第05回トーナメント:予選④




No.4976
【スタンド名】
サイクロプス・アイ
【本体】
クロちゃん

【能力】
凝視した生物を呼吸できなくさせる


No.4698
【スタンド名】
クローサー・ユー・ゲット
【本体】
安西 歩(アンザイ アユム)

【能力】
「性質」を手錠および手錠をかけたものに付与させる




サイクロプス・アイ vs クローサー・ユー・ゲット

【STAGE:地下水道】◆aqlrDxpX0s





「お゛めぇーの席ね゛ぇーがら!!!」

友人から発せられたこの一言が、私の人生を変えてしまった。


私が教室へ入ると、私の机がある場所がぽっかり空いていて、
それに気づいた私に友人は先ほどの言葉を浴びせ掛けた。

クラス中は笑いに包まれ、いたたまれなくなった私は思わず教室を飛び出してしまった。
私の机は、廊下の端にぽつんと置かれていた。
私は教室に戻るのがいやで、保健室に逃げ込んだ。


……何故、私がこのような仕打ちを受けることになったのかというと、私の名前が理由らしい。

「安西歩(アンザイ アユム)」。それが私の名前だ。
この事件があった当時流行っていたドラマの登場人物を思い起こさせる名前で、そしてその主人公の顔もなんとなく私に似ていたそうだ。


私は、このドラマを見ていなかった。だから、クラスで笑いが起こったときも何が起こっているのかさっぱりわからなかった。
私は少なくともいじめられるような人間ではなかったし、むしろこの前日まで常にクラスのみんなを明るく楽しませてたという自負さえある。


私が保健室で泣いていると、さきほど私に罵声を浴びせた友人が入ってきた。
そして、彼女が私に言った言葉は……

「やだ、歩。本気にしちゃった?ゆうべのドラマ観てなかったの~?」
「え?」
「いつものようにさ、笑ってくれると思ったから、教室飛び出したときはどうしたかと思っちゃったよ~。」


……つまり、彼女は私に「ちょ、きのうのドラマかよ~勘弁してよ~!」と言って笑うことを期待していたのだ。
彼女に、私をいじめようなんて気はさらさらなかったのである。

「じゃ、はやく教室戻っておいでよー?」
そう言って彼女は保健室を出ていった。


私は、彼女を許すことができなかった。

彼女の言葉には、一言も、謝罪の言葉がなかった。


しかしこの事件は、ここで終わらなかったのである……。


……とある駄菓子屋の軒先。

おばあちゃんが竹箒を持って店の前に出ると、いつものノラネコたちが輪を囲んで座っていた。
「あらあら、今日はネコちゃん会議なのかしらねえ。」


体の一番大きなネコが口を開いた……

『そう……あれは二年前のある日、二つの巨大派閥が衝突したんニャ。』

『まーた始まったニャ。』
『ジイのこの話、聞くのニャン度目かもう忘れたニャ。』


『ニャがきに渡る戦い……その決着は二匹の代表同志の決闘で決められたニャ。
 向こうのトラネコ団の代表……トラ次郎は土佐犬にも勝ったことがあるという伝説を持つ巨漢だったニャ。
 対するコチラの代表は、並の大きさのネコ……ただしその心には獅子の魂を宿していたニャ。』

『勝負は……あっけなくついたニャ。トラ次郎は、攻撃するどころか身動きさえ取れずに、泡を吹いて倒れたのニャ。
 こうして我々は勝利を収め……』

「ほらほら、ねこじゃらしよー。」

『トメばあさんの寵愛を独占することができたのニャ……フンッ、フンッ!』ブンブン
『トメばあさん、今日のゴハンは鰹節いっぱいかけてニャー。』

『フウッ、フゥ…………そして、そのネコ……今、はたしてどこにいると思うニャ……?』


ドドドドドドドドドド……

『おいおい、ジイさん。みんニャその話にゃもう飽き飽きしてるぜ。』


棚の下の隙間から、隻眼の黒猫が現れた。

『あ、レイブンだニャ。』
『いつも、みんなと暮らしてるニャ。』

じいさんネコは続けた。
『傷を負ってつぶれた右目……それはあの戦いによるものじゃないニャ。』


「あら、クロちゃんお出かけ?」
『フッ……トメばあさん。俺のメシにはおかかを一杯かけてくれよニャ……。』
「車に気をつけてねー。」

仲間からはレイブンと呼ばれたネコ……クロちゃんは駄菓子屋を離れ、川のあるほうへと歩いていった……。


『彼の右目をつぶしたのは「矢」だったニャ………だが、矢で貫かれてもなお死ななかった。
 数々の武勇伝よりも、このことこそが、彼の伝説かもしれないニャ……。』


……とある街の地下水道。

4メートルほどの高さのある下水の動脈と、そこから枝分かれするように1.5メートルほどの高さしかない円柱状の細い下水道がいくつも見られた。
歩は周囲を見回しながら、水が絶えず流れる広い下水道の通路を歩いていた。

このところ晴れの日が続き、細い下水道のほうには水はほとんど流れていなかった。
コツ、コツと、歩のローファーの足音が下水道に鳴り響く。

歩「乾いてても、これだけ臭いなんて……どうしてこんな場所で戦わせようとすんだろ……。」
歩は鼻と口を手で覆ってゆっくり歩き、奥へと進んでいった。


歩「それにしても……まったく人の気配がしない。時間的にももう対戦者の人もいるはずなのに。」

しのび足で歩いても、わずかに足音が響いた。
歩はローファーで来たことを後悔した。部活で使うシューズなんて絶対に汚したくないし、
汚れてもいい一番安い靴がこのローファーだった。
だが、この戦いに参加した以上、そんなことを気にしている場合ではなかったのだ。


歩「こんなんじゃこの先が思いやられるよなあ……。」



ピチャ……ピチャ……

歩「……!」

歩の聴いたその音は単なるしずくが落ちる音ではなく、水溜りを踏んだときのような音だった。
進行方向のすこし奥にある、細い下水管のほうからだった。


歩(対戦相手かしら……?)

歩は自身のスタンド……クローサー・ユー・ゲットを発現させた。


歩(出てくるのを待つ必要は無い……こっちから姿を現し、先手を打つ!)

歩がそう考えた理由は二つ。一つは自身の足音によりすでに相手に気づかれているかもしれないということ、
もうひとつは、高さ1.5メートルという狭い場所に相手がいるからだった。
もし危険があったとしても、こちらは逃げられるが向こうは逃げられない。
歩は有利な立場にあったのだ。

バッ!

歩は下水管の出口に立ち、中を見た。


歩「………あれ?」


ニャーン……


しかし、下水管の中にいたのは一匹のネコ。そのほかには何もいなかった。

歩「なんだネコか……ほんとネコってどこにでもいるよね。」
ネコ「…………」

歩は振り返って、来た道をもどりはじめた。
歩「はぁー、いったいどこにいるんだか……集中し続けてなんかいられないよ……。」

歩「しかもこんなときに『黒猫』に出くわすなんて……もし部活のシューズで来てたらヒモが千切れてただろうね。」



ドドドドドドドドド……

歩「………な、なに………?」

歩が数歩進んだところで異変に気づく。


歩「………い……き……が…………!」

自分の呼吸ができなくなっていることに。


日の光も届かない地下水道はたしかに空気が薄かったが、それにしても異常だった。
歩が振り返ると……先ほどの黒猫が、こちらを向いて身構えていた。……スタンドとともに。

歩は、そのネコがまさに自分の探していた対戦相手だったと理解した。


歩(ネコとか……アリなのかよッ!)


自身のスタンド『サイクロプス・アイ』を発現させたネコ、クロちゃんは歩に向かい、牙をむいて威嚇した。

クロちゃん「ニ゛ャーーーーーーーーーッッ!!」

歩は再びネコに背を向けて、走り出した。
まずは自分の置かれている状況を理解するため、距離をおきたかったのだ。


ダッダッダッ……

人は数十秒息を止め続けることは可能だが、息を止めたまま走るとなると、そう長くは続かない。
急に呼吸をとめられたなら、さらに時間は短くなるだろう。

かなり限られた時間だったが、歩のとった行動は結果的に正解だった。
歩はカーブしている大きな水道を走り、歩はクロちゃんの視界の外へ出ることができた。


歩「……はあっ、はあっ……!息が、できる……。」


歩は膝に手をつき、肩を揺らして呼吸をした。

歩(まさか対戦相手がネコだったなんて……いったいなんでネコなんかが?
  というより、このトーナメントの運営はネコに招待状を送ったのかしら?いえ、口頭だったとしても、ネコとコミュニケーションが取れる人間がいるの?
  ……って、そんなことはどうでもいいわ。大事なのは、このネコの能力……。
  今わかっていることは、あのネコと会ったとき呼吸ができなくなったこと、そして今はできること……。)


歩は考えながら自分の来た道に注意を向けていた。

たかがネコ。追ってくるのなら、迎え討てばいい。


歩(まだよく実態はわからないけど……呼吸ができなくなること以外はなにもなかった。
  さっきと同じことをしてきたら、こんどは戦える……。)


しかし、歩がいくら待ち続けても、クロちゃんは現れなかった。

歩(おかしいわね……。)


だが、しばらく経った後……

歩「…………ッ!!」

再び、息が詰まった。目の前には何者も現れてはいなかった。


歩(ど、どこに……?もし、遠くにいても能力が発動するなら、私の勝ち目は薄くなる……。)

歩は周囲を見回し、クロちゃんの姿を探した。


クロちゃん「ニャーン。」

声がしたのは、歩の真後ろだった。

歩「ッ!」バッ!


歩が後ろを振り向くと、そこにはスタンドを発言させていたクロちゃんの姿があった。
クロちゃんはなぜか歩が来た方向とは逆の場所にいたのだ。

クロちゃんのスタンド……サイクロプス・アイの大きな目が歩を凝視している。


歩(一手遅れたが……今度は逃げない!)

歩はクロちゃんに向かって駆け出し、クローサー・ユー・ゲットの拳を振り下ろす!

クロちゃん「ニッ!?」


バゴン!

クロちゃんは軽い身のこなしでかわし、後ろを振り返って逃げ出した。

歩「………はあっ、はあっ……待てッ!」


歩はクロちゃんを追って走り出す。


ピョン!

クロちゃんが逃げ込んだのは、大きな水道から繋がった細い下水管だった。
歩もクロちゃんのあとから下水管の中へ入った。

直立すれば頭をぶつける高さだが、少し身をかがめれば難なく進むことのできる広さだった。
下水管は何度も枝分かれし、クロちゃんはどんどん進んでいく。

歩(そうか、この細い下水管を迂回して私の背後に回りこんだのか……。)


歩「………!!」

歩は、自分の行動を後悔した。

細い下水道を迂回し自分の背後に回りこんだということは、あのネコは網目のような下水道の構造を理解しているといっていい。
そして、決まった日時と場所にやってきたネコ……人間なみに頭がいいかもしれない。
そして下水道の役割、相手がネコであるということを考えると……。


しばらく追ったところで、下水管は再び大きな水道に出た。
……ただし、その出口には「鉄格子」がかけられていた!

歩「な……!」

鉄格子といっても、鉄の棒が縦に8本並んでいるだけで、クロちゃんはその間をするりと抜けて大きな水道へ出た。
だが、歩はその格子に阻まれ、クロちゃんを追うことができなくなった!

クロちゃん「………ニャン。」

クロちゃんは歩のほうをチラリと向いて鳴いた。
歩からは心なしか嘲り笑われたような気がした。

歩(やっぱりこのネコ……相当頭がいい!ここであの能力を使われたら……!)


クロちゃん「…………」ヒョコヒョコ

だが、クロちゃんは能力を発動させず、どこかへ歩いていき、歩の視界の外へ消えていった。


歩「………?」


もう勝負はついたと思ったのだろうか?
獲物をつかまえ、これ以上戦う必要はないと………。


下水管の中をクロちゃんはヒタヒタとゆっくり歩いていた。
クロちゃんは、相手に情けをかけるつもりは毛頭なかった。

そのようなことは、巨大組織の長としてプライドが許さない。

クロちゃんは「まわり道」をして、再び歩の後ろに立った。
完全な決着をつけるために。


歩のいる格子のつけられた出口……その反対側にクロちゃんは回りこんだ。
歩が身を隠す場所はどこにもない!


歩「……ハァーッ、ハァーッ、ハァーッ」

クロちゃん「…………?」


歩はクロちゃんの想像どおりまだそこにいた。
……だが、変わっていたことが一つ。歩の手に何かが握られ、そこから垂れ下がっているものが下水管の中?に埋まっていたのだ。

歩「忠告する……アンタがそれ以上近づくか、スタンドを出せば……後悔するのはアンタになる。」

圧倒的不利に立ってもあきらめない歩の姿に、クロちゃんは内心ほくそ笑んだ。
クロちゃん(フン………もともと近づくつもりはないニャ。触れさせずに勝つ……コレが俺の美徳ニャ!)

クロちゃん「フーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!」


クロちゃんはサイクロプス・アイを発現させ歩をにらみつけた。

歩「くっ……………。」

歩の呼吸が止められる。
今度は歩に逃げる場所はない。


クロちゃん(いつもと同じニャ……相手が倒れるまで、にらみ続けるニャ!)


歩(……アンタが私を追い詰めたのは、その小さな体を持っていたから……。だけど、アンタはその小さな体のせいで、負けるんだ!)

歩「……クローサー・ユー・ゲット!」

歩は、空いた手を、下水管にたまる泥にあてた。


ドチャァッ!!

クロちゃん「!!」


その瞬間、歩とクロちゃんのいた一本の下水管が『泥』に変わり、崩れた!

二人……一人と一匹を覆う下水管は、クローサー・ユー・ゲットの能力により、泥に変えられたのだ。


クロちゃん「ニ゛ャア゛ッ!!」

サイクロプス・アイの大きな目に泥が落ちて目をふさがれただけでなく、
クロちゃんはコンクリだった足元の泥に前足後ろ足が埋まり、さらに真上に泥が覆いかぶさって体が埋められてしまった。

体が泥に埋められたクロちゃんに対し、歩は頭から泥をかぶった程度。
体の自由を奪われたのはクロちゃんだけだった!

歩「今だッ!」


歩は埋まったクロちゃんに駆け寄った。
だが……

ギンッ!

歩「ッッ!!」


サイクロプス・アイの目が開かれた。
泥はまだついている。一刻も早く目を拭いたい気持ちだろうが、クロちゃんは痛みをこらえて歩をにらみつける。
勝ちを得るために。

歩「こうなることは……覚悟してた……。」


歩の、クロちゃんを身動き取れなくする作戦は、作戦が終わるまで自分が呼吸できないという前提の上にあった。
勝つためには苦しみを耐えねばならない。

歩(その作戦はすでに考えついていた……でも、考えつくのと実際やるのでは違う……『覚悟』がいる。)

歩は泥の中のクロちゃんの体を掴んだ。
クロちゃん(やめろ……俺に触るニャ……!)


歩(いじめにしてもそうだ……あいつらに仕返しする方法なんていくらでも考えつく……だが、それを実行するには覚悟がいる!)

グチョグチョグチョ

歩はクロちゃんの体に泥をたくさんこすりつけ、ペタペタと貼り付けていく。

歩「私は……その『覚悟』を手に入れるため、この戦いを勝ち抜いていくッ!!」

クロちゃん(俺に触るニャ……ニャゥ、ニャフン……)
実は体をなでられるのが嫌いなクロちゃんは、泥をペタペタ貼り付けられ、恍惚の表情を浮かべていた。


クロちゃんは気づいたときには、大きな泥団子に頭だけ出している状態になっていた。
すでに、サイクロプス・アイは集中が途切れたためか消えていた。

歩「そして……『クローサー・ユー・ゲット』解除!」


ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

クロちゃん(ニャァッ、何ニャこれは!)
歩「ネコのコンクリ詰め……安心しなさい、川に沈めるようなことはしないから。だけど……」


歩は雪だるまのようになったクロちゃんを両手で持ち……

歩「私の見えないところまで……転がってけッ!」
クロちゃん「ニ゛ャァァァァァァァァァァ!!!」


ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロ
コンクリで球状に固められたクロちゃんの体は……細い下水管のかなたへ転がっていった。


歩「アンタはきっと、大会の運営が見つけてくれるでしょ。ともかく……私の勝ちだ。」

歩は体にこびりついたコンクリの破片を払いながら、地下水道をあとにした。

★★★ 勝者 ★★★

No.4698
【スタンド名】
クローサー・ユー・ゲット
【本体】
安西 歩(アンザイ アユム)

【能力】
「性質」を手錠および手錠をかけたものに付与させる








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最終更新:2022年04月16日 14:34