第08回トーナメント:準決勝②
No.6130
【スタンド名】
クリスタル・ピース
【本体】
新房 硝子(シンボウ ショウコ)
【能力】
微細なガラスを操作する
No.6352
【スタンド名】
ゾディアック
【本体】
G・T (ジー・ティー)
【能力】
双手剣と棍を駆使する
クリスタル・ピース vs ゾディアック
【STAGE:広大な墓地】◆4bPWteQyKA
欧州某所 5:00
息も詰まるほどの濃い緑色を湛えた森。
その奥の少し開けた土地に『そこ』はあった。
地面を覆い尽くすのは文字の刻まれた石の塊。墓石。
その事実からこの場所が墓地であることは明らかであったが、
通常我々が目にするものとは大きな違いがあった。
どの墓石もかなりの時間手入れされた様子がなく、朽ち果て、苔むしていたのである。
この森の中の広大な墓地の中心に鎮座する煉瓦造りの廃屋――
この場所にあることを考えると恐らく教会であろう、も同様の荒れ果て具合あった。
それもそのはず。
この墓地は14世紀に全ユーラシアを襲い、ヨーロッパの人口を約半分まで減少せしめた疫病――
『黒死病』によって甚大な被害を受けた町の跡地に作られたものである。
町は疫病によって住民の大部分が死亡し放棄されたが、犠牲者の墓地だけは残されたのである。
そして、600年以上もの間、開発の波を受けることもなく、
森の中に埋もれていたのであったのだが、どういうわけか、この日に限っては人影があった。
廃教会の外壁にもたれかかる人影は東洋人だった。
赤いシャツに黒いスーツを纏ったその男は、何をするでもなくただ徐々に白みつつある空を眺めていた。
立っているだけであるのだが、男には鋭い緊張感を含んだ空気が絡みついており、
男がカタギの人間ではないことは明らかだった。
事実、この男は、中国南部ではかなり名の通った殺し屋で、その通り名を『G・T』と言った。
「もうそろそろ時間か……そこに居るんだろ?遠慮せず出てきてもいいんだぞ」
G・Tは数十メートル離れた場所にある墓石の一つに向けて言い放った。
果たしてG・Tの言った通り、墓石の後ろから小ぶりな影が現れた。
「あなたが『トーナメント』の対戦相手ですか?」
声の主はまだ十代も半ばと思しき眼鏡をかけた少女であった。
相手が自身の半分の歳も行かぬ娘であったことが意外であったのか、
男は一瞬呆気にとられたような表情を浮かべたが、すぐに表情を引き締める。
そして、値踏みをするような目で少女を見つめながら、語りかける。
「こんな場所に散歩やピクニックに来る酔狂な輩はそうそう居るまい。
いかにも俺があんたの対戦相手だ。名を『G・T』と言う。
変な名前だと思うかもしれないが、仕事用の通り名みたいなもんだ、気にしないでくれ」
「わ……私は新房硝子です」
G・Tは顎に手を当て数秒悩むような表情を浮かべた後、再び口を開いた。
「……言おうか迷ったんだが、正直に言っておくとしよう。
最初あんたを見た時、『こんな小娘が対戦相手なのか』という思いが一瞬過ぎった
……がそれはすぐに打ち消された、あんたの目を覗きこんでな」
「……どういうことですか?」
舐められる事は予想していた。が、相手の口から出たのはそれとは反対の言葉。
「職業柄なんとなく判るんだよ……他人の目を見るとな……
そいつが『人を殺したこと』があるか否かがな」
「……ッ!」
男の言葉が脳で理解された瞬間、硝子の体に電流が走った。
思い出されるのは『あの夜』の情景――血塗られた水晶柱、苦痛に歪む男の顔、赤い池に映り込む自身の顔。
少女は強くなりたかった。ただ強くなりたかった。
そして、『スタンド』と呼ばれる力を手に入れ、さらに強くなるためにスタンド使いの集う『トーナメント』へと参戦した。
強くなることに対して、幻想的とも言える希望を抱いて……
しかし、一回戦での経験は、『強くなること』がそう甘美な面だけでないことを彼女に教えるに十分すぎた。
少女が表情を露骨に変化させたのを見て、男の表情が曇る。
「察するに先の試合が『初めて』だったんだな……」
男の言葉に対して、少女は頷くでも否定するでも無く、ただ黙っていた。
「これからあんたが俺を殺したとしても別に病む必要は無いし、逆に、俺があんたを殺しても病んだりはしない。
『戦い』とは、そういうものだと『割り切れ』。
丁度あんたぐらいの歳で最初の『仕事』をした時は何度も吐いたものだし、最初は仕方ない。
寧ろあんたは『正常』だ、世の中には最初からなんの躊躇も無く命を刈り取れる人間もいるが、
そういう奴らは心から『何か』が抜け落ちた破綻者どもだ。
さっき『割り切れ』って言ったのと矛盾するように思うかもしれないが、
前の戦いであんたが味わった感情と全く同じものはこれから二度と体験できないだろうから大事に取っておいたほうが良いと思う。
……おっと、俺としたことが柄にも無く長々と説教じみたことを話してしまったな、済まない。
それじゃ、時間も過ぎていることだし、そろそろ始めるとするか」
「……はい」
返事を確認すると、男は自らスタンドの名を吐き出した。
「ゾディアックッ!」
男の手に東洋風の装飾がされた双手剣が現れた。
対する硝子も自らのスタンドを具現化する。
「クリスタル・ピースッ!」
硝子の背後にゴーグルをかけた人型のヴィジョンが朧気に浮かび上がる。
「……人型スタンドか」
先手必勝とばかりに、硝子は勢い良く地面を蹴り、G・Tにスタンドで殴りかかろうとする。
G・Tも剣を構え直し、攻撃に備える。
「ラーララララララララララララララララララララララララッッ!」
『クリスタル・ピース』全身全霊のラッシュを打ち込もうとするが、人間離れしたG・Tの剣技はその上を行っていた。
正確にプログラミングされている機械のごとく剣を動かし、次々に迫り来る『クリスタル・ピース』の拳を捌く。
「素人にしてはいい動きだが、その程度では俺の首を取ることはできんぞ」
ラッシュが緩んだ一瞬の隙を突いて大剣を振り上げ、『クリスタル・ピース』に振り下ろす――
が、G・Tの剣撃は虚空を斬るだけとなった。
「スタンドにも干渉できる俺の剣撃がヴィジョンを素通りしただと……!?」
予想外の出来事に驚きを隠せないG・Tに対して、硝子は淡々と語りかける。
「私の『クリスタル・ピース』のヴィジョンに対してただの斬撃や打撃の類は効きません。
あなたのスタンドは私のと些か相性が悪かったようですね」
「なるほどな……だが問題は無い、それならば『本体を叩けばいいだけ』のことだ」
G・Tは再び双手剣を構え直す。
不利な状況であるはずなのにその表情には不安の色は全く見えない。
「シャアアアアアアアアアア!!!」
G・Tは叫び声を上げると、剣を振り上げ、猛スピードで硝子に斬りかかろうとする。
(は、速い!……でも、あの剣と『クリスタル・ピース』のリーチの差を考えれば、無傷で私を斬ろうとすることは無理なはず)
硝子の心中をよそに、G・Tはその目前へと迫る。
射程距離ギリギリまで前に出した『クリスタル・ピース』に迎撃体制を取らせ、
それに構わず突っ込んでくるG・Tの身体に対して、『クリスタル・ピース』の拳を捩じ込もうとする。
そして、GTの決死の突撃は敢え無くカウンターされてしまった。
――かと思われたが、『クリスタル・ピース』の拳は『硬い何か』に阻まれ、G・Tの体には到達しなかった。
それは男の体と重なるように浮かび上がる鎧を纏った異形。人型のスタンドヴィジョンであった。
その両手には3メートル近くはあろうかという長柄武器――『戟』が握られていた。
その先端部に取り付けられた刃は、硝子の肘から下の左腕を無残にも引き千切り、鮮血に染まっていた。
「これが俺のスタンド、『ゾディアック』の完全な姿だ。本体を斬るにはリーチが足りないと思っただろうが、
『ゾディアック』の人型ビジョンを発現させた上で、長柄武器を扱わせれば何の問題は無い……
心臓を狙ったつもりが手元がぶれて、左腕を切り落とすだけに終わってしまったのは計算外だったが」
圧倒的絶望。硝子にとって、その言葉がまさに相応しい状況だった。
切断された左腕からは血が流れ出ていたが、絶望が苦痛に勝るという奇妙な状態のせいで、痛みは全く脳に届かない。
傍らに目を遣ると、数秒前まで疑いなく自身の一部だった左腕がだらしなく落ちていたが、現実だと思うことが出来ない。
G・Tは、目の前に倒れこむ硝子に対してなおも語りかける。
「俺は快楽で人を殺す殺人鬼でも、何の意識も無く人を殺す精神病質者でも無い。
だが、この『ゾディアック』の本当の姿を見せてしまった、いや、見せざるを得なかったというべきか……
とにかく、このビジョンをあんたが見てしまったからには、俺の殺し屋としての矜持として、生かしておくわけにはいかない」
圧倒的有利な立場にあるにもかかわらず、G・Tは緊張を緩めない。
無闇に近寄ろうとせず、射程ギリギリからジリジリと詰め寄る。
「……『詰み』だ」
『ゾディアック』が、先ほどの血も乾き切らない戟の穂刃を硝子の胸に突きつける。
「……まだ『詰み』じゃない、私にはまだ最後の一手が残されている」
「何だと?」
もう完全に戦意喪失したと思われていた相手からのまさかの一言。
G・Tの表情がわずかに歪む。
そして、『違和感』に気づく。
さっきまでそこにあった物が見当たらないことに。
「……腕か!俺がさっき切り落とした左腕は何処に消えた!?」
「……すぐそこよ」
その言葉を聞いた瞬間、G・Tは自身の背中に嫌な汗が流れているのを感じた。
恐る恐る背後を振り向こうとする。
そこにあったのは、自身の首を掴まんと迫り来る、先ほど自身が切り落とした硝子(と『クリスタル・ピース』)の左腕だった。
『クリスタル・ピース』の本体である硝子自身にも全く予想できなかったことであった。
いや、予想できるはずがないだろう。
『ゾディアック』の斬撃によって体本体と分離されてしまった、
自身と『クリスタル・ピース』の左腕が、本来の射程距離を越えて操作出来たことは。
切り離された『腕』がG・Tの喉を力強く掴む。
「『クリスタル・ピース』」
G・Tの喉を掴む『クリスタル・ピース』の腕は、自身を部分的に鋭利な水晶柱に変化させ――男の喉を貫き、後頭部に達した。
「……ガハァ…ッ!」
男の喉から血液が滝のように噴き出して池を作る。そして、男は力なくその中に倒れ込む。
一方の硝子も精神的・肉体的な消耗が限界まで達していたのだろう。気絶してその場に倒れ込んだ。
墓場の夜はもう完全に明けていた。
★★★ 勝者 ★★★
No.6130
【スタンド名】
クリスタル・ピース
【本体】
新房 硝子(シンボウ ショウコ)
【能力】
微細なガラスを操作する
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最終更新:2022年04月27日 23:36