第05回トーナメント:予選③




No.3039
【スタンド名】
ポワゾン・デリシュー
【本体】
ヴィック・ラズロ

【能力】
泡クリームを手の平から放出する


No.5002
【スタンド名】
ブレイク・フリー
【本体】
相羽 道人(アイバ ミチト)

【能力】
触れたものの「束縛」を解放させる




ポワゾン・デリシュー vs ブレイク・フリー

【STAGE:女性用下着専門店】◆7/Qrz4aHTM





金曜の夕方という事もあり、1階のメインエントランスには人が溢れかえっていた。


送られてきた招待状には、このショッピングモールの5階フロアに午後5時とある。
エントランス中央の時計を見ると、あと5分で午後5時。…奇妙なほど『5』ばかりが並んでいる。

しかし5階までは南側の階段から上がれ、との指定があったのでまだ着いたわけではない。
駅からここまで走ってきたが、ここから5階までも走らなければならないようだ。


「何でこういつもギリギリになっちゃうんだろう…。う~ん…。」

そう呟きながら 相羽 道人(アイバ ミチト) は
制服の内ポケットに入っている招待状を確かめるように触りながら、軽く背を伸ばして階段を探した。



「オゥ!ミチトじゃん!こんなトコで何してんの?」

いきなり名前を呼ばれてビクッと振り返ると、高校の同級生5人が立っていた。
帰宅路とは逆方向の電車に乗らなければ来られないこのショッピングモールに1人で居る。
まぁ確かに…ごもっともな質問だ。


「あ、いや、ちょっと用事があってさ。……うん。」

「ふぅーん。 放課後にここいらでミチトに会うって何か奇妙な感じすんなぁ。珍しいっつーか…。」
「未知との遭遇…か? いや、ミチトとの遭遇か、ははっ」
「上手くねぇし、語呂悪ぃからww」

どうやら買い物にでも来たのか、学校に居る時よりも少し浮かれている。


「…あ、ゴメン。 あの、俺、急いでるから! …うん、じゃあ!」

「お~ぅ、また明日ァ……じゃなくてまた来週な~。」
「じゃあな~」




変に思われたかな、と心に不安が残ったミチトだったが
南側の階段を目指す間にすれ違った人達の少し浮かれた雰囲気が、それをすぐに上塗りした。


―――本当に、本当に、こんな場所でやるのかな…?







やっぱり、あの招待状は誰かの悪戯だったのでは?

そう考えながら階段を駆け上がったミチトだったが
5階フロア前の立て看板を見た時、彼の鼓動は疲労とは少し違うリズムで打ち始めた。


《5F レディス / ファッション / グッズ  はフロア改装中です》


「未知との遭遇だなぁ。…うん。」

ミチトは少し気に入った風に口の中で小さくそう呟くと、立て看板の奥へと歩いて行った。


…チッ……チッ……チッ……


ヴィック・ラズロは目の前にある柱時計の秒針が時を刻むのを、ただ目で追いかけていた。

時はこうして動いているのに、まるでこの5階フロアだけ時が止まっているかのように静まり返っている。

制服のズボンに手を突っ込んで秒針を眺める自分、
そして横に控えている「立会人」を名乗るスーツを着た女も微動だにしない。

これじゃ機械的に動いているとはいえ、この柱時計が一番、現実で呼吸をしている気がした。


―――現実で呼吸をする……か。


気が付くと、胸から押し出されたように深い溜息が出ていた。


ヴィックは胸にきつくサラシを巻き、その上からスポーツ用のサポーターで圧迫している。
これは話す事はおろか、呼吸をする事さえも困難なものだったが
その束縛に逆らうかのように、この身体の成長は止まる事はなかった。




「5時を過ぎても相手が現れない場合は、ヴィック・ラズロ様の不戦勝になります。」


ヴィックの溜息の意味を取り違えたのか、立会人の女が顔も向けずに機械的に言った。

だが、この立会人は機械的だが女としての人生の上で生きている。
そう考えれば、彼女も現実で呼吸をしているんだろう。


―――私だけだな…。現実で呼吸してないのは…。




ヴィック・ラズロは男の格好をしているが、実は女だったのだ。


ふと視線を落とすと、柱時計の振り子の奥の鏡に映った「男の姿」の自分と目が合って、柱時計に背を向けた。




…だが、

ヴィックの胸を締め付けているその感傷は、もっと深い場所から打ち始めた鼓動がかき消してしまった。
柱時計に背を向けたヴィックの目に、フロアの向こうから走ってくる青年の姿が見えたのだ。


―――アイツが……オレの相手か。



背後の柱時計が5時を知らせる鐘を鳴らし、この場所の時が再び動き出した。


柱時計が勿体ぶったように5回の鐘を鳴らし終わった後、立会人の女はミチトに近付いていった。


「相羽 道人様でよろしいですね?
  お手数ですが、お送りした招待状の確認をさせていただけますでしょうか?」

「あ、は、はい!

  …えぇと…。 こ…これ!」


用意していたにも関わらず、ミチトは招待状を出すのに手間取った。

どこにでも居る高校生の自分が『相羽 道人様』と『様』をつけて呼ばれた事
周囲に女性の下着が所狭しと飾ってあるこの場所に面食らった事もあったが
何よりも、目の前に居る学生とこれから戦わなくてはならない事に戸惑いがあった。

ミチトは彼の着ている制服の校章を知っている。



―――あれは降星学園の制服だ。ネクタイの色は青。……うん。


学生で知らない者はいない。とまで言われている超マンモス校、降星学園。
中高一貫の6学年制で制服は共通。ネクタイの色で学年を分けている。

そして青いネクタイは、ミチトと同じ高校二年生だった。



漠然と考えすぎていたんだ、とミチトは後悔した。

相手が誰であっても戦う覚悟はあった筈なのに、
いざこうして自分と同い年の人間を前にすると…どうしていいのか分からなかった。

いっそ、年の離れた犯罪者とかが相手だったら良かったのに…。





一方、ヴィックの心は戦う姿勢にシフトしていた。

正直、不戦勝で終わると思い始めていた燻りかけの心は
一度火を投げ入れるだけで簡単にここに来たばかりの温度まで上がっていった。


ヴィックは再び柱時計の方を振り返ると、振り子の奥にちらりと映る「男の姿」を青い瞳に焼き付けた。


―――この姿は……『呪い』だ。


没落した貴族であるラズロ家。
その誇り高き血統の無念は、そのままヴィックの姿に覆いかぶさっているのだ。


この『呪い』で、強くなれる。


この『呪い』という現実で、呼吸をしている。



相手が男だろうと、同じような学生だろうと関係ない…!


「…では、私は失礼します。」

立会人はミチトに招待状を返すと、そのままフロアの奥に立ち去ろうとした。


「…え、あ、あの、…えぇ?」

ミチトは慌てて立会人を追いかける。




「まだ何か?」

「え? いや、えぇと…、この後は…?」


「ありません。

  後は、お二人で勝敗を決定して下さい。
  どんな方法であっても構いません。 たとえそれが…コイントスであっても。


  私の役目はお二人がこの場所にいらした事を確認するまで。
  勝敗を決定する方法に立会人は一切関与いたしません。 それがルール。」



「…あ、うぅ…う~ん…。」

ミチトはまだ心を決めかねているところがあった。


「これはあくまで、私のやり方です。
  中には本当にコイントスで決めさせる者、まぁ立会いすらしない不真面目な者も居ますが―――」



『ポワゾン・デリシューーーーー!!!!!!』

突然背後で、フロアに響き渡るようなヴィックの甲高い声が上がった。



「ヴィック・ラズロ様は、もう勝敗を決定する方法をお決めになったようですよ?」

ミチトの心を見抜いた様にぴしゃりと言いきると、立会人はそのまま去って行った。



「……!?」

ミチトが振り返ると、ヴィックはスタンドを出して臨戦態勢に入っている。


『ブレイク・フリーーー !!!』

いつ飛びかかってくるか分からない黒い殺気のような圧力を感じ、ミチトもようやく心が決まった。


「うぉぉぉぉぉーーーーー!!!!」

ミチトは相手からの圧力を跳ね返さんと声を張り上げ、ヴィックとの距離を一気に詰めた。

先手必勝だ! 相手の能力が分からない以上、半端に距離をとるよりは…!!



「「ウォォォリヤァァァーーーーーーーー!!!!」」

ミチトの『ブレイク・フリー』が猛烈なラッシュを放ったが、ヴィックはスタンドを出したまま、微動だにしない。


ドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴ!!!!!


『ブレイク・フリー』の拳は届いていた――のか?
ヴィックは体の表面にクリーム状のプロテクターのようなものを纏っている。




「!?……これは衝撃を――――ぐあっ!!!」

接近した『ブレイク・フリー』の脇腹に、ヴィックの『ポワゾン・デリシュ』が放ったムチのようにしなる蹴りが食い込んだ。


ミチトは吹っ飛ばされ、下着の山済みされたワゴンに頭から突っ込む。
もう下着に埋もれている事すら気にならなかった。



―――ぐっ…。モロにくらった…。  !!?



ヴィックはミチトに考える隙さえ与えんと、今度は自分から一気に距離を詰めた。

『ポワゾン・デリシュ』が走っているヴィックの体の表面に次々とバリアを張っている。

―――あのスタンド、オレのプロテクターを突き破る程のパワーはない…!!


『ポワゾン・デリシュ!!!!』


ヴィックの吠える様な命令に『ポワゾン・デリシュ』は地面を力強く殴り、
ボワッと音が出るような勢いで周囲が一気にクリームのような泡で包まれた。


―――これで視界は遮った…!!


走っている勢いのまま、ヴィックは『ポワゾン・デリシュ』を先行させてミチトに飛んでかかる。



「うわぁぁぁーーー!!『ブレイク・フリーーーーー!!!!』」



ワゴンの上で『ブレイク・フリー』で応戦するも、激しい攻撃にミチトは後退気味になった。
ミチトの攻撃はヴィックの体に当たっていない、というより当たっているが衝撃が伝わっていない。

ヴィックは次々と体の表面に泡のようなクリームを発生させ、衝撃の全てをかき消しているのだ。


一方ヴィックは、スピードで上回っている『ポワゾン・デリシュ』で退路を断ちながら
ヒット・アンド・アウエーを繰り返し、的確にミチトにダメージを与えている。




「く…くそっ。」


―――泡…あの泡をなんとかしないと…攻撃が当たらない…!

ミチトは最初に受けた脇腹がジンジンと痛む。骨は折れてないようだが…。




『ポワゾン・デリシュ!!!』

追い討ちをかけるようにヴィックはプロテクターをさらに濃くし、鎧のようになっていた。




「これで……終わりだ…!」

ヴィックは静かにそう呟き、『ポワゾン・デリシュ』が構えた。


「「シュアアアアアアァァァーーーーーーーーー!!!」」


トドメをさそうと突っ込んでくる『ポワゾン・デリシュ』を前に、ミチトも飛び上がった。



しかしそれは『ポワゾン・デリシュ』の方にではなく、
ワゴンから天井に向かって思い切りジャンプし、『ブレイク・フリー』が天井を殴りつけた。


―――な…!? 何をする気だ!!?

ヴィックは思わず『ポワゾン・デリシュ』の動きを止めた。 殴りつけた場所に、何か機械のようなものが見える。




『ブレイク・フリィィィーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!』





ミチトの叫びに呼応するかように、突然天井からシャワーのように水が降り注いできた。






「これは…スプリンクラー!!?」


「『ブレイク・フリー』は―――束縛を解き放つ能力!

  天井にあるスプリンクラー装置の束縛を解き放った!!…そして!!!」



周囲に発生させたクリームがスプリンクラーで洗い流されている。


―――しまった!!!


自分の纏っていたプロテクターも洗い流されている事に気付くと同時にミチトの『ブレイク・フリー』が飛びかかってきた。


『ブレイク・フリーーーーーーーーーーーーーー!!!!』


『ポワゾン・デリシューーーーーーーーーーーー!!!!』



『ブレイク・フリー』の拳と『ポワゾン・デリシュ』の蹴りが同時に放たれた。



―――リーチの差でオレの『ポワゾン・デリシュ』の勝ちだ…!!

そう確信したヴィックだったが、ミチトはそれより一枚上手だった。




ドォォッゴォオオーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!



ミチトの『ブレイク・フリー』の腕が伸びるように、先にヴィックの胸を力強く殴りつけたのだ。


「ぅぐはぁ!!!!」

―――う、腕が……伸びた!!?


ヴィックは、押し流されていた泡の中に吹っ飛ばされた。








「……ぅうう…い、痛い。

  やりたくないんだよ……、この『ズームパンチ』は……うん…。」


ミチトは『ブレイク・フリー』の能力で外した関節をムリヤリ戻しながら呟いた。


ミチトはヴィックの吹っ飛ばされた方に体を向けると、そのまま次の攻撃に備えた。



しかし、ヴィックはスプリンクラーの水で泡のように薄くなったクリームの中で蹲ったまま動かない。

攻撃の手ごたえはあったが、勝負が決まる一撃とは思えなかったミチトは用心しながらヴィックに近付く。














「ええええええぇぇーーーーーーーーーーー!!!!!???」




ヴィックは、着ていたブレザーの上着も、シャツも、その下で身体を押さえつけていたものも全てボロボロに吹き飛んでいた。

蹲りながら手で隠している胸の膨らみは、明らかに男のものではない。



「え…え……えぇと……。」

ヴィックはミチトと目が合うと、そのまま蹲って大声で泣き出してしまった。






何が起きてしまったのか分からないミチトは反射的に背を向け、ただ呆然と立ちすくむ事しか出来ず
さっきまで命の取りあいをしていたとは思えないように、時間は凍りついてしまった。




『ブレイク・フリー』がヴィックの「束縛」を解放してしまったのだった。


柱時計が6時を知らせる鐘を鳴らし、この場所の時が再び動き出した。

―――あれから、もう1時間も経ったのかぁ…。うん…。



「じゃあ…俺、もう帰るよ?」



「……うん。 上着、いいの?」

ヴィックはとりあえず適当な下着を拝借し、上着はミチトの制服を着ている。
さっきまでと随分違った雰囲気を纏っていた。


「…う、うん。 俺が悪いんだし。 勝負の勝ちも譲ったっていいのに―――」

「あんなとこを見られて…、しかも勝ちなんて譲られたらね…。」

ヴィックは少し困ったように言った。何かから解き放たれたような、そんな気持ちになっていた。


「…ご…ごめんなさい!!!」

「…ふふふ。」

ヴィックは笑いながら、こういう風に誰かと話すのはいつぶりだろうと現実で呼吸をしている気持ちを噛みしめていた。




「あ、そうだ。…ちょっと待って。」

ヴィックは鞄から手帳を取り出すと、ペンで何かを書いてページを破り、それをミチトに手渡した。


「……? 何?」

「私の携帯番号。上着、返すから。」


「あ、あぁ、そういう事か、うん。……うん。」


そこには電話番号の横に筆記体で何か書かれていた。辛うじて『V』の文字だけ読める。

「えぇ~と……。V……な、何て読むのこれ?」



「―――ヴィクトリア。私の……名前。」


「ヴィクトリア!…綺麗な名前だね。…うん!

  あ、俺は 相羽 道人。ミチト。」



「ダンケ…


  ……ありがと。…ミチト。」



ミチトは奇妙な気持ちになっていた。

―――『V』かぁ…。今日は『5』に縁がある日だなぁ。うん……。

★★★ 勝者 ★★★

No.5002
【スタンド名】
ブレイク・フリー
【本体】
相羽 道人(アイバ ミチト)

【能力】
触れたものの「束縛」を解放させる








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最終更新:2022年04月16日 14:30