキョウ、キョウト、オオサカくらいしか訪れたことがなくてね。
ああ、そういえばモリオウチョウも一度は訪れたか。
そういった都市では、こんな大型店舗は見なかったように思うんだが」
流暢な日本語で、爽やかに語るガイジンの紳士。
甲太郎はやや圧倒されつつも、冷静に相手のことを観察する。
仕立てのいいスーツ。同じく仕立てのいいコート。おそらくどちらも、一流のテーラーの手によるオーダーメイド品。
身体は巨漢というほどではないが、恵まれた体躯にしなやかな筋肉を乗せた健康体。肥満とは程遠い、節制の取れた生活が窺える。
年齢は正直言って読みづらい。低く見積もっても30代、多く見積もっても50代。たぶん独身。
職種も少しピンと来ない。今まで甲太郎が対面したことのないタイプだ。
あえて雰囲気が近いあたりを挙げるなら、銀行家か投資家か、といったところだが……?
――と、ここまで一瞬のうちに、『花屋としての経験から』看破する。
花屋というのは、実は『人を見る』職業でもある。
相手の身なりや仕草から、必要とする贈呈品の質と程度を見極め、適切な花束を瞬時に考えて提案する。
それは、かつて高校球児として、マウンド上から相手バッターの性向を看破してきた甲太郎の特技の1つだった。
「まあ、今日はお互い、正々堂々とやろう。ええと、君は――」
「三岸甲太郎ッス。ええと、ミスター、……?」
紳士が右手を差し出してくる。握手をするつもりらしい。
甲太郎もスポーツマンシップに則って応じようとして、相手の名前を聞いてなかったことに少し戸惑う。
そんな彼の手をがっし、と握りつつ、紳士は名乗った。
「私はヘクター・ギボンズ。
成り上がりの身ではあるが、いちおう騎士(ナイト)の位を授かっていてね。だから『ミスター・ギボンズ』はやめて頂きたいかな。
『サー・ギボンズ』、日本語なら『ギボンズ卿』だったか。
それこそ親しい者たちのように、『ヘクター』と名前で呼んで貰っても構わんよ」
まだ定められていた開始時刻までは時間がある。
フライングで始めてしまっても良かったのだろうが、2人ともこの寒さが堪える、という点では意見の一致を見た。
エレベーターホールにあった自動販売機で、それぞれホットの缶コーヒーを購入し、ふたたび駐車場へと戻る。
フェンス際にて語るともなく語り始めたのは、お互いの身の上についてのこと。
「ほう、甲太郎くんはピッチャーだったのか。道理でいい身体をしている」
「ええ。けっきょく、準優勝止まりッスけどね」
「正直ベースボールには疎い私だが、それでも日本の甲子園というのがどれほどの大会なのかは聞いているよ。
そこでの準優勝というのは、どう考えてもまぐれではないだろう。
こう言っては何だが、どうして花屋などに? プロからの勧誘などは無かったのかね?」
「それが、肩を壊しちゃったんスよ。決勝戦の真っ最中に、限界が来て」
熱くて甘ったるいコーヒーを啜りながら、甲太郎はつぶやく。
投げたつもりの球が、ぽろりと零れて足元を転がったあの時のことは、今でも忘れられない。
あの瞬間、甲太郎の豪腕1つで引っ張ってきたチームの敗北は確定し、同時に、輝かしい未来への道も閉ざされた。
ピッチャーの肩は消耗品、と言われている。
過酷すぎる高校野球の試合形式に、批判や改革を求める声も上がっているほどだ。
しかし、誰を恨んでも、どこに八つ当たりしても、それで壊した肩が戻ってくる訳ではない。
バッターに転向してプロを目指す道もあったかもしれないが、甲太郎は結局、実家の花屋を継ぐ道を選んだ。
未練がないと言ったら嘘になる。が、しかし、今の現状には満足している。
花屋の仕事も、やってみたら面白いものだった。人間観察など、かつて磨いた特技も活きている。草花についての知識も増えてきた。
今回の勝負に際しても、今の自分のユニフォームと心に決めたエプロン姿で臨んでいるほどだ。
そんな彼を横目に、ギボンズ卿は小さく溜息をつく。
「まったく、世の中はままならぬものだね。
自分の力ではどうしようもない事が、次から次へと沸いてくる。それが人生というものかもしれないが」
「ヘクターさんも、苦労してるんスか?」
「実はこの間、私は『組織』の中で昇進することになってね……
そのこと自体は望ましいことなんだが、同時に厄介事を抱え込む破目になった」
『組織』。
はて、どんな組織だろう。国連とかNGOとか、そんな感じの職場なんだろうか。『会社』と言わなかった以上、企業ではないんだろうけど。
ギボンズ卿の言葉に少し首を傾げつつ、それでも甲太郎は耳を傾ける。
「簡単に言ってしまえば、私の元・上司、私の前任者の不手際でね。
既にそいつは『責任』を取らされて『居ない』んだが、それでも、起こってしまったことは取り返しがつかん。
面倒の始末は、後を継いだ私のところに押し付けられる格好になる」
「大変ッスね、組織勤めってのも。
確かに1人クビにしたくらいじゃ済まないコトってありますもんね」
甲太郎は頷く。花屋をやっていても、それなりに聞くような話だ。
そもそも花を買うときというのは、めでたい時・幸せな時に限らない。お詫びをする時・謝罪をする時にも縁を持つことがある。
こういった愚痴、こういった泣き言は、たまに聞くことがあった。
詳しい事情は知らないけど大変だなー、と暢気に考えていた甲太郎に、そしてギボンズ卿はゆっくりと口を開いた。
「そういう訳で、甲太郎くん……ここはひとつ、提案があるんだが」
「はい?」
「勝ちを、譲ってはくれないか?」
ゴ、ゴ、ゴ、ゴ、ゴ……!
静かなつぶやき1つで、2人の間の空気が全く異質なモノに変化する。
甲太郎はさっきまでの寒さも忘れて、まったく違う種類の寒気に身を震わせる。
話の流れが分からない。
どうしてそういう提案になるのか、全く理解できない。
けれども――ギボンズ卿は本気だ。
完全な真顔で、完全に本気の提案として、甲太郎のギブアップを勧めている。
「いやね、後を継ぐ者としても、『組織』としても、舐められっぱなしという訳にはいかないのだよ。
腐っても我々は、『暴力』をもって他を圧倒する『組織』だ。
腐ってもあの男は、『幹部』に名を連ねていたような男だ。
それがたとえ『スタンド使い』が相手だろうと、ただの『一般人』にあっさり倒されました、では済まされないのだよ」
「え、あ、その……!?」
「私にとって、直接的な『暴力』というのはむしろ不得手な分野なんだがね。そんなのは『あの男』の担当のはずだったんだが。
それでも避けられないのが、『組織』勤めの辛いところだ。
……まあ、『たまたま』私のところに招待状が届いたという『幸運』もあったわけだがね。
『あの男』が敗れた『イベント』において、最低でも1勝する。
それが、『組織』から私に課せられた『ノルマ』だ。
もちろん、さらにそれ以上を得られたならば、未だ脆弱な私の地盤を固める助けにもなってくれるだろう」
だからそれ、どんな『組織』だ!?
訳も分からぬままに震える甲太郎は、そこでようやく気づく。
あまりに紳士的な態度が前面に出ていたものだから、なかなか気づかなかった。今まで想像にすら浮かばなかった。
けれど、その瞳の奥にある、暗い光。
花屋としての経験に照らし合わせれば――出来れば接点を持ちたくないと思った、暴力団関係者に通じるものがある!
マフィアか、テロリストか、それとも、『もっと深い闇』に属する者なのか。
ともかく、血と暴力と違法行為とを日常とする者。
それが、騎士(ナイト)の位まで備えた紳士、サー・ヘクター・ギボンズの本性だ!
戦慄する甲太郎に、ギボンズ卿はニッコリと笑う。
「ああ、心配することはないよ。
私の申し出を受けようと蹴ろうと、君の御家族などに手出しはしないさ。
『そういう手段』を取れば簡単なのは確かだが、それでは『組織』内部に弁明が立たん。『あの男』の失点を削ぐことにならん。
利益にならないからやらない――なまじ神になど誓ってみせるより、よっぽど説得力がある話だろう? そこは信用してくれたまえ」
先ほどまでと全く変わらぬ笑顔で言い放つ姿が、かえって恐ろしい。
しかし、甲太郎は深呼吸1つして自らを落ち着かせると、冷静に考え直す。
こいつが『暴力団』と同質の『社会のクズ』だとすると――下手に怯えて要求を呑んだりすると、さらにつけこまれるだけだ!
花屋という小規模な商店をしていると、身を守る知恵というのは必要になってくる。
彼自身は経験がないが、父の代には地上げなどの話もそれなりにあったそうだ。そして、それらを乗り越えてきたから今の店がある。
弱き者が無法の輩から身を守る知恵。
そこに照らし合わせて、ここで取れる唯一の策。それは……立ち向かうことだけだ!
大体、互いのスタンドも見せ合っていない状態で、尻尾を巻いて逃げる理由などない!
「……交渉決裂か。時間もちょうど、開始の予定時刻のようだ。
残念だね。
甲太郎くんの境遇には本気で同情したし、このまま平穏に暮らして欲しかったんだが」
「舐めンなよ……!
出ろっ、『トライアングル・スクランブル』ッ!」
コーヒーの缶を片手に溜息をつくギボンズ卿に対し、甲太郎は自らのスタンドを呼び出して身構える。
斜めに被った野球帽。額に描かれた『3』という数字。胸に刻まれた三角形の模様。
『トライアングル・スクランブル』はそのまま、ギボンズ卿に向かって突進する!
「……若いな。長生きしていれば、将来性もあったろう。
それだけに、惜しい」
淡々とつぶやくギボンズ卿の身体からも、青い人影が立ち上がる。
尖ったくちばし。鳥のような逆関節の足。エジプトの壁画の神々を思わせる、肩当てと腰布だけの衣装。
プテラノドンのような印象のスタンドが、迎撃の構えを取る!
『トライアングル・スクランブル』の拳が放たれる――青いスタンドがボクシングのガードの要領で受け止める。
硬い。力強い。それに動きも速い。
パワー、スピード共に、どうやら甲太郎のスタンドを上回っている。
しかし、手の平で受け止めたりしなかったということは、コントロールはけっこう甘いと見た!
さらに一発。またガード。相手に通ったダメージは皆無。
ここまでは予想通り、次の一発が勝負!
『トライアングル・スクランブル』の『能力』を上手く活用すれば、おそらく――そして、勝負の『3発目』を!
「どりゃぁっ!」
振りかぶって、叩きつけて――しかしそれは、紳士の投げ上げた『コーヒーの空き缶』に命中する!
見事に『空き缶』は粉々に砕けたものの、その隙に紳士も青いスタンドも大きく飛びのいてしまって、間合いの外に逃げている。
「!?」
「……甲太郎くん、どうやら君は駆け引きが苦手なようだね。ちょっとばかり、見え見えだったよ」
ギボンズ卿が淡々と語る。
驕るでもなく、嘲笑うでもなく、ただ、淡々と。
「1発目と2発目、私のスタンド『フリーズ・フレイム』は、『何の衝撃も感じなかった』。
これは普通に考えて『おかしい』。
スタンド使い同士の闘いにおいて、『何も無い』というのはかえって警戒に値することなのだよ。
そして3発目、君の表情は、いかにも『この一発が勝負だ』と言わんばかりだった」
見事に言い当てられて、甲太郎は歯軋りをする。
甲太郎はもともと、剛速球を持ち味にするピッチャーだった。変化球を器用に使い分けるタイプではなかった。
相手に決め球を読まれるのも承知で、その上で「打ってみろ」と言わんばかりの組み立てをする投手だった。
コントロールこそ正確だったものの、ポーカーフェイスで相手を欺くような戦い方は流儀ではない。
「そして、この3発目における空き缶の破壊……この砕け方は、とても君のスタンドの持つパワーからは考えられないモノだ。
おそらく、『1発目と2発目で発揮するはずだったパワーを、3発目に一緒に乗せている』。そういう能力なのだろうね。
なに、難しい推理でもない。
君のスタンドにはほら、これ見よがしに『3』という数字が刻まれている。
こういうのは、分かりやすい程に分かりやすいのが、1つのパターンでね」
完全に見抜かれてしまった。
スタンド戦闘の経験には乏しい甲太郎にも、一方的に能力を知られることの危険性はよく分かる。
いったいココから、どうすればいい。どう反撃すればいい。
焦る甲太郎に、そしてギボンズ卿はニヤリと笑うと、
「しかし、いくら素のパワーも速度もこちらが上と言っても、そちらが3発分を纏めてきたら、流石に打ち負けるな。
それに、何か変な応用技もあるんだろう? この程度で終わるとは思えないしね。
真面目に対応するのは、面倒そうだ。
ここは1つ、『楽をさせて貰う』とするよ」
軽く言い放つと、
パチン、
と指を鳴らした。
「ッ!?」
いったい何をする気だ!? いったい何が起こる!?
唐突過ぎる指パッチン。
自信満々なギボンズ卿の態度。
甲太郎は反射的に身構える。
ギボンズ卿、および青いスタンド『フリーズ・フレイム』の動きを何一つ見落とすまいと注視して――
だからこそ甲太郎は、反応が遅れた。
次の瞬間、駐車場の片隅に放置されていた乗用車が、唐突に飛び出して――甲太郎の身に迫る!
「なぁっ!?」
避ける間などあるはずもない。
ただの急発進ではない、飛び出したその瞬間から時速にして百km近く。
常識ではありえないロケットスタート。アクセルをベタ踏みにしたってこんな速度は出ない。
それが、全く予想すらしてなかった横合い、全く注意していなかった視界の外から、甲太郎に襲い掛かったのである。
車を覆っていた霜が「綺麗さっぱり」消えていたことにも、気づけたかどうか。
運転席が無人で、ダッシュボードに拳を叩き込まれた跡があったことも、後部座席の窓が開いていたことも、気づけなかったに違いない。
成す術もなく甲太郎は、スタンドもろとも跳ね飛ばされ、フェンスに激突し、そして、折れた手足や肋骨に悲鳴を上げる間もなく。
強固に固定されていたはずのフェンスがゆっくりと倒れだし――さらにそこに、甲太郎を跳ねた暴走車が突っ込んでくる!
ここは、郊外型の巨大なショッピングモールの屋上駐車場。
地上4階建て、それも天井が非常に高い造りになっている上での4階分。
人が死ぬには十分過ぎる高さだ――ましてや、その上から乗用車1台が降ってくるともなれば、スタンド使いにだって致命的だ!
そして、『トライアングル・スクランブル』で状況を打開しようにも――
3発殴れば発動する能力というのは、逆に言えば、3回分の余裕が得られなければ『何も無い』のと一緒なのだ!
三岸甲太郎は冬の冷たい空気の中を落下しながら絶望し……
ぐしゃり、という嫌な音と共に、彼の意識は完全に途絶えた。
「さて、これで最低限の『ノルマ』は達成といったところか……」
ギボンズ卿は屋上から落下したモノを見下ろしながら、静かにうなづく。
もちろん、この一連の出来事は彼の仕込みである。
実際には甲太郎よりも遥かに早く会場に到着していた彼は、予め会場を調べつくして、策を練り。
フェンスに手を加え、放置されていた車の鍵を壊し、直結させて動かし、駐車場の空きスペースで可能な限り加速した上で『凍結』。
動かない車1台運ぶくらいのこと、『フリーズ・フレイム』のパワーなら簡単なことだった。
そして都合の良さそうなところに『置いて』おき、相手の位置とタイミングを見計らって『解凍』した……それだけの話である。
策自体は単純ながら、相手の性格を読み、状況を整えることの方がよほど重要。
ギボンズ卿が饒舌だったのも、理由のないことではなかったのだ。
スタンド名『フリーズ・フレイム』。
一見すると、殴ったものを『凍りつかせる』ように見える、彼のスタンド能力の本質は――
殴った対象の、内部時間を『凍結』させること。
『凍結』させたものは、彼の任意で『解凍』できる。
この特性を上手く使えば、今のような車の急発進も可能となるわけだ。
「おそらく『あの男』も、こういった環境の利用に負けたのだろうな。真正面からあの猪武者と戦って勝てる『一般人』など居るはずもない。
まあ、私が成り上がる上では便利な男ではあったがね……。
最後まで私のことを『ミスター・ギボンズ』と呼び続けたことは、今でも許し難いが」
ギボンズ卿は、いま彼がいる地位に、ついこの間まで就いていた男のことを思い出す。
暴力的で短絡的な、下部組織のリーダー。『ディザスター』では『幹部』でもあった男。
それを知的な面、社交界の面から支え続けたのがギボンズ卿である。
その男の『失脚』に伴い、その基盤を全て奪い、乗っ取って。
今では全て、ギボンズ卿のモノとなっている。
「しかし、いかんな。こうも簡単に『ノルマ』を果たしてしまうと、欲が出てしまう。
この欲望こそが私をここまで押し上げた原動力だから、そうそう邪険にできない衝動なんだが」
これで『借り』は返した。
『組織』としての最低限のメンツも立った。
これで晴れてギボンズ卿は、胸を張って『幹部』を名乗ることができるだろう。
この辺で命を惜しんで次戦以降を辞退してもいいのだが、しかし、そこで引けるような性格ならこんな世界に居ない。
彼は紳士的な中にも腹黒さを滲ませるような笑みを浮かべて、小さくつぶやいた。
「どうせだからこの調子で、優勝してしまいたいものだね」