第04回トーナメント:決勝②
No.4492
【スタンド名】
ドッグ・マン・スター
【本体】
脚蛮 醤(ギャバン ジャン)
【能力】
マーキングしたもの同士を同期させる
No.4861
【スタンド名】
フリーズ・フレイム
【本体】
サー・ヘクター・ギボンズ
【能力】
殴ったものの時間を「凍結」させる
ドッグ・マン・スター vs フリーズ・フレイム
【STAGE:体育館】◆1KCngmSt1w
片方の男が、つぶやいた。
「自分は、こんなところで終わるわけにはいかない」
片方の男も、つぶやいた。
「自分は、こんなところで終わるわけにはいかない」
男は、つぶやいた。
「勝ちたい。……どんなことをしてでも」
男は、つぶやいた。
「……参りました。降参する」
片方の男は、立っている。
片方の男は、倒れ伏している。
ボールが転がる体育館を、斜めに差し込む夕日が赤く照らし出す。
決着は、ついた。
人は見た目で判断できない――それが以前の戦いで脚蛮醤(ぎゃばん・じゃん)が得た教訓だった。
しかし、と醤は思う。
それでも、一見しただけで「ヤバい」と分かる相手はいる。確かに存在する。
――この、目の前にいる紳士のように。
「……ああ、どうやら待ち人が来たようだな。
田畠さんも、そろそろじゃないかね?」
「おっと、そのようですな。ヘクターさんとのお喋りが楽し過ぎて、つい時間を忘れてしまいましたよ。
私も早く帰らないと、また校長にどやされちまう。では、この辺で失礼」
指定されていた体育館の前、ちょっとした階段の上。
並んで腰掛けていた男2人が、新たな来訪者に気づいて声を上げた。
田畠と呼ばれた作業服の男は、慌てて立ち上がると、隣の紳士に頭を下げる。
そのまま醤に向けても軽く一礼をすると、そのまま走り去っていった。
思わず醤はつぶやく。
「……なんだ、今のは」
「この学校の用務員だと言っていたな。我々の行う『イベント』については、全く知らされていない様子だった。
心配しなくても、我々が聞かされている『開始予定時刻』までには敷地の外に出ているそうだよ。
それだけは必ず守るよう、校長にキツく釘を刺されているらしくてね」
ヘクターと呼ばれていた紳士は、そう言って近くの校舎を見上げる。醤もつられて周囲を見回す。
今回の対決の場は、とある学校に建つ体育館。
近くには、当然ながら校庭が広がり、校舎が建っている。
平日だというのに子供の姿はなく、人っ子1人いない沈黙はむしろ不気味とすら言えるほどだ。
「ああ、田畠さんは、創立記念日だとか言っていたな。
丸一日、学校が休みで誰もいない、と言っていたが……日本ではそういうものなのかね?」
「……まあな」
「それにしても、ずいぶんと早い到着だね。お陰で下見をする余裕がなくなってしまったよ。
流石は『決勝戦』、どうやら楽をさせては貰えないらしい」
紳士はわざとらしく嘆息する。
まったく、それはこっちのセリフだ。心の中でつぶやく。
醤だって地の利を押さえようと、早めの到着を目指したのだ。なのに、実際に先に着いていたのは紳士の方。
お互い、ここまで勝ち上がってきたのは伊達ではないということか。醤は改めて気を引き締める。
「……それで、どうする。今すぐ始めるのか?」
「いいとも喜んで……と、言いたいところだが。
せめて、田畠さんがココを離れるのを待とうか。
彼はああ見えて愛妻家だそうでね。できれば奥さんと、まだ幼いという娘さんを泣かせたくはない。
余計なコトの目撃者になって、消す――いや、消されるようなことになっては寝覚めが悪いよ」
会ったばかりの用務員を気遣うような口ぶりで、さらっと恐ろしいことを言う。
口調こそ冗談めかしてはいるものの、全く笑っていないその瞳。醤はこの男の本質を知る。
必要とあらば同じ表情を浮かべたまま、躊躇無く田畠さん一家を皆殺しにできるような、そんなタイプの人間だ。
人を見る目にはさほど自信もないが、なぜかそれでも、強烈に確信できてしまう。
「とりあえず、指定された場所は体育館の中、ということだったな。入っておこうか、君。
……そうそう、自己紹介もまだだったか。
私の名前は、ヘクター・ギボンズ。君は?」
「……脚蛮醤だ」
さりげなく伸ばされた右手を無視して、醤は自らの名だけを告げる。
名を告げるくらいなら不利になるまい、という判断と、握手に乗じて何をされるか分かったものではない、という警戒心。
それを知ってか知らずか、紳士は一人でうなづいている。
「ジャン君か。いい名前だ。
それに、いい目をしている。まだまだ若いが、先を見据えた、いい目だ」
紳士は笑顔のまま、こちらをじっと見ている。魂の奥底まで透かし見るような、深淵のごとき瞳。
遅まきながらにして、醤は気づく。
値踏みしていたのは、こちらだけではない。向こうも醤のことを測っていたのだ。
あえて饒舌に語りかけ、その反応を見ることで。
――どうにもやりにくい戦いになりそうだ。
そんな、予感がした。
広い体育館の中は、ちょっとばかり賑やかな様子になっていた。
バレーボールのネットが張られ、得点盤が置かれ篭入りのボールが置かれ、今すぐにでも試合ができるようなコートがある。
そうかと思えば、こちらにはバドミントン用のネットと、シャトルやラケットが一揃い。
跳び箱と踏み切り板が用意されている一角があるかと思えば、運動用のマットが敷かれている空間もある。
縄跳びが無造作に放り出されている傍らには、フラフープと一輪車がそれぞれ積み上げられていたりもする。
そう、混沌とした有様を見せる館内は、およそどんな室内競技でも、今すぐ始められるような状態になっているのだ。
この状況には、流石のギボンズも苦笑を禁じえないようだった。
「これは何だね。運営側は、最後はスポーツで爽やかに決着を、とでも言いたいのかな」
「…………」
「まあ、そういう趣向も嫌いではないが」
ギボンズは足元に転がっていたバスケットボールを拾うと、無造作に投げた。
そのままボールはバスケットゴールに吸い込まれるように飛んでいき、小さなバウンド1つしてリングを潜る。
見事なロングシュート、3点シュートだ。
広い体育館に、落ちてきたボールが跳ねる音が響き渡る。
「嫌いではないが――しかし、最後くらいは真面目に戦うのも悪くはあるまい」
「最後くらい……だと?」
「ジャン君、きみだってそのつもりで色々と用意してきたんだろう? 例えばその、懐の中とかに」
ニヤリと笑うギボンズに、醤はドキリとする。
これまで醤は、戦いのために何かを用意する、ということをしてこなかった。あえて避けていた。
応用性の高い能力を内心の誇りとし、「その場にあるもの」を活用することに「自分らしさ」を見出していた。
だがそんな「自分らしさ」へのこだわりは、先の戦いで砕け散った。
勝つためなら何でもする。
そう心に誓った醤は、それが付け焼刃であることを承知の上で、今回初めて「武器」を持ち込んでいたのだが――
動揺は顔には出さなかったと思う。
しかし、瞳の動きまでは隠しきれなかった。
思わず沈黙してしまった醤に、ギボンズは微笑みを浮かべたまま、足元に転がるバスケットボールを拾う。
「別に卑怯とは言わないさ。その程度は当然の心得だろう。ところで――」
「ところで?」
「そろそろ、予定されていた時刻ではないかね?」
あっ、と思った時には、遅かった。
醤が反射的に時計に視線を向けるのと、
ギボンズの背後に青いスタンドが立ち上がるのと、
そして――ギボンズが、自然な仕草でボールを放るのとは、ほぼ同時だった。
チェストパス――それはバスケットボールでの技法の1つ。
胸のところで両手で構えて、仲間の胸元目掛けて真っ直ぐに突き出す、基本中の基本となる動作。
これが、振りかぶって勢い良くぶつけられたなら、かわすことも考えたろう。
あるいは逆に、ボールがぶつかる程度の衝撃は覚悟の上で、完全に無視して動くこともできたはずだ。
所詮はただのバスケットボール。本来であれば、大した脅威ではない。
だが、あまりに自然なその動作に、醤は反射的にボールを受け取ってしまい――
そして両腕が封じられた格好の醤に向けて、拳を振り上げた青いスタンドが突進してくる!
「『フリーズ・フレイム』ッ!」
「ど、『ドッグ・マン・スター』ッ!」
醤の反応は、十分に早かったと言えるだろう――しかしやはり、タイミング的に一呼吸遅かった。
長い嘴を備えた異形の亜人スタンド『フリーズ・フレイム』の右拳が、『ドッグ・マン・スター』の身体に突き刺さる。
攻撃を打ち払うだけの余裕は与えられず、かろうじて、ショルダーブロックの要領で左肩で受けるのが精一杯だった。
打撲の痛みと同時に、左肩に走る異様な「冷たさ」。
醤は悲鳴を上げそうになるのを堪えて、咄嗟に後方に跳び退く。
飛び退きつつ、右手1本で、受け取ったままだったボールを叩きつける。
流石にこれは軽く避けられてしまったが、醤はなんとか僅かな距離と、思考のための時間を手に入れる。
プテラノドンのような顔をした相手のスタンド、『フリーズ・フレイム』に殴られた左肩は、見事に凍り付いていた。
感覚が無くなっているのは、肩の付け根から上腕の中ほどまで。
肘や左手にはまだ感覚があるが、それでも力が入らない。左腕全体が、だらりと下がってしまう。
おそらくは『殴ったモノを凍結させる』という能力を持った、敵スタンド。
開始早々、片腕の自由を奪われてしまった格好だ。
今の一撃だけの印象ではあるが、どうやら速度もパワーもほぼ同等の相手。
そこにこのハンデを背負わされるのは、キツい。
「だが……まだまだだッ!」
醤は後方にステップを踏みながら、懐に手を入れる。
そこに収めてあったのは、投げナイフ――今回初めて醤が用意した、「戦いのための備え」だった。
前回の戦いにおいてナイフを生み出すスタンドを相手に、ナイフを投げ返した場面があった。
あの時、思いのほか手に馴染む感触を覚えた醤は、あれから今日までの間に買い求め、練習を重ねてきたのだ。
醤の手の中に現われた刃物の光に、ギボンズの顔からも笑みが消える。
「『卑怯とは言わない』と言ったなっ! 遠慮なくいくぞっ!」
醤の右腕から、ナイフが放たれる。
用意してあるナイフは、無限ではない。
軽いモノでは殺傷力が足りず、重たいモノでは持ち歩ける本数に限りがある。
様々な事情を勘案して醤が用意した――いや、できたのは、僅かに6本。
その貴重な6本のうち5本までを、ギボンズの胴体目掛け、次々と投擲する!
1本! 2本!
ギボンズは横にすっ飛びながら回避する。やや大仰な、かなりの余裕を持っての回避。
ここまで醤は自らの能力を見せていない、何か小細工があると直感して、確実に避けることを選んでいるのだろう。
……それでいい。
3本! 4本!
ギボンズはバレーボールが詰め込まれている篭の傍にまで辿り着き、その陰に飛び込む。
1本は金属製の枠に弾かれ、1本はバレーボールに突き刺さる。
相変わらずのポーカーフェイス、その顔には焦りも恐怖もなく、再び微笑さえ浮かべてみせているが――
遮蔽物を得て、僅かに安堵したなっ!? それが顔ではなく全身から察せられるっ!
そして――5本目っ!
一見すると手が滑ったかのようにも見える暴投。
しかしそれは体育館の床で『バウンドして』、あらぬ方向から遮蔽物の陰に隠れるギボンズに襲い掛かる!
「なっ!?」
「……うおぉぉぉっ!」
『まるでバスケットボールのように』バウンドしたナイフは、僅かにギボンズの肩を掠めるに留まった。
先ほどギボンズに投げ渡された『ボール』に刻んだ黒い星。
そしてそのボールの『弾力』と『同期』させた投げナイフ。
この一撃はダメージを狙ったものではない、相手を驚愕させ、一瞬の思考の空白を作ればそれで十分!
その隙に接近して殴り倒さんと、醤は突撃を敢行して――
こちらに向けられた、黒光りする凶器と、真正面から顔を合わせることになった。
「――よもや、『卑怯』とは言うまいね?」
「~~~~ッ!!」
ギボンズの手に握られていたのは、まさかの『拳銃』。
彼が遮蔽物を求めたのは防御のためだけではない、この銃を手にする瞬間を隠すためでもあったのだ。
驚く間もなく、大口径のリボルバーが ゴウン! ゴウン! と凄まじい音を立てて火を吹く。
突撃しつつあった醤には、身を隠す余地もない。
咄嗟に残り1本のナイフと身につけたコートとを『同期』させ、自由に動く右腕で頭部をガードするのが精一杯だった。
1発! 2発!
ギボンズの放った銃弾は、容赦なく醤の身体に命中する。
ナイフの硬さを得たコートは、拳銃弾をかろうじて防いでくれた。
しかし1発ごとに、巨大なハンマーで思いっきり殴られたような衝撃が伝わってくる。貫通などしなくても、十分過ぎるダメージだ。
3発! 4発!
棒立ちになるしかない醤の身体を、さらなる銃弾が襲う。
コートをナイフと『同期』させたのは正しかっただろう――それがなければ、とっくに血反吐を吐いて死んでいただろう。
けれども、防備として足りていたとは言い難い。
コート越しの衝撃だけで、息が詰まる。肋骨が折れる感触がする。おそらく身体中、酷い痣になっているに違いない。
そして――5発!
とうとう銃弾が、コートの裾からはみ出ていた醤の右足に命中する。
焼けるような痛み。身体の芯を貫く衝撃。
立っていられるはずもなく、その場に崩れ落ちる。
「ジャン君。スタンドにのみ頼らず、武装するという発想は悪くなかったが――
どうせなら、『これ』くらいのものは備えておくんだな。
意外とね、銃というのは、使いようによっては近距離パワー型のスタンドとも渡り合えるだけの力を秘めているのだよ?
未だ全貌は分からんが、君のスタンドの能力とも、おそらく相性がいいはずだ。
もしも『次』があるなら、考えておきたまえ」
「……ここは……日本だぞ……ッ!?」
「ああ、そうだな。
世界でもとりわけ銃器の持込みが難しい国の1つだな。
それが、どうかしたかい? 現に私はこうして持っている。それが全てだよ」
なんて奴だ。
悪党だ、とは思っていたが、まさかこれほどとは。醤は歯軋りする。
片手片足の自由を奪われ、地に倒れ伏し、懐にはナイフが1本きり。
広い体育館の真ん中、手の届くところに使えそうなモノは何もない。
スタンド同士は、素のパワーも速度もほぼ互角。
そして、相手のリボルバーには、まだ1発の弾が残っている。
状況は、ほぼ決定したと言っても良いほどの状況だった。
誰に聞かせることもなく、ギボンズはつぶやく。
「自分は、こんなところで終わるわけにはいかない。
まだまだ『幹部』の座に駆け上がったばかり。この先にも厳しい道が待っている」
誰に聞かせることもなく、醤はつぶやく。
「自分は、こんなところで終わるわけにはいかない。
まだまだ、『先』があるはずなんだ。勝利の果てに得られる、『何か』が」
期せずして一致したつぶやき。
ギボンズは立っている。
醤は倒れている。
そして立っている者は、倒れている者に対して、大きく両手を広げてみせた。
「……ジャン君。
単刀直入に言おう。
私の、部下になる気はないかね?」
「なっ!?」
いかにここから逆転するか。いかにして目の前の男を殴り倒すか。
それだけを必死に考えていた醤は、思いもかけない言葉に唖然とする。
これも何かの策略だろうか? 何か裏があるのだろうか?
……違う。
ギボンズの瞳に宿る光は、あくまで真摯だ。
「――1人目は、まっすぐ過ぎた。
あの純真さ、あの真面目さは好む人も多いだろうが、『我々』の業界では枷にしかならない。
勇敢ではあったが、あれは実際、蛮勇と呼ぶべきものだろう。私が手を下さずとも、長生きはできないタイプだった。
――2人目は、小物過ぎた。
嘘が悪いとは言わない、策略が悪いとは言わない。能力そのものも、面白いものだった。
しかし、絶対の保身を望む性格が、そして無用の挑発を弄ぶ性格が、彼の寿命を縮めるハメになった」
「何を、言って……」
「その点、君は見込みがある。
私との握手を拒む慎重さ。自らの情報を漏らさぬ寡黙ぶり。
策を弄することを厭わず、それでいて策に溺れることもなく、適切な時に勇気を出して命を賭けることができる」
「…………」
「何より、こうして話している間だって、君はまだ、勝利を諦めてはいないんだろう?
その『諦めの悪さ』、『勝利への執念』は、実に好ましい」
ふざけるな。
そう叫びたかった。
叫びながら懐に1本残ったナイフを突き刺し、目の前で余裕たっぷりに語る紳士の首筋を切り裂きたかった。
しかし――隙がない。
悔しいほどに、残酷なほどに、隙がない。
拳銃も、スタンドも、いつでも醤の命を奪える体制のままだ。ギボンズは語り続ける。
「実は私は、つい先日、『組織』の中で『幹部』に昇進したばかりでね。
信頼できる部下というものが、足りないのだよ。
今の地位を得るにあたって、敵対する者をずいぶんと粛清してしまったしねぇ。
ここで君を迎えることができれば、私としては大変助かるのだが」
「ふざ、けるなっ……誰がっ……!」
「もちろん、来てくれるというのなら、三顧の礼をもって君を迎えよう。
金でも地位でも名誉でも、私に与えられるものであれば、何でも与えると約束しよう。
君にはまだ『経験』が不足している。
が、しかし、君に足りないのは、ほとんど『それだけ』だ。
私の下に来て、私と共に働くならば、君はもっと強くなれるだろう。ひょっとしたら、私をも越えるほどに」
勝ちたい。
そう思った。
どんなことをしてでも、この男に勝ちたい。
自信に満ち溢れたこの男を、あらゆる意味で上回りたい。屈服させたい。乗り越えたい。
醤は、心の底から思った。
圧倒的な敗北感を感じながら、それでも、醤はただそれだけを望んだ。
「……勝ちたい、か。
なるほど、それが君の望みか、脚蛮醤。ならば……」
いつの間にか、言葉として漏れていたらしい。
ギボンズはそして、手にしていた拳銃を懐にしまうと――その場で、ゆっくりと頭を下げて。
はっきりとした口調で、こう言った。
「……参りました。降参する」
たっぷり10秒ほども、呆けていたかもしれない。
醤は相変わらず倒れたまま。立ち上がることすらできない。
ギボンズは相変わらず立ったまま。ダメージらしいダメージもなく、すぐにでも醤を殺せるような状態。
そんな状況で飛び出した――ギブアップ宣言。
圧倒的優位にあったギボンズからの、敗北宣言。
「な……何だ、それは!?」
「言っただろう。
君を迎えるためなら、私が与えられるものは『何でも』与える、と。
君は『勝利』を望んだ。
私はそれを与えた。
ただ、それだけのことだよ」
ギボンズは真顔だ。
完全に本気だ。だからこそ、訳がわからない。
「ああ、勘違いして欲しくないのだが、この『プレゼント』は私にとっても決して安いモノではないよ。
既に『ノルマ』は果たしていたとはいえ、やはり『優勝』していれば得られたものは大きい。
『敗北』することで、『組織』内での私の立場も危うくなるかもしれない。
どうでもいい勝負だから勝ちを譲った、などとは思わないでくれたまえ」
「…………」
いつの間にか、体育館には夕日が差している。
真っ赤に染まる板敷きの床は、ひんやりとして心地がいい。
頭の芯が痺れるような思いで、醤は目の前の男を無言で見上げる。
「納得がいかない、という顔だね、ジャン。
しかし、もう遅い。
敗者が何を言っても勝敗を覆せないのと同じように、勝者もまた、結果を覆すことはできない。
私はギブアップをしてしまった。
君は、勝者となるしかない」
「…………」
「それでも不満ならば、いつでも再戦を挑みたまえ。
己の納得のいく状況で、己の満足のいく勝利を得られるよう、再戦を挑みたまえ。
私も、大切な部下からの挑戦であれば、可能な限り応じようと思っている。
そういう緊張感があってこそ、私もさらなる上を目指せるというものだからね」
……勝てない。
そう思った。
少なくとも、『今は』勝てない。
そして――いつか、勝ちたい。
何としてでも、今度こそ完璧に、勝ちたい。
醤は口を開こうとした。
だが、何を口にしたものか。中途半端に開かれた口が、かすかに震える。
迷った末に声になったのは、相手の名前だった。
「み、ミスター・ギボンズ……」
「……私はね、『無知』と『言い間違い』に対しては、寛容なほうだと自認している」
ギボンズは淡々と応える。
噛んで含めるように、醤の言葉を途中で遮って、淡々と語る。
「知らず気づかず口にした者に、いちいち怒ったりはしない。
だが、あえて『それ』を口にし続けた者は、『たった1人』を除いて、全て殺してきた。
唯一『殺すことができなかった』男も、勝手に死んだ」
「…………」
「この私、ヘクター・ギボンズは、ナイトの叙勲を受けている。
そこまで知っている相手から、『ミスター・ギボンズ』と呼ばれるのは……『好みではない』、な」
なるほど。
そういうことか。
醤は相手の意図を理解する。
ならば次に『ミスター・ギボンズ』と呼びかけるのは、醤が勝てると思ったその時だ。いつか必ず、そう呼んでやる。
だから、今は。
深呼吸1つして、改めて醤は口を開く。
「『サー』・ヘクター・ギボンズ――
貴方の首は、いつか必ず、私が取る。いつか必ず、勝ってこの借りを返す。
だからそれまでは……貴方に、従おう。
他の誰かに、倒されてしまわないように」
「それでいい。
期待してるよ、ジャン」
夕日の差す体育館の中、2人の男の視線が、熱く絡んだ。
これはおそらく、終わりではない。
――きっとここからが、始まりなのだ。
★★★ 勝者 ★★★
No.4492
【スタンド名】
ドッグ・マン・スター
【本体】
脚蛮 醤(ギャバン ジャン)
【能力】
マーキングしたもの同士を同期させる
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最終更新:2022年04月16日 14:05