第08回トーナメント:予選②
No.4919
【スタンド名】
フェイセズ・イン・ザ・クラウド
【本体】
寿(コトブキ)=ガブリエラ=コジョカル
【能力】
接触したものから水分を吸収して膨張する
No.4171
【スタンド名】
カリオペイア
【本体】
椎名 凛堂(シイナ リンドウ)
【能力】
音楽を相手に聞かせることで対象を操る
フェイセズ・イン・ザ・クラウド vs カリオペイア
【STAGE:広い公園】◆SBwcIAiCKM
5月。午前10時。
『椎名凛堂』は、乾燥した風が無数の枯れ葉を巻き上げるのを眺めていた。
公園の芝生の上で、胸の中にギターを抱えている。
禍々しいデザインのギターだった。名前を『カリオペイア』と言う。
彼女のスタンドであると同時に、無二の相棒でもある。
椎名は途方にくれていた。
虚しさで一杯の心地だった。
外部のスタンド使いと戦える――そういう機会をある先輩から紹介された時、彼女は内心小踊りしたものだった。
ギタリストとしては超高校級の実力を持つ彼女は、しかし正直なところ、学園での演奏活動に『マンネリ』を感じていたのだ。
椎名の母校がいくらマンモス校とはいえ、彼女の演奏を聞きに来る人間は毎回ほとんど同じだった。
同じなのは聴衆だけではない。
同じメンバー。同じ舞台。同じ評価。同じ絶賛。
どんな熱狂も折り重なれば鬱屈する。淀んだ空気に椎名は辟易しはじめていたのだ。
「新手のスタンド使いに、私の『カリオペイア』が聞こえる聴衆に、私の音楽をぶつけられたら!」
そんなワクワクとドキドキを胸に秘めながら、遠足前日の小学生のような心持ちで。
いそいそと『会場』に馳せ参じたのに――――、
「私の音楽をぶつけられたら! それはとっても嬉しいなー……
……って誰も来ねぇーッ!!!」
相手が一向に姿を見せなかった。
影も形も無かった。
いや、相手もスタンド使いだ。物陰から遠隔操作や自動操縦で攻撃してくるのならまだ理解はできる。
しかし、その気配すらない。
本当に、完膚なきまでに全然いないらしい。
『カリオペイア』を掻き鳴らせば流石に来てくれるだろうと思って、ここに着いてからしばらくの間爆音を放っていたが、暖簾に腕押し。
まるで効果がない。
椎名凛堂に出来ることと言ったら、待ちぼうけを喰らっている自分にセルフノリツッコミを加えることくらいである。
既に約束の時間から2時間以上経過していた。
この公園は、むしろ公園というより『森』とか『草原』と言った方が正確だろう。
それほどシンプルで、かつ広大な空間だった。
まばらではあったが、親子連れと思しき人々が向こうの芝生をのびのびと歩いている。
近くに新しそうな住宅街があることを見ると、住宅計画と並行して、住民が気軽に遊びに来れるように設計された公園なのだろう。
隠れる場所はいくらでもあるし、スタンド使いが大暴れしても問題なさそうだ。
公園の中央部は小高い丘になっており、ここに今回の待ち合わせ場所である『時計台』があった。
かなり目立つシロモノである。だから待ち合わせ場所になっているのだろう。
少なくとも椎名は、この公園に着いて5分も経たずに『時計台』に到達できた。
にもかかわらず『対戦相手のスタンド使い』は一向に姿を見せない。
もしこれがデートだったら相手に怒りのメールを叩きつけて帰宅するだけの話だ。
しかし、この状況ではそういうわけにもいかない。
まず第一、この公園に来るだけでも相当の交通費がかさんでいるのだ。
『元』を取らないまま帰る気にはなれなかった。
「なんていうか、だんだん怒れてきたぞ」
そもそも、待ちぼうけを喰らっている側が、仰々しく待ち合わせ場所に尻を落ち着けなきゃいけない理由なんてどこにもないはずだ。
「相手さんが好き勝手やるなら、あたしもやり返してやる。その辺しばらくブラブラしてやるわ」
怒りのせいか、ちょうど喉が猛烈に乾いてきた所だったので、椎名は立ち上がって自販機に向かった。
いや、正確には向かうことはできなかった。
立ち上がろうとしたところで、全身に小洒落たスーツを纏う男がこちらに歩いてきているのに気がついたからだ。
距離にして10mも離れていない。
至近距離である。
それを見て椎名は一瞬停止し、すぐに飛び退いた。
凄まじい違和感だ、と瞬間的に思った。
ここは住宅地の側に作られた公園なのだ。
親子連れが散歩に訪れているというならいざ知らず、男がたった一人。
しかもダークスーツにスカしたブランドモノのブーツといういでたちで訪れるような所ではない。
場違いにもほどがある。
近隣住民でないことは確かだろう。
結論。
「ついに、……来たか」
だが凛堂がそれを口にする前に、男の方が椎名に声をかけてきた。
「椎名凛堂さんですね」
男は慇懃に会釈をすると、さも不思議といった様子で話しかけてきた。
「失礼ですが、『いつ』戦闘をなされるので?
あ、ちなみに私(わたくし)は今回の戦闘を担当させて頂いております『立会人』です。
私もスタンド使いではありますが、当然ながら貴女の対戦相手ではございません」
椎名凛堂は戸惑った。
怒りとか違和感とか、「ついにスタンド使いとの闘いが始まるのか」という緊張感とか、そういったものを全部吹き飛ばされたような気分になる。
なにせ、目の前に現れた『立会人』を名乗る男の質問の意図がさっぱり分からない。
「いや、『いつ』も何も」
頭をかきながら椎名が言った。
「私も早く済ませたいって思ってるんですけど。いつまでこうしてればいいのかな」
「私も同じ意見です。なのでこうして、貴女の元へ参上した次第でして」
「うん? 話が噛み合わないねぇ。私だって早いとこ闘いたいんですよ。でもその相手が待てども暮らせど現れなくって。
いい加減セルフノリツッコミも痛くなってきたんです。物理的な意味と、外聞的な意味で」
「セルフノリツッコミ?」
「ああそれはですね……、そもそもノリツッコミっていうのは、誰にも邪魔されず自由でなんというか救われてなきゃあダメで――
って喰い付く所そこじゃないから!
……あのさぁ、あなた立会人なんでしょ? 対戦相手が来ないなら、あなたがなんとかするってのが『道理』なんじゃ……」
吠える椎名だったが、それを遮るように、淡々と立会人が発言した。
「話が噛み合わない、というのも『同意見』ですね。大体、
貴女の対戦相手はこちらに既にいらしてるじゃないですか」
沈黙。
「……は?」
「かれこれ2時間ほど前からずっとですよ。あ、ひょっとしてまだお気づきになられてない?」
「ちょっと待って! ……『既にいる』!?」
「言葉通りですよ。私から申し上げることは以上です」
「ど、どこにいるって? もう!? どこに?!」
「ご冗談を。参加者様のスタンド能力の『秘密』を私に話させろと仰るんですか?」
男は芝居の役者のように、大げさに手を横に振った。
「私の役目は、待ち合わせ場所を伝え、引き合わせること。既に仕事は完遂しております。もちろん、お相手の方は貴女の存在に気付いておられますしね」
立会人の言葉をよそに、椎名はうろたえるしかなかった。
いないはずの『敵』が、今まさに! 自分の周りにいる、と?
挙動不審になって周囲をキョロキョロ確認する椎名を見て、男は呆れたようなジェスチャーを取ると、
「やれやれ。では特別に、一言『アドバイス』を差し上げましょう」
これもサービスですよ、と言って、辺り一体に宣言するように切り出した。
「お相手様のスタンド攻撃は既に始まっているし、その効果は実に効果的な形で、貴女に襲いかかっています」
いやらしい笑みを浮かべながら、男は「今もね」と付け加えた。
椎名に深々と慇懃な、あるいは慇懃無礼なお辞儀をして、その男は悠々とその場を去っていった。
「何が『サービス』よ……! あいつ、私のうろたえっぷりを見て楽しんでるだけだわ、絶対」
嫌な汗と怒りの青筋を同時に額に浮かべながらも、しかし、椎名は徐々に動揺を抑えつつあった。
彼女のギタリストとしての人生において、『本番』にアクシデントは付き物なのだ。
それを克服しない限り、音楽者として大成は見込めない。
この程度の不測なんて、切り抜けてみせる。
そうでなくては、自分の音楽はきっと成長できない!
そしてこの『困難』を乗り越えれば、きっと何かを得ることができるはずだ。
深呼吸をして脳に新しい酸素を供給し、思考をきん、と冷たく回転させる。
「どこにいるのか分からない。でも確かに近くにいる……ってんなら!」
「そいつは! 私の格好の『聴衆』じゃない! 私の音楽を叩きこんでやる! 『カリオペイア』――ッ!」
『カリオペイア』が出力する音楽の興奮に一旦巻き込まれて、逆らえる者はいない。
音楽に共感する主体である『魂』に直接干渉するため、肉体が抗えないのだ。
しかも『音』というものは、音源から同心円状に全方位に向けて、平等に広がっていく。
敵の位置が不明だとしても、至近距離に存在しているというだけでまず命中する。
おまけにそのスピードは1225 km/h。どんな生物でもこの速度による強襲からは逃れられない。
周囲のどこにいるのか分からない相手を索敵・攻撃するには、まさに最適のスタンド――
――が、不発した。
「何ッ!」
『カリオペイア』が本来奏でるはずだった爆音は、しかし、まるで輪ゴムを弾いたような、ジョーク染みた音色となって空に放たれた。
「!? ? 一体!? 『カリオペイア』の弦が……!」
椎名の『不測』の予測を超えた事態だった。
ここに着いた時は正常に動作していたはずの『カリオペイア』に、いつのまにか異変が生じていたのだ。
「これは! ……弦が、全部緩くなってしまっている!」
まるでワケがわからない。
ギターの調弦が変動しやすいのは事実だが、さっきまで椎名は『カリオペイア』を正確に演奏していた。
さすがに、ここまで短時間で弦が飛ぶことは『通常なら』ありえないことだ。
椎名は迷宮に叩き落されたような気分になったが、ふと、弦を弾いている自分の指同士が、触れ合うたびにかさついた音を立てていることに気がついた。
古い紙をこすり合わせたような、『乾いた』音だ。
椎名の指先は、老木の枝のようにひび割れて硬直していた。
『潤い』が失われていたのだ。
それを見た椎名は思わずはっとなり、立会人のさっきの言葉を反芻した。
「『攻撃は既に始まっている!』」
椎名は自分が待ち合わせ場所に来てから、今までのことを記憶の底から引っ掻き回した。
「『指のガサつき』! ……『喉の乾き』! 『乾いた風』!
……まさか! 『攻撃』というのは!」
そう、攻撃は始まっていたのだ。
椎名がこの公園で待ち始めた、その最初から!
そもそも!
5月に、『枯れ葉』なんてものが出てくるはずがない!
『変化』は誰も気付き得ないほど慎重に。
しかし、『通常』ではありえないほど急激に接近していたのだ。
「これは『乾燥』だ! 周囲の水分が吸い取られている! 全ては……、私の『カリオペイア』を機能不全にするため!」
自分の手を見つめながら愕然とする椎名は、そこで自分のいる場所が突然日陰になったのに気がついた。
見上げると、巨大な『雲』が、椎名のちょうど上空に浮かんでいた。
『雲』。
どくんどくん。
椎名の動悸が加速していく。
思い返してみれば、その物体もずっと、椎名の視界の中に入っていたはずのものだった。
いや、記憶と違う点がある。
今、その『雲』は以前に比べて明らかに巨大に成長しているのだ。
……まるで、地上の湿気を吸い上げているかのように。
「『雲』! まさかあれがスタンドで……始めから『そこ』にいたということ――ッ!!?」
『寿(ことぶき)=ガブリエラ=コジョカル』は何かの拍子に生まれて、それとなく生き、気がついたら13歳だった。
そんな人生を歩んできた少女である。
いや、歩んですらいないのかもしれない。
少なくとも彼女の気の毒なおつむは、自分がどうやって生きてきたかもはっきり覚えていない。
今もこうして、何となく『スタンド』に乗っかって宙を浮かんでいる。
ただ、黒服の男がこのトーナメントを紹介してきたから、ここにいるだけの話である。
そしてトーナメントの目的が「相手を倒す」らしいので、それにならおう、と思っただけだ。
だが、彼女には自分が『最適』に生きる為の『直感と本能』の才能があった。
そうでなくては、ただ生きているだけの彼女が今まで『生き延びられる』はずがない。
操るスタンドの名前は「フェイゼズ・イン・ザ・クラウド」。
雲のように生きてきたガブリエラが、生まれた時から一緒にいる『雲』のようなスタンドである。
本体同様、何となく扱えるだけの『自由さ』を持ち合わせている。
『雲』に浮かんでいるガブリエラが、目下のスタンド使いにこの『大気の水分を吸い取る攻撃』を仕掛けたことに、深い意図はない。
ただの直感である。
椎名が持っている『楽器』に対して、何となく『乾燥』させることが『有効』かもしれない、と思っただけのことである。
そう思ってすらいないのかも知れない。何しろ本人も、どうしてそうしたのか覚えてないのだ。
それはある意味『偶然』とも言えるだろう。
でもガブリエラはずっとそうやって生きてきたし、これで生き延びてこられたのだ。
そしてこれからも、彼女はそうするだろう。
ガブリエラは『雲』から下界を覗きこんだ。
公園には何組かの人影があちこちで動き回っているのが見られる。
そしてその中に、『時計台』の近くで『楽器』を抱え込んで慌てている椎名の姿を確認した。
「そろそろ……、おりてっていいかなー?」
発育の良いふとももをばたつかせながら、彼女はぼんやりと独り言を言った。
ガブリエラは地上に到達し、車を道路沿いに止めるように『雲』を近くに滞空させた。
椎名凛堂が20mほど先の『時計台』にいる。
ガブリエラはそこへゆるゆる歩き出した。
その頃、椎名は『カリオペイア』の弦を張り直すことに悪戦苦闘している最中だった。
びん、びん、と弦を鳴らしながら調律をしている。
ガブリエラは理解してはいないだろうが、少なくとも『楽曲』を演奏できるような状態ではない。
まだようやく、弦が一本チューニングし終わったところである。
苛立ち紛れなのか、ギターのボディを指でとんとん叩いている。
スタンドの強さとは、『思い込みの力』でもある。
本体の妄想とか、偏見とか、信念とか、そういうある種の『思い込み』が強ければ強いほど、スタンドとして高いパフォーマンスを期待できる。
HBの鉛筆をバキッ! と折ることができるように、『出来る』と思い込むことがパワーになるのだ。
要するに『暗示』なのだ。
だが、精神が確信したことに肉体が逆らえないこともまた事実である。
『カリオペイア』はその強力なスタンドエネルギーを持って他人の精神を支配し操作するが、その作用は本体の一種の『思い込み』によるものである。
「このギターは他人を操る」という揺るがぬ確信がもたらす効果である。
だが、その確信が、時に本体自身にも跳ね返ってくることがあるのだ。
例として『自己暗示』とか、『ジンクス』が挙げられる。
そうした事柄と同様に、『カリオペイア』は自身のギターとしての『確信』を持続させるため、本体に『精神的なスイッチ』を要求する。
具体的には『本物のギター同様のメンテナンス』を必要とするのだった。
したがって、スタンドであるにも関わらず、音楽を演奏可能な環境の『変化』の影響を強く受ける。
温度変化や音響などもさることながら、湿度の劇的な変化……
即ち『乾燥』も大敵だった。
椎名は、近づいてきたガブリエラをぎろりと睨んだ。
「こんな女の子か……私を追い詰めているのは」
10代前半と思しき少女は、冬の装いをそのまま今も流用しています、というような服装をしていた。
彼女は『かげろう』のようにフラフラと歩み寄り、椎名の手前5mの地点で止まった。
それからぴんと背筋を伸ばし、小首をかしげて微笑み、とうとうと喋り出した。
「私のなまえはコトブキと、ガブリエラとぉ、あと……あ、コジョカル、ですよー。
どれでもいいですよー。どれでもぉ。うふふ」
ガブリエラはくすくす笑っていた。照れているらしい。
「どれかなー? うふふ。いいですよー、どれで呼んでも。だって、私もわかんないのですぅ。……どれが名前か」
「舐めているの? 私の『カリオペイア』が使えなくなったと思って」
「『カリオペイア』? ……なんですのー?」
頭上に?を浮かべるガブリエラをよそに、椎名は立ち上がった。
――瞳から動揺が掻き消えている。
「ふん。……もうツッコまないわよ。貴女が勝ち誇ってるっていうなら、いい? シリアスに解説(レクチャー)してあげる。
ギターの演奏法は弦を弾くだけじゃないってことよ。
……今から後悔させてやる」
椎名凛堂は、不敵な笑みを浮かべた。
椎名は弦が一本しか張られていない『カリオペイア』を持ち、ガブリエラに相対した。
「ギターの歴史……そんなに深いわけじゃないけど、『技』の多さに関しては他の楽器の追随を許さないと思う。
例えば、ギターの指板や本体を叩いて、パーカッションみたいに音を出すこともできる。『スラム奏法』って奴よ」
椎名は『カリオペイア』のボディを親指の腹でリズミカルに叩いた。
重い音と軽い音が交互に刻まれ、たったそれだけで音楽が完成していた。
「…………?」
「さっき誰かさんに言われて随分ムカツイたから、私も言うわ。『まだ気づいてないの』? 周り、見てみな」
椎名の口角があがった。
虚ろな表情をした男たちが5人、『時計台』の周辺に控えていたのだ。
演奏ができなくなったはずの、もう能力が使えないはずだった『カリオペイア』の影響を受けて操作されている。
「私のはそういう『能力』なの。音楽の熱狂に、魂は逆らえない。
私は『カリオペイア』の調律をしてただけじゃない。
……ボディを小刻みに叩くだけでも、この辺一体の人間を無意識におびき寄せたることだってできる」
椎名凛堂は『カリオペイア』が機能不全に陥った時、計略を仕掛けることにした。
椎名が戦えなくなったと思った『敵』は、まず確実にこちらへ近づいてくる。
『乾燥』だけでは椎名を倒すまでには至らないからだ。
とどめを刺すために、こちらに来るはずだ。
そのことに賭けた椎名は、調律をしつつ、公園にいる人間を集めていたのだ。
自身の不利を、『餌』にして!
「…………」
「こうして貴女が私の目の前まで来たのも、貴女の気まぐれじゃない。私が呼んだのよ。
こちらへ近づきたくなる衝動を、私が生み出した。
『雲』のスタンドを向こうに置いといて、私に近づいたのは軽率だったんじゃない?」
ガブリエラが『フェイゼズ・イン・ザ・クラウド』を放置して来たのは、椎名にとって好都合だった。
勿論、椎名はその可能性が高まるように「こちらへ来たくなる衝動」を生み出していた。
だがもし『雲』と一緒にこちらへ来た場合、一旦戦線を離脱しなくてはならない、はずだった。
しかし、今やそんなことを気にする必要はない。
ガブリエラが動き出すより先に、椎名の両指が『カリオペイア』の弦を捉えていた。
「スタンドを自分の所に戻そうったってもう遅い!
『この娘を押さえつけろ』ってくらいの瞬間的な『行動』なら! 弦一本でも十分表現できる『音楽』!
ブッ飛ばすぜッ! 喰らわせろ『カリオペイア』―ッ!!」
ズキュウウゥン!!
『カリオペイア』が唸るような悲鳴をあげ、それに伴って男たちが弾けるようにガブリエラに襲いかかった。
しかし。
「……ん~、うにゃ……、あ……すみませーん
うー、……ねちゃってたよぉ。……なにか、いってましたぁ?」
ガブリエラは。
眠そうに目尻をこすった。
5人の男に地面に叩き付けられたはずのガブリエラは、微動だにせず、立っていた。
逆に男たちが崩れるように地面に転がった。
身体が、鶏ガラのように干上がっている。
水分の吸収。ガブリエラのスタンド『フェイゼズ・イン・ザ・クラウド』の能力である。
それがガブリエラの服の下に潜み、少女の肉体を防衛したのだ。
5人分の水分を吸収し、爆発的に膨張した『フェイゼズ・イン・ザ・クラウド』が、唖然とする椎名凛堂に襲いかかる。
『雲』から右腕が出現し、椎名の首根っこを乱暴に掴んだ。
「ば……バカな! なんで服の下に『雲のスタンド』が……!? スタンドは向こうに置いてきてた、はず……」
椎名は苦しみながら、『雲』のスタンドが滞空させてあるはずの地点を見て、
仰天した。
空っ風に、その『雲』が吹き飛ばされて行くのを目撃したのだ。
……もちろん、『スタンド』が無抵抗に風に掻き消されるわけもなく。
「まさか……あれは本物の『雲』……吸い取った『水』で作った……!!」
へたりこむ椎名に、ガブリエラがなんでもないかのように話しかけた。
「なんかよくわかんないですけどぉ。なんていってたっけ? 『たちあいにん』さん。
えーと、あ、そうだ。『たおしたら勝ち』でした。……うふふ」
椎名凛堂は降参だ、と言おうとした。
だが、集中的に首の水分を抜き取られて声が全く出ない。
あるいは降参さえ出来れば、ガブリエラは椎名を解放しただろう。
雲のようにまま流されるガブリエラにとって、言われたことをそのまま聞くのは普通のことなのだ。
しかし、その『無垢さ』が、椎名にとって今回は仇となった。
彼女の気の毒なおつむでは、椎名の表情から、白旗をあげているかどうかを悟るなんてことは出来ないのだ。
当然、手加減をすることも、ない。
ギブアップすら出来ないまま、トーナメントに来たことを後悔する間もなく。
椎名凛堂は、徹底的に干からびた。
ガブリエラはそれを見ながら、ずっと不思議そうな顔をしていた。
「あ、『たちあいにん』さーん」
「おお、寿さん。やはり貴女の勝利でしたか。最初から信じてましたよ」
「言われたとおり、さいしょはしばらく空でふわふわしてました。きもちよかったけどさむかったでしたぁ」
「余計な手間取らせて申し訳なかったですね。でも彼女、中々の『うろたえっぷり』だったなー。久しぶりにイイもの見れました。全く、常識人をからかうのは楽しい」
「ねぇー」
「ん? 何か不服ですか? もっとも勝敗に干渉したわけじゃありませんから、何ら言いがかりをつけられる余地はありませんがね」
「もーちがいますー! 後でおかいもの、つきあってくれるって、いってましたじゃないですかー!」
「ああ、そうでしたね。私としたことがすっかり忘れていました。そうですね。お詫びに私からの『サービス』として、お好きな昼食を奢りましょう!」
「わぁい!」
★★★ 勝者 ★★★
No.4919
【スタンド名】
フェイセズ・イン・ザ・クラウド
【本体】
寿(コトブキ)=ガブリエラ=コジョカル
【能力】
接触したものから水分を吸収して膨張する
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最終更新:2022年04月16日 21:59